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検索対象: 完訳日本の古典 第48巻 狂言集
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1. 完訳日本の古典 第48巻 狂言集

なに イヤ何かと申すうち、はや上下の街道へ参った。まづこの辺りから売りもっ て参らう。酢は、酢は、酢は御用ござらぬか。酢は、酢は、酢は御用ござら ぬか。 薑売り「ヤイ、ヤイヤイヤイそこな奴。 酢売り「ハアーツ。 ( 平伏して ) まづこなたはどなたでござる。 みども一 0 薑売り「身共をえ知らぬか。 酢売り「何とも存じませぬ。 = 「い」「やい」ともに語気を強 薑売り「某は津の国の薑売りぢゃいやい。 める。ここは「え知らぬか」に呼応 なん して尊大な語調を表す。 酢売り ( 頭を上げ ) 「何ぢや、薑売りぢゃ。 一ニいかにも。そのとおり。 三いつばいくった。だまされた。 薑売り「なかなか 一四代官。その土地土地で、守護 なり地頭なりの代理をする者。 薑酢売り「 ( 工、牛に食らはれ、たらされた。目代殿かと思うてよい肝を潰いた。 一五すっかり肝をつぶしてしまっ た。びつくり仰天した。「よい」は そちが薑売りならば、身共は和泉の酢売りぢゃいやい。 ( 立っ ) 酢 程度の甚だしいさまを示す。 薑売り ( 同じく立ちながら ) 「おのれ、そのつれを言うて某に一礼せずば、その酢は一六こいつめ。 毛そのような ( いばりくさった ) ことを言って。 売らすまい。 なに それがし もくだいどの 一五きもつぶ 一 0 単なる「知らぬか」よりも、 「知っていて当然なのに」の語調を 含んでいる。 九売りながら。

2. 完訳日本の古典 第48巻 狂言集

酢売り「そのあとをお見やれ。供の者とみえて、菅笠を着て行くわ。 なん 薑売り「何ぢや、菅笠。 酢売り「傘。 薑売り「菅笠、菅笠、菅笠、菅笠。 酢売り「傘、傘、傘、傘。 ( 両人笑う ) ( わごりョ ) 薑売り「さてさて我御料のロはよい口ぢゃ。 ( わごりョ ) 酢売り「我御料のロもよい口ぢゃ。 薑売り ( 脇柱の方をさし ) 「あれあれ、あれお見やれ。今の者とみえて、川を渡るに 五 からげて渡る。 0 すそぬ 酢売り「あれはを濡らすまいためぢゃ。 △ なん 薑薑売り「何ぢや、裾を。 酢売り「からげて。 酢 薑売り「裾を、裾を、裾を、裾を。 酢売り「からげて、からげて、からげて、からげて。 ( 両人笑う ) さてさて、そな すげがさ △ 四物言いが巧みである。洒落が 上手だ。地ロ問答・俳諧の付合な どについての褒めことば。 五まくりあげて。

3. 完訳日本の古典 第48巻 狂言集

( わどりョ ) はじかみう 酢売り「ハハア、我御料は薑売りぢやの。 薑売り「なかなか 言 ( の ) もっ みども 酢売り「薑売りぢやによって、その辛き縁を以て、『身共から参らうか』は、よ 狂 集う出来た。 ニそれほどでもないよ。 薑売り「さうもおりやるまい。 ( 両人笑う ) ◆これまで両人言い争っていたの 酢売り「それならば、すぐにおりやれ。 △ が、この少し前から相手に調子を ( わごりョ ) す 合せたり、褒めたり、ともに笑っ 薑売り「ハハア、我御料は酢を売るの。 たりなどして、和気あいあいの感 酢売り「なかなか じになってくる。本来は両者の争 いを笑劇的に描こうとしていたも ( の ) のが、時代がたつにつれてしだい 薑売り「酢売りぢやによって、その酸き縁を以て、『すぐに』とは、よう出来た。 に和楽的・祝言的方向に進んだの で、そのゆきつくところが最後の 酢売り「さうもおりやるまい。 ( 両人笑う ) 「笑い留め」となっている。このよ うに全体としては一貫性がなく、 薑売り「サアサアおりやれおりやれ。 場面本位であること、笑劇性と祝 言性が同居していること、どちら 酢売り「参る参る。 ( 両人歩き始める ) も狂言の特色といってよかろう。 からかさ三 薑売り ( 目付柱の方をさして ) 「あれあれ、あれお見やれ。雨も降らぬに傘をさいて 0 三「さして」のイ音便形。 行くわ。 から 一お前さん。

