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検索対象: 完訳日本の古典 第24巻 和泉式部日記 紫式部日記 更級日記
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1. 完訳日本の古典 第24巻 和泉式部日記 紫式部日記 更級日記

びは 一上手に調律してある。 調べたる琵琶の御琴をさし出でられたりしは、この世のことともおぼえず、夜の ニ「琴」は弦楽器の総称。 きゃう 明けなむも惜しう、京のことも田 5 ひたえぬばかりおぼえはべりしよりなむ冬の = 帰京も忘れてしまうほど。 四おのずと情趣がわかるように ひをけ 四 日夜の雪降れる夜は思ひ知られて、火桶などをいだきても、かならず出でゐてななって。「れ」は自発の助動詞。 級 五木製の丸火鉢。 更む見られはべる。おまへたちも、かならずさおぼすゅゑはべらむかし。さらば六それぞれに心を寄せる理由。 セ長久四年 ( 一 0 四三 ) 。祐子内親王 しぐれ こよひ やみ が参内されたのは七月一一十三日、 今宵よりは、暗き闇の夜の、時雨うちせむは、また心にしみはべりなむかし。 その退出は八月十日である ( 御物 斎宮の雪の夜に劣るべき心地もせずなむーなどいひて別れにし後は、誰と知ら本傍注 ) 。 八清涼殿の殿上の間。 てんじゃう ぎよゅう れじと思ひしを、またの年の八月に、内裏へ人らせたまふに、夜もすがら殿上〈泓の御遊。 一 0 下局。休息用の私室。 にて御遊びありけるに、この人のさぶらひけるも知らず、その夜はしもにあか = 細長い廂の間をいう。 一ニ七月の有明の月であろう。先 やりど に「またの年の八月」とあるのは、 して、細殿の遣戸を押しあけて見出だしたれば、暁がたの月の、あるかなきか 記憶違いであろう。↓注七。 どきゃう にをかしきを見るに、沓のこゑ聞こえて、読経などする人もあり。読経の人は、一 = 束帯の時、男子の履く木靴 一四源資通を指す。 一五 一五主語は資通。 この遣戸口に立ちとまりて、ものなどいふにこたへたれば、ふと思ひ出でて、 一六ロ数多く。「こと」は言葉。 しぐれ 宅ちょっとした、かりそめの。 「時雨の夜こそ、かた時忘れず恋しくはべれ」といふに、ことながうこたふべ 穴その夜。「さりは状態の進行 きほどならねば、 を示す動詞。「夜さり」は、ほとん ど「夜」と同義語。 何さまで思ひ出でけむなほざりの木の葉にかけし時雨ばかりを くっ 一七 い い あかっき い ひさしま ゅうし

2. 完訳日本の古典 第24巻 和泉式部日記 紫式部日記 更級日記

いでしよう。何事も場合次第。ともあれこのままおりまし って月が非常に明るい夜、空には霧がかかっているけれど、 かたわら よう」と朋輩が言うので、傍に控えて二人のやりとりに耳月は手に取るばかりさやかに澄みわたって、風の音、虫の をすませていると、その殿上人の、分別もあり物静かな話声、すべてが調和して風情をそそるような心地のするとき、 しぶりは、いかにも好もしい感じである。「もう一人のお箏の琴がかき鳴らされ、横笛が吹きすまされていたりしま 方は」などと私のことを尋ねて、世澗の男によく見る露骨すと、何の春ぞと思われますよ。また、そうかと思うと、 けそう な懸想がましい物言いなどはせず、世の中の無常なことな冬の夜の、外気はもとより空まで冴えわたりひどく寒い折、 ひちりき どを、しみじみと語りかける。こちらも出過ぎたようでは雪が降り積って、月の光に照りはえているところに、篳篥 あるけれど、といって、そうかたくなに押し黙って引っ込の音がふるえるように聞えてくるのは、春秋もみな忘れて むわけにもゆかないような話のふしぶしもあって、私も朋しまう趣ですよ」と語り続けて、「あなたがたはこのうち、 輩も受け答えなどをしている。それを「まだ知らないお方どの季節にお心が引かれますか」と尋ねる。朋輩が秋の夜 がいたのですね」などと珍しがって、急には立ちそうにも に心を寄せてお答えするのを、私は、そうそう同じふうに ない。折から、星の光さえ見えず、あたりは真っ暗で、は は答えまいと、 しぐれ らはらと時雨が木の葉にかかる音も趣深いのを、男は、 あさみどり花もひとつに霞みつつおぼろに見ゆる春の 「かえって風情のある晩ですね。月の隈なく明るいのも、 夜の月 おもはゆ ( あさ緑の空も、咲き匂う花も、みな一様に霞にとけて、お 間が悪く面映いものに相違ありますまい」と言って、さら ぼろに見える春の夜の月こそ、私のこよなく心ひかれるもの に、春秋のまさり劣りなどを論じて、「時の移ろいに従っ 日 けしき はるかすみ です ) 級て見る景色では、春霞が趣深く、空ものどやかに霞み、月 更 の顔も冴えた明るさとは違い、けぶり流れるように見えま と詠んだところ、その人は繰り返し繰り返し、この歌を口 びわふこうぢよう す。そんな春の夜、琵琶で風香調をゆるやかにいているずさんで、「では、秋の夜の風情は、お見捨てなさ 0 てお のはまことにすばらしく聞えるものです。が、また秋にな しまいのようですね。 そう

