きほど彼が壁や母親から遠くはなれて独走している瞬間はこれまでにかってなかっただろう。 彼は父親を無視し、母親を忘れ、松と堀とすっ裸の殿様をためっすがめつ描きあげ、つぎに 中古ライターを発見した瞬間、その努力のいっさいを黙殺してしまったのだ。大丈夫だ。も う大丈夫だ。彼はやってゆける。、、 とれほど出血しても彼はもう無人の邸や両親とたたかえる。 ばくは焼酎を紅茶茶碗にみたすと、越中フンドシの殿様に目礼して一気にあおり、夜ふけの べッドのうえでひとり腹をかかえて哄笑した。 様 それからしばらくたったある日、ぼくは大田氏の秘書から電話をもらった。児童画コン 王クールの審査会があるからでてこいというのである。ばくは太郎の画を新聞紙に包んで会場 のの公会堂へでかけた。入口で案内を請うと二階の大ホールにつれてゆかれた。日光のよく射 す大広間には会議用のテープルがいくつもならべられ、何人もの男がおびただしい数の画の なかを歩きまわっていた。テープルのひとつずつに童話の主題を書いた紙が貼られ、作品が 山積されていた。 応募作を主題別にわけてそれぞれ何点かずつ入選作を選ばうということら しい。各テープルに二人、三人と審査員がついて作品を選んでいた。落選した作品は床や壁 にところきらわず積みあげられ、絵具会社の社員らしい男たちが汗だくで運びだしていたが、 そのかたわら部屋の入口からはたえまなく新しい荷物が運びこまれて、流れはひきもきらな かった。部屋のなかには日光と色彩が充満し、無数の画からたちのぼる個性の香りで空気が 温室のような豊満さと息苦しさをおびていた。どうやら大田氏はみごとに成功したようであ 197
はたざお 私たちは無血入城した将軍を迎えると、ただちに校庭や教科書や旗竿のさきや歌のなかから 星をぬきとり、消しとった。それはあくまでも技術的な問題にすぎない。私たちは星を愛し もしなければとくに新しい感情で憎むこともしなかった。それが空を駈ける虎にかわろうが 岩角で羽ばたく鷲にかわろうが、知ったことではない。服屋は不注意にすぎなかった。将軍 は情熱を誇示したくてうずうずしていたのだから、危機というなら町の全住民がひとしく危 機にさらされていたわけだ。ひとりの兵士が服屋の塀にあるひっかき傷とも画ともわからぬ マークを発見し、将軍に報告した。事はその場で決裁された。町の全住民が家から追いたて 王られて広場に集合を命じられた。服屋は一家八人がひとりのこらず殺され、犯された。子供 裸五人は首を切られた。父親は両眼をえぐられたうえに鼻を削られ、手と足をおとされた。老 りんかん おうと 婆は背骨を折られ、母親は輪姦された。私たちはすべてが完了するまで嘔吐や貧血の発作に たえながらそこにたっていた。子供たちの叫声はとんできて木材のように人びとの体にぶつ かり、父親は血みどろになって土のうえをころがりまわった。排泄をおわった兵士たちの哄 しょ・つ 笑が広場のまわりの壁をゆりうごかした。私たちはだまって家にもどると、食事もしないで べッドにもぐりこんだ。広場からは、夕暮れの茂みに迷いこんだ微風のような母親の泣声が 聞こえてきた。 ひらき 人生はドアのすきまをよこぎる白い馬の閃めよりも速い、という一一 = ロ葉が、当時、平野のあ らゆる町を浸したのだが、私たちが指導者と軍隊をもたなかったことをお考えになるまえに、 兵士の嘲笑を思っていただきたい。彼らはどこかの野戦天幕の徴兵事務所でやとわれると、 わし はいせつ
巨人と玩具 った。つまずいたんだなと私は思った。彼の沈黙を私は苦痛と受けとった。アポロの発想法 はまったく卓抜だった。彼らは子供相手の戦争に見きりをつけて、ハッキリ母親に訴えるこ とを決意したのである。子供の夢ばかり追いまわしていた私たちの盲点を彼らは完全につい たようだ。サムソンは心臓に一撃を受けたのではなかろうか 「やられましたね」 私は合田に声をかけて紙片をもどした。彼はタバコに火をつけると、深く息を吸いこんで、 うなずいた。私は吐息をついて暮れなずんだ窓を眺めた。夕方の駅前広場のどよめきがガラ スをふるわせていた。苦しい競争になるだろうと私は思った。これまでに私たちはあまりに もしばしば″当らない懸賞″によって不感症を流行させすぎてしまった。それは事実である。 子供も親もいまは夢に疲れている。