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検索対象: パニック・裸の王様
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1. パニック・裸の王様

椅子をたち、窓から体をのりだして夜空を仰いだ。 「灯が消えてるじゃないか」 彼の後ろから見あげると、屋上からあげた夜間用の宇宙人のアドバルーンが巨大なクラゲ あんしよう のような夜にとけてただよっていた。合田はすばやく窓に背をむけ、照明業者の番号を暗誦 もど しながら机の電話にいつものせかせかした足どりで戻っていった。その後姿に私は小さな感 慨をおばえた。 ( 一人で戦争している : : : ) 様 裸それから二、三日して合田はファッション・モデル・クラブに電話をかけ、京子を会社に ク呼びよせた。彼女は雑誌社の自動車にのり、楽譜をかかえてやってきた。多忙にまぎれてし ニばらく私は彼女と会っていなかった。いまではサムソン提供のテレビ番組のコマーシャルに 週二回出演するほか、彼女は会社に姿を見せなかった。新聞広告や雑誌広告の写真はポス ターをつくったときに大量に撮影しておいたので、いちいち彼女と会う必要はなかったし、 ラジオのメッセージも以前に彼女に吹込ませたテープを使って間にあわせていたので彼女が いなくても宣伝はできた。これは合田のはからいであった。彼は京子を売りだすために彼女 を時間的に束縛することをあまりのぞまなかった。そのおかげで彼女はほとんどフリーのフ アッション・モデルとして活躍することができたのだ。彼女は契約を守って他社の広告には とんな ぜったい応じなかったが、 モデルとしてはすでにトップ・メンバーの一人であった。、、 122

2. パニック・裸の王様

をモデルにしてどこの工場で印刷するかというようなことは彼がきめる。そこで、いきおい スカウト役までひきうけてしまうことになるのだ。劇場でも電車のなかでも雑踏でも、たえ ず彼は目を光らせている。気に入った女を見つけると、あとをつけ、あらゆる角度と光線と ーサル 表情のなかで、ためっすがめつ観察し、話しかけて会社へつれてくる。カメラ・リハ をするのである。たいていうまくいかない。彼のひきだしにはボツになった女の写真が無数 に入っている。彼は廩重な技巧家だが、それでもときには失敗することがある。あるときな どは一人の女を電車にのったり、バスにのったりして三時間ちかくもあとをつけたあげく、 王話しかけたら人身売買業者とまちがえられて逃げだされたことがあった。あいにく名刺をわ 裸たしてしまったので、翌日、娘の母親が会社へ抗議にやってきた。重役に呼ばれて合田はさ としが しっせき クんざん年甲斐もなく叱責を受けたが、その後もあいかわらずである。女を見ると反射的に目 ニと足がうごく。やめられないのだという。 京子のときもそうだった。喫茶室で会った日から二、三日すると合田はこっそり私を呼び、 タクシーをひろってこいといった。いわれるままにタクシーをひろい、広場の出口で待って いると、いつのまに呼びよせたのか、彼は京子をつれて喫茶室からでてきた。彼女はその日、 ふいに電話で呼ばれ、帳簿に紙をはさんだまま会社をぬけだしたのだった。合田からテスト 撮影の話を聞かされると彼女はまっ赤になった。そして、車のなかで春川の名を聞くと、 こうふん よいよ昂奮し、服も髪も化粧もととのえてこなかったことの不平と落胆をぶちまけた。泣か んばかりであった。合田の肩をゆすぶるようにして彼女は身もだえし、自動車の床を蹴った。

