た内輪のお世話は、もつばらこの中納言の殿が、万事手ぬ いる人でも、必ずじっと引きこもっていなければならない こともないようですから、やはり世間並のお気持になって、 かりのないように面倒をみておさしあげになる。 「もう日が暮れます」と、内からも外からもおせきたて申 ときどきは私に会いにきてくださいな」などと、ほんとに しあげるので、中の宮は落ち着いてもいられないし、これ やさしくお話しになる。亡き姉宮がふだんに使っていらっ からいったいどこへ連れて行かれるのかしらと思うにつけ しやった形見の御調度類の数々は、すべてこの尼君のため ても、ほんとにただ頼りなく悲しいお気持になっていらっ にお残し置きになって、「あなたがこのように、誰よりも しやるところへ、お車にごいっしょする大輔の君という女 深い嘆きに沈んでおられるのを見ると、姉君とは前世でも いんねん 格別の因縁がおありだったのかと思えて、そのことまでも房が申しあげるには、 あり経ればうれしき瀬にもあひけるを身をうち川に投 しみじみ懐かしく思われます」とおっしやるので、弁はい げてましかば よいよ幼子が親を慕って泣くように、気持の抑えようもな ( こうして生きておりますればこそ、今日のうれしい折にも く涙におばれている。 恵まれましたものを。もしもわが身を、憂きものとして宇治 〔を上京する中の君、あたりをすっかり掃き清め、すべて 川に身を投げていましたら、どんなにくやしいことだったで 憂えと悔いの心を抱くきれいにかたづけて、お車を幾台も すのこ , しょ , っ ) 簀子に寄せ、御前駆には四位、五位の者がまことに大勢来 こにこしているのを、中の宮は弁の尼の気持に比べると ている。宮ご自身も、ぜひお越しになりたくお思いになる 蕨 たいそうな違いであると、情けなくもお思いになる。もう けれども、あまりに仰々しくなってはかえって不都合であ ろうとて、どこまでも目だたぬようにして迎え取るという 一人の女房は、 過ぎにしが恋しきことも忘れねど今日はたまづもゆく 体になさって、ご到着を待ち遠しくお思いになる。中納言 、いかな 殿からも、御前駆を大勢おさし向けになっている。一通り ( お亡くなりになったお方を恋しく思う気持を忘れるわけで のことは宮がご配慮になられたようであるが、こまごまし おさなご たいふ
れますまい。そうした大それたことまでして、深い地獄の ワ 1 底に沈んでしまうのもつまらぬことです。万事、おしなべ てむなしいものと悟らねばならないのが、この世の中とい 語 物うものでしよう」などとおっしやる。 氏 「身を投げむ涙の川にしづみても恋しき瀬々に忘れし 源 もせじ ( 身を投げようとおっしやる涙の川に沈んでみたところで、 折々ごとにあの方を恋しく思う気持を忘れることはできます まい ) いつの世に生れ変ったら、この悲しみのいくらかでも慰め られることがあるのだろう」と、悲しみの果てしもない心 地がなさる。京へ帰る気にもならすばんやりと物思いに沈 まずにはいらっしゃれぬまま、日も暮れてしまったけれど、 なんとなくここに旅寝したりするのも誰か変に思いはしな いか、と疑いを受けるのもつまらないことなので、お帰り つ」よっこ 0 〔六〕中の君、宇治に留中納言のお気持やお一言葉を中の宮に まる弁と別れを惜しむお話しして、弁はますますあきらめ おももち られず涙にくれている。ほかの人はみな満足の面持で、縫 物に精を出しては、老いて醜くなったおのれの姿をも忘れ て身づくろいに余念もないが、弁はかえって、いよいよや つれた尼姿で、 もしほ 人はみないそぎたつめる袖のうらにひとり藻塩をたる るあまかな ( どなたもみなお引越しの支度をして、着物の袖を裁ち縫い しているようですのに、この私は、袖の浦で藻塩たれつつ涙 に濡れる海人ー尼でございます ) と悲しみを訴え申しあげると、中の宮は、 - 一ろも 「しはたるるあまの衣にことなれや浮きたる波にぬる るわが袖 たが ( 潮垂れて悲しみの涙に濡れている海人の衣に違うところが ありましようか。