キャラメル - みる会図書館


検索対象: パニック・裸の王様
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1. パニック・裸の王様

りありと感じた。本を一冊ずつ書棚にもどすと私はカタカナのルビをふった入門者用の豆字 引を一冊買った。楽器店で初級の語学練習盤にそれを包ませると、店員に私は京子の住所を わたして、発送をたのんだ 特売戦は予想どおり六月に入ってからはじまった。発作の陽気な叫びが新聞を飾った。各 しようそう 社とも苦痛と焦躁をにぎやかな楽天主義と幻想でかくしていたが、それでもどことなく不入 りな芝居小屋の入口で味わうとげとげしさとさびしさが感じられた。とっぜん子供のまえに は空と森の世界が出現し、母親や父親は慈恵の表情を浮かべた巨人を苦笑とまぶしさのまじ 王った表情で仰いだ。 裸ます、サムソンは新聞を空想でみたした。特等、宇宙旅行服一式。一等、帽子と銃。二等、 クキャラメルをつめたロケット。三等、希望によりプラネタリュームかディズニー映画に招待。 ニなお期間中はキャラメル一箱で宇宙展に無料招待、というのがその内容だった。ヘルクレス うさぎ ちょうせん はこれに対して正面から挑戦した。彼らはポケット猿を先頭にリス、アンゴラ兎、モルモッ トの順で賞品をならべ、期間中は動物園で子供劇場を開催するというのだ。例によってキャ みつばち ラメル一箱御買上げ毎にである。そのプログラムは「ドリトル先生アフリカゆき』、『蜜蜂 マーヤ』、「ジャングル・ブック」など。この二社はたがいに航跡を追いあい、四つに組んで ねら すきを狙いあった。 これにくらべるとアポロの声ははるかに説得的で慎重だった。彼らは等級をわけず、ただ 奨学金を一〇名の当選者にあたえる、というだけにとどめた。公正を期すために彼らは『ア ごと ヘルメット

2. パニック・裸の王様

いたが、この傷は戦後のプームにこたえるための量産体制確立にかえって有効だった。各社 とも旧工場をとりこわすか見捨てるかして新しい機械のための新しい工場を何年がかりかで しゃふつがまあわ 準備、建築した。やがて混合機が回転し、煮沸釜が泡をたて、オーヴンが熱を発散した。キ ャラメルは毎分六五〇粒、ビスケットは毎時一トン、ドロップは毎日六トン製造できるよう になった。この洪水が私たちを走らせたのだ。プームがおわって安定期に達したとき、私た ちはおちついていられなかった。不調の兆候が起っても洪水はやまなかったのだ。 しようそう かぎ そこで販売課の焦躁、製造課の徒労にくわえて宣伝課にはヒステリーが発生した。鍵も持 王たずに私たちは門のまえにたたされたのである。私たちはキャラメルを売るためにつぎから 裸つぎへと懸賞売出しをやった。ここ数年間に子供を菓子屋に走らせたものはバターやミルク しかがわ クの匂いではなく、空気銃か 8 ミリ映写機かカメラであった。また自転車や熱帯魚や鹿皮服や 」野球道具であった。巨人たちはみんな雑貨商に転向したのだ。 これらの企画がすべて失敗であったとはいえない。当ったものもあるし、当らなかったも のもある。壁の線は資本を流すたびに乱れ、神経質なけいれんを起した。あるときにはセー ルス・マンたちは援護射撃に拍手し、あるときには怒りと苦痛を訴えた。なかにはサムソン が他の二社をひきはなして独走したこともたびたびあった。しかし、特売はあくまでも一時 的な需要喚起にすぎないのだ。これは一種の中毒症状である。ひとつの刺激がおわれば、つ ぎの刺激はかならずそれより大きくなければならない。巨人たちは必死になって新しいカー ねら ドを箱につめ、新しい夢を印刷し、おたがいすきを狙って知力と資力のかぎりをつくして格

