手紙 - みる会図書館


検索対象: 完訳日本の古典 第26巻 夜の寝覚(二)
84件見つかりました。

1. 完訳日本の古典 第26巻 夜の寝覚(二)

ひいなあそ つばりする。私にどれほど悔しいことがあろう」と、内大に集っていて、子供にかえって雛遊びなどする中で、姫君 臣のなさりようを少しも気に病む様子もなく、いつもの穏は、紅梅の薄色を六枚ほど重ねた上に、梅の五重のお召物、 こうちき ないしのかみ やかな態度のまま、内侍督の御参内が正月二十日過ぎの予同じ梅の枝を織りつけられた萌黄の五重の小袿をお召しに 覚 寝定とて、目前に迫った御準備の諸事だけは、大納言方、中なっておられるのが、まるで雛を作って座らせたようで、 の 納言、帥などに詳しく相談しておいて、内大臣にもその事御自身は小柄でお美しいから、いかにもお召物がちな感じ 夜 すそ にを長く引かれて、「これは美しい。開いたばかりの花 この事など、用向きのお手紙には、やはり、それにふさわ しいだけの御返事をお書きになって、別に普段と変った様でも、これほど美しく感じたことは今までに一度だってな ねた かったーと、内大臣は見るなり、あたり一面に咲きこぼれ 子もないので、内大臣はひどく妬ましく思って、「これほ だし るような姫君の美しさに、恨めしいあの人の面影をふっと どの切っても切れない絆を二人とも手放したままで、まっ すずりふた 思い浮べずにはいられないが、姫君は御硯の蓋に、小さな たく、ここまで素知らぬ顔を見せるお気の強さはどうだろ うすよう 松を何本か置いて、青色の唐紙の薄様にお手紙を書いてお こうなるものとは思ってもいなかったのに : られたが、内大臣が御覧になると、恥じらって筆をそっと あの時その折の御返事をも思い合せてみると、北の方はど うつうつ うお考えになってのお心変りなのか」と、鬱々としながらお休めになったので、「その手紙はどなたにお書きか」と、 ほほえみながらお尋ねになると、恥ずかしいとお思いにな も、抑えようもない自らの心をなおも強く抑え続け、忍び って、お顔がぼっと赤くなられるが、それがまた何ともあ の恋のお言葉はぶつつりと絶えたまま過しておられる。 はつね でやかで愛らしい。御覧になると、 〔 = 〕初子の日、内大臣初子の日は、朝、早く起きて、わが ひきそふる松見てもなほ思ふかな同じ尾の上に生ひぬ 姫君の部屋を訪う邸内の姫君のお部屋へおいでになる しつら と、もとより、お部屋の設いのいかにも新年らしく改った 契りを わらわ ( 子の日に引き重ねる松を見るにつけても、やはり思いにく さまは、例年のとおりすばらしく、すてきな女房や童が、 けん れてしまいます。この松さえ同じ峰に仲よく生えて睦び合う 人にひけを取るまいと妍を競い晴に装って、あちらこちら そち ひ つど こうばい む お

2. 完訳日本の古典 第26巻 夜の寝覚(二)