4. 完訳日本の古典 第48巻 狂言集

369 酢薑 酢売り「まだ出い。つうっと出い。 薑売り「心得た。 ( 両人、舞台前方まで出る ) 酢売り「サア笑へ。 ( 両人一緒に、めでたく大笑いして留める。薑売り、酢売りの順に退場 ) おりやる」薑売り「身共は薑売り ぢやによってからからと笑うて開 かう」酢売り「それがよからう。 ( 薑売りは舞台中央で大笑いして退場 ) ハハア、笑うたり笑うたり。イヤ 身共は酢売りちゃによって、 ( 脇 柱から目付柱を手でさし ) あそこの 隅からこの隅へすみかけて参らう。 皆そこもと御免すい」 ( 退場 ) 。ま た虎明本では「是までなれや人々 よ、 / \ 、さらば暇申さん」「あ ら名残惜しや」「互ひに名残惜し けれども、やがて御目にかからん、 / ~ 、」「や、えいや、とと、や」と いう「謡留め」を本文とし、その後 に右の「秀句留め」を添記する。め でたく一曲を終えるについて、い ろいろ模索していたことがわかる。

5. 完訳日本の古典 第48巻 狂言集

すがうニ ちょうすごう 一趙子昂 ( 一一三四、一三一三 ) 。中国元 酢売り「子昂が自画自賛か。 もうふ △ 時代の文人。名は孟願。詩文・書 なん 画に巧みで、『君台観左右帳記』の 薑売り「何ぢや、子昂。 「絵之筆者下」にもその名が見え、 言 からやう 「山水・人物・馬形・花鳥、墨絵 酢売り「唐様。 狂 モアリ」と説明されている。中世 の座敷装飾の世界でもてはやされ 集薑売り「子昂、子昂、子昂、子昂。 ニ自分の描いた絵に、自分で賛 酢売り「唐様、唐様、唐様、唐様。 ( 両人笑う ) イヤなうなう、お聞きやるか。 を書くこと。 三一般に。世に。 薑売り「何ごとぢゃ。 四「スハジカミ。酢あるいは漬 みども 酢売り「そなたも見事言ひ、身共もいつまで言うたりと言ひ尽くさるることで汁につけた生薑」 ( 日葡 ) 。 四 五ことのついでに。祝意を重ね すはじかみ るように。 はない。総じて昔より酢薑と言うて、薑は酢でなければ食はれぬによって、 六一度に声を合せて高笑いする つかさ ( こののツた ) ドットワラウ こと。「咄笑」 ( 天正十八年本節用 この後は両人して売り物の司を持たうではないか。 七終りとしよう。別れるとしょ 薑売り「それは一段とよからう。 う。ここにも祝言的な言い方が見 ひら られる。「披。婚儀に『反 ( 帰 ) る』 酢売り「それならば、とてものことに、この所をめでたうどっと笑うて開かう。 と云ふを諱んでヒラクと云ふ」 ( 俚 言集覧 ) 。 薑売り「それがよからう。 ^ 以下、次のような留め方もあ る。薑売り「それは一段とよから 酢売り「それへお出やれ。 う。とてものことに秀句の引き退 きに致さう」酢売り「なほなほで 薑売り「心得た。 なに の

