ある。 文化的現象としての自傷行為を長年にわたって研究してきた米国のファヴァッツアは、 自傷行為の概念の一つてある「習慣性自傷症候群」を提唱している。この症候群の診断に は、自らの身体を傷つけたいという観念が持続しており、その考えに抗しきれずに自傷行 あんど 為をすること、自傷行為によって緊張が解放され、安堵感が生じることといった特徴が認 められることが必要てある。この「習慣性自傷症候群」ぞも、前述のウォルシュの定義と 同様に、文化的に許容される自傷行為や自殺未遂が除外されており、自傷行為は、死ぬた めてはなく、むしろ苦しみを減らす、生きるための手段として捉えられている。 そして、それによってい このように自傷行為の定義は、まだ十分に定まっていない。 つかの間題が生じていることも指摘されなくてはならない。 その顕著な例は、処方薬や市 販薬の過量服用を広い意味の自傷行為に含めるかどうかが研究者の間て意見がわかれてい ることてある。過量服薬は、ウォルシュの定義する自傷行為やファヴァッツアの習慣性自 傷症候群に含まれないものの、「意図的に自分を害する行為」には含まれることがある。 このような状況のために、私たちは自傷行為の語が用いられたとき、それがどの概念にも とづいているのかを確認しなくてはならないことがしばしばある。 なお、本書ては、自傷行為をパテイソンとカーハンの「意図的に自分を害する行為」と 19 第一章自傷行為とはなにか ?
れる「根性焼き」や、暴力団関係者などの「指詰め」は、それぞれ自己火傷、自己手指切 断という自傷行為てある。自傷行為は、このように広がりのある行動の総称てある。 さらにそのほかにも自傷行為との区別が難しい自己破壊的行動がある。まず、このよう な自傷行為に密接に関連しており、しかも頻度の高いものとして、過量服薬 ( 市販薬や処方 薬を規定以上に大量に服用すること ) を挙げることがぞきる。これは、とくこ ( 救急医療機関て 重大な問題となっており、しばしば自傷行為と同列のものとして扱われている。また、自 らの身体に害が及ぶことを承知ておこなわれる過食 ( 発作的に異常な量の食物を食べてしまうこ と ) やアルコール・薬物の乱用・依存は、自傷行為そのものてはないものの、自傷者に りわけ多く見られており、自傷行為と深く関連している行動てある。これらは、自傷行為 ご」い - んる が直接的な自己破壊行動てあるのに対して、間接的に自己を破壊する行動だ さまざまな場での自傷行為 次に、従来の調査結果から、どのような種類の自傷行為が一般的てあるかを示すことに しよう。自傷行為の発生頻度についての調査結果は、研究対象となった人々の年齢や性別 といった調査の条件によって大きく影響される。そのためここては、自傷行為が多く見ら れる若い世代の人々を対象とした調査と、救急医療機関において自傷行為 ( 自殺未遂 ) の 13 第一章自傷行為とはなにか ?
彼女の人生には、自らの能力を生かしながらもともとの弱点を克服し、ついには自分の生 き方を確立したという道筋を見出すことがてきる。 ダイアナの自傷行為に関与するもう一つの要因は、摂食障害やうつ病といった精神疾患 の存在てある。うつ病や摂食障害は、精神的な負担を増大させ、彼女を自傷行為に追いや る一因となっていた。それゆえ、ダイアナがこれらの精神疾患から回復しようとする努力 を重ねていたことも、自傷行為の再発を防ぐことに役立ったはずてある。このように、自 傷行為に並存する精神疾患への治療は、自傷行為からの回復に貢献するものてあり、自傷 行為への対応の重要な柱となることがまれてはない。 自傷行為には、ほかにもさまざまなタイプがあり、ダイアナ妃の自傷行為は、その一つ のタイプを代表するものにすぎない 。しかし、自傷行為の理解の方法は、本章て取り上げ たダイアナの場合と基本的に同じてある。本章て示されているように自傷行為が発生する 状況やその要因を理解することは、自傷行為に追いやられた人々を援助するために避ける ことのてきない課廴なのてある。 39 第二章ダイアナ妃の苦悩
