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検索対象: 完訳日本の古典 第38巻 とはずがたり(一)
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1. 完訳日本の古典 第38巻 とはずがたり(一)

63 巻 0 〔三四〕秘密の出産 けふあす みなひと ぜんしようじ 宅本当だと思って。 今日明日は、皆人さと思ひて、善勝寺そ、「さてしもあるべきかは。医師はい 天そうでない人。叔父以外の人。 ひろ 一九主語は「雪の曙」。 かが申す」など申して、たびたびまうで来たれども、「ことさら広ごるべきこ ニ 0 春日神社に参籠している。 げぎん とと申せば、わざと」など言ひて、見参もせず。しひて、「おばっかなく」な三公表して。 一三代りの人を参籠させて。 一六 きめした ど言ふ折は、暗きゃうにて、衣の下にていと物も言はねば、まことしく思ひてニ三他人からの手紙。実兼は要人 ゆえ、氏神に参籠中と発表しても 一八 たれと 立ち帰るも、 いと恐ろし。さらでの人は、誰訪ひ来る人もなければ、添ひ居た火急の手紙などが来るのであろう。 ニ四その代官が心づもりで返事を かすがこも だいくわんこ るに、その人はまた、「春日に籠りたり」と披露して、代官を籠めて、人の文するのだ。 一宝「雪の曙」がささやく。 かへり′」と ニ五 ニ六出産する様子。 などをば、あらましとて返事をばするなどささめくも、いと心苦し。 毛死んだ後までもどのような憂 き名がとどまるのであろうかと思 かかるほどに、二十日余りの曙より、その心地出で来たり。 うと。出産の際、死ぬことが少な くなかったので、死後のことを案 人にかくとも言はねば、ただ心知りたる人一、二人ばかり ずるのである。 ニ七あと にて、とかく心ばかりは一一 = ロひさわぐも、亡き後までもいかなる名にかとどまらニ ^ いい加減ではない「雪の曙」の 愛情。 ニ九取り立てたこともなくて。 むと思ふより、なほざりならぬ心ざしを見るにも、いと悲し。 三 0 お産が近づいたように思われ っ ) 0 、 0 いたく取りたることなくて、日も暮れぬ。火ともすほどよりは、ことのほか 三一お産を秘すために、とくに鳴 つるうち に近づきておばゆれども、ことさら弦打などもせず、ただ衣の下ばかりにてひ弦などもしない。 三ニ夜更けの鐘の聞える時分であ とり悲しみ居たるに、深き鐘の聞こゆるほどにや、余り堪へがたくや、起き上ろうか。 ニ九 ニ四 あけばの た きめ ニ六 ひと 一七 くすし 小、九

2. 完訳日本の古典 第38巻 とはずがたり(一)

233 巻 へ申しあげよ」とひそひそささやいている。人がやって来 車が立っているのを、近寄って見ると、車の中に供の人は つな 。リこ寺っていた侍女が、「ご主 て、取り次ぐ気配がする前しイ いつばい寝ています。牛はとうに繋いでありました。どこ 人様はご気分がお悪くて」と言うと、内の障子を乱暴に打 へ行った人の車でしよう」と言っている。ああ、情けない たた ち叩いて、乳母がやって来た。今さらながらまるで知らな と思って聞く , っちに、、 しつもの調子で乳母が、「どのよう い者がやって来るような心地で、胸がどきどきして恐ろし な人が訪れているのか、召使をやって見せなさい」と言う。 いのに、「ご気分はいかがです。ここにある物を御覧くだ すると、乳父の声で、「どうして見せる必要があるのか。 まくらもと よそ さい。ねえねえ」と、枕元の障子を叩く。そのままに放っ 他人様の身の上に関することなのに、つまらぬ穿鑿だ。ま さとい て置いてもいられないので、「ひどく気分が悪くて」と言 た、お姫様の里居の折を狙って入り込んでいらっしやった しろもの 人でもあったならば、『伊勢物語』の昔男みたいに、築地うと、「ご好物の白物だから、御覧くださいと申しあげる のです。無い時はお求めになる人が、いざ差し上げるとな の崩れから、『うちも寝ななむ ( 通い路の番人は寝てほしい ) 』 ふところ ると、いつものように言うことをお聞きにならないで。そ と嘆いておられるかもしれない。懐の中で大事に育ててい る場合でも、身分が高くても低くても、女性は気がかりなれならば、どうそご随意に」とつぶやいて行ってしまった。 いっそのこと、おもしろいと思われるような一一 = ロ葉なりと ものだ」などと言うと、また乳母が、「ああ、縁起でもな 言い返したいと思ったが、死ぬほど恥ずかしい気がしてい 誰が参るものですか。御所様の御幸ならば、またどう ると、あの方は、「お求めの白物というのは、何ですか」 して人目をお忍びになるでしようか」などと言うのも、こ あられ しゆくせ とお尋ねになる。霜とか雪・霰などと風流ぶったところで、 こまで手に取るように聞える。「六位宿世が出入りしてい とが るとか咎められるのでしようか」と、あの人が乳母に言わ本当だと思うはずはないだろうから、ありのままに、「人 と変って私は、白い色のお酒を時々欲しがることがござい れるのがつらい うわさ ますのを、あのように噂を立てられそうに申すのです」と 子供さえ一人加わって騒ぐので、寝られないうえに、ど うやら先刻作ろうと言ったものができた様子で、「あちら答える。「今夜参上して、うまいことをしましたよ。わた せんさく