3. 完訳日本の古典 第24巻 和泉式部日記 紫式部日記 更級日記

更級日記 416 こよひ ますし、また実際、ひどく寒くもあって、別段、眺める気 今宵より後の命のもしもあらばさは春の夜をかたみと さいぐう 分にもなりませんでした。ところが以前、私が斎宮の御裳 思はむ こよい ( 今宵よりのち、もしも命がながらえておりましたら、それ着の勅使となって伊勢に下りましたとき、明朝は早々に帰 京しようと思い、数日来、降り積った雪に月が非常に明る では春の夜を末長く、あなたとお目にかかった思い出ぐさに いとまご 、旅先とさえ思うと心細さが身にしみる折柄、お暇乞い いたしましよう ) 」 に斎宮に参上しました。ほかの所とは違い、神域と思うだ と言う。すると秋に心を寄せた朋輩が、 けでも気のせいか、そら恐ろしく思われますのに、私をし 人はみな春に心を寄せつめりわれのみや見む秋の夜の えんゅういんみよ かるべきお部屋にお召しになり、円融院の御代から奉仕し 月 こうごう ているという女房で、まことに神々しいまでに年老いた風 ( あなたがたはお二人とも、春に心を寄せておしまいのよう たしな なう ですね。それでは、私はたった一人で秋の月を眺めることに貌のお方が、たいそう嗜みも深く昔の古い思い出話などを して、涙を浮べたりして、よく調子のととのえてある琵琶 なるのでしようか ) をさし出し一曲所望なさったのは、この世のうつつとも思 と詠んだ。男はたいそう打ち興じ、思いあぐねた様子で、 もろこし われず、夜の明け離れるのも惜しまれ、帰京のことも忘れ 「唐土などでも昔から、春秋の優劣はいずれとも決着がっ てしまうほど深い感銘をおぼえたことでした。私はそれ以 かなかったようですが、あなたがたがこうお決めになった のも、思うに何か子細がおありでしよう。ご自分の心が引来、冬の夜の雪の降っている晩の風情がわかるようになり、 けしき かれ、その折ふしの哀れとも、またおもしろいとも思われ火桶を抱えていても必ず縁先に出て、外の景色を眺めるよ うになりました。あなたがたも春、秋に心を寄せられるか るようなことのあったときは、その折の空模様も月も花も、 らには、きっとそれだけの理由がおありでしよう。それで そのまま深く心に刻み込まれるもののようです。あなたが やみよ わけ は、今宵からは、あなたがたとお話のできた暗い闇夜で時 たが春、秋をお選びになった訳がぜひとも伺いたいもので 雨の降る冬の夜が、また私の心にしみついて忘れられなく す。冬の夜の月は昔から興ざめなものの例に引かれており ひおけ ふう