彼らは新聞でアポロの甘い宣言を読んでも、いまさらな にもおどろかないにちがいない。しかし三社の宣言をならべて比較し、子供にキャラメルを ねだられたら、さびしい微笑を浮かべながらも両親たちはアポロをとりあげるだろう。たと え子供にねだられなくても母親はこっそりもう一度たちあがるにちがいない。それだけの説 得力を彼らの案はもっていると私は思った。 合田は不興げにだまりこくって、ジェット機のマークにセメダインをつけ、翼に貼ってた しわ んねんに皺をのばした。 ヾバールを製造禁 「アポロの社長はクリスチャンでしたね。むかしウイスキー・ボンポンやノ 四止したとかいうじゃありませんか。これにはそんな影響もあるんじゃないですか ? 」
りありと感じた。本を一冊ずつ書棚にもどすと私はカタカナのルビをふった入門者用の豆字 引を一冊買った。楽器店で初級の語学練習盤にそれを包ませると、店員に私は京子の住所を わたして、発送をたのんだ 特売戦は予想どおり六月に入ってからはじまった。発作の陽気な叫びが新聞を飾った。各 しようそう 社とも苦痛と焦躁をにぎやかな楽天主義と幻想でかくしていたが、それでもどことなく不入 りな芝居小屋の入口で味わうとげとげしさとさびしさが感じられた。とっぜん子供のまえに は空と森の世界が出現し、母親や父親は慈恵の表情を浮かべた巨人を苦笑とまぶしさのまじ 王った表情で仰いだ。 裸ます、サムソンは新聞を空想でみたした。特等、宇宙旅行服一式。一等、帽子と銃。二等、 クキャラメルをつめたロケット。三等、希望によりプラネタリュームかディズニー映画に招待。 ニなお期間中はキャラメル一箱で宇宙展に無料招待、というのがその内容だった。ヘルクレス うさぎ ちょうせん はこれに対して正面から挑戦した。彼らはポケット猿を先頭にリス、アンゴラ兎、モルモッ トの順で賞品をならべ、期間中は動物園で子供劇場を開催するというのだ。例によってキャ みつばち ラメル一箱御買上げ毎にである。そのプログラムは「ドリトル先生アフリカゆき』、『蜜蜂 マーヤ』、「ジャングル・ブック」など。この二社はたがいに航跡を追いあい、四つに組んで ねら すきを狙いあった。 これにくらべるとアポロの声ははるかに説得的で慎重だった。彼らは等級をわけず、ただ 奨学金を一〇名の当選者にあたえる、というだけにとどめた。公正を期すために彼らは『ア ごと ヘルメット
流亡記 集団全員を殺しつくすことは不可能であった。彼らはけっして死滅することのないカである。 たえず荒野を流れて彼らは東西南北へ家畜とともに移動し、集団と集団はくつついたかと思 うとはなれ、はなれたかと思うとくつつき、黙っていると風のように擦過してすべてを焼き さつりく つくし、殺戮強奪は酸鼻をきわめた。たいていの場合、来襲の情報に応援部隊がかけつけれ ば蛮族の部隊はすでに去ってあとかたもなく、平野や峡谷には平和な牧人が家畜とともにね そべっているにすぎなかった。ゞ、 カ警戒がちょっとゆるんで、小隊が背をむけた瞬間、たち あい′、ち - まちその牧人たちは笛を投げて匕首をぬき、家畜を暴走させて追撃者たちの背にとびかかり、 ひざ 腕や足の骨を膝でヘし折った。彼らが戦士であるか牧人であるかはとうてい判断できること ではなかった。彼らは黄土地帯の農耕定住民族とちがって力を分散させることなく、道徳、 はいせき 座標、屋根、壁に類するものをいっさい排斥した。ひとりの少年は牧童であって戦士、息子 であって夫、指導者であって部下、兄妹であって恋人なのだ。父親が死ねば息子がただちに あわ ちっ 母親と結婚し、自分のでてきた腟に自分の男根をつらぬき、自分の生まれた子宮に精液を泡 かれつ たて、放射して歓喜を叫びあうのだ。この、暗く苛烈な精力に充満した牡の群れとたたかっ まい、」よ て勝ったものはひとりもなかった。王たちは没落し、つねに長い廃墟がのこった。 かんよう 咸陽を出発した夜から長城到着の朝までの回顧ははぶくことにしよう。故郷の町から咸陽 までの徒歩旅行とおなじように私たちはふたたび時間の囚人となった。予定の日、予定の人 員。遅刻、欠員は死刑、流刑。加害者も被害者も等質の憎悪でむすばれ、しかもその憎悪の 行方は見失われ、たえがたくよどみながらなんの手をつけることもできない腐敗への下降だ おす
