自分 - みる会図書館


検索対象: 完訳日本の古典 第22巻 源氏物語(九)
160件見つかりました。

1. 完訳日本の古典 第22巻 源氏物語(九)

( 原文八一ハー ) 女君ま、、 。しくらか夫婦の仲らいというものをもお分りに さら言ってもかいのないことで、まったくこれほどまで苦 なったせいであろうか、あれほどまでひどくあきれたこと しいものではなかった。それが今度の件では、あれやこれ とお思いになったものの、一途に厭わしいなどといったふ やさまざまに思いわずらっていらっしやるのだった。「今 すき うでもなく、いかにも行き届いて隙がなく上品で気がひけ 日は宮が二条院においであそばしました」などと人が言う るほど奥ゆかしいところも加わって、さすがにこの自分をのを耳にするにつけても、後見としての気持はどこへやら やさしく言いなだめたりして、たくみに帰しておしまいに失せて、胸のつぶれる思いで、まったくうらやましく思わ なったときのお心柄などを中納言は思い出すにつけても、 ずにはいらっしゃれない。 いまいましくも悲しくも感ぜられ、あれこれ心から離れな 〔一宝〕匂宮、中の君を訪宮は、女君へのご無沙汰が幾日も続 れ、薫との仲を疑う いので、やるせなく思わずにはいられない。あらゆる点で いてしまったのは、ご自分としても 昔よりはほんとに立派になられたと思い出さないではいら 恨めしい思いになられて、にわかにお越しになったのだっ っしゃれない。「なんの、あの宮が見捨てておしまいにな 女君も、「なんのいまさら。宮によそよそしいそぶり ったら、女君はこの自分をお頼りになるにちがいなかろう。 をお見せすることはすまい。宇治の山里へと思いたつにし しかしそうなったところで、公然と心おきなくお会いでき ても、頼りに思うべき人であるあのお方も、厭わしいお心 るというわけにはとてもゆくまいが、人目を忍ぶ仲として がおありだったのだ」とお分りになると、じっさい世の中 は、またこれ以上にたいせつな人はない、その最後のお方 に身の置き所もない気持になられて、やはり自分は運のつ ということになるのだろう」などと、ただこの女君のこと たない身だったのだとあきらめるほかなく、せめてこの世 ばかり心から離れずお思い続けになるのも、まことにけし に生きている間は、ただなりゆきにまかせて穏やかに過し 宿 ていくことにしょ , つ、と、いをきめて、いかにもいじらしく からぬ心ではないか。あれほど思慮深く分別ありげにふる 1 まっていらっしやっても、やはり男の心というものは情け素直にふるまっておいでになるので、宮はひとしお女君が ないものではある。亡きお方を恋いしのぶお悲しみはいま いとおしく、またうれしくお思いになって、長らくのご無

2. 完訳日本の古典 第22巻 源氏物語(九)

なんとも思ってはいないのです。心変りをしていたら、ど 命にこらえているようだけれども、とてもこらえきれない うそ んなにうまく一言い訳を申したところで、じっさい嘘かまこ のか、今日ばかりは泣いておしまいになった。この幾日、 とかははっきり分ってしま , つものです。いっこ、つに世間の どうかしてこのように自分が悲しんでいるのだとい , っこと 常識をご存じでないのはかわいいけれど、それでは困りま 物を宮には知られたくもないと、何かと紛らわしてきたのだ 氏 が、あれこれとさまざま心を労することがどっと重なってす。まあご自身のこととしてもよく考えてみてくだされ。 源 いるために、そういつまでもつつみきれないのであろうか、 私は自分ながら自分の思うようにならない身の上なのです。 もし私の思いどおりの世の中にでもなったら、ほかの誰よ いったんこばれはじめた涙は、とてもすぐには抑えかねる りもあなたをいとしく思っているこの気持を、きっとお分 のを、女君は宮の手前ほんとに恥ずかしくつらく思うので、 無理にお顔をそむけていらっしやると、宮はしいてご自分りいただけそうなことが一つあるのです。軽々しく口にす べきことでもありませんから、それまでせいぜい命だけは のほうへお向かせになっては、「私の申しあげるとおりに 信じてくださって、いじらしいお方と思っておりましたの大事にしてくださらねば」などとおっしやっていると、あ ちらへお遣わし申されたお使者が、ひどく酔いすごしてし に、あなたにはやはり他人行儀なお心がおありだったので まったところから、女君の手前少しは遠慮しなければなら すね。そうでなければ一夜のうちに心変りをなさったので たいのや そで ないことをも忘れて、おおっぴらにこの対屋の正面にやっ すか」とおっしやって、ご自分のお袖で涙をぬぐっておあ てまいった。 げになるので、女君は、「一夜のうちの心変りとおっしゃ いますにつけても、かえってあなたのお心がそうなのだと 〔一四〕匂宮、中の君の所海人の刈る藻ではないが結構な装束 ちょうだい かず で六の君の返歌を見るを被け物として頂戴し、その中に埋 お察ししないではいられません」とおっしやって少し笑み れるような格好をして帰ってきたのを、これはあちらへの を浮べた。「まったく、あなたというお人は、幼びたおっ きめぎめ しやりかたをなさるのですね。でも真実のところ、私は別 後朝のお使者だったのかと、女房たちには察しがつく。い つのまに宮がお手紙をお書きになったのだろうと思うにつ に隠しだてをしているわけではないのですから、ほんとに ニロ