3. 完訳日本の古典 第38巻 とはずがたり(一)

よが 一毎夜かかさす。 十日ばかりかくてはべりしほどに、夜離れなく見たてまっ ニ「今よりや」の歌を送ってきた けぶり るにも、「煙の末、いかが」と、なほも、いにかかるぞ、う人「雪の曙」。 三嘆かわしい、感心しない心だ った。院に従ったのになおも初恋 がたてある心なりし。 の人が気になる自身を反省する。 四 あ しさてしも、かくてはなかなか悪しかるべきよし、大納言しきりに申して、出四父の雅忠。 五御所から退出した。 ここちれし でぬ。人に見ゆるも堪へがたく悲しければ、なほも心地の例ならぬなどもてな六家の人に見られるのも。 セ気分が悪いように見せかけて。 ^ 逢わない日数も積ったような して、わが方にのみ居たるに、「このほどにならひて、積もりぬる心地するを、 気がするが 九ふみ 九院からのお手紙。 とくこそ参らめ」など、また御文こまやかにて、 一 0 「かかる」は「懸かる」と「かく ある」の掛詞。上句は、これほど かくまでは思ひおこせじ人しれず見せばや袖にかかる涙を までもわたしがそなたのことを思 あながちに厭はしくおばえし御文も、今日は待ち見るかひある心地して、御っているとは、そなたは思ってく れないだろうの意。 かへりごと一一 = ご返事は前々から考えすぎた 返事、もくろみ過ぎしやらむ。 であろうか。「返事も黒すみ過ぎ ・よ′ ) ろも し」 ( 黒々と細やかに書きすぎただ 我ゅゑの思ひならねどさ夜衣なみだの聞けば濡るる袖かな ろうか ) と解する説もある。 ひかず いくほどの日数も隔てで、この度は常のやうにて参りたれども、何とやらむ三「さ夜衣」と「袖」は縁語。 一三落ち着かない。 もの そぞろはしきゃうなることもあるうへ、 いっしか人の物言ひさがなさは、「大一四女御として入内する形式をと きよう力い によう′ ) 納言の秘蔵して、女御参りの儀式にもてなし、参らせたる」などいふ凶害ども一五人を傷つけること。中傷。 2 〔 0 人のさがない物言 六 ひ ) う かた た ゐ そで そで

4. 完訳日本の古典 第38巻 とはずがたり(一)

