おばちゃんになって、旦那と毎日やりあっているのか : これぞ無常というか、人生とは流転していくものなのだな、という思いが子ども心にも 強く刻まれました。世の中とは理不尽なものだな、と。 私が、長いスパンで人生を考える人間になったのは、こうした母の人生を見てきたこと も大きいと思います。 ふかん 人生を俯瞰で見るということは、一生の儚さを知ることであり、自分に残されている時 間をシビアに、かっ明確に意識することでもあります。 自分は果たして結婚したいのか、子どもが欲しいのか、ということも、一生の中で考え なければならないとても大事なことです。子どもを持ちたいと強く願う気持ちがあれば、 それを認識するのが早ければ早いほど良いのは、最近よく報じられているとおりです。 人の一生には、ほんの短い時間しか与えられていません。どのように生きていくかとい うことを真剣に考えるのは、充実した人生を送るために不可欠なことだと思います。 はかな
さて、次はこうした私の反省をもとに、「健全な野心」と「ダメな野心」について考え ていきたいと思います。 「テクノルック」で糸井さんに突撃 自分を振り返りながらも思うことですが、野心だけが空回りしている人間というのは本 当にみつともないものです。 たとえば、最近こんなことがありました。 山梨の母に会いに行った帰り、電車の中でのことです。さあ、大好きな本を読もうと思 っていたところ、見知らぬ若い男性がいきなり話しかけてきました。 「ハヤシさんですよね ? 芥川賞の選考委員なさってますよね ? 」 「いえ違いますー。直木賞ですー」 私は少しむっとして答えました。すると彼は、 「僕の小説、個人教授してもらえませんか」 と言うではありませんか。間髪を入れず「できませんー」とお断りしました。 芸人さんや落語家さんの世界では、待ち伏せしていたら弟子になれるという伝説がいま
さて、健全な野心は、それに伴う努力との絶妙なバランスによって成り立っことは、少 しは理解していただけたのではないかと思います。 では、「欲のない自分」が、野心を持つにはどうすればよいか。 先ほどの話で言うと、才能もあって、ちゃんと努力もしているのに、野心が希薄なせい で消えてしまう作家のようなケースです。人によっては、努力をすることよりも、野心を 持っこと自体のほうが難しいのかもしれませんね。 野心を持っことができる人とは、どのような人なのでしようか。 それは、自分に与えられた時間はこれだけしかない、という考えが常に身に染み付いて いる人だと思います。 私が最近の若い人を見ていてとても心配なのは、自分の将来を具体的に思い描く想像力 が致命的に欠けているのではないかということです。 時間の流れを見通すことができないので、永遠に自分が二十代のままだと思っている。 フリーターのまま、たとえば居酒屋の店員をずっとやって、結婚もできず、四十代、五十 代になったときのことを全く想像していないのではないか、と。 「一生ュニクロと松屋でオッケーじゃん」
そうこう て若い人と結婚する人は排除される風潮が依然としてある。糟糠の妻を捨てた人は軽蔑さ れる社会なので、賢い男性ほど絶対に離婚はしません。楽しく愛人関係を続けているうち はいいですが、あわよくば略奪婚などと思って不倫を続けている人がいるとすれば、考え 直したほうがいいのではないかとも思います。 一方で、少しでもご縁のある独身の相手がいるのなら、早く一緒に住んでしまったほう がいい。私が若かった頃と違って、わざわざ正式に結婚しなくても、事実婚や同棲だって まったく問題ない時代ですから。それに、バリバリ働いている女性が結婚したって、相手 の親戚付き合いまではとても面倒見切れないっていうこともあるでしよう。 かって、「昼の魅力と夜の魅力を兼ね備えた男性、その二つを兼ね備えた人はそうそう いないから、女はどちらかを選ぶことになる」と書いたことがあるのですが、もはや、昼 の魅力は後回しにしてもいいのかも、という気さえしています。周りの未婚女性を「セッ クスしてもいいと思える相手だったら、とりあえず一緒に住んじゃったら」と焚き付け てさえいる今日この頃です。 子どもで再確認した仕事の大切さ 162
