涙 - みる会図書館


検索対象: 完訳日本の古典 第49巻 御伽草子集
397件見つかりました。

1. 完訳日本の古典 第49巻 御伽草子集

( 原文一八一謇 ) とびら は車輪のように大きく見開かれて、ぐるぐると回っている り荒れて、門はあっても扉はなく、庭には人の踏む道も絶 のき わすぐさ ようである。歯がみをして、躍り上がって立った。そのう えて、軒には朝顔、しのぶまじりの忘れ草と二人をしのぶ ちに、まもなく姫君の車に飛び着いた。中納言がごらんに人さえ見当らず、だれを待つのか待つ人とてないと思えば、 いわま なって、「あれほどに申したのに、自分のことはどうなっ 松風の音までも、心細さがひとしお感じられる。岩間をく ただ てもよい、命はいっこうに惜しくない。あなたをつらい目 ぐる人知らぬ水が、絶え絶えに伝わって流れていく。嵐は こけ すだれ におあわせするのが悲しいのです」とおっしやると、姫君簾を巻き上げて、青い苔や古びた苔のさまも見えて、なお は、「今は何を言ってもしかたがありません。二世にわた さらしみじみとした気分がつのることである。しばらくし ちぎ ってかけた契りです。波の底へ沈んでも、同じ道にと思う て、奥の方から人が一人出てきて、疑わしそうに二人をと のです」とおっしやった。このようなところに、かって内 がめた。中納言が、「やあ、みすぢかではないか、話があ かりようびんが くじゃく 裏で舞わせた、迦陵頻伽と孔雀の鳥との二羽が飛んできて、 る」とおっしやると、お声に驚き、御前に参った。お涙に くらんど 迦陵頻伽がつつと寄り、はくもん王の車を、ぼんと蹴ってむせんで、何かと仰せ出されることもない。蔵人が、「い のけた。そして、孔雀の鳥がつつと寄り、姫君のお車を先ったい、中納言様がご出家なさってからのちは、今日まで、 へぽんと蹴やり、続いて、お車を先へ先へと蹴やった。こ 六十六か国をお捜し申さぬ所もございませんが、どこへい さん の鳥たちが、またいっしょになり、はくもん王の車をあち らっしやっていたのですか」と申した。「急いで内裏へ参 だい らこちらへ蹴るうちに、地獄の底まで蹴こんだ。そうして内しよう」とおっしやったので、お車などに乗られて、ご んゼんおう 国 のちに、この鳥は戻っていった。姫君のお車は、日本国に参内になる。もとのままに人間の身を変えないで、梵天王 天 名高い、花の都、五条の橋に着いた。 のおかげで、羅刹国までごらんになったのは、めったにな わに 梵 それにしても、二人の方々は、鰐のロをのがれ、鬼神の いこととお思いになるのである。天皇からは、「本来の領 門を逃げ去って、夢の道をたどるような気持がして、五条地なので丹後・但馬の両国を下される」という仰せごとで のお屋敷へお帰りになった。いつのまにかお屋敷はすっか ある。中納言は、このようないやな都にいつまでもいたく だい たんど

