ハミンの作用を抑える薬剤 ) の投与によって、その約三〇パーセントに認められる自傷 こうしん 行為が改善することが報告されている。このような知見は、ドー ハミン系の機能の亢進が 自傷行為と関わっていることを示唆している。 痛みの感覚の異常も、自傷行為の発生要因の一つだと考えられている。自傷行為と痛み の感覚の異常の関連を示す端的な例は、無汗無痛症という先天性疾患てある。その患者て は、先天的に発汗機能が欠如しているほかに、全身の痛覚が低下していることが特徴にな っている。その患者は痛覚を感じられないために、関節の変形や深い創傷にいたるまての 自傷行為を繰り返してしまう。痛覚とは、自傷行為を抑止するためになくてはならないも のなのてある。 このように痛覚の異常は、自傷行為の原因となる可能性がある。これに関連して、エン ドルフィンという痛みの発生を抑える脳内の生化学物質 ( 麻薬類似物質 ) の不適切な分泌 が自傷行為の原因の一つだという学説がある。これに関連して、自傷行為をしている人の 脳脊髄液中のエンドルフィン濃度に異常が認められるという報告がある。また、別の痛み 刺激を生じることて特定の苦痛を軽減するという 生理的なメカニズムによって苦しみを減 らすために自傷行為がおこなわれるという仮説もある。 自傷行為は、覚醒度を生理的に変化させる手段として利用されているとも考えられてい
者にも攻撃的な激しい感情を向け、しばしば社会常識を逸脱する行動を見せる。それらの ーソナリティ特性は、やはり自傷行為の発生要因の一つだと考えられる。 苦痛をやわらげる自傷行為 ◆症例エリカ 初診時のエリカは、二十歳代前半の寡黙な女性てあった。 , 彼女は二十歳の頃から、精神 ささい 科外来て抗うつ薬などの薬物療法を含む治療を受けていた。この時期の彼女には、些細な きっかけて涙を流すなど抑うつ気分が顕著てあり、夜ふかしなどの生活リズムの乱れ、 ストカットや市販薬の過量服用、頭を壁にぶつける行為が見られていた エリカには、十歳代半ばから「学校が嫌だ」といって不登校をすることがあった。その 頃から彼女には「憂うってなにもしたくない」、「なんとなくやる気が出ない」といった無 気力状態が持続していた。 専門学校に入学してもやはり、勉強に関心が持てないといって 授業に出席せす、級友との関わりを避けていた。 , 彼女はようやくのことて専門学校を卒業 その後は時折アルバイトをするだけの不活発な生活を送っていた。 エリカのリストカットや過量服薬は、「気晴らしのため」、「なんとなく自分を傷つけた くなったから」、「死ねたらそれてもよいという程度に死 ( こたくなったから」という理由て
第一の抑うつ的な感情、認知に陥りやすい傾向は、自傷者のほとんどに認められる特徴 ぞある。彼らぞは、絶望に支配されやすいこと、自己評価が低く罪悪感を抱きやすいこと ーソナリテ といった抑うつ的傾向が一般的てある。そしてそれらは、長く持続すると、 イ特性としての性質を帯びるようになる。このような自分を否定的に捉える認知パターン は、症例マサミ、エリカ、シンゴ、そして第二章て取り上げたダイアナ妃のいずれても支 酉的てあった。 第二の特徴は、衝動的な行動パターンてある。自傷者ては、自傷行為が衝動的な行動パ ターンの一つとしておこなわれていることがまれてない。自傷者にはさらに、衝動的な買 い物、薬物の使用、異性関係といった他の種類の衝動的な行動が見られることがある。 第三のパーソナリティ特性としては、持続的な身体感覚や身体認知の歪みを挙げること がてきる。たとえば、自分には苦痛を感じる必要があるという考えにもとづいて自傷行為 がおこなわれる場合ては、自分の身体を使って感情的な問題に対処しようとする行動パタ ーンが明らかてある。また、自傷行為に伴うべき痛みが感じられないケースては、痛覚の 歪みや低下がその行動の発生に関与していると考えられる。症例シンゴの根性焼きは、自 らの辛い体験を処理するための行動てあり、身体感覚、身体認知の歪みの最たるものてあ ろう。また、マサミとエリカはリストカットに痛みを感じないという痛覚の欠如を報告し 95 第五章三つのモデル症例
