165 巻五 ( 原文一〇八ハー ) のたび江戸で金を儲け、昔の親類のところへ、自分の暮 堺に帰します。それ以上の儲けは、各自の腕前次第です。 しぶりを言い送ったものと思われる。 当地の町人の風習は、とても手軽に暮しを立てております。 しんだい お - もか - げ す 私も一万両の身代ですが、今でも風呂屋へは供を連れず、 ゆかた 目二膳据える旅の面影 浴衣を自分で首に巻いて、はいりに行きます。女房などに とがこうがい かど だきうば 抱乳母に気をつけ、角のある挿櫛や先の尖った笄は、挿 も、多数の奉公人の朝夕の食事の給仕をさせます。外見は ↓っトついちろう このたび、長市郎に思 よくありませんが、この倹約で、一年間に五十両ほどの支させないようになさってください けが しやくし いがけない怪我をさせましたのは、この出替り期から雇っ 出の違いがあります。一日に二度杓子を持つからといって、 た乳母です。今までは問屋に奉公していたと思われまして、 杓子のあとが手につくということもなく、また香炉のよう な風雅な道具も持っことができます。奥様と人にいわれて姿をとりつくろいすぎて、たいへん人の目につきましたが、 おうへい うちかけ いずれにせよ、一年に八十匁の給料の雇人、同じ金をつか 裲襠を着、大黒柱にもたれて、目を細めて横柄に人を見下 へんべいそく あずまそだ うのなら、格好の見よいほうがよいと思い、そのまま置い していても、東育ちの女の偏平足がなおるものでもありま ていました。姿とは万事に違い、性質がよく、こまごまと せん。さてさて、この世で金を持たぬほど悲しいものはあ うれ ついしよう りません。嘘も追従も悪心も、みな貧乏からおこるもので働いて、しかも奉公人仲間との付き合いがよく、嬉しく思 ただいま っていましたが、その乳母が長市郎を抱きあげた時、挿櫛 す。あなたの只今の暮しぶりには、半分以上嘘があるよう かど の角が長市郎の鼻の先に当り、笄で左の目を突いて、血が に聞いております。口惜しいとお考えになり、子孫のため ひとかせ 流れてしばらくやみません。ほとんど死んでしまうほど泣 に、もう一稼ぎなされたいものだと存じます。 きましたが、さまざまな療治を尽し、命は別条ございませ 松前屋権太夫 八月十九日 んでしたものの、目は一つつぶしてしまいました。片目に 江戸より 薬屋忠左衛門様 なったことでさえ悲しく思っておりましたのに、また右の 目もともに悪くなり、さてさて情けないことで、一人の孫 この手紙の内容を考えてみるに、泉州堺で破産し、こ せんしゅう さしぐし
いっしようびしやく 時も、一升柄杓であったが、一歩に一貫文、十歩に十貫文ぎる子供で、後に金持として世間を暮している例はないも 、一じき というように寄進があり、あるいは金銀を投げ入れるなど のです。そうかといって、乞食をするほどの状態にもなら するので、仏の力も金次第という感じで、今は仏法隆盛の ないもので、中流より下の世渡りをするものです。このよ 用 算時というべきである。他の場合と違って、これは特別の奉うなことには、いろいろと理由があることです。あなたの 加だといって、諸宗の信者がすべて奉加の志を示して、ま子供だけを、賢いようにお思いなさるな。それよりも、や 世 ことに殊勝であった。すでに町はずれの小家がちの所まで りくりの賢い子供がいます。自分の当番の日はもちろん、 も、上は長者の万貫、下は貧者の一文まで集めて、これも人の当番の日も、かいがいしく箒をとって座敷を掃き、多 積れば、一本が銀十二貫目の丸柱ともなることである。 くの子供が毎日使い捨てた反古のまるめたのを、一枚一枚 しわ びようぶや これから考えれば、世に住む以上はそれそれに気をつけ 皺を伸ばして、毎日、屏風屋へ売って帰るのもいます。こ て、少しのことでも蓄えをしなくてはいけない。