4. 完訳日本の古典 第24巻 和泉式部日記 紫式部日記 更級日記

なりましよう。斎宮の雪の夜に劣ろうとも思いません」な退出してしまった。そんなわけで、その人が、いっぞやの どと話して、その晩は別れてしまった。さてその後、私は夜一緒だった朋輩を尋ねて、この歌の返歌をよこしたなど 誰とも素姓など知られまいと思っていた。ところが、翌年ということも、後になってから聞いた。「去年の時雨の夜 さんだい ぐぶ の八月、宮が参内なさるのに供奉した折のこと、一晩じゅ のようなときに、自分の知っている限りの琵琶の曲をぜひ う、殿上で管弦の御遊びがあった。私はいっぞやの方が出ともお聞せしたい、とのことでした」と聞くにつけて、私 しもつをね 仕していたのも知らず、その夜は下局に明かし、細殿の引 もなんとかその琵琶が聞きたくて、適当な機会を待ってい 戸を開けて外を眺め、明け方の月のあるかなきかに趣深く たのだが、そんな機会はさつばり来ない。 くっ 浮ぶのを見ていると、沓の音が聞え、なかには読経などす 翌年の春ごろ、のどやかなタ暮に、その人が御所に参上 る人もまじっている。その読経している人が私のいる引戸 したそうだと聞いて、その夜、朋輩と局からいざり出よう 口に立ち止って話しかけるのに答えていると、その人はふ としたが、外には人々が参り、内にもいつもの女房たちが と思い出して、「あの時雨の晩のことが片時も忘れられず、詰めているので、途中で断念して局に戻ってしまった。あ 恋しく思われています」と言う。ながながと返事をしてい の人もそう思ったのだろうか、しっとりと落ち着いたタ暮 る場合でもないので、 を見はからって参上したのだが、人が大勢いたので退出し 何さまで思ひ出でけむなほざりの木の葉にかけし時雨 たらしい。私も、 なると ばかりを かしまみて鳴戸の浦にこがれ出づるこころはえきや磯 ( ほんのわずかな、木の葉にそそぐ時雨ほどの、その場限り のあまびと 日 級 のことですのに、どうしてそれほどまでに思い出されたので ( 人目をぬって戸口の外まであこがれ出た私の心のほどは、 更 しょ - っ ) おわかりいただけたでしようか。あなたの琵琶を伺いたい一 心だったのです ) Ⅳと詠んだが、それも言い贈らぬうちに、人々がまた来合せ たので、そのまま局にすべり人って、その夜のうちに私は と贈っただけで終ってしまった。あの人は人柄もひどく生 そどの いそ

5. 完訳日本の古典 第24巻 和泉式部日記 紫式部日記 更級日記

霜の上に 白露の 過ぐすをも 記関越えて 日 関山の 部 式袖のうらに 和その夜より そよやそよ た行 絶えしころ 高瀬舟 たづね行く 手枕の 玉の緒の 月も見で 月を見て つま恋ふと 露むすぶ つらしとも つれづれと な行 ながむらむ なぐさむと なぐさむる 四四歎きつつ 四六なにせむに 一八なほざりの 三二寝ざめねば 三三寝ぬる夜の ー月はみるやと ー寝覚の夢に はかもなを、 五五初雪と 四九ひたぶるに 三二人知れず 四三人はいさ 五六ひと夜見し 四八ふけぬらむと 冬の夜の 四三 ー恋しきことに 四二 ー目さへ氷に ふれば世の 五四ほど知らぬ ほととぎす ま行 一二まくるとも 五四待たましも 五〇 四九 松山に 一一〇まどろまで 五七 ーあはれ幾夜に ー雲居の雁の ーひと夜ながめし 四三道芝の 五〇見るや君 もの言はで もみぢ葉の 一五もみぢ葉は 五六 や行 四四山ながら 三〇山べにも 二五山を出でて 四五雪降れば 夕暮は 六〇夢ばかり 六〇よしゃよし 二〇よそにても 五八 ーおなじ心に ー君ばかりこそ 世とともに ーぬるとは袖を ーもの思ふ人は 一六世のつねの 二五宵ごとに 夜もすがら 四四わが上は 四三わがごとく 四五わが宿に 四四われさらば 四九われならぬ 四八 ー人も有明の ー人もさぞ見む われひとり 三二われもさぞ 四九われゆゑに 三三荻風は 五九惜しまるる 五五折すぎて 四〇 二九 三七 一五 一七 一五 四七 五六 五九 五五

