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検索対象: 完訳日本の古典 第49巻 御伽草子集
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1. 完訳日本の古典 第49巻 御伽草子集

しじよう みつぎもの ちゃぶくろ 捨てて、都に上り、あちらこちらと見るうちに、四条や五は、貢物の米を取って茶袋に人れ、姫君が寝ていらっしゃ ありさま 3 条の有様は、想像もっかずことばにも表せないほどである。 るうちに、計略をめぐらして姫君のお口に米つぶをぬり、 さんじようさいしようどの そうこうするうちに、三条の宰相殿と申す人のもとに立ち そうしてから、茶袋だけを持って泣いていた。宰相殿がご 集 子寄って、「お頼みします、と言ったところが、宰相殿はおらんになって、お尋ねになったので、「姫君が、私がこの 伽聞きになり、おもしろい声だと思い、縁先へ出ていって、 ごろ取り集めておきました米を、お取りになりお召しあが ごらんなさるが、人影もない。一寸法師が、こうしている りになってしまいました」と申すと、宰相殿はたいそうお あし と、人にも踏み殺されかねないと、そのあたりにあった足怒りなさって、ごらんになると、なるほど、姫君のお口に うそいつわ 駄の下にはいって、「お頼みします」と申すと、宰相殿は、米つぶがついている。まさしく嘘偽りではない、このよう 思いがけないことだな、人は見えないのに、おもしろい声な者を都に置いてどうしようか、何とかして殺してしまお で呼んでいる、出て見ようかとお思いなされ、そこにある うと、一寸法師にその役を仰せつけられる。一寸法師は、 足駄をはこうとなさったところが、足駄の下から、「私を姫君に向って、「私のものをお取りになりましたために、 お踏みなさいますな」と申す。不思議に思って見ると、風どうにでも取りはからうようにとの仰せがございました」 変りな者であった。宰相殿はごらんなさって、「まことに と申して、心の中でうれしく思うことは限りない。姫君は、 愉快な者だ」とおっしやって、お笑いなさった。 ただ夢のような心地のままに、すっかりぼんやりしていら こうして、年月を送るうちに、一寸法師は十六歳になる っしやった。一寸法師が、「早く早く」とお促し申すので、 やみ が、背たけはもとのままである。ところで、宰相殿には、 姫君は、闇の中へ遠く行く気分で、都を出て、足の向くま 十三歳におなりになる姫君がいらっしやる。お顔かたちが まにお歩きなさるが、そのお心の中こそ、推し量られてあ すぐれていらっしやるので、一寸法師は、姫君を拝見した われである。ああ、かわいそうに、一寸法師は、姫君を先 時から、恋の思いがつのり、何とかして策をめぐらし、自 に立てて出ていった。宰相殿は、ああ、姫をお引きとめな 分の妻にしたいものだと思っていた。ある時に、一寸法師 さってほしいと思われたが、継母のことなので、さほどお ( 原文一九六謇 ) おお

2. 完訳日本の古典 第49巻 御伽草子集

21 文正草子 嫌ひ給ふことのあさましさよ。このこと る かなはぬものならば、つねをか何となる い て っ べき」と言ひて、いろいろ申せども、返 を 子 事もせず。あまりにくどきければ、姫た 銚六「くどく」は、しきりに思うこ て とを述べ訴える意。 だいぐうじどのきんだち ね ちは、「大宮司殿の公達を嫌ひて候へば、 を うち で セ私どもを気にくわないものと 大宮司殿も、心の中は、さこそおぼしめ 元お思いでしよう。 ( 絵 ) は さん。ただ身を投げん」とぞ申しける。 房 女 る このうへはとて、大宮司殿へ参り、この え 伝 を よし申しければ、大宮司殿は、国司へ始 要 の ひな めより終りまで語り給へば、このよしき 司〈田舎住い。「鄙」は「都」に対す に ることば。 娘 こしめし、「このほどは、あひ見んこと 九皇太子その他の皇族に対する 敬称で、摂政・関白にも用いられ うひなすまゐ る。ここでは関白をさす。天下を を思ひて、もの憂き鄙の住居も慰みぬれ、今はそのかひなし」とて、都へ上り 治めるというので「天下」とも記し 給ひける。 た。『日葡辞書』に「テンガ関白 てん の尊称」、易林本『節用集』には「殿 ひかず てんがごしょ 日数重なりて、都〈著かせ給ふ。まづ殿下の御所 ~ 参りける。折節、国々の摂政関白」とある。 っ をりふし のな 一三ロ

