秋吹く風はどんな色の風なので、こんなに身にしみつくほど、 分の心も晴れることなく、物思いの尽きない世の中が厭わし しみじみもの悲しいのであろう。 いことお ~ 。 前出 ( ↓御法四〇〇ハー下段 ) 。「色」「しむ」が縁語。物語 前出 ( ↓橋姫 3 四七七ハー下段 ) 。物語では、薫が中の君にあて では、宇治を訪れた薫を相手に、弁の尼が語る言葉の一節。た文面にこの歌を引く。橋姫巻にも「峰の朝霧晴るるをり 「いとどしく風のみ吹き払ひて・ : 」の晩秋の風景ともひび なくて」 ( 3 九九ハー ) と引かれ、宇治を印象づける表現とな えんせい きあいながら、宇治の山里の秋を過す心細さをかたどる。 っている。ここでは、さらに厭世感を強く言いこめた。ま すゑ しづく おく 末の露もとの雫や世の中の後れ先立っためしな た、前の中の君との対面での薫の訴え言を関連づければ、 るらむ ( 新古今・哀傷・七五七僧正遍照 ) 彼の恋の苦悶をも感取させることになろう。 ・ 0 ・ 8 草木の先端の露と根もとの雫とは、世の中の、人がおくれて いかならむ巌のなかに住まばかは世の憂きこと 死に、あるいは先立って死ぬことのたとえであろうか。 の聞こえこざらむ ( 古今・雑下・九五一一読人しらす ) いったいどんな岩屋に住めば、世の中のいやなことが聞えて 前出 ( ↓葵三八四ハー下段など ) 。物語では、宇治を訪れた薫 こないだろうか が弁の尼君を相手に、大君との死別を嘆く一節 もみぢ ・・秋はきぬ紅葉は宿にふり敷きぬ道ふみわけてと前出 ( ↓須磨 3 三五〇ハー上段など ) 。物語では、中の君の薫へ ( 古今・秋下・一一八七読人しらず ) ふ人はなし の返答の文面に引かれた。「巌の中」は、この歌によって、 やしき 秋は来た。紅葉は邸一面に散り敷いた。しかし、道を踏み分世俗を逃れるための場所、の意になる。 たもとはなすすき そで けて訪ね来る人はいない ・・ 3 秋の野の草の袂か花薄ほに出でて招く袖と見ゅ むねゃな ( 古今・秋上・一一四三在原棟梁 ) 前出 ( ↓帚木田四四一ハー下段 ) 。物語では、晩秋の宇治の風景らむ 秋の野の草花が色さまざまな着物を着ているが、花すすきは 覧をかたどる。前の「いとどしく風のみ吹き払ひて・ : 」 ( 九 袂なのだろうか。だから、穂が出ると恋の思いを外に表して 一八ハー ) あたりともひびきあって、ここでは地面に散り敷く 歌 招く袖と見えるのであろう。 紅葉を中心に、色彩豊かに晩秋を描く。 かり 雁の来る峰の朝霧晴れずのみ思ひ尽きせぬ世の 前出 ( ↓タ顔田四四五ハー上段 ) 。物語では、匂宮の、中の君へ ( 古今・雑下・九三五読人しらず ) 中の憂さ の贈歌「穂にいでぬ・ : 」に引かれた。右の歌の発想を基盤 雁の飛んで来る峰の朝霧はすこしも晴れない。同じように自 に、中の君が薫に心なびいているかと疑う。「穂にいでぬ」 375
固有のあり方。横笛五九ハーの女 過ぐしたまへ」とある返り事に、浮舟「つれづれは何か。心やすくてなむ。 三の宮の歌「うき世には : ・」と同想。 「世の中にあらぬ所も得てしがな ひたぶるにうれしからまし世の中にあらぬところと思はましかば」 年経りにたるかたち隠さむ」 ( 拾 と、幼げに言ひたるを見るままに、ほろほろとうち泣きて、かうまどはしはふ遺・雑上読人しらず ) による。 一六前歌の「世の中にあらぬ : ・」を 受け、浮舟の幸いのためならどん るるやうにもてなすことと、いみじければ、 なことでもしたい、 とする。 