も防ぐために、多くの情報端末やインタ 1 ネット上でのサ 1 ビスでは、「」と「パスワ 1 ドを 4 発行することで、匿名性を保ちつつも、利用者の識別を可能とする仕組みを採用している。とは ldentification の略で、身分証明書を意味する ( 神田三〇〇六〕二八〕 ) 。「ユーザー名」や「アカウ ントと呼ばれることもある。インターネット上のサービスを利用する際には、サービス提供側から 事前に渡されたとパスワードを入力し合致させることが必要である。この行為がログインである。 すなわち、ログインを行うことで、いわば、「インタ 1 ネット上の社会」における「本人の証明」が 可能となるのである。 したがって、インターネット掲示板等に特定個人に対する誹謗中傷や違法な書き込みを行った場合、 ログイン時の—をもとに個人が特定され、社会的な責任を追及されることになる。また、このこと は逆にいえば、他人の—とパスワ 1 ドを使ってログインすることによって、本人になりすますこと ゞ可能になるということである。とパスワードが盗まれると悪意ある他人が本人になり済まして 個人情報を奪われたり、インタ 1 ネット・バンキングから不正に金を引き出されて経済的損害を被る ばかりでなく、本人になりすました状態で、第三者のパソコンに不正アクセスが行われると、—の 本当の所有者である本人が加害者として疑われることになる。そのような事態を防ぐためにも、 とパスワ 1 ドの管理は厳密に行わなければならないのである。 なお、多くのインターネット・サービスでは、「ログアウト」という機能が用意されている。これ
かって一九八〇年代に日本企業は、終身雇用制、年功序列賃金、企業別労働組合 個人と組織の関係 を日本的経営の基本要素とすることで、世界の企業社会の一つの成功モデルと看 做されてきた。この経営スタイルは、企業に従業する人たちの企業への忠誠心を強固なものとし、企 業への集団的で自主的な従業を実現して、日本的集団主義ともいわれた。これは、一方では、日本の 自動車、電気など基幹産業での高度な生産体制と高い生産力を実現して、世界市場において抜きんで た競争力を獲得する源と認識されてきた。しかし、他方では、企業人が、ともすると私的生活を省み ることを忘れ、かっ、社会生活の場面においても、集団主義的に振る舞うことや個人の主張を控える ことによって、集団の論理に従うなどというマイナス面も指摘された。 しかしながら、一二世紀の今日では、日本的経営の特徴といわれた終身雇用制、年功序列賃金は大 幅に変容している。また、産業構造もサービス産業と関係部門が肥大化して、職場の構造も多様 識 常化しており、企業人に対してもかってのように集団主義的に埋没することはよしとされずに、独創的 社 で個性的なアイデアや実行力などが求められる場面が拡大している。そして、何より、ワーク・ライ の 会フ・バランス、すなわち、企業で働くとことと個人の生活の充実とのバランスが求められるようにな 業っており、そのことが企業の社会的目的をめざしていく上では好ましいものであると認識されている。 つまり、企業人は企業組織の一員ではあるけれども、自立した市民、社会人であり、健全な個性あ 座 講る人格として企業組織の一員となっているのだということを確認しなければならないのである。
( 5 ) 肖像権 インターネットの掲示板やプログではテキストだけでなく、写真や画像のアップロードも簡単に行 えるが、その際には肖像権についての配慮が求められる。肖像権とは、本人を撮影した写真や絵を本 人の意思に反して公開されない権利である。肖像権について明確に定める法律は存在しないが、一九 六九年の『京都府学連事件』では、最高裁判所が憲法一三条に含まれる「個人の私生活上の一つ」と して「何人も、その承諾なしに、みだりにその容貌、姿態を撮影されない自由」との判断を下してい る。この刑事事件判決の裁判において肖像権が定義された ( 社団法人日本写真家協会『著作権研究「肖 像権・撮る側の問題点」連載 2 』より ) 。憲法一三条が定める幸福追求権は基本的人権の一つであり、 人は誰でも勝手に写真を撮られたり、それを不特定多数の他人にさらされることがあってはならない のである。 識 常 しかし、撮影機材の高機能化や映像に関連するインターネット技術の向上により、肖像権を侵害す 会 る事件は後を絶たない。二〇一〇年には大学生が「ドプスを守る会」と称して街頭で女性に声をかけ 活て本人の意志に反した撮影を行い、さらに無断で動画投稿サイト「 YouTube 」に投稿して退学処分 生 になるという事件が起きている。憲法や諸権利に照らして違法な行為であることはいうまでもないが、 そもそも社会常識を備えていれば、このような行為には走らなかったはずである。 座 講 なお肖像権には二つの顔があり、人格権の一部としての権利の側面と、肖像を提供することが対価 181