3. 完訳日本の古典 第22巻 源氏物語(九)

かにも当てにならぬお、いと思いながらも、おそばにいると るようだけれど、もしも姉君がご存命だったとしたら、や 格別薄情そうなお扱いもなく、心底からかたく約束してく はりまたこの自分と同じようにお悩みになることが起った ださったのに、それがにわかにお気持をお変えになるのだ かもしれない。どうかそんなめにはあうまいと深くお思い 語 物ったら、どうして自分は平気でいられよう。普通の臣下の つめになって、ああもしこうもして中納言の君から離れよ 氏 者の夫婦仲などのように、これですっかり縁が切れてしま うとお考えになって、尼になろうとしていらっしやったで 源 うなどということはないにしても、どんなにか気の休まら はないか。生きておられたなら、きっとそうなっていらっ ぬことが多くなることだろう。やはり自分はまことにった しやっただろうに。今にして思えば、なんという思慮深い みたま ない身の上のようだから、結局のところは山里へ戻ってい お心構えというものだったろう。亡き御魂たちも、今ごろ かなければならないだろう」とお思いになるにつけても、 私をどんなにかこのうえなく軽はずみな者とごらんになっ 「このままあの地に身を隠すというだけならまだしも、こ ておられることだろう」と、面目なく悲しくお思いになる の自分が戻っていくのを山里の人たちが待ち迎えてどう思 けれども、「なんの、どうせいまさらかいのないことなの うだろうか、それがもの笑いの種にちがいなかろう」と、 に、このような気持をどうして宮にはお見せ申されよう いおり しんばう 亡き父宮の御遺言にそむいてあの草の庵を出てきてしまっ か」とじっと辛抱して、何も聞かなかったふりをして過し た軽率さを、つくづく恥ずかしくも情けなくも思い吾らずていらっしやる。 にはいらっしゃれない 宮は、常にましてしみじみとやさしく、起き臥しにつけ 「亡き姫君は、うわべはいかにもはきはきせず頼りなさそ てお約束なさっては、この世ばかりか来世までも幾久しく うにばかり何かにつけてお考えになり、またそうしたおっ 変らぬ心を頼みにしてほしいとばかりお申しあげになる。 しやりかたをなさったものの、心の底のしつかりしたとこ じつは、女君はこの五月ごろからただならぬお体になられ ろはこのうえもないお方ではいらっしやった。中納言の君て、ご気分のすぐれない折もおありなのだった。ひどく苦 しがったりなどはなさらないけれども、常よりもお召しあ がいまだにお忘れになれそうもなく嘆き続けていらっしゃ

4. 完訳日本の古典 第22巻 源氏物語(九)

