をさし隠して、見かへりたるさまいとをかし。扇を持たせながらとらへたまひ宅屏風と屏風との間。 一 ^ 浮舟が、異様な気配と気づく たれ 一九何者かに襲われる無気味さ。 て、匂宮「誰ぞ。名のりこそゆかしけれ」とのたまふに、むくつけくなりぬ。 きわ ニ 0 屏風などの際で顔をあちら向 ニ 0 きに隠して。自分が誰であるか知 さるもののつらに、顔を外ざまにもて隠して、いといたう忍びたまへれば、こ られまいとする匂宮の用心深さ。 の、ただならずほのめかしたまふらん大将にや、かうばしきけはひなども思ひ三熱心に意向を伝えて来られる という薫か。浮舟の直感。「この」 わたさるるこ、、 は、身近な話題をいう気持。 レしと恥づかしくせん方なし。 一三薫も匂宮も芳しい薫香を放っ めのと が、浮舟にはその区別がっかない 乳母、人げの例ならぬをあやしと思ひて、あなたなる屏風 〔一宝〕乳母の困惑右近、 ニ三浮舟の乳母。「かうばしきけ 事態を中の君に告げる はひ」から、異常な事態を感取。 を押し開けて来たり。乳母「これはいかなることにかはべ ニ四匂宮の側から見て、向こう側。 はばか 北側の屏風である。 らん。あやしきわざにもはべるかな」と聞こゆれど、憚りたまふべきことにも 一宝匂宮が遠慮なさるはすがない。 あらず、かくうちつけなる御しわざなれど、言の葉多かる御本性なれば、何や以下、匂宮の性癖に即した説明。 ニ六好色者らしい口上手。 たれ ふらち 毛不埒な男が匂宮と気づき、事 かやとのたまふに、暮れはてぬれど、匂宮「誰と聞かざらむほどはゆるさじ」 の重大さに茫然とする。 な ニ七 屋とて馴れ馴れしく臥したまふに、宮なりけりと思ひはつるに、乳母、言はん方 = 《灯は灯籠に入れて。 ニ九洗髪 ( 一六九ハー ) を終えた中の なくあきれてゐたり。 君が、そろそろ帰って来るとする。 東 - ニ ^ 三 0 中の君の部屋の前の格子以外 おほとなぶらとうろ おまへ は、すべて下ろす気配。 大殿油は灯籠にて、女房「いま渡らせたまひなん」と人々言ふなり。御前な 三一浮舟のいる部屋は、普段は使 みかうし たなづ らぬ方の御格子どもぞ下ろすなる。こなたは離れたる方にしなして、高き棚厨わぬ離れになっている。 ニ九 ニ四 三 0
37 宿木 あそむ レしカくとりわの中宮腹か。↓東屋一七四ハーにも。 帝「中納言の朝臣こなたへ」と仰せ言ありて参りたまへり。ガこ、ゝ 一四上野大守の親王。系図不明。 一五薫。奏上ゆえ、正式な呼称。 きて召し出づるもかひありて、遠くよりかをれる匂ひょりはじめ人に異なるさ 一六薫の生来の芳香。 しぐれ ましたまへり。帝「今日の時雨、常よりことにのどかなるを、遊びなどすさま宅ここは藤原の居所。服喪中な ので、管絃の遊びは遠慮される。 たはぶ じき方にて、いとつれづれなるを、いたづらに日を送る戯れにて、これなんよ一 ^ 「春ヲ送ルコト唯酒有リ日 ヲ鰤スコト棊ニ過ギズ」 ( 白氏文集 かるべき」とて、碁盤召し出でて、御碁の敵に召し寄す。いつもかやうに、け巻十六・官舎閑題 ) 。碁が格好。 一九今日もそうだろうと。 一九 ニ 0 勝負に賭ける格好の品がある 近くならしまつはしたまふにならひにたれば、さにこそはと思ふに、帝「よき はずだが。場所柄といい、降嫁の かるがる のりもの 賭物はありぬべけれど、軽々しくはえ渡すまじきを、何をかは」などのたまは一件をほのめかしたことになる。 ニ一語り手の推測の挿入句。以下、 薫は、それと察して慎重に構える。 する御気色、いかが見ゆらん、いとど心づかひしてさぶらひたまふ。 一三帝の、一勝二敗。 一 = 一一いずれ女宮を許すが、まず今 さて打たせたまふに、三番に数一つ負けさせたまひぬ。帝「ねたきわざかな」 日のところは、の気持。