さめし 司召に、大納言になりたまひぬ。いとどやむごとなくなり在京の諸官を任命する公事。ここ 〔五巴主人公大納言に昇 は正月のことであるから春の除目 任中の君出産迫る たまふさま、咲き出づる花のやうにはなやかになりまさるということになるが、平安中期以 あがためし 降、普通には春は県召の除目で、 御にほひのめでたさを、こなたには、月の重なるままに、程なき御身こちたく、司召の除目は秋に行われることが 多かった。 みぐし 紛れがたげになりまされば、つゆ御髪ももたげたまふときなく、月ごろはかな一 = 小柄なおからだに身重が目立 って、いっそう人目に隠しにくく くだもの なってきたので。「こちたし」は、 き果物をだに見人れたまはず、音をのみ泣きたまひて、弱りたまへる人の、と 外見がことごとしい意。 ころせく苦しく、日に添へて、なりまさりたまふままに、せむかたなく頼もし三「果物」は元来は食用の果実を さかな いったが、菓子や、酒の肴にする とど げなけれども、大臣の、つと添ひたまひて、おぼしまどはむがせむかたなけれ食物も含めて広くいう。 衰弱なさった中の君が、日一 もののけ 日とますます身重に苦しくなって ば、「つねの御物怪に、例ならずおはします」とのみ言ひなして、大臣など見 ゆかれるのにつれて。 たてまつりたまふときは、「あが君、さりげなくて」とのみ言ひ聞かせたてま対の君はどうしようもなく心 細いのだが。 みぐし つりて、起こし据ゑたてまつれば、我にもあらず、御髪もたげなどして、御覧実中の君の父太政大臣が。 宅父大臣はいつものことと目慣 ぜられたてまつりたまへば、つねの事に目馴れて、おどろおどろしく、さのみれて。 一 ^ 「大納言は」は、次四行目の 「心憂けれど」に続く。 は心を尽くしたまはず、うちゅるびたり。 一九対の君が九条で中の君の妊娠 巻 一九ゅめがた 大納言は、ただ夢語りなどのやうに、さばかり言ひ知らせを知らせたことをいう。 〔至〕大納言人目を忍び 一一 0 以下、対の君の大納言に言う のちことづ ふみ ニ 0 7 中の君のもとに入る てし後、言伝て、はかなき御文などをだに、「あが君、い言葉。 一八 れい
( 原文一一三 ) です。お出でにならないのを、薄情だ、などと誰も思うは の御様子を、はっきり確かめてから京にお戻りなさい。ど ずがありません。大納言殿がもしこちらにお出かけになろ ちらに転んでも今夜じゅうにきっとはっきりすると思う』 うとされたら、必ず必ず、お前がお止めせよ』と、おっし と、宰相がおっしゃいましたので、とどまっておりました とりし J を、 ゃいました」と報告すると、大納言は目の前が明るくなる ところ、酉の刻ごろでございます、『母子ともに御無事で、 思いだが、今度はこの目で様子が見たく、遠く場所を隔て 女の御子でいらっしゃいます』と、承りました。その間私 ているいらだちをどう抑えることもできなかった。 は、狭い場所に隠し置かれまして、心配に精根を使い果し あんど ました。無事に御出産があって、しばらくして、また、 〔一三〕大納言母子の身を大納言は、今日は心から安堵の思い 案じ頻繁に便りするに気持も和むのだが、ただ一つ石山 『意識がなくなられました』と言って騒いだことでしたが、 その後は、変ったこともおありにならないようです。宰相のその後の様子だけが気にかかって不安で、といって事実 うるさい人目を避けてお出かけになるすべもなく、辛くお が、『夜が明けてから帰参せよ』とおっしやってください ましたが、『どうしてそのようなことが・ 。主人が心配 思いになるばかり。今日の暁に石山にお遣わしになった使 いの者が、夕方、手紙を持って戻って来た。中将からのも に思っておられることでしよう』と申しますと、『非常な ので、 折とて、お手紙は書いておられません。