( 3 ) 人付き合いの濃淡 こうして考えると個人を基本におくと単に人付き合いといってもおのずから濃淡ができてくる。親 しさの程度といってもよい。同じように接するといっても、言うは易く行うは難し、である。一方で 自分も付き合うに足る人物か、周囲から評価されていることも忘れてはならない。 これまでは心理学的なアプローチを紹介してきたが、ビジネスの観点からすると別の見方もできる。 人付き合いがうまい人、多くの人が集まってくる人については共通点がある。それは情報の発信量と、 その正確さである。多くの正確な情報をもっている人のところにはおのずから他人も集まってくる。 自ら情報を発信しない者のところには他人も寄ってこないのである。ギブ・アンド・テークという言 葉があるが、ギブ・ギブ・ギブ・ギブ、そして、一つのテークがあると考えた方がよい。 情報を収集する時も同じである。情報が集まる人のところへ情報がほしいと思って寄ってくる者は 会多い。しかし、本人が必要だと感じる情報をもってこない者には知り得た情報を伝えることはないだ のろう。なお、これは金銭的な問題とは別である。欲しいのは金銭ではなく情報だからである。 合その結果、有益な情報を有する者には他人が ( 相性とは関係なく ) 近づき、人付き合いも濃密にな ルる。逆もまた、真なりで発信する情報がない者は人付き合いが希薄になっていくのである。 座 講
まな社会において健全な生活を行うために、通常、もっているべき認識や知識が「常識」ということ 6 になる。なお、カントはまた「非常識」についても言及しており、それによると「精神異常者に見ら れる唯一の普遍的な兆候は、常識 (Sensus Communis 【共通感官〔共通論理〕 ) の欠如と、それと入れ 代わりに現れる論理的強情 (Sensus Privatus 【個人的な感官〔個人的な論理〕 ) である」としている ( 同 三〇〇三二五八〕 ) 。このように、常識とは、一般人が普通に日常生活を送るために当然もっている べき知識であり、そして、それは社会を構成する人々の間で「共通感覚」 (SensusCommunis) として 広く認識される知識である。すなわち、「非常識」とは、それらが欠如した状態ということになる。 他方、新しい「常識」 ( イギリスの国家的権威 ) が古い「常識」 ( アメリカの市民的権威 ) を打ち破る ケースとしては一八世紀のアメリカの社会思想家 ( イギリス出身 ) 、トーマス・ペインが記した 『 CO きミ 0 Sense 』 (Philadelphia: R. Bell, 1776 ) があげられよう。これはイギリスの植民地化にあった 当時のアメリカ人に理解されていたイギリスの国家権力という 'CommonSense" すなわち、「常識」 によるアメリカ植民地支配の不当性を暴き、それを打破するように呼びかけた書である。イギリスは 宗主国であり、アメリカ発展の恩人であり、軍事的に逆らうことはありえないという「常識」を根拠 によって打ち砕き、アメリカ独立への原動力となった (Paine, T Ⅱ小松訳〔一九七六【四五〕 ) 。 一九八〇年代以降の現代社会 ( 日本 ) では、自己の趣味に傾倒する若者が「オタク」と呼ばれるよ うになった。多彩な趣味をもち、それに集中すること自体はよいことであるが、それが過度になり、
あり」という場合の法とは区別される。この説明に入る前に、「世間」の問題に触れておく必要があ る。 日本には「世間」という言葉がある。世間と社会とは同じものか。法学のテクストでは世間という 言葉に言及されることはほとんどない。われわれは、世間という枠組みの中で生活している。誰もが、 ある年齢に達すれば世間という言葉を知り、世間を意識しながら生活するようになる ( 「世間体」、「世 間に顔向けできない」、「世間をおさわがせして申し訳ありません、などの表現を思い出してみよう ) 。それ 識 会では世間とは何か ? それは、阿部によれば、「個人個人を結ぶ関係の環であり、会則や定款はない 社 が、個人個人を強固な絆で結びつけている。しかし、個人が自分からすすんで世間をつくるわけでは の 剞ない。なんとなく、自分の位置がそこにあるものとして生きている。そのようなものである。それで は、世間と社会とはどのように違うのか。ョ 1 ロッパでは、社会という時、個人が前提となる ( 明治 期に s 。 cie ( y に社会という訳語がつけられ、以後、学術用語として使用される ) 。その個人が集まって社会 ス を作るとみなされている。したがって、個人の意思に基づいてその社会のあり方も決まるのであって、 ラその社会を作り上げている最終的な単位として個人があると理解されているのである。これに対して、 ン 世間は個人の意思によって作られ、個人の意思で世間のあり方も決まるとは考えられてはいない。世 コ 間は所与のものと捉えられているのである。 座 講われわれは、その世間から後ろ指を指されたり、相手にされなくなったり、世間に顔向けできなく 203