は、自分がどんなに卑しい顔をしているのか知らないのでしよう。そして、彼らはもう誰 一人として第一線には残っていません。野心は持っていても、実際に行動に移せなければ 結果は何も残らないのです。 八〇年代にはイラストレーターの故・渡辺和博さんの造語で、メジャーとマイナーのあ っ いだの「マイナーメジャー」、雑誌の「流行通信」に出ているくらいの「マイジャー」 ていう位置づけが一番かっこいいんだという風潮がありました。「ど」のつく「どメジャ ー」になるのは逆にかっこ悪いという考えです。いまも、サブカルチャーの世界ではマイ ジャーの原則が生きているかもしれませんね。 でも、私には、そういう屈託が一切なかった。とにかく、有名になりたい一心だったん です。根っからのメジャー志向。フジテレビのキャンペーンガ 1 ルをやった以外にも、当 時、人気絶頂のアイドルだった松本伊代さんとドラマで共演したこともあります ( 共演と いっても、ちょい役ですが ) 。 o ( 司会 ) をする番組だって二本レギュラーを持っていました。ひさしぶりにテレビ に出た時に、若いディレクターさんに「昔はテレビによく出ていたんですよ」と話した ら、「コメンテーターとして活躍」というナレーションをされたのですが、当時の私は芸 いや 的第三章野心の履歴書
ーのチラシさえ作っていれ しくなってしまったのです。その反動で、次は、適当にスー。ハ ばいいという、ゆるい会社に入り直しました。 二番目の会社では、絶対にもう損な役回りはするまいと思って、サポることばかり考え ていました。毎朝、化粧もしないでパンと牛乳を買って出社。午前中は新聞と雑誌を読ん だりダラダラするだけで終わります。みんなでお昼を食べに行って二時間、午後もゆるゆ ーのチラシなんて、あと る : : という、だらけきった会社でした。仕事も、どうせスーパ でまとめてやっちゃえばいいもんね、と、すっかり舐めきって、怠惰な生活に浸りきって いました。 この二番目の会社にいた頃の自分って、いまの若い人たちにわりと多い感覚じゃないか なあと思うのです。だから、三流のままで温々と過ごしてしまう気持ちも、私には痛いほ どよくわかる。 さて、その頃です、コ。ヒーライター養成学校の同期、私よりも成績が悪かった男性が、 東京コピーライターズクラブの新人賞を取ったことを知らされたのは。 いつものようにダラダラと過ごしていた会社で、同期の受賞を不意に知った時の、まる で呼吸が止まってしまうような感覚には、自分でも戸惑うしかありませんでした。それが ぬくぬく 51 第二章野心、のモチベーション
ません。しかし、「、 1 ドルが高い」男性には「高い」ゆえの錯覚もセットでついてくる ので、容姿だって数割増しに見えるんです。 安らげる人、一緒にいて楽な人であればいい、などと言って最初からハ ードルを低くし ているから、いつでも跳べると思って、なかなか跳ぼうとしない。その結果、結婚できな い女性が増えているのではないでしようか。 お金持ちじゃなくてもいいけれど、知的で話が面白いとか、仕事ができて尊敬できる人 であるとか、理想の最低ラインは、いくら″最低〃でも高めに持つべきなんです。 男性の側だって、同じこと。 夜景の綺麗な高級マンションに暮らし、モデルと付き合ったり、 女子アナとは合コンし 放題、っていうのは、なかなか叶うことではないと思いますが、まずは、できるかぎり上 を目指して努力する人生であってほしい。 後で徐々に軌道修正をしていけばよいのです。そうすれば、気立てのやさしい女性と結 婚して、居心地の良いマンションで休日は可愛い子どもと遊ぶ、そんな幸福な人生が待っ ているはずです。 そして、ここからが大事。詳しくは後述しますが、野心が上手く回り始めると、「強 かな