金持になれは筆の軸簾より、当座の役に立っことですが、これも良 る者は、生れつきに大変な違いがある。ある人が、息子を くありません。また、ある子供は、紙を余分に持って来て、 九歳から十二歳の年の暮まで手習に行かせたが、その期間 使いすぎて不自由している子供に、一日一倍増しの利息で に筆の軸をためて、そのほか人の捨てたのも集め、まもな この紙を貸し、年中にはその利息の紙が積っての儲けは、 じくすだれ どれほどと言えないくらいです。これらはみな、それぞれ く十三歳の正月には、自分の手細工で軸簾をこしらえ、一 ふん つを一匁五分ずつの値段で、三つまで売り払い、初めて銀の親のせち賢い性質を見習ってのことで、自然に出る知恵 ただもの 四匁五分を儲けた。わが子ながら只者ではないと、親の身 ではありません。そのような中で、一人の子供は、両親が うれ せい にしては嬉しさのあまりに、手習の師匠に話したところ、 朝夕言われる『ほかのことを考えないで、手習に精を出せ。 師匠はこのことを良いことと褒められなかった。「私はこ成人して後、その身のためになることだ』との言葉を反古 しなん の年になるまで、数百人の子供を預り、手習の指南をして にはできないと、常に読み書きに油断なく、後には兄弟子 のうしょ 見てきたところでは、あなたの一子のように、気のつきすどもよりすぐれた能書になりました。この心がけがある以 日 かんもん ほうき
2 四巻 ぜひ 大事ぢやぞ。そこな人。是非いねか。いなずに、いんで見しよ』といはるると九そこの人。夫をさす 一 0 去なすにおくものか。去んで しやくせん一一 あと / \ いひだ き、『何とそ借銭もなして、跡々にて人にも云出さるるやうに、人は一代名は見せよう。 = 全部支払って。 くち まつだい 末代、是非もない事、今月今日百年目、さて / 、ロをしい事かな』と、何でも三諺。 一三命の百年目。最後だ、の意。 いらぬ反古を、大事のもののやうな顔つきして、一枚々々引きさいて捨つるを 一四私よりはいちだんとまさって いる。お陰で無事に越すことのて 見ては、、かなる掛乞も、しばしはゐぬものでごさるーといへば、「今までこ きた年の暮れ、の意。 おほっごもり の手は出しませなんだ。おかげによって、来年の大晦日は、女房ども、これで一五自分自身で、心ばかりの祝い をすること。心祝い しあんひとこ 一六酒盛りて。酒を飲ませて。 済ます事ぢゃ。さても / 、、こなたは若いが、思案は一越しこした年のくれ、 宅京都の西端の南北の筋 さいぜんにはとり すひもの たがひの身祝ひなれば」とて、最前の鶏の毛を引きて、これを吸物にして、酒 0 自分のほうの掛の代金は全部受 もりてかへして後、「来年の事までもなし。毎年夜ふけてから、むつかしい掛け取った材木屋の丁稚が、掛取り の撃退法を教えるのは、他の掛取 乞ども来るぞ」とて、俄にいさかひをこしらへ置き、よろづの事をすましける。りにこの親仁が払わなければ、そ れだけ自分のほうが確実に取れる おほみやどほりけんくわや からである。人はともかく、自分 一一誰がいふともなく、後には「大宮通の喧嘩屋」とそいへり。 だけはという町人のエゴイズムを 見ることができる。 ごひ た 九 だいじ かけごひ 一 0 よ
巻ニあらまし 一縁付まへの娘自慢姪の結婚の決ったことを知らされた京都の男が、大坂の弟へあてた返事の手紙である。先方が問屋 ゆえ心配であること、金持の家へは縁付かせないほうがよいこと、姪の育てようが不満であること、結婚のための買物に ついて不満があること、先方が敷銀を望まないのは、縁組の後に請負仕事の保証人を頼もうとするのではないか、などと 述べている。 ニ安立町の隠れ家父の敵を狙う若侍が、出郷の時世話になった人へ、その後の状況を知らせた手紙である。世間体のた めに住吉安立町に古道具店を出し、自分は膏薬売りになって探していたこと。