203 東屋 ニ 0 だもの急ぎにぞ見えける。 弁の尼やどり木は色かはりぬる秋なれどむかしおばえて澄める月かな 一八 と古めかしく書きたるを、恥づかしくもあはれにも思されて、 薫里の名もむかしながらに見し人のおもがはりせるねやの月かげ わざと返り事とはなくてのたまふ、侍従なむ伝へけるとそ。 一九 じト・ろ・おう 行 ) による。第二句は、楚の襄王 らんだい が蘭台のほとりで夜琴を弾じた ( 文選・風賦 ) のによる。 一一武を事とする常陸介の家庭に 育った者には、詩句の意味は分ら ぬが、朗詠の美声にだけは感動 三右の詩句の第一句。「白き扇 をまさぐりつつ」の浮舟は、班姥 妤の不幸にわが身を重ね思っても よいのに、詩句の意を解せず、そ んな不吉な感慨など抱かない。 一三語り手の評。 一四事もあろうに、不吉な詩句を 口にしたものだ。薫自身の反省。 一五老人らしい筆太の文字。 一六くだものを早くほしがってい る様子に。語り手の、戯れの言辞。 宅宿木一〇五ハーの薫・弁の贈答 歌をふまえた歌。上句は浮舟が大 君に替ったことをいう。「澄める 「住める」の掛詞。「月」は薫。 天浮舟、大君を思う複雑な感情。 一九宇治の名のように世を憂しと 嘆く私は昔のままなのに、昔の人 は面変りしたと、宿世の恋を嘆く。 ニ 0 独詠のように詠んだ歌。 ニ一侍従が語り手に組み込まれる。
しと一どこからどこまでも色白で、 ひ臥したるかたはらめ、いと隈なう白うて、なまめいたる額髪の隙など、 額髪の間から見える優美な頬など。 ニ大君に ↓一九九ハー一行。 よく思ひ出でられてあはれなり。まいて、かやうのこともっきなからず教へな 三音楽の技芸も。↓前ハー注一八。 語 四 わごん 四次文から「これ」は和琴。和琴 物さばやと思して、薫「これはすこしほのめかいたまひたりや。あはれ、わがっ 氏 には少しは手を触れたことがおあ こと やま 源 りか。浮舟が東国育ちなので東琴 まといふ琴は、さりとも手ならしたまひけん」など問ひたまふ。浮舟「その大 ともいわれる和琴を話題にした。 とことば 五「わが妻「あが妻」↓「あづ 和一一一一口葉だに、つきなくならひにければ、ましてこれは」と言ふ、いとかたはに あづまごと やまと′、と ま」。「東琴」は、和琴・大和琴と 心おくれたりとは見えず。ここに置きて、え思ふままにも来ざらむことを思すも。日本古来の六絃の琴である。 六和歌。和琴を大和琴ともいう そわう が、今より苦しきは、なのめには思さぬなるべし。琴は押しやりて、薫「楚王ところからの措辞。和歌さえ不似 合いな育ち方をしたのだから、ま だい よるきん ずん の台の上の夜の琴の声」と誦じたまへるも、かの弓をのみ引くあたりにならひして琴などとても、の意。 セまったく見苦しく気のきかな じじゅう い人とは思えない。彼女の当意即 て、いとめでたく思ふやうなりと、侍従も聞きゐたりけり。さるは、扇の色も 妙の応酬などを評価する。 ↓二〇〇ハー注一四。 心おきつべき閨のいにしへをば知らねば、ひとへにめできこゆるぞ、おくれた〈 九薫の浮舟執心。語り手の推測 はんぢよわや 一 0 「班女ガ閨ノ中ノ秋ノ扇ノ色 るなめるかし。事こそあれ、あやしくも言ひつるかなと思す。 うてな きん 楚王ガ台ノ上ノ夜ノ琴ノ声」 ( 和漢 そんぎよう 尼君の方よりくだものまゐれり。箱の蓋に、紅葉、蔦など朗詠集上・雪尊敬 ) 。第一句は、 は・ルー」レっし 4 〔四五〕弁の尼の贈歌薫、 漢の成帝の愛妃の班妤が趙飛燕 和して感慨を託す 折り敷きて、ゆゑなからず取りまぜて、敷きたる紙に、ふのために帝寵を奪われ、その身を、 夏の白絹の扇が秋に捨てられるの に喩えて嘆いた故事 ( 文選・怨歌 つつかに書きたるもの、隈なき月にふと見ゆれば、目とどめたまふほどに、 ふ ねや かた ひたひがみひま ふた 六 五 った