した。そこで、前述のようにして、糸井さんのところに行ったわけです。 一流の場所に行って気づくのは、一流の人たちって本当に面白いんですよね。どんな会 話をしても、いちいち面白くて、行動から好きな食べ物 ( たとえラーメンでも ) 、そのす べてが輝きを放っているのが一流の人々です。糸井さんや仲畑貴志さんクラスの人って、 まぶしいほどの一流オーラが出ている。毎日が刺激的で、信じられないほど楽しかった。 こうして一流の面白い人たちに出会うと良いことは、自分もその一流の仲間に入りた い、この面白い人たちと一緒のところにずっといたい、と強く田 5 うようになることです。 広告業界というのは、一流二流三流っていうのがとてもわかりやすかった。発展途上の 二流の人と、ずっと二流のままの人っていうのも違う。いまはこのポジションだけど、い ずれは : : : っていう人もわかる。志が低くて、ずっとこのまま二流なんだろうなあという 人もわかる。容赦のない「クラス分け」をいつばい見てきました。 ファーストクラス入門 たと 再び、飛行機を喩えに考えてみましよう。あからさまに階級制度を持ち込んでいる飛行 機の座席は、野心の話をするときにとても便利な存在です。 53 第二章野心のモチベーション
しかし、いつまでもウサギをやっていると、一生「使われる」立場で終わってしまうか ら、いっかトラにならなければならない。 たと 働く女性であれば、誰しも思い当たる、非常に明快で具体的な喩えだと思いませんか。 やつばりトップに立っ女性の言うことは違うなあ、なるほどなあと感心したことをよく覚 えています。ポジティブな意味でトラに変わっていくのが、働く女性たちの『山月記』な んですね。 しかし、女性がウサギから急にトラに変わろうとすると、驚いた男性たちからモロに反 撃されますから、トラに変身するタイミングは十分に考えなければならないでしよう。半 分はウサギのままで、半分トラになりかけ、みたいな期間でワンクッション置いたほうが いいかもしれない。男の人って、自分の背丈より大きくなろうとする女性は必ず痛めつけ ようとする。その嫉妬の凄さといったら、ハ ンパじゃありません。私もコビーライター時 代、トラになったとたんに叩かれましたから。 トラへと姿を変えるのは三十歳ぐらいが良いのかなあと思いますが、あんまり長年ウサ ギをやっているとウサギ癖がついてしまい、もはやトラになりたくても変身できなくなっ てしまうから要注意。ウサギ期間は、プライベ ートでっ気のある男をつかまえるなどし
N. D. C. 002 192P 18 ( m ISBN978-4-06-288201-9 講談社現代新書 2201 やしん 野心のすすめ 二〇一三年四月二〇日第一刷発行 はやしまりこ 著者林首【理「ナ◎ Ma 「 iko Hayashi 20 こ 発行者鈴木哲 発行所株式会社講談社 東京都文京区音羽二丁目一一一 電話出版部〇三ー五三九五ー三五二一 販売部〇三ー五三九五ー五八一七 業務部〇三ー五三九五ー三六一五 装幀者中島英樹 印刷所凸版印刷株式会社 ル製本所株式会社大進堂 定価はカ・ハーに表示してあります Printed inJapan 部 真本書のコピー、スキャン、デジタル化等の無断複製は著作権法上での例外を除き禁じられていま 社す。本書を代行業者等の第三者に依頼してスキャンやデジタル化することは、たとえ個人や家庭内 講の利用でも著作権法違反です。〈日本複製権センター委託出版物〉 複写を希望される場合は、日本複製権センター ( 電話〇三ー一二四〇一ー二三八一 l) に・こ連絡ください。 写落丁本・乱丁本は購入書店名を明記のうえ、小社業務部あてにお送りください。 中送料小社負担にてお取り替えいたします。 本なお、この本についてのお問い合わせは、現代新書出版部あてにお願いいたします。 ー二一郵便番号一一二ー八〇〇一