6. 完訳日本の古典 第48巻 狂言集

すもも 酢売り「イイヤ、李さうな。 △ 薑売り「あれあれ、あの枝をお見やれ。烏が屈うでゐる。 酢売り「巣立ちと見えてすくうでゐる。 △ なん 薑売り「何ぢや、すくうで。 酢売り「屈うで。 薑売り「すくうで、すくうで、すくうで、すくうで。 酢売り「屈うで、屈うで、屈うで、屈うで。 ( 両人笑う ) 一 0 なに からものみせぞ 薑売り ( 大小前で両人とも正面を向き ) 「イヤ何かと言ふうち、これは唐物店へ出た。 0 すきやだうぐ 酢売り「数寄屋道具もおびただしうあるわ。 △ から 薑売り「あれに唐の鏡がある。 0 0 薑酢売り「これに姿見もある。 かけものからゑ 薑売り「 ( ( ア、あの物は唐絵さうな。 酢 すみゑ 酢売り「まづは墨絵ですつばりと描いてある。 △ 薑売り「も様か。 0 カカ △ 九 △ か・つ亠ー・か、が △ △ 一 0 中国などの外国渡来の品物を 扱っている店。 = 茶道具。茶の湯関係の道具。 ただしこの前後の「唐物店」「数寄 屋道具」「唐の鏡」「姿見「唐様」 「子昂」の類は虎寛本にもない。そ れ以降の追加と思われる。 一ニそれはそれとして。何はとも あれ。「唐絵とはおっしやるが」の 意で、相手のことばを受け流して いるのである。 一三絵にちなんで書き添えた詩文。 ひなどり 八雛鳥が成長して巣から飛び立 って行くこと。「巣起」 ( 運歩色葉 九飛び立っ直前で、体をこわば らせている。「すくみて」のウ立日便 形。 すも、 七「李」 ( 和漢通用集 ) 。 スダチ

7. 完訳日本の古典 第48巻 狂言集

きようちゅう一 一前の「よい口ぢやと同じく、 たの胸中は広さうな胸中ぢゃ。 じぐち 次々と無限に秀句・地ロの出る場 ( わごりョ ) 薑売り「我御料の胸中も広さうな胸中ぢゃ。 ( 今度は揚幕の方をさし ) あれあれ、あ合に言う褒めことば。 言 かはらニ ニ喧嘩している。「カラカイ。 れお見やれ。子供が河原でからかうてゐる。 狂 0 0 口論する。または、喧嘩する」 ( 日 すまふ 集酢売り「あれは相撲を取るのぢゃ。 △ かはづ 薑売り「ありや、河津に掛けた。 0 0 四 酢売り「ありや、すかいた。 △ なん 薑売り「何ぢや、すかいた。 酢売り「河津に。 薑売り「すかいた、すかいた、すかいた、すかいた。 酢売り「河津に、河津に、河津に、河津に。 ( 両人笑う ) さてもさても面白いこと ぢゃ。 からたけ ハア、この藪は皆唐竹さうな。 薑売り「その通りちゃ。 ( 両人歩き続ける ) 0 す・つつ 酢売り「すつばり切って酢筒にしたらばよからう。 △ から - もも 薑売り「ハハア、この木は唐桃か。 0 △ ゃぶ 三河津掛け。相撲の手の一。片 手を相手の首にまき、片足を相手 の足の内側から掛けて倒す技。 四はずした。「すかした」のイ音 便形。河津掛けにきたのをはずし たのである。 五酢を人れるのに使う竹筒。 からも、 あんず 六杏子の別名。「杏」 ( 和漢通用

8. 完訳日本の古典 第48巻 狂言集

なに一 一理由。事情。 酢売り「ハハア、それには何ぞ子細があるか。 ニびつくりするような。たいへ 薑売り「いかにもおびただしい子細がある。語って聞かさう、ようお聞きやれ。んな。 三「か」にかけた架空の天皇。 言 きんちうだい 四天子の御所の中。「禁中内 酢売り「心得た。 狂 四 裡」 ( 和漢通用集 ) 。 きんちゅう いちにんはじかみう ゴチャウ 五仰せ。「御定御意ノ義也ー 集薑売り「〔語り〕さてもからこ天皇のおん時、一人の薑売り、禁中を売り歩く。 0 ( 広本節用集 ) 。 みかど ごぢゃう 六ざふらふ 帝これを聞こし召し、『あれは何ぞ』と御諚ある。『さん候。あれは薑と申し六さようでございます。応答詞 ささふらふ 「然に候」の音便形。 から て、いかにも辛きものにて候』と申し上ぐる。『さあらば、その薑売りこれ七屋根を唐破風造にし、唐戸を 0 つけた、中国風建築の門 からたけーんん からもん ( の ) 八幹竹、つまり真竹を張った縁 へ召せ』とて召されしに、唐門をからりと通り、唐竹縁にぞかしこまる。 0 0 0 ・倶 九中国渡来の絵。特に宋・元の 酢売り「出来た。 水墨画をさす。「コレニ加へテ からゑ からかみ 薑売り「帝、その時唐絵の唐紙をからりと開けさせ給ひ、からからと御出なっ処々ノ障子ニ於テハ種々ノ唐絵ヲ 0 0 0 0 0 飾ル」 ( 喫茶往来 ) 。 た ごえいか からしからたぞからひるからき カらいり 一 0 唐紙障子のこと。唐紙を貼っ て、その時の御詠歌に『辛きもの芥子辛蓼辛蒜や枯木で焚いて乾煎にせん』 ふすま 0 0 0 0 0 0 0 た懊。 となばされ、その後、いかにも辛き御酒を下されてよりこの方、薑は売り物 = 糶達に出て来る意の形容か。 0 一四 御機嫌うるわしく、というほどの それがし つかさ 意であろう。 の司ぢやによって、某に一社せずば、その酢は売らすまい。 一ニ水分がなくなるまでよく煎り 酢売り「さてさてそれはおびただしい威言ぢゃ。さりながら、それほどのことつける調理法。 一三お詠みになり。 みどもはう 一四つかさどる役。支配役。 ならば身共の方にもある。語って聞かさう、ようお聞きやれ。 ( ゅげん ) ぎよしゆっ あり からたけ い

