せよ、この私がよそよそしくおかまい申さないというのな 小さい家を用意しておいたのだった。三条あたりにあって、 らともかく、とんでもないことをしがちな困った人が時と しゃれた造りだが、まだ仕上がっていない家なので、これ していらっしやるようですけれど、その辺の子細は誰もみ といって十分な設けなどもできていないのだった。母君は、 語 物な十分に分っておりましようから、よく気をつけて不都合 「なんとおかわいそうな、あなたの御身ひとつのお扱いに 氏 なお扱いはいたしますまいと存じておりますのに、どんなわたしはあれこれと悩んでいるのです。思うようにい、 源 ふうにご推量なさるのでしようか」とおっしやる。母君は、 いこの世には、とても生きてゆけるものではなかったので 「けっしてあなた様のご親切のほどを、分け隔てがあるなすね。このわたし一人だけのことであれば、これといった どと存じあげているのではございません。お恥ずかしいこ 身分は望まず人並以下に身を落してでも、ただ一筋に身を な とながら亡き宮のお許しのいただけなかった、そのことに ひそめて暮してもいけましようが、このご縁のつながるお つきましては何をとやかく申しあげましようか。その筋と邸は、かっては恨めしいと思い申していた所ですのに、お は別に、お見捨てになれるはずのないつながりもございま近づき申すようになって、もしここで不都合なことでも起 ねんご す。それを頼みにおすがり申しあげるのです」などと懇ろ ったら、それこそほんとに世間のもの笑いとなりましよう。 ものいみ に申しあげて、「明日、明後日がきびしい物忌の日にあた なんともつまらないことです。粗末な家ですけれど、この りますので、その間特別の場所で過しましてから、またお住いを誰にも知らせず、そっと隠れていらっしや、 そばへまいらせることにいたしましよう」と申しあげて、 れそのうちになんとかしてさしあげましよう」と言いおし 姫君を連れ出す。上は、かわいそうに、不本意なことよと て、母君自身は帰邸しようとする。姫君は泣きだして、こ お思いになるけれど、お引きとめになることもできない の世に生きていこうにも肩身の狭いわが身よと、うちしお れていらっしやる様子がまことにいじらしく思われる。母 〔三ニ〕中将の君、浮舟を母君は思いがけない不祥事に動転し あいさっ 三条の小家に移す ているので、ご挨拶もそこそこにお親はまた母親で、いっそう娘をこのままにしておくことが やしき かたたが もったいなく残念でならないので、なんとか無事に願いど 邸を出てしまった。このようなときの方違え所をと考えて、 ( 原文一八三ハー )
はやましげやま 一「筑波山端山繁山しげけれど 思ひ入るには障らざりけり」 ( 新古 今・恋一源重之 ) 。大君の異母妹 浮舟は、生母中将の君の連れ子と して常陸介のもとで成長 ( ↓前巻 〔三三〕 ) 。その浮舟に逢いたい薫の つくばやま 心情から、この巻は開始。 筑波山を分け見まほしき御心はありながら、端山の繁りま 〔一〕薫浮舟を求めつつ ニ前注の歌による。「端山」は、 躊躇中将の君も遠慮 であながちに思ひ入らむも、いと人聞き軽々しうかたはら麓の山の意で、常陸介の継娘とし ての浮舟をさす。「思ひ入る」は、 おばは・はか せうそこ いたかるべきほどなれば、思し憚りて、御消息をだにえ伝へさせたまはず、か山に分け入る、熱中する、の両意。 三人に聞かれては軽率な振舞い の尼君のもとよりそ、母北の方に、のたまひしさまなどたびたびほのめかしおと思われそうな相手の身分なので。 東国の受領の娘が相手では、と憚 こせけれど、まめやかに御心とまるべきこととも思はねば、たださまでも尋ねられる気持。大君の形代としての みの関心。↓前巻〔 = 九〕〔三三〕〔四九〕。 なかだち 知りたまふらんこととばかりをかしう思ひて、人の御ほどのただ今世にありが四弁の尼。薫は浮舟への媒を依 頼していた。↓宿木一〇四・ ( 五以下、母中将の君の気持。 