時代 - みる会図書館


検索対象: 政治とカネ
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1. 政治とカネ

三角大福中の時代 政界ではいつの時代にも、大量にカネを調達できるものがスタ 1 の座を獲得する。池田・ 佐藤から「三角大福中」までの時代はーー・もちろん、資金調達の分野でのことだが 1 スターたちの時代」だったといえるように思う。ス 1 1 スターはむろん派閥の首領 たちである。なぜ「ス ー ( ー」かといえば、かれらは他の政治家の力を借りずに一人で派閥 の資金を賄「たからである。かれらはそれぞれ背後に大口のスポンサーたちを抱えていた。 前節の図二ー 1 こ 。従うなら、中段の中枢的資金後援会が強力だ「た。このため派手に券を売 「て。 ( ーティを開催したり、地方に資金後援会を広げたりという手法は無用だ「たのである。 「三角大福中」について、もう少し詳しく特徴をさぐ「ておこう。 五人がスー 1 スターであ「た点は共通しているが、背後のスポンサー群の違いで資金調 達に有利・不利の差はあ「た。福田赳夫、大平正芳両氏は派閥の先代からスポンサ 1 群を引 き継ぐことができた。加えて、みずからの官僚時代の経済界とのつながりを利用してさらに 支援者たちの集団を大きなものにすることができた。 これに対して三木武夫、田中角栄、中曽根康弘三氏は先代の遺産を受ける立場になか「た。 三木氏は戦前からの政治経歴のなかで比較的に良質の支援者を培。ていたが、田中、中曽根

2. 政治とカネ

中河安竹宮の時代 「中河安竹宮」の時代にはいってから、資金はすべてオレに任せておけといえるスー スターは皆無になった。派閥の首領たちが必要資金の何割かを受け持っスタ 1 であることは 間違いない。しかし派閥をあげて。ハ 1 ティ券をさばくなど、派閥による資金調達が重要な要 素になってきた。そのさい活躍するのは有力議員たちである。有力議員はあとの章でみると おり、ほとんどが族議員の幹部たちである。「ス 1 ースタ 1 たちの時代」に代わって「族議 員に支援されたスターたちの時代」になったといってもよさそうだ。 ースターたちに比較して低下したのだろう す派閥の首領たちの資金調達力が、先代のス 1 調か。そうではない。それぞれ派閥を支援してきた大口のスポンサーたちは、派閥の首領が代 を ネ替わりしたからといって支援をとりやめる理由はない。首領たちの資金後援会の調達状況を もっとも、派閥の収支報告はあまり信用できないことがいまや明らか て収支報告でみると や こよっこゞ 八六年の竹下氏の五億六〇〇〇万円、宮沢氏の六億四〇〇〇万円、八七年の 宮沢氏の七億九〇〇〇万円など、決して田中、大平氏らに比べて遜色のあるものではない。 章 首領たちがス 1 ースターでありえない理由の一つは、政治資金規正法の改正で大口のス 第 ポンサ 1 たちの献金が制限されるようになってきたことによる。抜け穴はあるものの信用を

3. 政治とカネ

両氏にとってはライバルたちに対する資金面の不利をどう補うか、新しい支援者をどう開拓 するか、つねに深刻なテーマだったはずだ。 スポンサ 1 たちの経済界での位置も重要である。主として経済界の本流に属する人たちを 集めたのは、福田、大平両氏である。本流の人たちが政治に期待するのは、おおむね業界秩 序の維持と安定である。したがって個別の利益のために、従来の方式の変更を迫るような露 骨な要望もあまり出てこない。一方、田中、中曽根両氏は経済界の本流への挑戦をめざす亜 流・末流に手を広げざるをえなかった。秩序の変更を求める本流陣営への挑戦は、ときに刑 す法上の冒険を伴うものともなった。田中金脈問題さらにロッキード事件は、派閥の首領が資 ももたろう。 ースター時代の固有の犯罪だったといっても、 金のすべてを賄うスー を ネ この時期の派閥は、首領の指令一つで全員が右にも左にも動いた。 カ てカネを出すのが首領だから、これは当然の姿だったといえるだろう。「三角大福中」は相互 や うに確執を繰り返し「怨念の世代」とさえいわれたが、この時代には一つか二つの派閥がつね に自民党内で反主流とか非主流といわれる立場をとっていた。反主流や非主流の派閥からは、 章 政策分野での部会長などのポスト配分では、もっとひどい 閣僚や党役員への起用は少ない。 第 差別を受ける。派閥をあげて「冷飯を食う」ことになるのだが、各人に対する首領の資金支