ニ一口 互いお話を途中でお聞きさしにはなれないが、どこまでも ほかにどなたもおりませんものですから、何も特別な意味 尽きぬ御物語をお気のすむまでお続けにならないうちに、 ではなしにすべて私が面倒をみてあげなければならない人 夜もひどく更けてしまった。宮が、この世にまたと例のあ だと思っておりますが、もしかしてあなた様は、それを不 物りそうもないくらい親しかった中納言と姫宮との間柄を、 都合なこととお思いになりましようか」と言って、あの亡 氏 「さて、いくらなんでも、それだけのご関係ではなかった き姫宮が、中の宮を自分と同様に考えてほしい、 とお譲り 源 のでしよう」と、 いかにもまだ何か隠しだてをなさってで になった意向をも、少しは宮のお耳にお入れになるけれど せんさく よぶこどり ひとづて もいるかのように詮索なさるのは、、 こ自分の日ごろのけし も、あの「いはせの森の呼子鳥」めいて人伝でなく直接に からぬお心からそうご推測になるのであろう。そうはいっ 中の宮と語らった一夜のことは、さすがにお口には出され ても、宮は何事もよくわきまえていらっしやって、悲しみ ないのだった。ただ心の中では、「これほどまでもあきら にとざされた中納言の胸のうちも晴れるばかりに、一方で めきれないあの方の形見としてでも、 いかにもあのお言葉 は慰め、また一方ではその悲しみをときほぐし、さまざま どおりこのお方を譲り受けて、宮がなさるのと同様にこの お相手をなさる、その御もてなしの好ましさに乗せられ申自分がお世話申しあげればよかったものを」と、くやしい して、いかにも中納言は胸ひとつにあまるまでわだかまっ 思いがしだいにつのっていくけれども、今となってはどう ていた思いの数々を、少しずつお話し出し申されたものだ にも仕方がないので、「いつもこうしたことばかり思って りようけん から、これですっかり心の晴れるお気持になられる。 いたら、しまいにはとんでもない了簡を起すことになるか 宮も、あの中の宮を近々京にお移し申そうとする準備に もしれない。そんなことになっては誰のためにもおもしろ ついてあれこれご相談申しあげられるので、中納言は、 くなく愚かしいことになろう」と、中の宮のことは思いあ 「まったくうれしいことでございます。ただ今のようでは、 きらめる。しかし、それにしても、京へお移りになるにつ 不本意ながらこの私自身の過ちと思わすにはいられません。 けても親身になってお世話申しあげる人は、この自分のほ あきらめきれない昔のお方の形見としては、あの妹君より かに誰がいるというのだろう、とお思いになるので、お引

5. 完訳日本の古典 第22巻 源氏物語(九)

ほそなが は、四位の六人には女の装束に細長を添え、五位の十人に更けて眠たいのに、あの大事にもてなされていた宮の供人 みえがさねからぎめ は三重襲の唐衣を、裳の腰などみな身分に応じてそれぞれたちは今ごろよい心持に酔いつぶれて、そこらに寄り臥し に差をおつけになったのだろう。六位の四人には綾の細長、ているのだろうと、それをこの男はうらやましく思ってい 語 るらしい 物袴などだが、一方ではこうしたことには定まりがあるのを 氏 物足りなくお思いになったので、同じ品々でも色合いや仕 中納言の君はお部屋にはいって横におなりになり、「婿 源 めしつぎとねり 立て方など善美をお尽しになるのだった。召次や舎人など君はいかにもきまりわるい様子ではあった。しかつめらし といった者たちには、分に過ぎるまで盛大にご祝儀をはず い顔をした親がおそばに控えていて、もともと近しい親族 まれたのであった。いかにも、このようににぎわしくはな の間柄であるのに、誰彼が灯火をあかあかとともしたなか さかずき やかなことは見栄えのすることであるから、物語などにも でお勧め申す盃などを、いかにも格好をつけながらお受け まずそのことを言いたてているのであろうか、しかしこの になっておられたようだった」と、宮のおふるまいをみご 盛儀については、とてもいちいち詳しく数えたてることは となものとお思い出し申しあげていらっしやる。「なるほ できなかったのだとか。 ど、もし自分にもこれはと思う娘がいたら、この宮をさし みかど おき申して、たとえ帝にだってさしあげることはできなか ニ 0 薫、匂宮の婚儀に中納言殿の御前駆の人々のなかには、 つけてわが心を省みるそうたいしてもてなしにもあずから ろう」と思うにつけても、「この宮に娘をさしあげたく願 なかった者が、暗い物陰に立ち紛れていたのであろう、そ う世間の親の誰も彼もが、しかしやはり源中納言に縁づけ れが三条宮に帰ってきてからため息をついて、「うちの殿たほうがよいなどと、めいめい口癖のように言っているそ はどうして素直にこの右大臣殿の御婿におさまろうとなさ うだが、してみれば自分の評判も捨てたものではないとい うことなのだろう。それにしてもこの自分はじっさいあま らぬのだろう。つまらないお独り暮しというものよ」と、 中門のところでぶつぶつ言っていたのを耳になさって、中りに世間ばなれした時代おくれの男なのだが」などと、心 納言はおかしくお思いになるのであった。自分たちは夜も中いささか得意なお気持にもならずにはいらっしゃれない。 さき あや ふ ふ