341 巻四 ( 原文一〇九 ) とうかゼん とあり、中に帝のお手紙が入っているのを、一目見るなり、 ろへ、登花殿からお手紙があった。 〔き帝の文に内大臣のすぐに寝覚の上の御前に取り出すこ内大臣ははや胸がつぶれる思いだが、帝のこの世はおろか 心また不安に揺れるともならず、少将がそれとなく気配来世をかけて恨みの限りをお尽しになっておられる御様子 は、とても拝見しておられないくらいまことに畏れ多く で知らせるのをお聞きになって、内大臣は、「こちらへ」 ぶあっ 「絶えぬべき命のなほも惜しきかな人に負けじと思ふ とお取り寄せになってみると、お手紙はたいそう分厚に包 ばかりに まれてある。解いて御覧になると、 ( あなた恋しさに私の命は絶えてしまいそうだが、そんな命 「夜の間がなんとも心細くて、母上からお離れ申しては がやはりなお惜しまれてならない。あなたの情のこわさに負 とてもいられませんから、里に下がりたいと思います」 けまいと思う一心で : : : ) など、いじらしくこまごまとしたためて、 この身のある限り、あなたを忘れることはできない」と、 「いにしへもかくやは物を思ひけむえも言ひ知らぬ心 のろ 憂いをたたえ、呪いの心を漏すまでお書きあそばしている 地こそすれ ( 昔の人もこんなふうに物思いをしたのでしようか。私には文面に、内大臣は、「女の身で、これほどまでの帝の御愛 生れて初めての心細さで、もう言葉では言い表せない思いで情が、わからない、身にしみて感じないということが、ど おります ) うしてあろう。帝の、お顔だちといい御様子といい、まこ 母上がたいそう憂鬱そうに沈みきってしまわれて、御退とに気高く優雅であられ、情は深くいかにも優れておいで みかど だ。お手紙の書きぶりも、ほんとうに、これほど水茎のあ 出になったのを承知していますので、そこへ帝の仰せ言 と麗しく、畏れ多いお言葉を尽しておられるのだ。帝のお をお伝え申しあげるのも気が重うございますが、今朝、 帝がお越しあそばされて、とてもお断りできないまでに立場、 , ー・至尊至高の御身であられるのはいうまでもない、 だから帝にこうしたお心がない場合にも、ただ帝をほのか きつくお命じになり、母上にさしあげるようにとのこと に拝しただけの女性で、少しでも物のわきまえのある女な でございますので : : : 」 おそ

3. 完訳日本の古典 第26巻 夜の寝覚(二)

ことです。しばらくお移りになるのがよろしいでしよう。 こんな身の有様をただもう心配ばかりおかけし面倒見てい 3 ただくばかりとは」などとお思いになるにつけ、「『思いも督の君の御事は大弐の北の方が付き添っておられるから、 よらぬ人生をたどることよ』と兄上は私の事を思っておら 心配はないようです。お言葉のとおり、ここしばらくは西 覚 寝れることだろう。故関白殿の、あの優しかったお扱いだけ山におられるのがいちばんよいでしよう。ただもうお忍び の の御滞在といったかたちで : : : 」と、新中納言が御承諾に を、この世の思い出にすべき身であったのだ」と、恋しく 夜 あさって なったので、たいそううれしくて、「それでは明後日ごろ 悲しく思い知られるままに、関白殿のお残しになった御息 に」、「よろしいでしよう、別に奥ゆかしく綺羅を飾らねば 女たちのお世話はいっそう心を込めて、これから先どんな ならないお出ましではないし。それで、内大臣殿にはお手 に辛い人生であっても、やはり堪え忍んで、心の及ぶ限り 紙をさしあげなさいますか」、「いえ、お手紙などはさしあ は面倒見てさしあげたくお思いになるのだった。 たいおうみや げなくても」などとお話ししたまま夜を明かされると、明 〔 0 = 〕寝覚の上、兄に西寝覚の上は、「大皇の宮のお心のめ 山に移る決意を訴えるぐらし方は考えても恐ろしく思われけ方にわずかにお寝みになられたが、そこへ内大臣殿のお ますし、取るにも足らぬ下賤の男でも、何よりも名誉を重手紙、それに石山の姫君のお手紙などが届けられた。寝覚 んじると聞いていますが、名を重んじるにも、ここは近い の上は、姫君のお手紙を急いで開けて御覧になると、 こよひ こひめ いかにして過ぎぬるかたぞと思ふまで今宵ばかりを忍 ので、内大臣殿が自然小姫君などを御覧にお立ち寄りにな びわびぬる るようで、それを、外聞は悪いにしても、『お越しくださ ( 母上にお会いしないままどうして今まで過してこられたの るな』などとお断りするのも嫌味になって困るわけですし、 おんないちみや かと思うまでに、たった一夜の隔てにすぎない今夜を、とて 『女一の宮の御不例の間、西山に参っていたいもの』と思 も辛抱できない恋しさに嘆いています ) います。たいへん長らく父上にお目にかからないのも気が と書いておられる。見るままに、寝覚の上の頬に涙が伝う かりで、あちらからも心にかかる由をたびたびおっしやっ のを、中納言は寝覚の上からその手紙をいただくと目を通 てこられますので : : : 」と御相談になると、「もっともな かん だいに

4. 完訳日本の古典 第26巻 夜の寝覚(二)