るが、ずっと遠い暗がりには草と水があったのだ。ここから掘り起していこうとばくは思っ た。ただ、いままで伏せられていたこの事実にはどこか秘密の匂いがあった。いまの大田夫 人が田舎にいたとはちょっと考えられないことだった。ばくは床にあぐらを組みなおすと、 もつばら話題をェビガニに集中して太郎といろいろ話しあった。 その翌日、ばくははじめて差別待遇をした。月曜日は太郎は家庭教師もピアノ練習もない 日だったので、ばくは彼をつれて川原へでかけたのだ。ほかの生徒には用事があるといって アトリエを閉じると、ばくは正午すぎに大田邸を訪ねた。すでにぼくは太郎が母親といっし 様 王 ょに九州にいたことがあるのを彼の口から知っていたが、 夫人にはなにもいわなかった。太 裸郎はエビガニについては熱心だったが、話のなかで母親にはスルメを自分にくれる役をあた クえただけで、当時のことについてそれ以上はあまりふれたがらない様子だったので、ぼくは 」夫人に太郎の昔をたずねることをはばかったのだ。彼女はばくから太郎を写生に借りたいと 聞かされて、たいへんよろこんだ。 「なにしろ一人っ子なもんでございますからひっこみ思案で困りますの。おまけにお友達に いい方がいらっしやらなくて、おとなりの娘さんとばかり遊んでおります」 夫人はそんなことをいいながら太郎のために絵具箱やスケッチ・ブックを用意した。いす れも大田氏の製品で、専門家用の豪奢なものだった。その日は夫人は明るいレモン色のカー とびら ディガンを着ていた。 芝生の庭に面した応接室の広いガラス扉からさす春の日光を浴びて、 彼女の体は歩きまわるたびに軽い毛糸のしたで明滅する若い線を惜しむことなくばくにみせ 144 ごうしゃ
好きで派手な性格だという山口の毒をふくんだ説明を、すくなくともその場でぼくはみとめ る気になれなかった。 こだ、彼女が小学校一一年生の子供の母親として注意深くふるまっているにもかかわらす、 どこか年の若さが包みきれずにこばれるのはさけられないことであった。どうかしたはずみ に彼女の動作や表情のかげにはいきいきしたものがひらめいた。彼女が腕をあげたり、体を びんしよう うごかしたりすると、おちついたドレスのしたでひどく敏捷な線が走るのにばくは気がつい た。彼女の顎にも首にも贅肉や皺のきざしはほとんどといってよいほど感じられなかった。 様 「なにしろ主人はああして忙しいもんでございますから、子供のことなんか、まるでかまっ 王てくれないんでございます。私ひとりであれこれ手本を買ってやったりもしてみたんですが、 のしろうとはやつばりしろうとで、眼を放したらさいご、もう描いてくれません」 彼女はそういって苦笑し、太郎のスケッチ・ブックをとりだした。彼女はそれを一枚ずつ 裸 繰って、どういうふうにして描かせたかという事情をいちいちていねいに説明しはじめた。 太郎はだまって礼儀正しい姿勢でそれを聞いていたが、ぼくは大田夫人からスケッチ・ブッ こそらせてしまった。すこ クをとりあげると、それとなく話題をあたりさわりのない世間話ー し児童画に知識のある母親なら誰でもがやりたがるように彼女は画で子供の症状を説明しょ うとしたのだ。子供のいるまえでそんなことをやれば、せつかくの善意も負荷をのこすばか りである。子供は画で現実を救済しようとしているのに傷口をつつきまわされ、酸をそそが れたような気持になってしまう。その結果ばくに提供されるのは、防衛本能から不感症の膜 135 ぜいにく
れ、市場が拡大したと考えて闘志を回復した。ただでさえ不景気で問屋は現金回収に苦しん でいるのだ。狭い市場は三社によっておしあいへしあい分割されている。品物は回転がにぶ くて販売店の倉庫に山積みされたままだ。アポロの販売網は強力なものだが、宣伝もせず懸 だれ 賞もっかないキャラメルを誰が買おう。アポロは破産したも同然ではないか。彼らはわれと みずから傷口に手をつつこんで血を流したのだ。まさに道が一つひらけたのだとセールス・ マンたちは異ロ同音にはげましあった。彼らは急に生色をとりもどし、愛想がよくなり、部 屋に笑声がみなぎった。毎週末の部内会議ではアポロの疲労状態が逐一報告され、そのセー かっこう 王ルス・マンたちがどれほどみじめな恰好で問屋に頭をさげて品をとるよう哀願しているかが 裸身ぶり手ぶりでったえられた。