4. 政治とカネ

岩波新書創刊五十年、新版の発足に際して 岩波新書は、一九三八年一一月に創刊された。その前年、日本軍部は日中戦争の全面化を強行し、国際社会の指弾を招いた。しかし、 アジアに覇を求めた日本は、言論思想の統制をきびしくし、世界大戦への道を歩み始めていた。出版を通して学術と社会に貢献・尽力 することを終始希いつづけた岩波書店創業者は、この時流に抗して、岩波新書を創刊した。 創刊の辞は、道義の精神に則らない日本の行動を深憂し、権勢に媚び偏狭に傾く風潮と他を排撃する驕慢な思想を戒め、批判的精神 と良心的行動に拠る文化日本の躍進を求めての出発であると謳っている。このような創刊の意は、戦時下においても時勢に迎合しない 豊かな文化的教養の書を刊行し続けることによって、多数の読者に迎えられた。戦争は惨澹たる内外の犠牲を伴って終わり、戦時下に 一時休刊の止むなきにいたった岩波新書も、一九四九年、装を赤版から青版に転して、刊行を開始した。新しい社会を形成する気運の 中で、自立的精神の糧を提供することを願っての再出発であった。赤版は一〇一点、青版は一千点の刊行を数えた。 一九七七年、岩波新書は、青版から黄版へ再び装を改めた。右の成果の上に、より一層の課題をこの叢書に課し、閉寨を排し、時代 の精神を拓こうとする人々の要請に応えたいとする新たな意欲によるものであった。即ち、時代の様相は戦争直後とは全く一変し、国 際的にも国内的にも大きな発展を遂げながらも、同時に混迷の度を深めて転換の時代を迎えたことを伝え、科学技術の発展と価値観の 多元化は文明の意味が根本的に間い直される状況にあることを示していた。 その根源的な問は、今日に及んで、いっそう深刻である。圧倒的な人々の希いと真摯な努力にもかかわらす、地球社会は核時代の恐 怖から解放されす、各地に戦火は止ます、飢えと貧窮は放置され、差別は克服されす人権侵害はつづけられている。科学技術の発展は 新しい大きな可能性を生み、一方では、人間の良心の動揺につながろうとする側面を持っている。溢れる情報によって、かえって人々 の現実認識は混乱に陥り、ユートピアを喪いはしめている。わが国にあっては、いまなおアジア民衆の信を得ないはかりか、近年にい たって再び独善偏狭に傾く具れのあることを否定できない。 豊かにして勁い人間性に基づく文化の創出こそは、岩波新書が、その歩んできた同時代の現実にあって一貫して希い、目標としてき たところである。今日、その希いは最も切実である。岩波新書が創刊五十年・刊行点数一千五百点という画期を迎えて、三たび装を改 めたのは、この切実な希いと、新世紀につながる時代に対応したいとするわれわれの自覚とによるものである。未来をになう若い世代 この叢書が一層の の人々、現代社会に生きる男性・女性の読者、また創刊五十年の歴史を共に歩んできた経験豊かな年齢層の人々に、 広がりをもって迎えられることを願って、初心に復し、飛躍を求めたいと思う。読者の皆様の御支持をねがってやまない。 ( 一九八八年一月 )