たまふ。故宮の御事ものたまひ出でて、昔物語をかしうこまやかに言ひ戯れた一六浮舟は、ただ気おくれするば かりの態度で。薫の高貴さに接し まへど、ただいとつつましげにて、ひたみちに恥ぢたるを、さうざうしう思す。て、いよいよ自分の東国育ちの負 い目を自覚して畏縮するほかない。 宅薫は物足りなく思う。感動的 「あやまりてかうも心もとなきはいとよし。教へつつも見てん。田舎びたるさ に応対した大君とは異なる。 かたしろ れ心もてつけて、品々しからず、はやりかならましかばしも、形代不用なら一〈たとえまちがってもこんなふ うに頼りないほうが実に結構。 大君の理想像に近づけるべく教え まし」と思ひなほしたまふ。 力いがあるという気持。 ャ ) と きんさう 。オ一九先走って落ち着かぬ人であっ ここにありける琴、箏の琴召し出でて、かかること、まこ、 〔四四〕薫、琴を調べ、浮 たとしたら、形代としては役立た 舟に教え語らう ましてえせじかしと口惜しければ、独り調べて、宮亡せたずというものだったろう。 ニ 0 八の宮や大君の遺愛の楽器か のち まひて後、ここにてかかるものにいと久しう手触れざりつかしと、めづらしく 0 浮舟を形代としながらも、大君 追懐の哀感だけが薫の心を占める。 我ながらおばえて、いとなっかしくまさぐりつつながめたまふに、月さし出で = 一東国育ちの浮舟は、音楽の技 能を身につけなかったろうとする。 きんね ぬ。宮の御琴の音のおどろおどろしくはあらで、いとをかしくあはれにきた = = 九月十 = 一夜の月。 ニ三八の宮は琴の名手 ( ↓橋姫 3 ニ四たれ 屋まひしはやと思し出でて、薫「丑日、誰も誰もおはせし世に、ここに生ひ出でた一〇七・一二三、椎本 3 一三六 ハー ) 。薫の懐旧の念は、浮舟とは いますこしあはれはまさりなまし。親王の御ありさまは、よ無関係に、孤独に深まっていく。 きへら士しかば、 東 一西八の宮や大君の在世中の昔に。 ニ六 しの その人だにあはれに恋しくこそ思ひ出でられたまへ。などて、さる所には年ご = = 往時を偲ぶ気持が深かろう。 ニ六陸奥国や常陸国の東国をさす。 しいと恥づかしくて、白き扇をまさぐりつつ添毛夏の扇。「かはほり」という。 ろ経たまひしそ」とのたまへ、 へ ニ三 たはぶ
薫まだなりあはぬ仏の御飾りなど見たまへおきて、今日よろしき日なりけれ一完成しきらぬ仏殿の飾りなど。 宇治行きの理由をかこつける。実 ものいみ はすでに完成。↓一八九ハー九行。 ば、急ぎものしはべりて、乱り心地のなやましきに、物忌なりけるを思ひた 語 この物忌も宇治滞在の口実。 あす 物まへ出でてなん、今日明日ここにてつつしみはべるべき。 三正室女二の宮。 氏 四薫が浮舟の部屋に 源など、母宮にも姫宮にも聞こえたまふ。 五浮舟の装束。配色もきれいに と考慮して仕立て、着重ねている。 うちとけたる御ありさま、いますこしをかしくて入りおは六亡き大君の、身になじんだ着 〔四三〕薫、今後の浮舟の 衣を召された姿。浮舟と対比。 あっかいを思案する セ浮舟の髪の裾の、扇のように したるも恥づかしけれど、もて隠すべくもあらでゐたまへ 拡がるさま。大君は、「髪さはら 一うぞく ゐなか かなるほどに : ・末すこし細りて」 り。女の御装束など、色々によくと思ひてし重ねたれど、すこし田舎びたるこ ( 椎本 3 一七二ハー三行 ) 。 ともうちまじりてそ、昔のいと萎えばみたりし御姿のあてになまめかしかりし〈女二の宮の髪の美しさ。 