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検索対象: 完訳日本の古典 第25巻 夜の寝覚(一)
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1. 完訳日本の古典 第25巻 夜の寝覚(一)

ありさまあ 君の御有様を明け暮れ見ならふべかめれば、あたりの人までかやうの人とぞ覚一まわりに仕える人まで女房風 情とは思われぬほどすばらしい。 ここち や ニ「こよひだに」は、辛い雪の道 えぬ。これさへ飽かぬ心地して、え乗りも遣られたまはず。 をやってきた今夜さえも、の意。 はな 寝 少将の歌と同様「月ーに中の君を例 大納言こよひだにかけ離れたる月を見てなほや頼まむめぐりあふよを 四 の える。「や」は疑問。「めぐりあふ ちゅうもん なしすがた 夜車引き出づるほどにぞ、中将も中門のもとより立ち出づる、直衣姿なまめかし。よ、の「よ、は「夜」と「世」の掛詞。 三宮の中将も。 四「中門」は、寝殿造りの表門と 雪打ち払ひつつ、うったへに思ひも寄らで、女のまかづると思ひて、いみじく たいの 寝殿との間に設けた門。東西の対 けしき 気色ばみて、「御送りまつらむ」とて過ぐるを、またなく心やましと思ふ紛れ屋から、泉殿・釣殿に通ずる渡殿 の中程を切り通して開いたもの。 にも、をかしと見たまふ。「めざましき心ある人にて、かならずこの人に、語中庭 ( の入口である。 五「うったへに」↓一四九注毛。 なび らひ靡かされなむ」と、思ひ寄るさへ胸うちつぶる。ことわりと思ひ知るほど宮の中将は、車の人が大納言とは まったく思いも寄らないのである。 こころう のち も過ぎて、あまり心憂ければ、いとほしとや思ひ知ると、それより後、かき絶六中の君は必ずこの宮の中将に。 七中の君が自分を厭うのも無理 おと はないと思う以上に、中の君の態 え、立日もしたまはで、年もはかなう返りぬ。 度があまりに情けないので。 さいしゃうのちゅうじゃう九 宰相中将は、ついたちの程も許しなき御気色に、「我さ ^ こうでもすれば同情してくれ 〔査〕宰相中将年賀に赴 るかと、の気持。 き大納言夫妻を思う へかき絶えむも、さはいへど、乱れがましき心のままにや九大納言の北の方の、元日にも ご不興が解けない様子に。 あらむ」と思ひて、大納言殿に参りたまへれば、外におはするほどにて、御簾一 0 筋の通らないわがままとなろ うか、の気持。 うち の外にけざやかに居たまへれば、「など、さは。内に入りたまへ」と、たびた = 大納言は部屋の外に。 ( 現代語訳二九四 )

2. 完訳日本の古典 第25巻 夜の寝覚(一)

119 巻 ( 現代語訳一一五七謇 ) ば、かく見たてまつる。頼りなきが、寄る方なからむこそ、いとほしかるべけ高大納言の父関白殿。 五姉大君の方へ。 ニ 0 れ」とのたまふを、男といひながら、我が方ざまを思ふもものしながら、なし一六大納言の北の方を、この配分 で心配ないと拝見しているのだ。 宅夫のいない中の君をいう。 穴左衛門督は財産相続にあまり 本意のごと御髪下ろさせたまひて、戒の力にや、御心地も発言権のない男子の立場であった 〔一 0 太政大臣出家を遂 が、の意。平安時代の財産相続権 すず げなお中の君を案じる さはやかに、よろづ涼しく思ひなさるるなかにも、姫君のは基本的には男女平等であったら しいが、所有者の愛情に左右され 御事はなほうち交じりつつ、中将を召し寄せて、「石山に参でて、『心地は止みると共に、慣習として女子が優先。 一九自分がひいきする大君のこと あひ つよ を思うと不満であったが。 たるに、よろしくなりはべりたり。とく強りたまひて、相見むとおぼせ』。か ニ 0 父の言うとおりに行ったの意。 ニ四だうり さま ニ一「戒」は、仏教で守るべき規律。 く様かはりたると、な聞かせたてまつりそ。左衛門督は、世の道理立てたる ここは受戒されたことをいう。 人にて、心苦しく思ひとどめたる気色、ことにふれてなかめり。朝臣だに、そ = = 以下、宰相中将に託した中の 君への伝言。病気が治ったので、 の君あひ思ひきこえよ」とて、うち泣きたまふ、いと悲しと見たてまつりたま気分がよくなりました。 ニ三以下は宰相中将への言葉。 品世の理屈どおりに考える人で。 ニ五中の君のことを。 まかでたまふを、大納言、見たまひて、我も疾く行き逢は実「朝臣」は、軽く敬意を含んだ 〔一九〕大納言宰相中将と 対称語。そなた。宰相中将をいう。 あさて 女児引取りを相談する 毛宰相中将が退出なさるのを。 まほしき御心焦られに、「明後日ばかり、また参らむ。か ll< ど自分も早く石山に行って中 うちそう の君に逢いたい思いにかられて。 くても、やがてさぶらふべけれど、内に奏すべきことどもはべるほどなれば」 一八 をのこ ニ七 一七 みぐし い かた ニ八と ここち あ