お前が報告してく ゆきよりあそん 「詳しいことは、行頼の朝臣が、申しあげていることと れるなら同じこと。この後どうなるかはわからぬが、ただ 思います。その後、変ったことはございません。ここ幾 今のところ、無事でおいでのようですので、今までの苦労 月の間衰弱を重ねた中の君のことは、いつもの容態のま はすべて忘れてしまった気がしております。大納言殿は、 まですが、御子の愛らしい御様子に、すっかり気持を明 決して、お出でになろうとはお考えくださいますな。私は 巻 るくしております。明日、出る予定でおりますので、細 明後日の暁には、ここを出ることになっておりますので、 かなことは、私自身が直接お話し申しあげましよう」 その折に私自身が詳しく申しあげましよう。道中、下賤の と書いてある。お読みになるうちに思わずほほえみが浮ん 者の見る目も軽々しいお忍び歩きは、もってのほかのこと げせん
( 原文一六四謇 ) たてぶみ まるでよく作られたお人形か何かのように、まるまると太紙はいかにも用向きの手紙に見せてごくまじめな立文にす って、色は真っ白で、かわいらしくつやつやとして、頭は ると、「宰相中将の所から」と言わせて、使いの者に届 しつこく 青みを帯びた漆黒で、日増しに知恵づいてきて、少しも泣けさせなさると、取次の者は何の疑いもなく、「中将様か かず、大納言がいつもお抱きになるのになついて、姿を見らに違いない」と思って、中の君の御前にお持ちしたので、 つけては笑いかけ、立って行こうとすると泣いたりなさる開けて御覧になったところ、大納言の散らし書きなので、 のが、一一 = ロいようもなくかわいく、 いとおしく思われてなら 思わずはっとなさって、「中将殿の手紙ではないようです」 たいきみ ないので、片時も放さず、遊び相手にして見ていたくて、 と言って下に置かれたのを、対の君と少将と二人が目にし それに心も慰められるのであった。 て、「きっと連れ出すと、あれほど堅くお約束なさってい たのに」と口にしながら、大納言のお気持を思って感慨は 「それにしても、少将は、ひどい。 〔会〕大納言思い余り、 中将を装って文を送るせめて、広沢に移ることになりまし とめどなく、姫君の御事などを思い出すと、このまま知ら たとくらいは知らせてくれてもよいのに。無理もないが、 ぬ顔に放ってはおけなくて、少将が御返事をさしあげる。 「お目にかけましたところ、 あまりにも情ごわく、私を突き放すことだ」と、恨めしい ありとだに聞きてしなぞと思ふ世を憂きにこりずや人 につけ、中の君の恋しさに堪えかねて、 に告ぐべき 思ふらむ憂さにもまさる今とだに告げで人りにし人の ( 生きていることさえどうしてお聞きになったのか、お耳に つらさは も入れたくないと思っているほど辛い二人の間ですのに、こ ( あなたが私のことを辛いと思っていらっしやる以上に辛い ことです。これから行きますとさえお知らせくださらずに、 りもせず、どうしてお知らせなどいたしましよう ) 巻 そちらに籠ってしまったあなたのつれなさは ) ただ、そうおっしやるばかりで : : : 」 とだけ、筆に任せて、取り繕うところもなく走り書きして 7 恐らく気の紛れようがないであろう山里のつれづれに、あ の方のお目がとまるほどにと見事な散らし書きにして、包あるのを、大納言は心外に御覧になって、「どうして、中 さいしようのちゅうじよう
