自動車 - みる会図書館


検索対象: パニック・裸の王様
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1. パニック・裸の王様

臭を熱い酒がかきたてたのだろう。全身から生温かい匂いを発散していた。 「知事がね、いってるそうだよ」 課長はするどい眼にいつもの傲慢な薄笑いの表情を浮かべ、うまそうにこのわたを吸った。 「君は東京の本庁へ栄転だってさ。一週間の特休もっくそうだし、たいした出世ぶりじゃな くよう いか。ネズミ供養しなくっちゃいけないね」 ( けむたがられたな : : : ) 俊介はしらじらしさのあまり点をつける気にもなれなかった。はげしくわびしい屈折を感 ッじて彼は腐った肉体に頭をさげた。 ニ「負けましたよ、課長。みごとに一本とられました : はじしらずに泥酔して帰った俊介を待っていたのは農学者だった。彼は古タクシーをやと エンジンをかけつばなしにして、体じゅうに悪魔じみた精力をみなぎらせて俊介の家の みぞ 前にがんばっていた。彼は酒の溝に寝ていたのかと怪しみたくなるばかりに酔いしびれた俊 介をものもいわすに自動車へおしこみ、運転手に全速力を命じた。自動車は深夜の町をきち がいじみた速度で走った。駅前や商店街や辻でほかの自動車とぶつかりそうになって徐行す るたびに農学者は床を踏み鳴らしてくやしがった。 「どうしたんです ? こうまん

2. パニック・裸の王様

巨人と玩具 113 あおられて道を走った。ひしめく自動車の車輪を危くよけてとまったところを見ると、埃り 一つない、ま新しい明灰色のソフト帽であった。やわらかくて軽く、めざましいほど新鮮な はだ 肌をしていた。タールやガソリンやポロぎれなど、道のしみがすべてその一点に吸収された かと思うほど、それはあざやかだった。しかし、私が息をついたつぎの瞬間、一台の自動車 が目のまえをかすめた。帽子はあえなく車輪のしたにつぶされた。その瞬間私ははげしい滅 形を感じたのだ。車の去ったあとには一枚の平たい布が道にしがみついているばかりだった。 私は顔をあげてあたりの群集を眺めた。人びとは夕暮れのなかを平然としてざわめきつつ 歩いていた。私は異常な領土にいるらしかった。私にとってそれはひとつの事件だったのだ。 私には帽子がつぶされても叫声をたてず、血も流さなかったのが理解できなかった。どうし て骨の砕ける音が道にひびかず、自動車はとまらす、警官が駈けつけないのだろう。たしか に異変が起ったのだ。私はカにつらぬかれ、体の奥に崩壊を感じ、ほとんど圧倒されそうに なったのだ。私の皮膚からぬけてその力は街のどこへ消えたのだろう。街は暮れて埃りにみ ち、さわがしく、強固であった。私は広場を歩きながら、さまざまな人や車や建築物や記念 碑が体内を疾過するのを感じた。自分の衰弱の深さに私は抵抗のしようがなかった。 四 そのことのために私たちの肩の荷がおりることはなにひとっとしてなかったけれど、興味 めつ

3. パニック・裸の王様

ある月曜日の夜、ぼくはとっぜん家の外でとまる自動車のきしみを聞いた。ちょうど夕食 なが をおわって、べッドに寝ころび、ハンス・エルニの画集を眺めていたところだった。 エルニはクロード・ロワの解説以後″スイスのピカソ″と呼ばれている男である。何年間 もばくは彼を愛してきたが、さいきんはあまり完成されてしまって、ちょっとついていけな いものを感じている。写実と抽象を結合した彼のポスターの細部に熱中しているところをば くは呼び声でひきもどされた。 でんとう とびら アトリエに電燈をつけ、玄関の扉をあけると、運転手が太郎をつれてたっていた。運転手 様はばくをみると恐縮して制帽をとり、頭をかきながら説明した。 だんな 王「坊ちゃんがどうしてもつれていけって聞かないもんですからね。ちょうど奥さんも旦那さ のんもいらっしやらなくて、さびしいらしいんです。なんでも画をみてもらうんだとかおっし やってるんで、すみませんが、先生ひとっ : 「いいよ、お入り」 画用紙を小脇にかかえこんでいる太郎をばくがひきとると運転手はホッとしたように自動 車にもどっていった。 「あとで俺が送っていくから、もうこなくていいよ」 運転手の背に声をかけてぼくは扉をしめ、太郎をつれて部屋にもどった。ぼくはべッドに ほんだな はいざら 散乱した古雑誌や灰皿やネクタイをかたづけ、エルニの画集を壁の本棚にもどすと、太郎に ぼくとならんでべッドにすわるようにいった。太郎は敷ぶとんのうえに腰をおろしてから、 189 おれ - 一わき