2. 完訳日本の古典 第49巻 御伽草子集

男一人ずつを夫と定めておもちなさい。十万騎余りの人数 オ小さ子島と申すのは、あまりに背が小さいからだ。ま どくらくせかい は、私の思いのままになっているから、急いで帰ってこち た菩薩島とは、夜も三度、昼も三度、南方の極楽世界から、 らへ渡そう」とおっしやったので、島の女どもも喜び、心 二十五の菩薩たちが、管絃をかなで、姿を現し、あたりに にようごしま 子もうちとけ語った。「この島は、有名な女護の島です」と はよい香りがただよい、花が降り、紫の雲がたって、すば よしつね らしい。そういうわけで、この島を菩薩島とは申すのだ。 伽申した。義経が、「女だけで、男とのまじわりもなくて、 子をもうけるのか」とおっしやると、「そのことですよ、 人の寿命も長くて、八百歳も生きているのだ」と申す。義 これより南方にあたり、南州という国があり、その方角か経はお聞きになり、それでは菩薩がいらっしやるのか、た ら吹いてくる風は、南風といいますが、これをのみこんで、 とえ一日でもここにとどまり、拝みたいものだとお思いに 最愛の男の代りとするのです。また生れてくるのも女ばか なった。願いのとおり、二十五の菩薩が姿を現されて、管 おんぞう りで、だからこのように大勢いるのです」と答える。御曹絃をかなでられて、そのありがたさは心にも思い及ばず、 椴けきよう 子はお聞きになり、「すぐに男を連れてきてあげよう」と、 ことばにも言い表せない。それだから、『法華経』に説か りようりくとくあんのんらく 別れを告げてうまくだましおおせ、お船をおし進める。風れているとおり、「令離苦得安穏楽」という文句を聞く時 じよらんじようしよう の吹くのにまかせて行くうちに、三十日余りという日にな は、ありがたい、ありがたい、上品上生、極楽世界に生 って、またある島にお着きになる。 れるのは、疑いないと思われて、喜びの涙をお流しになる。 そこで、お船を波打際に寄せてごらんになると、背の高まことにありがたいとは思うが、ここに心をとめてもしか さは一尺二寸ほど、扇の長さと同じくらいの者が三十人く たがないというので、またお船をおし出し、風の吹くのに らい出てきた。御曹子はごらんになって、「この島の名は、 まかせてお進みになる。夜が明けたり日が暮れたりするう 何というのか」とお尋ねになると、島人は、こわい目でに ちに、九十五日目と申す頃には、また不思議な島にお着き になる。 らんで、「何ということを言うんだ、おまえは。こここそ ちいごじま さつじま そこで、お船を波打際に寄せてごらんになると、年のこ は、有名な小さ子島とはこの所だ。また菩薩島とも申すの ( 原文八六ハー ) かんげん

3. 完訳日本の古典 第49巻 御伽草子集

かわちのくに 御曹子はごらんになって、河内国は狭いとはいうが、多は強く思っていても、夫婦という川の中に立って、よいか 2 くの人を見てきたけれども、これほどたおやかで、愛らし 悪いかを知らないので、何とも申しようがない。「ほかに さがたいそうすぐれ、美しい人はまだ見たことがなく、い 弾く手もあるのであろうかとおっしやることばに恥ずか 集 おむろいん 子っぞや花の都へ上った時、御室の院の花見があった折に、 しく思って、「楽を奏する琴の糸がみな切れて、ほかに弾 いち たちいふるまい 伽貴賤にかかわりなく人々が群がり集って、門前市をなすと く手もございません。日ごろの立居振舞につけても悲しい いう有様であったが、その時にも、この鉢かずきほどの人のは、むなしく別れた母のことであり、またこの身が消え はいない、何としてもこの人を見捨てがたいとお思いにな てしまうことなく、いつまでも生きながらえて、つらいこ くれない しゆっけ すみぞめ った。「なんと鉢かずきよ、思いそめたからには、紅の色の世に住みはじめ、出家して墨染の衣とも変らない恨めし さいしよう はさめることがあっても、あなたと私との仲は変るまい」 さを嘆いております」とお答えした。そこで、宰相の君は と、千年の松にはるかに契りをかけ、松の浦の亀に久しく お聞きになり、まったくもっともなことと思われて、重ね ういてんべん 契りを結ばれた。今こう言われたあとに、その鉢かずきは、 ておっしやるには、「なるほど、有為転変の世の中に生れ のきば うぐいす 軒端の梅から鶯がまだ離れないというふうに、こうと返事あわせたのはしかたないことだ。この世のつらさは前世の おんぞうし をもおっしやらない。重ねて御曹子が、「これはまあ、あ報いと知らないで、神や仏を恨んでは、明け暮れ過してし たった もみじ の竜田の紅葉ではないが、ロをきかない梔子色にたとえら まうものだ。あなたも、前世で野辺の若木の枝を折り、愛 いわね れるし、ものを言わない岩根の松ともいえようか、弾き捨する仲を隔て離して、人を嘆かせたことがあり、その報い てられた琴の音のように、ほかに弾く手もあるのであろう だけのことがあって、親にも早く死に別れて、まだ幼い心 とこ か、もし恋文をかわす相手もあるのならば、逢うこともな で嘆きながら寝て流す涙が床いつばいになるという様子だ。 はたち くむなしく消えようが、あなたのためならば、もとより恨自分も二十の身となるまで、定めた妻はまだない。ひとり みにはけっして思うまい、さあ、どうなのか」とおっしゃ さびしく寝るうたた寝の、枕もさびしく過すことも、前世 ごういん るが、鉢かずきは、放し飼いの馬が人になれるように、気にあなたとの契りが深くて、その業因が尽きないからこそ、 ( 原文五六 ) くちなしいろ カく