49 巻 ゅふがほやど さまざまのことども聞こゆる有様は、タ顔の宿りに踏みとどろかしけむ唐臼の〈「ごほごほと鳴神よりもおど から ろおどろしく、踏みとどろかす唐 くちを まくらがみ 音をこそ聞かめとおばえて、いと口惜し。 臼の音も枕上とおばゆる、あな耳 かしがましとこれにそ思さるる」 とかくのあらましごとも、まねばむもなかなかにて、洩ら ( 源氏・タ顔 ) 。 三巴白き色なる九献 ねん ことがら しぬるも念なくとさへおばえはべれども、事柄もむつかし かど たた ければ、とくだに静まりなむと思ひて寝たるに、門、 しみじく叩きて、来る人あ なかより はいぜん り。誰ならむと思へば、仲頼なり。「陪膳おそくて」など言ひて、「さても、こ 九藤原仲頼。仲綱の男。作者の 乳母子で亀山天皇の蔵人。 はちえふくるま と - も の大宮の隅に、ゆゑある八葉の車立ちたるを、うち寄りて見れば、車の中に供一 0 天皇のお膳を奉る時、給仕と して伺候すること。 ひと の人は、一はた寝たり。とうに牛は繋ぎてありつる。いづくへ行きたる人の車 = 屋形に八葉の紋 ( 九曜紋 ) をつ けた牛車。源通方の『飾抄』に「大 そ」と言ふ。あな、あさましと聞くほどに、例の御姆、「いかなる人ぞと、人八葉。五緒。長物見。極位人大臣 乗レ之。而近代多乗用。不レ可レ然 てて 云々」という。 して見せよ」と言ふ。御父が声にて、「何しにか見せける。人の上ならむに、 さとゐ ひま よしなし。また、御里居の隙をうかがひて、忍びつつ入りおはしたる人もあら一三意不明。「遠に」の意か。 一四「人しれぬわが通ひ路の関守 ふところ は宵々ごとにうちも寝ななむ」 ( 古 ば、築地の崩れより、『うちも寝ななむ』とてもやあるらむ。懐の内なるだに、 今・恋三業平、伊勢物語・五段 ) 高きも卑しきも、女は後ろめたなし」など言へば、また御姆、「あなまがまがの歌を引く。 一五気がかりだ。また、気が許せ たれ 油断がならない し。誰か参りさぶらはむ。御幸ならば、また何ゅゑか忍びたまはむ」など言ふ すみ ありさま つな うへ からうす も

5. 完訳日本の古典 第38巻 とはずがたり(一)

のち しんがてうそう さんげぎゃうだういつべん 唄師声出でて後、堂童子花筥を分かつ。楽人、渋河鳥を奏して、散華行道一返、一法会の時、散華に使う皿形の 仏具。竹で編んだり、金属で作る。 けいっ - っ ぜん 楽人鶏婁、御前にひざまづく。 ニ雅楽の一。唐楽。沙陀調に属 一は久資なり。院司為方、禄を取る。 する。舞はない のちつくゑしりぞ まひ 號後に机を退けて、舞を奏す。気色ばかりうちそそく春の雨、糸帯びたるほど三多久資。久行の男。多氏は右 舞相伝の家。 か ゐ いつまでか。↓三三ハー注一八。 なるを、厭ふ気色もなく、このも彼のもに並み居たる有様、いつまで草のあぢ四 AJ 六 五雅楽の一。唐楽。平調に属す まん、いらくがくびやうしかてんりようわう えんぎらく なそ きなく見渡さる。左、万歳楽・楽拍子・賀殿・陵王、右、地久・延喜楽・納蘇る。六人または四人舞 六雅楽の一。唐楽。壱越調に属 おほのひさただちよくろく おとど 利。二の者にて、多久忠、勅禄の手とかや舞ふ。このほど、右の大臣座を立ちする。六人または四人舞 セ羅陵王または蘭陵王という。 まひびとちかやす けんじゃう て、左の舞人近保を召して、勧賞仰せらる。うけたまはりて、再び拝みたてま雅楽の一。唐楽。沙陀調から壱越 調に編入される。一人舞。 がくじんまさあき つるべきに、右の舞人久資、楽人政秋、同じく勧賞をうけたまはる。「政秋、 ^ 雅楽の一。高麗楽。高麗双調 に属する。六人舞。 しゃうふえ 九雅楽の一。高麗楽。高麗壱越 笙の笛を持ちながら起き伏すさま、つきづきし」など御沙汰あり。 調に属する。四人または六人舞 がくレん のち ふせ きんあっ 講師座を下りて、楽人楽を奏す。その後、御布施を引かる。頭中将公敦・左一 0 雅楽の一。高麗楽。高麗壱越 ニ 0 調に属する。二人舞。 ためかめ一セやすなか もとほしかはを 中将為兼・少将康仲など、闕腋に平胡籐負へり。縫腋に革緒の太刀、多くは紐 = 久行の男。久資の弟。 一ニ勅命によってかずけ物を賜る たち くわいこっちゃうけいし ことになっている舞の手。 太刀なりしに、衆僧どもまかり出づるほどに、廻忽・長慶子を奏して、楽人・ 一三狛近保。将監宗近の男。狛氏 舞人まかり出づ。 は左舞相伝の家。 一四豊原政秋。将監近秋の男。豊 ぜん はいぜん やくそう 原氏は鳳笙相伝の家。 大宮・東二条・准后の御膳参る。准后の陪膳四条宰相、役送左衛門督なり。 196 一うじ お はなばこ わきあけひらやなぐひ けしき ひさすけ な ためかた さた 四 たち ぐさ まそ