3. 完訳日本の古典 第25巻 夜の寝覚(一)

きちゃう まゐりて、障子押しあけて、几帳添へて、まほならず、はた隠れて対面したり。 = 「なくなりにし兮は難解。上 に脱文があるとみて、「・ : なく、 ときあきらむすめ 初めよりして、なくなりにし心、時明が女と、宮に召させしこと、他人に思ひなりにし心」で、互いに名告りも しないまま、女が行方知れずにな ここち なして思ひ乱れしに、かうなりけりと聞きつけたりし心地、言ひつづけたまふってしまった時の気持の意として おく。『全釈』『校注』は、魂を奪 ひとこと ことばけしき 言葉、気色、まねびやるべきかたなし。なほざりのあさはかなる一言をのたまわれ何事も判らなくなってしまっ た気持、『大系』は、相手の女が行 声・さ・さ けしき ふに、情け情けしく、あはれにこ深き気色を添へたまふ人がらに、まして心の方知れずになった時の気持とする。 = 一但馬守時明の娘と思って。 なにいはき 限り尽くしたまふは、いみじからむ何の岩木も靡きたちぬべきに、慎ましくわ三実は妻の妹中の君であったと。 高底本「こふかき」。深みのある よ 一七 づらはしとのみ思ひ放ちきこえつる心も、弱き心地して、その程、明けぬ夜のさまと解したが、「こころふかき」 の脱とも考えられる。 けはひ やみ 闇に惑はれしさま、なのめならぬままに宮の中将の気配わざと聞きしさまなど、一五どんなに堅い岩木でも。「岩 木」は感情を持たないものの例と して言われることが多い。 ほのかにうち笑ひ、いみじく嘆きつつ、「たださばかりの節にてだに、世のつ 一六中納言をお避け申してきた対 の君の心も。 ねの、なげの事にてだにはべらぬを、この世にのみはあらぬ御契りの程かな、 宅「明けぬ夜の闇」↓二七注一一五。 さま と見えはべる御心地の様なるを、月日の過ぎはべるままに、いかにもてなした穴並ひと通りでない思案に暮れ るままに。 あさゆふニ 0 てまつるべきかと、また言ひ合はする人もはべらぬままに、ただ朝夕心一つを一九中の君が中納言の子供を身籠 ったことをいう。 おはか ニ 0 中の君が心一つを痛めていら 乱りたまへるほどは推し量らせたまへ。嘆き扱はれたまふほどなどは、おのづ っしやる様子は。他動詞「乱る」は しづどころ から、きこしめし合はすらむかし。今や、人しるく見たてまつらむと、静心な四段活用。 さうじ 一八 なび たいめん ことびと

4. 完訳日本の古典 第25巻 夜の寝覚(一)