一六 中将の君 , つき世にはあらぬところをもとめても君がさかりを見るよしもがな宅「幼げに」と照応。母娘が思い のままの真情を吐露した歌とする。 一 ^ 薫。晩秋の宇治行きが慣例化 と、なほなほしきことどもを言ひかはしてなん、心のべける。 一九夜の寝覚めごとに、亡き大君 のことを忘れることなく追懐。 かの大将殿は、例の、秋深くなりゆくころ、ならひにしこ 〔三六〕薫、宇治を訪れ、 ニ 0 八の宮邸の寝殿を解体して阿 新造の御堂を見る となれば、寝ざめ寝ざめにもの忘れせず、あはれにのみお闍梨の山寺に寄進することにして ↓宿木九九ハー五・一四行。 みだう ばえたまひければ、宇治の御堂造りはてっと聞きたまふに、みづからおはしま三旧寝殿の解体後に新造。 一三八の宮の住んでいた宇治の邸 もみぢ は簡素だった。↓橋姫 3 一〇三ハー したり。久しう見たまはざりつるに、山の紅葉もめづらしうおばゅ。こばちし ニ三寝殿を造り直したことをいう。 ひじり 屋寝殿、こたみはいとはればれしう造りなしたり。昔、いと事そぎて聖だちたま往時の面影をとどめないのが残念。 ニ四もとの寝殿は、西面・母屋が へりし住まひを思ひ出づるに、故宮も恋しうおばえたまひて、さまかへてける仏間、西廂が八の宮の居間。↓椎 東 本刊一七〇ハー五行。 一宝寝殿の東面が姫君たちの部屋 も口惜しきまで常よりもながめたまふ。もとありし御しつらひは、いと尊げに であった。↓椎本一五四ハー注一一。 あじろびやうぶ をむな ニ五 て、いま片っ方を女しくこまやかになど、一方ならざりしを、網代屏風、何かニ六↓椎本一三六ハー注一三。 ニ 0 一九 ニ四 ひとかた ニ六
21 早蕨 ( 現代語訳一三〇ハー ) = 京での交誼をあらためて懇請。 てなむ。何ごとも聞こえさせよかるべき」など聞こえおきて立ちたまひぬ。 三宇治の邸の留守居。 一ニやどもり 御渡りにあるべきことども、人々にのたまひおく。この宿守に、かの鬚がち一三橋姫一〇七ハー五行に初出。 一四近くに薫の荘園がある。↓椎 とのゐびと みさう の宿直人などはさぶらふべければ、このわたりの近き御庄どもなどに、そのこ本 3 一六七ハー五行。 一五宇治の留守居をも後援すべく その実生活のうえの世話まで委託。 とどもものたまひ預けなど、まめやかなることどもをさへ定めおきたまふ。 一六橋姫一二五ハー六行に「六十 にすこし足らぬほど」。以後三年 弁そ、「かやうの御供にも、思ひかけず長き命いとつらく 〔五〕薫、弁を召して互 が経過。老残の身には都暮しが不 いに世の無常を嘆く おばえはべるを、人もゆゅしく見思ふべければ、今は、世似合いとする。宇治に居残る覚悟。 宅弁の出家は、ここが初出。大 にあるものとも人に知られはべらじ」とて、かたちも変へてけるを、強ひて召君の追福のためか。 天中の君退出後も、ゆかりの地 し出でて、いとあはれと見たまふ。例の、昔物語などせさせたまひて、薫「ことして「なほ」と執着される。薫に とって宇治は、大君思慕の故地。 一九 しかくてもの一九宇治に誰もいなくなれば、訪 こには、なほ時々参り来べきを、いとたづきなく心細かるべきこ、 れるってもなく心細そうなので。 したまはんは、、 しとあはれにうれしかるべきことになむなど、えも言ひやらニ 0 厭わしく思えば思うほど長生 ニ 0 きをする命が情けなく。↓常夏 3 ず泣きたまふ。弁「厭ふにはえて延びはべる命のつらく、またいかにせよとて、五五ハー注三 0 の歌。「にくさのみ益 田の池のねぬなははいとふにはゆ す うち棄てさせたまひけんと恨めしく、なべての世を、思ひたまへ沈むに、罪もるものにそありける」 ( 源氏釈 ) 。 三↓柏木第一一ハー注一一の歌。 うれ いかに深くはべらむ」と思ひけることどもを愁へかけきこゆるも、かたくなし一三往生を妨げる物思いの罪。 ニ三薫の悲嘆を慰めるどころか、 逆に憂愁を訴える態度をさす。 げなれど、いとよく言ひ慰めたまふ。 一七
