めのわらわすだれ 気がすすまぬふうにおあしらいになるのか」とお恨みにな ていて、中納一一 = 口が、いかにもかわいらしい女童の、簾ごし しとね るけれども、親しい御間柄とま、、 。ししながら、中・納一一 = ロはまこ に見えるのを取次としてご挨拶をなさると、中から御褥を とに気のおける立派なお人柄でいらっしやるから、とても さし出して、昔の事情を知っている女房なのであろう、君 語 物無理じいにお勧め申すこともおできにならないのであった。 の前に出てきてご返事をお伝え申しあげる。「朝といわず 源〔一 0 〕薫、ニ条院を訪問花盛りのころ、中納言は、二条院のタベといわず親しくお訪ねすることができそうなほどすぐ 薫・中の君・匂宮の心桜をよそながら眺めていらっしやる近くに住んでおりますが、これといった用件もなくてお伺 と、まず宇治の山里の「主なき宿」のことが思いやられる いいたしますのも、かえってなれなれしすぎるとのお咎め ので、「心やすくや」などと、独り言を口すさまれ、思い もあろうかと、さし控えておりますうちに、世の中がすっ やしき あまって宮の御もとにお越しになった。近ごろの宮はこち かり変ってしまったような気がしてなりません。お邸の むつ こずえかすみ らにばかり落ち着いていらっしやって、女君とじつに睦ま木々の梢も霞を隔てて私どもから見えますが、それにつけ じく暮しておられるので、結構なことと拝するものの、例 ても感慨無量のことが多うございます」と申しあげて、う によって、どうかと思われるような穏やかならぬ気持が起ち沈んでいらっしやるご様子がいかにもいたわしく見える ってくるのは、我ながらなんとも合点しかねることではあ ので、中の宮も、「なるほど姉君がご存命でいらっしやる る。そうはいっても実直なお心からは、まことにうれしく のだったら、お互いに気がねなく行き来して、花の色や鳥 これで安心とお思い申していらっしやるのであった。 の声をもその折々楽しみながら、少しは晴れ晴れとした気 何やかやとお話をお交し申されてタ方になると、宮が宮持で月日を過すこともできたであろうものを」などとお思 い出しになるにつけても、ただひたすらに閉じこもってい 中にまいられるとて、お車のご用意をしてお供の人々が大 勢集ってまいったりするので、中納言はそこをお立ちにな らっしやった山里の住いの心細さよりも、今の暮しのほう り、対の御方へまいられる。女君は山里住いのころの様子がどこまでも悲しく、不本意な気持がいっそうつのってく るのであった。 とはうって変って、御簾の中も風情ゆかしくお暮しになっ ふぜい あいさっ とが
東屋 つくばやま 常陸守の子たちは、亡くなってしま 〔ニ〕中将の君、とくに 〔一〕薫浮舟を求めつつ大将殿としては、筑波山を分け入り、 ひたちのぜんじ 浮舟の良縁を切望するった先妻の子供も多く、今の北の方 躊躇中将の君も遠慮あの常陸前司の女君に逢ってみたい はやましげ の腹にも、姫君と呼ばせて大事にしているのがあり、その というお気持はあるものの、しかしそんな端山の繁りにま ほかにまだ幼いのもいて、次々に五、六人ももうけていた でむやみと熱中するのも、じっさい世間に聞えても身分を ので、何くれとその養育をしながら、一方ではこの連れ子 わきまえぬ見苦しいふるまいと思われそうな相手の分際な のだから、ご自分からは遠慮なさって、お手紙をさえお取の姫君に対しては他人扱いに分け隔てする気持があったか かみ ら、母君はいつも守をほんとに冷たい人と恨み恨みしては、 り次がせにならず、ただあの尼君のほうから母北の方のも なんとかしてこの姫君をほかの娘以上に面目の立っ縁組を とに仰せのおもむきなどをたびたびそれとなく言ってよこ させてやりたいものと、明け暮れたいせつに世話していた したのだったけれど、母君は、殿が本気でご執心なさるこ のだった。もしもこの姫君の姿や顔だちがそうたいしたこ ととも受け取れないので、ただどうしてそうまでも娘のこ せんさく 屋 とも、なく 、ほかの娘たちといっしょに扱っても差し支えな とを詮索し、ご存じでいらっしやるのかと、そのことにば いのだったら、まったく何もこれほど苦しい思いをしてま かり感じ入って、殿のお人柄がこの当節ではめったにあり 東 でも、その身のふりかたに心を労することがあろうか、 そうもないくらいご立派なお方と思われるにつけても、こ かの娘と同じように思わせておけばよいはすであるが、こ ちらがもしも人並の身分であるのだったら、などとあれこ の姫君は水際だって何に紛れようもなく、せつないほど美 れ思いをつのらせていたのであった。 あづま や な