再びダイアナ妃の人生から 本書第ニ章て取リ上げたダイアナ妃について再び考えてみましよう。「世紀の結婚式」 のときのダイアナは、世界中の女性の夢をわが身に実現したシンデレラてした。しかしそ の実態は、そのようなものからかけ離れていました。彼女は、結婚生活ての苦労に加え て、うつ状態や摂食障害に悩まされながら、自傷行為を繰リ返していたのてす。 彼女がそこから回復することがてきたのは、その境遇の中て自分を生かす道を見出した からてす。その努力の中て彼女は、苦難と成功から多くを学びながら、「わたし」を取リ 戻してゆきました。その結果、彼女は他の人々を助ける人生を選びとリ、その人生の最後 まてボランティア活動などの社会貢献を続けたのてす。 ダイアナ妃の人生て見られたように、自傷行為からの回復には、自分自身の本来の姿を 確認することが一つの鍵になリます。そのためのポイントをニっ挙げておきましよう。第 一は、「わたし」を回復するためには、尊重され大切にされる自分を確認することてす。 ダイアナ妃は、苦境の中ても自分を確認すること、自分を受け人れることを積極的に進 め、自尊心を回復することがてきました。 第ニは、周囲の人々との関わリを「わたし」を作リ上げるために積極的に利用すること 1 7 5 工ヒ。ローグ「わたし」の回復
れらへの反応としておこなわれているのてあ ・トし - ・ 4 -0- 9 編 8- 「 / 1 よ -0- ワ」っ」 る。モデル症例ては、怒りと罪悪感 ( マサミ 、 . D 0 LO -4 -4 44 4 題人人人人人人人人人シンゴ ) 、空虚感 ( エリカ ) といった感情が自 日円「 / ワ朝 1 亠一 8 一 8 一 -8 一一 8 一 目ーー「 / LO LO -4 ・ 4 っ 0 傷行為の発生要因の一つとなっていた。 ここてはまた、悲観的て抑うつ的な認知が支 配的になっていることも特徴てある。表 4 に示 した調査ては、自傷者の六六ノ ーセントが自分 っ題 の問題を解決が困難だと認識していたとされ 3 よ日円 との る。そして、自分の間題を解決困難と感じてい 原以かナ た串 5 者は、悲観的な認知が支配的て、明瞭な自 0 飲み 悩殺の意思を示すことが多かったという。 題題ルの Ⅶのパ題題問 日円日明 の患問門 ら為 行者の的上疾ののコ疾 ン +-J 傷偶族済事神居人ル体自傷行為の意図 4 ノ . ー 自配家経仕精住友ア身 自傷行為は、一定の目的を追求する意図的な 行動として実行される。その行動を理解するためには、自傷者の意図を知ることが必要て ある。しかしこの自傷行為の意図は、しばしば不合理て矛盾をはらんだものてあり、その
皇太子妃も自らを傷つけていた 自傷行為の一つの典型てあるリストカットは、多くの書籍、マスメディアぞ取り上げら れて、すてに一般の人々にもよく知られるようになっている。その原因の一つは、多くの 有名人がリストカットをおこなったことが事件として報道され、人々の注目を集めてきた からてある。 かって英国皇太子妃てあったダイアナも、そのような有名人の一人てある。本章ては、 それ 自傷行為をおこなう状態に追い込まれた実例として彼女を取り上げることにしたい。 によって、自傷行為は、ごくさまざまな要因の重なり合いの結果として生じるものてある 一 ) し J が明、らかにたる ただし、ここてこの事例を紹介するのは、たんにその自傷行為を間題として示すためだ けてはない。むしろ彼女の自傷行為からの回復の過程を追うことに力点を置きたいと考え ている。この実例から私たちは、自傷行為をおこなう人々が自傷行為を克服しようとする なかて、自分自身の重大な課題と取り組まなければならないことを理解するだろう。 「私は誰かに助けてほしかったの」
このような技法の一つにても習熟すると、それは自傷行為を回避するために大きな力と なる。もっとも、それを使いこなすためには、訓練を十分に積むことが必要てある。これ らの技法の習得は一人ても可能てあるが、確実に体得するためには指導者の下て訓練する こし」か切亠 ( しい。 さらに、着実に技能を身につけるためには、毎日実施するのを習とす る、訓練の内容とその効果を日誌につけるといったことが役立つ。 身体イメージへの働きかけ 第五章て指摘したように、自傷者には身体イメージの歪みがしばしば認められる。自傷 者が自分の身体への認識を深め、それを受け入れることによって、身体イメージを改善す ることは治療の焦点の一つてある。ウォルシュは、以下のような方法によって身体イメー ジを改善することを推奨している。 ・健康感覚の強化 自分が健康てあるという感覚は身体 ~ の安心感をもたらす。この健康の感覚を維持す る宀にめには、 ダイエットや食事健康法を実行する、過剰なコーヒーやアルコール摂取を 控える、健康診断を受けて身体についての安心感を保っといったことを実践するとよ 158