421 巻五 らいである。 〔四巴内大臣言葉を尽し内大臣は、何度も繰り返し読みなが 大皇の宮のお手紙を、女房などは、「殿が御覧になれば 女一の宮に弁明するら、別に驚いたり顔色を変えたりな よい」と思って、取り隠そうともしない。女宮は、失礼な どはせず、落ち着きはらって女一の宮に近寄ると、「こん 見苦しいこととは思し召すが、内大臣を前にしてふと取り なお手紙をいただくとは、いったいどんなことを言ってお 隠しなどおさせになるのも不体裁に思われて、お目にとめ やりになったのです。私の元からの心はすでに申しあげて ぬようにしているのを、内大臣は、「おそば近くに置いて ありましたね。今度のことも、幼い姫君がかの人道に琴を あるのは、たいそう長い手紙だが、どなたからのですか」 習うために、この幾月か広沢におられまして、昨夜こちら と、間の悪さを繕って手に取って御覧になると、このたび に連れて参ったのですが、もう一人の子も、今は次第に成 のことをたいへん悪く、長々と書き続けておられる。 長してまいりますのを、よそに放っておくようで・こざいま こび 「あれほど美しい人が、媚を含んでお世話しているとなすのもかわいそうで、『同じことなら、同じ所で一緒に暮 れば、もともとあなたを深く思っているとも見えなかっ させよう。世の中には、たくさん子供がある中で、数にも た内大臣殿のお心は、なおのこと名残なく離れていくで入らぬ宮仕え女から生れた子供をさえ、捜し尋ねては引き しようから、このまま連れ添っておられても、ひどく物取る人だってあるではないか。まして、多くもない子供た おそ す 笑いの種となるだけの話で、そのくらいならあなたを朱ちを、あちらこちらに散らしては、畏れ多い高貴な御辺り ざくいん 雀院にお移し申してしまいましよう。そのおつもりでい に伺候しているといっても放っておいてよいことでないか めのと てください。心外な内大臣殿のお越しだけを、たまさか ら、何よりも、すべて乳母たち任せというのでは不安でな に待ち迎えられたところで、かえって何になりましよう。 らないから、同じことなら一緒に住んで世話しなさい』と 昔のように院でお暮しなさいませ」 勧めて、あの人にもこちらに来させたのです。あなたのお とりざた などと書いてあるのだった 耳にもろもろの取沙汰が入るのもわかりますし、それをど うお聞きになるか、あなたのお気持ももっともですが、と

5. 完訳日本の古典 第26巻 夜の寝覚(二)

よるひる さうぞく の夜昼の御装束どもたてまつりたまふほどに、殿より、わりなきものの穴より一六内大臣殿から。 宅無理に見つけた穴。重い物忌 ふみ 中に見つけたわずかな隙をいう。 出ださせたまへる御文とて、 穴看病に加えて窮屈な物忌にま ものいみ 「いとところせき物忌にさへ閉ぢ込められて、籠にこもりたらむも、かくで閉じ込められて、の気持。 一九籠にこもっているというのも。 さんいっ ふせど 一説に散佚物語「伏籠の少将」を引 く表現かとも言われている。 ニ 0 「なる」は伝聞。 と、おぼっかなき由、例の、尽きせで、 ニ一お会いできないのは。「たま 「まさこが、めづらしくまかでてはべるなるを、え見たまへぬこそいとおへ」は下一一段。謙譲。 一三帝からの寝覚の上への。こ伝言。 ニニことづて ぼっかなけれ。さてもかならず御言伝はべらむかし。あが君、あが君、そ = 三内大臣は帝からの手紙を自分 にも見せよというのである。 品内大臣がおられる場に帝の手 れ賜はせよ。隠させたまはば、身をも世をも、限り限りとそ思ひはべるべ 紙が届いて、避けようもなく一緒 にご覧になってしまった時に。 き」 ニ五「心ーは、ここでは、事情。意 など、こまごまと書きたまへる、えさらず見合ひたまひたる時あながちに隠さ味ありげに見えるのが不本意だか らこそ、帝の手紙を内大臣がご覧 四むは、心しもあるやうなべきがあいなさにこそ、見たまふも苦しからね、隔てになるのもかまわないが、の気持。 「こそ : ・已然形」で逆接。 ふみ 実いかにも不都合に人から見ら なき心を知らせむとても、「これなむ御文」とてたてまつらむも、いと便なく 巻 れたり聞かれたりしそうなので。 毛帝のお手紙の件には触れず。 見えきこえがましければ、いかにも、その事はかけず、 -0 天父入道がご病気の様子で。 ニ九 「西山に、例ならぬ様にて日ごろになりぬれば、『心細きを見よ』など、心苦 = 九心細いので会いに来てほしい。 一八 ニ 0 一九 一七