3. パニック・裸の王様

速に消化され、日常化され、根をおろした。危機はこれが習置に編人されたときに芽ばえた のである。大衆の味覚は徐々に、しかし決定的に移動していく。長い戦争の中断期があって、 終戦後もう一度私たちはプームを味わうことができたが、大衆はそのときすでに私たちを追 いこしていた。彼らはただ甘さに飢えた舌をなぐさめるため、あるいは戦前の生活への郷愁 からキャラメルを争いもとめたにすぎなかった。生活と秩序が回復され、皮膚に液がみちわ たったとき、キャラメルにはもはや初期の力がなかった。私たちの商品には説得力が失われ、 ころ 飽かれてしまったのである。壁の線が山頂を発したのはこの頃だ。素朴でわびしい模倣の本 目【ヒヒゞ ム月カ大衆のなかにあったので、私たちは戦勝者のかんでいるのとおなじ味のチューインガム 玩 を売って一時的人気を得るには得たが、それだけではとても資本の利潤活動を支えることが と できなかった。もう一度、なにか新しい思想と味を発明しなければならないのだ。 人 こうした考えから実験室の男たちは香料の開発にのりだし、さまざまな試作品を考え、そ 巨 のいくつかを発売した。エキゾチズムならアーモンド・キャラメル、消化器学ならペプシ - っ / 、・つ ン・ガム、ロ腔衛生とむすびついて抗酵素剤入りキャンデー、また伝統の甘さをさらに強調 するための塩味と甘味の二層キャラメルなど、各社とも手を替え品を替えて大衆の舌と抗争 こうりようびん したが、いずれも大きな活動力をもつにはいたらなかった。老人たちは林立する香料瓶のな かで深い吐息をついた。 戦争中はサムソンもヘルクレスもアポロもいっせいに乾パンや携帯ロ糧や熱糧食をつくっ て剣と難民に仕えていた。戦争がおわったとき、各社とも工場を破壊されて深い傷を負って

4. パニック・裸の王様

た。さがしてみればこの狭い島国には人びとにのんびりキャラメルを食べさせないものがい つもなにかあった。よくよく窮すると、豊年で果物ができすぎたために農村の子供がキャラ メルを食べなくなったという説がもちだされた月もあった。、 とんな理由もたたないときは正 価販売や四〇日決済制の強制が大資本の圧力として販売店の反感を買っているのだという事 実が強調された。そのいずれもが真実であり、いずれもが唯一の原因ではなかった。 これに対し、味覚から大衆を考えねばならぬ立場にある製造課ではべつの意見をもってい た。彼らは老人にむかって率直に時代の相違を説いたのである。明治末期から大正初期にか みすあめ 王け、大衆の舌がまだ未開の段階にあったとき、バターとミルクと水飴とヨーロツ。ハ系香料の でんぶんしつ 裸結合体であるキャラメルのエキゾチズムにはつよい迫力と訴求力があった。澱粉質の和菓子 クしか知らなかった人びとはキャラメルのかかげる「栄養豊富、滋味強壮」のスローガンに新 。」鮮な真実を感じたのである。菓子を栄養学で裏打ちすることはアポロの独創的な発想法だっ たが、その成功を見て、あとにつづく会社はすべてこれにならい、それぞれサムソンとヘル クレスを象徴にかかげた。貧しい日本人たちは体格の劣等感を克服するためにすべての食品 に栄養の幻想をほしがっていたのである。キャラメルはプームにプームを呼び、狭い市場を 三分しながらも各社は異常な成績を楽しむことができた。 いっと 巨人たちが大衆に紹介した味は、その後、発展と血肉化の一途をたどった。さらにチョコ レート、ビスケット、マシュマロ、ボンボン、マロン・グラッセまで加わって、ヨーロッパ 中産階級の幸福がミソやタクアンのなかへ拍手を浴びて流れこんだ。そのエキゾチズムは急

5. パニック・裸の王様

巨人と玩具 103 合田はそういって説明した。 京子のポスターについて私たちはさまざまな批評を聞いたが、そのほとんどすべてに共通 なのは、若わかしさ、新鮮さ、意表をついた表情、類型のない魅力というようなことであっ た。これは『オオ、ジュニア ! 』にむけられた感想とおなじものである。人びとは京子とそ の虫歯を見て、キャラメルの害を考えるよりさきに迫力を感じたのだ。そこにある貧しさと 若さと笑いはあくまで大衆のものだった。その親密感がまず迫力を支えたのである。さらに しこうひん 合田の功績は京子によってキャラメルをキャラメル以上のもの、ただの嗜好品としてではな く、なにか新鮮な感動をさそう生活必需品として人びとに意識づけたことにあった。味覚の 古さを彼は視覚の新しさでよみがえらせたのである。私たちは京子をいたるとこに送りこん だ。壁や駅や菓子屋や劇場や動物園で彼女は笑い、たまげたような身ぶりで人びとの微笑を さそった。 ポスターは『オオ、ジュニア ! 」より一カ月後に街を飾った。それを見てオタマジャクシ を飼っていた少女をファッション雑誌の編集者が思い出し、合田はいくつもの電話を受けた。 彼は京子をつれて出版社を歩きまわった。京子は彼に智恵を借りて、自分の写真に春川の推 薦状をそえた、三〇通ほどの自己紹介状を雑誌社やモード写真家にあてて発送した。三週間 めに彼女はもう会社に勤める必要がなかった。服飾雑誌やファッション・ショウが彼女を追 いまわし、呼びつけて、ポーズを命じた。いつでもどこでも彼女は合田と春川に教えこまれ た表情をし、型としてそれを使って成功した。。、 ホスターの効果はこういうことで知られるも