6. 完訳日本の古典 第24巻 和泉式部日記 紫式部日記 更級日記

( 雪が降ったので、木々の木の葉も春でないのに、みな一様などと詠み交しているうちに、いつものようにつれづれの 8 0 わびしさをまぎらわして日をすごしているのも、思えばま に梅の花が咲いたようになりました ) ったくはかないことではないか。 記と詠んでこられたので、 宮は、どう思われるのであろうか、 部梅ははや咲きにけりとて折れば散る花とぞ雪の降れば 〔ニ 0 十ニ月十八日 宮邸入り 心細いことをおっしやってきて、 泉見えける 和 ( 梅がはやくも咲いたのだと思って枝を折ってみたら、散っ 「やはり私はこの世にいつまでも生きられないのではなか てしまいました。雪の降ったのがまるで梅の花のように見え ろうか」と書いてあるので、女は、 くれたけ たのですね ) 呉竹の世々のふるごとおもほゆる昔がたりはわれのみ やせむ つぎの日のこと、朝早く宮から、 ( 何代も語り継がれてきた故事を思わせますような、私たち 冬の夜の恋しきことに目もあはで衣かたしき明けぞし の間の思い出話は、私一人でしてゆくことができますでしょ にける うか ) ( 冬の夜のあなた恋しさに目を合せて眠ることもできず、私 の衣だけを敷いたひとり寝をしているうちに、夜が明けたこ と申し上げると、 とでした ) 呉竹の憂きふししげき世の中にあらじとぞ思ふしばし はかり、も 宮へのご返事、「いえもう、 ( うとましいことの多いこの世に、わずかの間でも生きてい 冬の夜の目さへ氷にとぢられて明かしがたきを明かし たくないと私は思っています ) つるかな ( 冬の夜の涙に濡れた目までが氷に閉ざされてしまって、あ などと詠んでこられて、女を人目につかずに置いておかれ けにくいのをやっとのことであけ、明けにくい冬の夜を明か る所などをとりきめ、「慣れない場所だからきまり悪く思 したことです ) 」 うだろう。この邸の者も聞きづらいことを言うだろう。今

7. 完訳日本の古典 第24巻 和泉式部日記 紫式部日記 更級日記

95 和泉式部日記 うにない空模様のように、私の機嫌はなおりませんよ ) 」 手枕の袖 ( 私が何も言わずにだまっていたとしたら、あなたは手枕の と書いてあったので、「お殺しになるおつもりとは」とし 袖のことなどけっして思い出しはしなかったでしようよ ) て、 君は来ずたまたま見ゆる童をばいけとも今は言はじと 〔 = 0 〕昼間の訪れーー言こうして、その後二、三日、なんの の葉ふかく 思ふか お便りもくださらない。期待できそ ( 宮様はおいでにならず、時たま文使いにやってくる童のこ うにおっしやったお一一一一口葉も、いったいどうなってしまった とを、生かしておいて文を持ってゆけとも、もうおっしやら のかと思いつづけると、眠ることもできない。目を覚して ないおつもりですか ) 横になっていると、夜もしだいに更けたようだなと思われ と申し上げると、宮はお笑いになって、 るころ、家の門をたたく音がする。あら誰かしらと心当り 「ことわりや今は殺さじこの童忍びのつまの言ふこと がなかったけれど、取次にたずねさせると宮からの御文で により あった。思いがけぬ時刻なので、「心が通じたのか」とう ( お言葉はもっともです。この童はもう殺しますまい。忍びれしく思って、妻戸を開けて読んでみると、 妻のあなたのおっしやることに従いまして ) 見るや君さ夜うちふけて山の端にくまなくすめる秋の たまくらそぞ 手枕の袖のことはお忘れになってしまったらしいですね」 夜の月 ( あなたはご覧になっていますか。夜が更けて山の端に曇り と書いてあるので、女が、 もなく澄んでいる秋の夜の月を ) 人知れず心にかけてしのぶるを忘るとや思ふ手枕の袖 しの ( 人知れずいつも心にとめて偲んでおりますのに、あの手枕 思わず月がながめられて、いつもより御歌がしみじみと感 の袖を私が忘れたとお思いになるのですか ) じられる。門も開けてないので、お使いが待ち遠しがって と申し上げると、宮は、 いるだろうと思って、ご返歌をさしあげる。 もの言はでやみなましかばかけてだに思ひ出でましゃ ふけぬらむと思ふものから寝られねどなかなかなれば ふみづか ふ