たげなるをも、数ならましかばなどそよろづに思ひける。 宿木一三〇ハー一〇行。 かみ 守の子どもは、母亡くなりにけるなどあまた、この腹にも六薫の身分が抜群であるにつけ。 屋 = 〕中将の君、とくに セわが娘が人並の身分ならば。 浮舟の良縁を切望する 姫君とつけてかしづくあり、まだ幼きなど、すぎすぎに五 ^ 常陸介。任果て上京している。 東 九亡くなった先妻との子ら。 ことひと 六人ありければ、さまざまにこのあっかひをしつつ、他人と思ひ隔てたる心の一 0 中将の君 ( 浮舟の母 ) との娘。 = 浮舟を他人のように。 かみ ありければ、常にいとつらきものに守をも恨みつつ、いかでひきすぐれて面だ三中将の君が夫の差別待遇を。 あづま屋 九な 六 かろがろ はやましげ 四
( 原文一六八ハー ) は面倒なという気持にもなりましようけれども、あの、世ものでしよう。殿のこれまでのお心深さに安心しておりま をそむいて尼にでもなどとお思いよりにもなったのであれすが、これから先がどうなりますことか、分りにくいこと ですもの」とため息をついて、格別のことはもうおっしゃ 。いっそ同じおつもりになって、ご運だめしにあの殿に らなかった。 おさしあげなさいまし」とおっしやると、母君は、「あの ひたちのかみやしき 夜が明けると、常陸守の邸から迎えの車などを牽いてき 娘には、苦労させまい、人に見下されるようなことはさせ かみ て、守がひどく立腹しているかのようにおどし半分の伝言 まいとの願いから、鳥の声も聞えないような奥山住いをま などを述べるので、母君は、「恐縮でございますが、万事 で覚悟したのでございますが、いかにもあの殿のご様子や お頼り申しあげることにいたしまして。やはりもうしばら ご人品を拝見して存じよりますに、たとえ下働きぐらいで くおかくまいくださいまして、巌の中に住まわせますなり、 あっても、こうしたお方のおそば近くにお仕えさせていた どうさせますなり、思案の決りますまでの間、取るに足ら だくのでしたら、どんなに張り合いのあることでございま ひと ぬ娘でございましても、お見捨てにならず、何事もお導き しよう。まして年若い女なら誰でもお慕い申すことになろ くださいまし」などと申しあげておいて帰ろうとする。こ うと存じますけれど、取るに足らぬ娘の身の上では、この の姫君本人もまことに、い細く、今までとはちがって母君と うえさらに物思いの種を蒔かせることになりはいたしませ んでしようか。身分が高くても低くても、女というものは、離れ離れになる不安を思うけれども、当世風にはなやいで こうした筋のことで、この世ばかりかあの世においてまで楽しそうなこのお邸にしばらくでもなじませていただこう ふびん 屋 苦しい境涯を生きる身にもなると存ぜられますので、不憫と思うと、さすがにうれしくも思わずにはいられないのだ つ ) 0 に思うのでございます。いえしかし、それとてすべてあな 東 た様のお考えしだいでございまして。どうなりとお見捨て 三三〕匂宮帰邸、中将の母君の車をお邸から引き出そうとす 君の車を見咎める るころの、少しあたりが明るくなっ 四なくお世話くださいまし」と申しあげるので、女君はほん てきた時分に、宮が宮中からお退りになる。若君がどうし とに難儀なことになったとお思いになり、「さあどうした ) が いわお ひ