23 巻 間、彼の視点から描かれる中の君 がほめつる三の君なめれ。長押の端なるは姉どもなめり。これこそ、その際の には、地の文にも尊敬表現がない。 すぐれたるならめ。いかで目もあやにあらむ」とまもるに、「かたちは、やむ一 = 受領階級の娘として、の気持。 一三「あやに」は不思議なほど、驚 たけとりおきな くほどの意。「目もあやに」で、正 ごとなきにもよらぬわざぞかし。竹取の翁の家にこそかぐや姫はありけれ」と 視できないほど美しいことをいう。 高「まもる」は「目守る」で、じっ 見るにも、この程の様は、なほめづらかなり。 と見つめる意。 こよひす 五容姿というものは、家柄の高 契りゃありけむ、今宵は過ぐすべうもあらねば、やをら立ち出でたまひて、 さにはよらないものだな。 わどん ゆきより 行頼に、「この竹のなかに隠れて」と言ひて、帰り人りて見たまへば、和琴の一大熏澄みわたる月、月光の美 しさに譬えられる中の君など、全 びは ものがたり 人は人りにけり。琵琶、箏の人は物語忍びやかにしつつながむめり。人は池の体的にこの場面の描き方は『竹取 物語』の影響が強い。 あり わたりなど涼み歩くなるべし、そなたに声などあまたして、いと静やかなるに、宅前世からの運命であったのか。 穴他の女房たち。 かろがろ 一九 一九唐突な軽はずみな行動は。 「ゆくりなくあはつけき振舞は、おのづから軽々しきことも出で来るを」と、 「ゆくりなし」は、思いがけない、 しづ ニ 0 ありがたくおぼしをさめたる心なれど、我ながらあやしく鎮めがたきを、人の突然である、の意。 ニ 0 普段は珍しいほどの自制心が こよひす 程をこよなき劣りと思ふに、あなづらはしく、「今宵を過ぐしてまた言ひ寄らおありなのだが。 一 = 「人の程」は、身分、家柄。 む風の便りも、さすがにあるべきゃうもなし」とおぼし寄りて、月影のかたに = = 「あなづらはし」は「あなづる」 の形容詞化。あなどってよい、見 くびる気持になる。 寄りて、やをら人りたまひにけり。 一三身分が低いといっても、とて もありそうにもない、の意。 一七 ふるまひ さう 一八
一「月の桂」は、月には高い桂が としくもてなしかしづきて、あまたはべりしなかに、目やすき人こそはべりし ゅうようざっそ 生えているとの伝説 ( 酉陽雑俎 ) に かつら よる表現。ここは月光の意。「そ か。月の桂のそら目にやとは思ひながら、過ぐしがたくはべりて、下りぬめり 覚 ら目 - に「空」の意を掛け、縁語。 ニ折からの月に女をたとえて詠 寝と見送りて、 んだもの。「みつる」は「見つる」と 夜 「満つる」の掛詞。「ことならば」は、 宮の中将さやかにもみつる月かなことならば影をならぶる契りともがな 同じことならば、の意。 三供の者をやって言わせたとこ と言はせはべりしかば、いととく、 四 ろ。「せ」は使役。 あま 四返歌は月に男をたとえ、身分 女天の原雲居はるかにゆく月に影をならぶる人やなからむ あるあなたに添い並ぶ者はおりま とこそ言はせてはべりしか」と語るを、「されば、さやうに言ひ返すべくもあすまい、の気持。「天の原」「雲 居」「月」「影は縁語。 かる たれ らず。誰とはなく、ゆくりなきほどの事とはいひながら、秋の風に吹き乱る刈 = 以下、中納言の心中表現。 六「秋の : ・気色」は、あえかであ けしき かや った昨夜の女の風情の形容。 萱の上の露乱れ散りつらむ気色したりつるこそ」らうたさはまづ思ひ出でらる セこのあたりで中納言の心中表 現は地の文に自然に移行。 るに、涙ぐまれて、「さてさて」といたく聞きとどめて問ひたまふ。 ^ 前の歌の語句を生かした表現。 けしき のち八 「その後、影並べむの気色ありや。並べやしたまひし」と中納言は女のほうになびく気持が 〔一を中納言と宮の中将 あったかどうか気になるのである。 女性論に夜を明かす 問ひたまへば、「さまでも尋ね寄りさぶらはず。をりをり九「音なふ」は、訪問する、また、 手紙を出す意。ここは後者。 音なひはべるに、憎からず答へはべれば、引き切りがたくて、おのづから、さ一 0 特に女の身分も、執心するほ どのこともありませんので。 = 中納言自身の心にさえ。 もはべるをりをり過ぐしはべらざりしかども、なにかは、わざとも人も思ふべ くもゐ こた お