京に出ていく私も、波にただよう不安な身 の上なので、涙に袖を濡らしております ) やしき 京の邸に住み着くこともほんとにむずかしいことのように 思われますので、そのときの様子しだいではこの山里をす つかり見限ってしま、つこともあるまいと思いますから、そ ういうことにでもなればまたお会いすることもできましょ うけれど、しばらくの間でも、あなたが心細いお気持でこ こにお残りになるのをそのままにして行くとなると、いよ いよ気がすすまないのです。あなたのような尼姿になって そで
221 早蕨 らも知られたくはございません」と言って、姿も変えて尼る。中納言は、こうした弁の姿を見るにつけても、「あの ころ悲しく思案にくれていたが、あのお方をどうしてこの になってしまっていたのだったが、中納言はしいてお呼び ような尼姿にでもしてさしあげなかったのだろう。その功 出しになり、まことに不憫な者よとごらんになる。いつも のように、昔話などをおさせになって、「こちらには、や徳で生き延びることができたかもしれなかったのに。そう なられたらそれで、どんなにか心ゆくまでお話し合い申す はりこれから後もときどきはやってまいるつもりですが、 こともできただろうに」などと、ひとかたならずくやしく 誰もいなくてはいかにも頼りなく、さぞ心細いことだろ , っ と思っていたのに、あなたがこうして居残ってくださると 思わないではいらっしゃれないにつけても、この弁が尼に い , つのは、ほんとに、いにしみてありがたいことに思われま なったことまでうらやましい気がして、弁が身を隠してい る隔ての几帳を少し引きのけて、懇ろにお話しになる。弁 す」などと、言いも果てずお泣きになる。弁が「この世を 厭えば厭うほどかえって長生きをしておりますこの寿命が 。いかにもひどく老いほうけた有様ながら、ものを言う 、いつ、か . いし。し _> 、やみがなく、嗜みを身につ 情けのうございますし、また姫宮はこの私にどうせよとの感じといし けていた昔の名残がしのばれる。 おつもりであとに残して逝っておしまいになったのかとそ れが恨めしく、ひいてはこの世のすべてに愛想をつかして さきにたっ涙の川に身を投げば人におくれぬ命ならま . ーし 嘆き沈んでおりますこととて、どんなにか罪障も深いこと ( 何よりも先立つものは涙ですが、その涙の川に、もしわが でございましよう」と、胸中にわだかまる思いの数々を訴 身を投げていたのでしたら、あのお方に死におくれてこうも え申しあげるのも聞き苦しく感ぜられるけれども、中納言 悲しい思いを経験せずにすんだ私の命だったでしように ) はほんとによく慰めておやりになる。 弁はひどく年老いているけれども、昔きれいであった名と弁は泣き顔をして申しあげる。中納言は、「身を投げる ′一り 残の髪をそぎ捨てているので、額のあたりが今までと様子こともじつに深い罪つくりになるといいます。そんなこと をなさったら彼の岸にたどり着くことはとてもおできにな も変り、多少若返って、それなりに上品な感じになってい ふびん きちょう ねんご たしな
っていらっしやる。 袖ふれし梅はかはらぬにほひにて根ごめうつろふ宿や ことなる 御前近くの紅梅が色も香も懐かしく咲き匂っていて、 うぐいす ( かって私が袖を触れたことのあるこの梅は、今も変らぬ香 鶯でさえ見過しにくそうに鳴き渡ると見え、なおさらの りに匂っておりますのに、それが根こそぎ移って行く京のお 物こと、「春や昔の」と亡き姉宮をしのびつつ悲しみにくれ 氏 住い先はもう私の宿ではないのですね ) ていらっしやるお二人のお話し合 いにつけても、折が折と 源 てしみじみとした思いになられる。風がさっと吹き入るに こらえきれない涙をさりげない体にぬぐい隠して、そう多 さっき はな くはおっしやらず、「これから後もやはり、このよ , つにし つけても、花の香も客人の御匂いも、あの「五月待っ花 たちばな 橘」ではないけれども、昔の人を思い出さすにはいられ てお目にかかりましよう。