ってこいである。いかに身なりを目だたなくしていたといったところで、供人なしで出歩くのは危険このう えもない。 語 王朝の物語では、主人公はいうまでもなく貴族、それもきわめて高い身分の人に決っているが、彼らが活 氏躍できるためには、陰に陽に、その手足となって働いてくれる忠実な従者が必要だった。しかし、従者たち 源は、もともとさして語るに値する存在ではないから、物語ではたいていは日蔭の身分であり、端役にすぎな い。が、しかし時には、例外的に脇役に近い大活躍をすることもないではない。 たとえば、「物語の祖」などと昔から呼ばれた『竹取物語』では、かぐや姫に求婚する五人の貴公子がい る。彼らはみな従者を擁していて、いろいろと働かせるが、その従者たちのふるまいには、それそれ特色が あっておもしろい あべのみうし その中でも、興味のある箇所をいくつか挙げると、まず阿部御主人。彼は従者の中でも特に「心たしかな ひねずみかわごろも るを選び」小野ふさもりを難題の「火鼠の皮衣」を探しに派遣する。彼は、主命に従い博多に出向き、よう やく唐人から大金を出してそれを購入するが、あろうことか、かぐや姫の目の前で、あっけなくめらめらと 燃えてしまった。せつかく「心たしかなる」者を選んだはずだったのが、皮肉な結末に終ったわけで、主人 の目もあやしかったということであろう。 おおとものみゆき 次は大納言大伴御行である。彼は召使全員を集めて「竜の頸の玉を手に入れるまでは戻ってきてはなら やしき ぬ」と厳命する。召使たちは、やむなく邸を出て、支給品を皆で分配したうえ、それぞれ家に帰ったり、姿 ごう をくらまして、好き勝手に主人の悪口を言い合った。業を煮やした大納言は、ついに自ら南海へ乗り出すが、 さんざんの目に遭って命からがら逃げ帰る。召使たちはそれを聞くと、大納言の邸に現れて、事の次第を白 おのの
る。御里方に昔から伝わっていた数々の宝物を、こうした でになるのを、帝は頼もしくお思い申しあそばすけれども、 折にこそ役立てようと捜し出しては、熱心に支度していら実際のところ、御母方のお身内といっても、後見役として っしやるうちに、母の女御は夏ごろ物の怪にお悩みになり、頼ることのおできになれる伯父などといった、縁故のしつ な おおくらきよう まことにあっけなく亡くなってしまわれた。なんとも言い かりしたお方がおられるわけでもない。わずかに、大蔵卿 すりのかみ ようのない残念なことと、帝もお嘆きあそばす。女御はお とか修理大夫とかいう方々は、女御にとっても腹違いの兄 人柄が思いやり深く、やさしいところのおありになったお弟なのだった。帝は、「格別に世間の信望が重いというわ てんじようびと けでもなく、身分地位があるのでもない人々を後見として 方であるから、殿上人たちも、「これからはすっかり寂し 頼りにしていらっしやるのでは、女の身では気の毒なこと くなってしまうことでしよう」と惜しみ申しあげている。 しもじも もきっと多いにちがいないが、それがこの宮のためにおい それほどかかわりのなさそうな下々の女官などまで、おし たわしいことだ」などと、ご自分お一人で心配なさらなけ のび申しあげぬ者はない。 女宮は、なおさらのこと、お年若でいらっしやることとればならぬかのようにお案じになるにつけても、お心をお て心細く悲しく思い沈んでいらっしやるが、帝もそのご様休めになれないのであった。 にわさき ふびん 子を聞しめして、不憫にもいじらしくもおばしめさずには 〔三〕帝、女ニの宮と薫お庭前の菊が霜ですっかり色変りし との縁組を画す て今がちょうど見ごろの時分に、空 いらっしゃれないので、御四十九日が過ぎると早速に、そ ふぜい しぐれ っと宮中へお召し寄せ申しあげあそばした。毎日、女宮の の風情も思いをそそるように時雨がさっとおとずれるにつ お部屋にお越しになってはお世話申していらっしやる。黒けても、帝はまずこの女宮のお部屋にお越しあそばして、 、喪服に姿をやっしておいでになるのがひとしおいじらし亡き女御のことなどをお話し申しあげなさると、ご返事な 宿 どおっとりしているものの、幼びたご様子もなくお申しあ 、気品高いご様子が以前にもましてお美しくていらっし 9 やる。ご気生も、ほんとに一人前におなりになり、母女御げになるのを、帝はかわいいお方よとお思い申していらっ よりもいま少しもの静かに重々しいところはまさっておい しやる。このような女宮のお人柄を十分に理解することの