っていらっしやる。 袖ふれし梅はかはらぬにほひにて根ごめうつろふ宿や ことなる 御前近くの紅梅が色も香も懐かしく咲き匂っていて、 うぐいす ( かって私が袖を触れたことのあるこの梅は、今も変らぬ香 鶯でさえ見過しにくそうに鳴き渡ると見え、なおさらの りに匂っておりますのに、それが根こそぎ移って行く京のお 物こと、「春や昔の」と亡き姉宮をしのびつつ悲しみにくれ 氏 住い先はもう私の宿ではないのですね ) ていらっしやるお二人のお話し合 いにつけても、折が折と 源 てしみじみとした思いになられる。風がさっと吹き入るに こらえきれない涙をさりげない体にぬぐい隠して、そう多 さっき はな くはおっしやらず、「これから後もやはり、このよ , つにし つけても、花の香も客人の御匂いも、あの「五月待っ花 たちばな 橘」ではないけれども、昔の人を思い出さすにはいられ てお目にかかりましよう。何事によらず申しあげやすいで ないよすがである。女宮は、「所在ない寂しさを紛らわすしようから」などと申しあげておいてお帰りになった。 のにも、この世のつらさを慰めるのにも、姉君はいつもこ 明日のお移りに際して数々の用意すべきことを、女房た ひげ の梅に心をとめ、もてはやしていらっしやったものを」な ちに仰せおきになる。この山里の留守居役には、あの鬚が とのいびと ちの宿直人などは居残るはずになっているので、このあた どと、せきかねる悲しみに胸がいつばいになられるので、 みしようえん 見る人もあらしにまよふ山里にむかしおばゆる花の香りの近くにあるご自分の御荘園の者たちなどに、その世話 ぞする などもお命じになったりして、あれこれと暮し向きの細か ( もうこれからは見る人もなくなりましようのに、嵐に吹き いことをまでお取り決めになる。 迷わされておりますこの山里に、亡き人を思い出させる花の 〔五〕薫、弁を召して互弁は、「このようなお供をして京へ いに世の無常を嘆く 香が匂っていることです ) まいりますことも、田むいのほかに長 口に出して言うともなく、かすかな声でとぎれとぎれにし生きをいたしましたのが恥ずかしく思わずにはいられませ か聞えてこないのを、中納言はいかにも懐かしそうにロすんし、どなたの目にもさそ忌まわしく見えましようから、 さんでみて、 今はもう私がこの世に生き長らえているということを誰か ( 原文一一一ハー ) ニ一口 な そで むめ
こともなく、まことに申し分なく格別に上品な感じで若君 いて家司などといった者たちが言上している。また、若々 のお相手をしていらっしやる、そのご様子がうらやましく しく見える五位の男たちの、顔も見知らないようなのもた しきぶのじようくろうど 思われるにつけても、母君は胸にせまる思いである。「こ くさんいる。自分には継子の、式部丞で蔵人を兼ねている の自分だって亡き北の方にご縁のない者ではないのだ。女のが宮中からのお使者として御前に参上してきて、おそば 房としてお仕えする身であったというだけで、宮から一人近くにさえ近づきまいることができすにいる。こうもこの 前に扱っていただけず、情けない身の上となり、こうも世うえなく貴い宮のご様子を、母君は、「ああこれはいった 間から見さげられているのだ」と思うと、こうして押しか いなんとしたお方であろうか。こうしたお方に連れ添って けてきてお近づき申すのもおもしろくない気持である。こ おられる女君のご運のめでたさよ。はたで想像したのでは、 ものいみ のお邸には、御物忌と触れてあったので、この西廂には誰 いくらご立派な方々とは申せ、薄情なお仕打ちをなさるの だったらと、推量申しあげて気もすすまなかったが、それ も出入りしない。二、三日ばかり母君も付き添っている。 今回はゆっくりとした気分になってお邸の様子を見ている。 はとんでもないことであった。このご様子、このお顔だち おうせ を見れば、年に一度の七夕ぐらいの逢瀬であっても、こう 〔一六〕中将の君、匂宮夫宮がお越しになった。