8. 完訳日本の古典 第24巻 和泉式部日記 紫式部日記 更級日記

更級日記 414 さえし夜の氷は袖にまだとけで冬の夜ながらねをこそ は泣け ( 冴えかえった夜、・ こ一緒にお話をして流した涙の、袖にた まった氷がまだ解けずーーあの時のお話がまだ心にむすぼれ て、私は冬の夜もすがら声をだして泣いています ) とのい 宿直のため宮の御前に臥して耳を傾けると、池の水鳥た ちが夜どおし、てんでに鳴いて羽ばたく音がするので、目 もさめて、 うはげ わがごとぞ水のうきねにあかしつつ上毛の霜をはらひ わぶなる ( 私は物思いで寝もやらずにいるが、あの水鳥も同様、水の 浮寝に安眠できず、上毛の霜を払いわびているようだ ) かたわら と、つぶやいたのを、傍に寝ていらっしやる人が聞きつけ て、こう言われた。 まして思へ水のかりねのほどだにぞ上毛の霜をはらひ わびける ( あなたは、水鳥が水の仮寝のひとときにも上毛の霜を払い わびている、とおっしやる。たまの宿直でさえそうお思いな ら、まして夜ごとの私どもの身の苦労も思いやってくださ い ) ふ つね 親しい者同士が局の隔ての引戸を開けはなって一部屋に して、物語などして暮す日、もう一人の親しい仲間が御前 さか に詰めておいでなのを、再三、退るように呼びにやったの に、「ぜひとも来いとならば伺いましよう」という返事な すすき ので、そこにあった枯れた薄に結びつけて、こう言い贈っ 冬枯れのしののをすすき袖たゆみまねきもよせじ風に まかせむ しのすすき ( 冬枯のこの篠薄のように、あなたをお招きする私の袖はだ るくなってしまいました。もうお招きはいたしますまい。あ なたのお心におまかせいたしましよう ) かんだちめ てんじようびと しぐ 〔き資通と語らう、時上達部や殿上人などに対面するのは、 雨の夜の思い出 きまった身分職掌の人のようなので、 物馴れない里人の私などは、その存在さえかすんでいて知 られるはずもないのだが、十月初旬のたいそう暗い夜、不 だんぎよう 断経に、声のよい僧たちが折から読経中というので、そち らに近い戸口のところに朋輩と二人で出て、それを聞きな がら話などして、物にもたれ臥していた。すると、そこに しもつをね やってきた殿上人がある。「逃げ込んで、下局にいる女房 たちを呼んできたりするのも気のきかぬこと。まあよろし ( 原文一二六一ハー ) にうばい ふ ふ