6. 完訳日本の古典 第26巻 夜の寝覚(二)

( 現代語訳三四一謇 ) こころう 心憂くもおぼいたるかな」など、泣きみとかいふやうに、よろづを語らひ尽く一五普段もこうして一日こちらで 過さないならともかく、今夜私が とうくわぞん いるからといって、何かあったと して、いとのどやかなるに、登花殿より御文あり。 区別する人はいないだろう、とい うのである。 とみにもえ引き出でず、少将が気色立つを聞きたまひて、 〔き帝の文に内大臣の 一六「泣きみ笑ひみ [ の略 心また不安に揺れる 「こちゃ」と召し寄せたれば、いと大きに包まれたり。引宅「気色立つ」は、それとなく気 配で知らせる意。 入内大臣は。 き解きて御覧ずれば、 あてかん 一九寝覚の上宛の督の君の手紙。 はな 「夜の程のおぼっかなさ、離れたてまつりては、えあるまじきを、まかでな = 0 母上 ( 寝覚の上 ) に。 ニ一『源氏物語』タ顔巻の「いにし へもかくやは人のまどひけんわが ばや」 まだ知らぬしののめの道ーと類似 の表現、発想の歌。 など、心苦しげに、こまやかにて、 一三母上がひどく煩わしげに沈み こまれて退出なさったので。 督の君「いにしへもかくやは物を思ひけむえも言ひ知らぬ心地こそすれ ニ三帝の仰せ言をお伝えするのさ いみじくむつかしげにのみおぼし人らせたまひて、出でさせたまひにしかば、えとても気が重いのですが。 品「言ひ付く」は、命ずる意。帝 けさ 四のたまはするをきこえはべるさへ、いとうるさけれど、今朝渡らせたまひて、 ( の敬語からいえば「仰せられて」 「のたまはせて」などとありたい。 ニ五督の君の手紙の中に帝の手紙 逃るべうもあらず言ひ付けて、参らせよとはべれば」 巻 が同封されているのである。 うへ とて、上の御文の、中なるを見るより、胸つぶるるを、この世、かの世をかけ = 六内大臣は胸がつぶれる思いな 8 のである。 て恨み尽くさせたまひつるさま、見る目も及ばぬまで、いみじくかたじけなげ毛帝が。 のが ふみ ふみ 一八

7. 完訳日本の古典 第26巻 夜の寝覚(二)

一ばかな思いをしたものです。 帝「見やしつる見ずやありつる春の夜の夢とて何を人に語らむ ニ自分はうまく逃れたと、あな をこがましく。我かしこにおぼし出づらむをさへ、思ひやるに、いと消えぬたが思い出しておられるだろうと、 覚 その様子を想像するだけでも、死 んでしまいたいほどです、の意。 寝べし」 三寝覚の上の様子。 夜 四「著し」は、明白なさま。 など、書き乱させたまひつる、見どころありぬべけれど、見も果てず。いたう 四 五「かごとがまし」は、恨みがま けしきしる のご 顔変はりするまで泣いたまひける気色、著し。今も、かごとがましう押し拭ひしい、愚痴めく意。 六帝からのお手紙が人目にふれ るのも具合が悪い。 つつ、「つひに、あいなく、名さへ流れぬべきこそ、今まで永らへにけるさへ セ寝覚の上の娘時代からの側近 悔しけれ。散らむも、むつかし。取り隠いてよ」とのたまふ御気色の、いとあの女房。↓田四一蓍注七。 〈帝の心中表現。寝覚の上から ふみ 「深う : ・あはれ」と思われたいとい やしきも、少将は、見たてまつりあやめて、この御文を押し巻くままに、「つ うのである。 九度を越すまでにお心を配って ひに、宮の御心構へのありけるなめり」と思ひ寄るに、いと心苦し。 手紙をお書きになった趣を。 「いかで、深う情けあり、あはれとおぼえむーと、あながちに御心づくろひし一 0 帝のお心を察する人は当然感 じ入るはずだが、寝覚の上は。 一一お手紙をお遣わしになりまし たまへるほどを、「かたじけなく、ありがたし」と、思ひ寄らむ人は思ひぬべ た人。寝覚の上をいう。 けれど、御返りなど、あはれを知りげにきこえさせ交はさむを、いと憂くのみ一 = ご返事できないことを恐縮し ている様子でございます、の意。 一三「今宵ーは、ここでは昨夜から 覚ゆれば、督の君に、 今朝にかけての時間をいう。 一一せうそこ 「御消息賜はせたる人は、この暁方より、いみじう苦しげにてなむ、畏まり高心の内を隠さず。隔意なく。 かん 力しこ