母君は、どん 妻の姿を見て心乱れるなお方なのか、そのお姿を見たく思 してお目にかかりお通いいただけるのなら、まったくすば すきま らしいことにちがいなかろう」と思っていると、宮は若君 って、物の隙間からのぞいて見ると、まことに気品の高い お美しさで、まるで桜の花を手折ったような風情でいらっ を抱いてかわいがっていらっしやる。そして女君が低い几 ちょう 屋 しやってーーー自分が頼りにする夫と考え、情けない、限め帳を仕切りに立てていらっしやるのを傍らへ押しやって、 しいとは思うものの、それでも心のなかではそむくまいと何か申しあげていらっしやる、そのお二人のご器量はじっ ひたちのかみ 東 に気品高くお似合いのご夫婦である。亡き八の宮が寂しく 思っている常陸守よりも、風采も顔だちもその人柄もはる お暮しでいらっしやったご様子を思い比べると、同じ宮た Ⅱかに立派に見える五位や四位の連中が、一同ひざまずいて おそばに控えており、このことあのことと担当の用務につちと申しあげても、まったく格別の差がおありだったのだ ふうさい まま、 )
取りやめということにはならなかったでしようか」などと つなどをそれとなく話して、「この私の命のあります間は、 引申しあげる。「さあどんなことになりましようか。姉上が どうとでも、朝夕の話し相手にもなって暮していくことも 生きていらっしやってこの私と同じように世間の笑いもの できましよう。しかし私が先立つようなことになりました 語 物になるとしたら、それもかえって情けないことかもしれま そのあとは、思いもよらない身の上になって落ちぶれさ迷 氏 せん。お命を全うされなかった、そのために奥ゆかしくも うことになろうかとそれが悲しゅうございますので、いっ 源 思われる間柄なのでしよう、と思うのですけれど、それで そ尼にして深い山奥にでも住まわせ、それなりに俗世での もあの大将の君は、どうしたお方なのでしようか、不思議縁組はあきらめることにしようかなどと、思案にあまりま なくらい何かとお心をお変えにならず、亡き父宮の後生の したあげくには、そんなことも考えております」などと言 ことまでも深く心配してあれこれお世話してくださってい う。女君は、「いかにもおいたわしい御身の上ではありま るようです」と、やさしくお話しになる。母君は、「その しようけれど、いえなに、人からないがしろにされるとお お亡くなりになった姉君の御身代りに引き取って世話しょ っしやるのは、この私も同じ、こうして親に先立たれてし うと、この取るに足らぬ娘のことをまで、あの弁の尼君に まった者の定めなのです。そうかといって山里に閉じこも はおっしやったのでございます。そうしたお一言葉に甘えさ るなど、とうてい堪えられないことでしたから、ひたすら せていただこうという気になってよいものではございませそのような暮しをと父宮がお決めおきあそばしたこの私で んけれど、お血筋のつながりゆえのお話と思えば、もった さえ、こうして存念どおりにはいかず俗世に長らえている いのうございますものの、しみじみとありがたく感ぜられ のですから、なおさらのこと、このようにまだお年若のお るお心の深さでございます」などと言うついでに、この君方が尼になどとんでもないことです。姿をおやっしになる の身の振り方に思い悩んでいる旨を泣く泣く語る。 などおいたわしいようなご器量ではありませんか」などと、 おもも↓っ それほど詳しくではないけれども、人も耳にしているこ 心得を身につけた御面持でおっしやるので、母君はまこと となのだと思うので、少将からないがしろにされたいきさ にうれしい気持になっている。この母君はだいぶ年配の人
