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検索対象: 完訳日本の古典 第57巻 雨月物語 春雨物語
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1. 完訳日本の古典 第57巻 雨月物語 春雨物語

春雨物語 232 ばんき 一五十二代、嵯峨天皇。 ニ政治上の諸事象。帝王の政務。 なら 三法令を多く唐法に倣った。 四高津内親王。桓武帝の皇女。 五慰みにつくられた歌。 六『古今集』巻十八に「木にもあ はし らず草にもあらぬ竹のよの端にわ しんたい が身はなりぬべらなり」。晋の戴 みよ さか 嵯峩のみかどの英才、君としてたぐひなければ、御代押し知らせたまひし也。之の『竹譜』による。「よ」は隙間。 七「直き木に曲れる枝もある物 もろこし 万機をこころみたまふに、唐土のかしこきふみどもを取りえらびて行はせたまを毛を吹き疵をいふがわりなさ」 かんびし ( 後撰・巻十六 ) 。『韓非子』に「毛ヲ 四 へば、御世はただ国っちも改りたるやうになん人申す。皇女の御すさびにさへ、吹キ小疵ヲ求メズ」とある。毛を 吹き分けて小過を探しだす意。 くさ きず 八国風の詩、和歌。いわゆる国 「木にもあらず艸にもあらぬ竹のよの」、又は、「毛を吹き疵を」など、ロっ 風暗黒時代をいう。 九 きこはごはしくて、国ぶりの歌よむ人は、おのづからロ閉ぢてぞありき。上皇九平城上皇。「おり居」は退位。 した 一 0 「下」は、内心、隠れての意。 した ◆文中にたびたび現れるこの「下 わづかに四とせにており居させたまひしを、下なげきする人も少からざりき。 なげきする人」、当事者たちの隠 された声に、作者の批評を仮托。 「今一たび取りかへさまほしくおぼしぬらん」と、ひたひあつめて申しあへり じゅんな 一一桓武帝の第三皇子。後の淳和 ともみこひつぎのみこ とぞ。嵯峩のみかどもおぼしやらせて、御弟の大伴の皇子を太子に定めたまひ天皇。弘仁元年 ( 八一 0) 立太子。 一ニそのうちに。弘仁十四年退位。 一三京都市右京区嵯峨。大覚寺辺。 て、上皇をなぐさめたまへるは、是ぞたふとき叡慮ぞと人申す。 一四「平陽ニ都ス。茆茨剪ラズ、 やまかげ 土階三等」 ( 十八史略・帝堯 ) 。屋根 やがて御位おりゐさせて、さが野といふ山陰に、茅茨剪らずのためしして、 ( 現代語訳三六一第 あまつをとめ 天津処女 ばうしき こくふう