言ひ伝へなどもせずさし答へたるを、めざましく聞きたまひて、竹のもとに紛一「めざまし」は目が覚めるほど 意外だの意。身分不相応で驚く場 合にいう。ここは歌の立派さに感 れ入りたまひぬ。「なほ、人にはあらぬにや」と、むくつけく見送らる。 嘆する思いと取次もせぬことを心 寝 立ち帰り、うちやすみたまへど、寝られず。「めざましく外に思う気持が含まれよう。 の〔一三〕中納言寝もやらす ニ中納言は乳母の家に戻り。 けはひありさま 夜女との再会を苦慮する 三以下、中納言の心中表現。こ あてに、限りなかりつる人の気配、有様かな。いかにすべ の場合の「めざまし」は昨夜の娘の きことならむ。尋ねむにあとはかなきことにはあらねど、かうながらは、あなすばらしさに驚嘆する気持。 g 娘を尋ねるのにあてどがない 天きみみ というわけではないが。 がちに忍び寄らむも、世の聞き耳のいとほしきに、思ひとどこほらむほどや、 とりざた 五世間の取沙汰が心配だが、た ひとや おのづから隔たらむ」と思ふぞ、いと人遣りならずあはれなる。「なほかくなめらっていたら自然仲も遠のいて しまうだろう、それも困る、の意。 ひとくだりふみ がらは、一行の文やらむことも、みづからだに世のつねに心交はしてうち忍び六「人遣りならず」は、誰のせい でもなく自分のしたことにいう。 見つべくは、あるべきを、さはえあるまじき気配なりつるを、おほかたの親、セせめて当の本人だけでも。 ^ 世間並の親や兄弟が私の手紙 おとの はらからの見て、『大殿の中納言におはすとても、明け暮れ出だし入れて見つを見て。 九以下、中納言が推測する但馬 くちを べからむ人にはなかなか劣りて、口惜しくもあるべきかな。こはあり果つべき守一家の思い。 一 0 朝夕送り迎えして親しく世話 ができるような婿。 ことかは』とも、また、『思ひのほかに高き世のありけるよ。式部卿の宮の 一一反語表現。最後まで添いとげ ることができはしまい、の気持。 中将だに、忍びてと思へりしに、かくこそありけれ』など、嘆きも喜びもし、 一ニすぐ前の心情とは反対に、中 言ひ扱はむ、いみじくかたはなるべし。死ぬばかり覚ゆとも、なほしばし思ひ納言との交際を喜ぶ気持。

5. 完訳日本の古典 第25巻 夜の寝覚(一)

177 巻 にして以来、の意。 はれなるに、我も、世にあるかひなくぞ覚ゆる。 lß中の君の部屋をさす。 さゑもんのかみ けふ 一三のち 左衛門督は、今日ぞ参りたまへる。この後は、かく心づき年が改っては咎める気持も薄 〔奎〕左衛門督も訪れて らぐのだろうか、の気持。挿人句。 のぞ 一家久しふりに和む なきものにおぼして、こなたには、さし覗き見たてまつら一六「姫君」は、中の君をいう。 宅「勘ず」は、罪を責める意。 せたまはぬも、年隔たりては罪浅くやおぼしなるる、今日ぞ、こなたにおはし穴以前と同じようにお会いする のは、とても恥ずかしく、思慮に たる。姫君は、さばかりおぼし勘じたる月日の隔てを、変はらず見えたてまっ欠けるようなので。「心なきゃう なれば」は下の「いと苦しければ」 らむ、いと面なう、心なきゃうなれば、宰相の君おはするほどにゆくりなう人と並立して、「顔の色いたう移ろ ひわたりて」に続く。 ニ 0 りおはしたるに、さし隔て隠れなどもいかがせむ、「また、心ある様にとりな一九宰相中将がおられるときに、 突然おいでになったので。 しおぼしなさむ」と思ふ、いと苦しければ、顔の色いたう移ろひわたりて、す = 0 几帳などで隔て隠れたりする こともどうしてできよう。挿入句。 こしそばみたまへるを、さこそいへ、左衛門督も、見たてまつりたまはぬをり一 = 隠れたりすれば左衛門督はき っとまた、何か訳があるようにお こそ、あさましきものにも思ひきこえたまへ、はるかに隔てて見きこえたまふ取りになるだろう。 一三あれほど中の君を非難したも のの、の気持。 二に、よろづの罪消えて、あはれに、ありがたううちまもられたまひて、「あい 一三月日の隔りをいう。久しぶり けしき はばか にお会いしてみると。 なき事により、人道殿のよろしからずおぼしめしたる御気色に、憚られて、い 品以下、左衛門督の中の君への みぐし と久しう見たてまつらざりけるかな。御髪は落ちさせたまはずやある」と、掻言葉。つまらぬ事のために父上が 私がこちらに伺うことを不快にお すゑ あふぎ 思いのご様子に遠慮されて。 き出でたれば、六尺ばかりなる末つき、扇を広げたるやうなり。「こよなうこ おも つみ 一五へだ か

6. 完訳日本の古典 第25巻 夜の寝覚(一)