「聞キ得 ニ四いら ひとえだ とて、帝「まづ、今日は、この花一枝ゆるす」とのたまはすれば、御答へ聞こタリ園ノ中ニ花ノ艶ヲ養フコトヲ 君ニ請フ一枝ノ春ヲ折ランコトヲ 許セ」 ( 和漢朗詠集・恋紀斉名 ) 。 えさせで、下りておもしろき枝を折りて参りたまへり。 一西直接、行動をもって応ずる。 一宝「・ : ば : ・まし」の反実仮想の構 薫世のつねの垣根ににほふ花ならば心のままに折りて見ましを 文。尊貴さゆえに、女宮を遠慮。 ニ六「園の菊」は亡き藤壺女御。 と奏したまへる、用意あさからず見ゅ。 「のこりの色」はその娘女二の宮。 女宮の盛りの美しさを称揚。 帝霜にあへず枯れにし園の菊なれどのこりの色はあせずもあるかな けしきニ一 お その 一六 かたき ・一と ニ 0
えない苦しみを訴える歌。 ゆくへ 三「わが恋は行方も知らず果て もなし逢ふを限りと思ふばかり ぞ」 ( 古今・恋一一凡河内躬恒 ) 。 一三大君への追慕ゆえ。 中こある 一四自分と中の君が深いイし かと、匂宮が邪推せぬかと。 一五薫の様子を、中の君に。 一六明日の上京を喜ぶ。↓一六ハー。 宅着物を縫うのも上京の準備。 そで 一 ^ 弁は。前述の「老いゆがめる」 弁人はみないそぎたつめる袖のうらにひとり藻塩をたるるあまかな 老女たちとは対照的。 うれ 一九「発つ」「裁つ」、「浦」「裏」、 と愁へきこゆれば、 「海人」「尼」の掛詞。「浦」「藻塩」 ころも 「海人」が縁語。「袖の浦」は山形県 中の君「しほたるるあまの衣にことなれや浮きたる波にぬるるわが袖 酒田市の歌枕。尼の身を嘆く歌。 世に住みつかむことも、いとありがたかるべきわざとおばゆれば、さまに従ひニ 0 宇治を離れて京で暮す不安を、 なぞら 漂う波に擬える歌。「心から浮き たいめん ひとひ たる舟に乗りそめて一日も波に濡 てここをば散れはてじとなむ思ふを、さらば対面もありぬべけれど、しばしの れぬ日そなき」 ( 後撰・恋三小町 ) 。 ほども、、い細くて立ちとまりたまふを見おくに、、 しとど心もゆかずなむ。かかニ一匂宮との結婚に不安な気持 蕨 一三事情によっては宇治に帰ろう ツ一も るかたちなる人も、かならずひたぶるにしも絶え籠らぬわざなめるを、なほ世とも思う。一六ハー七行とも照応。 ニ三弁が、この宇治の地に。 一西尼姿の弁。 の常に思ひなして、時々も見えたまへ」なと ・、、となっかしく語らひたまふ。 一宝かたくなに考えすぎず、の意。 2 ニ六 てうど 昔の人のもて使ひたまひし、さるべき御調度どもなどは、みなこの人にとどめニ六亡き大君。 人の咎むることやとあいなければ、帰りたまひぬ。 しとど慰めがたく 思ほしのたまへるさまを語りて、弁は、、 〔六〕中の君、宇治に留 みなひと けしき まる弁と別れを惜しむ くれまどひたり。皆人は、心ゆきたる気色にて、物縫ひい かたち しよいよやっ となみつつ、老いゆがめる容貌も知らず、つくろひさまよふこ、、 して、 一四とが 一九 ニ 0 あ 一七 ニ四 ニ五
29 早蕨 もあるまじう思うたまへらるるほどながら、そのこととなくて聞こえさせんも、一 = 薫は周囲の雰囲気から、簾中 を想像し、奥ゆかしさを思う。 なな とが なかなか馴れ馴れしき咎めやとつつみはべるはどに、世の中変りにたる、い地の一三いかにもかわいげな童女の、 すだれ 簾ごしに見えるのを取次に。 おまへこずゑかすみ みぞしはべるや。御前の梢も霞隔てて見えはべるに、あはれなること多くもは一四敷物。ここは簀子の座。 三宇治以来の女房であろう。 けしき べるかな」と聞こえて、うちながめてものしたまふ気色心苦しげなるを、げに 一六二条院と三条宮の近さから、 近所付合いできる親しさを強調。 ゅ 宅格別の用件もないのに。 