13 早蕨 から 殿の、骸をだにとどめて見たてまつるものならましかばと、朝夕に恋ひきこえ三中の君の盛りの華やいだ美貌。 一三大君との死別や、匂宮との途 絶えなどを思う。その苦悩の面ざ たまふめるに。同じくは、見えたてまつりたまふ御宿世ならざりけむよ」と、 しがかえって美貌を際だてる。 くちを 一四亡き大君。 見たてまつる人々は口惜しがる。 一五大君と中の君の個別的な相違 一九 かの御あたりの人の通ひ来るたよりに、御ありさまは絶えず聞きかはしたま ( ↓橋姫 3 九三ハー・椎本一七一 ・総角二六一ハー ) 。死別後は ひけり。尽きせず思ひほれたまひて、新しき年とも言はずいやめになむなりた逆に血縁ゆえの共通性が際だっ。 一六↓総角 3 二五九ハー七行。 まへると聞きたまひても、げに、 , っちつけの、い戌さにはものしたまはギ、りけり宅薫と中の君の結ばれないこと を、女房たちは宿運として嘆く。 と、 一 ^ 荘園に来る薫の従者 ( 椎本 3 いとど、今そ、あはれも深く思ひ知らるる。 一六五ハー ) や、ここの女房に通う 宮は、おはしますことのいとところせくありがたければ、京に渡しきこえむ薫の従者 ( 総角 3 二四三ハー ) など。 一九薫と中の君が情報を交し合う。 ニ 0 悲しそうに涙ぐむ薫の顔つき。 と思したちにたり。 ニ一中の君は、夫匂宮の薄情さを ニ四 念頭に、薫の誠実さを思う。「げ 内宴など、もの騒がしきころ過ぐして、中納言の君、心に 〔ニ〕薫、匂宮に嘆き訴 に・ : けり」は気づき納得する語法。 たれ える中の君へ心寄せ 一三親王ゆえの行動の不自由さ。 あまることをも、また、誰にかは語らはむと思しわびて、 ニ三正月二十一日前後の子の日の、 ひやうぶきゃうのみや 兵部卿宮の御方に参りたまへり。しめやかなるタ暮なれば、宮、うちながめ仁寿殿での作詩などする。 一西大君を喪った悲しみ。薫には、 - 一とか たまひて、端近くぞおはしましける。箏の御琴掻き鳴らしつつ、例の、御心寄匂宮以外に訴える相手がない。 一宝例によって。匂宮は薫香の趣 むめか しづえ せなる梅の香をめでおはする、下枝を押し折りて参りたまへる、匂ひのいと艶味に熱心。↓匂宮一九ハー ないえん さう すくせ えん
二条后 ( 高子 ) への恋を、七夕説話に託して詠んだもの。 とはいえ、人並の物思いに涙で袖を濡らすのだ。 物語では、浮舟と薫の結婚を切望する中将の君が、たまさ出典未詳。物語では、中将の君が中の君に言う言葉。必ず かの来訪でもよいから、の気持でこの歌を引く。中将の君しもこれを引歌としなくてもよいか。すでに中将の君の ははじめて匂宮をかいま見た時にも、「七夕ばかりにても、 「数ならぬ身」の嘆きは、一三五・一五一・一五三ハーと繰 かやうに見たてまつり通はむよ、、 。しといみじかるべきわざ り返されてきた。 かな」 ( 一五六ハー ) と思った。 ・・ 3 今はとて忘るる草の種をだに人の心に蒔かせす まきばしら もがな ・・凵わぎもこが来ては寄り立っ真木柱そもむつまし ( 伊勢物語・一一十一段 ) きゅかりと思へば ( 紫明抄 ) もうこれ限りといって、私を忘れてしまう忘れ草の種だけで あの人が来ては寄り添い立っていた真木柱、私にはそれさえ も、あなたの心に播かせたくないものだ。 も親しみ深い縁故のものと思われて : ・ 物語では、前項に続いて、中将の君が中の君に言う言葉 出典未詳。前出 ( ↓須磨 3 三五三ハー下段 ) 。物語では、薫の寄浮舟と薫との結婚に対して、一面では不安を抱いて、人並 りかかっていた柱のことをいう。薫と浮舟との結婚を切願ならぬ身にいよいよっらい思いをさせるだろうか、とする する中将の君の気持をこめて、この歌を引く。 文脈にこれを引く。自らの不幸な結婚体験に照らしての発 言である。 飛ぶ鳥の声も聞こえぬ奥山の深き心を人は知ら なむ ( 古今・恋一・吾一五読人しらず ) ・ 1 いかならむ巌のなかに住まばかは世の憂きこと 飛ぶ鳥の声も聞えない奥山が奥深いように、私の心の奥深い の聞こえこざらむ ( 古今・雑下・九五一一読人しらず ) ところに秘めた思いを、あの人に知ってもらいたいものだ。 前出 ( ↓三七五ハー下段など ) 。物語では、中将の君が中の君 覧前出 ( ↓若菜上四〇三ハー下段 ) 。物語では、中の君に対面す 浮舟の出家をも考えたとする言葉に、これを引く。中 一る中将の君の言葉。娘の浮舟に、一時は出家遁世まで考え 将の君は、前ハー末でも同様のことを、「鳥の音聞こえざら たとする。 ん住まひまで」と他の歌を引いて言っている。互いに照応 数ならぬ身には思ひのなかれかし人なみなみに しあう叙述となっている。 そで 四濡るる袖かな ( 河海抄 ) ・・ 4 思はむと頼めしこともあるものをなき名を立て ひとかず 人数にも入らぬこの身には、恋の物思いなどなくてほしい。 でただに忘れね ( 後撰・恋二・六六三読人しらず ) たかいこ
そうばうぐ のあらあらしきなどは、かの御堂の僧坊の具にことさらになさせたまへり。山一宇治山に寄進された御堂。 8 則ハー「昔、いと事そぎて・ : 」に 里めきたる具どもを、ことさらにせさせたまひて、いたうも事そがず、いとき照応。山里めく風趣の造作である。 語 三「なき人」は亡き八の宮や大君。 物よげにゆゑゅゑしくしつらはれたり。 昔と変らずに湧き流れる清水に、 氏 人の世のはかなさを対比した表現。 やりみづ 源 藤裏葉一三五ハーの、亡き祖母大 遣水のほとりなる岩にゐたまひて、とみにも立たれず、 〔一毛〕薫、弁の尼に浮舟 宮を追懐するタ霧と雲居雁の贈答 への仲介を頼んで帰京 薫絶えはてぬ清水になどかなき人のおもかげをだにと歌と同趣向、同発想。 四弁の尼君は。 すのこ どめざりけん 五この「長押」は簀子と廂の間 六浮舟の一一条院滞在をいう。 涙を拭ひつつ、弁の尼君の方に立ち寄りたまへれ、 しいと悲しと見たてまつるセやはり私にはきまりがわるく。 自らを初心と規定する薫らしさ。 なげし すだれ にただひそみにひそむ。長押にかりそめにゐたまひて、簾のつま引き上げて物〈薫は弁の尼を介して自分の意 向を浮舟方に伝えてきた ( ↓一三 ャ一と きちゃう したまふ。几帳に隠ろへてゐたり。言のついでに、薫「かの人は、先っころ五ハー ) 。ここでさらにだめを押す。 九以下、中将の君の文面。中将 宮にと聞きしを、さすがにうひうひしくおばえてこそ、訪れ寄らね。なほこれの君は、浮舟が二条院に行く時も ものいみ 出る時も、物忌を口実にしていた。 ひとひ ふみ いみ ↓一五三ハー一行・一八三ハー八行。 