かた う伝説上の山。「蓬莢の山 : ・あり は、思ひ人りなば、見る目の難かるべきかと思ひつるにこそ、慰むかたもあり けれ」「わたっ海の : ・ありつれ」は 一三ふもと つれ、明け暮れ立ち馴れつる同じ麓の草ながら、つゆもかくべきかたなく、わ並立して、ともに逆接で下に続く。 一一「のどむ」は、心を落ち着かせ る、の意。 びし」とおぼしなりぬ。「このかたには、いとかく心入れて惑はじと思ひしも 一ニ逢うのが困難なはずがない。 「わたっ海」の縁で「見る目」に海藻 のを、口惜しくも乱れぬる心かな。のよその事ならば、思ひ寄りがたかるべ みるめ の「海松布」をかけた言い方。 一三「同じ麓の草」は姉妹をいう。 きことにもあらず。さすがに近く見聞きわたらむが、鎮めがたくいみじかるべ 「同じ : ・」↓五七注一二。 ふみや のここち き」など思ひつづくるに、胸塞き上る心地のみして、「文を遣るとも、げにと一四近づく手立てがまったくなく。 「つゆ」は少しも、まったくの意だ たい が、上の「麓の草」の縁で導かれた 承け引くべき人もなし。対の君にいかで会ひてしがな」と思へど、隙あるべく 表現。 もなし。「我があるを、おのづから見聞き知りもやしにけむ。打ち解けて出で一 = 女性関係の面では。 一六遠く離れた他人なら、かえっ 入りしつる、さはいへど、いかに見聞きつらむ。わづらふとのみ聞きわたるは、て思い寄るのがむずかしいという わけでもない、の意。 一九 かやうの心乱れにこそありけれ。思ひ寄らざりけるよと、人の心のうちをさ宅中の君側では私の存在を。 穴私が大君の婿として打ち解け て出人りするのを。 へ推し量るに、言ふかたなくぞあるや。 一九中の君や対の君の心中をまで。 けだか 女君の、いと気高く、恥づかしきさましたるを見るにつけ = 0 妻の大君をさす。 〔三 0 自制し得す中の君 ニ一「人間」は、人目のない時。 しづどころ 巻の方に歌を詠みかける ても、思ひやられて、ともすれば涙ぐましく、静心なくて、 = = 部屋と部屋の境目にある礇。 ニ三中の君のほうではただただ奥 け はな なかさらし -0 ひとま 人間には中障子のもと立ち離れず。心にくくのみもてなして、つゆも女房の気ゆかしく振舞って。 うひ おはか 一四 しづ ひま ふすま

7. 完訳日本の古典 第25巻 夜の寝覚(一)

ありさま 一「きはぎはし」は、はっきりし き御有様にこそあらめ」と思へば、「さは」とも承け引ききこえず。世をいと たさま、けじめのあるさま。 けしき ことずく ニロに出しては言わずに、心の いみじく憂しと思ひ人れる気色にて、つねよりも言少なにて、ただうち泣きっ 内で思い悩んでいる様子をいう。 覚 寝つ、きはぎはしくも言ひ返し、「あるまじき事なり」とも、けざやかに、「憂き三大納言の心中表現。少将の感 の じのよい態度に、思わず大君側の こと うれ 夜こと、あさましきこと」とも、世を憂へきこえず。言に出でては言はで、思へ女房たちを比べてしまうのである。 g 大君付の乳母と女房。 こころは る気色の、なっかしく心恥づかしげなる程、「これさへ目やすきかな。弁、中三「ものはやし」は、性急なこと。 「飽きたかめる」は、「飽きたかる 将などが物言ひ、気色の、ものはやく飽きたかめるを」と、思ひ比べたまふに、める」の転。↓一五 0 謇注三。 六少将が、今、自分 ( 大納言 ) を 七すち どう思っているのかが。 思ふらむところの、我恥づかしくおぼされて、かへすがヘす同じ筋の事を、か セ中の君を連れ出すことをいう。 ^ 以下、大納言の、少将への言 ならずあるべきゃうに契りたまふも、あはれなり。 葉。 こよひ ふところ うへ 「姫君は、上の御懐に御殿籠りにければ、今宵は見たてま九関白の北の方。大納言の母上。 〔哭〕事の漏れるのを恐 一 0 せめて明日ぐらいまではこの れ少将慎重に対処する ままこちらに滞在してください、 つるまじかめり。明日ばかりは、かくてとのたまへど、 の意。言いさした表現。 めのと 「いま心のどかに」とて、乳母に、忍びて、「世の有様、かばかりなる人に、姫 = いずれまた、ゆっくりと。 一ニ「とて、・ : 忍びて」の簡略な叙 君の御有様をば、え思ひ寄らざめり。かやうにて参り見たてまつらむ聞こえも、述で、少将が大納言の部屋を辞し、 帰り際に姫君の乳母 ( 石山の尼君 す 二一謇 ) の部屋に立ち おのづから漏りや出でむと思ふが、いみじく慎ましければ、行く末はさはれや、の娘。↓一 寄り、ひそかに語ったことを表す。 あら かかるにほひに、あらがひどころなきしるしをば顕はさじと思へば、え参り見一三以下、少将が乳母に言う言葉。 一七 一四 とのごも つつ 三 ひ