九以下、浮舟の処遇を思う。 かみすそ のみ思ひ出でられて。髪の裾のをかしげさなどは、こまごまとあてなり、宮の一 0 薫の自邸、三条宮。そこに迎 えれば、対の御方ぐらいの地位か。 御髪のいみじくめでたきにも劣るまじかりけり、と見たまふ。かつは、「この = 今上帝の皇女を正室に、権大 納言兼右大将の地位にある薫には、 人をいかにもてなしてあらせむとすらん。ただ今、ものものしげにてかの宮に浮舟ごときは妻にしかねる。 一ニ大勢いる女房と同列に、、、 す おとぎびん 迎へ据ゑんも音聞き便なかるべし。さりとて、これかれある列にて、おほぞう かげんに扱うのでは。召人の待遇。 一三具体的な処遇を決めるまでは。 にまじらはせんは本意なからむ。しばし、ここに隠してあらん」と思ふも、見一四遠い宇治には頻繁に通えない ことが、今から想像される。 ずはさうざうしかるべくあはれにおばえたまへば、おろかならず語らひ暮らし一五亡き八の宮。 みぐし 五 つら
( 現代語訳三四一ハー ) は、いとよく思ひ出でらるれど、おいらかにあまりおほどき過ぎたるそ、心も一六浮舟はほどよい程度に扇で顔 を隠して遠慮深げに外を眺める。 一九 となかめる。いといたう児めいたるものから、用意の浅からずものしたまひし宅亡き大君のことを。 天前に中の君が浮舟を大君に比 ゅ 較したのにも類似。↓一八〇ハー。 はやと、なほ、行く方なき悲しさは、むなしき空にも満ちぬべかめり。 一九亡き大君は。↓宿木四一ハー末。 たれ たま おはし着きて、あはれ亡き魂や宿りて見たまふらん、誰にニ 0 薫は浮舟を得ても心癒されす、 〔四ニ〕宇治に到着浮舟 逆に亡き人への追慕がつのるばか 不安な身の上を思う り。「わが恋はむなしき空に満ち よりてかくすずろにまどひ歩くものにもあらなくに、と思 ぬらし思ひやれども行く方もな お ひつづけたまひて、下りてはすこし心しらひて立ち去りたまへり。女は、母君し」 ( 古今・恋一読人しらず ) 。 ニ一大君の亡き魂に見守られてい えん る自分であるという実感。 の思ひたまはむことなど、いと嘆かしけれど、艶なるさまに、、い深くあはれに 一三大君のせいで形代の人を求め らう 語らひたまふに、思ひ慰めて下りぬ。尼君はことさらに下りで廊にぞ寄するを、てさまようのだとする。 ニ三少し気をきかせて。浮舟を休 わざと思ふべき住まひにもあらぬを、用意こそあまりなれと見たまふ。御庄よ息させるためである。 ニ四うっとりさせる薫の態度。 一宝薫や浮舟は寝殿の正面に下車、 り、例の、人々騒がしきまで参り集まる。女の御台は、尼君の方よりまゐる。 弁は自分の住む廊に車を回す。 屋道はしげかりつれど、このありさまはいとはればれし。川のけしきも山の色も、兵浮舟の一時の仮住いなので、 女主人扱いする弁の礼儀は不要 もてはやしたるつくりざまを見出だして、日ごろのいぶせさ慰みぬる心地すれ毛薫の身辺の雑事に奉仕。 東 ニ〈女君 ( 浮舟 ) の食事。 ニ九三条の隠れ家での生活と比較。 ど、 いかにもてないたまはんとするにかと、浮きてあやしうおばゅ。 三 0 浮舟特有の語「浮き」に注意。 三一「殿」は薫。 殿は京に御文書きたまふ。 ニ七 かた ニ九 あ み著 ) う