弟は若衆盛りになったので家に置いていた ところ、敵に会ったが、その落ち着いた応対に、人違いと思って敵を逃し、無念さから自分一人で討とうと、跡を追って 行方知れずになったことを報告している。 りんき 三京にも思ふやうなる事なし女房の悋気を嫌って、女房を置き去りにして京に出た男が、十八年に二十三人の女房を持 ち替えて零落し、待ち続ける仙台の女房に、再婚してくれるように説得してくれと、知人に依頼している手紙である。待 つにかいなき男であることを悟らせようと、女房を持ち替えて失敗した自分の愚かさを、具体的に説明し、命長らえば坊 主になって仙台に下るかもしれないと結んでいる。
巻四あらまし 一南部の人が見たも真言京の商人が長崎滞在中の知人に、京都の様子を知らせた手紙である。川原町の利平が奥州へ行 商の留守、南部から来た人の話によって、利平が最上川の洪水で死んだと信じた人々が、女房に家のためだからと、利平 の弟と結婚させたところ、その翌日、利平が無事に帰って来る。利平兄弟は運命の暴力に抗して、人間の誇りを保っため に自害し、女房も行方知れずになった、と伝えている。 ニこの通りと始末の書付江戸に下って成功した男が、勝手元不如意になって、相談の手紙をよこした大坂の親類へ与え た、返事の手紙である。自分が大坂を立ち退く時の不人情な仕打ちへの恨みと、江戸に出てから成功するまでの苦労をつ づり、江戸へ下ったら世話をしてやるが、そのためにはどのような身の持ちょうが必要かを説いている ひっそく 三人のしらぬ祖母の埋み金親に勘当されて飛騨に逼塞させられた男が、京都の腹違いの兄にあてた手紙である。父親の 知らない自分のさまざまの借金の跡始末をこまごまと頼み、隠居した祖母がへそくり金五百両を庭の隅に埋めていたのを、 掘り出して使ってしまっていることを告白している。
むようよくしん よりすすどく、無用の欲心なり。それゆゑ第一の、手はかかざることのあさま九鋭く抜目のないこと。 ・ : : つい し。その子なれども、さやうの心入れ、よき事とはいひがたし。とかく少年の一 0 その方の子。あなたの子。 = 上方で凧のこと。 ちゑづきどき 時は、花をむしり、紙烏をのばし、智恵付時に身をもちかためたるこそ、道の三七、八歳から十一一、三歳まで。 一三人の生き方の。 常なれ。七十になるものの申せし事、ゆくすゑを見給へ」といひ置かれし。 し わよ 師の坊の言葉にたがはず、この者ども我が世をわたる時節になって、さま一四親から独立して、自分で生活 する時になって。 ぢく ふゅびより 一五零落して。 み、にかせぐほどなりさがりて、軸すだれせしものは、冬日和の道のために、 草履のうらに木をつけてはく事仕出しけれども、これもつづきて世にはやらず。一六くふうして売り出したが。 宅「ちゃん」は瀝青。松脂に荏 また紙くづあつめしものは、ちゃんぬりのかはらけ仕出して世にうれども、大油・蝦を練り合せたもので、土器 が油を吸収しないように内部に塗 てならひ っ 1 一もり 晦日にもともし火ひとつの身代なり。又手習ばかりに勢をいれたるものは、物る。 天精を出した。 一九江戸船 ( ↓一八五ハー注一一四 ) で江 ごとうとく見えけるが、自然と大気に生れつき、江戸まはしのあぶら、寒中に 戸へ回漕する油 たるこせうつぶ ふんべっしだ 五もこほらぬ事を分別仕出し、樟に胡椒一粒づっ入るる事にて、大分利を得て年 ちゑ あぶらだる をとりけるに、おなじおもひっきにて、油がはらけと油樽と、人の智恵ほどち がうたる物はなかりし。 ギ第つめ・ つね かみ しんだい しだ しだ じせつ だいぶん おは あぶら えの
