その点に、たとえばアメリカのフランツ・クラインの絵と岡本太郎の絵が、同じように 動的な印象を与えるものでありながら、きわめて異質である理由があるだろう。フラン ツ・クラインの絵は、大都会の建築物、鉄道、橋、対角線や太い梁などが生む力強い空間 の凝視から出発した、黒と白の対比を主とする、動的でしかもしばしば表意文字的なユー モアをもっ抽象絵画だが、その大画面にはいつもある種の強い現実肯定的感情がみなぎつ ているのが感じられるのである。 〃「空間」概念の革新と「造形言語」 造形空間とはいったい何なのか。 この問いそのものが造形行為の出発点となり、造形の中にひそむ原理的、法則的なもの 画 象と画家自身の個性とのゆるぎない出会いが真剣に追求されるとき、そこには必ず独特な単 の純化と、造形空間の新たな局面の発見が生じる。 現 たとえば現代抽象絵画の父親の一人であるカンディンスキーは、諸芸術についての旧来 のカテゴリー 、すなわち必ずしも具象的である必要のない音楽や建築のような「抽象」芸
行の盛衰の歴史が、現在の一瞬に成立したばかりの新しい芸術作品の中にも生きて働いて いるのである。 そして、その上で、ふしぎなことに、ある特定の時代に芸術界全体がいっせいに昂揚期 を迎えることがあるという事実が、どの民族の歴史にも認められるのである。かなり一般 的に見られる現象として、大きな戦争が終結したのちの数年ないし十数年間は、文芸・芸 術活動全体に、抑圧からの急激な解放にともなう百花繚乱の季節が出現するのが普通であ る。二十世紀という時代ひとつをとってみても、これがごく一般に見られる現象だったこ とはあらためて指摘するまでもあるまい この本でとりあげている現代の抽象絵画についても、そのような意味での社会・時代と のかかわりはきわめて深いものがある。抽象絵画などというものは、そのような時代性と は無関係に描かれているものではないかと、画面の印象からして考えるような人も少なく ないかもしれないが、そんなことはない。そこで、現代抽象絵画の歴史の中で、疑いもな く最もめざましい時代のひとつを形造ったいわゆるアクション ・ペインティング ( また抽 象表現主義などともよばれる ) の草創期の画家群像に焦点をあてて、今いったような問題 134
ルらと多くの共通性をもつが、 彼らの抽象画は、たとえばモ 人ンドリアンやファン・ドウス プルフらオランダ人の幾何学 的抽象の純粋な主知主義とは 線きわめて異質である。オラン 吃 ダ人たちが自然の対象の再現 和から出発して、次第に形態の 津きびしい純化、知的抽象に達 するのに対し、彼らは自然に 対する感覚的、感性的な感動を、知的純粋化や構成にうったえず、じかに造形的表現に移 そうとするからである。 対象を図式化したり様式化したりすることがない。いわば、幾何学的ではなく、詩的な 抽象へのアプローチであって、これはまさにフランスの風土から生まれたものだといって
術と、詩、絵画、彫刻のような「再現」芸術とのあいだの境界をとりはずそうとして、絵 画と音楽とを同一次元のものとしてとらえ、理論的に一体化しようとした。一九一〇年に 描かれた彼の最初の抽象絵画は、明らかに、音楽的秩序を絵画の構造の基礎にすえようと したものだった。抽象絵画という観念を美術の世界で明瞭に確立する上で、決定的な役割 りをはたした彼の美術論『芸術における精神的なものについて』 ( 一九一一 ) をひもとく人 は、彼がその中で形態や色彩について語るとき、リズムや音響にかかわりある音楽用語に きわめて重要な役割りを与えて語っていることに、深い印象を受けるだろう。それは、抽 これまた音楽と詩の用語なのだがーーー本質につい 象絵画におけるリリック ( 抒情的 ) な ての、明確な意志に支えられた力強い主張であった。 この考えは、絵画というものが視覚以外の五官の諸要素を複雑なかたちで構成している ものである、という認識ー こまで発展するはずのものだった。そして事実、今では絵画につ いて音楽用語で語るというようなことはまったく普通の手順になってしまっている。しか しこれは、ほんとうは深く考えるに値する変化なのである。それだけではなく、五官を越 え、物象のイメージを越えた「精神の流体」 ( イヴ・クラインの用語 ) さえも、造形芸術に