一目のあたりに見る浮舟を。 すずろに涙もろにあるものぞと、おろそかにうち思ふなりけり。 ニ晩秋の景に、大君追慕が触発 される。浮舟を抱きながら、薫は 君も、見る人は憎からねど、空のけしきにつけても、来し方の恋しさまさり 語 亡き人の面影を追い続ける。彼女 はしよせん大君の形代にすぎない。 物て、山深く入るままにも、霧たちわたる心地したまふ。うちながめて寄りゐた 氏 三宇治に近づくにつれて薫は憂 そで かさ 源 まへる袖の、重なりながら長やかに出でたりけるが、川霧に濡れて、御衣の愁に捉えられる。「霧」はその象徴。 - 一うちき 四薫の直衣の袖が浮舟の小袿の くれなゐ 紅なるに、御直衣の花のおどろおどろしう移りたるを、おとしがけの高き所袖と重なって車の外に出ている。 五宇治川にかかった霧。 六浮舟の衣の紅に薫の直衣の花 に見つけて、引き入れたまふ。 ふたあい 色 ( 縹色 ) が重なり、二藍色 ( 青み がかった紫色 ) に見える。 薫かたみそと見るにつけては朝露のところせきまでぬるる袖かな セ「落し懸け」で、急な坂道か 九 と、、いにもあらず独りごちたまふを聞きて、いとどしばるばかり尼君の袖も泣〈浮舟を亡き大君の形見と見て 詠嘆する歌。「露」に涙をひびかす。 九うつかり。新婚に涙は禁物。 き濡らすを、若き人、あやしう見苦しき世かな、心ゆく道にいとむつかしきこ 一 0 侍従。前と同様の反応。 = 心中叙述がそのまま地の文に と添ひたる心地す。忍びがたげなる鼻すすりを聞きたまひて、我も忍びやかに 続く。ひとり満足な気分の侍従は、 うちかみて、いかが思ふらんといとほしければ、薫「あまたの年ごろ、この道厄介なことでもあるのかと思う。 三薫も弁の涙につられる趣。 そんたく を行きかふたび重なるを思ふに、そこはかとなくものあはれなるかな。すこし一三浮舟の心中を忖度。 一四大君を思い多年通い続けた宇 むも 起き上がりて、この山の色も見たまへ。いと埋れたりや」と、強ひてかき起こ治行を回顧。半ば独り言である。 一五ふさぎこんでおられる。浮舟 は薫の胸に抱かれ顔を伏せている。 したまへば、をかしきほどにさし隠して、つつましげに見出だしたるまみなど かた はなだ
所をと責めてのたまふ。薫「人一人やはべるべき」とのたまへば、この君にお耳に入れるというのも。 一九 一五後日でも申し訳がたとう。 わらは じじゅう めのと 添ひたる侍従と乗りぬ。乳母、尼君の供なりし童などもおくれて、いとあやし一六宇治も、案内する者がいなく ては頼りない所だから。弁を誘う。 宅誰か一人お供にまいるよう。 き心地してゐたり。 一 ^ 弁の尼は。 近きほどにやと思へば、宇治へおはするなりけり。牛など一九浮舟づき女房。この名は初出。 〔四一〕宇治への道中、薫、 ニ 0 はじめて薫の意図に気づく趣。 ほふさうじ 弁の尼共に大君を思う ひきかふべき心まうけしたまへりけり。河原過ぎ、法性寺ニ一遠路ゆえ、牛を掛け替える。 ニニ賀茂河原を通り過ぎ。 のわたりおはしますに、夜は明けはてぬ。若き人はいとほのかに見たてまつりニ三貞信公藤原忠平 ( 八八 0 ~ 九四九 ) が、 延長三年 ( 九一一五 ) 九条河原に創建し た寺。現在の東福寺がその旧跡か。 て、めできこえて、すずろに恋ひたてまつるに、世の中のつつましさもおばえ ニ四侍従。薫の美しい風姿に接し ず。君そ、いとあさましきにものもおばえで、うつぶし臥したるを、薫「石高て、浮き立っ気分である。 ニ七 ニ五浮舟。侍従とは対照的。 うすものほそなが ニ六大きな石のある道。 きわたりは苦しきものを」とて、抱きたまへり。薄物の細長を、車の中にひき 毛薄絹の細長 ( 婦人の表着 ) を、 隔てたれば、はなやかにさし出でたる朝日影に、尼君はいとはしたなくおばゅ前の席の薫・浮舟と、後ろの席の 弁・侍従の間を仕切って掛け垂す。 夭これが大君のお伴であったら 屋るにつけて、故姫君の御供にこそ、かやうにても見たてまつりつべかりしか、 と、あらためて無念な思いになる。 ニ九新婚早々だから尼姿でさえ不 ありふれば思ひかけぬことをも見るかなと悲しうおばえて、つつむとすれどう 東 吉なのに、さらに涙とは、の気持。 ちひそみつつ泣くを、侍従はいと憎く、もののはじめに、かたち異にて乗り添三 0 弁の複雑な心中を理解しえぬ とする。 ひたるをだに思ふに、なぞかくいやめなると、憎くをこに思ふ。老いたる者は、 せ ニ八 ニ九 ニ四 こと 三 0 ニ六