5. 政治とカネ

あとがき 亠のし」が去」 リクルート事件を境に、国民の政治意識の底の方でなにか重要な変化が進行しはじめたよ うな感じがします。 この国で汚職は決してめずらしいことではありません。そして国民の反応にも一つの。ハタ ンがあったように思われます。大いに怒ると同時に政治ぎらいになって、政冶に背を向け てしまう。投票所にも行きません。政治不信は不信のままに終わるわけです。指導者が交代 し、あるいは政治の目先が変わると、もう一度もとのところに戻ってくる。そんなことを繰 り返してきました。 重要な変化というのは、ここのところです。あの事件のあとの参院選挙では、有権者はこ れまでと違う反応をしています。投票率をみても、選挙結果をみてもそれがいえます。政治 不信から一歩前へ出て、政治を自分たちの手で改めるのだという気概がうかがえるのです。 事件はいずれ忘れられるでしよう。しかし、こうした政治意識の変化は後戻りしません。政 治は新しい時代に入ったといえるでしよう。 199

6. 政治とカネ

対 。れ し て 盆 。や 暮竹 に派派分 数 百 万〇 円人 れ閥 の モ が構 、成 チ 、参 代 、員 を 出 左が衆院 , 右が参院 . し 、根閥的 で大 選 勢 挙派参面 、激 ばす の さ い し要 け大 は 千 万 っ性 で閥 円人 の多 位 数模 気不 の 年派 支 は名 援 工福 あ誉 を 角規 れ倍 す る と て る れ下小 倍 中 曽 い ず も ノ、 〇 ム で あ る か ら に た ま 中 閥 が 整 理 さ れ 宮院首 沢議領 も 派 に が加倒 す る と 0 こ な て 規 模 は に オよ さ 派 閥 の 色 け が 行 わ た カゞ 日 常 に を み る と い っ 格 も の で は な か っ 人 田 中 派 四 八 人 当 時 派 の 員 と え ば 衆 院 議 員 で あ る 参 院 も 派 作 展 開 表 2 ー 4 派閥の規模の変化 田中内閣時代 ( 72 年 12 月 ) 竹下内閣時代 ( 87 年 11 月 ) 福田派 田中派 大平派 中曽根派 三木派 椎名派 水田派 船田派 石井派 無派閥 53 ( 33 ) 48 ( 45 ) 45 ( 20 ) 39 38 ( 11 ) 18 13 9 9 10 竹下派 安倍派 宮沢派 中曽根派 河本派 二階堂系 無派閥 120 ( 72 48 ) 89 ( 59 30 ) 89 ( 61 28 ) 84 ( 63 21 ) 31 ( 25 6 ) 14 ( 11 3 ) 19 ( 11 8 ) 田中内閣時代の数字は衆院議員 . カッコ 内は参院での支持勢力 . 竹下内閣時代の 数字は衆参両院の合計勢力 . カッコ内の も の だ が の と き 派 の 規 は 田 が派争 五 カ を 、広中 て ポ ス ト 佐 藤 の 党 総 裁 を た で争大 は 田 福 田 両 派 が ギ リ ギ リ の と ま き く な た た め だ 九 の ろ福模 戦 な ぜ っ表増需理 た か ま ず 4 に み る よ つ 閥 の が し 主 た る 由 は の激別い業 の と ろ 0 こ あ る よ っ 派 閥 の 資 金 が 増 し た と だ き れ 避 た と っ クーロ る か 90 事 に る 企 の は な は

7. 政治とカネ

1 丿 1 ダ 1 」三人に厳しい批判の矢を向けた。 伝統ある派閥の首領になることを早い時期から約束され、】長い準備期間を手にしながら、 自民党を代表する政治家として大成するにいたらなかった。「安竹宮」の仲良し三人組はい いが、そろいもそろってリクルート疑惑に関連し、必要なときに政権を担うリリ 1 フ役が果 たせないのでは責任派閥のリーダ 1 たる資格がない というのである。派閥の資金集めが いかに大変かは福田、鈴木両氏も経験済みのことだが、二人にしてみれば、危険なもの、手 をつけてはならないものを識別する感覚は、派閥のリ 1 ダ 1 として不可欠の条件だというこ すとになるのだろう。 耳長老たちの「いまの政治家」批判に、異議を唱える理由はなにもない。しかし派閥そのも を ネのが池田・佐藤時代、さらに「三角大福中」といわれた時代に比較して、まるで様変わりし ててしまったことを理解しておかねばならない。 一言でいえば、派閥の資金需要がけた違いに や 大きくなったのである。派閥の汚染度が高くなったのを、 丿 1 ダ 1 たちの見識・カ量の低下 のせいだけにするのは公平でないかもしれない。むしろ派閥の資金需要を抑える方途を考え 2 ることの方が重要だろう。 ュ

