このように、二〇〇〇年の改正で、相続・贈与税に国籍条項が導入されたが、この改正は、 今後の税制のあり方を考える上でも興味深い。人の移動が容易になっている現在、「住所」 2 ( 生活の本拠であり、住民票のあるところでは必ずしもないことに注意 ) で各国の課税権を区別する のはもはや困難になりつつあるからである。 それでは国籍にした方がよいのだろうか ? アメリカのように国籍主義にすれば、世界中 どこにいても日本国籍を持っている人には日本が全世界所得について課税できることになる。 これも、今後の改革の一つの方向かもしれない。しかし、そのアメリカも国境を通じたタッ クス・ギャップに悩んでいるのであるから、現実の徴収その他の問題も考えると、国籍主義 に代えることだけで問題が解決するわけでもなさそうだ。 内国法人・外国法人 法人の場合は、「本店所在地」を基準にしている。本店が日本にある場合は、内国法人と してその法人の全世界所得に課税することになる。外国で得た所得については、外国でも法 人税が課されるので、日本での課税に際して外国税額を控除して一一重課税を外国税額控除と いう方法で調整する。本店が日本にはない法人は外国法人といし 日本国内に源泉がある所
で売ってしまってはどうだろう ? 日本の会社の利益はゼロで、外国子会社の利益は七〇 〇円にもなる。こういう価格設定を通じて日本の会社の利益が国外に移されていく。そこで、 企業の価格設定を全くの自由にすると各国の租税が回避されてしまうので、子会社等との国 際取引については適正な価格で取引をしろと規制するようになる。これが移転価格税制と言 われているものである。しかし、当初は、租税回避規制を目的としていたが、徐々に「政府 間の税金分捕り合戦」の様相を見せ始めている。客観的に正しい価格の判定は容易ではない し、どの国も、自国の利益を多くし、税額を増やしたいからだ。 外国企業が日本に子会社をつくって、日本での利益を外国に移していく方法もいろいろあ る。例えば、日本の子会社に出資して、子会社の所得から配当を受け取っても、子会社の税 金は減らない。子会社が税金を払った残りの利益を配当している、という建前だからである。 それなら、子会社に出資すると同時にそれ以上の巨額の貸付をしたらどうなるだろう。日本 の子会社は、借入の金利を親会社に支払うことになる。その利子は損金になるから、子会社 ししことになる。こ、つ の所得は減る。だから、親会社は出資を少なくし、貸付金を増やせば ) 、 いうことを自由にやられたら、それぞれの国の税制は形骸化してしまう。そこで、これも過 少資本税制という措置を通じて規制している。 208
国外逃亡と徴税 あなたが、日本で税金を払わずに滞納したとしよう。当然、滞納処分を受け、あなたの財 産は公売されて、税金として国に徴収される。ところで、外国人が日本で稼いで、払うべき 税金を払わないまま自分の国に逃げてしまったとしよう。税務署はどうするのだろう ? 徴 収官をその国に派遣して、その人の財産を差し押さえすることができるのだろうか ? 也国の領域内においてこのような強制的手段を 今まではそのようなことはできなかった。イ 税 執行することはできないのが、国際社会のルールである。外国の領域に立ち入って執行管轄 国 権を行使できるのは、司法共助・捜査共助に関する取決めなど両国間に特別の条約がある場 7 合だけである。 第 日本はこのような条約を締結しているのだろうか ? 日本のこの問題に対する姿勢は非常 それに気づいたら、新たな規制措置を設 そうすると、また新たな方法が考案されていく。 ける、という具合に国際課税は租税回避と規制措置とのいたち ) 」っこである 2 一国課税主義から国際連帯へ !
5 法定外税 自治体独自の税 / 実際の導入例 / よそ者課税 第七章国際課税ーー国境から税が逃げていく : 逃げる納税者 タックス・ギャップ / 「居住者」か否か / 「住所」か「国籍」か / 内国法 人・外国法人 / 税金分捕り合戦 2 一国課税主義から国際連帯へ ! 国外逃亡と徴税 / 国境を超えた税ーー国際連帯税 終章税金問題こそ政治 : 反税の義賊Ⅱロビン・フッドは今 ? / 毎年の税制改正手続とその公正化 亠のとが ~ さ・ 199 223
「住所」か「国籍」か 要するに、日本の税法は日本人も外国人も区別せずに、住所が国内にあるかどうかで日本 の課税権の範囲を決めてきた。しかし、人の移動が容易になった今日、この制度が濫用され はじめた。 平成に入ってから特に目立ったのが、資産家が自分の子どもをアメリカに数年間住まわせ、 その間に贈与をし、租税回避する手口であった。典型的な方法は次のようなものであった。 息子がアメリカに住んでいる間に、資産家はアメリカの有価証券等の一定の資産を取得す て国内に住所又は居所を有していた期間の合計が五年以下」 ( 所得税法 2 条 1 項 4 号 ) の個人に なるので、「非永住者」となる。そうすると、外国で稼いだ所得は原則として日本で課税さ れない。ただ、その外国所得が「国内において支払われ、又は国外から送金された」 ( 所得税 法 7 条 1 項 2 号 ) 場合には日本で課税されるが、外国で預金しておけば、日本では課税されな いのである。 0 さんは、非居住者だから、日本が課税できる範囲は限定され、丙さん同様、国内源泉所 、、こナになる