おはせましかば、おばっかなからず往き返り、かたみに花の色、鳥の声をも、 一 ^ 中の君が晴れがましく変った ことへの喜びに、自分とは疎遠に をりにつけつつ、すこし心ゆきて過ぐしつべかりける世をなど思し出づるにつ なった恨みを言いこめる。 , 一も けては、ひたぶるに絶え籠りたまへりし住まひの心細さよりも、飽かず悲しう一九二条院の庭の梢。宇治の思い 出が遠のく気持を言いこめる。 口惜しきことそ、いとどまさりける。 ニ 0 以下、中の君の心中。大君存 命なら薫の妻となり、姉妹が夫人 人々も、女房「世の常に、うとうとしくなもてなしきこえさせたまひそ。限同士として親交できたろうとする。 一 = ↓薄雲団六三ハー注一九の歌。 りなき御心のほどをば、今しもこそ、見たてまつり知らせたまふさまをも、見 = = 宇治での世間と没交渉の生活。 ニ三薫を、世間一般の客と同様に、 えたてまつらせたまふべけれ」など聞こゆれど、人づてならず、ふとさし出で疎略に扱うべきでないとする。 ニ四薫の特に物質的な援助をさす。 きこえむことのなほっつましきを、やすらひたまふほどに、宮出でたまはんと一宝上京して幸せになった今こそ。 実中の君の、直接の応対をため ニセまかりまう て、御罷申しに渡りたまへり。いときよらにひきつくろひけさうじたまひて、 らう気持。薫の下心を直感するか。 毛「罷申し」は暇乞いの挨拶。 ニ ^ 見るかひある御さまなり。中納言はこなたになりけりと見たまひて、匂宮「な = 〈薫が簀子にいる扱いを注意。 一九 一セ ニ六 ニ四
173 東屋 ( 現代語訳三一一三ハ -) 一六自分は直接宮に意見申せぬ意。 あらざめりと心得がたく思されて、と言ひかく言ひ恨みたまふ。心づきなげに 宅中の君にこっそり報告する意。 気色ばみてももてなさねど、ただいみじう死ぬばかり思へるがいとほしければ、天とんでもない不体裁なことと。 一九驚くほど上品で美しい女では な一け 情ありてこしらへたまふ。 ないか。以下、匂宮の浮舟評。 ニ 0 四・五行目あたりの、相手を うへ ニ四 敬う右近の言葉づかい。 右近、上に、「しかじかこそおはしませ。いとほしく、いかに思ほすらん」 ニ一女 ( 浮舟 ) が名乗らないのを。 、 : 一ろ、つ と聞こゆれば、中の君「例の、心憂き御さまかな。かの母も、いかにあはあはし一三以下、浮舟の反応。はっきり といやがる素振りを見せないが。 くけしからぬさまに思ひたまはんとすらむ。うしろやすくと、かへすがヘす一一 = ロ必ずしもかたくなには拒まぬ態度。 ニ三中の君に。 ひおきつるものを」と、 、とほしく田 5 せど、 しかが聞こえむ、さぶらふ人々もニ四浮舟が。 一宝中将の君は浮舟の処遇のすべ てを中の君に一任 ( ↓一六 すこし若やかによろしきは見棄てたまふなく、あやしき人の御癖なれば、しカ 六七ハー ) 。彼女に言い開きできない あきら でかは思ひょりたまひけんと、あさましきにものも言はれたまはず。 ニ六何を言ってもかいがないと諦 める。匂宮の好色の性癖を思う。 右近「上達部あまた参りたまへる日にて、遊び戯れたまひ毛それにしても、どうして匂宮 三六〕匂宮、中宮の病を は浮舟の存在に気づいたのか。 知らされ浮舟から去る ては、例も、かかる時はおそくも渡りたまへば、みなうち夭↓「人々あまた参りたまへば ・ : 」 ( 一六九ハー五行 ) 。 めのと とけて休みたまふぞかし。さても、 いかにすべきことそ。かの乳母こそおずまニ九中の君のもとに。 三 0 女房たちが。↓一六九ハー一〇 ちんにゆう 行。匂宮闖入を防げなかった理由 しかりけれ。っと添ひゐてまもりたてまつり、引きもかなぐりたてまつりつべ 三一↓注一一。 ふたり くこそ思ひたりつれ」と、少将と二人していとほしがるほどに、内裏より人参三 = 中の君づきの女房。 ニ ^ 三ニ ニ五 ニ九 たはぶ 三 0 ニ七