何事によらず申しあげやすいで ないよすがである。女宮は、「所在ない寂しさを紛らわすしようから」などと申しあげておいてお帰りになった。 のにも、この世のつらさを慰めるのにも、姉君はいつもこ 明日のお移りに際して数々の用意すべきことを、女房た ひげ の梅に心をとめ、もてはやしていらっしやったものを」な ちに仰せおきになる。この山里の留守居役には、あの鬚が とのいびと ちの宿直人などは居残るはずになっているので、このあた どと、せきかねる悲しみに胸がいつばいになられるので、 みしようえん 見る人もあらしにまよふ山里にむかしおばゆる花の香りの近くにあるご自分の御荘園の者たちなどに、その世話 ぞする などもお命じになったりして、あれこれと暮し向きの細か ( もうこれからは見る人もなくなりましようのに、嵐に吹き いことをまでお取り決めになる。 迷わされておりますこの山里に、亡き人を思い出させる花の 〔五〕薫、弁を召して互弁は、「このようなお供をして京へ いに世の無常を嘆く 香が匂っていることです ) まいりますことも、田むいのほかに長 口に出して言うともなく、かすかな声でとぎれとぎれにし生きをいたしましたのが恥ずかしく思わずにはいられませ か聞えてこないのを、中納言はいかにも懐かしそうにロすんし、どなたの目にもさそ忌まわしく見えましようから、 さんでみて、 今はもう私がこの世に生き長らえているということを誰か ( 原文一一一ハー ) ニ一口 な そで むめ
ると、中の宮は、「きまりわるいと思わせ申しあげようと 私も引き移ることになっておりますので、親しい同士は夜 はまったく考えておりませんけれども、どうしたことでご中暁でも行き来するもの、などと俗にそれらしき者たちが き、いましょ , つか、 1 刄分もいつものよ , つではなく、こ , っして 口にしているようですが、そんなふうにでも、何事かがご 取り乱した心地では、ますますはきはきしない失礼なことざいました折にはお心やすくご相談くださいましたら、こ も申しあげるのではないかと、気がひけまして」などと、 の世に長らえておりますかぎりは、何かと申しあげもし承 いかにも困っておられるような御面持でいらっしやるけれ りもして過したいと存じておりますが、しかがおばしめさ ども、「このままではあまりにお気の毒でございます」なれましようか。世にある人の心はさまざまなものでござい ますから、かえってご迷惑かなどとも存じまして、ひとり どと女房たちが誰彼となくお勧め申すので、中の襖の入口 でご対面になられる。 決めもいたしかねますがと申しあげられると、中の宮は、 「この山里を離れたくないと思う気持も深うございますが、 中納言は、まったく気おくれしたくなるくらいに優美な この山里から遠のいてご近所になどと仰せになりますにつ 感じで、それにまた、しばらくお逢いしない間こ し今度は一 けても、あれやこれやと心が乱れまして、ご返事の申しあ 段とご立派におなりになったものよと、目も見張るばかり にお美しくなられて、そのまたとないお心づかいなど、な げようもございません」などと、言葉もとぎれがちにたい そうもの悲しくうち沈んでいらっしやる御面持など、まっ んとすばらしいお方か、とばかりお見えになるので、中の たく姉宮そのままに似通っていらっしやるので、中納一言は、 宮は、片時も面影をお忘れにならぬ姉君の御事をまでお思 蕨 い出しになって、しみじみと胸の迫る思いでこの君のお姿自分からこの女宮を他人のものにしてしまったのだと思う と、ほんとに悔まれてならぬお気持になっていらっしやる を拝していらっしやる。中納言は、「お聞きいただきたい けれども、今となってはどうにもならないことであるから、 お話は尽きることなくございますが、今日はご遠慮申すべ あの夜のことはいささかも口にせす、もうきれいに忘れて 四きでございましよう」などとお言いさしになっては、「お やしき ましばらくしましてから しまったのかしらと思われるくらいに、さつばりとふるま 移りあそばすお邸のお近くに、、