おもかげ らは父親に似ず品があり、こぎれいなのに目をおとめにな であろう娘の面影が目に映って離れないので、自然涙もに ると、黙っておられなくなって、「そうそう、お前の妹を じんできて、さまざまに乱れ揺らぐ思いを込めて、とめど なく任国の様子などを得々と話し続けている但馬守を見て中宮がお召しになっているのだってね」と、お声をかけら いると、「この男がこんな調子で、権中納言様から娘へおれると、「そのように仰せ言があったと聞いております」 「それでどうなのだ。出仕させるつもりか」「どうして、 手紙があったなどとしゃべったとしたら、まったく格好が 参らぬわけがございましよう。ただ父は、『中宮様は、か つかないだろう」と考えるだけで、目の前が真っ暗になっ なりの器量とお聞きあそばして、お召しになっていらっし てしまった。だが、但馬守とてもともと低い身分というわ かんだちめ やるのだろうか。まったく見苦しい娘なのに : : : 』と、心 けでもなく、上達部の一族で、しばらくは上流の若殿たち と交際したりしたこともあったのだが、長年にわたる田舎配し恐縮しております」と申すので、「『兄を見よ』という ことわざ 暮しのせいで、こうなってしまったのであろう。 諺もあるようだから、お前に似ているか。お前くらいな らいいね」と笑って、心の内には、「これは少し聞きすぎ 〔 = 一〕但馬守の娘の出仕但馬守が上京したとお聞きになって、 決り、中納言期待する中宮が、父の関白殿におっしやった た。平生と違う様子に見られているかもしれない」とお気 づきになるので、ほかに話題を紛らわしておしまいになっ ので、関白殿は、「三番目の娘を、中宮の所に宮仕えさせ むこ こ 0 よ」とお申しつけになる。但馬守は、娘に婿を迎えようと だいじようだいじん 思って、急いで上京したのに、召し出されるのは、たいそ 〔 = = 〕対の君、中の君の太政大臣には、中の君の御病気をお う残念で、意に添わないことと思ったが、お断りのしよう懐妊を知り、驚き嘆く案じになり明け暮れ看護に専心され かしこ ているうちに、むなしく九月になってしまった。多くの御 もないので、畏まって、出仕させる旨を言上させた。 きとうかい 巻 中納言殿は、中宮に娘の出仕をお勧めになったまま、深祈疇の効あってか、このごろは、少しよくおなりになった ようで、時々枕から頭をお上げになるのだが、思いもかけ くかかわり合わなかっただけに、おぼっかなく気がもめて、 うこんじようえふすがた なかったあの夜のことをお思いになると、胸の晴れる時と ちょうど参内した娘の兄の右近の将監の衛府姿、ーーこち かっこう
巻 ときめきして念じ祈りつつ、「同じくは、さぶらひつけさせむ」とて、そのま一 = 娘は宮仕えにやや立ち慣れて いくにつれて。 さうぞく 一三「かど」は才、才気。 まにまかでさせず。装束など目もあやにし替へつつ、さぶらはせたり。 一四「殿上人」は、清涼殿の殿上の 間に昇ることを許された者。四位、 すこし立ち馴れゆくままに、人がらいとかどあり、心ばせ 〔三ニ〕但馬守の娘、親身 五位で昇殿を許された者、および てんじゃう の世話に打ち解ける ありてもてなしければ、宮もいとよきものにおぼし、殿上五位、六位の蔵人。 けそう 懸想をしかけるのである。 びと 人なども心にくく思ひて、ゆかしがり挑みけれど、こよなく心上がりして、は一六他の女房に比べて一段と気位 を高くして。 ねた かなく返り事すべくもあらず、引き人り、妬げにもてなしたり。中納言、「世毛以下、中納言が中宮に但馬守 の娘の優遇を依頼する言葉。世慣 こも に馴れたる人こそはべれ、程なき窓の内にのみ籠り居てはべりてむものを、なれた人ならともかく、深窓ではな いまでも家の中に閉じ籠ってばか りおりました娘ですのに、どうし にかは恥ぢさせたまふ。さぶらひにくくはべらむ。御前許させたまへ」と申さ てお気兼がいりましよう、の意。 