2. 完訳日本の古典 第57巻 雨月物語 春雨物語

ニ 0 みさを の婉嬖なる形」 ( 見安補正 ) 。なよ にもあらぬたをやめの操くだけてしなが鳥猪名のみなとによる えんや なよと艷冶な女性。宮木の原心象。 船のかぢ枕して浪のむたかよりかくより玉藻なすなびきてぬれ = 0 操を捨てて遊女となり。 ニ一「猪名」「安房」の枕詞。 ニ七 ばうれたくもかなしくもあるかかくてのみ在りはつべくばいけ = = 立ち寄る船人を相手にして。 ニ三梶を枕の共寝。遊女の習俗。 ニ九 ニ四浪の動きのままに、あちらに る身の生けるともなしと朝よひにうらびなげかひとし月を息つ 寄り、こちらに寄り。「波のむた かんざき 三 0 か寄りかく寄る玉藻なす寄り寝し ーくまの ぎくらし玉きはる命もつらくおもほえて此の神嵜の 妹を」 ( 万葉・巻二・人麻呂の長歌 ) 。 ニ五海の藻さながらに、客になび タしほまたでよる浪を枕となせれ黒髪は玉藻となびきむなしく いて寝る身となったのは。 三五 も過ぎにし妹がおきっきををさめてここにかたりつぎ云ひ継ぎ = 六嘆かわしくも悲しいことだ。 毛一生を終えるのでは。 けらしこの野べの浅ぢにまじり露ふかきしるしの石はたが手向夭人として生きる甲斐もないと。 ニ九「うらみ」に同じ。 三 0 「命」の枕詞。 ぞも 三一流れの人りくんで深い所。 となんよみて、たむけける。今はあとさへなきと聞く。哥よみしは、三十年の = = 寄る浪を枕に人水して。 三三はかなくも世を去った乙女の。 三四墓。「波の音のさわく湊の奥 てごな 塚むかし事也。 っ城に」 ( 万葉・巻九・手児奈の歌 ) 。 三五「語り継ぎ言ひ継ぎ行かむ」 かたりつぎ ( 万葉・巻一一 l) 。「語継 : ・ロにかたり つぎしロ碑の義也」 ( 見安補正 ) 。 三六誰が供養したものか。 毛安永二、三年の頃。 いも たまも 三六たむけ ナョャカ

3. 完訳日本の古典 第57巻 雨月物語 春雨物語

一九 しづえ なかば過ぐれば、樊噌いかりて、つみたる石垣の中に大なるが土のすこしこぼ一六「下枝」。下の方の枝。 毛できないでいる。 いっとき 一ハ一時は現在の約一一時間月 れしひまに手人れて、「えいーと一声かけてぬきたり。「村雲、あとより人れ 時間もたって。 かんしやく 一九癇をおこして。 と云ひて、ここよりはひ人る。かの金蔵とおぼしきは、実によくしかまへて、 ニ 0 連体修飾格。「ひま」に続く。 いづこよりいかにせんと思ふ。しばしありて、「思ひめぐらせし」とて、廊の = 一物の隙間。 一三「仕構へ」。 ( 盗人のための ) 備 えがよくできていて。 柱よりとりつきのぼりて、この屋根の軒より鳥獣の飛ぶ如くに、蔵のやねにう ニ三「え移らじ」。移れまい。 つりたり。上より、「おのれ等二人も、柱より上り来たれ。ここにはえうつら品修行僧や修験者が持っ杖。文 化五年本では、飾磨津出発に際し しやくちゃう じ。此の錫杖にとりつけ」とて、さしおろす。二人もぬす人なれば、身かろて笈と錫杖を用意していた。 むなぎ ニ五建物の中心部の意で、棟木あ くて、廊のやねにのぼり、錫杖をたよりにて、引き上げられたり。瓦四五枚とるいは。西荘文庫本「屋の ( っ りたる木に」とあり、屋上を支え る梁や垂木をいう。 りすてて、屋の元つかたに木に打ちたる板、紙破る如く引き放ちて、「人人る ニ六文意不明確。願望の言葉と解 べからず。かへれ」とて、二人をかいっかみて、投げおろす。夜更けて、物のする説や、「人」を余人と解する説 があるが、うまくいったことを喜 ニ七 音おどろおどろしけれど、人の寐たる所には遠くて、驚きおきも来ず。上よりぶ戯言 ( 反語 ) と解しておく。 毛物が仰々しく響いたが。 おうよう 三 0 火切りて縄につけ、又ほり人れたり。二人の者見めぐるに、まことに金蔵也。六富貴の家の鷹揚なさまを描く。 ニ九燧石で火を切り出して 三 0 「放る」。「はふる」の近世語。 二階よりはし子くだりて見れば、金銀人れたる箱、あまたつみかさねたり。 三一金だけで、それ以外には目を くれるな、の意。 「金こそ」とて、一箱二箱肩にかけて、二階に上りたれど、「いかにせん」と おい