巻三あらまし 一都の顔見世芝居京都での加賀金春の勧進能を、京都・江戸の町人が豊かに見物したが、それは資産があるからのこと、 ひらどま 資産がそれほどでない人は霜先の金銀を倹約し、芝居を見るにも小商人は平土間で十分である。荒木与次兵衛の顔見世で、 派手に見物している五、六人は、すべて川西の小商人で、年末にはそれそれ家を逃げ出し、座敷牢に入れられ、あるいは 自殺末遂など、さんざんであった。 おおみそか ニ年の内の餅ばなは詠め大晦日の掛の乞いようは、義理づめにするのがよいが、昔と今は人心が変って、難しい世間と なった。掛取りにもいろいろの心ざしがあり、手代には気をつけなくてはいけよ、。 朝夕その心がけでいるべきだが、町 あだ の芸者といわれたふるなの忠六は、大晦日の借金の約束を取りつけていたが、芸がかえって仇となって、失敗してしまっ 三小判は寝姿の夢ある貧者の寝姿が、金欲しゃの一念から小判の山になって見えたが、現実は大晦日の朝、釜の下に焚 ちのみご く物さえない。女房は、そのため乳呑子を残して乳母奉公に出るが、その夜、乳の代りに米の煮汁を飲ませることを教え に来た近所の女房たちから、先方の旦那がきれいな女を使うことが好きで、自分の女房が、奉公先の死んだ奥様に似てい ると聞かされた亭主は、前渡しの給金を返して女房を取り返し、涙で正月を迎えた。 レ、ー ) レ」く 四神さへ御目違ひ十月、出雲大社に集った神々が、各地に行く歳徳の神を決められるが、表面とは別に内実は豊かな商 人の多い堺に行かれた歳徳の神が、店構えのよい家にはいったところ、たいへんな貧家で、丁稚までが主人と共謀で掛取 とおか・スす りをだまして追い払う。この事実を、十日戎の夜、西宮の今宮神社に参詣した人が聞いたが、神さえ貧福があるから、人 間は油断なく稼がなくてはならない、と結ぶ。 こんばる でっち た
巻一あらまし 序注意して処分しておかないと、とんだ恥さらしになるものは手紙である。去年の暮、流行の張子の美人人形を作る人の ところで、集められた反古紙の中の多くの手紙を見たが、人の心の真実が見えて、興味が尽きないものはこれである 一世帯の大事は正月仕舞商用で播州に出掛けている父親が、大坂で家を守っている息子にあてた手紙である。米価の下 落で武士からの集金がうまくゆかないと言い、正月の準備から、掛買いの品の代金の支払いなどこまかく指示し、いっ分 散になるかわからない状態にあることを告げ、資金を借りての商売ゆえに、このような始末になったことを嘆いている ニ栄花の引込所家督を継いだ呉服屋の若主人の放蕩に困った手代九人が、親類の隠居に、若主人をしばらく鎌倉に隠居 させたいと訴えた手紙である。若主人が無断で店の金を使ったことを、具体的に金額をあげて示し、遊興の事実を報告し、 二、三年鎌倉に引っ込ませたいこと、承知してもらえない時は手代九人とも辞職すること、鎌倉に隠居後の若主人の生活 の保証を述べて、若主人に納得させてくれるよう頼んでいる。 いっかくせんきん 三百三十里の所を十匁の無心一攫千金を狙って江戸へ下った男が、商売に失敗して、せめて故郷の大坂で死にたいと、 兄にあてて旅費の無心をしている手紙である。若気ゆえの江戸下りを後悔していること、商売に失敗したこと、三人口に なって生活できないことを述べ、女房と子供は女房の姉に引き取らせるからと、ひたすら誠実を誓って、旅費を出してく れるよう懇願している。 かわおや 四来る十九日の栄耀献立中流程度の商人が、資金をスムーズに借りるために、銀親の旦那を、川遊山に招待したいと、 先方の手代へ申し入れたことに対する返事の手紙である。銀親の手代は招待される日を指定し、旦那の供をする者を知ら せ、料理について指図し、最後に自分が貰った羽織を仕立て替えてくれと注文をつけている。 ほ ) 一がみ