一九さま せたまふを聞くに、うれしうあはれなり。御様、かたちは、めでたくきよらに穴「御前許す」は主人の御前近く 仕えることを許すこと。受領階級 けだか なまめきて、人を、なべては、さらに見人れ馴らしたまはず、気高く、もの遠出の新参女房にとっては破格の優 遇である。 ありさま き御有様に、わざと見人れたまひて、事にふれて、なっかしくおぼしおきてた一九中納言のご様子、ご容貌は。 ニ 0 女性を、普段は、決して目を けさう すち まふ。世のつねに懸想びたる筋に、はた、漏らしたまはず、ただあはれなる御つけて親しくお仕向けにならず。 ニ一但馬守の娘には特に目をおか ここち 心ばへなれば、いとあはれに、若き心地には、おろかならずのみ思ひ知られて、けになって。 一三中納言が参内されない日が続 く時には。 参りたまはず程経るときは、人知れず、「いかなれば」など、待たれたまふ心 かへごと おまへ 一七
夜の寝覚 38 なりまさらせたまへば、いとど、恐ろしかりし物忌のさとしよりかくわづらひ一父源太政大臣は。 ニ源太政大臣の御甥であって。 たい たまへば、いみじくおぼされて、ただこの御扱ひをしたまふに、対の君などの、三中の君のご病気の見舞に参上 したと聞くにつけ。 わ あやま 四「うちつけ目 [ は、ちょっと見 心のうちには胸砕け、我が心知りの過ちならねど、わびしく思ひ嘆かるるに、 た目、ふと見ただけの浅い認識。 ことふえ 式部卿の宮の中将は、御甥にて、琴、笛など習ひ、ここに親しく参れば、この五あの夜の男かとばかり。 六以下、対の君の心中表現。 ここち 御心地とぶらひに参りたるよし聞くにも、まづ胸つぶれて、例はなにとも耳とセ但馬守の娘に手紙を出してし まったであろう。 どめず、見ぬ人なれど、わざと立ち出でて見やれば、あてになまめきたる心地ハ手紙を出しても相手の反応が ないのを宮の中将はどう思ってい そんたく して、静かにうちながめて居たるも、うちつけ目には、それかとのみ耳とどめるかと対の君は忖度するのである。 九底本「とおらかなる」。前田本 たちまむすめ らるる心地すれば、やをら人りぬ。「但馬が女と深く思ひたりしかば、たださ「とをらかなる」。『全釈』により と 「遠らかなる」と考えておく。「遠 九 らかなり」は珍しい語であるが、 思はせて止みにしを、文遣りてけむ。いかにこの君思ふらむーなど、とほらか 『今昔物語集』巻一六の一一一に「遠 けはひ なるよそ目こそときどきも見れ、近く忍びやかならむ気配などは、いまだ聞きらかに男の声にて」の用例がある。 一 0 「あやむ」は、怪しむ、咎める。 も知らねば、あらずともえ聞きもあやめず、あさましとのみいとど心をつくし = 宮の中将にとってはいわれの めれぎぬ ない濡衣であることだ、の意。 ぬぎぬ 一ニ中の君のご病気は。 増すぞ、あいなき濡れ衣なるや。 一三近づいた大君のご婚儀の用意 この御心地、日を経て、いといみじくなりまさらせたまへば、近くなりぬるも延期して。婚儀は八月一日に予 定されていた ( 一七ハー ) 。 ずふどきゃう の 御急ぎをも延べて、修法、読経など、殿の中隙なく立ち騒ぎたるを、姫君の御高中の君の病気平癒祈願のため や ふみや ニをひ との ひま ものいみ れい 一天
151 巻 かた ととも咎める人はまさかいまいが くりなくあはつけきゃうなれば、そのもとの心を忍びつつ、女方の、いみじく lß「ゆくりなし」↓一一三ハー注一九。 す 怖ぢ憚りたまひて跡を絶っに、我も苦しく覚えて、あながちに忍び過ぐすこそ、一 = その最初の事情をひた隠して。 一六我ながら類のない自制心だ。 宅中の君の御ためには、言って 我ながらありがたきことなれ。かく忍び忍びの果て、あの御ためこそ、言ひ言 みれば具合悪いことになっている うれ 一八 のだが、の気持。 ひてはあぢきなけれ、この御身は、なぞ憂はしき節なるぞ。