3. 完訳日本の古典 第49巻 御伽草子集

すじよう じい語らいも尽きないうちに、明けてしまう初めての逢う瀬日こそ素姓があらわれるであろうとお思いになり、都で用 みかぶりそくたい であるよ ) いるご装束はすべて持っておられるので、御冠、束帯の姿 まゆ と、このようにおっしやると、姫君は、恥ずかしげに顔を で、鉄漿をつけ、眉をかかれると、想像もっかずことばも そむけながら、 及ばぬほど、美しくお見えになるのである。文正の家中の 数ならぬ身には短き夜判ならしさてしも知らぬしのの者は、これを見て、商人はどこであろうか、ただ神仏がご めの空 出現になったかと驚いた。大宮司殿は、若君を五人お連れ みどう ( とるにたりない私の身には、たしかに短い夜でしようが、 になって、輿でおいでになり、御堂の正面をごらんになる それにしてもまだおぼえのない明け方の空ですよ ) と、中将殿がおられるとお気づきになり、驚き恐れ、輿か ひょく かんばくゼんか それより、天にあるならば比翼の鳥となり、地にあるなら らころがりおり、「それにしても、関白殿下の御子の二位 れんり ば連理の枝となろうと契りをおかわしになった。 の中将殿がお見えにならなくなったといって、国々をお尋 二人の仲は、隠そうとするが、おのずと知られて、人々 ね申していらっしやると承っております。ここにおいでに はひそかに噂しあっていた。母上もお聞きになって、「あ なるのを、夢にも存じあげないとは、驚いたことですよ」 きれたことだ、大名たちを嫌って、商人と契りを結んだと とあきれて、かしこまって控えていらっしやる。 ひょうえのすけ は悲しいことだ。商人につけて追い出そう」と申していた そのうちに、兵衛佐が出てきて、「なんとさだみつ、こ が、そのうちに、文正の所では、都から下った商人を大事こへ参れ」とおっしやるので、文正は、急ぎ家に帰り、 だいぐうじどの 子 にもてなして、管絃を奏させるということを、大宮司殿が 「あきれたことだ、人が目をかけてはならないものは京の 正お聞きになり、お使いを遣わされたので、文正は承り、 商人だ。もったいなくも、わが主人を無社に申すとは」と、 文 「かしこまりました」と答えて、商人に向い、「大宮司殿が、 ふるえ泣いた。大宮司殿は、文正を召し、「おまえは知ら お聞きになろうとおっしやるので、いつもより身なりをと ないのか、恐れ多くも、関白様の御子で、二位の中将殿と とのえて、管絃を奏してください」と申したところが、今申して、肩を並べる人とてないお人なのだ。それにしても、 よ かね

4. 完訳日本の古典 第49巻 御伽草子集

え相手の娘がどのような者の子であっても、おろそかには あまりにありがたくて身に過ぎるほどだ」とお申しなさる ぶんしよう % と、文正は承り、気力も失せる心地がして、このところ商思ってはならないといって、大事におもてなしになる。姫 くれないはかま ななえぎぬ からぎぬ かんばくさま 人と思っていたが、関白様の御子でいらっしやるとは、少君は、藤がさねの七重衣に、ゑいその唐衣、桜の紅の袴を、 子しも知らなかったと顔を赤らめて、また家へ戻った。「婿あざやかに着こなしていらっしやるので、姿や風情は、ま 伽殿は関白様だ、関白様は婿殿だ」と、気が違ったように喜ことに美しさがたとえようもない。どういうわけで、文正 とかいう者の子にお生れになったのであろう、まったく天 んだ。 ちょうあい ちゅう みこし だいぐうじどの 大宮司殿は、みずから御輿をかつぎ、自分の屋敷へ中人がこの世にご出現なさったかと、ご寵愛なさることは限 ひたちのくに じようどの りない。今度のごほうびにというので、常陸国を大宮司に 将殿をお移しして、関東八か国の大名にこのことをふれた ので、われもわれもと参集した。人々は、「姫は、これほ賜った。 さんだい ところで、中将殿が皇居へご参内なさると、このところ どすばらしい幸福をおっかみになろうとして、これまで多 みかど くの人をお嫌いになったのだ」と申した。中将殿は、姫君恋しいとお思いになっていた折なので、帝のお喜びはたと を連れて、都へ上ろうとお思いなされ、ご出発なさる。東えようもない。すぐに大将に任ぜられる。そして、今まで のことなどをお尋ねになったので、ひとつひとつお語りに 国の大名一万余騎が、お供に参った。お世話役には、大宮 司殿の奥方をはじめとして、われもわれもと参った。文正なる。帝のおことばがあって、「妹もきっと美しいであろ う」とおっしやるので、「姉よりもまさっております」と の四方の倉の宝物は、今をおいていつの役に立てようかと、 せんじ 申されると、すぐに、参内するようにとの宣旨を下された。 お車をば金銀で飾り、女房たちを美しく飾り、都へお上り になるので、見る人も聞く人も、うらやまない者はなかっ文正は、このことを聞き、おことばはありがたくはござい こ 0 ますが、姉はやむをえないとしても、味はこの国に置きま きたまんどころ して、朝夕拝見しないではおられませんという旨を申した 三月十日過ぎに、都へお着きになる。関白の北の政所も、 ので、そのことを奏上したところが、それではと、父母と ただ夢のような気がなさって、うれしさは限りない。たと ( 原文四〇ハー ) どの むこ