自傷行為が不合理なものてあるからといって自傷者を非難してはならない。 傷行為は、その人を叱ったからといって止まるようなものぞはない。 それは、そこに・目傷 者の窮迫した精神状態があると考えるべきだからだ。しかし過度に同情的になることも有 害てある。それによっていっそうの同情を得ようとするために、新たな自傷行為を誘発す るこし」か↓のるか・ら′し ~ のる 次に必要なのは、自傷者の訴えに耳を傾けることてある。自傷行為への取り組みの糸口 は、自傷者本人の内面に見出されることが多い。しかしほとんどの場合、自傷者は、それ を適切に表現するための準備がてきていない。 ここては、次々に質問を投げかけるより も、本人の問題の深刻さをそのままに受け止めようとすることのほうが大切てある。 さらに、自傷行為の傷に対して手当てをしたり、自傷者を病院に連れていったりして、 身体的損傷に対して手厚くケアすることも重要てある。自傷者の身体を気遣い、大切に扱 うことは、自傷者が自分の身体を傷つけても構わないという考え方を修正する契機となる 可能性がある。 理解すること 自傷行為への対応の第一歩は、自傷者のおかれた状況や心のあり方 ( 精神状態 ) を知る 117 第七章自傷行為への対応
適切で迅速な対応のために 自傷行為が発生すると、自傷者の家族や学校などの現場の関係者には、それに対してな んらかの対応をすることが求められる。しかし自傷行為への適切な対策を迅速に実施する ことは、一般に容易てはない。自傷行為の現場てはすてに混乱が生じているのが通例てあ るし、対応者は危険な状態にある自傷者のサポート、 他の人々へのその影響を食い止める ことといったさまざまな課題に取り組まなくてはならないからてある。 本章以降、自傷行為への対応・治療の方法を呈示してゆく ここては、自傷行為への対応を、援助のスタンスを保つこと、自傷行為を理解するこ と、自傷者を支えること、周囲の人々への対応、対応にあたって注意するべき事項という 頂」午て老ノ - んることにし ' 」い。 援助のスタンス 自傷行為への対応の前提となるのは、自傷行為をおこなった人に必要な援助の手を差し 伸べようとするスタンスてある。これは、自傷者の欠点をただそうとするのても、ひたす らに助けようとするのてもない、節度あるものてなくてはならない。 1 16
そも自傷行為ては、その意図と、それによって発せられるメッセージの受け止められ方 が大きく食い違うのが通例てある。このような矛盾をはらんだメッセージは、周囲の 人々や自傷者本人を一層混乱させる。そしてその結果、同様の自傷行為が繰り返される こし」にた 6 る この自傷行為のメッセージとしての性質は従来から重視されてきた。自傷行為には、 周囲の人々に強い影響を与える、周囲の注目を集めるといった作用があることが指摘さ れている。しかしこれらの自傷行為のメッセージとしての意味は、自傷者によって自覚 されないことのほうが多い。むしろ彼らは、自傷行為が他者に影響を与えるための行動 とみなされることを不本意もしくは不快なことと捉えている。このような自傷者の感 じ方は、自傷行為への対応においてよく理解しておく必要がある。 ーソナリティ特性 ーソナリティとは、個人の感情、認知、行動の持続的パターンを指す語てある。その 特性のいくつかは、自傷行為の重要な発生要因となる。ここては、自傷行為に関わると考 - んられる、 ーソナリティ特性を、自分を否定的に捉える傾向、衝動的な行動パターン、身 体感覚や身体認知の異常としてまとめることにしよう。
部分的自殺・パラ自殺・自殺関連行動 自傷行為を自殺未遂から区別することは、自傷行為への対応における重要なポイントの 一つてある。実際のケースては、自傷行為と自殺未遂の要素が互いに関連しており、自傷 行為が自殺未遂の性質を帯びることがしばしばある。そのようなケースては、自傷行為に おける自殺未遂の特徴を見落とすことは、自傷行為をおこなう人の自殺の危険への備えを 怠ることになるし、その反ヌ 寸に、自殺未遂の要素を過剰に重視すると、自殺予防の名目て 過剰な治療がおこなわれるなどの弊害が生じかねない。自傷行為における自殺未遂の特徴 をよく吟味することが必要なのは、そのゆえてある。 自傷行為を自殺未遂から区別するのが困難なことは少なくない。 それは自傷行為を自殺 未遂との関連性において捉えようとしてきた歴史にもあらわれている。最初に取り上げら れるべきは、米国て精神分析の普及につくした精神科医として名高いメニンジャーの主張 てある。彼は、自傷行為を「弱められた自殺」とみなして、「限局的自殺」もしくは「部 分的自殺」と呼ぶことを提日日しご。 ロナこれは、自傷行為を含む自己破壊的行動を自殺もしく は自殺未遂の延長線上に位置づけようとする見方てある。かってはこのような考え方が支 配的てあったために、自傷行為によって傷ついて病院に搬入される患者がすべて自殺未遂
