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検索対象: 完訳日本の古典 第25巻 夜の寝覚(一)
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1. 完訳日本の古典 第25巻 夜の寝覚(一)

夜の寝覚 配なども漏れ聞こえず。心はそらにあくがれて、涙こぼるるをりのみ多かるを、一中納言は心もそらにさまよっ て。「飛ぶ鳥の心はそらにあくが よる しづごころ 「人目いかにあやしと思ふらむ」と思へば、静心なく、夜は、いとどっゅもまれて行く方もしらぬものをこそ思 へ」 ( 続千載・恋一一曾禰好忠 ) など ひま どろまれぬままに、人の寝人りたる隙には、やをら起きて、そなたの格子のを踏む表現か。 一一中の君の部屋の格子のそばに。 けしき ちゃう ちょうだい 三帳台の内といっても。「帳 [ は つらに寄りて立ち聞きたまへば、人はみな寝たる気色なるに、帳の内とても、 四 中の君の寝所。 ひさしひとま ふすま もやすのこ 「廂」は寝殿造りの母屋と簀子 廂一間を隔てたれば、程なきに、衾押しのけらるる音、忍びやかに鼻うちか との間にある細長い部屋。「一間 けはひ は柱と柱の間一つをいう。 み、おのづから寝入らぬ気配のほのかに漏り聞こゆるを、「同じ心に寝覚めた 五「衾」は、夜具、掛布団。 よ ことどと るにこそあめれ」と思ふに、「他事ならじを。ありし夢の名残りの覚むる夜な六他の事ではあるまい。あの夜 の夢のような衝撃の薄れる夜がな きにこそはと聞きわたさるるさへ、身もしみこほり、あはれに悲しきにも慎いからだろう。 セ「聞きわたす」は、一連の物音 ・気配をじっと注意して聞くこと。 みあへず、 「るるは自発。 のち ^ 袖の氷がとけないなどそれが 中納言「はかなくて君に別れし後よりは寝覚めぬ夜なくものぞ悲しき 何だ。反語表現。私の恋はそんな かうし そゼ なになり、袖の氷とけずは」と、格子に近く寄り居てひとりごちたまふ気色を程度のものではなくあつい涙で袖 の凍る間とてないといった意か。 たい 聞きつけて、胸つぶれて顔引き入れたまひぬるに、対の君も、とけて寝る夜な巻二 ( 一七一こ、巻三巻頭一 一 ) にもあり、この物語作者の あ くのみ嘆き明かせば、「この君は聞きつけたまへるにこそありけれ。わづらは好みの表現。引歌があろうが未詳。 九中の君は聞きつけて。 一 0 一 0 聞き知り顔をできる筈もない。 しきわざかな」と思ふものから、あはれなど、聞き知り顔ならむやは。 はひ き かうし つつ

2. 完訳日本の古典 第25巻 夜の寝覚(一)

きは 一どう取り計ったらよいものか ず。げに、この際を、人の知るまじく、いかでか構ふべき。身を捨ててこそ思 「構ふーは準備する、計画する意。 ひたばからめ。いたくこの事嘆きて、な見せたてまつらせたまひそ。いとどお = 何でもないようにふるまって。 三以下叙述が改るので、「て」止 寝ぼし人らむに、いみじかるべし。事にもあらずもてなして、慰めたてまつりためとみておく。 さき のちゅ 夜 四宰相中将も。 まへ。後行く先の事は知らず、平らかにてだにあらせたてまつりなば」など語 五中の君の御前にお戻りになっ てみると。対の君との話を終えた らひて。 直後のこと。前の「この事聞きて この君も、この事聞きて後は、胸ふたがりて、夜昼嘆かし後は : ・いみじきを」は、宰相の以 〔六三〕宰相中将事態に驚 後の気持全般を語り、そこから話 五 き、中の君をいたわる くいみじきを、御前に帰りおはして見れば、人近くはもてをもとに戻したのである。 六人をおそばには近づけないの うし わらは なさねば、女房、童べなど、ものの後ろに、さるべきどち語らひて、いとのどで。「人。は、事情を知らない女房 や童たちをいう。 みちゃう やかなるに、御前には、御帳の前に、少将、小弁ばかり、いみじく涙ぐましげ七仲のよい同士おしゃべりをし て。「どち」は、同じ仲間、同類。 にて、世をうちながめてさぶらふに、いと近く参りたまへれば、すこしゐざり ^ ぼんやりと物思いに沈んで仕 えていたが。「世」は、身辺を漠然 おんぞ みきちゃう 退きぬるに、御儿帳押し遣りて見たまへれば、桜なる御衣どもの上に、蘇芳のという。 九宰相中将が。 な 濃く薄き重ねて、いとつややかなる御衾を押し遣りて、雛を作り臥せたらむや一 0 以下、「・ : あはれげなるに」ま で、帳の内に臥す中の君の描写。 みぐしすそ んぞ うに、御衣の限り、身もなくて見えたるに、打ち遣られたる御髪の裾は、ふさ桜襲 ( 表白、裏濃紫または二藍と も。春用 ) のお着物の上に、蘇芳 襲 ( 表薄茶、裏濃紅 ) の濃いの薄い やかにこちたくて、顔を引き入れて臥したまへるがいみじくあはれげなるに、 おまへ たひ ふすま のち ふ よるひる すはう