より伝へはてたまへ」とのたまへば、弁の尼「一日、かの母君の文はべりき。忌 一 0 「たまふ」は、浮舟への敬意。 たが 違ふとて、ここかしこになんあくがれたまふめる、このごろもあやしき小家に = 三条の隠れ家をさす。 三宇治の地が。 隠ろへものしたまふめるも心苦しく、すこし近きほどならましかば、そこにも一三自分だけはいつまでも昔を忘 れず踏み分けてやって来る意。大 あら やまみち 渡して心やすかるべきを、荒ましき山道に、たはやすくもえ思ひたたでなんと君への絶えざる追慕をいう。それ のご かた 六
かたち 容貌も心ざまも、え憎むまじうらうたげなり。もの恥ぢも 0 中将の君の身の上を嘆く言葉に 2 〔一九〕薫、来訪中将の は恨みもこもるが、それが浮舟を 君かいま見て感嘆する おどろおどろしからず、さまよう児めいたるものからかど上流世界に押し上げる力ともなる。 一以下、中の君の目と心で捉え 語 物なからず、近くさぶらふ人々にも、 いとよく隠れてゐたまへり。ものなど言ひられる浮舟像。浮舟は、中の君と 六 中将の君の対話の場にいた。 源たるも、昔の人の御さまにあやしきまでおばえたてまつりてそあるや、かの人 = はにかみようも度を過ぎない。 姉妹としての親近感ゆえであろう。 がた 形求めたまふ人に見せたてまつらばやと、うち思ひ出でたまふをりしも、「大三おおらかだが気もきくらしく。 四中の君に仕える女房たちにも。 きちゃう 五大君。↓宿木九四ハー一一行。 将殿参りたまふ」と人聞こゆれば、例の、御几帳ひきつくろひて心づかひす。 六人形を捜し求める薫。「人形」 この客人の母君、中将の君「いで見たてまつらん。ほのかに見たてまつりける人↓宿木九三ハー一〇行・九六ハー一行。 セ薫を招き入れる用意。いつも のいみじきものに聞こゅめれど、宮の御ありさまにはえ並びたまはじーと言へ几帳越しの対面。↓宿木七四ハー。 ^ 前に浮舟の乳母が語ったこと がある。↓一五〇ハー ば、御前にさぶらふ人々、女房「いさや、えこそ聞こえ定めね」と聞こえあへ 九薫と匂宮は優劣っけがたい意。 り。中将の君「いかばかりならん人か、宮をば消ちたてまつらむなど言ふほど一 0 ↓次 ~ 待たれたるほどに」。 神経を集中しながら待ち受ける趣。 に、今ぞ車より下りたまふなると聞くほど、かしがましきまで追ひののしりて、 = 前駆の随身の先払いの声。薫 は大将ゆえ、随身は六人。 あゆ とみにも見えたまはず。待たれたるほどに、歩み入りたまふさまを見れば、げ三ゆったりした貴人らしい振舞。 一三色めかしい風情とも見えぬが、 の意か。誠実さを強調するか。 に、あなめでた、をかしげとも見えずながらそ、なまめかしうきょげなるや。 一四対面するのも遠慮され。「・ : ひたひがみ すずろに、見え苦しう恥づかしくて、額髪などもひきつくろはれて、心恥づか苦し」は : ・するのがつらい意。薫 まらうと 四 九
一生きている限り、大君追慕の ればこそはあらめ、なほ、紛るるをりなく、もののみ恋しくおばゆれば、この 情から逃れがたく処しがたい気持。 世にては慰めかねつべきわざなめり、仏になりてこそは、あやしくつらかりけニ仏の悟りを得てこそ、どんな 宿世の報いだったか知られるとし 語 て、薫本来の道心に回帰する。 物る契りのほどを、何の報いとあきらめて思ひはなれめと思ひつつ、寺のいそぎ 氏 三↓九九ハー五行。 0 皇女を得て栄える「宿世のほど」 源にのみ心をば入れたまへり。 