( 原文一六ハー ) あれこれと気がひけて、胸ひとつに思い悩みながら明かし 越しの支度の数々をもご用意させなさる。 〔三〕中の君、宇治を離あちらの山里でも、器量のととのつ暮していらっしやる。御喪服の着用も期限のあることなの めのわらわ れがたく思い嘆く で、お脱ぎすてになるにつけても、川原の禊も亡き人に対 た若い女房や女童などを雇い入れて、 して薄情のようなお気持になっておられる。母君のことは 女房などはいかにも満足そうな様子で引越しの支度に余念 がないけれども、中の宮ご自身ま、、 。しよいよ京へ出立する お顔も存じあげていなかったのだから、恋しく思おうにも 思えないが、その御代りとしても、この姉君の喪には衣の ことになって、「伏見の里」ではないがこの里を荒れるに まかせてしまうのも、ひどく、い細いお気持で、ただ嘆息を色を深く染めたいとお心ではお思いになり、またそうおっ しやりもしたのだが、さすがにそうなさるべき理由も立た もらしてばかりいらっしやるが、それかといってまた、ど ないことなので、どこまでも悲しみは尽きないのである。 こまでも強情をはってここに閉じこもるにしてもたいした さき ことはなさそうだし、「せつかくの浅からぬ私たちの縁も〔四〕薫の配慮宇治を中納一言殿から、お車や御前駆の人々、 訪れ懐旧の情にひたるそれに陰陽博士などを宇治におさし このままでは絶えてしまいそうなお住いなのに、あなたは どういうおつもりなのですか」とばかり宮が恨み言を申さ向けになった。 はかなしやかすみの衣たちしまに花のひもとくをりも れるのも、多少はもっともと思われるので、どうしたもの ・米に、け【り . かと思い悩んでいらっしやる。 ( はかなくも過ぎゅく月日です。亡き姉君のためにあなたが 京へお移りの日取りは二月の初めごろということなので、 つばみ 蕨 喪服を裁ち縫い、お着けになったと思ったら、もう花の開く その日が近づくにつれて、花の木々の蕾がふくらんでくる かすみ 時期がめぐってきて、はなやかな常の衣にお召し替えになる につけても盛りの花に未練が残り、峰の霞の立つのを見捨 とこよ 折にもなりました ) てて立ち去るのも、常世をさして帰る雁ならぬこの身は、 すみか やしきふるさと いかにも、いろいろとじつにきれいにお召物を仕立ててお その行く先の京の邸が故郷でもない仮の住処とあっては、 贈り申された。京へのお移りの際に供人にお与えになるご どんなにかきまりわるくもの笑いの種になろうかなどと、
ニ一口 互いお話を途中でお聞きさしにはなれないが、どこまでも ほかにどなたもおりませんものですから、何も特別な意味 尽きぬ御物語をお気のすむまでお続けにならないうちに、 ではなしにすべて私が面倒をみてあげなければならない人 夜もひどく更けてしまった。宮が、この世にまたと例のあ だと思っておりますが、もしかしてあなた様は、それを不 物りそうもないくらい親しかった中納言と姫宮との間柄を、 都合なこととお思いになりましようか」と言って、あの亡 氏 「さて、いくらなんでも、それだけのご関係ではなかった き姫宮が、中の宮を自分と同様に考えてほしい、 とお譲り 源 のでしよう」と、 いかにもまだ何か隠しだてをなさってで になった意向をも、少しは宮のお耳にお入れになるけれど せんさく よぶこどり ひとづて もいるかのように詮索なさるのは、、 こ自分の日ごろのけし も、あの「いはせの森の呼子鳥」めいて人伝でなく直接に からぬお心からそうご推測になるのであろう。そうはいっ 中の宮と語らった一夜のことは、さすがにお口には出され ても、宮は何事もよくわきまえていらっしやって、悲しみ ないのだった。