6. 完訳日本の古典 第22巻 源氏物語(九)

ないし、しみじみいとしく思わずにはいらっしゃれないの 〔四三〕薫、今後の浮舟の大将がうちくつろいでいらっしやる ねんご あっかいを思案するご様子がまた一段とお美しく、部屋で、その日は懇ろにお話し合いになってお過しになる。亡 にはいっていらっしやるのにも女君は気おくれするけれど き父宮のことをもお話し出しになって、昔の思い出話をお 語 物も、いまさら身を隠すわけにもいかなくて、そのまますわもしろくこまごまと、冗談も交えてお話しになるけれども、 っていらっしやる。女君のお装束などは、色目の移りもよ女君はただいかにも遠慮がちにしていて、ひたすらはにか 源 く仕立てられたものを重ねているけれども、どこか田舎びんでばかりいるのを、はりあいなくお思いになる。しかし たところがないでもないので、大将は、亡き姫宮がまこと また、「よしまちがっても、こんなふうに頼りないのがか にやわらかく御身になじんだのを召していらっしやったお えって無難なのだ。自分がよく教え教えしてでも相手にで ゅうえん ひん 姿の、気高くて優艶に感じられたことばかりを思い出さな きよう。田舎びたしゃれ気をとりつくろっていて、品がな 、ではいられなくて : 。しかし、この女君も、髪のすそ く先走っているようなところがあったとしたら、姫宮の身 ふぜい のみごとな風情などは、きめこまかに上品なので、女二の代りにも何もなりはすまいに」とお考え直しになる。 みぐし 宮の御髪の並々ならずおみごとであるのに、けっして負け 〔四巴薫、琴を調べ、浮大将は、以前からここにあった琴や - 一と そう 舟に教え語らう をとることはあるまいとごらんになる。それにしても、 箏の琴をお取り寄せになって、やは 「自分はこの人をどんなふうに扱っていけばよいのだろう。 りこの女君はこうした遊びには、まして無縁なのだろうと、 やしき 今すぐこ、 冫いかにも重々しく京の邸に迎え住まわせるのも、物足りなくお思いになり、ご自分ひとりでお弾きになって、 世間への聞えが具合わるかろう。そうかといって、あれこ 八の宮がお亡くなりになってからは、ここでこうしたもの れ大勢いる女房たちと同列に扱っていいかげんに仕えさせ にずいぶん久しく手を触れなかったものよと、我ながら新 ておくのでは不本意というもの。しばらくここに隠してお たな気分になられて、ほんとに懐かしそうにもてあそびな がら思い出にふけっていらっしやるうちに、月が出てきた。 くことにしよう」と思うにつけても、離れ離れに逢わない でいるのだったら自分としても物足りなく寂しいにちがい 「宮のお琴の音は、仰々しく響くというのではなくて、ま いなか ひ きん

7. 完訳日本の古典 第22巻 源氏物語(九)