9. 完訳日本の古典 第24巻 和泉式部日記 紫式部日記 更級日記

った。 市を千まきも万まきも織らせたり晒らさせたりした、その 〔 = 〕住みなれた上総をかりに引き移ったこの「いまたち」家の跡だと聞きながら、深い川を舟で渡った。当時の門柱 . し′ 0 うを、 後に、下総に入る がまだ残っているとのことで、なるほど、大きな柱が四本、 の家は、周囲の垣根などもなく、ほ すだれ かややしとみど 川の中に立っていた。人々が歌を詠むのを聞いて、私も心 日んの一時しのぎの茅屋で蕗戸もない。わずかに簾をかけ、 級 のうちでこうつぶやいた。 幕などを引きめぐらしてある。南ははるかに遠く野末まで 更 朽ちもせぬこの川柱のこらずは昔のあとをいかで知ら 視界がひらけている。東と西は海が近く迫っていて、非常 に眺めがよい。あたり一帯にタ霧がかかって、まことに趣 けしき ( 朽ちもせぬこの川の中の柱が、もし残っていなかったら、 深い景色なので、翌朝は朝寝などもせず、あちらこちらを これがそのかみの、まのの長者の屋敷跡だなどと、どうして 飽かず眺めた。こんなすばらしい所を立ち去ってしまうの 知ることができたろう ) も、なごり惜しく悲しくてならなかったが、同じ月の十五 その夜は、黒戸の浜という所に泊った。そこは片側がひ 日、空も暗くなるほど雨のひどく降る中を、国ざかいを越 しもうさ ろびろとした砂丘で、白砂が遠くまでひろがり、そのかな えて下総にはいり、その夜は「いかだ」という所に泊った。 たに松林が茂っていて、折から、月が非常に明るく照って 粗末な仮屋などは浮いてしまいそうに、ひどいどしゃ降り いるうえに、吹き渡る風の音もたいそう心細い。人々が興 なので、恐ろしくてまどろむこともできなかった。夜が明 を催して歌を詠んだりするので、私も、 けてみると、野中の小高い丘のような所に、ほんの三本だ こよひ まどろまじ今宵ならではいっか見むくろとの浜のあき け木が生えていた。その日は雨に濡れた物などを干し、一 の夜の月 足遅れて国を発った人々を待ち受けるため、そこで一日過 こよい ( 今宵をおいて、いつまた、この美しい黒戸の浜の秋の夜の 月を眺められよう。今宵はまんじりともせず、この風情に浸 十七日の早朝、その「いかだ」をあとにした。むかし、 りたいものだ ) 下総の国に、まのの長者という人が住んでいたそうな。疋 た ひき ぬの ふい

10. 完訳日本の古典 第24巻 和泉式部日記 紫式部日記 更級日記

かたたか 一四十五日間の方違え。忌みを このごろは四十五日の忌たがヘせさせたまふとて、御いと 〔一三〕車宿りの一夜 避けるため星神の遊行する方角を さんみ 離れられぬ仲 忌んで他家に宿泊すること。 この三位の家におはします。例ならぬ所にさへあれば、 ニ従三位右中将藤原兼隆か。兼 くるま ちょうし あつみち 部女「見苦し」と聞こゆれど、しひてゐておはしまして、御車ながら人も見ぬ車隆父道兼と敦道親王母超子は姉弟。 式 三御車に女を乗せたまま ちゅうもん 泉やどり 四車庫。中門の外側にある。 和宿に引き立てて、人らせたまひぬれば、おそろしく思ふ。 五宮は邸内に人られたので。 人しづまりてぞおはしまして、御車にたてまつりて、よろづのことをのたま六ここは「乗る」の尊敬語。 七事情を知らぬ当直の男たち。 うこんじよう八 わらは とのゐ 「をのこ」は人に仕える男の意。 はせ契る。心得ぬ宿直のをのこどもぞめぐり歩く。例の右近の尉、この童とぞ 〈よく登場する例の童ほどの意。 九宮は女に冷淡にしてきた過去 近くさぶらふ。あはれにもののおぼさるるままに、おろかに過ぎにしかたさへ が悔まれる程心が高まっている。 一 0 ( 思えば ) 勝手な話である。宮 くやしうおぼさるるも、あながちなり。 の甘さに対する作者の批判 きぬぎめ 明けぬれば、やがてゐておはしまして、人の起きぬさきにといそぎ帰らせた = その早朝のうちに後朝の歌を 贈ってきたこと。 一ニあなたと共に寝た夜以来の。 まひて、つとめて、 「寝ぬる夜の」の歌は四三ハー参照 ねざめ 一三「寝覚」は恋などの悩みごとか 宮寝ぬる夜の寝覚の夢にならひてぞふしみの里を今朝は起きける らおきる浅い眠り。 一四「伏見」と「臥し見」をかける。 御返し、 三位の家が伏見にあったか。 一五宮とはじめて共に寝た夜。 女その夜よりわが身の上は知られねばすずろにあらぬ旅寝をぞする 一六思いがけずとんでもない旅寝 ( 三位の家の車宿りでの一夜 ) 。 と聞こゅ。 一五 五 一四 いみ あり 九