3. 完訳日本の古典 第25巻 夜の寝覚(一)

さりとて ( 前・国・天 ) ーされとて 6 ゆく月に ( 国・天 ) ーゆくへきに しな / ( 、しきよしなるに 7 言ひ返すべくもあらず ( 諸 ) ーいひか 3 かくなおぼし入りそ ( 前 ) ーかくれお 8 ながめ出でて ( 前 ) ーなかあひて へすへてもあらす 2 川優なるものかな ( 前・東 ) ーゅうなる 4 言ひなすならむ ( 諸 ) ーひひなすなら 9 はればれしく ( 国・天 ) ーはれくしく おかな 人の様かな ( 前・国 ) ー人のさまな 9 出で来るを」と ( 前・国・東 ) ーいて 2 妻 ( 諸 ) ー女 いみじう ( 前 ) ーいみし ′、 0 ほと 7 まめやかに ( 国 ) ーさめやかに 堪へがたく ( 国 ) ーたえかたく 4 と言ひて ( 諸 ) ーとひひて 3 おぼし寄りけり ( 前・東 ) ーおほしか人知れず ( 前 ) ーた、れす 肥おぼほれ ( 国 ) ーおもほれ 加答へもせず ( 前 ) ーこたえもせむ りけり Ⅱ知らむは ( 国・天 ) ーしんは 7 。をば君 ( 前 ) ーを君 2 しさぶらひつる ( 意改 ) ーしロ ( 判読デ 5 1 Ⅱ堪へぬ ( 前・国 ) ーたえぬ 御かよひの関 ( 前 ) ー御よひのせき キズ ) つる % Ⅱ定まりたまふが ( 前 ) ーさたまりたま 8 出で入りしつる ( 意改 ) ーいていもし 5 耳 ( 前・東 ) ーみえ Ⅱ修法、読経 ( 前・国 ) ーす法と性 % 妬がりて ( 前・国・天 ) ーねたありて 3 やをら ( 諸 ) ーやをし その程に ( 前 ) ーそのねに 4 さりげなく ( 国 ) ーさりなけく 5 紛れおはして ( 諸 ) ーまきれおほして 9 とどめたまはぬ ( 前・国・静 ) ーとゝ 幻 5 答ふる ( 国・実 ) ーいしふる 3 おぼし沈みて ( 前 ) ーおほしくつみて めてたまはぬ 5 あてやかに ( 諸 ) ーあてやうに 6 ものしたまふ ( 意改 ) ーものゝ給 品しるき ( 前・東 ) ーしなしなき 7 隔たらむ ( 意改 ) ーいたゝらん 9 大臣の君も ( 東 ) ーおと、君も 8 衛府姿 ( 国・天 ) ーうすかた 四 9 思へど ( 前・東 ) ーおもへは 聞かせおはしまして、召しおはしま 5 かげ見ゅばかり ( 前・東 ) ーみゆはか 四 おぼっかなながら ( 前 ) ーおほっかな すにや ( 前・東 ) ーきかせおほしましてめし 材 6 小袿 ( 諸 ) ーこうち おほしますにや 6 堪へず ( 国 ) ーたえす いとかなしと ( 前 ) ー侍とかなしと うち笑ひて ( 前・国 ) ーうちはらひて Ⅱやみね ( 前・国 ) ーやみぬ 付 昭巌の ( 前・国・天 ) ーいかほの 2 そこらの ( 前・国・天 ) ーそこしの 6 兄にさぶらふ ( 意改 ) ーせうとに仏 訂 5 事忌 ( 前・天・東 ) ーこそいみ 7 過ごしがたさを ( 前 ) ーしはしかたさ 4 おぼすに ( 諸 ) ーおほせに Ⅱ今まで ( 諸 ) ーいまして を 肥心一つに ( 前 ) ー心もとっき 2 おはし初めぬる ( 前・東 ) ーおほしそ 1 あなづらはしき ( 諸 ) ーあなっ、はし 1 ことごとしくもてなしかしづきて、 8 あまたはべりしなかに ( 前 ) ーナシ ふる から む めぬる ほしいりそ つる