と思わずにはいられない。 がきちんと正装をととのえていらっしやるご容姿は、これ みちょうだい 宮が御帳台の中にはいっておしまいになったので、若君また何に比べようもなく、気品高く情味をたたえてやさし めのと は若い女房や乳母などがあやしてさしあげる。人々が大勢 くおきれいであり、若君をお放しになれないで、お相手に 語 かゆおこわ 物参上するけれども、宮は気分がわるいからとおっしやって、 なっていらっしやる。御粥や強飯などを召しあがってから、 やす 日が暮れるまでお寝みになった。お食膳はこちらでお召し この西の対からお出ましになる。今朝から参上していて 源 さぶらいどころ あがりになる。母君の目にはすべてが気高く格別に見える 侍所のほうで休息していた人々が、このとき御前に伺候 こぎれいにしてい ので、自分の邸ではたいそう善美を尽しているつもりでい して何そ申しあげている、そのなかに、 ても、下々の者のすることは取るに足らぬ情けないものよ、 るものの格別のこととてない男で、魅力のない顔だちの、 のうし という気がしてくるので、「自分の娘も、こうして高貴な直衣を着て太刀を帯びている者がいる。宮の御前にあって お方に並べてみたところで、見苦しいことはあるまい。財は、まるで目だたないその人を、女房たちが、「あれがこ きさき ひたちのかみ をたのんで父親が后にもしてみせたいと思っている娘たちの常陸守の婿の少将ですよ。はじめはこちらの姫君にと決 は、同じ自分の腹を痛めた子ながらもまるで人柄が問題外めていたのに、守の娘をもらって大事にされたいなどと一言 って、まだ半育ちの女の子を手に入れたのだそうです」 であるのを考えても、やはりこれから先も理想を高く持た うわ * 、 「でもどうでしよう。このお邸ではそんな噂はまるで聞い なければならないのだ」と、夜一夜将来のことを思案しつ ておりませんよ」「あの君の筋からちょいちょい耳にする づけるのである。 ってがあるのですもの」などと、めいめい言い合っている。 〔宅〕中将の君、匂宮の宮は、日が高くなってからお起きに 比ならぬ少将を侮蔑なり、「后の宮がいつものようにお母君は、自分が聞いているとも知らず、女房たちがこんな 話をしているのを耳にするにつけても、胸のつぶれる思い 具合わるくていらっしやるから、まいらなくては」とおっ さんだい がして、少将を無難な相手と思ったりしていたこれまでの しやって、参内の御装束などお着けになっていらっしやる。 母君はまたそのお姿が見たくなって物陰からのぞくと、宮気持が我ながら情けなく、なるほどあれでは格別たいした やしき

8. 完訳日本の古典 第22巻 源氏物語(九)

わしく思わすにはいられなくて、ほとんどそのために自分るものか。そうかといって内緒でお連れするのはまったく 2 は思いとどまってしまったのだ。いつもながら愚かしい心 不都合であろう。どういうふうにしたら世間体も見苦しく うつ よ」と思うけれども、「思いやりのない無理押しをするの なく自分の望みを遂げることができるだろうか」と、虚け 語 物は、自分としてもやはりまったく不本意というものだろう。 たようなお気持でばんやりと横になっておいでになる。 また、一時の心の乱れに負けて無分別なふるまいに及んだ 明け方のまだじつに暗いうちに中納言は女君にお手紙を 源 たてぶみ のでは、そのあととても気楽にお付き合いすることもでき さしあげる。例によってうわべはきつばりと立文にして、 なくなろうものを、理不尽に人目を忍んで逢瀬を求めるよ 「いたづらに分けつる道の露しげみむかしおばゆる秋 うなことになるのも気苦労が多く、女君のほうでもさぞや の空かな あれこれとお心をお痛めになることだろう」などと、分別 ( せつかくおそばまでまいりながら、そのかいもなく引き返 らしく思ってはみるものの、この執心はせきとめようにも してまいりました道の露の繁さゆえに、昔を思い出さないで はいられない秋の空でした ) せきとめられるものではなく、このただ今の間も恋しくて たまらないのはどうにも困ったことだった。なんとしてで お仕打ちの情けなさに、ただどうしようもない恨めしさで も女君に逢わずにいられないようなお気持になられるのも、 ございました。申しあげようがございません」とお書きに かえすがえすままならぬ心ではある。以前よりはいくぶん なっている。ご返事なさらないのも、いつにないことと女 ほっそりとして気品高く愛らしくなった女君の様子などが 房たちが不審に思うだろうからと、女君はほんとに苦しい 目のあたりを離れぬように思われ、その面影がこの身にひ ので、「お手紙は拝見いたしました。まったく気分がすぐ たと寄り添っている心地がして、もうほかのことは何も考れませんので、とてもご返事申しあげられません」とぐら えられないのである。「いかにも宇治に行きたいと思って 、にはお書きになってあるのを、中納言は、「あまりにも いらっしやったのだから、そのお望みどおりお連れ申そう 言葉少なのお手紙よ」と物足りなくて、昨夜のお美しかっ かしら」などと思うけれども、「宮がどうしてお許しにな たお姿ばかりを恋しく思い出さずにはいられない。 おうせ