ひと とおっしやるのでしよう」と、安心しきって一言う。その女 きったまん中の二間の部屋の、その間仕切りに立ててある かしら 2 ふすま 襖の穴からおのぞきになる。衣ずれの音がしてはと、御衣がいかにも遠慮がちに車から降りるのを見ると、まず頭っ のうし さしぬき は脱ぎおいて、直衣と指貫だけを着ていらっしやる。先方きや身のこなしのほっそりとして上品なところは、ほんと 語 に亡き姫宮そっくりというほかはない。扇をかざしてひた 物ではすぐには車から降りないで、尼君に消息して、このよ 氏 隠しにしているので、顔の見えないのがもどかしく、大将 うにいかにも身分の高くていらっしやりそうなお方がおい 源 は、胸を高鳴らせながらごらんになる。車は高くて、降り でなのを、どなたであるのかなどと尋ねているようである。 る所は低くなっているのを、女房たちはやすやすと降りて 大将の君は、車が例の人のだとお聞きになったあとすぐに、 しまったのだけれど、当人は、いかにもつらそうに難渋の 「けっして先方にわたしが来ているとは言わずにいてくだ うちき てい され」と、まず口止めさせていらっしやったので、皆そう体で、長いことかかって降り、内にいざり入る。濃い袿に、 びよう なでしこ ほそながわかなえいろこうちき 心得て、「早くお降りなさいまし。客人はいらっしゃいま撫子とおばしい細長、若苗色の小袿を着ている。四尺の屏 ふすま すが、あちらのほうにおいでなのですから」と返事を伝え風をこの襖に立て添えてあって、穴はその上からのぞける 位置にあるのだから、内部がすっかり見えるのである。こ させている。 ちらのほうを気にしているらしく、むこうを向いて物に寄 同乗していた若い女房が、まず降りて車の簾を上げてい さき いなか るようである。御前駆の者の田舎びたのよりは、この女房り添い横になった。「ずいぶんおつらそうでいらっしや、 は物慣れていて見た目にも難のない人である。別に年配のましたこと。泉川の渡し舟も、本当に今日はひどく恐ろし 女房がもう一人降りて来て、「早く」と言うと、「何だか人ゅうございました。この二月には、水が浅かったものです からようございましたが。でもまあ、出歩きにしましても、 に見られていそうな気がします」と言う声が、かすかでは あずまじ あるが気品を感じさせる。女房は、「いつもそんなことを東国路のことを思えば、どこが恐ろしいものですか」など と、先ほどの女房が二人して疲れた様子もなく話している おっしゃいます。こちらはこの前も格子を下ろしきりにし あるじ のだが、主の女君は何も言わずにうつぶせになっている。 てあったようでございます。それなのにどこから見られる きめ すだれ
よご出家あそばしたときに、あの母宮をお迎え申されたの り申そうとおっしやるけれども、大将の君は、「それでは ねん でした。ましてこのわたしなどは、どなたも得心しない女まことに畏れ多うございましよう」とおっしやって、御念 ろう ずどう 宮を拾って手に入れたのですからな」とお言い出しになる 誦堂との間に廊を続けて御殿をお造らせになる。母宮はそ ので、その女宮ま、、、 。し力にもとお思いになるにつけても、 の西面へお移りになるのであろう。東の対なども、焼失し きまりがわるくてお答えにもなれない。 てから後、新しく立派に理想的な建物になっているのを、 おおくらきよう みが 三日の夜の儀は、大蔵卿をはじめとして、女二の宮がた いよいよ磨きたててはこまごまとご用意になる。 このようなお心づかいを、帝もお聞きあそばして、まだ でごひいきにしておいでになった人々や家司に仰せ言を賜 ずいじんくるまぞい やしき って、内々ではあるけれども男君の御前駆から随身、車副、 日も浅いのに女宮がさっそくに気安く婿君の邸に移られる ろく とねり 舎人にまで禄を御下賜になる。その間の数々のことどもは というのもどんなものかとお案じあそばされる。帝と申し やみ 臣下の仕方と同じようになさるのであった。 あげても、子を思う親心の闇は同じことでいらっしやるの だった。大将殿の母宮のもとにお使者をお遣わしになった 〔四三〕薫、女ニの宮を三そのご祝儀から後は、大将の君は忍 条宮に迎えようとするび忍びにお通い申される。そのお胸が、そのお手紙にも、ただこの女宮のことばかりをお頼み のうちには、やはりいまだに忘れがたい亡き宇治の姫宮の申しあげあそばすのであった。故朱雀院が、とりわけこの ことばかりを思い出さすにはいられないので、昼はお里の尼宮のことをお申し置きになっておられたのだから、この うつ 三条宮で起き臥し物思いに虚け、日暮れになると気のすすように今はご出家の御身ではあるけれどもご優遇はおとろ まぬまま急いで宮中にまいられるのも、これまでそんな経えず、何事もご在家のころと同様であり、帝も、この尼宮 験もないこととて、まことにおっくうだしつらいことなの のお申しあげになることなどは必すお聞き入れあそばして、 宿 で、いっそ女宮をご自邸へお迎え申そうというおつもりに そのお心づかいが深くあらせられるのであった。こうして 5 なられるのだった。母宮はそれをほんとにうれしいことと尊いお二方からこもごもにこのうえもなくたいせつにおも お思いになる。母宮ご自身が今お住まいになる寝殿をお譲てなしを受けていらっしやるその晴れがましさも、どうい おそ