ただ心の中では、「これほどまでもあきら にとざされた中納言の胸のうちも晴れるばかりに、一方で めきれないあの方の形見としてでも、 いかにもあのお言葉 は慰め、また一方ではその悲しみをときほぐし、さまざま どおりこのお方を譲り受けて、宮がなさるのと同様にこの お相手をなさる、その御もてなしの好ましさに乗せられ申自分がお世話申しあげればよかったものを」と、くやしい して、いかにも中納言は胸ひとつにあまるまでわだかまっ 思いがしだいにつのっていくけれども、今となってはどう ていた思いの数々を、少しずつお話し出し申されたものだ にも仕方がないので、「いつもこうしたことばかり思って りようけん から、これですっかり心の晴れるお気持になられる。 いたら、しまいにはとんでもない了簡を起すことになるか 宮も、あの中の宮を近々京にお移し申そうとする準備に もしれない。そんなことになっては誰のためにもおもしろ ついてあれこれご相談申しあげられるので、中納言は、 くなく愚かしいことになろう」と、中の宮のことは思いあ 「まったくうれしいことでございます。ただ今のようでは、 きらめる。しかし、それにしても、京へお移りになるにつ 不本意ながらこの私自身の過ちと思わすにはいられません。 けても親身になってお世話申しあげる人は、この自分のほ あきらめきれない昔のお方の形見としては、あの妹君より かに誰がいるというのだろう、とお思いになるので、お引
215 早蕨 からそのつもりになって折るべきでした。あのお方を私が頂 〔ニ〕薫、匂宮に嘆き訴内宴などの何かと気ぜわしいころを 戴すればよかったのですね ) える中の君へ心寄せ過してから、中納言の君は、胸ひと つに思いあまることを、ほかの誰に聞いてもらえようかと困った邪推をなさいます」と、冗談を言い合っていらっし ひょうぶきようのみや 思案の末、兵部卿宮の御殿に参上なさった。しみじみと静やるのは、じっさい仲のよい御間柄である。 お心を打ち割ってのお話になってくると、あの宇治の山 かなタ暮のこととて、宮は、ばんやりともの思わしくして そう 里のご様子を、「その後どうしておいでだろうか」と、ま おられ、端近に出ていらっしやるのだった。箏のお琴をか な き鳴らしては、お気に入りの梅の香をいつものように賞美ずもって宮はお尋ね申される。中納言も、姫宮の亡くなら たお れたのがどこまでもあきらめがたく悲しいことを、そして していらっしやるが、中納言がその梅の下枝を手折ってこ ちらにまいられる、その匂いのまことに優艶で申し分のな事の始りから今日にいたるまで一日とても忘れられない由、 またその折かの折につけてしみじみと心打たれたことや興 い風情を、折が折とて興深くお感じになって、 折る人の心に通ふ花なれや色には出でずしたに匂へる深く感じられたことを、泣きみ笑いみとかいうふうにお話 ( この梅の花はこれを手折るあなたと心が通っているのでし し申しあげられるので、宮はましてあれほど多感で涙もろ そで ようか。外には色が現れないで、内に匂いを包んでいます。 いご気性とて、他人の御身の上のことであっても、袖もし あなたは何気なく装いながら、内心ではあのお方を恋い慕っ ばるばかりお泣きになって、頼もしく相手になっておあげ ておられるのではあるまいか ) になるようである。空の風情もまた、いかにも情けを知っ かすみ とおっしやるので、 ているかのごとく一面に霞が立ちこめている。 夜になってはげしく吹き出してきた風の様子は、まだ冬 「見る人にかごとよせける花の枝を心してこそ折るべ 、か . り ( け・、れ めいていていかにも寒々としており、灯火も幾度か吹き消 やみ ( ただ梅の花を賞美しているこの私ですのに、それがそのよ されては、あたりの闇にお顔のはっきり見えないのが心も うな言いがかりをおつけになる花の枝なのでしたら、はじめ とないけれども、お二人の薫りは隠れようもないので、お ふぜい にお え