伏見まで水路を積みのばし、鳥羽 はかはり、我人いそがしき中なれば、人の所へもたづねがたし。昼のうちは、 に集積して、鳥羽から陸路を京へ ゆきどころ じしゃゑんま 寺社の絵馬も見てくらしけるが、夜に入りて行所なし。これによって、大分の送る。鳥羽には、京都の運輸の中 心であった牛車の車宿があった。 てかけ かくが 借銭負ひたる人は、五節季の隠れ家に、、いやすき妾をかくまへ置きけるといふ。を三まで、さまざまな大晦日の 苦しみを乗合いの旅人のロを通し ・ ) うた よひ ひんじゃ それは手前もふりまはしもなる人の事、貧者のならぬ事ぞかし。「宵から小唄て描き、次に亭主の入れ替りを仕 組んだ男を出すことで、さらに深 ないしよう うらや さだ く大晦日の苦しさを読者に知らせ きげんの人、定めて内証ゆるりと仕舞ひおかれしや、羨ましや」とたづねけれ ニ 0 一九 る。 みな / 、 われひと ば、この男大笑ひして、「皆々は大晦日に、我人のためになり、内にゐる仕出一四祈願・報謝のために、寺社に 奉納する絵の類。絵馬堂に納める。 ごぞん い、れかは しを、いまだ御存じなささうな。この二三年入替りといふ事を分別して、これ時間をつぶすために、寺社の絵馬 を見て歩くことは、『日本永代蔵』 らち しやくせん ていしゆいれかは にて埒をあけける。たがひにねんごろなる亭主、入替りて留守をいたし、借銭二の二にも見える。 一五年間五度の支払い勘定日。三 みあは ないぎ かひ・かか こひ 月三日・五月五日・七月十六日・ 乞のくる時を見合せ、『お内儀、わたくしの銀は、外に買掛りとは違ひました。 九月九日の節句の前日と大晦日。 一六一家の経済のやりくり。 亭主の腹わたをくり出して、らちをあくる』といへば、外のかけごひどもは、 宅金銀の融通。 いれかはをとこ 四なか / 、すまぬ事と思ひ、みなかへりける。これを大晦日の入替り男とて、近一〈家庭の経済。 究自分にも人のためにもなり。 ニ 0 くふう。 年の仕立しなり。いまだはしみ、にはしらぬ事にて、一盃くはせける」。 巻 しだ はら をと、」 われひと ごせつき かね ひる だいぶん しだ
ほどだいぶんもと 一こんな小商売でも。 ず候。これ程も大分元の入申す事に御座候へば、貴様のならぬ事に候へども、 8 ニ資金。元銀。 てまへ しよじゃうおくだ よく / 、手前迷惑と見えて、はるみ、我を頼みに書状御下しなされ候。このガ = 家計困難。 古 まうし おそむ おかせ 文所存書付にしてつかはし申候。この通りすこしも御背きなく御稼ぎなされ候は の 四 もとおしま おくだ もとんとりか くちすぎ 万 ば、そこ元御仕舞ひ、さう / 、御下りあるべし。我等元銀取替へ、ロ過のなり四生活。 五午前四時頃に起床すること。 まうし 六自分で髪を結い 申候ゃうにいたししんじ申すべく候。 セ台日。地面に埋めた臼を、て 五 じびんかみ わらんぢ からうす かうもの きね まづ朝は七つ起して、自鬢に髪をゆひ、さて草鞋がけにて碓をふみ、香の物こ仕掛けの杵を足で踏んで、つく よ , つにした・もの。 てうせき かさ ^ 香の物を副食とする、朝夕の 菜の朝夕、夜は細縄をなひて荒物屋に売り、雨のふる日は下駄・笠を売るやう 食事。当時は朝夕一一食。 くみお ひあた つひえ にして、身洗ふにも日当りに水を汲置き、湯をわかす事を世の費と覚え、酒・九無用の出費。 一 0 街頭で演ずる放下師。放下師 つじはうか は手品使い。 たばこを呑みとまり、見物事は銭の入らぬ辻放下にも目をふさぎ、女の顔を四 = 激しい労働で、息切れする形 きうす ゃうじゃう はな 五年も見る事なく、盆・正月のあそぶ時、灸を据えて身の養生を大事に、鼻で容。 三毎年八月に交替する大坂城勤 がってん かはばんしゅ てまへろぎん 息する程はたらく合点ならば、替り番衆にやとはれ、手前の路銀つかはぬゃう番の旗本の士 ( 国花万葉記 ) 。任期 を終えて江戸に下る御番衆の荷持 おくだまちまうし まうしいれ ちに雇われて。 にして御下り待申候。この外、始末の段々は、その時分面談にて申入候。以 一三お逢いした時。 上。 ぎい かきつけ み の おき ほそなは ばん けんぶつごとぜに あらものや ごぎ きさま