8. 完訳日本の古典 第26巻 夜の寝覚(二)

( 原文一五二謇 ) されて、「たいそうすばらしい御筆跡ですね。見事に上達が、まことに稀な、人とは違う気持がして、感慨深く御覧 かん されたものだ。あなたの御筆跡にも劣らぬように拝見しま になっておられると、まさこ君は日ごろのこと、督の君の めがしら す」と言われて、御自分も目頭をぬぐうのであった。寝覚御事など、積る話をされて、「そうそう、帝が、『これを母 の上の御返事がましておろそかであったはずはない。しみ上にお見せ申して、御返事を必ずいただいて参れ』と仰せ じみと心を込め、こまごましたためて、 になりました」と言ってお手紙を取り出した。こまごまと さっき まして思へ五月の空の闇にさへかきくらされてまどふ お心のたけをお書き尽しになっておられる様子であるが、 心を 寝覚の上の心には、「ほんとうに、まあ、困ったこと。も けそう ( ましてお察しになってください、いとおしいあなたゆえの し、帝にこの御懸想がなかったなら、私自身きつばりと心 心の闇に苦しんでいるのに、五月の空の闇にまでも心を真っ を決めて離れていった内大臣に、あわてふためいて我を忘 暗にされて揺れ迷っている私のことを ) れておすがりして、その上今度のようなおぞましいことを と詠むのだった。 聞かねばならぬことはなかったろうに」と思っておられる だけに、いっそう疎ましい気がして、「すばらしいお手紙 〔四巴まさこ君帝の文をちょうどそこへ、今、まさこ君も宮 持参寝覚の上は見す中から御退出になった。その、たい と見たところで、しみじみとお気持がこもっていると感動 したところで、それが何になろう。いったい、私くらいの へん気品があり美しく優雅な容貎や物腰は、石山の姫君に みかど もお劣りにならず、その上帝が朝晩お目を離さず、一途に年齢なり身分なりになりながら、このようにさまざまの男 うきな 四 、そんな おかわいがりになって夜もお明かしになるので、細かく心 に言い寄られて数多くの浮名を流したりして : たぐい を配ることが身についておられて、いよいよ物静かで、女ことは並の身分の女の人の身にさえ、類がないことだろ 巻 として見たいような様子をしておられるのを、寝覚の上は う」「いったい誰にこんなことがあっただろうか」という いつもと違った新鮮な愛着を感じて、心安いはずのわが子ふうにも問うべき先例もない気持になると、例によって、 をまでいつも傍で見守ることもない自分の運命というもの先立つものはまず涙、お手紙には目も向けられない。まさ やみ いちず

9. 完訳日本の古典 第26巻 夜の寝覚(二)