中の宮の御前でご披露申しあげてくだされ」とある。これ えなかったのに、このごろは姫宮の亡くなられたことをつ 幻を大仕事と想をこらして詠み出したのだろうとお思いにな い忘れては、おやあのお方かしらと思わすにはいられない ると、歌の趣もまことに、いにしみて感じられるので、あの くらいに似通っておられるので、「中納言殿が、せめて姫 語 なきがら 物宮の、その場しのぎに、本心ではまさかそれほど深いお気宮の亡骸だけでもあとに残しとどめて拝見できるのであっ 氏 持ではあるまいと思われる言葉を、いかにも立派に飾って たらと、朝にタに恋い慕い申しておられるようですのに。 源 人の気に入るように書き尽していらっしやるお手紙よりも、同じことならこの妹君とご夫婦になられたらよかったもの 格別に心をひかれて涙もこばれてくるので、ご返事を女房を、どうしてそのようなご縁ではなかったのでしよう」と、 にお書かせになる。 おそばにお仕えする女房たちは残念に思っている。 やしき この春はたれにか見せむなき人のかたみにつめる峰の 中納言のお邸の者が宇治へ通ってくる機会に、双方のご さわらび 早蕨 様子はしじゅうお互いに聞いていらっしやるのだった。中 ( 姉君まで亡くなられた今年の春ま、 、つこ、唯こお見せし納言がいつまでもばんやりと気抜けしていらっしやって、 たらよいのでしようか、亡き父宮の形見として摘んでくださ めでたい新年だというのにいつまでも涙ぐんでばかりおら った峰の早蕨を ) れるとお聞きになるにつけても、中の宮は、この君がいカ ろく お使者に禄をお与えになる。 にも一時のあさはかなお心ではいらっしやらなかったのだ 今をお年の盛りにつやつやと美しくていらっしやるこの と、今にしていっそうそのお気持の深さを身にしみて思わ おも 女宮が、さまざまの御物思いのために多少面やつれしておすにはいられない。 られるのは、まことに気品高くみずみずしくあでやかな感 宮は、こちらにお越しになるのが、ご不自由なご身分か じが一段と深く、今は亡き人の面影にも似通っておいでに らまことに容易ならざることなので、この女宮を京にお移 なる。お二方がおそろいでいらっしやったころには、それし申そうとご決心になっておられる。 それにお美しくて、いっこう似ていらっしやるようにも見 いっとき
早蕨 〔こ春の訪れにも中の日の光はどんな藪でも所を分かたずと、夜が明け日が暮れるのも知らず途方にくれていらっし 君の傷心癒えず 照らすものであるから、中の宮は、 やるけれども、この世の寿命は定めのあるものゆえ、死ぬ こともままならぬとは、なんとも情けなく思われる。 宇治の山里で春の日ざしをごらんになるにつけても、どう あじゃり してこうも生き長らえてきた月日であろうかと、まるで夢 阿闍梨のもとから、「年が改りましたが、どのようにお きとう のようにばかり思わずにはいらっしゃれない。かって四季暮しでしようか。御祈疇は怠りなくお勤め申しております。 折々の移ろいにつれて、花の色をも鳥の声をも姉君と同じ 今となりましては、ただあなた様お一人の御身の上だけが 気持で朝なタなに見もし聞きもしては、これといったこと気がかりで、一心にお祈り申しあげております」などと申 もとすえ わらびつくしふぜい かご しあげて、蕨や土筆を風情ある籠に入れて、「これは寺の のない歌を詠むのにも、本末の句をそれぞれに言い交して、 宮亡きあとの心細い世の中の情けなさも恨めしさも、仲童子たちが仏にお供えいたしました初穂でございます」と 睦まじく互いに語り合ってきたからこそ気の晴れることも書いてこちらに進らせた。筆跡はいかにも無調法で、歌は 蕨 あったものを、今は楽しいことにせよしみじみと哀れ深い ことさらのように放ち書きに書いてある。 はつわらび 「君にとてあまたの春をつみしかば常を忘れぬ初蕨な ことにせよ、何を言おうにも分ってもらえる人もいないの だから、万事暗く悲しみに沈んでひとり胸を痛め、父宮が ( 亡き宮にと毎年春ごとに摘んでさしあげたものですから、 昭お亡くなりになった折の悲しさにもまして、いよいよ姉君 今年もその習わしを忘れずにお届けする初蕨でございます ) が恋しくせつない思いなので、これから先どうしたものか な わらび ゃぶ はつほ