4. 完訳日本の古典 第49巻 御伽草子集

( 原文三四 ) のいろいろな物をごらんになって、うらやんだので、文正は、不思議に思って、急いで行って見ると、二、三百人が、 が、「私つねをかは娘を二人もっております。前にいただ御堂の前の白砂に並んですわっていた。近く寄って聞いた きましたものを、妹がおうらやみ申しております、これに ところが、管絃の音が、耳を驚かすような趣である。おも もやってくださいーと申したところが、前々から用意して しろさ、尊さは、想像もっかないほどで、「これほどおも おかれたので、先に劣らぬ美しい物の数々をお贈りなさっ しろくありがたいことを、今まで聞かなかったとは情けな ひきぞもの いことだ。ありがたいことで、罪も消えました。お引出物 文正は、「皆様がた、・ こ退屈でいらっしやるならば、こ をさしあげましよう」と言って、さまざまの物をさし上げ みどう しゅうと の西の御堂へ参って、気晴ししてください」と申した。すたところが、一行の人々は、「はやばやと舅から婿への引 ぐに一行は御堂へ参りごらんになると、まことに尊くあり出物をお取りなさる」と言ってお笑いになる。 がたい気持がして、あちらこちら見まわされたところが、 姉の姫君は、先の硯の下の手紙が、人知れず気にかかっ 琵琶や琴を立て並べ置いてあるのを見つけられて、これは ていたが、こちらから言い伝えるようなってもない、その 珍しいとお思いになり、琵琶を引き寄せお弾きになる。兵うえに、先年お下りなさった国司よりも身分の低い人であ えのすけ とうまのすけしよう しきぶのたゆう 衛佐が琴を弾き、藤右馬助が笙を吹き、式部大夫が笛を吹ろうと、あれこれ思い悩んでいらっしやった。一方、文正 き、興にのって感激の涙を流した。文正の身内の者が、こ が使いをたてて、「私の姫たちに、今度は聞かせたく思い れを聞いて、「つまらない人を御堂へお人れなさって、土ますので、もう一度おもしろくお弾きください」と申した。 子 の塀を破るのでしようか、ぎしぎしと音をたてています」 中将殿をはじめ、一同はみなうれしく思われ、身なりをと 草 正と申したので、文正は、「見てこい」と申した。十人ばか とのえて、お御堂へお移りになる。姫君たちも身なりをと 文 りが行って、なかなか帰ってこないので、また二十人ほど とのえ、女房たちや下女に至るまで、思いもっかないほど かたいなか 行くが帰らないし、あれが行き、これが行きというぐあい に装わせ、御堂へおはいりになる。片田舎とも思われぬほ じんこうじゃこう に行くうちに、みなことごとく行ったまま帰らない。文正ど、おくゆかしい様子であり、沈香や麝香の香りがたちこ ひょう むこ