4. パニック・裸の王様

ク きびす どて 農学者はだまって肩をすくめると踵をかえし、湖岸の土堤に待たせてあった自動車の方へ 草むらを去っていった。俊介はそのあとを追った。沖の方ではしきりに小さな悲鳴が聞えた。 帰りの自動車では、俊介は運転手から毛布を借りて眠った。眼がさめるといつの間にか車 あさひ は高原をおりて田んばのなかの街道を走っていた。軽金属のような朝陽が林や畑のうえに輝 いていた。それを見て俊介は、新鮮な経験、新鮮なエネルギーが体を通過したあとできまっ て味わう虚脱感をおばえた。なにげなく窓の外を眺めた彼は、街道を一匹の猫が歩いている のらねこ のを発見した。やせて、よごれた野良猫である。車の音がしてもおどろかす、ちらりとふり かえっただけで、そのまま道のはしを町の方向にむかってゆっくりと歩きつづけた。皮肉な 終末だと俊介は思った。あるわびしさのまじった満足感のなかで彼は猫にむかってつぶやい 「やつばり人間の群れにもどるよりしかたないじゃないか」 ( 「新日本文学」昭和三十一一年八月号 ) ねこ

5. パニック・裸の王様

らされていなかったのだ。 俊介を待っ間にニュースを分析した農学者はその夜のネズミの行手に湖がひろがっている ことを地図で発見した。市から一〇キロほどはなれた、いつもはモーター・ポート・レース などのおこなわれる観光地である。いままでのあらゆる記録にしたがって仮説をたてた農学 者は衝動の発見された現場を観察したい好奇心をおし殺して湖へ先回ることにした。賭けで ある。 町を出ると農学者は自動車に全速力を命じた。自動車はいまにも解体しそうなきしみをあ げて田畑や林をかすめ、山道をのばり、高原を疾走した。むだなことはわかっていても、農 うわさ 学者は途中で山番の小屋や炭焼人の家を見つけるとかならず車をとめ、ネズミの噂をたしか ニめた。どこでも満足な答えは得られなかった。ネズミはどこからともなくあらわれてどこへ ともなく消え、音信を断ったのだ。湖に行きつくまでの間、俊介はひっきりなしに農学者の おくそく 発する仮説への疑問や臆測に置まされつづけた。農学者は割れそうな頭痛にうめく彼をつか まえて自説に強引な賛成を要求したかと思えばふいに自信を失って子供のようにしおれたり、 だまりこんだかと思うと急に元気づいて喋りだしたりして、まるで熊のようにめまぐるしく 仮説のまわりを往復するのだった。 くら 「もし見つからなかったら君のせいだ。君がただ酒食っている間に敵は逃げたのだ。ちっと やそっと安酒をおごってもらったくらいでは承知できないよ。覚悟するがいい クス先生」

6. パニック・裸の王様

巨人と玩具 気軽に礼をいって彼女はそれをポン・サックのなかへ無造作に投げこむと、袋を肩にかけ、 ロもとに微笑を浮かべた。はじめてくちびるのうえに日光が射し、うぶ毛が水底の魚影のよ うに光った。私が彼女について感じた魅力らしいものといえば、かろうじてそれぐらいであ った。少女の去ったあと、合田はすぐに感想をもとめたが、私は満足させてやれなかった。 「写真にとればよいかもしれない」 そうつぶやいて彼は、″火薬庫用〃と呼んでいるライターで苦心してタバコに火をつけ、 席をたった。 綿密で仕事熱心な男だが、合田には奇妙な趣味が二つある。模型と女である。どちらも街 でひろってくる。模型についていえば、彼は本職にちかい才能をもっている。自動車、船、 ジェット機、なんでも組立てる。紙と木とプラスチックの破片で完全縮尺の模型をつくるの である。彼の机には書類の山に埋もれて、いつもなにかしら、飛行機か自動車がセメダイン や木片などといっしょにころがっている。仕事のひまをぬすんで組立てるのだ。たまに気に 人ったセットを外出先で見つけると、ほとんど終電ちかくまで会社に一人居残って没頭する ことがある。五十をこえた銀髪の男が模型に夢中というのはちょっと見られない風景だが、 私たちは慣れてしまって、おどろかない。 女。これはどちらかといえば仕事に属することだ。仕事熱心のあまりにやるのである。彼 は宣伝課長だが、渉外事務のほかにアート・ディレクターとしてデザイナーや文案家の仕事 一だれ も指導する。ポスターをつくるときは、こまかいことはすべてデザイナーにまかせるが、誰

7. パニック・裸の王様

100 ババールはラム酒にカステラを浸したものである。禁酒の宗旨からアポロの社長はむかし 社員のすすめを蹴ったという事実がある。私はそれを指摘したのだ。合田はタバコに目をし かめて頭をふった。 「そうじゃないだろう」 彼はにべもなく私の手をはねつけた。 「ウイスキー・ポンボンはキャラメルほど売れないんだ。だからっくらなかったのさ。それ までのことだ」 王彼はそういいすてて、ようやく模型から顔をあげた。肩をおとし、疲れた目をしていた。 裸午後の会議の綿密さと精岸さはいまの彼のどこにもなかった。口調をかえて彼はつぶやいた。 ク「まったく、してやられたね」 ニ彼は銀髪をかきあげ、目じりの皺に苦笑をきざんだ。うなじがとっぜんやせほそったよう に見えた。 「知恵のある奴がいる」 私たちはしばらく黙ってタバコをふかした。室内には群集の足音がこだまとなってただよ 、どよめいてやまなかった。自動車が走り、電車がきしんだ。 「一歩ぬかれたことはたしかですね」 私はタバコの灰をおとしていった。 「しかし大差ないじゃありませんか。どうせ一〇〇万人に一人しか当らない せいかん