東屋 つくばやま 常陸守の子たちは、亡くなってしま 〔ニ〕中将の君、とくに 〔一〕薫浮舟を求めつつ大将殿としては、筑波山を分け入り、 ひたちのぜんじ 浮舟の良縁を切望するった先妻の子供も多く、今の北の方 躊躇中将の君も遠慮あの常陸前司の女君に逢ってみたい はやましげ の腹にも、姫君と呼ばせて大事にしているのがあり、その というお気持はあるものの、しかしそんな端山の繁りにま ほかにまだ幼いのもいて、次々に五、六人ももうけていた でむやみと熱中するのも、じっさい世間に聞えても身分を ので、何くれとその養育をしながら、一方ではこの連れ子 わきまえぬ見苦しいふるまいと思われそうな相手の分際な のだから、ご自分からは遠慮なさって、お手紙をさえお取の姫君に対しては他人扱いに分け隔てする気持があったか かみ ら、母君はいつも守をほんとに冷たい人と恨み恨みしては、 り次がせにならず、ただあの尼君のほうから母北の方のも なんとかしてこの姫君をほかの娘以上に面目の立っ縁組を とに仰せのおもむきなどをたびたびそれとなく言ってよこ させてやりたいものと、明け暮れたいせつに世話していた したのだったけれど、母君は、殿が本気でご執心なさるこ のだった。もしもこの姫君の姿や顔だちがそうたいしたこ ととも受け取れないので、ただどうしてそうまでも娘のこ せんさく 屋 とも、なく 、ほかの娘たちといっしょに扱っても差し支えな とを詮索し、ご存じでいらっしやるのかと、そのことにば いのだったら、まったく何もこれほど苦しい思いをしてま かり感じ入って、殿のお人柄がこの当節ではめったにあり 東 でも、その身のふりかたに心を労することがあろうか、 そうもないくらいご立派なお方と思われるにつけても、こ かの娘と同じように思わせておけばよいはすであるが、こ ちらがもしも人並の身分であるのだったら、などとあれこ の姫君は水際だって何に紛れようもなく、せつないほど美 れ思いをつのらせていたのであった。 あづま や な
くなった。 がやってきたのを近くに呼び寄せて相談する。「何かとあ かみ れこれ気がねをすることが多いのですが。この幾月か娘を 少将は、「最初からわたしは、そのお人が守の娘御では とおっしやってくださって日数がたちましたし、あちら様ないという話はまったく聞いてはいなかった。 ; 唯の娘にし 語 物が並の身分のお方でもいらっしゃいませんので、もったい たところで同じことだが、父親が守でないというのでは、 氏 なくもお気の毒にも存じまして。このご縁組をとの決心は世間の聞えにも何だか値打が下がるような感じで、出入り 源 いたしましたものの、この女君は父親などおられない方でするのも不体裁というものではないか。よくも内情を確か すから、万事私の一存でお世話をしているようなもので、 めもせずこ、 冫いいかげんな縁談を持ってきたものだ」とお はた目にも見苦しく行き届かぬところをお見せ申すことも っしやるので、仲人は困ってしまい、「私は詳しいことは ありはせぬかと、前々から心配しております。若い娘たち存じませんでした。女どもの知っているってがございまし は大勢おりますけれど、面倒をみてやろうという父親がっ て、まず仰せ言をお伝えいたしましたところ、とりわけ大 いておりますのは、放っておいても良縁を得られようと、 事にしている娘としかうかがいませんでしたので、守の娘 ついそちらまかせになりまして、この女君の御事ばかりを、 にちがいないと思い込んでしまったのです。まさか他人の 無常の世の中を見るにつけてもひどく気がかりでならない 子を養っておられようとは、尋ねてもみなかったのでござ のですが、あちら様はものの情けのよくお分りになりそう います。顔だちも気だても人にすぐれていらっしやること なお心柄のようにうかがいまして、ついこうしてあれこれとか、母上がかわいがっていらっしやって、晴れがましく の遠慮を忘れてお話を進めようという気にもなったのです身分の高い所へ縁づけようと、大事に守り育てておられる が、もしや思いもかけないお心変りでもありましたなら、 とか話を聞いておりましたので、ちょうどそこへあなた様 世間のもの笑いにもなって悲しいことでございましよう」 が、なんとかあの家に渡りをつけてくれる人はないものか と言ったのを、その仲人が少将の君のもとへ伺って、かよ とおっしやったものですから、しかるべきってを存じてお うなしだいでと申したところ、たちまち少将の機嫌がわる りますと、お計らい申したのです。けっしていいかげんな