6. パニック・裸の王様

巨人と玩具 115 ポロのトラックは東奔西走して問屋や小売店にのこっているドロップを回収してまわったが、 すでに手遅れであった。その日の夕刊から以後二週間ほど、各紙とも朝夕刊の二面、四面は じゅそ 苦痛と悲鳴と呪咀にみちあふれ、患者の写真と記事が満載されたのである。かって育英基金 さんび を讃美した人びとが手のひらをかえしたように猛攻撃を開始した。怠慢を責める非難と恐怖 の声は子供新聞や婦人雑誌や週刊誌にもあらわれ、母親たちはひそひそささやきかわし、菓 子店の店主は神経質になった。 事件の大規模を知ったアポロはふたたび「おかあさま方へ』と題するメッセージを発表し た。そのなかで彼らは率直に事件の経過をのべて手おちをみとめ、被害者への補償を誓うと ともに今後公表するまでドロップは他社のものを買うようにといった。そのうえ彼らは誤解 むね をさけるためにキャラメルの懸賞カードまで中止する旨を宣一一 = ロしたのである。キャラメルと ドロップとはなんの関係がないにもかかわらずそうして自粛したいというのだ。さらに彼ら は失望した母親たちに、「アポロ育英基金」は本年にかぎり全額を被害者に公平配分して謝 罪料のうえに奨学金として贈与したいと申出たのである。そのメッセージが発表されたタ方 からアポロの宣伝活動はいっさい停止した。ネオンは消え、アドバルーンはおろされ、ラジ オ、テレビのコマーシャル ・メッセージがなくなり、新聞広告もなくなった。約束事項がそ うして一つずつ完全に果たされてゆくのを見て合田はうめき声をもらしたまま、なにもいわ なかった。 巨人の失神を拍手したのはセールス・マンたちである。彼らは最大の隘路がこれで打開さ

7. パニック・裸の王様

100 ババールはラム酒にカステラを浸したものである。禁酒の宗旨からアポロの社長はむかし 社員のすすめを蹴ったという事実がある。私はそれを指摘したのだ。合田はタバコに目をし かめて頭をふった。 「そうじゃないだろう」 彼はにべもなく私の手をはねつけた。 「ウイスキー・ポンボンはキャラメルほど売れないんだ。だからっくらなかったのさ。それ までのことだ」 王彼はそういいすてて、ようやく模型から顔をあげた。肩をおとし、疲れた目をしていた。 裸午後の会議の綿密さと精岸さはいまの彼のどこにもなかった。口調をかえて彼はつぶやいた。 ク「まったく、してやられたね」 ニ彼は銀髪をかきあげ、目じりの皺に苦笑をきざんだ。うなじがとっぜんやせほそったよう に見えた。 「知恵のある奴がいる」 私たちはしばらく黙ってタバコをふかした。室内には群集の足音がこだまとなってただよ 、どよめいてやまなかった。自動車が走り、電車がきしんだ。 「一歩ぬかれたことはたしかですね」 私はタバコの灰をおとしていった。 「しかし大差ないじゃありませんか。どうせ一〇〇万人に一人しか当らない せいかん