3. パニック・裸の王様

散していた。彼は白髪のまじりだした粗い髪をかきあげ、射るような目でちらと京子を眺め た。彼女はおびえて肩をすぼめた。彼女の様子が、あまり子供つばかったので、春川はスタ ジオの階段をのぼりつつ、合田にそっと不平をささやいた。 「なんだ、まだジャリじゃないか」 合田はさいごまでつきあったらしいが、私は最初のシャッターがきられるまえに興味を失 こうお って、会社へひきあげてしまった。いままでの経験から、合田が自分ひとりの趣味や好悪の 感情だけで少女を観察しているのでないことはわかっていたが、なにより彼女があまりにみ 王すばらしすぎた。彼女は春川におびえ、ライトを容赦なく浴びせられて、ものもいえなくな 裸っていた。春川がポーズを命ずると、彼女は田舎娘のようにりきんでカメラをにらみつけた クのである。その頃には合田の考えているらしい彼女の顔の持っ特異さにいくらか私も気がっ ニいていたが、 こわばった彼女はすっかりそれを殺してしまった。 ( いかもの食い : : : ) 結局その感想をふりきることができなかった。私は肉眼でしかものを 見ていなかったのだ。 一週間ほどしてから春川が会社にやってきた。合田と私は喫茶室で彼と会った。あいかわ どんよく らず彼は貪欲と衰弱のまじった顔をしていた。酒の重い残香のなかで目だけするどい光を浮 かべていた。彼は席につくやいなや、厚い封筒をテープルに投げだし 「あの子、貰ろた」 そういってニャリと笑い、手の甲で目やにをぬぐった。 しらが なが

4. パニック・裸の王様

いてもらいたいんだよ」 合田はそういって疲れた顔に微笑を浮かべ、椅子にもたれかかった。京子は目を伏せてし ばらくだまっていたが、 やがて肩で息をして顔をあげた。 「会期は何日ですの ? 」 合田はなにも気がっかす両手をひろげてみせた。 「一〇日間」 それからすぐに笑って片手をおろした。 王「五日だよ。五日間でいいんだ。一〇日もとられちゃ君も困るだろうし、雑誌も困るだろう。 ひる 裸だから五日間だけ、つきあってもらえないかな。朝一〇時から、午後は四時まで、もちろん クそのあいだ休憩は充分とってもらう」 「私困っちゃった」 京子はひくいがハッキリした声で合田の話をさえぎった。 「雑誌は夜でも撮影できるからいいんですけど、レコードの吹込みは疲れると声がつぶれる ので : : : 」 「レコードワ・ 合田が虚をつかれたような声をあげた。京子はうなずいてテープルのしたから厚い楽譜を だし、楽器会社からジャズを歌ってみないかと申しこまれたので、毎日スタジオに通って練 習中なのだといった。 毎週テレビで顔を見ながら彼女がそんなところまで進出していようと 124

5. パニック・裸の王様

めて太郎の画をみたときに感じた酸の気配をばくは夫人の皮膚のしたにもまざまざと感じて 沈黙におちた。大田氏が部屋を陰険に領していた。あきらかに夫人は編んでいるのでなく、 殺しているのだった。 : 山口にはそれからしばらくして会った。個展の招待状をくれたのでぼくは画廊に彼を 訪ねた。彼は小学校がひけてから画廊にまわるということだったので、行ったのは夕方であ った。ばくは彼と話をするまえに署名帳にサインし、陳列されてある二十点ほどの抽象画を けいこうとう 一点ずつみてまわった。蛍光燈に照らされた壁には ) しすれも快適な室内用の小旋律がただよ 様 っていた。しかし、結局彼とばくとはすっかりはなれてしまったのだ。彼は屈折の苦痛を忘 王れ、マチェールの遊びを心得すぎてしまったようだ。はっきりいって、ニコルソンの気分的 のな小追随者としての意味しか彼にはなかった。 ・つけつけ 画廊の受附のよこにある小部屋でばくは彼としばらく話をして、大田家に関するさまざま の知識を得て帰った。 やっこ おれ 「奴さん、またなにか企らんでるらしいね。俺にも審査員になれとかいってきたよ」 昨夜おそくまで作品に手を入れていたという山口の髪は乱れて、かすかにテレピン油の匂 いがしみついていた。めいわくそうなことをいいながらも彼には児童画コンクールの審査員 ばってき に抜擢されたことをよろこんでいるらしい様子がかくせないようであった。 大田氏は終戦直後にそれまで勤めていた絵具会社をやめて独立し、自分で工場をたててク レョンやクレバスなどの製造をはじめた。工場といっても、創業当時はカルナバ・ワックス 179 たく