27 早蕨 一四「とりかへすものにもがなや世 薫しなてるやにほの湖に漕ぐ舟のまほならねどもあひ見しものを の中をありしながらの我が身と思 とぞ一言ひくたさまほしき。 はむ」 ( 源氏釈 ) 。中の君の「とり返 さまほしきや」 ( 二五ハー末 ) と照応。 一七おほとの 右の大殿は、六の君を宮に奉りたまはんこと、この月にと一五「しなてるや」は枕詞。「漕ぐ 〔九〕タ霧匂宮に不満、 舟の」まで序詞。「真帆」「まほ」 薫を婿に望み拒まれる 思し定めたりけるに、かく思ひの外の人を、このほどより ( 完全の意 ) の掛詞。「にほの湖」は 琵琶湖。本当に契り交してはいな さき いが、一夜は共にしたのに、の意。 、とものしげ・に田 5 し 前にと思し顔にかしづきすゑたまひて、離れおはすれば、し 一六けちをつけたい。中の君の幸 たりと聞きたまふも 、いとほしければ、御文は時々奉りたまふ。御裳着のこと、運を願いつつも動揺する薫を評す。 宅タ霧は、娘六の君と匂宮の縁 世に響きていそぎたまへるを、延べたまはんも人笑へなるべければ、 i 一十日あ談を早くから進めてきた。↓椎本 3 一六九ハー・総角 3 二三七ハーなど。 一 ^ 二月。 まりに着せたてまつりたまふ。 一九匂宮は、六の君との婚儀以前 に、と一一 = ロわんばかりに。 同じゅかりにめづらしげなくとも、この中納言をよそ人に譲らむが口惜しき ニ 0 匂宮がタ霧を避ける意。 な ニ一女子の成人式。多く結婚を前 に、「さもやなしてまし。年ごろ人知れぬものに思ひけむ人をも亡くなして、 提に行う。匂宮との婚儀を意図。 けしき もの心細くながめゐたまふなるを」など思し寄りて、さるべき人して気色とら一三タ霧と薫はともに源氏の子息。 匂宮に憤慨するタ霧は、薫の得が ・一ころう ニ四 たい人柄を婿がねとしても想起。 せたまひけれど、薫「世のはかなさを目に近く見しに、し 、と心憂く、身もゆゅ ニ三大君をさす。 しうおばゆれば 一西愛する人に死なれる不吉な身。 、、、かにもいかにも、さやうのありさまはものうくなむ」と、 一宝薫までが、こちらが真剣に申 し出る話をあしらってよいものか。 すさまじげなるよし聞きたまひて、タ霧「いかでか、この君さへ、おほなおほ みづうみこ ニ 0
13 早蕨 から 殿の、骸をだにとどめて見たてまつるものならましかばと、朝夕に恋ひきこえ三中の君の盛りの華やいだ美貌。 一三大君との死別や、匂宮との途 絶えなどを思う。その苦悩の面ざ たまふめるに。同じくは、見えたてまつりたまふ御宿世ならざりけむよ」と、 しがかえって美貌を際だてる。 くちを 一四亡き大君。 見たてまつる人々は口惜しがる。 一五大君と中の君の個別的な相違 一九 かの御あたりの人の通ひ来るたよりに、御ありさまは絶えず聞きかはしたま ( ↓橋姫 3 九三ハー・椎本一七一 ・総角二六一ハー ) 。死別後は ひけり。尽きせず思ひほれたまひて、新しき年とも言はずいやめになむなりた逆に血縁ゆえの共通性が際だっ。 一六↓総角 3 二五九ハー七行。 まへると聞きたまひても、げに、 , っちつけの、い戌さにはものしたまはギ、りけり宅薫と中の君の結ばれないこと を、女房たちは宿運として嘆く。 と、 一 ^ 荘園に来る薫の従者 ( 椎本 3 いとど、今そ、あはれも深く思ひ知らるる。 一六五ハー ) や、ここの女房に通う 宮は、おはしますことのいとところせくありがたければ、京に渡しきこえむ薫の従者 ( 総角 3 二四三ハー ) など。 一九薫と中の君が情報を交し合う。 ニ 0 悲しそうに涙ぐむ薫の顔つき。 と思したちにたり。 ニ一中の君は、夫匂宮の薄情さを ニ四 念頭に、薫の誠実さを思う。