8. パニック・裸の王様

巨人と玩具 私たちは漂流者である。数年来、間断なくある不安とたたかっている。そのために私たち まくだい は大な費用と努力を捧げたが、すべて徒労であった。何年かまえには不安は数字や予感で しかなかったが、いまではそれを私たちは自分の内臓のように感じている。私たちのかわす 言葉は病んでよわい。合田はその腐臭をきらって模型作りに逃げているのだ。 どうしたことか、キャラメルが売れなくなったのである。これがそのひとつでそのすべて 空気調節装置のついた静かな部屋で過激な命令を発している重役たちはこの言葉をきら うかもしれない。自尊心のつよい老人たちは私たちを窓べりにつれてゆくだろう。そこから は積荷を満載したトラックがひっきりなしに地下倉庫をでてゆくのが見える。キャンデー ストアに出人りするおびただしい広場の群集が目に入る。私たちは耳もとでしやがれ声がさ たた さやくのを聞き、肩を軽く叩く、乾いた、温い手を感ずる。 「売れているさ。いまのままでも充分やっていけるんだ。しかし、君、もっと売れるにこし たことはないだろう ? それだけのことなんだよ。い ) し企画はないかね」 ア」 0 「私、せんべいが食べたい」 といった。厚いのりを巻き、タップリしようゆをつけて焼いたせんべいが食べたいという のであった。 ささ

9. パニック・裸の王様

巨人と玩具 123 ショウのポスターにも彼女の名前は欠かせなかったし、写真雑誌や週刊誌、グラフ雑誌 モード雑誌などは表紙やグラビア頁を虫歯の微笑のために惜しまず提供した。服飾デザイ ナーのなかには数少ないジュニアのタレントとして彼女を珍重するあまり″二〇〇万人に一 人の顔″などと呼ぶ者さえあった。 私たちはいつもの一階の喫茶室で彼女と会った。わずか二、三カ月のあいだに彼女はすっ かりかわっていた。かけた歯のあいだにストローをはさんでジュースを吸う癖はそのままだ ったが、 マニキュアやシャドウや、そのほか私にはわからないさまざまな化粧クリームの薄 膜のかさなりが以前のうぶ毛をかくし、へんにキラキラする層を彼女の顔につくっていた。 どこをさがしても、有頂天になってせんべいをほしがった少女のおもかげはなかった。肩に すさ 肉がっき、体にはつよい敏感な線がでていたが、ライトに焼けた肌理は意外なほど荒んでい 合田はコーヒーを飲みながら彼女の近況をあれこれ聞いたあとで要件をもちだした。彼は 懸賞の締切日が近づいて売上げを増さねばならぬ事情に迫られていることをいろいろと説明 し、ヘルクレスに対抗するため、彼女に宇宙展の会場でキャラメルを配ってほしいと申しで たのである。 ちゅうもん 「ただし註文があるんだ」 彼はコーヒー碗をよけて肩をのりだした。 かっこう 「そのとき君に宇宙服を着てもらいたいんだ。つまり、ポスターやテレビとおなじ恰好で歩 わん -

10. パニック・裸の王様

て笑うことを命じたのである。春川がそれを演出して、写真をとった。合田はこのポスター であらゆる約束を無視して成功をおさめた。まず第一の常識はキャラメル会社の広告なのに 虫歯を強調したこと。第二は京子が美少女でもなく有名スターでもないこと。女の子に男の おもちゃ 子の玩具をもたせたこと。ポートレート作家の写真をそのまま商業写真として使ったことな ど、このうちのたったひとつの条件だけでも窒息には充分すぎるほど充分な常識の力があっ 事実、合田も不評判だったときに重役陣から食う反撃を打算して、京子のポスターを進 行させるかたわらひそかに少年スターを使ったポスターも準備することをおこたらなかった。 王しかし、それが刷りあがったときには、すでに一歩さきにでた京子が圧倒的な人気を得てい 裸たので、結局使わずじまいだった。 人間は人間の顔に興味を抱く。どんな人間でも顔にはドラマがある。強弱の差こそあれ、 かならずドラマをもっている。その訴求力はなにものにもまさってつよいのだ。だから演出 と印刷によって生身の顔よりさらに個性を増す、そんな顔を選びだしてポスターにしなけれ ばならないというのが合田の持論であった。彼の感性は一貫していた。はじめにガラス窓の ひざ むこうの陽射しのなかで笑っている京子を発見した瞬間から彼はレンズと印刷機と春川の演 出力、この三つの関係だけをとおして彼女の顔を計測していたのである。 レタッチ・マン いくらカタロ 「あれはどんなに印刷屋の修整工が失敗しても生きのこる顔なんだ。しかし、 だって、ただニタリと笑っただけじゃ、見られたもんではない。春川だからこそ生かせたん だね」 102