6. パニック・裸の王様

大田氏の絵具会社はさいきん急速に発展した会社である。それまでは親会社から独立した 中小メーカーにすぎなかったが、いまでは強力な販売網を市場にひろげて旧勢力をおびやか している。どこへいっても大田氏の製品を売っていない文房具店はないくらいである。ぼく ひご の画塾で使う絵具類もぼくが自分でつくるグワッシュをのそけばほとんど氏の製品だ。庇護 にこたえる気持からか、山口は大田氏がパステル類やフィンガー・ペイントなどの新製品を 発売するといちはやくとりあげて生徒に教室で使わせ、その実験報告を教育雑誌や保育新聞 などに発表した。前衛画家としての立場から彼は新手法の紹介には熱心で、コラージュやデ 様 カルコマニーやフロッタージュなど、たえずなにか新奇な実験をやって話題を投げていた。 王画の背後にある子供の個性を、そうした偶然の効果をねらった手法の、画だけの個性にすり のかえてしまう危険をふくんでいるにもかかわらず、彼の仕事は若い教師仲間でたいへん評判 がよかった。さいきんでは印画紙のうえにさまざまな物をのせて感光させる〃フォト・デッ 学校の子供には材料費が高すぎるという非難を浴びながらもそれはひ サン″を発表した。小 とつの意欲的な試みとして評価された。 「子供は小学校に入るまでにすっかり萎縮してしまってるからな。概念くだきはいくらやっ てもやりすぎるということがないよ」 児童画の目的と手段をはきちがえた行過ぎの実験だという保守派からの反論に対して彼は いつもそううそぶいてひるまなかった。 コラージュはさまざまな色紙や新聞紙や布地を任意にちぎっては貼りかさねるという手法 131 いしゆく

7. パニック・裸の王様

かま やパラフィンなどの原料油を釜で煮て顔料とまぜあわせて、それをいちいち薬缶で型に流し こんで水で冷やすというような手工業であった。それを彼は数年のうちに市場を二分するま での勢力に育てあげたのだから、おそるべき精力であった。その間、彼は妻子を故郷におき、 自分は工場の宿直室に寝泊りして、昼夜をわかたず東奔西走した。彼は事業に熱中して妻子 を忘れ、月に一度仕送りをすることをのぞいてはほとんど手紙もださず帰省もしなかった。 自分が食うに困るほどの破綻に追いこまれても仕送りをたやすようなことはぜったいしなか ったが、それはあとになって考えると事務家としての正確への熱度が主であったようだ。妻 こつつま 王が死んだとき、彼は業者の会合で主導権をにぎるための画策に忙殺されて、かろうじて骨燾 裸をひきとるために一日帰省しただけであった。そして、足手まといになるばかりだからと称 クして太郎を自分の実家にあずけたままかえりみようとしなかった。 あいぶ 」」父親の愛撫の記億もろくにもたないですてられている太郎をひきとったのは、いまの大田 夫人である。彼女は大田氏の僚友で、絵具会社の重役の親類にあたる旧家の出身であった。 彼女の実家は事務機械製造を営んでいたが、当時は事業不振で、資金面で大田氏から多大の 援助を受けていた。そのため、彼女が大田氏と見合結婚をしたとき、人びとは彼女が金銭登 録器といっしょに買いとられたのだと蔭口をきいた。 再婚後も大田氏の冷感症は回復しなかった。彼は事業が安定期に達しても安まることを知 ちくしよう らなかった。彼にはゴルフから蓄妾にいたるまでの道楽らしい道楽はなにひとっとしてなく、 力のすべてを販売網の拡張と新企画につぎこんで、家庭をまるで念頭におかなかった。没落 180 はたん かげぐち やかん

8. パニック・裸の王様

きほど彼が壁や母親から遠くはなれて独走している瞬間はこれまでにかってなかっただろう。 彼は父親を無視し、母親を忘れ、松と堀とすっ裸の殿様をためっすがめつ描きあげ、つぎに 中古ライターを発見した瞬間、その努力のいっさいを黙殺してしまったのだ。大丈夫だ。も う大丈夫だ。彼はやってゆける。、、 とれほど出血しても彼はもう無人の邸や両親とたたかえる。 ばくは焼酎を紅茶茶碗にみたすと、越中フンドシの殿様に目礼して一気にあおり、夜ふけの べッドのうえでひとり腹をかかえて哄笑した。 様 それからしばらくたったある日、ぼくは大田氏の秘書から電話をもらった。児童画コン 王クールの審査会があるからでてこいというのである。ばくは太郎の画を新聞紙に包んで会場 のの公会堂へでかけた。入口で案内を請うと二階の大ホールにつれてゆかれた。日光のよく射 す大広間には会議用のテープルがいくつもならべられ、何人もの男がおびただしい数の画の なかを歩きまわっていた。テープルのひとつずつに童話の主題を書いた紙が貼られ、作品が 山積されていた。 応募作を主題別にわけてそれぞれ何点かずつ入選作を選ばうということら しい。各テープルに二人、三人と審査員がついて作品を選んでいた。落選した作品は床や壁 にところきらわず積みあげられ、絵具会社の社員らしい男たちが汗だくで運びだしていたが、 そのかたわら部屋の入口からはたえまなく新しい荷物が運びこまれて、流れはひきもきらな かった。部屋のなかには日光と色彩が充満し、無数の画からたちのぼる個性の香りで空気が 温室のような豊満さと息苦しさをおびていた。どうやら大田氏はみごとに成功したようであ 197