5. 完訳日本の古典 第49巻 御伽草子集

休めん」と、笈どもをおろしおき、ささえの酒を取り出し、三人の人々に、 おきなおほ しゅ一 「御酒こしめせ」とて参らせける。翁仰せけるやうは、「いかにもして、忍び一召しあがれ。「こしめす」は 「きこしめす」の略 しゅてんどうじ 子人らせ給ふべし。かの鬼、つねに酒を呑む、その名をよそへて、酒呑童子と名 = さしあげた。進上した。 三ことよせて。なぞらえて。 四「しゅてん」は、諸本に「酒天 御づけたり。酒を盛り、酔ひて臥したるものなれば、前後を知らず候ふなり。こ 「酒顛」「酒伝」「酒典」ともあてら じんべんきどくしゅ の三人の翁こそ、ここに不思議の酒を持つ、その名を神便鬼毒酒といひ、神のれているが、この記事にもとづい て、「酒呑」の字を用いる。 どくさけ ひぎゃうじざい 方便、鬼の毒酒とよむ文字ぞかし。この酒、鬼が呑むならば、飛行自在の力も五「神変奇特」に「神便鬼毒」をか けたもの。「神変奇特」は人知では 失せ、切るとも突くとも知るまじき。御身たちがこの酒を呑めば、かへって薬はかりしれない不思議なこと。 六自由に飛んで行けるという神 きどく となる。さてこそ、神便鬼毒酒とは、後の世までも申すべし。なほなほ奇特を通力。 セ不思議なしるし。 しかぶと きじん びよう 見すべし」とて、星甲を取り出し、「御身は、これを着て、鬼神が首を切り給八甲の鉢に鋲を多く打ちつけた もの。 しさい よりみつ へ。何の子細もあるまじき」と、くだんの酒をあひ添へて、頼光にこそ下され九さしつかえ。面倒なこと。 ける。六人の人々は、このよしを御覧じて、さては、三社の御神の、これまで一 0 八幡・住吉・熊野の三神。 カんるいきもめい 現じましますかと、感涙肝に銘じつつ、かたじけなしとも、なかなかに言葉に = ご出現なさるか。 一ニ深く心に感じて涙を流すこと。 せんだち せん も言ひがたし。その時、翁は岩屋を立ち出で、「なほなほ先達申さん」と、千一 = 一丈は十尺、曲尺で約一一 一四 鯨尺で約三・八。 じゃうだけ そたにがはい いはあな一三ちゃう 小さい谷川 丈嶽を登りつつ、暗き岩穴十丈ばかりくぐり出で、細谷河に出で給ひ、翁仰せ一四幅の狭い谷川 げん はうべん おひ のち さじゃ いだ がみ

6. 完訳日本の古典 第49巻 御伽草子集

取りてたべ」とぞ宣旨なる。「かしこまって候ふ」とて、御所へ帰り、姫君にのであろう。笛吹聟の昔話では、 そのような趣向はなくて、初聟人 ぞ申させ給ひける。姫君聞き給ひて、涙を流して、「まことに、これはたやすりのために主人公が天上に上るの である。 あしはらこくちぎ にんげん からぬことなり。みづから葦原国に契りあるによって、しばし人間にて候ふあ = 「たぶ」は「たまふ」と同じ意。 一ニ人間の世界。人の世。天人も、 ひだ、また梵天へ上らんことたやすからず。また中納言殿、はるばるの道なれいったん下界に下ると、たやすく 天上に上ることはできない。 をんぞんこく くだら ば、梵天国へおはしまさんほどの別れ、いかがあるべき」とて、臥し沈み泣き一三古代朝鮮の三国の一。百済。 一四この世の別れをさす。 みだいり しんだんはくさい 一五日本が盗人国であるというの 給ふ。中納言きこしめし、「御身、内裏へ参り給はずは、震旦百済に流されて、 は典拠未詳。謡曲『羽衣』に「疑ひ とたびう 一度は失せぬべし。ただ内裏へ参らせ給へ」と、泣く泣くのたまへば、姫君、は人間にあり、天に偽りなきもの を」とある。 ぬすびとぐに 「それ、日本葦原をば、盗人国と申して、人の心が人間にあらず。梵天国のな一六ならわし。習慣。 一七 宅笹野本に「うたてのちうなこ なさけ らひにて、人に契りを結び、またと契りかなはず。情なくも、かかる仰せをん殿や、かゝるなさけなき事、の たまひ候物かな」とある。 とら うけたまは 承るこそ愚かなれ。虎臥す野辺、火の中、水の底までも、おくれ奉るまじき l< 「おくる」は、親しい者に死に 一九 別れる、生き残る意。 しゃうじん 国なり。さりながら、みづからが申さんやうにおはしませ。今日より七日、精進究身を清めて心を慎むこと。 ニ 0 ニ 0 垢離をとってください。「垢 こり・ のちあたごやまだけ に身を清め、七度の垢離をかき給へ。その後、愛宕山の嶽にあがりて、御覧ぜ離」は、神仏に祈願をこめるため に、冷たい水を浴びて身と心とを もと いゐかたそみち よ。乾の方へ細道あり。七里ばかり行きて、大木一本あるべし。その木の本に、清めること。 ニ一成亥。北西。 1 むまびき 馬三疋あるべし。中にも、痩せたる馬を牽きておはしませーと仰せければ、中 = = 一里は、約四、ト、 の たいく ごしょ お キロメ 0