8. 完訳日本の古典 第25巻 夜の寝覚(一)

やすみたるほどに、車をさし寄すれば、すべなしと思へど、かうは、かけても一「かう」は「かく」の音便形。大 納言がおいでになったことをさす。 けふ ニ中の君に仕えていた女房の一 思ひ寄らず。「中将の君といふ人の、久しう参らぬが、今日の雪に誘はれて参 人。一四八ハーにみえる大君付の いもいへち 寝りたまへるなむめり」と思ひて、ゐざり出でて、「妹が家路ならねど、分け参「中将の君」とは別人であろう。 六 の 三「妹が家路我忘れめや足引の きちゃう 夜りたまへるこそ、浅からず」と言ふを、をかしとおぼして、几帳差し出でたる山かきくもり雪は降るとも」 ( 家持 集 ) を踏んだ表現。 雪を分けておいでくださった に、暗きほどなれば、下りたまへるに、あきれて物も覚えず。「いなや、こ ことは、浅くはないお心です。 はいかに」とて居たれば、「いかなる人の参るをか、浅からず思ひ知りたま大納言は。 六少将が儿帳をさし出したので。 へる。いかなる身なればか、あはれをも知る人なく、かひなきならむ」とのた少将は女性客と思うので、車から 降りる姿を人に見せないですむよ はな う几帳を出したのである。 まふ。「さても、御心のかけ離れ、ことのほかなる恨めしさは、数ならぬ身の 七少将は相手が大納言と知って。 みな 怠りと思ひ知らるるをりをりもあり。わたくしには、さばかり見馴れ契りしに、 ^ 大納言の言葉。どのような人 が伺うのを、浅くはない心とお感 じになるのです。先に少将が言っ さりともと思ふを、かくなむ渡らせたまふとだに、かすめぬつらさ」を恨みた た言葉尻をとらえて言ったもの。 のが まふ。ことわりに、かたじけなけれど、わりなかりし世をうちかすめつつ、逃九それに反し私はどんなつまら ない身だというので、の気持。 こよひ をとこぎみ 一四ひとこと 一 0 以下も大納言の言葉。それに れやる。男君も、「よしや、つらさは言ひやるかたなし。今宵だに、もの一言 しても、中の君のお心がずっと遠 けしき のき、殊の外に私を無視なさる恨 きこえさすばかり」と、わりなうおぼしたる気色、いみじう心苦しけれど、 めしさは。 我が心一つならねば、「いかにも、対の君にも語らひ合はせてこそ」とて、上 = だがあなたは、私的にはあれ わ さそ

9. 完訳日本の古典 第25巻 夜の寝覚(一)