よって定着できるのだという考え方が、こういう 趨勢の上にやがては生まれてくるのであ って、私たちがいま「造形言語」というような言葉を普通に使うようになってきた背景も また、そこに求めることができるだろう。 「言語」は目に見えず、手にとれず、匂いもなく、重さも延長もない。その意味でまっ たく独特な「道具」であり「材質」なのだが、絵画が精神の流動する姿そのものをとらえ ようとする野心をもっことは、絵画そのものもまたこのような性質をもつ「言語」に変わ ろうとすることを意味するといえるのである。 この事実は、抽象絵画とよばれるものが現代に自己を主張する上で、たぶん最も重要な 存在理由となることであろうと思われる。画家たちの仕事が音楽や文学の領域にたえず浸 画透してゆき、また、絵画の中に哲学的、神秘的な「啓示」の思想がたえまなく流れ人 0 て 象くるのもそのためである。ヴォルスが「すべてのものが韻をふむことを知らねばならな 抽 の い」といった理由もそこにあった。彼が折にふれて書いた詩は、現代の画家が、いわゆる 代 現言語の世界との同一化を拒絶しているはずの絵画作品とよばれるものを描きながら、つね にある種の世界像の「言語的」形象化に心をうばわれている存在であることを強く印象づ
ルとい。た大型サイズの絵を描く作家は、今日の抽象絵画の世界では少しも珍しくなくな 0 た。それはとりわけ、アメリカでアクシン・ペインティングが全盛をきわめた一九五 〇年代以降の現象であって、ヨーロッヾ ノの抽象絵画との、全体としての違いのびとつはそ こにあるといっても、 いだろう。 元来、十九世紀前半のロマン派絵画までのヨーロツ。 ( 絵画にあ。ては、画家に対する壁 画制作の要求が多か 0 たこともあ 0 て、サイズの巨大な絵は決して珍しくなか 0 たのだ。 絵画が新興プルジ = アの愛好するところとなり、絵も商品としての性格を強めるとともに、 その主題も歴史画や神話から市民生活情景や戸外の自然、室内静物などに転じた結果、画 面はごく自然な成りゆきで小さくな「てい 0 た。肖像画という主題をと 0 てみても、王家 の人々や貴族の一家の不動でおごそかな肖像のかわりに、プルジアたちの生活の中での ある瞬間の姿態さえもり 0 ばに肖像画になりうることを、印象派以後の絵は証明した。こ こでも画面は小さなものになることがむしろ自然の流れだった。 アメリカのアクション・ペインティングの絵がしばしば巨大なサイズに描かれるのは、 そういう意味からすると、かなり特殊にアメリカ的な現象だ「たといえる。アメリカ社会
岩の大移動、透明な陥し穴、 リリカルな色彩の歌を感じとり得るような画面。そこでは観 る者自身、絵の中にまきこまれ、一本の線、多色の色彩の交響に共鳴し、律動することを 誘われているのである。何ひとっ特定の対象や現象を再現せず、しかもあらゆる細部にお いて、その絵以外の何ものでもない絵。 そのためにこの種の絵は必然的に大画面を指向し、そのためにまた、この種の絵は、観 る私たちの中に、包みこまれるような不思議に触覚的な感覚をよびさます。 これを画家自身の信条にもう一度戻していえば、 「私は観る人に何も要求しない。 一つの絵を『提出する』だけだ。観る人はこの絵の 自由にして必要な解釈者なのだ。観る人のここでの姿勢は、世界における彼の全般的 な態度に『依存』し、かっ『呼応』する。絵は単に画家を丸ごとまきこんでしまうだ けでなく、観る者をもまきこむ。しかも最大限に激しくまきこんでしまう。」 ポロックがいってもおかしくない言葉である。しかしこれは、彼とは随分作風の違うフ ランスの抽象画家、ビエール・スーラージ = がある時語った言葉なのである。