7. 完訳日本の古典 第49巻 御伽草子集

うたのつかさ 人れければ、七日と申すには、うつくしき玉のごとくになりにけり。その後は、一四「うた」は、雅楽寮の雅楽で、 うたのじよう うたのかみうたのすけ 「雅楽頭」「雅楽助 1 「雅楽允」など うたれんが とあるべきところを、誤って、左 日々に従って、玉の光あるに似たり。男、美男の名をとり、歌連歌人にすぐれ 八 衛門と結びつけたものか。または ひたたれえもん 。女房かしこき人にて、男の礼法を教へける。しかるに、直垂の衣紋かか大和国 ( 奈良県 ) の宇陀郡など、ど こかの地名とも考えられる。 くぎゃうてんじゃうびと ぼし きぎはびん り、袴のけまはし、烏帽子の着際、鬢つきまでも、いかなる公卿殿上人にもす一五宮中でもお聞きになって。 「内裏にきこしめしてーの意。 げんざん ぶんのかうのとの ぐれたり。かかるほどに、豊前守殿は、このよしきこしめし、見参のために = 〈天皇の勅を記した文書、また その趣旨を述べ伝えること。 ぶぜんのかみ 豊前守、これを見て、「男、美男にて宅の簾をかけた車。帽額は 召さるる、ひきつくろひて参られたり。 御簾の上方に横に長く引きめぐら みやうじたれ おはしける、名字は誰」と問ひ給へば、「ものくさ太郎」と答へける。「ことのした布。 穴上皇・法皇または女院の御所 たてまっ ほかなる御名かな」とて、初めてうたの左衛門になし奉る。かやうにとかくすに参上すること。ここでは、内裏 に参上すること。 せんじ るほどに、このこと内裏へきこしめして、急ぎ参れとの宣旨なり。辞退申せど一九大内裏の朝堂院の北部中央に 一八 あった正殿。もと天皇が政務をと ゐんざん もかうぐるま だいこくぞん かなはず、帽額車に乗りて、院参する。大極殿に召し、「なんぢは、まことにった所で、朝賀・即位などの大社 が行われる。 をりふしばくわうぐひす じゃうず 連歌の上手にて侍るなる、歌二首つかまつれ」と宣旨なり。折節、梅花に鶯の = 0 鶯が飛び梅花が散。ての意か。 ニ一「濡れたる」は、涙に泣き濡れ るのと、雨に濡れるのとをかける。 飛びちりて、さ ~ づるを聞き、かくなん、 「梅の花笠」は、梅の花の満開のさ うめはながさも まを笠に見立てたもの。 鶯の濡れたる声の聞ゆるは梅の花笠洩るや春雨 一三「叡」は、天皇の行為に関して えいらん 1 みかど 用いる接頭語。 帝、これを叡覧ありて、「なんぢが方にも、梅といふか」と宣旨なりければ、 はかま九 だいり 一四 びなん はるさめ