4. 完訳日本の古典 第25巻 夜の寝覚(一)

1 巻 ここち て、この人を見む」とおぼし嘆かるるに、心地もかき乱るやうになりにたれば、えられていた。今の中の君はそれ もできないのである。 そむ 装束引き解きて、打ち交はして臥したまふにも、つきづきしくうち隔て背きな元気な状態で。「あらましか ば」の下に、「いかに嬉しからま し」などを言いさした表現。 どもせず、あるかなきかの気色、なよなよと、あはれげなるに、「例ざまにて、 贏別れをせきたてるかのように。 かかる行き逢ひのあらましかば」とおぼすにも、涙こぼるるよりほかの事なき一大「しののめのほがらほがらと 明けゆけばおのがきぬぎぬなるぞ きぬぎぬ とりね おと かなしき」 ( 古今・恋三読人しら に、程なく、鶏の音ももよほし顔に音なふに、おのが衣々、引き別れたまふべ ず ) を踏んだ表現。 き心地もせぬに、人々、きこえわづらひて、「あながちに、見えぬ山を尋ね入宅以下、大納言を慰め説得する 対の君などの言葉。私どもが無理 をして人目のない山を求めて入り りてはべる本意なく、事の隠れなくなりなば、今さらに、いみじかるべきを。 ました効もなく。「見えぬ山」は、 一八 程なき御身の、ところせき御有様にて、慎ましとのみおぼし入るに、弱らせた「世の憂きめ見えぬ山路〈入らむ には思ふ人こそほだしなりけれ」 まふなり。さりともまふかひなきさまにはよもとなむ、かつは頼まれはべる。 ( 古今・雑下物部吉名 ) む。 穴「慎ましーは、人目が憚られる、 おぼっかなくおぼしめされば、また紛れさせたまひぬべくおぼし構へて、見た恥ずかしい、の意。 一九命をなくすことをいう。 みやこ 一一てまつらせたまへ。都の人の、尋ねあやしがりきこえむことの、隠れどころな = 0 「よもやあらじ , の気持。 ニ一大納言の行方を。 一三それとなく何か音をたてて、 く、わりなくはべるべきをーと、よろづにきこえ慰む。宰相も、いと苦しく思 帰りを促すのである。 へる気色にて、うち音なひ居たまへるを、あまり人目知らず、あやにくなるや = 三あまり人目も構わず、身勝手 に振舞うようなのも。 おんぞ びん 品肌近いお召物だけを。 うならむも、事の様にたがひて、便なかるべきゃうなれば、身に近き御衣ばか さうぞく さま ニ四 れい かい

5. 完訳日本の古典 第25巻 夜の寝覚(一)