4. 完訳日本の古典 第57巻 雨月物語 春雨物語

なるに、附子つよく責めてもりしかば、つひに死ぬ。長いと喜びて、外の事のえぬ態度を描く。 ニ 0 結局助からないだろう。相手 ゐやまひにとりなして、百貫文をおくる。宮木が方へ、かくと聞えしらせしかの意に従うことを暗示。 ニ一底本「陽」「隔」いずれにも読 しるし ば、「倶に死なん」といひて狂ふを、せいして、「御仏のいのりだに、験なき御める。隔 ( 膈 ) 症は胃癌・食道癌に 当る。桜山本「陽症」。陽症は陽疾 ( 熱病 ) の症状で、高熱をいう。 命也。よく弔ひて御恵み報へ」といへど、せいし兼ねたり。 し J りかか」 一三鳥兜の根から採取される劇薬。 ニ九 古くはプシと呼んだ。「責めて」は、 かくて在るほどに、藤大夫よくしたりと独ゑみす。宮木がもとへしば来て、 むりやりに。 こと っゅ 三 0 言よくいひこしらふれど、露したがふ色めなし。長呼び出でて、彼の五百貫 = 三母親の治療をいったものか。 品ここは謝礼を意味する近世語。 の銭ののこりはこばせけるとなん。「一月の身のしろよーと云ふ。欲心には誰 = 五「聞ゅ」は伝える、伝聞させる。 人を介して知らせたことをいう。 な もかたぶきて、「一月二月、猶増してたばらば、生きてあらんほどはつかへし = 六泣き狂うのを。 毛寿命と思って諦めよ、の意。 めん」と云ふ。さて、宮木に示すは、「十駄どのなく成りたまひて、よるべな ll< 満足の独り笑いをいう。 しげ ニ九しきりに。「繁し」の語幹の転。 三四 し。かの里にては長なれば、此の人につかへよ」と。心にもあらねば、こたふ = 0 様子、そぶり、の近世語。 三一一月分の揚げ代。 かぎり 塚べくもあらぬを、「命の限買いたるからは、汝が物とな思ひそ。親なく成りて = 三「賜ぶ」。貰うの意の謙譲語。 三三「寄辺」。頼るべき人。 三四考えもしなかったことなので。 木たよりなきを、今迄養ひたりと思へ。まことの親より恩深し。死なんとせば、 三五お前一人の体だと思うな。 三六十太の後を追って、死のうと 過ぎたまひし母君のみ心にたがひ、今の親の吾々にもかうむりて何にする。 思うようなことがあれば、の意。 藤たいふよるべとこそたのめ。先づ席に出でて物いへ」とて出だしたつる。藤毛不孝の罪。 ニ四 とも ぶす ひとり み ニ七