おほぢ ほどもなう明けぬる心地するに、鶏などは鳴かで、大路近一秋の夜長なのに。「長しとも 〔四 0 〕翌朝、薫、浮舟を 思ひそはてぬ昔より逢ふ人からの 伴って隠れ家を出る き所に、おばとれたる声して、いかにとか聞きも知らぬ名秋の夜なれば」 ( 古今・恋三躬恒 ) 。 きめぎぬ ニ後朝らしい鶏鳴の情緒もない。 語 物のりをして、うち群れて行くなどそ聞こゆる。かやうの朝ばらけに見れば、物三三条大路に近い小家。それだ けんそう 氏 けに町並の喧噪さがよく聞える。 よもぎ 源 戴きたる者の鬼のやうなるぞかしと聞きたまふも、かかる蓬のまろ寝にならひ四間のびした声。物売りの声。 五品物を頭にのせた物売りの姿 とのゐびとかど が、鬼の格好に見えるとする。 たまはぬ心地もをかしくもありけり。宿直人も門開けて出づる音す。おのおの 六「蓬」は荒れた邸の象徴。身分 卑しい女との逢瀬の、珍しい感動。 入りて臥しなどするを聞きたまひて、人召して、車、妻戸に寄せさせたまふ。 0 このあたり、源氏とタ顔の逢瀬 たれ にも類似する点に注意。 かき抱きて乗せたまひつ。誰も誰も、あやしう、あへなきことを思ひ騒ぎて、 七夜警の任務を終えて帰る。 こころう 「九月にもありけるを。心憂のわざや。いかにしつることそーと嘆けば、尼君 ^ 南廂の隅の、両開きの戸。 九源氏がタ顔を某院に連れ出す もいといとほしく、思ひの外なることどもなれど、弁の尼「おのづから思すや , っ条 ( タ顔田一二九ハー ) 、紫の上を二 条に連れ出す条 ( 若紫田一一〇八ハー ) せちぶ に類似。貴人が自ら抱くのは異例。 あらん。うしろめたうな思ひたまひそ。九月は明日こそ節分と聞きしかと言 一 0 これは異な、あまりに急なと。 ひ慰む。今日は十三日なりけり。尼君、「こたみはえ参らじ。宮の上聞こしめ = 九月は季の果ての月なので、 結婚を忌むと考えられていたか。 いとうたてなん」と聞こゆれ↓玉鬘団一五七ハー注天。 さむこともあるに、忍びて行き帰りはべらんも、 一ニ「節分」は季節の変る前日。や がて冬に変り不都合でないとする。 ど、まだきこのことを聞かせたてまつらんも心恥づかしくおばえたまひて、 一三宇治に同行できぬとする。 一四早々にこの一件を、中の君の 薫「それは後にも罪さり申したまひてん。かしこもしるべなくては、たづきなき 九 ゅ 四 とり つまど うへ
みかどさ ながのおきまろ ( 万葉・巻三長奥麻呂 ) 。 の、人の御車入るべくは、引き入れて御門鎖してよ。かかる、人の供人こそ、 むぐら ニ 0 戸口を閉ざす葎が茂っている 、いはうたてあれ」など言ひあへるも、むくむくしく聞きならはぬ、い地したまふ。のかと、待たされる不満をいう歌。 「あまり」は軒、「あまりほど経る」 一九 すのこ 薫「佐野のわたりに家もあらなくに」など口ずさびて、里びたる簀子の端っ方に掛けた。「経る」「降る」も掛詞。 「雨そそき」は雨だれ。催馬楽「東 屋」 ( ↓紅葉賀七〇ハー注一 I) による。 にゐたまへり。 巻名も、ここから出た。 しずく ニ一軒の雫を払う動作につれて、 薫さしとむるむぐらやしげき東屋のあまりはどふる雨そそきかな 袖ロあたりから芳香が匂い立っ おひかぜ あづま 一三宿直人たちをさす。 とうち払ひたまへる追風、いとかたはなるまで東国の里人も驚きぬべし。 