夜の寝覚 40 お やまびとむすめ 一「ただ : ・たるが」は意不通。試 山人の女といふとも、苦しかるべきゃうもなく、心の惹くにまかせても、もて みに「たゞうちゝがひゆきすぎつ なし迎へ寄せてむかし。命尽きぬばかりに恋しくあはれなるに、ただうちつがべきいきほひなるが」などの誤写 とみて現代語訳はほどこした。 ひゆきずりさべきいきをひたるが、わびしくもあるかな」と思ひつづけ、涙を = 「交野の萩原」は引歌あるか。 また当時の物語『交野の少将』 ( 現 はぎはら 在散佚 ) に関係するか。いずれに 落としつつ、交野の萩原よりも過ぎわびたまひて、おぼしわづらひたまふ。 しろ女の家を行き過ぎにくく迷う せうそこ かへごと 男の様子を描いたものであろう。 「なほ消息やしてまし。ひとびとしくは、よに承け引き、返り事などはせじ。 四 三「ひとびと ( 人々 ) しーは、人並 たぐひ 逢ふには身をもかふる類、なくやある」と、おぼし乱れつつ、「とこの山なるである、世間並であるの意。 g 愛する人に逢うためには命も ときあきら よべ とや、ロ固めてまし」と、心弱くおぼし弱るをりしも、時明の朝臣、昨夜まか惜しまぬ例もあるではないか、の 気持。「君はただ袖ばかりをやく のに たすらむ逢ふには身をもかふとこ り上りたるよし申す。 そ聞け」 ( 拾遺・恋一読人しらず ) としいそ まづ胸つぶれて、つねは耳とどめたまはぬ人なれど、召し人れたれば、年五に拠る。『拾遺集』では、この歌は、 三九注一七に引く「人知れぬ : この しな 十ばかり、きららかなるさましたれど、黒くふつつかに、あらはにその品しる歌の返歌としてのっている。 = 「おの籠の山なる名取川 むすめ いさと答へよわが名洩らすな」 ( 古 き。「あなあさまし。そが女とも覚えざりしものかな」と、うちまもられつつ 今・墨滅歌 ) を引いた表現。名告っ おもかげ はな たうえで、わが名漏すなと口止め ほほゑまれたまふ。めづらしがりて、見えむかひつらむ面影、身に離れぬに、 しようか、の意。 いちもくりようぜん 涙もさしぐまれ、さまざま乱れ、とどむるも知らず国の事などしたたかに申し六受領という身分が一目瞭然で ある。「しるき」は連体止め。 ふみ セ上京した父を珍しがって対面 居たるさま見るに、「権中納言の御文ありなど言はむに、便なかるべし」と思 三 ひ びん 六

6. 完訳日本の古典 第25巻 夜の寝覚(一)