8. 完訳日本の古典 第49巻 御伽草子集

たからもの くわんおん 数の宝物を人れられたり。姫君、これを見給ひて、わが母長谷の観音を信じ給 = 幾度も染汁に浸して染めた袴。 りやく 一ニ仏菩薩の衆生に与える利益。 りしゃう ひし御利生とおぼしめして、嬉しきにも悲しきにも、先立つものは涙なり。さ一 = 「こしらふ、は、身仕度を整え る、装う意。 高「ざざめく」は、ざざと声をた て、宰相殿、これを見給ひて、「これほどいみじき果報にてましますことの嬉 てる、騒ぎたてる意。 よめあはせ 0 しさよ。今はいづくへも行くべきにあらず」とて、嫁合の座敷へ出でんとこし一 = 疾く疾く。早く早く 一六「ふる」は、ひろく告げる意。 宅正妻の子で家督を相続する者。 らへ給ふ。すでにはや夜も明けければ、世間ざざめきける。人々言ひけるは、 穴品格のよい。上品な。 「これほどの御座敷へ、あの鉢かづきが出でんと思ひ、いづくへも行かぬこと一九「ふみくくむ」は、物の中に押 し込むこと。ここでは、足の見え ふとくじん ないように袴のを引いてはくこ の不得心さよ」と笑ひける。 と。その袴は長袴である。 ちくし よめごん しゃうぞく 一八 さるほどに、とくとくとふれければ、嫡子の御嫁御前は、尋常なる御装束に = 0 饗宴の時などに主人から客 ( 贈るもの。 て、御年のほど二十二三ばかりとうち見えて、頃は九月半ばのことなれば、肌 = 一中国から伝えられた、浮き織 りに織った綾。 くれなゐ ニニ衣類一一反を一疋という。 には白き御小袖、上にはいろいろの御小袖召し、紅の袴ふみくくみ、御髪はた ニ 0 ニ三もと衣類を収める箱の蓋。の かかや ひきぞもの からあやニニひき けに余り、あたりも輝くばかりなり。御引出物には、唐綾十疋、小袖十かさね、ちに単独にその蓋だけを作って、 を」 人に贈るものなどを載せた。 けたか づひろぶた ニ四「参らす」は、さしあげる意。 広蓋に人れ参らせ給ふ。次男の嫁御は、御年二十ばかりにて、尋常にして気高 、カ ニ五練らない生糸で織ったもの、 鉢 すずし く、人にすぐれて見え給ふ。御髪はたけと等しく、御装束は、肌には生絹の御薄くて軽い絹布。 ニ六金銀の箔を摺りつけたもの。 6 あはせ すりはく めもの 毛刺繍をしたもの。 袷、上には摺箔の御小袖、紅梅の縫物の御袴ふみくくみ、さて、引出物には、 一五 よ ぐし よめご 一九 ぐし

9. 完訳日本の古典 第49巻 御伽草子集

たちゐ づかしさに、「調べの糸みな切れて、よそにひく手も候はず。なみの立居に悲 = 「文」に「踏み」をかける。 一ニ夫婦の関係を川にたとえる。 しきは、むなしく別れし母のこと、さてはこの身の消えやらで、いつまで命な一 = 音楽を奏する琴の糸。 一四「墨染」に「住み初め」をかける。 すみぞめ なげはんべ 墨染の色になるとは法衣を着る意。 がらへて、あらぬうき世に墨染の、色にもならぬ怨めしさを、歎き侍りける」 一五そうだね。それだからさ。 ことわり・ と申しければ、宰相の君はきこしめし、げにも理なりとおぼしめして、重ねて一 = 世間のすべての現象が変りや すくはかないこと。「有為」は、因 うゐてんべん むま 仰せあるやうは、「さればとよ、有為転変の世の中に、生れあひぬるはかなさ縁によって生ずるすべての現象 毛「若木」の縁で「なげき ( 木 ) 」を あか すご よ。憂きは報いと知らずして、神や仏を怨みつつ、明し暮して過すなり。御身出して、「歎き」にかける。 穴「せく」は、流れを途中でさえ も、先の世に野辺の若木の枝を折り、思ひし中をおし隔て、人に歎きをせさせぎって、満ちあふれさせる意。 「床せく」で、床いつばいになる意。 つる、報いのほどのことありて、親にも早くおくれつつ、いまだいとけなき心究境涯。境遇 一九 ニ 0 片袖を敷いてひとり寝る。 たちきゃうがい に、ものを思ひ寝の涙床せく風情なり。みづから二十の境界まで、定むる妻は = 一苦楽の果報をまねく原因とな ニ 0 る善悪の行為。 かたし まくら いまだなし。ひとり片敷くうたた寝の、枕さびしく住むことも、先の世に御身 = = 孤島をさす。 ニ三荒野をさす。 品深い海底。一尋は両手を左右 と契り深くして、その業因の尽きねばこそ、めぐりめぐりてとにかくに、今こ を」 に広げたときの両端の間の長さ。 かた づ こにおはすらん。世にいつくしき人なれど、縁なき方へは目もゆかず、御身に = = 「五道」は五種の迷界、すなわ ち地獄・餓鬼・畜生・人間・天を 鉢 縁があればこそ、かくまで深く思はるれ。思ひそめにし昔より、今逢ふまでのいう。「輪廻」は、霊魂が肉体とと もに滅びないで、車輪の回るよう -0 ことは すゑたの くぢら ちいろ ごだう 言の葉こそ、末頼もしく思はるれ。鯨の寄る島、虎臥す野辺、千尋の底、五道に永久に迷界をめぐること。 お さいしゃう わかき 一八 とこ ごふいん とらふ ニ四