5. 完訳日本の古典 第57巻 雨月物語 春雨物語

の里にはふれ来たりて、住みたまへりけり。世わたる事は、いかにしてともし一 = 宮木に同じ。 ニ四なき らせ給はねば、もたせしわづかのたからも何も、今は残りなく失ひて、わる泣一五十太兵衛の略。以下同じ = 〈身請けをすることをいう して、つひに空しくならせけり。母も藤原なる人にて、父につかへて、おのが毛他の客には会わせない。 うべな 穴「諾ふ」。承諾する。 里といふ家にはかへらで、此の首細き人にしたがひ、田舎にと聞きて、家より一九普通、中納言をいった。 ニ 0 官位・官職を解かれ。 めのと は、「など姫君の為思はぬ。めの子はははにつく者也。手とりて帰れ」と、情 = 一乳母。その縁故を頼って。 一三「放る」。落ちぶれ、漂泊する。 なく云ひこさるるに、いよよ悲しくて、ふつにこたへはしたまはざりき。みは = 三生計を立てる手段・方法。 ニ四「わる」は、見苦しい。過度。 ニ五貴族、藤原の一族で。「母な うぶりの事も、もてこし小袖てう度売り払ひて、まめやかに行ひたまへりけり。 む藤原なりける」 ( 伊勢物語十段 ) 。 やもめ ニ九 彼のめのとは、寡ずみして、人にやとはれ、ぬひ針とりて口はもらへど、御か = 六頼りがいのない人。『源氏』帚 木巻に「頼もしげなく頸細しとて」。 をさな たがたの為にや及ぶべからねば、あはれ貧しさのみまさりけり。母は稚きを膝以下の宮木の生い立ちを描いた部 分、文化五年本に比べて改稿のあ にすゑて、ただ涙の干るまなくぞおはしけるに、めのとが云ふ。「かくておはとが著しい。 毛「御葬り」に同じ。葬社。 三 0 夭ここは、別れて一人暮す意。 塚さば、姫君も我も、土くひ水飲みてぞ、いのち活きん。いかにおぼしめすや。 もらふ ニ九「餬寄食也」 ( 下学集 ) 。 をさ 木此のひめぎみ、このさとの長が、『むすめにたまはれ』と、『たのみのしるしに、 = 0 露命をつなぐことになろう。 三一結納。「男の方より言人を遣 す事を結納といへり、俗にたのみ 黄がね十ひら奉らん』と申す。彼の長は此の里に久しくすみふりて、家富み、 のしるしといふ」 ( 女諸社集 ) 。 人あまたかかへ、夫婦の志も都の人恥づかしきばかりになんある。かしこに養三 = 養子に出すことをいう。 ひ い ニ七 はふ みはぶ

6. 完訳日本の古典 第57巻 雨月物語 春雨物語

たより やしろ こまごま文かきそへて出でたたす。小伝次是に便を得て、いそぎ日高みの社に設定、本編の時代にそぐわない。 なご ニ 0 底本「和ーと傍書。形容詞「和 かぎり 行く。社司春永聞きて、「あはれ也。力は限あり、業はほどこすに変化自在也。し、から出た語。和らげ従える。 ニ一撃剣の術。 一三「いとほしみ」の訛。同情する。 やすくうたせん」とて、年をこえ習はす。心にいりて習へば、一とせ過ぎて、 ニ三手掛りを得て勇気づけられ。 社司「よし」と云ひて出でたたす。「助太刀といふ事、おほやけにゆるしたま仇討ちの決意をしたことが分る。 品努力と修練によって得る技術。 ニ八 ニ七 へど、ますら男ならず。一人ゆけ。あはば必ず首うちてかへらんものぞ」とて、 = 五専念し熱中する。一心不乱に。 ニ六その甲斐があり、の意。 かろ ニ九 いさめてたたしむ。はじめいかにせんと思ひし心はいささかあらで、身軽げに、毛立派な男子のすることでない。 ひつじよう ll< 強意の終助詞。帰るは必定。 ニ九冊子本「心もとなかりしを」。 先づあづまの都にと心ざしゆく。 そぞろ 三 0 「漫」から出た語で、心を落ち 三 0 つかせぬ旅の神の意。『奥の細道』 捨いしは、すずろ神にさそはれて、夜昼なく迯げて、江戸に、ここかしこと、 の「そぞろ神の物につきて」による。 すまひ わたらひわざしらねば、力量にやとはれ、角力に立ち交りたり。或る国の守の三一渡り歩いたが、の意。 三四 三ニカ仕事。冊子本「車つかひ」。 おとぎ すまひこのみ、酒好みたまふにめされて、御伽につかうまつりぬ。「いかなる三 = 冊子本「捨石といふ天かした の大兵出て、相手なしとて、ここ おろか 丸者ぞ」と問はせしかば、愚なるままに、いつはらず申し上ぐる。「さるは、主かしこよりめさる、」。相撲取り になって人気があったことを記す。 かたき 石 の敵もちなり。其の子弱くとも、ただにてあらんや。富みたりといへば、人数品慰めの相手。抱えの力士に なったことをいう。 捨 におして捕ふべし。国にことしはまかれば、我よく隠すべし。とく」とて、御 = = 既では、の意。 三六国許に下るので。 のり物ぞひにめされてくだる。小伝二は尋ねまどひて、江戸をちこちにも三と毛江戸近辺。底本「遠近」と傍書。 ふみ 三三 ニ四 三七