シテワザワザ「に」ニ訂正シティル ) Ⅱ性 ( 前 ) ーさる Ⅱ撫子 ( 諸 ) ーなしこ 3 言ひ合へるかな ( 前 ) ーいひあつるか 1 承け引ききこえず ( 前・国・東 ) ーう けひきこえす 4 口々に ( 前 ) ーくひ / 、に 6 ただに ( 諸 ) ーたらに 5 聞き落とされて ( 前・国 ) ーきとおといみじく ( 前・国 ) ーいみえく 覚 昭慎ましければ ( 前・天・東 ) ーっらま 寝心苦しげなり ( 前 ) ー心くるしけなれ の しけれは 2 堪へがたく ( 国 ) ーたえかたく Ⅷ 3 御心ばへ ( 前 ) ー御はヘ -0 ・ 1 夜 あはつけき ( 前・国・東 ) ー何はつけ 気色ばみ ( 前 ) ーけしきはえ 3 参り添ひたまひにたれば ( 前 ) ーまい 2 こそあなれ ( 前・国・東 ) ーこそあな りそひ給ににたれは 言ひなしたまふ ( 諸 ) ーひひなしたま 5 少将が気配 ( 前・東 ) ー少将けはひ 5 えせ者 ( 意改 ) ーみせ物 断思ひやらじゃ ( 諸 ) ー思るやらしゃ Ⅷ 8 とばかり ( 前 ) ーにはかり 目とどまりて ( 前・国・天 ) ーとゝま圏 2 憂さのみ ( 前・静 ) ーうせのみ ワレ 0 ーー 1 堪へがたく ( 諸 ) ーたえかたく 2 醒めて ( 前 ) ーさためて Ⅲ 6 傍に ( 前 ) ーかたはしに 3 おぼされぬか ( 前 ) ーおほされぬる 1 うらやましきに ( 前・国・東 ) ーうら や ` しを」 Ⅲ 9 正身ならずとも ( 前 ) ーさうらみなら 7 御上ならば、目とまるまじきを ( 前 ) ー御文ならはめとまるあしきを 咎かは ( 前 ) ーとかは . ー 1 をり少なく ( 前 ) ーおもすくなく 9 ことならむ」と ( 前・東 ) ーことなら 2 え堪へたまはず ( 国・静・東 ) ーえた Ⅷ 4 誰が御ためも ( 意改 ) ーたかさためも え給はす たてまつる ( 前・国・静 ) ーたてあっ 3 まめやかに ( 意改 ) ーさめやかに 1 流れをも、もてあそばせつつ ( 前 ) ー Ⅱ立ち止まりて ( 前 ) ーたちままりて なかれもらてあそはせつゝ Ⅷ 1 さるべき限り ( 前・国 ) ーまるヘきか 7 うちうめきて ( 前・国・東 ) ーうちめ 3 よく造りたらむやうに ( 前 ) ーよりつ くりたらんやうに Ⅷ 2 嘆きおぼすべかめればー ( 底本コノ下 9 堪ふまじく ( 意改 ) ーたゆましく 順 5 まさりつつ ( 前・静 ) ーまさりつら ニ「、」アルョウニ見エルモ、紙ヲ削ッテ消シⅡ慎ましくも ( 前・東 ) ーっらましくも 7 心も慰めたまひけり ( 前・東 ) ー心も ティル ) 8 御有様にかと ( 前・東 ) ー御ありさま となくさめ給けり Ⅷ 8 あなり ( 前 ) ーあなれ 5 きこえさす ( 前 ) ーきこえます 1 ー 1 永らへて ( 前 ) ーならへて あはつけき ( 前 ) ーあはつけに ( タダシ嫺 7 こりずや ( 前・東 ) ーこりとや Ⅷ 5 言ひ騒がるれど ( 諸 ) ーひひさはかる 本文「あはつけき」トアリ、「き」ヲミセケチニ 7 などしたまひて ( 前 ) ーなをし給て すとも を、り る 151 きて れと な されて て む

7. 完訳日本の古典 第25巻 夜の寝覚(一)

ひとけ 人気におどろきて見返りたるほどに、やがて紛れて、姫君一中の君。中納言の覗き見の視 〔一 0 〕中納言、おののく 点から離れ、普通の地の文にもど ひとごこち 中の君と契りを結ぶ を奥のかたに引き人れたてまつる。人心地覚えず、むくつる。中の君への敬語の復活に注意。 ニ「御格子も」は「まゐりたまへ とのども 寝 けく恐ろしきに、物も覚えず。奥のかたより、和琴の人の声にや、「御殿籠れ。や」に続く。「御格子まゐる」で、 の 御格子を下ろす ( または上げる ) 意。 夜みかうし 「更けぬらむ」は挿入句。 御格子も、更けぬらむ、人々まゐりたまへや」と言ひて、ゐざり人るに、かか 三姫君の部屋に膝行して入った れば、言はむかたなく、思ひまどふなども世のつねなりや。くだくだしければところ。主語は和琴の人。対の君。 四繁雑なのでこれ以上は書かな ・しよら・」うてき とどめつ。かたみに聞きかはして心かはしたらむにてだに、ゆくりなからむあい。物語の常套的な省筆の草子地。 五互いに手紙をとり交し、愛情 さましさの、おろかならむやは。まいて心のうちどもはいかがありけむ。脱ぎを確かめ合っている場合でさえ。 六中の君と対の君の心の中。 なし けしき さしぬき やられたる直衣、指貫の手あたり、にほひは、えもいはずあてなる気色しるけ「ども」は複数を表す。 セ「直衣」は貴族男子の平常服。 れど、心の慰むべきかたなく、「殿の、いとうしろやすき者におぼして、放ち「指貫」は、回りに紐を通し、足 首の上で絞る袴。直衣の時に着用。 渡したてまつりたまへるに、かかる事の聞こえてもあらば、我が心とせぬこと八衣服に薫きしめた香のにおい。 九いいようもなく高貴な様子は はっきりしているが にてはあれど、いみじくもあるべきかな。この御身も、今はいたづらになりた 一 0 以下、対の君の心中表現。太 くちを まひぬるにこそあめれ」と思ひつづくるに、あたらしう、口惜しく、涙におぼ政大臣様が私を信頼できる者とお 思いになって、中の君を手放し、 こちらにお移しになったのに。 ほれまどひながらも、思ひやりいと静かなる人にて、「言ふかひなきことをま = 自分の心からしたことではな のち いが ひののしりて、あまねく人の知らむはいみじかるべし。後の隠れなくとも、こ ふ 六 四