8. 政治とカネ

が政界に向かってアンテナを伸ばすのである。 「情報化」は、中曽根内閣が進めた民間活力の導入や、さきにあげた OQ< の事業獲得に も現れている。情報を早くにぎったものが巨利を手中にするのは、、、 へネティアの商人や紀国 屋文左衛門の時代からそうなのだが、企業や業界が「情報を発信し、政治や官庁を動かす」 のがいまの時代の経済の「情報化」の重要な特徴である。援助対象国における開発プロジェ クトという情報から援助が現実のものとなり、財政難の国に代わって民間の資本を投入する という魅惑的な「民活」の情報を発信することで、政府に公有地払い下げの理由を提供する。 情報を受けて政策として実現するのは政治であり、行政である。そこに接近していないと新 しい政策がスタートしてもその利益を享受できない。 リクレー・ グル 1 プの政界に対するいく筋もの工作に共通しているのは、情報の発信だ った。「民活」で公有地の払い下げを受けただけでなく、就職情報誌の販路を確保するために 「労働行政の分野での規制緩和・民活導入」を発信し、教育情報誌の販路を広げるために 「教育の自由化」を発信したともいえそうだ。 経済活動の「国際化」は一面では、企業が世界の市場を相手にすることによってその関心 が国内の政・官・財の秩序から離れていくことを意味する。しかしもう一つの側面がある。

9. 政治とカネ

政治とカネの問題は、議会制度の発足と同時に抱え込んだ百年の病だといっていいかもし れません。処方箋は何枚も書かれましたが、効きめはさつばりでした。新しい時代の最初の 課題は、政治自体の改革だと思います。そのための環境は整いつつあります。改革の論議に、 この本が少しでも役に立てばこんなすばらしいことはありません。 この本を書くにあたっては、たくさんの人たちのご協力を得ています。ご協力や励ましが なかったら、こんなテ 1 マに手をつける勇気はなかったと思います。本文でもふれた石川真 澄さんとの共著『自民党』のときと同様、岩波書店では佐藤司さんが担当してくれました。 佐藤さんがオニの編集者ぶりを発揮したので、なんとかまとまったともいえます。みなさん に心から感謝します。 一九八九年一〇月 広瀬道貞 200

10. 政治とカネ

政治資金規正法では献金の上限を二種類に分けて規制している。「枠」といわれるのは間 政党および個人に対する寄付で、これが大企業の場合で年間一億円である。派閥など政治団 体に対する寄付が「枠」で、「 << 枠」の二分の一、つまり年間五〇〇〇万円だ。族議員に対 する献金は「 << 枠」にはいるため、これを増やそうとすると政党への献金を減らさねばなら ない。津島氏らの嘆きはここからくるわけだ。 経団連の一括寄付の担当者たちは、リクルート社の業績が伸びてきたことから、「協力して もらいたい」としばしば交渉したという。ところが同社は「 << 枠」を他に当てるためか、党 への献金要請に対してはつねに「ゼロ回答」だった。「べンチャ 1 から大をなした企業には、 献金をしてどれだけの反対給付があるか、そのへんを計算するようなところがある。もっと もそういう計算をするから大をなすことができた、ということかもしれませんが」 ( 三好正 也・経団連事務総長 ) 。 姿勢があやしいのはべンチャ 1 産業だけではない。一括寄付の先頭に立ってきた鉄鋼、銀 行なども「枠」はまるまる党に、という従来の方針を切り換えてきている。新日鉄さえ、 不動産、レジャー、食品などに手を広げ経営を多様化する時代である。不動産やレジャーの