を自負するとともに、大君追慕に 賀茂の祭など騒がしきほど過ぐして、二十日あまりのほど代表される憂愁の「契りのほど」が 〔哭〕薫宇治へ行き来合 六 自覚される薫。現実の栄耀に心満 みだう せた浮舟をのぞき見る たされぬゆえんだが、それは彼の に、例の、宇治へおはしたり。造らせたまふ御堂見たまひ 実人生のしたたかな一面でもある。 くちき て、すべきことどもおきてのたまひ、さて、例の、朽木のもとを見たまへ過ぎ四四月の中の酉の日の行事。物 語世界も新たに晩春から夏に移る。 をむなぐるま 五「例の」と、宇治行きも習慣化。 んがなほあはれなれば、そなたざまにおはするに、女車のことごとしきさまに 六↓九九ハー六行。 しもびと あら あづまをとこ はあらぬ一つ、荒ましき東男の腰に物負へるあまた具して、下人も数多く頼もセ「荒れはつる朽木の : ・」の歌 ( 一〇五ハー ) を詠んだ弁の尼のこと。 ゐなか しげなるけしきにて、橋より今渡り来る見ゅ。田舎びたるものかなと見たまひ ^ 尊敬表現であるべきところ。 ゃなぐい 九警護の者の矢を入れた胡籐か。 ごぜん つつ、殿はまづ入りたまひて、御前どもはまだたち騒ぎたるほどに、この車も、一 0 宇治橋。 = 薫を警護する者たち。 みずいじん この宮をさして来るなりけりと見ゅ。御随身どもかやかやと言ふを制したまひ三東国認りの者。女車の一行の 一部はすでに到着。薫は従者に命 ひたちのぜんじどの なにびと て、「何人そ」と問はせたまへば、声うちゅがみたる者、「常陸前司殿の姫君のじて彼らに「何人そ」と聞かせた。 一三弁の尼の言う浮舟の一行と分 みてらまう った。↓一〇四ハー五行。 初瀬の御寺に詣でてもどりたまへるなり。はじめもここになん宿りたまへり ( 現代語訳二九一ハー ) はっせ はつか とり
-4 ・ CO 前出 ( ↓蓬生 3 三六七ハー下段 ) 。物語ではこれも、中将の君が 大幣と名にこそ立てれ流れてもつひに寄る瀬は 8 ありといふものを ( 伊勢物語・四十七段 ) 中の君に語った言葉。常陸介の家庭ではなぜ自分一人がこ んなにもつらい思いをしなければならないのか、という気 私は引く手あまたの大幣と噂されているけれども、その大幣 五ロ 1 = 一口 持 には流れて流れ寄る瀬があると言う。同じように私も、あな 物 みたらしがは たを最後の寄る瀬として慕っているのだ。 ・・ 1 恋せじと御手洗川にせしみそぎ神はうけすもな 氏 源りにけるかな ( 伊勢物語・六十五段 ) 前出 ( ↓若菜下 3 四〇七ハー下段 ) 。前項の歌に対する返歌であ 前出 ( ↓三七四ハー下段など ) 。『古今集』 ( 恋一・五 (I) では第四 る。物語では、中の君に難じられた薫が、この歌によって はん・はく 句以下「うけずぞなりにけらしも」。物語では、薫に対面反駁。私の最後の寄るべはあなた ( 中の君 ) だと、さりげ する中の君が、薫の痛々しいまでの大君執着をなくしてあ なく言ったことになる。 あわ げたいと思うのか、という文脈に、「かかる御心をやむる ・刪・水の泡の消えでうき身といひながらながれてな みそぎ 禊をせさせたてまつらまほしく思ほすにゃあらん」とある。 ( 古今・恋五・七九一一紀友則 ) ほも頼まるるかな 水の泡が消えずに浮いているように、命だけは消えないつら 前の中の君自身の言葉「うたて御手洗川近き心地する人形 こそ・ : 」 ( 宿木九三ハー ) とも照応する。 