我も人も、いみじ 入大君の御身にとっては。 一れ「所を置く」は、遠慮する、気 く所を置きて慎み憚る、本意なく、とおぼしつづけて、いとの中うとましく、 兼して控える意。 こころぐせ ニ 0 「世の中」は、北の方との仲。 あぢきなくながめ人りたるを、上は、ただ心癖に見なしたまひて、いみじく心 ニ一「心癖」は、夫をいつも疑いの やましかりければ、ゐざり出でて、「日に添へて、あらぬ目で見てしまう心の習慣をいう。 〕大君嫉妬に逆上す さま るも大納言慰めさとす ニニ「心やまし」は、心が穏やかで 様におぼし移ろふ御気色こそ、ことわりぞやと思ふものか ないさま。不満だ。 ニ三別の方に。暗に中の君をいう。 ら、見るたびに心動きはべれ。ただ心に任せて、あなたにおはしましつきね。 品ただもう思いどおりに。「あ たれ なた」は、中の君の方。 一つ心に、誰も隔ておぼすに、なかなか心づきなさまさる」とのたまふを、 一つ心に示し合せて、皆が私 しりめ こと 一一「言に出でて、などて言ひなしたまふ」と思ふが憎ければ、のどやかに後目にをのけ者にお思いになるので。 ニ六大納言はわざと落ち着きはら さま あいぎゃう かけて見やりたれば、ものこまやかに、なっかしく愛敬づきてこそあらぬ様なって横目に北の方を見やるのであ れど、きょげなる御顔の、もののいみじく心やましかるべきまみ、いと赤くう毛嫉妬と興奮でいらいらしてい る目もとのあたりがぼうっと赤く 上気していることをいう。 つろひたるが、つねよりも、あなきょげと見ゆるは、さすがに目とどまりて、 一七
31 巻 ( 現代語訳一一〇〇 ) 三十人ばかり、えもいはずもてなして、ここかしこにうち群れて居たるを、例までひく衣装。「唐衣」は、一番上 に着る短い表着。いずれも正装用。 けふ はさしも目とまらぬを、今日は心とどめて見渡したまふに、ひとしき際、はた一 = 色とりどりの服装の美しさを 折からの秋の草花によそえた表現。 けさう 数知らず、うちとけたるほどやいかがあらむ、化粧じ挑みたるもてなし用意し「花を折る」は、華やかに装い振舞 う意の慣用句。 わろ たるさまどもは、とりわき悪しと見ゆるなく、またいとかたちある名高くのの三但馬守の三女と同程度の身分。 高「うちとけ・ : あらむ」は挿人句。 しり、宮、いとよき人におぼしたる人々もあり。「見るに、すべて、ほのかな帝が清涼殿にお戻りになるお 見送りをお済せになって。「せた まひ」を中納言への敬意ととった りし月影になずらふべきぞなきや。あさましくも、目もあやなりしかな」と、 が、異例に重い。「せ」を使役と解 す . ること、もでをる。 心にかけて思ひくらべたまふ。 一五 一六謙譲の意だが、下二段謙譲の うへ 上帰らせたまふ御送りしおかせたまひて、中宮に、「ある「たまふ」は完了「り」には接続しな 〔一五〕中納言但馬守三女 い。ここは平安後期物語によくみ の出仕を中宮に勧める 山里に、ほのかなる物をこそ見たまへりしかーと申したまる四段活用の「たまふ」が謙譲の意 に用いられた例であろう。 ことね 一七まくら へば、「なにぞ」と問はせたまふを、仮の枕をば残しとどめて、琴の音より宅かりそめの契りを交したこと。 入その身分に似ず。 かいばみ 一八しな うち始め、垣間見せしことを申したまひて、「その品ならず、いといみじく優一九丁寧語「さぶらふ」は中宮に対 ニ 0 する改った会話の気持。「が」は接 げらふ にうち見えさぶらひしが、さやうの下﨟のよろしきがあまたさぶらふこそ、心続助詞。 一一 0 「下﨟」は、地位の低い女房。 にくくさぶらへ。召し出でさせたまへ」と申したまへば、「新中将、平少納言 = 一ともに中宮付の女房。前の 「宮、いとよき人におぼしたる人 などにも勝りしか」とのたまへば、「知らず。さまでくはしくは、いかでか人もあり」 ( 五行目 ) に該当する。 きは れい いう