8. 完訳日本の古典 第25巻 夜の寝覚(一)

御ためにも、この事いといと不便なり。これみなこの世のみならず。御祈りは一中納言の御ためにも。 ニ「よそめ」は、はたから見た様 心の及びたらむにしたがひてつかうまつらむ。なかにもこの姫君は、御よそめ子、外見。 覚 三 三「きゃうざく」とも。人を驚か 寝いと警策なり。女と申しながらも、前の世の事により生まれもしたま ( ると見せほど優れている意。馬を戒め る策の意から転じた漢語。『全釈』 ふびん 夜 は和文中の用例はほとんど男子の ゆるものを、かかる不便の事のおはすらむ、むなしくいたづらに捨てられぬも 会話中であると指摘している。 四こうした困ったことがおあり のなり」と言ひて、仏あらはしたてまつりて御祈りすべきよし、頼もしげに言 になる、それを。 ひま 五「仏あらはす」は仏像を刻むこ ひおきて帰りたまひぬるに、胸の隙を開けて、さりともと頼み思ふ。 と、また絵に描くことをもいう。 のち 姫君は、この事聞きたまひてし後、恐ろしく、悲しくおぼ大あの夜の男が中納言で、しか 〔毛〕以後中の君重病に も自らは身籠ってまでいること。 から 臥す人々の悲嘆深し されて、「骸をだに残さず、この世になくなりなばや」とセ「心地あやまる」で、病気で心 の乱れることをいう。 ここち おぼし人るに、月ごろ弱りくづほれたまひぬる心地、またあやまりて、音をの〈「御帳」は「御帳台」とも。四周 とばり に帳を垂れた台。貴族の寝所。 かしら みちゃう み泣きつつ、頭ももたげたまはず、御帳の内に沈み入りたまへれば、さぶらふ九おそばに仕える女房たちにも。 一 0 中納言の北の方。大君。 うへ けだか 人にも、起き上がり見えたまふこともなし。中納言の上は、いと気高く、もの = 「気高し」は気品の高いこと。 「もの遠きさま」は親しみにくく近 けはひ おも 遠きさまして、御気配もうるはしく重りかにのみおはすれば、うちとけがたきづきにくい様子。 一ニご遠慮申し上げて。 ものに、女房などもみな慎みきこえて、この君は、け近くもらうたげにもおは三「け近し」は、親しみやすいこ と。大君と対照的な中の君の性格。 すれば、つかうまつるも、いとさぶらひょくのみならひたるに、ありしにもあ「屈じいたげ」は、ひどく沈み ふびん 九

9. 完訳日本の古典 第25巻 夜の寝覚(一)