5. 完訳日本の古典 第49巻 御伽草子集

みだう れ給ひて、にて人らせ給ひ、御堂の正 きも ちゅうじゃうどの 面を見給へば、中将殿と見給ひ、胆を消 る し、輿よりころびおり、「さても、殿下 す 面 の御子に二位の中将殿、失せさせ給ふと 司 大 て、国々を尋ね参らせ給ふと承り候ふ。 て い たてまっ お これにましますを、夢にも知り奉らぬこ に 前 を と、あさましさよ」とあきれて、かしこ ( 絵 ) 、カ まりてぞゐ給ふ。 将 中 ひやうゑのすけ の 姿セ呼びかけのことば。なんと。 さるほどに、兵衛佐立ち出でて、「い 束どうじゃ。 八大宮司の名。京大本に「さた かにさだみつ、これへ参れ」とのたまへ 冠 みち」とある。 ば、文正、急ぎ家に帰り、「あさましや、 子 九人が目をかけてはならないの 草九 正人の目を見すまじきものは京の商人なり。かたじけなくも、わが君をなめげにはの意か。「目を見す」は、ここで はよい目にあわせる意か。普通は 文 ひどい目にあわせる意に用いられ 申す」と、ふるひ泣きけり。大宮司殿は、文正を召し、「なんぢ知らずや、か る。 てんがどの かた たじけなくも、殿下殿の御子に、二位の中将殿と申して、並ぶ方なき御人なり。一 0 無礼に。無作法に。 ゝをン / ル こ / 、 い てんが 7 ながえ 六二本の轅の上に屋形を置き、 人を乗せるもの。肩でかつぎあげ、 また手でささえて行く。

6. 完訳日本の古典 第49巻 御伽草子集

ひ、かやうに心も賤しからざれば、殿 じゃう 上へ召され、堀河の少将になし給ふこ ちちはは そめでたけれ。父母をも呼び参らせ、 もてなしかしづき給ふこと、世の常に てはなかりけり。 さるほどに、少将殿、中納言になり 給ふ。心かたち、はじめより、よろづ 人にすぐれ給へば、御一門のおぼえ、 さいしゃうどの いみじくおぼしける。宰相殿きこしめ のちわかぎみ し、喜び給ひける。その後、若君三人 ( 絵 ) 師出で来けり。めでたく栄え給ひけり。 法 すみよし すゑはんじゃう 寸住吉の御誓ひに、末繁昌に栄え給ふ。世のめでたきためし、これに過ぎたる一 = 底本に「すぎざることは」とあ るが、文意によって改めた。 ことはよもあらじとぞ申し侍りける。 201 い 一四 はんべ 三人の若君をもうけてめでたく栄える。几帳や高も見られる。 一四「おはしける」の誤りか 一三評判。 る意。 = 清涼殿の殿上の間。「殿上へ 召す」は、殿上人に加える意。 一 = 「かしづく」は、大切に世話す