6. 完訳日本の古典 第38巻 とはずがたり(一)

211 巻 とうとうご返事申しあげないでいると、「ああ、どうにも と言って、いらっしやる気配だ。「このお手紙を持って騒 のうし ならないな」とおっしやって、お起きになって、御直衣な いでいるのに、何という頼りなさだ。もうご返事を申すま どをお召しになり、お供の人が、「御車を寄せよ」などと いというつもりなのか」と言って、こちらに来る足音がす かゆ 言うので、父の声で、「お粥を召しあがるでしようか」と る。お手紙には、 よ′」ろも そで 聞いているのも、もう顔を合すことができない人のように あまた年さすがに馴れしさ夜衣重ねぬ袖に残る移り香 ( 多くの年慣れ親しんできたのに、まだ重ねていない夜着の 思われ、こんなことを知らなかった昨日までが恋しい気持 がする。 袖に残る、そなたの移り香よ ) むら・さきうすよう 還御されたと聞いたけれど、前と同と、紫の薄様に書かれてあった。このお歌を見て、人々は 〔五〕なびきもやらぬ じ有様で着物を引きかぶって寝てい 口々に、「このごろの若い人とは違っているよ」などと言 ると、いつのまにか、「院からのお手紙を頂いた」と言う うのも、ひどくうるさく思われるので、起き上がりもしな こがあまうえ のも不愉快になる。継母や久我の尼上などがやって来て、 いでいると、「そう代筆のご返事ばかりなのも、かえって 「どうしたの。どうして起きないの」などと言うのも悲し不都合だろう」など、ご返事をしようともしないわたしを にしまくら いので、「昨夜から気分が悪くて」と言うと、「新枕を交し説得するのにもくたびれて、お使いの人への贈物をするだ た後の恥ずかしさのせいだろうか」などと人が思っている けで、わたしが頼りない同じような様子で横になっている 様子もつらいところに、この御所様からのお手紙を持って うちに、御所様へは、「このようにもったいないお手紙も 大騒ぎをするけれども、そのようなものは誰が見ようか。 娘はまだ拝見いたしませんで」などとご返事申しあげたの 「お使いの人が立って待ったまま困っているのよ。ご返事であろうか はどうするの、どうするの」と、わたしを説得しあぐねて、 昼頃、思いがけない人からの手紙があった。見ると、 「大納言様に申しあげて」などと言うのも堪えられないよ 「今よりや思ひ消えなむひとかたに煙の末のなびきは てなば うな気持でいる時に、父が、「気分が悪いそうではないか」 うつが

7. 完訳日本の古典 第38巻 とはずがたり(一)

241 巻 ( 原文六一一ハー ) 妊の時のことが思い出されて、袖には涙が乾くひまもない あ、父が生きていたらなあ」と、ひどく悲しく思われる。 のは、「かならず秋のならひならねど ( 袖に露ー涙ーが置く 御所の方へも、そばの者たちが、「お痛わしいので、お のは、必ずしも秋のならいではないけれども ) 」という古歌の通使いを下さいませぬよう」と申しあげたので、時刻を見は ふたっき たくら ひとっき からってお見舞のお使いも下さる。このような企みも、し りだと思われるにつけ、一月などでもない、二月の違いも、 まいには露顕するのであろうかと、今後のことがひどく恐 どうしたらいいのかとばかり考えていると、何も手につか ろしいが、今日明日のところは、皆人もそうなのだろうと ない心地がする。だからと言って、水の底に身を投げよう とまで決意することもできないので、そ知らぬふりをして信じ込んでいて、善勝寺大納言が、「それにしても、その 過すにつけ、「どうしよう」と、言ったり思ったりする以 まま放って置いてよいものですか。医師はどう申している のです」などと言われて、しばしば訪れて来たけれど、 外しようのないうちに、九月にもなった。 世間も恐ろしいので、二日だったか、 「とくに伝染する病気と申しますので、わざとお目にかか 〔三三〕重き病と偽る りません」などと言って、逢いもしない。大納言が強いて、 急に何とかかこつけて退出した。そ の夜すぐ、あの方もおいでになったので、わたしが、「ど「気がかりでならない」などと言う時には、部屋を暗くし うしたらいいのですか」と言うと、あの方は、「まず、た て、衣服を引っかぶって、まったく口もきかないので、本 当に病気だと思って立ち帰るのも、ひどく恐ろしい。それ いへん病気が重いことを申しあげなさい。そして、人がお おんみようじ 避けにならなければならない病だと、陰陽師が言っている 以外には誰も訪れて来る人もいないので、あの方はわたし かすがさん のそばに寄り添っていて、あの方はあの方で、「春日に参 ということを公表しなさい」などとわたしに付き添ってい ろう て言われるので、その通りに言って、昼間のうちは一日中籠している」と公表して、代人を参籠させて、人からの手 うとうと 横になって過し、疎々しい人は近付けず、わけを知ってい 紙などは、おおよその返事をしているのだ、などささやく に、 - 唸つばう . のも、たいそう気がかりである。 る女房二人程度で、湯水も飲まないといった状態であった が、とりわけて訪ねて来る人がいないのにつけても、「あ やまい