率 担 - し -0- - し住 - し円 のことであるので、把握されていない国外の所得 0 -4- ・つ 0 ワ】 1 人 8 囲部間 8 億額 などを考慮すると、著しい不公平が生じている。 はエ軸 8 . よこのことを直視した上で、所得税をどう改革すべ 、つ合 計分資 の割億合年出きなのだろ、つか 額る 1 提 金め ~ 0 会 得占 員 所の億率委所得の把握と番号 計渡 - ・ 1 担稼 合譲 - ~ まず、もっとも理論的に正当なのは、このよう 税専 な所得をすべて公平に把握し、総合課税すべきで 者幻ある、という主張である。これが望ましいことは 税 月 一一一一口、つまでもない。しかし、ど、つしたら実現できる 告 申年のだろうか ? 番号制度を導入すれば、ある程度 一成は可能かもしれないが、経済がグロー ヾル化して 図 いる今日、外国での金融取引の把握は容易ではな 出 いし、外国での金融商品課税とのバランスも考え ないと国外金融商品に資金が流れてしまう。その 22.9 所得税負担率 ( 左軸 ) 250 万
得しか課税できないことになる。実際に管理支配している土地を基準に内国法人かどうかを 判断する国もあるが、日本は本店所在地という形式で判断するだから、移動も簡単だし、 税率の低い国や誘致に積極的な国に移動している企業もある。こうした国々と競争するため には、日本の税率も下げねばならない、 という税の割引競争を誘発しやすいことになる。 税金分捕り合戦 もっとも、本店を移転するより、本店は日本に置きながら、日本の税金を回避する方がよ いかもしれない。方法はいろいろある。例えば、税率の低い国に、子会社 CQ をつくり、日本 の会社の利益を減らして、外国子会社の利益を増やせばどうだろう。 例えば、原価 , ハ〇〇円の商品を日本で他の会社に売るときは一〇〇〇円とする。その会社 は消費者に一三〇〇円で販売するとしよう。同じ商品を子会社 aa に売却するとき、その子会 税 課社も同様に一三〇〇円で販売するとして、一〇〇〇円よりも高くするのだろうか、安くする 国 のだろうか 章 高くすると、日本の会社に利益が増えて、外国子会社の利益はなくなる。だから、安くし 第 て、日本の利益を減らして、外国の利益を増やすようにするはずだ。いっそのこと六〇〇円 207
逃げる納税者 タックス・ギャップ これまでの章では、日本に住んでいる通常の日本人 ( ここでは日本国籍を有する人としておき たい ) と日本企業のことを念頭において、説明をしてきた。しかし、私たちの周りを見ると、 実に多様な人が日本で生活し、多くの外国企業が活動をしている。他方で、外国で働く日本 人もずいぶん増え、日本企業の海外進出もますます盛んになっている。日本の税制のあり方 を考えるときには、こうした国際関係も視野に入れないと、公正な税制を実現できなくなっ ている。なぜなら、国境というものが現在最も効果的な租税回避手段になりつつあるからで ある。 税制は現在のところ各国の専権事項で、それぞれが独自に定めている。そのため、 < 国と 国とでは税率が違うし、納税義務者の範囲も違うことなどがある。こうした違いを利用す るために、人や企業が移動し始めている。アメリカではこうした仕組みを利用して減額され た税額をタックス・ギャップ (Tax Gap) といい、推計して公表している。二〇〇一年度は約 8
に消極的であった。最初の租税条約である一九五四年日米条約以来、脱税を対象とする包括 的徴収共助は締結してこなかったからである。ようやく二〇一一年一一月に「租税に関する 相互行政支援に関する条約」に署名し、三二カ国との協調が始まったところである こういう日本の姿勢には批判もあるが、支持する議論もある。というのは、次のような場 合もあるからである。日本人が、国で日本では憲法違反と言われるような不合理な税を課 され、権利救済手続も不備なので納得できず、日本に帰国してきた。この場合、国と協定 を結んでいると、日本からすると不合理な税金を、権利救済手続もないまま日本が徴収に協 力しなければならない。それでよいのか、という疑問である。 相手国の税制が日本と同レベルの水準でなければならないという発想であるが、歴史的に は、大国が植民地国から逃げてきた自国民を救うための理屈でもあった。 いずれにせよ、日本では実行例がないのである。外国に逃げられたらそれで終わり。他方 で、日本にいる庶民は徹底的に追徴される、というのはどうも釈然としない なお、アメリカは二〇一三年から外国の金融機関と契約し、アメリカ ( 法 ) 人が保有するロ 座の情報を求める制度 ( ) を導入するといわれている。 210
ことはできない。丙さんに対しては、日本で稼いだ所得 ( 国内源泉所得という ) についてのみ日 本が課税できることになる。外国に住んでいる人が外国で稼いだものについて日本は手を出 さないことにしているのである。 次に外国人の場合を考えてみよう。先ほどと同様に、外国人が三人いて、いずれも日本で 一〇〇〇万円、外国で五〇〇万円の所得があるが、次のような違いがある。 < さんは、日本の住所を有していて、外国にはほとんど行かない。 さんは、日本に住所があるが、最近一〇年間のうち、六年近くも外国で暮らしている。 O さんは、外国に住所があり、日本には時々来るだけである。 日本はどのような課税ができるのだろう ? さんは甲さん同様「居住者」になり、日本 税 課で「全世界所得」に課税される。外国人も日本人も同じである。日本がどこまで課税するか を決める基準は「国籍」ではなく、「住所」だからである。日本に住所があれば日本人同様 章 に課税されるのに、選挙権が与えられていないことがおかしいという議論もある。 第 CQ さんは、住所があっても、「日本の国籍を有しておらず、かっ、過去一〇年以内におい 203