7. 完訳日本の古典 第49巻 御伽草子集

きもたましひう みやうが ぶんしゃううけたまは 一神仏に見放されるだろうの意 さても、冥加につきなん」と申し給へば、文正承り、肝魂も失するここち 0 で、あまりにも恐れ多い、もった あきびと てんが して、このほど商人と思ひつるに、殿下の御子にてわたらせ給ふを、夢にも知いないことをいう。↓一三ハー注一一 0 。 集 ニ気力も失せる心地がして。非 むこどの 草らずと赤面して、また内へ戻りけり。「聟殿は殿下そ、殿下は聟殿よ」と、も常に驚きあきれるさま。 伽 三「わたるは、「あり「をり」 の尊敬語。いらっしやるの意。 のに狂ふよしに喜びける。 四文正の無邪気な性格がよく表 る だいぐうじどの 被れている。 大宮司殿は、手づから御輿をかき、わ、ノ 笠五「かく」は、「舁く」で乗物など 市をかつぐこと。 が宿へぞ移し申し、八か国の大名にふれ は 房 女 ければ、われもわれもと参り集まりけ ぎ さいはひ っ る。「これほどめでたき幸をひき給はん を しょにん で とて、諸人を嫌ひ給ひけるーと申しけ 人 ぐ の 男 る。中将殿は、姫君を具して、都へ上ら る 上 いた へ んとおぼしめし、御出で立ち給ふ。東国 都 て と - も れ の大名一万余騎、御供に参りけり。御介 を きたかた しやく 姉 錯には、大宮司殿の北の方をはじめとし 将六以下、宝物を惜しまないで使 中 うさま て、われもわれもとぞ参りける。文正が ( 現代語訳一一五八 ) こし かい 0

8. 完訳日本の古典 第49巻 御伽草子集

( 原文一八 ) くまで姫たちに参拝させた。このように注意深くするので、 た娘の所へ行き、このことを申したところが、姫たちは、 途中で奪い取ることもできない。 「このような男女の縁は、貴いとかいやしいとか身分の別 によらぬことでございます。ひたすら尼になって、つらい 大宮司殿が、このことを聞かれ、文正を召して、「おま ふちかわ えは、ほんとうか、光るほど美しい姫をもっていると聞く この世をいとい避けるか、そうでなければ、淵河へでも身 が。大名たちのほうへはさし出してはならない、わが子に を投げましよう」と嘆いた。文正はさめざめと泣いて、ま さし出すがよい」とおっしやるので、文正は、うれしく思 た大宮司殿のもとへ参り、このことを申したところが、 い、すぐに自分の家に帰り、「ああめでたいことだ、大宮 「それほどのことならば、しかたない」とおっしやった。 くろうど 、えふ さて、そののちに、衛府の蔵人みちしげという人が、常 司殿の若君を婿に取るのだ。だれもかれもお供せよ」と騒 たちこくし ぎたてた。すぐに姫たちの所へ行って、「めでたいことだ、 陸の国司に任ぜられてお下りなさった。この人は、はなは 大宮司殿が、嫁にしようということをおっしやる」と申し だしく色好みで、どのような山家の育ち、いやしい女であ た。姫たちは、情けなさそうな様子で、涙ぐんでいるよう ろうとも、顔かたちの世にすぐれた人をと、物色していら に見えたので、文正は、すっかりあきれてすわっていた。 っしやった。国中の大名たちが、われもわれもと美しい女 姫たちは、「どのような女御や后にもなり、または位の高を見せたが、気に人らないで、月日をお送りになっていた。 かしま い貴人などでも、ひょっとしたら心を寄せることもありま そんな折に、ある人が、「鹿島の大宮司の下男で、文正と ごせ しようものを。そうでなければ、尼になって、後世に仏果いう者が、光るほど美しい娘をもっております。国中の大 子 を得て極楽に往生することを願いましよう」と申した。文名が、われもわれもと結婚を申しこまれましたが、取りあ 草 あまくだ 正正は合せる顔もなく、大宮司殿にこの有様を申すと、大宮 げられません。これは、天人の天降られたかと思われます 文 司殿は腹をたて、「おまえの子どもの分際で、わしを嫌う ほどの美しい娘で、そのような娘を二人ももっています。 主人の大宮司に仰せつけられて、その娘をお召しなさいま 町とは、想像もっかないことだ。急いでさし出さなければ、 おまえに刑罰を課するぞ」とおっしやるので、文正は、ませ」と申したので、国司はお喜びになり、大宮司を召し出 やまが