源氏物語 240 しらっゅ よそへてぞ見るべかりける白露のちぎりかおきし朝顔思いまして、先日宇治へ行ってまいりました。庭も垣根も の花 まことにいよいよ荒れはてておりましたので、悲しみに堪 ( 白露が契り残した朝顔を、その白露によそえて見るべきも えがたいことが多うございました。故六条院がお亡くなり のでしたー亡き姫宮が私に約束しておいてくださったあなた になってからというものは、晩年の二、三年ばかり世をの を、その亡きお方の形見としてお世話すればよかった ) がれてお住まいあそばした嵯峨院にしても、また六条院に ことさらそうなさったわけでもないのに、そのまま露を落しても、立ち寄る人は悲しみを静めようもないといった有 さずによくそ持っていらっしやったことよ、と女君には、 様でございました。木草の色を見るにつけてもひたすら涙 かにもおもしろく感じられるが、その花は露をおいたまま にくれて帰るばかりでございました。院のおそばにお仕え しばんでゆく様子なので、 した人々は身分の上下なく心のあさはかな人はございませ やしき 「消えぬまに枯れぬる花のはかなさにおくるる露はな んでしたけれど、あのお方このお方とあのお邸に集ってお ほそまされる 住まいだった女人がたも、皆あちらこちらに散り散りに別 ( 露の消えぬ間に枯れてしまった朝顔の花のようにはかな、 れてはめいめいに世を捨てたお暮しをなさるようでしたが、 命の姉君でしたが、あとに残された露のような私は、、 しっそ身分の低い女房などもまた、まして気持を静めようもない うはかない身の上です ) 悲しみのあまりに前後の分別もっかぬ思いに駆られては、 いなかびと 何を頼りにして」と、ほんとにかすかな声で、あとの一一 = 〔葉出家して山や林に隠れ住んだり、なんとなく田舎人に身を も続かず、いかにも遠慮深く言い紛らしておしまいになる落したりなどして、哀れに当てもなく行方の失せた者が多 様子は、やはり亡きお方によく似ていらっしやるものよ、 うございました。そんなふうにして、かえってすっかり荒 と思うにつけても、何はさておき悲しくてならない れるにまかせたのち、昔の悲しみを忘れるころになってか 「秋の空は、ほかの季節よりもいま少し物思いがつのって ら、今の右大臣も移り住み、さらに幾人かの宮たちなども まいります。そのもの寂しい所在なさを紛らすためにもと それぞれお住まいになっていらっしゃいますので、また昔 さがのいん
しとど、 故宮の御事聞きたるなめりと思ふに、、 いかで人と三「宮城野」は陸奥の歌枕で、萩 〔三四〕中将の君、浮舟の の名所。皇族の意をもひびかす。 将来を思って薫に及ぶ ひとしくとのみ思ひあっかはる。あいなう、大将殿の御さ「露」に「つゆ」 ( 少しもの意 ) を掛け る。浮舟を貴種と知っていたらと かたち ま容貌そ、恋しう面影に見ゆる。同じうめでたしと見たてまつりしかど、宮は悔んでみせ、贈歌の非難をかわす。 一三高貴な身にふさわしく縁づけ あなづ て、少将らを見返したい。 思ひ離れたまひて、心もとまらず。侮りて押し入りたまへりけるを思ふもねた 一四筋ちがいながら。薫を想起す る中将の君への、語り手の評言。 し。この君は、さすがに、尋ね思す心ばへのありながら、うちつけにも言ひか 一五匂宮も薫と同様に。以下、中 けたまはず、つれなし顔なるしもこそいたけれ、よろづにつけて思ひ出でらる将の君の念頭には匂宮はなく、し ・こ、に、薫へと傾いていく。 