9. 完訳日本の古典 第22巻 源氏物語(九)

源氏物語 228 ふじつば いらっしやるので、帝もかわいいものとお思い申しあそば 〔一〕藤壺女御、女ニのそのころ藤壺と申しあげるのは、故 じんすい によう ) たぐい 宮の養育に尽瘁する左大臣殿の御娘で女御になられたおす。一方、帝は中宮腹の女一の宮を世に類のないものとし 方だが、今上のまだ東宮と申しあげたとき、ほかの女御方てたいせつにお扱い申していらっしやるのだから、世間一 じゅだい むつ に先立って入内なさったのだから、格別に睦まじくいとし般の評判は、そちらに及ぶべくもないけれど、内々での御 くおばしめしたようであるけれども、表向きにはそうした有様はそれにほとんど負けをとることなく、父大臣のご威 ちょうあい ご寵愛をお受けになったかいもないまま何年かお過しにな勢の盛んであった名残がまださほどには衰えていないので、 るうちに、中宮には宮たちまで大勢おできになり、それぞ とくに不如意なことなどもなく、お仕えしている女房たち れご成人あそばすというのに、こちらはそのような御子も の身なりや姿をはじめとして、心をゆるめることなく折節 少なくて、ただ女宮お一方をお産みになっていらっしやる の移ろいにつけても十分に趣向をこらして用意し、はなや だけなのであった。ご自分の、まことに不本意なことなが かに、また奥ゆかしいご様子でお暮しになっていらっしゃ る。 ら中宮に圧し負かされ申した運勢を、嘆かわしく思わずに はいらっしゃれないが、その代りに、せめてこの女宮だけ 〔ニ〕藤壺女御の死去この女宮が十四歳におなりになる年、 もぎ でも将来はなんとかこの気持も晴れるように幸せな御身の 女ニの宮の不安な将来母女御は、御裳着のお祝いをしてお 上にしてあげたいもの、とひとかたならず大事にお育て申さしあげになろうとて、春になると早々、余事をさしおき しあげておられる。この女宮はご器量がまことにお美しく お支度をなさって、万事並々ならぬ立派さにとご用意にな お やどり 宿木 な 1 ) り みかど

10. 完訳日本の古典 第22巻 源氏物語(九)

たちはき 二人の中では、しかし惟光のほうが断然魅力的である。彼は『落窪物語』の帯刀と同じく、主人源氏の乳 兄弟で、それだけに、源氏への思いは骨肉に近い 彼の登場はタ顔の巻から始って、第一部の終りに近く梅枝の巻まで続いているが、その面目は最初のタ顔 一巻だけでも十分に看て取れる。はじめて顔を出すのは、右の随身と同じく、タ顔の宿だ。惟光の母の大弐 かぎ の尼の病気を見舞いに訪れた源氏を迎えて、彼は、「門の鍵をどこかへ置き忘れて、探しておりまして、お と、詫び言をいう。タ顔の宿の女に心をひかれた源氏は、帰りがけに、准光に 待たせを致しまして : 「西隣には誰が住んでいるのか」と尋ねる。惟光は、例の悪い癖だ、困ったものだと思いながら、「このとこ ろ、病人の看護に手いつばいで、隣のことなど知るものですか」と、無愛想に答える。源氏は、その気配を 察すると、「私をいやな男と思っているらしいな。だけど、この扇はすこし調べてみるわけがありそうだか ら : と、見え透いた言い訳をしながらも、ぬかりなく今後の探索方を言い付ける。 惟光は、ああ言いながらも、源氏の望むことには忠実で、その後、言われたとおり、隣家の探索に精を出 す。また、その一方、彼はこの宿の召使女房ともうまくやって良い仲になり、探索の任務も果して、源氏に 論報告もする。「あちらでは、自分たちのほか主人らしい者はべつだんいないと私に思わせようとして、いっ も物言いに気をつけていますから、私もうまくそれにだまされたような顔をして、そらとばけています」。 巻何ともしたたかで、すてきに気のきく男ではある。 くま たが 准光、いささかのことも御、いに違はじと思ふに、おのれも隈なきすき心にて、いみじくたばかりまどひ歩 きつつ、しひて ( 源氏ヲタ顔ノモトニ ) おはしまさせそめてけり。 うめがえ あ