夜の寝覚 もののけ 事に今は思ひなりて、さのみも心おどろきはべらぬに、物怪などのしはべるに一一休みをしに、ちょうど今あ ちらに帰ったところでございます。 おとど こよひ や、今宵はいと苦しげにはべりつれば、大臣などのこなたに集ひて、うちやす = 「たゆむ」は、油断する、気を ゆるめる意。「せ」は尊敬。宰相の みに、今なむあなたにものしはべりぬ」ときこえたまふに、「こよなく久しく「つねの事に今は思ひなりて、さ のみも心おどろきはべらぬに」を ここち なりたまひぬる御心地かな。たゆませたまふこそあやしけれ」など、言ふとも受けて言ったもの。 三北の方は、今しも自室にお戻 なかさうじ わうへ りになるらしい。「なる」は伝聞。 覚えず。我が上は、今ぞあなたに渡りたまふなる。人あまた中障子のもとにう 四 四「階隠 [ は、寝殿の南面中央に はしかくし五 おと ちそよめく音すれど、とみに立たむとも覚えず。階隠のこなた面に盛りに咲きある階段の上に突き出した屋根。 三こちら側 かす こぼれたる桜の、色もにほひも、たどたどしきまで霞みわたれるタの空を、階六「にほひ」は、つややかさ。 セ「たどたどし」は、ぼんやりし た様。桜の色艶も融け込んでしま に寄りかかりて、つくづくとながめ入りたまへるかたちは、つねよりも言ふか うほど一面に霞んでいるのである。 たなくにほひけうらに、もてなしざまは、静かに、心にくくなまめきて、物を ( 階段。きざはし。 九大納言の姿は。 いみじと思ひ人り、屈じしをれたまへるさまの、ややもせば、涙もえ慎むまじ一 0 物腰。動作態度。 一一大納言が心の内を軽々しく表 に出さない人物であることは四九 げなるを、宰相は、「いとあやしくもあるかな。いみじきことをおぼすとも、 にものべられていた。 いとかく色に出でておぼすべき人にはあらず。にとりて、我が御身は、つゆ一 = 今の世にあ 0 て、大納言ご自 身は。 うれ ばかりも憂はしくおぼすべきこともなし。さかしき人、かしこき人なく、乱る一三優れた人、かしこい人の区別 なく、恋に乱れるということはあ るのだろう。 ることこそあらめ。それはなにばかりの人にてか、この御心をかく思ひ悩まさ くん 六 つど おもて ゅふべ つつ はし

10. 完訳日本の古典 第25巻 夜の寝覚(一)

101 巻 しゃうじそうづ 性寺の僧都に、限りある命の程なりとも、このたびは助かるべきよし祈り申すの意。「さてのみやは」は反語表現。 宅京の西の郊外嵯峨野にある池。 べく、泣く泣くのたまひ置き、おぼっかなく悲しかるべきことをおぼせど、堪現在京都市右京区。 穴宰相中将の君は。「とどめ置 へがたくなりまさらせたまへば、「終の別れは、さてのみやはーと、せめて強きたまふ」に続く。 一九以下、宰相中将に言う父大臣 くおぼしなりて、年ごろ出家の本意おはして、終の御すみかに心とどめて造りの言葉。私に孝行すると思って。 一一 0 左衛門督と大君、宰相中将と だう たまへりける、広沢の池のわたりに、言ひ知らずおもしろき御堂に、渡りたま中の君と、兄弟姉味が二派に分れ る筋立が次第に明確化してくる。 けう 一九 ひぬ。宰相の君は、「これに孝ずると思ひて、ここにさぶらひて、扱ひきこえ = 一「君だち」は主に左衛門督と宰 相中将をいう。「道を中にて」は、 ひとり よ」とて、とどめ置きたまふ。さのたまふとて、一人渡したてまつるべきにあ一条と広沢の間を絶えず往来する 一一 0 ことをいう。 さゑもんのかみ きたかたぐ らねば、左衛門督、大納言の北の方具して、渡したてまつりたまひぬ。君だち = = 以下、僧都や対の君に相談す る宰相中将の言葉。ご出産の予定 あり はこの頃にあたっておられるだろ は、道を中にて通ひ歩きたまふ。 う。大納言との一件は去年の七月 さいしゃうのちゅうじゃうそう・つ 宰相中将、僧都、対の君などして、「この程にこそ当十六日であった。 〔三〕出産近く宰相ら中 ニ三本邸を離れはしたが、ここも の君の石山参籠を計画 人少なというわけでもない。 たりたまふらめ。いかがすべき。所さりたるやうなれど、 品父大臣の言葉。「法師」は病気 もーこ をとこ ふし 人目しげからずもあらず。『法師も男も、我が許にはなありそ。かしこに』と平癒祈願に集っている法師。「男」 は大臣の家来たち。 あり ひま のみのたまへば、集ひ来るに、なかなかいと騒がし。左衛門督、隙なく通ひ歩 = 五「咎めてむ」で宰相の言葉は終 り、以下彼の心中表現に移行する。 けしき めのと きたまふ、気色あやしとおぼし咎めてむ」。宰相中将、「乳母、石山のわたりに = 六宰相中将の乳母。 一四 一セ つどく たい わ 、ひ