7. 完訳日本の古典 第57巻 雨月物語 春雨物語

かきしぶ と出づるはしにせよ。あらいそがしのたからの山や。ふくの神たちに追ひっき一九柿渋で染めて強くした仕事着。 ニ 0 盆正月に奉公人に与えた衣服。 福の神に気に人られた証拠、の意。 たいまつらん」とて、ほかの事云ひまじへずぞある。「此のついでにいふぞ。 ニ一新春元旦。新酒の用意をいう。 あぶらび おのれが部屋には、書物とかいふものたかくつみ、夜は油火かかげて無やくの = = 大小の用便のついでにせよ。 ニ三金儲けに忙しいの意。 品「無益」の意。「つひえ」は浪費。 つひえする。是も福の神はきらひたまふと云ふ。反古買ひには損すべし。もと 孟古紙買いに売ったのでは。 あたひ ニ七 ニ六代金を取りかえせ。 の商人よびて価とれ。親のしらぬ事しりて何かする。まことに似ぬをおに子と 毛親が必要としないこと。実利 のち いふは、おのれよーとののしる。「なに事も此の後うけたまはりぬ」とて、日一点ばりの人間像を示すとともに、 親の子に対する反感を描く。 ニ九 来渋ぞめのすそたかくかかげて、父の心をとるほどに、「今こそふくの神のみ tl< 諺の「親に似ぬ子は鬼子」をい う。自分を忘れた鬼曾次の言。 ニ九機嫌をとる。「ほどに」は、原 心にかなふらめ」と、よろこぶよろこぶ。 因・理由を示す接続助詞。 三 0 三 0 音信。この場合は訪問。 かのむすめのかたには、おとづれ絶えぬるままに、やまひおもく成りて、 三一絶えたままであるのにつれて 「けふあすよ」と母兄はなげきて、五曹にみそかの使してきこゅ。兼ねて思ひ = = 今日か明日までの命であると みそ 「兼ねて」は、本来は「予ねて」。 顔し事とて、ことみねどもあはれにえた ( ずして、つかひのしりに立ちていそぎ 三四はっきり様子を見たわけでは 咲 うしろ ないが。「しり」は、後の意。 首来たり、おや子にむかひて云ふは、「かからんとおもふにたがはざりし事よ。 三五こういうことになるだろうと。 死 後の世の事は、い ' つはりをしらねばたのまれず。ただ此のあした、我がいへに昊真偽のほどが分らないので当 てにならぬ。「此のあした」は明朝。 おくりたまへ。千秋よろづ代也とも、ただかた時といふとも、同じ夫婦なるぞ。毛底本「 0 。「也」の誤写か。 のち ごろ 三四 三七 つかひ ニ四 むやく