そきようゼん ているのだな」と御覧になり、承香殿の女一二の宮をこの上 こ君は帝が仰せられたことなどを話して「『来なかったら、 もなくたいせつにかわいがっておられるのだが、「姫君だ嫌うよ』と仰せになったのです」と言って、大きく包まれ ねた ふところ ってこの子ほどではいらっしやらないことだ」と、ふと妬たお手紙を懐から取り出した。寝覚の上は、「いよいよ聞 覚 寝ましさまで交えて、お見つめになるのであった。 き苦しく、事が面倒になるのに」と困りはてて聞いておら みかど れる。内大臣殿は、「ありがたいことだ。昨日のお手紙だ 夜〔 = 〕帝、文をまさこに帝は、お手紙をお書きになられて、 託す男君文面に安堵「これを母上にそっとさしあげて、 って気になって見たく思っていたのに、今度は拝見できそ 御返事をきっともらって来るのだよ。そうしてくれなけれうだ」とお思いになると、思わず笑みを浮べて、起き上が ば、そなたをもうかわいがるまい」と仰せになるので、ま って御覧になると、 おそ さこ君は「困った」と思っている。畏れ多いことに帝御自 「いくら何でも気持はきっとわかってくださるだろうと 身でまさこ君の装束をお整えになって、「きっとだよ、き 思った私の扱いを、御自分だけが御立派なつもりで、ま っとーと念を押されるので、「どこに、母上は」と捜して ったくばかにして疎遠になさり、ただ一行の御返事もく 来て見ると、内大臣殿も一緒にお寝みになっておられる。 ださらないままでおられるのは、あきれるばかりで、こ 帝は「人に知られずに」とおっしやったのだが、そこは何 れではまたの逢瀬の望みなどとうていあり得ないことの といっても幼い子のこと、深く隠すだけの配慮はなく、御 ように思える。人目が何だというのです。たとえ、ただ きちょうかたびら かん 几帳の帷を引き開けると、「督の君のお迎えに参りました もう思うに任せて女の気持など踏みにじって荒立っ男の ら、帝がそのまま清涼殿にお引き止めになって、お胸の内 場合であっても、もう少し世間並に理解してくれてもよ に抱いてお寝みになりました」などと話すので、内大臣は、 いのではなかろうか。昨日今日のようにこれほどあなた 「この子を母君によそえて、お心をお紛らわしになったと を忘れられない以上、たとえあなたが強く望んでおられ みえる。私だってそう思われるからな」と興味をひかれな るとおりに内大臣と仲睦まじく御一緒になってしまわれ がら聞いて、「さて、それから」とお促しになると、まさ ても、とうていそのまま引っ込んではおられない気持で ( 原文八七 ) きら おうせ むつ

10. 完訳日本の古典 第26巻 夜の寝覚(二)

「見やしつる見ずやありつる春の夜の夢とて何を人に 「どうぞして女君に、深いお心だ、慕わしいと思われた 語らむ い」と、帝の度が過ぎるまでにお心を配られた趣は、文面 おそ ( 昨夜確かにあなたと逢ったのだろうか。それとも逢わなか にうかがわれて、それを「畏れ多い、もったいない」と、 みじかよ ったのだろうか。あまりにもはかない春の短夜の夢、何を思帝のお心を辿れる人は当然感じ入るはずだが、寝覚の上に い出として人に語ればよいのだろうか ) は、御返事なども、なまじ情を解するふうにしたためてさ なんともばかなめにあったものです。御自身はうまくや しあげるのも、ひどく気が重く思われて、内侍督に、 ったと思い出しておられるだろうと、そんなことまで想 「お手紙をお遣わしあそばした人は、この明け方から、 像されて、命も絶え人る思いです」 たいそう加減が悪うございまして、御返事できないこと などと、お心の乱れそのままに散らし書きになさっている を、恐縮している様子でございます」 帝の御筆は、いかにも見所ありげだが、寝覚の上はしまい と書かせて、御返事にお代えになって、督の君と並んでお おもがわ まで見終えることもできない。ひどく面変りするまでにお寝みになると、大皇の宮のおたくらみから、昨夜まったく 泣きになった悲嘆の心が、はたからもはっきりとうかがえ あきれて途方に暮れた次第まで、包み隠さずお話しになっ る御様子である。今もなお収らず流れ出る涙を押しぬぐい て、「あれほど軽々しいかたちで、出先で帝のお目に触れ うわさ ながら、「とうとう、つまらなく浮名まで流れてしまいそ てしまったので、世の噂、人の思惑を考えますと、私にも うで、今まで生きてきたことさえ悔まれる。お手紙が人目免れようもない落度がありますので、あなただけ宮中に残 に触れるのも、具合が悪い。隠しておくれ」とおっしやる しますことを、どんなに気がかりに思いましても、もうこ さんだい 御様子がただ事でないのも、少将はどうにも合点がいかず、れまでのようには、参内してお世話申しあげるわけにはま 巻 このお手紙を受け取ると巻き収めながら、「ついに、大皇いるまいと、心に決めた次第です。いかなる場合にも、片 の宮のおたくらみが事実とな 0 て現れたようだ」と気づき、時の間もお忘れ申しあげない亡き関白殿の代りとして、あ 寝覚の上の心中を察して胸が痛むのであった。 なた以外の誰が考えられましよう。何がなんでもあの人が つか かん