に対する信頼が、何といってもスーラージュには揺らぐことなくあるという印象が強い。 それはおそらく、南フランスの古い文化遺跡をかかえる地帯に生まれ育ったこの画家の、 体にしみこんだ信頼感だといっていいだろう。彼は南仏ロデスの農家の生まれだが、この 一帯にはケルトやロマネスクの遺跡が多く、彼はとりわけ家の近くにあるコンクの教会堂 ( 十二世紀 ) を毎日ながめて育ったという。またロデス博物館にある先史遺跡メンヒルに刻 まれた抽象記号ふうの模様に、強い興味をいだいたという。これはのちに彼が描くことに なるような、黒と茶褐色の太い線が縦横に激しく交差して作りあげる、力感にみちた線の 建築と、たぶん深いつながりをもっ体験の刻印なのだろう。 そういう意味では、抽象絵画はしばしば、その作者の精神の閲歴をあざやかに示すので ある。 ドイツのライブツイヒに生まれ、 、リに定住してフランス市民となったハンス・アルト ウングもまた、「私の考えでは、いわゆる抽象という絵画は、最近多くあらわれたような イズムでもなく、また一つの様式でも、一つの時代でもない。それはまったく新しい表現 手段、以前の絵画よりもはるかに直接的な、人間の別の言語なのだ」といっている。 スチル
あとがき 岩波新書が初めてカラー ・ペ 1 ジをつけた特別版を出すことになり、本書の執筆依頼を 私が受けることになった。ここで主として対象とした種類の現代の抽象絵画は、美術界に 関りをもつ人からすれば、ある意味でとうに過ぎ去った話題という風に見られるだろう。 他方、ふだん現代美術に慣れ親しんでいるわけではない人にとっては、耳新しい名前が相 次いで現れる、もの珍しい本ということになるだろう。それが本書のおかれた位置である ことを十分に承知した上で私はこの本を書いた。どのような意図のもとに書いたかについ ては、本文を読んでいただけばわかることだから、ここではふれることをしない。 私はこの主題については今までにもいろいろな機会に文章を書いてきたので、本書は当 然、現在の時点におけるそれらの一つのしめくくりとしての意味を持っている。特に、か って書いた『躍動する抽象』 ( 講談社刊「現代の美術」第八巻、一九七一 I) は本書とも深い 5 関係がある。そこでとりあげた画家や絵画思想についての考えを、本書ではいくつかのよ 亠の」がさ
は様式の歴史が厳としてあり、 いかなる画家も、世界にまったく類例のないものを突如と してこの世に出現させたわけではない。芸術の歴史は、過去への反逆という意味において も過去とつながる部分をもっていて、ある時代の様式は多かれ少なかれ常に芸術家を規制 し、また彼に制作動機をも与えている重要な環境そのものである。それゆえ、多くの画家 たちが、抽象という二十世紀造形美術の大きな様式を通して語ろうとしたという事実は、 それそのものとして重要な意味をもっている。しかし、そのことは、彼らが単に「抽象絵 画」としての傑作を描こうとして描いているということは意味しないだろう。もちろん、 多くの画家はカッコつきの「抽象絵画」を作るだけで精一杯という現実はある。だが、彼 らが伝えたいもの、この世に形あるものとしてとどめておきたいと願うもの、それは彼ら 画の精神が遭遇するあらゆる本質的な問題であるはずである。それに形を与えるのに、抽象 象絵画とよばれる様式が最も適していると思われたから、彼らはそれをえらんだ。 の苦悩、激情、抒情、偶然、拒絶、無秩序、行為、混沌、生成、不定形、身ぶり、恍惚、 現絶望、その他少なからぬ形容が、二十世紀のある種のタイプの抽象絵画にかぶせられてき た。アンフォルメル絵画、アクション・ペインティング、抒情抽象、抽象表現主義その他、