9. パニック・裸の王様

たないような顔をしていた。指のマニキュアがところどころ剥げているし、足は埃りにまみれ ていた。洋裁学校や料理学校へ行けばいくらでも会えそうな少女であった。 あとから聞くと、合田は展示室の入れかえをやっていて、たまたまガラス壁のむこうの見 物人のなかに彼女を発見したのだということだった。その日は新しく輸入した英国製の自動 包装機をすえつけて、チューインガムの包装を公開実演した。モーターがうなり、コンべア さくさん が流れ、金属の腕がめまぐるしく飛び交って桃色の醋酸ビニールの破片がたちまち優雅なサ ムソン製品に仕立てられるありさまが見物人をよろこばせた。少女は鼻を窓にすりよせ、ひ 王とりで笑ったり、感嘆したりした。その表情がおもしろかったのだと合田はいう。私が見た 裸とき、すでに彼は少女と叔父、姪のような親しさでディズニー映画のことを話しあっていた。 ク見す知らずの少女をどうロ説いて喫茶室へつれこむことに成功したのか、私は知らない。お しわ 」そらく彼は自分の銀髪や目じりの深い皺や新調の明灰色の背広などにつよい自信をもってい たのだろう。 ひとしきり彼はジャズ歌手やスターのゴシップをしゃべった。少女はそのたび気さくに笑 あき ったり、呆れたり、おどろいたりした。話がおわると合田は彼女の勤めている会社の名前と 電話番号を聞きだし、手帳に書きとめた。少女は近くの小さな貿易会社の事務員だった。給 仕のようなこともしているといった。私は合田のいうままにキャンデー・ストアからチョコ レートの詰合わせを買ってきて少女にわたした。 「ありがとう。私、うれしいわ。だって今日はこれでアミダが助かるんですもの : : : 」

10. パニック・裸の王様

そうごう 私たちの会社では毎月十日すぎに各課の綜合会議がひらかれる。六月の中旬から特売を実 施しなければならなかったので、その月の会議にはいつもとちがって全国各地の支店長や出 張所長が集まり、担当重役は全員出席していた。特売計画はすでに三カ月まえから検討され、 内定され、準備がすすめられていたので、会議はその最後的確認であった。キャラメルにど んな懸賞をつけるか、どんなカードを箱に入れるか。また期間中の問屋、小売店への特別利 潤は何パーセント、温泉招待はどこへ、というような根本的問題はすでに解決ずみで、工場 もそれにそった生産体制に入っていた。 王すべては順調に進んでいたが、たったひとつだけ未解決の問題があった。これは過去三カ ほうむ 裸月間、何度も会議に上程されながら、そのたびうやむやに葬られて私たちの行手をふさいで ク いた。トレード・キャラクター、つまり、特売期間中、新聞広告やポスターのモデルに誰を ッ 」起用するかという問題である。これはもつばら合田の責任であったが、彼は重役や部課長連 中が会議の席上で提案する少女歌手や少年スターなどを、そのたびに言を左右にして賛成し ようとしなかった。理由はそれら有名スターが〃広告ずれしているから″というのであった。 いつになく彼が強硬なために会議は難航に難航をつづけ、一カ月後に特売がはじまるという のに宣伝課はまだポスター一枚つくっていなかった。 童謡歌手、少年スター、野球選手、ジャズ・シンガー、力士など、子供に人気のありそう な有名人をことごとく彼は否定した。プロ・レスのチャンピオンの名があげられると彼はす ぐさま新聞をとりだして電気力ミソリとテレビの会社がそれそれ彼を使っていることを示し、