8. 完訳日本の古典 第57巻 雨月物語 春雨物語

ゆく しゅんな つねさだ なべに、深くさの帝とは申し奉る也けり。みはうぶりの夜より、宗貞行へしら一 0 恒貞親王。淳和帝第一一皇子。 本編の設定では嘉智子の子。 ニ 0 ず失せぬ。是は太后、大臣の御にくみを恐れて也。殉死といふ事、今は停めさ一 = 賢者が帝位を受けるのを当然 とする儒教革命思想による悪例 ころも み せしかど、此の人生きて在るまじきに、人はいひあへりける。衣だに着ず、簑一六仁明天皇。 ふかくを」 毛京都市伏見区深草東方の丘陵。 おこな きよみ・つぞら 穴葬る。「なべに」は、とともに。 笠に身をやっして、ここかしこ行ひありきける。清水寺にこもりて在る夜、 一九以下、『大和物語』百六十八段 かた つね お糲むけうぶり 町もこよひ局して念じあかすに、となりの方に経よむ声凡ならざりし、もしやによる。「その夜 ( 御葬の夜 ) より この良少将うせにけり」。 ニ 0 大化一一年 ( 六四六 ) 詔により禁止。 宗貞ならんかとて、哥よみてもたせてやる。 ニ一「簔ひとつをうちきて、世間 世界を行ひありきて」 ( 大和 ) 。「行 石の上に旅ねはすれば肌さむし苔の衣を我にかさなん ふ」は、仏道修行をすること。 につそう 宗貞の法師、この紙のうらに、墨つぼの墨してかきてやるは、手を見れば小町 = = 京都市東山区の法相宗の名刹。 町。「ただにも語らひ し中なれば」 ( 大和 ) 。 なりけりとしりて也。 品「岩のうへに旅ねをすればい とさむし」 ( 大和 ) 。苔の衣は僧衣。 世をすてし苔のころもはただひとへかさねて薄しいざ二人ねむ ニ五『大和』では「よをそむく : ・か 女かく云ひて、そこをはやく立ち去りぬ。小町、さればこそとて、をかしく思ひ、さねばつらし = こ。 ニ六洒落た歌から宗貞と知って。 処 毛仁明皇后。順子。文徳帝の母。 津五条の太后の宮に見せたてまつる。「せんだいの御かたみの者よーとて、さが 六仁明先帝の遺愛の者。 天 ニ九 ニ九嘆息する意。 しもとめさする時也。「いかでとどめざる」と、打ちうめかせたまひぬとそ。 うちつくに 三 0 「畿内」 ( 「崇神紀」十年 ) 。 ぎゃう 三 0 内つ国のここかしこにす行しあるけば、つひにあらはされて、内にしきしき = 一しきりに。 ニ七 かさ ニ四 すみ をん と

9. 完訳日本の古典 第57巻 雨月物語 春雨物語

は第五句「なりましにけり」。作中 の歌はすべて出典がある。「松山」 0 は讃岐海岸の馳名で歌枕 松山の浪のけしきはかはらじをかたなく君はなりまさりけり めた かた 毛「かたーは「潟ーと「形」の両意。 そぞ きようやう おこた 入夜露、そして涙。 猶、心怠らず供養す。露いかばかり袂にふかかりけん。 一九「ね」は、打消「ず」の已然形が しすみ 一九いしゆかこのはふすま いり 日は没しほどに、山深き夜のさま常ならね、石の床木葉の衾いと寒く、神清条件法となって下に続く語法。 ニ 0 心も身もさえざえと冷えて。 もと すざま ねひえ 「神清ミ骨冷エテ」 ( 剪灯新話・天台 骨冷て、物とはなしに妻しきここちせらる。月は出でしかど、茂きが林は影 訪隠録 ) 。「妻」の訓、秋成の慣用。 やみ もらさねば、あやなき闇にうらぶれて、眠るともなきに、まさしく「円位、円 = 一密生した暗い樹間。「繁木が もとのりと 本」 ( 祝詞 ) を転用している。 さいぎよう 位」とよぶ声す。眼をひらきてすかし見れば、其の形異なる人の、背高く痩お = = 西行法師の法名。ここで、 主人公は西行とわかる。西行は俗 のりきょ いろあや とろへたるが、顔のかたち、着たる衣の色紋も見えで、こなたにむかひて立て名佐藤憲清 ( 二一〈、九 0 ) 。北面の武 士出身。戦乱の中世に諸国を行脚 だうしんふし るを、西行もとより道心の法師なれば、恐ろしともなくて、「ここに来たるはした。崇徳院の知遇を得ており、 その悲運に同情的であった。 ニ五のは 誰ぞ」と答ふ。かの人いふ。「前によみつること葉のかへりこと聞えんとて見 = = 異形の人。怨霊を暗示。 品道心堅固な。 ニ五和歌。「かへりこと」は返歌。 峯えつるなり」とて、 ニ六出典は『山家集』下。 毛朽ちはててしまったことだ。 松山の浪にながれてこし船のやがてむなしくなりにけるかな 之 六崇徳上皇は長寛一一年、四十六 きこ しんゐんれい 巻うれ 「喜しくもまうでつるよ」と聞ゆるに、新院の霊なることをしりて、地にぬか歳で配流の地に憤死。その恨みで ニ九 魔道に堕ちたと信じられていた。 ちよくせえんり づき涙を流していふ。「さりとていかに迷はせ給ふや。濁世を厭離し給ひつる = 九現世。「厭離」はいとうこと。 きゃうもんしづかず 経文徐に誦しつつも、かっ歌よみてたてまつる。 な ただ 一七 よ ねふ ニ七 い さまこと しげ き ゑんゐゑん た やせ