9. 完訳日本の古典 第48巻 狂言集

いげん 一五ュゲンと発音する。威言の転 薑売り「心得た。 それがし 訛形。虎明本には「さあらば某が 酢売り「〔語り〕さても推古天皇のおん時、一人の酢売り、禁中を売り歩く。帝いげんを言うて聞かせう。とあり、 由来というほどの意に用いている なに これを聞こし召し、『あれは何ぞ』と御諚ある。『さん候、あれは酢と申して、が、本来は誇示すること。自慢話。 「威言自賛之義ー ( 書言字考 ) 。 いかにも酸きものにて候』と申し上ぐる。『さあらば、その酢売りこれへ召一六三十一二代の天皇。「す」にかけ た。 すのこえん 一七もん ( の ) 毛「水門」「杉門」「透門」、いろ 簀子縁にぞかすこまる。 せ』とて召されしに、すい門をするりとくぐり、 △ いろに考えられるが不明。 穴細い板を少しずつ透かして打 薑売り「出来た。 ちつけ、雨などがたまらないよう ひさしま すみふすま 酢売り「帝、その時墨絵の懊をするりと開けさせ給ひ、するすると御出なって、に造った縁。寝殿造では廂の間の △ △ さらに外側に造作されていた。 ( おんぬた ) ニ 0 その時の御歌に、『住吉のすまに雀が巣を組うでさこそ雀は住みよかるら一九「おん」の鼻音 ( ん ) と「うた」の △ △ △ 「うとが融合して、オンヌタと連 かた すどすすはい め』と遊ばされ、その後、いかにも酸き御酢を数盃下されてよりこの方、酢発音する。 △ △ △ ニ 0 下句は「すはや雀は巣立ちす るらん」とも言う。「す」の字尽し は売り物の司ぢやによって、某に一礼せずば、その薑は売らすまい。 の和歌。「すま」は隅。この和歌は ( ゅげん ) 『旧宇和島藩御座船唄』 ( 俚謡集拾 おふなうたどめ 薑薑売り「さてさてそれはおびただしい威言ぢゃ。 遺 ) 『御船歌留』巻下「枝も弥生」、 ( ゅげん ) 酢売り「さて、互ひに威言があるによって、これより路次すがら秀句を言ひ合そのほか民謡にも伝承されている。 ニ一 ( 連れだって行く ) 道中で。 酢 じぐち はう 一三掛詞・縁語・地ロ・洒落など、 ひ、言ひ勝った方が売り物の司を持たうではないか。 和歌・文章・対話等における巧み な言いかけ。 薑売り「それは一段とよからう。それならば身共から参らうか △ △ △ のち △ △ △ いちにん しうく △ ぎよすっ あり

10. 完訳日本の古典 第48巻 狂言集

酢薑 いずみ せつつ 和泉国の酢売りと摂津国の薑売りが道で出会い、互いの由緒自慢か から じぐち ら、酸いの「す」、辛いの「か」の字を言い立て、地口を競い合う。 このあたり中世に多かった系譜争いと言語遊戯とが巧みに組み合さ れている。本書では両者笑って終るめでたい留め方になっているが、 古く天正狂言本においては仲裁人が出て両人の争いを裁き、しかも かけもの 「分け難い物をば中にて取る」と賭物を取って逃げてしまう留め方 であった。笑劇的なものから祝言的なものヘ狂言が移行した一例と いえそうである。 はじかみ