10. 完訳日本の古典 第49巻 御伽草子集

ぐそく すなら、おのおのがた具足をおつけなさい」というので、 「よくぞここまで参った。しかしながら、安心するがよい。 まずは物陰に隠れておられた。頼光のいでたちは、らんで鬼の足と手とをわれわれが鎖でつないで、四方の柱に結び 、ぐさり ひおどしよろい ん鎖と申して緋縅の鎧をつけられ、三社の神が下さった星つけたから、少しでも動く様子はないだろうよ。頼光は首 ししおう かぶと を斬れ。残りの五人の者どもは、前やうしろに立ちまわり、 甲に、同じ毛の獅子王のお甲を重ねてつけられて、ちすい つるぎ なむはちまんだいなさっ と申した剣を持ち、南無や八幡大菩薩と、心の中に祈ってずたずたに斬り捨てよ。わけはあるまい」とおっしやって、 門の扉を押し開き、かき消すように見えなくなられた。そ 進み出られる。残りの五人の人々も、思い思いの鎧を着て、 れでは、三社の神たちが、ここまでご出現なさったのかと、 いずれも劣らぬ剣を持ち、女たちを先に立て、心ひそかに いしばし 忍んでいく。広い座敷を通り抜けて、石橋を越え渡り、中感激の涙を流し、強く心に感じて、頼もしく思いながら、 の様子をごらんになると、一同みな酒に酔いつぶれて、だ教えに従って、頼光は、頭の方に立ちまわり、ちすいをす れだととがめる鬼もいない。鬼の上を乗り越え乗り越えし るりとお抜きになって、「どうぞ三社の神様、力を添えて きじん やかた ください」と、三度社拝してお斬りなさると、鬼神は、目 て、ごらんになると、広い座敷のその中に、鉄で館を建て、 とびら かんぬき 同じく鉄の扉に鉄の太い閂をさしてあって、凡人のカでは、 を見開いて、「情けないぞ、客僧たち、偽りはないと聞い ていたが、鬼神に邪道はないのに」と、起き上がろうとし なかなか中へはいれそうにもない。牢のすきまから見てみ ともしび てつじようさかこ たが、足も手も鎖につながれていて、起きられるはずがな ると、四方に灯火を高く立て、鉄杖や逆鉾が立て並べてあ いので、おおとわめき叫ぶ声は、雷電や雷のようで、天地 、童子の姿を見てみると、宵の姿とはすっかり変ってい 子 も鳴り響くばかりである て、その背たけは二丈あまりで、髪は赤くさかだち、髪の たちさき ひげまゆげ もとより、武士たちは、太刀先は鋭くて、手早くずたず 呑間から角が生えて鬚も眉毛もぼうぼうに茂り、足や手は熊 たにお斬りになると、首は天に舞い上がる。それは、頼光 のようで、四方へ手足を投げ出して寝ている姿を見ると、 はちまんすみ 身の毛もよだつほどである。ありがたいことに、八幡・住を目がけて、ただ一噛みにとねらってきたが、星甲に恐れ っ 0 よしくまの をなし、頼光の身に別状はなかった。足・手・胴まで斬り、 吉・熊野一二社の神がご出現なさって、六人の者どもに、 よい ひとか 0