10. 完訳日本の古典 第57巻 雨月物語 春雨物語

あくいん わざはひ しとも、ためしさへ希なる悪因なり。夜々里に出でて人を害するゆゑに、ちか悪い因縁 一六見捨てることができない。 けうげ き里人は安き心なし。我これを聞きて捨つるに忍びず。特来りて教化し本源毛特別に。「特」は底本「恃」。 一八鬼になった、この悪い宿命 一九すぐにも脱却し忘れてしまう の心にかへらしめんとなるを、汝我がをしへを聞くや否や」。あるじの僧いふ。 ような教理。 くごふとみ をしへ ひさし すのこえん ニ 0 建物のの下の簀子縁 「師はまことに仏なり。かく浅ましき悪業を頓にわするべきことわりを教給へ」。 一 = 証道歌は、唐の永嘉大師の作 褝師いふ。「汝聞くとならばここに来れ」とて、簀子の前のたひらなる石の上った詩一巻で、禅の本旨を説いた 七言の百六十六句から成る。以下 あをぞめ ぬぎ かうべかづか しようだう に座せしめて、みづから被き給ふ紺染の巾を脱て僧が頭に被しめ、証道の歌のの二句は、わが国の『襌林句集』 ( 元文四年刊 ) にも見られて著名。 さづけ ニニ句意は、「清らかな月が川を 二句を授給ふ。 さわ 照らし松吹く風は爽やかである かうげつてらししようふうふく えいやせいせうなんのしょゐぞ この永い夜、清らかな宵は何の為 江月照松風吹永夜清宵何所為 ニ四 にあるか」。 さら とき しづか とけ ニ三こころ こころ 「汝ここを去ずして徐に此の句の意をもとむべし。意解ぬる則はおのづから本 = 三「句の意」は、永夜清宵は何の 為でもなく、天然自然にそうなの あ ねんごろ である、と解釈を捨てて、無我の 来の仏心に会ふなるは」と、念頃に教へて山を下り給ふ。此ののちは里人おも 巾 境地に導くことにあった。 ・頁わざはひ 蔀き災をのがれしといへども、猶僧が生死をしらざれば、疑ひ恐れて人々山にの = 0 「則」は、その時すぐに、の意。 ニ五人がおのずから持っ本来の仏 之ぼる事をいましめけり。 巻 かみなづきはじめ 一とせ速くたちて、むかふ年の冬十月の初旬、快庵大徳、奥路のかへるさに = 六帰路の途中。「さ」は動詞終止 形につき、・ : する時、の意。 ニ七せうそこ 又ここを過ぎ給ふが、かの一宿のあるじが荘に立ちよりて、僧が消息を尋ね給毛阿闍梨のその後の様子。 はや かづ ひとよ よひょひ いな あうろ ニ五 0 0 0