は断りきれまい」と思っていらっしやったところが、これ意地悪くお逃げ申しておいでなのも、思いやりに欠けるよ は意外な事態になってしまいそうだ、とそのなりゆきをい うではありませんか。親王たちは、御後見しだいでどうに まいましく思わずにはいらっしゃれなかったので、一方ま でもなるのです。主上も、そういつまでも御位におとどま 語 ひょうぶきようのみや 物た兵部卿宮から、とくにご執心というのではないけれども、 りあそばすおつもりはないとおばしめして、そのことをし ふぜい 折々につけては風情ありげに絶えすお便りをお寄せ申しあ きりにお漏しになっていらっしゃいますのに。ーー臣下であ 源 げていらっしやったこととて、「ままよ、一時の好色心かれば、本妻が定まってしまうとほかに心を分けることもむ らではあっても、しかるべきご縁があってお、いにかなうとずかしいようですが、それでさえ、あの大臣は、ごくまじ いったことがないともかぎるまい。水も漏さぬといった情めなふうをしていながらあちらとこちらと、どちらからも のこまやかさを頼んで相手を選ぶとしても、並々の身分の恨まれないようにさばいておられるではありませんか。ま 妻になりさがったりするのでは、やはりこれまた世間体も してあなたは、かねがねこの私の心づもり申しあげている ひと わるく、不満も残ることになるだろう」などと、そうした ことがかないもしたなら、大勢の女がおそばにお仕えする お考えになられたのである。 ようなことになって、なんの差し支えがありましよう」な じゅんじゅん 右大臣が、「娘をもてばそれがいかにも気がかりな末世どと、いつになく諄々とお話しになって、子細らしく六の みかど のこととて、帝でさえ婿をお捜しになる世の中なのだから、君とのことをお勧め申しあげられるのを、宮のお気持とし まして臣下の娘などが盛りを過して婚期をのがしてしまう ても、もとよりまるで気乗りなさらぬわけでもないことな というのも、困ったものだ」などと、帝のなさりようにつ ので、とんでもないことだというふうにきつばりとお断り いて非難がましく陰口をおっしやって、中宮に対しても何申されるわけもない。ただ、物事のいかにも折目正しくき 度か真剣になって恨み言をお申しあげになるので、中宮も ちんとしている大臣家の婿として取りこめられ、今までは 当惑なさり、兵部卿宮に、「お気の毒に、ああして懸命こ いつも気ままにふるまっていらっしやった暮しが窮屈にな なって年来あなたを婿にと望んでいらっしやるのだから、 るのだろうと、それをなんとなくわずらわしいこととお思 いっときすき
うわさ 済度する徳もございませんのに。聞き苦しい噂でも立った かいをお気の毒にと思っている。 芻らいやでございますから」と困っている様子であったが、 暗くなってきたので、大将はお発ちになる。下草のあれ もみじ 大将は、「やはりよい機会ですから」と、いつになくおし これ美しく咲いている花々や紅葉などを手折らせなさって、 語 みやげ 物つけて、「明後日ぐらいに車をまいらせましよう。その仮女二の宮のお目にかける手土産になさる。この女宮は、ご 氏 住いを確かめておいてくだされ。わたしはけっして愚かし降嫁あそばしたかいがないでもない日々をお過しであるに 源 おそ げな無理わざはしませんから」と、笑顔になっておっしゃ ちがいないけれど、大将のお扱いは畏れ敬うといった形で、 るので、尼君は、「面倒なことになった。どういうおつも それほどお親しみ申されるというわけでもなさそうである。 