れば、「若き人はまして、かくや思ひ出できこえたまふらん。わがものにせん一六求婚の適切な機会を待ち、今 は何気ないふうの薫を賞賛。 宅心中叙述が地の文に流れる形。 と、かく憎き人を思ひけむこそ、見苦しきことなべかりけれ」など、ただ、いに 天若い浮舟は、私以上に。 かかりて、ながめのみせられて、とてやかくてやと、よろづによからむあらま一九かって少将をわが婿にと考え たこと。「憎き人」は少将。 ニ 0 薫との結婚は。以下に、その しごとを思ひつづくるに、、 しと難し。「やむごとなき御身のほど、御もてなし、 理由をいう。 しますこしなのめならず、いかばかりにてかはニ一薫の高貴な身分、風姿。 屋見たてまつりたまへらむ人は、、 一三妻として迎え申されている方。 いや 心をとどめたまはん。世の人のありさまを見聞くに、劣りまさり、賤しうあて今上帝の女二の宮の降嫁をいう。 東 ニ三身分の高低によって、器量も ニ五 かたち しな なる品に従ひて、容貌も心もあるべきものなりけり。わが子どもを見るに、こ気だても劣り優りが決る、の意。 ニ四常陸介との間の子供。 一宝浮舟に。 の君に似るべきやはある。少将をこの家の内にまたなきものに思へども、宮に ニ 0 かた ニ四
281 宿木 ( 原文一〇九ハー ) いられたので、宮は、「仰々しいお姿のまま何しに来られ えなく睦まじい間柄でいらっしやるようだから」などと本 たのか」とご機嫌斜めでいらっしやるけれども、寝殿のほ 気になって恨み言をおっしやるので、女君は嘆息をもらし ばんしきじよう うへお出ましになってご対面なさる。「格別の用事もあり て少しお弾きになる。緒がゆるんでいたので盤渉調にお合 つまおと ませんので、久しくこの院にはご無沙汰しておりますが、 せになる、そのかき合せなど、爪音もたいした音色である。 うた それにつけても昔がしのばれ、感慨も深いことです」など 「伊勢の海」をお謡いになる宮のお声が気品高く美しいの で、女房たちが物陰のそば近くにまいり寄ってすっかり笑と、大臣はあれこれの御思い出話を少しお申しあげになっ てから、そのまま宮をお連れ申されて、お立ち出でになっ 顔をほころばせつつ聞きほれている。女房の一人が、「宮 かんだちめ てんじようびと た。ご子息の君たちゃその他の上達部や殿上人なども、じ に二心がおありなのは恨めしいけれど、それもお身分柄あ たりまえのことですから、やはりこちらの御前を幸せなお つに大勢お供に従っておられる、そのご威勢の盛んなのを 方と申さねばなりませんでしよう。こうした御仲らいで宮見るにつけても、こちらはそれに並ぶべくもないので、す とごいっしょにお暮しになるなど、まるで考えられもしな つかり気落ちしてしまうのだった。女房たちが物陰からお かったあの山里のお住いでしたのに、またそんな所へ帰っ姿を拝して、「なんともおきれいでいらっしやる大臣です こと。ご子息方があれほどまでそろいもそろって若盛りに てしまいたそうにおっしやるのは、ほんとに情けないこと お美しくいらっしやって、それでも父君と同じようなお方 ですよ」などと無遠慮に言いたてるのを、若い女房たちは、 「お静かになされ」などと言ってとめようとする。 はいらっしやらないのですね。まあなんとご立派な」と言 う者もいる。また、「あんなご身分の高いご威勢の方が、わ 〔三セ〕タ霧、匂宮を連れ宮は、女君にお琴などを教えておあ 去る中の君悲観するげになったりしながら、三、四日二 ざわざお迎えにまいられるとは憎らしいではありませんか ものいみ こちらとしてはなんとも安心のならぬ御仲らいです」など 条院に引きこもっておられて、六条院へは御物忌などを口 実にしていらっしやるのを、そちらでは恨めしくお思いに とため息をついている者もいるようである。女君ご自身も、 これまでのことをはじめから思い出してみても、とてもあ なり、大臣が宮中からご退出になったその足でこちらへま むつ