8. パニック・裸の王様

帰途の自動車のなかで彼はばくにこの企画の顧問の位置を申しでた。画塾のひまなときを みつけて会社へ遊びにきてくれるだけでよいからというのであった。ばくの先取権に対する 譲歩を彼はそんな形であらわそうとしているらしかったが、ばくはことわった。ばくは児童 の原画がほしいだけなのだ。ほかに野心はない。すると大田氏は話題をかえて、創造主義の 美育理論のことをぼくにたずねた。ばくが画塾の教育方針をいろいろと話すと、彼はいちい ちうなずいて聞いたあげくにこういった。 : つまり、ひとくちにいえば子供には自由にのびのび描かせようというわけですね。描 王きたいと思う気持を起させて、どしどし惜しまずにやれということでしよう ? 」 裸「そういえないこともないですが : : : 」 ク 「いい思想ですな。私のほうもありがたい」 「つまりそのほうが、むかしより余計に絵具を使ってもらえますからな」 大田氏はクッションに深くもたれてなにげなくつぶやいただけだったが、ぼくはそれまで のコニャックの酔いが急速に潮をひいていくのをありありと感じた。するどくにがいものが ぼくをかすめた。 ちみつ この瞬間に受けたばくの予想は十日後に緻密に組織化されてばくのまえにあらわれた。大 田邸の書斎でぼくは全国の学校長に宛てた児童画の公募案内のゲラ刷りをみせられたのだ。 大田氏はどこをどう連絡つけたのか、文部大臣とデンマーク大使の協賛のメッセージを手に 156

9. パニック・裸の王様

合田は待っていましたとばかりに私から受けとった封筒の中身を大テープルにぶちまけた。 「私がつばをつけましたんや」 彼はそういって京子を発見したいきさつや春川のスタジオでやったカメラ・リハーサレの ことなどを説明し、サムソンから正式に声がかかるまではすべてのスポンサーをことわるよ むね ) くめてある旨をつけくわえた。 う京子こ ) 勝負はそこでおわった。重役はにがにがしさをおしかくし、合田から目をそむけてつぶや 王「なにしろもう時間がないからな」 裸賛成も反対もあったものではない。合田は難破者たちのすがりついている流木をかたつば クしからっきはなし、時間という唯一の武器をひとりじめにしたあげく、救命プイをたった 」コだけ投げたのだ。一カ月たらずの時間で舞台や撮影所をかけまわってスターと交渉し、ギ これは合田の ャラをきめ、写真をとり、印刷してしまうなど、とてもできた相談ではない。 一方的勝利であった。 その日彼は会議がおわるとさっそく春川に電話をかけ、あらためてポスター写真依頼の旨 を話し、撮影の日時を打合わせた。それがおわると近くのビルにいる京子を電話で呼びだし、 酒場に誘った。ちょうど五時の退社だったので京子はその場で賛成の声をあげた。私と合田 は自動車で彼女を迎えに行った。彼女は車のなかで合田から専属契約と契約料の額を聞かさ れると、昂奮のあまり

10. パニック・裸の王様

椅子をたち、窓から体をのりだして夜空を仰いだ。 「灯が消えてるじゃないか」 彼の後ろから見あげると、屋上からあげた夜間用の宇宙人のアドバルーンが巨大なクラゲ あんしよう のような夜にとけてただよっていた。合田はすばやく窓に背をむけ、照明業者の番号を暗誦 もど しながら机の電話にいつものせかせかした足どりで戻っていった。その後姿に私は小さな感 慨をおばえた。 ( 一人で戦争している : : : ) 様 裸それから二、三日して合田はファッション・モデル・クラブに電話をかけ、京子を会社に ク呼びよせた。彼女は雑誌社の自動車にのり、楽譜をかかえてやってきた。多忙にまぎれてし ニばらく私は彼女と会っていなかった。いまではサムソン提供のテレビ番組のコマーシャルに 週二回出演するほか、彼女は会社に姿を見せなかった。新聞広告や雑誌広告の写真はポス ターをつくったときに大量に撮影しておいたので、いちいち彼女と会う必要はなかったし、 ラジオのメッセージも以前に彼女に吹込ませたテープを使って間にあわせていたので彼女が いなくても宣伝はできた。これは合田のはからいであった。彼は京子を売りだすために彼女 を時間的に束縛することをあまりのぞまなかった。そのおかげで彼女はほとんどフリーのフ アッション・モデルとして活躍することができたのだ。彼女は契約を守って他社の広告には とんな ぜったい応じなかったが、 モデルとしてはすでにトップ・メンバーの一人であった。、、 122