りでいらっしやるのだろう」と思うけれども、この殿はあ今上からも、ただ世間の親と同じように大将の御母、入道 さはかな軽々しいご性分ではないのだから、おのずとご自の宮にもお頼み申しあげあそばすので、まことに高貴な御 分のためにも外聞のわるいおふるまいなどはお慎みになる正室としてはどこまでも大事にお思い申しあげていらっし やしき だろうと思って、「では承知いたしました。お邸から近く やる。あちらからこちらからとたいせつに後見申されるこ のようでございます。殿からもお手紙などをお遣わしにな の女宮へのご奉仕に励まなければならないところへ、この けそう ってくださいまし。わざわざさしでがましくこの私がお取たびまた面倒な内証の懸想心が加わることになったのも難 いがとうめ り持ちするように思われますのも、いまさら伊賀姥でもあ儀なことであった。 るまいと気がひけることでございまして」と申しあげる。 〔三 ^ 〕弁の尼、京に出て大将は仰せになった日のまだ早朝、 げろう 大将が、「手紙をやるのは容易なことですが、世間の噂は 浮舟の隠れ家を訪れる気心のよく分っていらっしやる下﨟 ひたちのかみ さぶらい じっさいいやなもので、右大将ともあろう者が常陸守ふぜ の侍一人に、顔を知られていない牛飼を仕立てて宇治の いなか 尼君のもとにお遣わしになる。「荘園の者たちの田舎じみ いの娘に言い寄っているそうだなどと取り沙汰もしようか あるじ たけだけ たのをお呼び出しになって、お供させなさい」と仰せにな ら。その守の主というのが、いかにも猛々しい人だそう な」とおっしやるので、尼君は苦笑して、そうしたお気づる。尼君は、ぜひ京に出るようにとの大将のお言葉だった
いでどうとも思える秋の夜の長さなのだから 「たもとほり」は、行きっ戻りつする意だが、ここでは 0 「行箕」にかかる枕詞。「行箕」は所在不明。物語では、中秋の夜長を前提とした恋歌。物語では、匂宮と六の君のは の君を置いて六の君のもとに通う匂宮の、中の君への言葉。じめての一夜が、秋の夜長なのにすぐ明けたとする。一方 語 では中の君に同情もする匂宮ゆえの、複雑な心理時間を表 心がうわの空でつらいとする。「心そら」の「空」が、 物 していよ , つ。 氏「月」にもひびきあっている。 と - 一 源 ・ 6 ありはてぬ命待っ間のほどばかり憂きことしげ ・・ 9 独り寝の床にたまれる涙には石の枕も浮きぬべ さだふん ( 古今・雑下・九六五平貞文 ) く思はずもがな ( 古今六帖・第五「枕」 ) らなり この短い一生の終 どうせ世の中の最後までは生き通せない、 独り寝の床にたまっている涙では、重たい石の枕も浮いてし りを待っている間ぐらいは、つらい経験に思い屈することが まいそうである。 頻繁でないようにしたいものだ。 前出 ( ↓須磨 3 三五五ハー下段 ) 。物語では、六の君のもとに 向う匂宮の後ろ姿を見送った中の君の心を、「ただ枕の浮前出 ( ↓松風団四〇九ハー下段など ) 。物語では、匂宮に慰めら きぬべき心地」すると語る。匂宮に自分の悲嘆ぶりを見せれる中の君が、この歌によって、現世に生きる時間がほん しかもその短い間でさ の短いものでしかないことを思い まいとするだけに、ひとりになってから涙が堰を切ったよ えもつらい仕打ちを受け通さねばならないのかと思う。次 うにあふれ出るのである。 さらしなをばすてやま ・・ 9 わが心慰めかねっ更級や姨捨山に照る月を見て項の引歌とともに、中の君の絶望的な思念をかたどる文脈 になっている。 ( 古今・雑上・八大読人しらず ) ・ 8 こりずまにまたもなき名は立ちぬべし人にくか 」ペーこ「 : ・よろづに契 前出 ( ↓三六九ハー上段 ) 。物語では、前ジ ( 古今・恋三・六三一読人しらす ) らぬ世にし住まへば り慰めて、もろともに月をながめて・ : 」とあるのに照応。 ・つわ一 性懲りもなく、またもや、ありもしない噂が立ってしまいそ ここは、月が澄みのばって、いよいよ慰めかねる中の君の うだ。なにしろ、相手を憎からず田 5 ってこの世に生きている 憂愁をかたどっている。 のだから。 ・鵑・ 4 長しとも思ひそはてぬ昔より逢ふ人からの秋の 前出 ( ↓タ顔田四四八ハー上段など ) 。物語では、前項に直接し ( 古今・恋三・六一一一六凡河内躬恒 ) 夜なれば て、中の君の思念。匂宮との夫婦仲を断念すべきかと思い 一途に長いものと思い込むこともない。昔から、逢う人しだ あ せき