「げ 内宴など、もの騒がしきころ過ぐして、中納言の君、心に 〔ニ〕薫、匂宮に嘆き訴 に・ : けり」は気づき納得する語法。 たれ える中の君へ心寄せ 一三親王ゆえの行動の不自由さ。 あまることをも、また、誰にかは語らはむと思しわびて、 ニ三正月二十一日前後の子の日の、 ひやうぶきゃうのみや 兵部卿宮の御方に参りたまへり。しめやかなるタ暮なれば、宮、うちながめ仁寿殿での作詩などする。 一西大君を喪った悲しみ。薫には、 - 一とか たまひて、端近くぞおはしましける。箏の御琴掻き鳴らしつつ、例の、御心寄匂宮以外に訴える相手がない。 一宝例によって。匂宮は薫香の趣 むめか しづえ せなる梅の香をめでおはする、下枝を押し折りて参りたまへる、匂ひのいと艶味に熱心。↓匂宮一九ハー ないえん さう すくせ えん
( 現代語訳二九九ハー ) はふさわしくない曲であろう。 かくて、かの少将、契りしほどを待ちつけで、「同じくは 〔五〕少将、浮舟が介の 一五多年八の宮家に仕えた中将の 実子ならぬを知り立腹 とく」と責めければ、わが心ひとつにかう田 5 ひいそぐもい 君は音楽的な教養感覚の持ち主。 一六わが実の娘を、浮舟よりも。 とつつましう、人の心の知りがたさを思ひて、はじめより伝へそめける人の来 0 常陸介を徹底的に戯画化した行 文。中将の君もその介を見下すが、 ニ一はばか 浮舟と左近少将との良縁を実現さ たるに、近う呼び寄せて語らふ。中将の君「よろづ多く思ひ憚ることのあるを。 せたい気持から発している。 月ごろかうのたまひてほど経ぬるを、並々の人にもものしたまはねば、かたじ宅八月吉日の婚儀の約束。 一 ^ 母が「心ひとつに思ひまうけ」 ( 前ハー一行 ) てきたが、時期が迫る けなう心苦しうて。かう思ひたちにたるを、親などものしたまはぬ人なれば、 と、一存での結婚の準備もはばか られる。介がどう出るかも問題。 心ひとつなるやうにて、かたはらいたう、うちあはぬさまに見えたてまつるこ 一九相手の少将の心も測りがたい。 ニ五 ぐ ともやとかねてなん思ふ。若き人々あまたはべれど、思ふ人具したるは、おの = 0 縁談を取り次いだ仲人。 ニ一気がねすること。介の浮舟へ づからと思ひ譲られて、この君の御事をのみなむ、はかなき世の中を見るにも、の差別を念頭に置いて言うか。 一三少将の熱心な求婚をいう。 ニ三少将の身分についていう。 うしろめたくいみじきを、もの思ひ知りぬべき御心ざまと聞きて、かうよろづ ニ四浮舟は父親もいない娘だから、 ニ九 屋のつつましさを忘れぬべかめるも、もし思はずなる御心ばへも見えば、人笑へ母親一人がやきもきして。浮舟が 継子であると、はじめて言った。 まう 一宝他の娘たち。 に悲しうなんあるべき」と言ひけるを、少将の君に参でて、「しかじかなん」 東 兵気づかう父親がいるから。 と申しけるに、気色あしくなりぬ 毛少将は情けの分るはずの人。 ニ ^ 一切の遠慮を忘れて、の意 かみみ ニ九少将の心変りを危惧。 少将「はじめより、さらに、守の御むすめにあらずといふことをなむ聞かざ けしき 一九 ニセ せ ニ四
79 宿木 一六思いやりのない無理強いは。 なかりける。さらに見ではえあるまじくおばえたまふも、かへすがヘすあやに 宅一時の自分の激情から。以下、 ニ四 くなる心なりや。昔よりはすこし細やぎて、あてにらうたかりつるけはひなど迫れぬ理由をあげ、自らを抑える。 一 ^ 無理な逢瀬は逆に疎遠のもと。 こと′ ) と は、たち離れたりともおばえず、身にそひたる、い地して、さらに他事もおばえ一九無理な忍び逢いも気苦労。 ニ 0 中の君も、匂宮と自分の間で うぢ おば ずなりにたり。宇治にいと渡らまほしげに思いためるを、さもや渡しきこえてどんなに心を労するだろう、の意。 三冷静に構えても抑えきれず。 