ハミンの作用を抑える薬剤 ) の投与によって、その約三〇パーセントに認められる自傷 こうしん 行為が改善することが報告されている。このような知見は、ドー ハミン系の機能の亢進が 自傷行為と関わっていることを示唆している。 痛みの感覚の異常も、自傷行為の発生要因の一つだと考えられている。自傷行為と痛み の感覚の異常の関連を示す端的な例は、無汗無痛症という先天性疾患てある。その患者て は、先天的に発汗機能が欠如しているほかに、全身の痛覚が低下していることが特徴にな っている。その患者は痛覚を感じられないために、関節の変形や深い創傷にいたるまての 自傷行為を繰り返してしまう。痛覚とは、自傷行為を抑止するためになくてはならないも のなのてある。 このように痛覚の異常は、自傷行為の原因となる可能性がある。これに関連して、エン ドルフィンという痛みの発生を抑える脳内の生化学物質 ( 麻薬類似物質 ) の不適切な分泌 が自傷行為の原因の一つだという学説がある。これに関連して、自傷行為をしている人の 脳脊髄液中のエンドルフィン濃度に異常が認められるという報告がある。また、別の痛み 刺激を生じることて特定の苦痛を軽減するという 生理的なメカニズムによって苦しみを減 らすために自傷行為がおこなわれるという仮説もある。 自傷行為は、覚醒度を生理的に変化させる手段として利用されているとも考えられてい
のような自傷行為には、それが欲求不満や怒りの表現だとする理解があてはまることが多 そのほか、周囲の人々に衝撃を与えたいという欲求や、他者の行動を変化させようと する試みといった意味が認められることがある。第四章て示した南条あやが自分の初期の 自傷行為を「同情」を求めるための行動てあったと記しているのは、その一例てある。ま た、流行として生じる自傷行為は、第三章て述べた社会文化的に規定されている自傷行為 のように、自傷者同士の連帯感を示すという意味や、学校や病院などの組織に対する反 抗、挑戦といった意味を帯びていることがある。 集団場面て発生する自傷行為への対応のポイントは、そのメッセージの意味を理解し、 それを皆に共有される通常のコミュニケーションの中に組みこもうとすることてある。周 囲の人々から理解されて、受け止められたと感じたなら、自傷者たちは自傷行為という病 的なメッセージの発信方法をやめるだろう。 しかし、もともとが問題をはらんだメッセージてある自傷行為を的確に受け止めること は容易てはない。 自傷行為が上の世代の人々への反抗や挑戦の意味を帯びていると捉え て、関係者が自傷を止めようとしてやっきになると、かえって自傷行為をエスカレートさ せてしまうといった事態も生じうる。そのような場合には、うわべの「反抗」や「挑戦」 のみに対応するのをやめ、まず相互の理解を進めるというように基本的な姿勢の変更が必 130
ほば重なるものとして捉えることにする。それは、その捉え方が自傷行為をなるべく広く 捉えて、さまざまな方向から検討するという本書の目的にかなうからてある。 自傷行為の広がり 自傷行為の発生頻度の研究は、まだ十分になされていない状況にある。しかし、自傷行 為は一般人口においても相当の頻度て発生しているのが現実てある。数少ない研究の一つ に米国のプリー ルとジルによるものがある。それによれば、自傷行為の一般人口における 経験率は、四・〇パーセントと報告されている。つまり一般の人々のだいたい二十五人に 一人が自傷行為を経験しているというのてある。 また、自傷行為のために医療機関て治療を受けたケースを調査した英国のガンネルら は、ある地域の一年間の自傷行為の発生率が〇・一七パーセントてあったと報告してい る。これはつまり、毎年一般人口の約六百人に一人が病院ての治療を必要とする程度の自 傷行為をおこなうということてある。これは自殺未遂も含めた自殺関連行動の発生頻度と ほば同じ数値てある。 自傷行為には、それがとくに多く発生する集団のあることが知られている。それはま ず、若い世代の人々、および女性てある。一般人口に対する調査ては、少数の例外はある