9. 完訳日本の古典 第49巻 御伽草子集

しや、大名たちを嫌ひて、商人に契りしことの悲しさよ。商人に付けて追ひ出 あい くだ さん」とぞ申しけるほどに、文正が所にこそ、都より下りたる商人を愛し置き くわんげん だいぐうじどの うけたまは り、一「大宮司殿に」とあるべきとこ 草て、管絃させるよし、大宮司殿へきこしめし、御使ひありしかば、文正承 伽 ろ。「大宮司殿においてと解され る。 「かしこまって候ふ」とて、商人に申し、 ちゃうもん けるは、「大宮司殿、御聴聞あらんとの たまふあひだ、いつよりもひきつくろひ て、管絃し給へ」と申しければ、今日こ そあらはれんとおぼしめし、都にての御 四 かぶりそく 装束、いづれも持たせ給へば、御冠、束 五 たい かね まゆ 帯の姿にて、鉄漿つけ、眉つくり給へ ば、心も言葉も及ばず、いつくしく見え 給ふなり。文正が内の者、これを見て、〇 かみとけ 商人はいづれやらん、ただ神仏の現れ給 きんだち ふかと驚きける。大宮司殿、公達五人連 しゃうぞく あきびとちぎ ぶんしゃう いだ る 、カ 月 に し 越 ニ二位の中将という素姓が現れ るであろう。 や 三底本に「みこ」とあるが、文意 す によって改めた。京大本に「みや す こにわたらせ給ひしときのことく 明 にて、御けしゃうあらん御しゃう 五ロ 1 イロ そくをももたせ給ひたれは」とあ 姉 四朝廷の公事に着用する正服。 中五おはぐろ。鉄を酸化させて、 の 五倍子の粉をつけ、歯を黒く染め 衣ること。公家や上級の武家の間で は、女子ばかりでなく男子もまた 冠 鉄漿をつけた。 0

10. 完訳日本の古典 第49巻 御伽草子集

そこで、その夜をこのままお過しになれようとも思われ めて、趣のあるさまなので、中将もいつもよりもお心をし ずめて、琵琶をお弾きになる。姫君はそのよさをお聞き分ないので、家人が寝静まってから、ひそかに忍び人られる ばち と、姫君も、先ほどの姿を忘れられずお慕いなされ、格子 けなさって、撥の音の気高さ、魅力のある手さばきも、た 集 もおろさずに、月の曇りないのをながめながら、すわって 子とえようもない、お身なりをみすぼらしくお変えになって いらっしやるところに、中将殿が、八重の垣をひそかにお 伽いるが、優雅で気高く、美しい様子で、 ' どのような風でも はいりなさる。ところが、いつもと異なり男の姿が見えた よいから吹いてくれないかとお思いになった。ちょうどそ ので、はっと胸さわぎがして、わきにおはいりなさると、 の時に、嵐が激しく吹いて、御簾をさっと吹き上げたその ちゅうじようどの すきまから、姫君と中将殿とはお目をお見あわせなさった。中将殿も、いっしょにおはいりになり、おそばに添うてお りふじんようきひ その姫君のご様子は、漢の李夫人や楊貴妃もこれにはまさやすみになる。姫君は、あの人であろうかと、恐ろしくも らないだろうとお見えになる。中将殿がいよいよ心をこめ、情けなくも思われ、今まであれほどに求婚の人々を嫌いな 琴と琵琶とを弾きあわせ、吹きあわせられるので、聞き人がら、ここで商人と契りを結んで、父母がそれをお聞きな さる時のことも、悲しく恥ずかしく感じられて、思いもよ る人々は、あまりのおもしろさに、ありがた涙を流した。 さかずき ぶんしよう らないという旨をおっしやるので、中将殿も、もっともと 姫たちの心の中は、たとえようもない。文正もまた、盃を くろうど お思いになり、そこで衛府の蔵人の語ったことをはじめ、 ばととのえて、中将殿にさした。しかたなく召しあがって、 一部始終を繰り返しお語りなさるうちに、姫君もうちとけ またつねをかにお返しになると、「いっぞやも申しました が、お嫌いですか、姫君の所に、器量のよい女房たちが大られ、いつのまにか浅からぬ契りをおかわしになる、その あ うちに、秋の長い夜ではあるが、逢う人次第の夜明けのこ 勢おりますから、どの者でもお召しなさい。ここより北に ととて、早くも薄明るくなったので、 おります」と言って、指をさして教えた。一行の人々は目 にひまくら むつごと よは 恋ひ恋ひてあひ見し夜半の短きは睦言尽きぬ新枕かな を見あわせて、中将のお心の中をおしはかり、「うれしゅ ( 恋いつづけてやっと逢ったが、夜が短いので、閨のむつま うございます」と言ってお笑いなさる。 えふ わや こうし