161 巻 一セ のあるに、心弱くあざむかるる、みな例の事なり。我にても知りにき。さらに、女も、ひたむきな男の情熱の前に は、いなかったものだ。 一九夫がしつかりと決って、その かしこき人、心強き人、あながちに思ひ人る心ざしには、なかりしものなり。 夫が大切に扱ってくれるから。 おも 、主強く定まりて、それがもてあがむるに、女は、強き心も、重りかなる = 0 中の君をさす。 一 = どのような形であれ、しかる けはひ ニ 0 気色をも、用ゐるものなり。この人の気配、有様を、ほのかにも見聞きたらむべく結婚させなかったことをいう。 一三「うしろめたし」は、ここは、 ひじり 人の、いみじき仏、聖といふとも、心をかけであるべきゃうなし。ただ、我、やましい、気が咎める、の意。 ニ三他の人が悪いのだと言うべき ともかくももてなし立てで、はらからを頼もしきものに思ひて、譲りおきけるではない、の意。 品しかしあれほどこの中の君の ニ三あ 怠りのみこそ、罪去りどころなくうしろめたけれ。人の悪しとも言ふべきにあことを泣く泣く皆に頼んでおいた のに、の気持。 らず。さばかりこそ、この君の事を、泣く泣く誰にも言ひ置きしかど、我があ私の前では中の君の悪評を耳 に入れまい、聞けば心配するに違 はばか あやま る前に言ひ聞かせじ、聞くところありと、いみじき過ちありとも、思ひ憚る人いないと。「思ひ憚る」にかかる。 実中の君にどんな大きな過失が きみみ ゃありける。憎く、心づきなく覚ゆとも、世の聞き耳を忍びやかにもてなして、あったとしても。 毛中の君に言い教えはしないで。 ニ七 一一言ひ教 ( てはあらで、ひたぶるにののしり、はしたなめたてまつる恨めしさに、 ll< 中の君の罪は。 ニ九「いかがは今はせむ」は挿人句。 ニ九 ニ八つみ この罪はみな消えて、たとひ、まことに犯したらむにてだに、いかがは今はせ = 0 以下も入道の心中表現。上の 長い心中表現を「と」で受け、やや ポーズを置いて再び入道の思いが む、そもさるべき前の世の観世にこそはありけめ」と、「かしこに言ひはした 叙されてゆくのである。「かしこ に」は、姉大君のところで、の意。 なめられて、苦し、わびしとおぼしけむだに、思ひやるにいみじくあはれなり。 つみ れい たれ わ ニ五

10. 完訳日本の古典 第25巻 夜の寝覚(一)

夜の寝覚 82 あだ たど ことなど、辿るべくもあらず」と、ひたぶるに荒れ立ちたまふ気色に、きこえ一以下、少将の言葉。ご自分の お心ばかり満足おさせになって。 「心を遣る」は、気を晴す意。 むかたなければ、ただうち嘆きて、「我が御心一つを遣らせたまひて、などか ニ北の方のお供で参上した少将 け く。恨めしき御心にもはべるかな。はや出でさせたまひてよ。おのづから御気という人が。北の方付の女房にも 少将という人がいるのである。 配、紛るべくもあらず、漏りもこそ聞こえはんべれーなど言ふもしるく、かの = こちらの少将の君はどこにお いでですか。 四「心地せねば」は「我が御方に 御供に参りたる少将といふ人、「少将の君はいづくにぞ、と尋ぬる声すれば、 うち臥して思ひまはすに [ に続く。 五「人」は北の方をさす。「おぼ 言ひあへず、戸をかい放ちて出だしたてまつりて、人りぬ。 す」の敬語に注意。 ここち こよひ うっしごころ 飽かずいみじき名残り、今宵はいとど現心あるべき心地せ六関白邸のご自分の部屋。 〔毛〕大納言思慕に堪え セ以下、大納言の心に沿って語 す綿々と文を綴る ねば、「人はいかがおぼすべきーとおぼせば、やをら出でられる地の文。敬語が省略されが 六 ちであることに注意。 わ うへ せうそこ たまへば、御消息なども上にきこえたまはで、我が御方にうち臥して思ひまは ^ 苦しさも、並ひと通りのもの であった。文としてはここで切れ たちまむすめ すに、但馬が女と思ひ紛れたりし名残りは、人がらの浅さをせめて思ひ紛らはるが、気持としては下に続く。 九今夜の中の君は。 して、げにやよろしかりけり、まだ知らず、めづらしくあはれなりつるに、腰一 0 枕の下は涙が溢れて漁夫が釣 りするほどに泣き明かして、の意。 えん のしるしをさへ添へて、なにのをかしう、艶なる節も見えず、ひたぶるに恐ろ『源氏物語』宿木巻にも類似の表現 があり、『伊行釈』は「恋をして音 しくわびしと思ひ惑ひ、消え入りつる気配の、身にしみかへりて堪へがたきに、をのみ泣けばしきた ( の枕の下に 海人ぞ釣する」を引歌にあげる。 あ あまっ まくら 一一ただもう悔しく思うようにな つねよりもまどろまれず。枕の下は、海人も釣りすばかりに浮かび明かして、 き や