いわが身であっても、水の流れるように生き長らえて、泣か おほめさ 4 ・ 00 大幣の引く手あまたになりぬれば思へどえこそ れながらもやはり何かを頼みにせずにはいられない ( 伊勢物語・四十七段 ) 頼まざりけれ 前出 ( ↓柏木⑦三八七ハー上段 ) 。物語では、前項に続く薫の言 おおめさ 大幣のように、あなたは引く手あまたの人になってしまった 葉。いまいましくも、はかない水の泡にも比べられるよう ので、あなたのことを田 5 っているけれども、頼りにはできな なわが身だとする。中の君との、「瀬」「流れ」の贈答歌や いのだった。 引歌の応酬の縁から、ここでも「水の泡」の比喩の歌を用 へいは′、 けが 「大幣」は幣帛。祓えがすむと引き寄せ、身をなでて穢れ を移し、 ーに流すところから、「引く手あまた」とした。 彦星に恋はまさりぬ天の川隔つる関を今はやめ てよ ( 伊勢物語・九十五段 ) 次項の歌が、これへの返歌である。物語では、中の君の、 彦星よりももっと恋心がつのってしまった。天の川で隔てて 薫への一一 = ロ葉。この歌によって、他に女が大勢いたのでは浮 ふびん いる恋路の関など、もう取り払ってしまってよ。 舟が不憫だ、と薫を難じた。 0 ひとがた おほめさ
はあなれ。わざとはなくとも、このわたりにおとなふをりあらむついでに、か一便りを寄せる機会があったら。 ニ浮舟の母。中将の君。 くなん言ひしと伝へたまへ」などばかりのたまひおく。弁の尼「母君は、故北の三八の宮の北の方の姪。 語 四弁の尼は北の方の従姉妹 めひ かみ 物方の御姪なり。弁も離れぬ仲らひにはべるべきを、その昔はほかほかにはべり椎本 3 一五七中将の君と血縁。 氏 五中将の君と八の宮の関係は、 源て、くはしくも見たまへ馴れざりき。先っころ、京より、大輔がもとより申し浮舟の年齢から推して二十年以上 前。弁は当時九州にいた。↓橋姫 たりしは、かの君なん、いかでかの御墓にだに参らん、とのたまふなる、さる 3 一二七ハー六行。 六中の君に仕える、最も上位の 女房 ( ↓早蕨二四ハー注一四 ) 。「さる 心せよなどはべりしかど、まだ、ここにさしはヘてはおとなはずはべめり。 心せよ」までが彼女の音信。中の 君の許諾に基づいていよう。 ま、さらば、さやのついでに、かかる仰せなど伝へはべらむ」と聞こゅ。 セ浮舟。父宮に認知されなかっ よべおく 明けぬれば帰りたまはんとて、昨夜後れて持てまゐれるたが、今はせめて墓参なりと。 〔 = 西〕薫、宇治の人々を ^ 特に便りもないようだ、の意。 あざり 労わる弁の尼と唱和 ロ月、 綿などやうのもの、阿闍梨に贈らせたまふ。尼君にも九以下、薫の要望が確約された。 一 0 「さやう」の「う」無表記。 げす れう 賜ふ。法師ばら、尼君の下衆どもの料にとて、布などいふ物をさへ召して賜ぶ。 = 薫の到着後、従者が届けた。 三絹に対し、植物繊維の織物。 心細き住まひなれど、かかる御とぶらひたゆまざりければ、身のほどにはいと一三八の宮家への薫の厚遇が持続。 一四九八ハー一行の景とも照応し合 - 」がら - し めやすく、しめやかにてなん行ひける。木枯のたへがたきまで吹きとほしたるう。晩秋の色彩豊かな光景。 一五「秋はきぬ紅葉は宿にふり敷 一五こずゑ もみぢ きぬ道ふみわけてとふ人はなし」 に、残る梢もなく散り敷きたる紅葉を踏み分けける跡も見えぬを見わたして、 ( 古今・秋下読人しらす ) 。 みやまぎ とみにもえ出でたまはず。いとけしきある深山木にやどりたる蔦の色そまだ残一六↓九八ハー「人影も : ・見えず」。 ( 現代語訳二七七ハー ) みはか さい めの 五 六 った た 九