8. 完訳日本の古典 第38巻 とはずがたり(一)

懸りの上へ上ぐるよしをして、落つるところを袖に受けて、沓を脱ぎて新院の まり あ みなひと まへ 一蹴鞠で最初に鞠を蹴上げるこ 御前に置くべしとてありし。皆人、この上げ鞠を泣く泣く辞退申ししほどに、 と。貴人・名人の役とされる。 にようゐんかたしんゑもんのかみどの四 きりゃう 器量の人なりとて、女院の御方の新衛門督殿を上八人に召し入れて、勤められ = 上手な人である。あるいは飛 鳥井・難波など、蹴鞠の家に関係 はたりし。これも時にとりては美々しかりしかとも申してむ。さりながら、うらある女性か。 三東二条院付きの女房である。 じゃうしゅ やましからずぞ。袖に受けて御前に置くことは、その日の八上首に付きて勤め四上﨟八人。 五わたしが勤めました。 六紫宸殿正面の広場をいうが、 はべりき。し 、と晴れが、ましかりしことどもなり。 ここでは中の御所の南に面した庭。 とうぐうかいかくぎゃう なんていみす 南庭の御簾上げて、両院・春宮、階下に公卿、両方に着座セ後深草院と亀山院。 〔一九〕鞠足姿で新院に酌 〈煕仁親王 ( 後に伏見天皇 ) 。 した てんじゃうびと す す。殿上人はここかしこにたたずむ。塀の下を過ぎて南庭九女房一人一人の名前をうけた まわりたい。 けうみやう かりぎぬ を渡る時、みな傅ども色々の狩衣にて、かしづきに具す。新院、「交名をうけ一 0 藤原 ( 中御門 ) 為方。↓二 9 ー 注 = 。この時、二十三歳で蔵人兼 春宮大進。 たまはらむ」と申さる。 = それそれの組でいろいろの事 ごかう があった有様は推量できるだろう。 御幸、昼よりなりて、九献もとく始まりて、「遅し。御鞠、とくとくと、 それぞれの傅と女房との間に、情 めんめん しようめい ぶぎゃうためかた 奉行為方責むれども、「いまいま」と申して、松明を取る。やがて面々のかし事のごときものがあったことを婉 曲にいうか しそく たれ ごたちつばね 0 女房を男装させようというとこ づき紙燭を持ちて、「誰がし、御達の局」と申して、ことさら御前へ向きて、 ろに、白拍子にも通じる、やや倒 - 一とは 錯的な趣味がうかがわれる。 袖かき合はせて過ぎしほど、なかなか言の葉なくはべり。下八人より、しだい ( 現代語訳二七一一ハー ) 114 かか めのと くこん びび そで ぐ まり くっ じたい まへ

9. 完訳日本の古典 第38巻 とはずがたり(一)