彼女の人生には、自らの能力を生かしながらもともとの弱点を克服し、ついには自分の生 き方を確立したという道筋を見出すことがてきる。 ダイアナの自傷行為に関与するもう一つの要因は、摂食障害やうつ病といった精神疾患 の存在てある。うつ病や摂食障害は、精神的な負担を増大させ、彼女を自傷行為に追いや る一因となっていた。それゆえ、ダイアナがこれらの精神疾患から回復しようとする努力 を重ねていたことも、自傷行為の再発を防ぐことに役立ったはずてある。このように、自 傷行為に並存する精神疾患への治療は、自傷行為からの回復に貢献するものてあり、自傷 行為への対応の重要な柱となることがまれてはない。 自傷行為には、ほかにもさまざまなタイプがあり、ダイアナ妃の自傷行為は、その一つ のタイプを代表するものにすぎない 。しかし、自傷行為の理解の方法は、本章て取り上げ たダイアナの場合と基本的に同じてある。本章て示されているように自傷行為が発生する 状況やその要因を理解することは、自傷行為に追いやられた人々を援助するために避ける ことのてきない課廴なのてある。 39 第二章ダイアナ妃の苦悩
決断し行動する力を強めることてす。 自傷者への援助の前提は、自傷者をみずから考え行動する主体として尊重することて す。そのためにはまず、自傷者本人の考え方や判断を最大限に尊重しなくてはなリませ ん。自傷行為に、なんとかして生きようとする試みといったプラスの側面を認めることも その一つてす。皆さんが自傷者の続けてきた努力を認めようとするなら、自傷者はそこか ら自分のカて新しい行動を組み立てようとする勇気を得るてしよう。 ただしこれは、皆さんが自傷者の考えや行動をそのまま受け人れるべきだということて はあリません。相手を自らに責任を負うことのてきる存在と認めるなら、皆さんがしつか リご自分の意見を述べるのは、むしろ当然なことてす。自傷者をそのように尊重したうえ て発せられる助言なら、それは、自傷者にとってきっと有意義なものとなるてしよう。 役割を守ること 皆さんにとくに注意してほしいのは、関わリの中てそれぞれの役割を守るべきだという ことてす。自傷者の対人関係ては、それぞれの役割が混乱し、行動の責任の所在が不明確 となっておリ、それが自傷行為の発生要因の一つとなっていることがしばしばあリます。 対人関係て互いの役割を明確にすることには、自傷行為の発生を防止する効果があると考 1 7 7 工ヒ。ローグ「わたし」の回復
ていた これらの自傷行為に関連したパ ーソナリティ特性は、その対応、冶療に際して取り上げ られるべき重要なポイントの一つてある。そしてそれらは、比較的変化しにくい性質を示 すことカ多いが けっして治らないものと考える必要はない。自傷者がそれに忍耐強く取 り組むならば、改善することが十分に期待てきる。 虐待とパ ーソナリティの関係 養育環境における虐待の経験は、パ ーソナリティ特性に深い影響を及ばす出来事てあ り、自傷行為の原因の一つだという考えがある。自傷行為と養育環境における虐待 ( とく に性的虐待 ) との関連については、数多くの研究がある。わが国ても、自己切傷と過量服 薬の両方をおこなう患者ては、自己切傷のみの患者よりも、発達期において虐待を体験し た頻度が高いことが報告されている。このように虐待を体験した人々に自傷行為が発生し ーソナリ やすいことは、ストレスにさらされると自分を傷つけるという行動パターンかハ ティの発達史の中て形成されているためだと、う し解釈がある。また、虐待は養育の不十分 さを示唆するものにすぎず、むしろ自傷行為のリスクを高める要因として、発達期に適切 な養育や愛情を得られなかったことのほうが重要だという議論もある。