ニ三乳母らが強引に対面させる。 ひさしおまし ひさし とざまかうざまに聞こえのがれん方なければ、南の廂に御座ひきつくろひて、ニ四引戸。ここは廂と母屋の隔て。 すだれ 普通ならば簾で隔てるところ。こ 入れたてまつる。心やすくしも対面したまはぬを、これかれ押し出でたり。遣れは、身分低い者の家の建具らし これを細目に開けて薫と対面。 あ たくみ 戸といふもの鎖して、いささか開けたれば、薫「飛騨のエ匠も恨めしき隔てか = 五『今昔物語集』巻二十四第五話、 飛騨のエ匠が、一間四面の、どの うれ なかかる物の外には、まだゐならはず」と愁へたまひて、いかがしたまひけ戸から中に入ろうとしても閉じて くだらのかわなり しまう小堂を建て、絵師百済川成 屋ん、入りたまひぬ。かの人形の願ひものたまはで、ただ、薫「おばえなきものを困らせた話をふまえる。 ニ六乳母らが開いたか。その経緯 に立ち入らぬ語り手の推測 のはさまより見しより、すずろに恋しきこと。さるべきにゃあらむ、あやしき 東 毛↓一六二ハー注六。 ニ九 までそ思ひきこゆる」とそ語らひたまふべき。人のさまいとらうたげにおほどニ〈宇治で浮舟をかいま見たこと を言う。↓宿木一一一八ハー。 ニ九これも語り手の推測 きたれば、見劣りもせす、いとあはれと思しけり。 ど 一六みくるま と ニ七ひとがた あづまや ひだ あま ニ六 ニ四 やり
一使者なら馬が当然なのに、車 ば、車をそ引き入るなる。あやしと思ふに、薫「尼君に対面たまはらむ」とて、 なので身分高い人の来訪かと、浮 この近き御庄の預りの名のりをせさせたまへれば、一尸口にゐざり出でたり。雨舟づきの女房が不審がる。 五ロ ニ弁の尼の挙措。 1 三ロ 三芳香から、薫の来訪と気づく 物すこしうちそそくに、 風はいと冷やかに吹き入りて、言ひ知らずかをり来れば、 氏 四「心騒ぎて」に続く。 たれ 源 かうなりけりと、誰も誰も心ときめきしぬべき御けはひをかしければ、用意も五まだ予想もしてなかったので。 六この「君」は浮舟。 五 なくあやしきに、まだ思ひあへぬほどなれば、心騒ぎて、女房「いかなることセお上げせぬままお帰し申すこ とは、おできになれまい にかあらん」と言ひあへり。薫「心やすき所にて、月ごろの思ひあまることも〈常陸介邸にいる母君に。 九介の邸はここから近いらしい 聞こえさせんとてなむと言はせたまへり。 いかに聞こゅべきことにかと、君一 0 それでは女君が幼い人のよう ではないか、の気持。以下、今さ めのと は苦しげに思ひてゐたまへれば、乳母見苦しがりて、「しかおはしましたらむら母君との相談など不要だとする。 = 急に深いイにはなるまいに。 三薫の性格。不思議なほど気長 を、立ちながらやは帰したてまつりたまはん。かの殿にこそ、かくなむ、と忍 で、思慮深い、とする。 びて聞こえめ。近きほどなれば」と言ふ。弁の尼「うひうひしく。などてかさは一三相手 ( 浮舟 ) の承諾なしには。 一四「夜行」は夜警、夜回り。 あらん。若き御どちもの聞こえたまはんは、ふとしもしみつくべくもあらぬを。一五邸の東南の隅の土塀や垣など。 一六「人の御車」で一語。入れるな あやしきまで心のどかに、もの深うおはする君なれば、よも人のゆるしなくて、ら入れて早く戸締りを、の気持。 宅気がきかない、の意。 とのゐびと うちとけたまはじ」など言ふほど、雨やや降り来れば、空はいと暗し。宿直人一〈薫の感想 一九「苦しくも降り来る雨か三輪 あやふ やぎゃう やかたつみすみ さの の崎狭野の渡りに家もあらなくに」 のあやしき声したる、夜行うちして、宿直人「家の辰巳の隅の崩れいと危し。こ 194 み ) う 四 九 たいめん 六