文化的前提の違いと人付き合い ( 1 ) 皆同じ考え方をもっているわけではない ここからは人付き合いの各論部分について論じていこう。よくある問題は、他人も自分と同じ考え をもっているということを前提として考えてしまう、ということである。これは仕方のない面もある。 他人の価値観や思考形態が自分とは違う、ということがすぐにわかる、ということはないからである。 本講座の「 1 なぜ『人付き合い』が必要なのか」のところで組織風土に触れ、思考のパターンと いう問題を指摘した。それと同じことが個人ごとにも存在する。筆者の体験でも、残業をしたのに、 その残業時間を企業に申告しないといういわゆるサ 1 ビス残業問題について、「なぜ、日本人は残業 常 会時間を少なくしか申告しないのか。同じ『うそ』をつくにしても多く申告する方が合理的ではない のか」という留学生の反応があったことがある。確かに一理あるが、日本人の感覚としてはにわかに首 こう 合肯 ( うなづくこと ) できないであろう。 コミュニケーションを考える場合、これは特に、重要なポイントとなる。それがもっ 人付き合い 3 とも悲しい形であらわれるのが「ハラスメント」 (harassment) 問題、特に、セクシャルハラスメン 講 ト (sexual harassment) である。 ( 注〕「講座 2 」では、パワーハラスメントとセクシャルハラスメントに しゅ
先の携帯サイトに通知しているのである。しかし、総務省の見解では、契約者固有は個人情報保 護法が定めるところの「個人情報。にはあたらないとしている。契約者固有そのものはランダム な英数字からなる文字列であり、「個人識別性を有しない」 ( 総務省三〇一〇〕四一〕 ) としている。 だが、契約者固有そのものからは個人情報を読みとられることがないとしても、契約者固有 の扱いを疎かにすることが個人情報漏洩の遠因となることが考えられるのである。それについて以下、 述べてゆくこととする。 ( 3 ) 見知らぬメールの—l 携帯電話がインターネットに対応し、携帯サイトへのアクセスや電子メールの送受信が可能になっ たことによって、携帯電話を狙った「迷惑メ 1 ル」が横行することとなった。その内容は、出会い系 やアダルト系などの明らかに怪しいものから、一見すると真面目にみえるものなどさまざまであるが、 そのほとんどがメール本文に書かれている }-a をクリックさせようとするものである。このような をクリックすると、違法な出会い系サイトや薬物販売サイトへ飛ばされることが多い。それだ けでなく、アクセスするといきなり「登録完了画面ーが表示され、登録料を指定の口座に振り込むよ う脅迫まがいの文章で脅すサイトに飛ばされることもある。これがいわゆる「ワンクリック詐欺」と 呼ばれるものである。ワンクリック詐欺サイトの「登録完了画面ーには「あなたの個人情報を記録し 186
ろうか。こうした行動も結局、言葉や文書による意思疎通である。つまり、お互いにコミュニケーシ ョンをとることは組織が存在していく中で不可欠なことなのである。 この「コミュニケーションをとること」すなわち、「人付き合い」といえる。人付き合いなくして 組織は存在しないのである。 ( 2 ) 組織外との人付き合い 人付き合いが必要なのは組織内だけではない。組織がある以上、そこには対外的な関係が必ず発生 する。組織には目的が必ずあり、目的達成のためには組織外の者や他組織と連携しなければならない からである。例えば、企業であるならば、顧客との関係は不可欠であるし、 Z-AO においてもサービ スを受ける者との関係や、自治体、地域住民との交流はなくてはならないものである。対組織との関 係といっても、相対するのは担当者個人である。その人々とうまく付き合っていくことはやはり、 「人付き合い」の一つである。 ( 3 ) 組織風土の醸成 さて、ここまで「組織」と一般論で述べてきたが、これからはわかりやすくするために「企業」を 組織の代表として論じていく。組織にコミュニケ 1 ション ( Ⅱ人付き合い ) が必要だということは先 10 2
ろう。しかし、では相手の顔がみえないために、表現に注意する必要がある。また、仮に相手 の素性がわかっている場合であっても、は不特定多数の人間がみているということに留意すべ きである。したがって、個人情報やプライバシーについての書き込みは控えるべきである。もし必要 であれば、ではなく、電子メールを使うべきであろう。基本的には、現実社会と同様に、「相 手の立場や環境に配慮する」、「法や社会倫理に反する情報を書きこまない」、「個人や企業を中傷しな い」、「トラブルを未然に防ぐために言葉遣いや表現に注意する」、という姿勢が求められる。 現在わが国では、での誹謗・中傷に対する特別な法律は存在しない ( 神田三〇〇六〕六 〇〕 ) 。しかし、通常の刑法の規定に照らした取り締まりや処罰が行われる。で特定の個人を中 傷する書き込みを行うと、リ 幵法二三〇条以下の「名誉棄損」や刑法二三〇条の「侮辱罪」が適用され る。また、特定の企業を誹謗中傷すると、その内容によっては信用毀損や業務妨害罪 ( 刑法二三三条 ) に問われることもある ( 神田三〇〇六〕六 先に co は匿名性が高いと述べたが、完全な匿名ではない。インタ 1 ネットに接続するためには OOZ や Yahoo!BB 、ぶららなどのプロバイダ ( インターネット接続事業者 ) を使わなければならない。 すなわち、インターネットでの通信記録がプロバイダ側に残るのである。一般的にプロバイダとの契 約には氏名や住所などの個人情報を提出する必要があるために、通信記録をもとに違法な書き込みを 行った個人を特定することが可能なのである。当然ながら、プロバイダもまた、個人情報を勝手に開 1 フ 4