販売員から係長に、係長から課長、部長に、さらにまた重役 ク 室へ社長室へと段階を追うごとにそれらの報告は要約され、刈りこまれ、露骨に誇張された ニものとなっていった。 こがにがしい思いで私はそれを観察した。あまりに安易に人びとが弱肉強食のルールに酔 っているのが私には不満だった。すでに大衆は私たちの商品から遠ざかりはじめているのだ。 ざる 宇宙服やポケット猿や奨学金だけが子供と母親をひつばっているのではないか。奨学金の望 みを断たれた母親がそのまま宇宙服やポケット猿の世界へ入ってこようとは到底考えられな いことだ。あるいは子供にねだられて彼女はサムソンやヘルクレスに手をだすことがあるか もしれない。 しかしそれはあくまでももとめられた行動であって自分の意志によるものでは ないのだ。少しはそれで売れるかもしれないが、大きな決定的な力はもたないはすだ。おそ 116
巨人と玩具 115 ポロのトラックは東奔西走して問屋や小売店にのこっているドロップを回収してまわったが、 すでに手遅れであった。その日の夕刊から以後二週間ほど、各紙とも朝夕刊の二面、四面は じゅそ 苦痛と悲鳴と呪咀にみちあふれ、患者の写真と記事が満載されたのである。かって育英基金 さんび を讃美した人びとが手のひらをかえしたように猛攻撃を開始した。怠慢を責める非難と恐怖 の声は子供新聞や婦人雑誌や週刊誌にもあらわれ、母親たちはひそひそささやきかわし、菓 子店の店主は神経質になった。 事件の大規模を知ったアポロはふたたび「おかあさま方へ』と題するメッセージを発表し た。そのなかで彼らは率直に事件の経過をのべて手おちをみとめ、被害者への補償を誓うと ともに今後公表するまでドロップは他社のものを買うようにといった。そのうえ彼らは誤解 むね をさけるためにキャラメルの懸賞カードまで中止する旨を宣一一 = ロしたのである。キャラメルと ドロップとはなんの関係がないにもかかわらずそうして自粛したいというのだ。さらに彼ら は失望した母親たちに、「アポロ育英基金」は本年にかぎり全額を被害者に公平配分して謝 罪料のうえに奨学金として贈与したいと申出たのである。そのメッセージが発表されたタ方 からアポロの宣伝活動はいっさい停止した。ネオンは消え、アドバルーンはおろされ、ラジ オ、テレビのコマーシャル ・メッセージがなくなり、新聞広告もなくなった。約束事項がそ うして一つずつ完全に果たされてゆくのを見て合田はうめき声をもらしたまま、なにもいわ なかった。 巨人の失神を拍手したのはセールス・マンたちである。彼らは最大の隘路がこれで打開さ
ある事件が発生した。巨人の一人が戦線を後退したのである。三人のうちでもっとも才智に はたん 長けたアポロが予想外の破綻をおこして失脚したのである。そのことのために彼らは大衆か ら不安と恐布を買うこととなった。 七月のある日、一人の小学生がトンポ釣りから帰ってきて昼寝をした。夕方、母親がおこ しにいくと彼は意識を失っていた。顔が青ざめ、くちびるをかんだ歯は乾いていた。医者は 薬品中毒だといった。中和剤の注射で少年は回復したが、はげしい頭痛を訴えて床をはなれ ることができなかった。しらべてみると、ぬいだズボンのポケットからアポロのドロップが 王でてきた。 裸これが発端だった。母親にかわって医者が新聞の調査室欄に投書した。彼の抗議書が新聞 ク社に配達されたとき、おなじ日の午前中に編集部はすでに類似の症状を訴えた手紙を何通も 」受けとっていた。ただちに調査が開始された。記者はドロップをもってアポロに走った。ア ひづけ ポロはドロップの製品番号をしらべて製造の日附を知ると工場に自動車をとばした。ドロッ みずあめ プの原料は水飴と甘味剤と香料と食用色素である。工場の技師長は問題のドロップに用いた 原料をひとつずつ微細に分析し、食用色素に顕著な反応を発見した。 アポロはその日の夕刊で謝罪文を発表し、薬品検査の不行届を率直に認めた。彼らの公開 した食用色素の分析表は工業試験所のものと完全にデータが合致していた。おそらく徹夜の 重役会議がその夜ひらかれたのではないかと思う。翌日の朝刊で彼らは販売店からの回収が 完了するまでアポロ・ドロップをぜったい買わないようにという警告を発表した。その日ア 114