ニニ「逢はざりし時いかなりしも ましなど思へど、「まさに、宮は、ゆるしたまひてんや。さりとて、忍びて、 のとてかただ今の間も見ねば恋し びん オいと便なからむ。いかさまにしてかは、人目見苦しからで、思ふ心のゆき」 ( 後撰・恋一読人しらず ) 。 ニ三語り手の評言。ままならぬ恋。 ニセ ニ四以下、昨夜の中の君の印象。 くべき」と、心もあくがれてながめ臥したまへり。 一宝別れ別れでいるとも思えない あした 面影がまといついている感じ。 まだいと深き朝に御文あり。例の、うはべはけざやかなる立文にて、 ニ六中の君の宇治行きの希望。 毛三行。身にそひたる : ・」に照応。 薫「いたづらに分けつる道の露しげみむかしおばゆる秋の空かな 夭恋文でなく正式の書状を装う。 けしき : 一ろう 三 0 御気色の心憂さは、ことわり知らぬつらさのみなん。聞こえさせむ方なく」とニ九「いたづらに」は中の君に顧み られぬ気持。「むかし」は中の君と 一緒に過した宇治の一夜。恋の涙 あり。御返しなからむも、人の、例ならず見咎むべきを、いと苦しければ、 に濡れる悲哀を秋の露にかたどる。 三 0 「身を知れば恨みぬものをな 中の君「うけたまはりぬ。いとなやましくて、え聞こえさせず」とばかり書きっ そもかくことわり知らぬ涙なるら けたまへるを、あまり言少ななるかなとさうざうしくて、をかしかりつる御けむ」 ( 源氏釈 ) 。 三一女房が。二人の文通は習慣化。 三ニ薫は中の君の返事を。 はひのみ恋しく思ひ出でらる。 ニ九 ニ六 たてぶみ
63 宿木 一九 一六宮は早朝からここにいるのに。 今はかひなければ、女房して御文とり入れさせたまふ。同じくは、隔てなきさ 宅いきなり見せつけるのでは。 あ ままはは まにもてなしはててむと思ほして、ひき開けたまへるに、継母の宮の御手なめ一 ^ 中の君のもとで読む覚悟。 一九六の君のことを、最後まで隠 せんじが りと見ゆれば、し 、ますこし心やすくて、うち置きたまへり。宣旨書きにても、 し隔てなく押し通そう、の気持。 ニ 0 六の君の養親、落葉の宮。 ニ一この「宣旨書き」は代筆の意。 うしろめたのわざや。落葉の宮「さかしらはかたはらいたさに、そそのかしはべ 語り手の評言。たとえ代筆でも中 れど、いとなやましげにてなむ。 の君に見られてもよいか、の気持。 一三以下、なるべく代筆を避けよ をみなへし 女郎花しをれぞまさる朝露のいかにおきけるなごりなるらん うとしたが、とことわる文句。 ニ三「女郎花」は六の君、「朝露」は あてやかにをかしく書きたまへり。 匂宮。「置き」「起き」の掛詞。六 の君の物思いは、匂宮がどんな心 匂宮「か」とがましげなるもわづらはしゃ。まことは、、いで接したからか、と問う趣。 〔一五〕中の君、わが身の 一西恨みがましい歌であるのも。 悲運を諦観する やすくてしばしはあらむと思ふ世を、思ひの外にもあるか一宝中の君との気楽な生活。 ニ六他に妻が二人となく、そうい な」などはのたまへど、また二つとなくて、さるべきものに思ひならひたるた うものと思い馴れている普通の身 分の夫婦仲なら。 ニセ 毛第三者は同情もしようが。 だ人の仲こそ、かやうなることの恨めしさなども、見る人苦しくはあれ、思へ ニ ^ 語り手の評言。高貴な匂宮の ニ九 ばこれはいと難し。つひにかかるべき御事なり。宮たちと聞こゆる中にも、筋身分と立場から一夫一妻に落ち着 かぬとして、中の君の苦悩を思う。 よひと ことに世人思ひきこえたれば、幾人も幾人もえたまはんことも、もどきあるま = 九こうなるはずの匂宮の立場。 三 0 ↓注八。 じければ、人も、この御方いとほしなども思ひたらぬなるべし。かばかりもの三一匂宮が、中の君を。 かた ニ六ふた ニ四 いくたり 三 0