ぶぎよう ひろどころ る。めいめいがこのやり方である。中の御所の弘所を屏風もない。「遅い。御鞠を早く早く」と、奉行の蔵人為方は たいまっ 催促するけれども、「すぐすぐ」と申して、松明を取る時 で隔てて分けて、二十四人の女房が支度する有様は、思い しそく 刻となる。ただちに、めいめいの世話役は紙燭を持って、 思いにおもしろい ごたちつばね まり 「誰それ、御達の局」と申して、とくに御前へ向いて袖を さて、造り物の鞠を作って、ただ新院の御前だけに置こ かか ずうとするのを、とくに懸りの上へ蹴上げる真似をして、落かき合せて通り過ぎた時には、まったく言葉は出ない有様 そで でした。下﨟の八人から、しだいに懸りの下に参って、め とちるところを袖で受けて、沓を脱いで新院の御前に置くよ き いめいが木の本にいる有様は、われながら珍しかった。ま うにという指示だった。皆はこの上げ鞠を泣く泣く辞退申 して、上下の男たちがおもしろがったのは当然でございま しあげたので、そういうことが上手な人だということで、 しんえもんのかみどの 女院の御方の新衛門督殿を上﨟八人の中に入れて、この人しよう。御鞠を新院の御前に置いて、急いで下がろうとし たのを、しばらく召し置かれて、その姿でお酌に参ったの が勤められた。これも時にとっては美しかったと申すこと た ができるだろう。けれども、羨ましくないことである。袖は、ひどく堪えがたいことであった。 つばね 二、三日以前から、それぞれの局に伺候して、髪を結い、 で受けて御前に置くことは、その日の八人の上首の番で、 水干を着たり沓を履いたりするのに慣れる間、後見役たち わたしが勤めました。たいそう晴れがましいことです。 なんてい 〔一九〕鞠足姿で新院に酌南庭の御簾をお上げになって、両が世話をして、「養い君をもてなす」というわけで、それ とうぐう す 院・春宮が、階下には公卿が両方にそれの組でいろいろなことがあったが、その有様はご推量 に任せます。 着座する。殿上人はここかしこにたたずんでいる。塀の下 そうこうしているうちに、報復戦の を過ぎて南庭を過ぎる時、後見役は皆色とりどりの狩衣で、 三 0 〕女 勝負には御所様がお勝ちなされた。 世話をするために同伴する。新院は、「女房たちの名前を、 あぜちに さがどの 新院は嵯峨殿の御所へ御所様をお招きになって、按察の一一 一人一人おうかがいしたいーと申される。 いまごしょ ほん 品のもとにいらっしやる、今御所とか申される、その時十 御幸は昼からあって、酒宴も早く始って、いっ果てると ( 原文一一四ハー ) くっ かりぎめ すいかん もと しやく ためかた

10. 完訳日本の古典 第38巻 とはずがたり(一)

もこれ以上ではありますまいと思うにつけて、同じことな お入りになった。 いまよう 「たいそう人少なですので、御宿直 らば今様を一返拝聴して、もう一度、お酒をあがりましょ 〔宅〕亀山院の誘惑 申しあげよ」ということで、ご両所 う」と申されて、新院をも御簾の内へお入りになるように やす おっしやる。 はお寝みになる。ただ一人伺候していると、「御足をおさ - 、ギ一も - し 4 う 春宮大夫が御簾のそばに召されて、小几帳を引き寄せて、すりする役を奉仕せよ」などというお指図を頂くのも面倒 だけれども、この役目を誰に譲るわけにもいかないから、 御簾を半ば上げられる。 よひ あはれに忘れず身に染むは忍びし折々待ちし宵頼ご奉仕していると、新院はしきりに、「この人を二人の御 やす ありあけ そばに寝ませてください」と申される。「ただし、二条は めし言の葉もろともに二人有明の月の影思へばい とこそ悲しけれ 窮屈な身のほどでございますということで、里におります ( 哀れに忘れられず身に染みるのは、人目を忍ぶ恋をしてい のを、急に、女房もいないということで参上いたしました たちいふるま た時々、恋人の訪れを待った宵、そしてまた、愛情は変るま ところ、召し出されましたので、立居振舞いも苦しげでご いとあてにさせた言葉とともに、二人で有明の月の光の下、 ざいます。このようでない時にはご命令通りいたしましょ きめめ う」などと御所様は申されるけれども、「御そばでござい 後朝の別れを惜しんだ明け方だ。それを思うとひどく悲し す い ) ますから、間違いはございますまい。『源氏物語』では朱 ぎくいん 両上皇がお歌いになられたのは、似るものなくおもしろ雀院は源氏に女三の宮をさえお許しになったのに、どうし おしまいには酔い泣きだろうか、昔のことのお話など てこの人に限ってお許しくださらないということがござい が出てきて、皆しんみりしながらご退出なさって、大井殿ますか。わたしは、『女房はどれでも、一院のお心にかか 巻 の御所へおいでになられる。お見送りということで、新院りました者をお好きになさるように』と申し置きました。 その誓いもかいなくなってしまいます」などおっしやる。 3 がおいでになり、春宮大夫は気分がすぐれないということ あぜち ちょうどその折、按察の二位のもとにおいでだった、「今 で退出した。若い殿上人二、三人はお供をして、大井殿へ とのい