気づい - みる会図書館


検索対象: 王子様にキスを
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1. 王子様にキスを

その場にいるだけで、エルはむずむずしてきた。自分が馬だったら、間違いなくそこらを駆 け回ったことだろう。 「馬じゃなくても、駆け回るでしよ」 しんらっ つか エルの手首をぎっちり掴んだ栄子が、辛辣なひとことをかます。へっと横を向いたエルは、 栄子の黄金の右手が静かなのに気づいた。 「メモしなくていいの、栄子」 「『バナナづくりの刻印』はファンタジーよ。競馬場なんか、出せるもんですか」 「美形ばっかりが観客ってことにしたら : : : ? ふと思いついて訊くと、真顔で返事が返ってきた。 「いいわね、それ。もらった」 0 一体どんな話なんだろう。どう考えても、落選だと思う。 ばけん さんこく 「三国さん。そろそろ馬券を買わないと」 きちょうめん を 刻限が近づき、几帳面なツアーが促した。その途端、哲剣がハッとする。口を、あけた。 ス キ 「あ」 子「ああ、って何 ? 」 こうじようたず 王 切り口上に訊ねる栄子をよそに、哲剣が顔をしかめた。ピンときた栄子が眉をつり上げる。 「お金忘れたのね、あんた」 まゆ

2. 王子様にキスを

せられなかったのだ。 妙にエルに優しかったのは、それでかと納得がゆく。エルも不運だ。せつかくのはツアー のものになり、エルは。落第の。 「ヴァイネ・レアルフース」 栄子は指導員を呼んだ。笑みを向ける。 エルがいつ、そのことに気づくか」 「賭けをしない ? 「担任にののしられて」 「なんだ。賭けにならないわね、それじゃ」 栄子は含み笑いをし、お茶を口に運ぶ。ポニーテールを揺らして叫ぶエルの姿を思い浮かべ ながら。 「じゃあ、違う賭けを」 まゆ けげん 怪訝そうに眉をひそめるヴァイネに、栄子は言った。 「あの子、また地上に戻ってくると思うけど。いつになるかしら ? 」 ヴァイネが、塩を窓にぶつけた。この世の終わりみたいな顔をする。 「やめてください」 おわり

3. 王子様にキスを

「はうつ、どうしてそれを」 カウンターバンチを食らったように、エルはのけぞった。羽が出ていたかと、背中を探る。 そんなエルの様子に、彼女は軽く笑った。 「出てないって」 「じゃあ、何でわかるの ? 」 「さあ ? 」 「あたしへン ? 」 「全然」 エルはロをつぐんだ。じゃあ、バレたのはなにゆえ ? こっちがドジを踏んだのでない限り、人間に魔族だと見破られることは、まずない。だとす ると。 をじいっとエルは目を細めた。彼女のこの落ち着き。物腰。まなざし。 ス キ 様ふいにエルは気づいた。彼女を見たことがあると思ったわけに。 王 ( 人間ばくないんだ、この人 ) ふんいき 雰囲気が、どこか魔族に似ている。はっきりそうだとわかるほどではないが、人間に化けて

4. 王子様にキスを

乙薺委員長と問題児 魔界から、干物が一枚降ってきた。 びたん エル・ゼールバールは、まさにカエルの干物のような格好で地上に到着した。冷たいアスフ アルトに、いやというほど鼻を打ちつけてしまう。ただでさえ、低いっていうのに。 「痛いつつつった 何すんのよ、このくそ先公 を体を起こしたエルは、空に向かって思いきりわめいた。くせのある茶の髪に、金にも見える キ茶の瞳。鼻の頭をすりむいたせいで、こころなし涙目だ。 おとめ はら ? 」 様「乙女の顔に傷を作って、どう責任とってくれるってのようー : 思い切り引いてる。 王ぎゃんぎゃん吠えて、途中で気づく。道行く人が、 ( やばっ ) ひもの

5. 王子様にキスを

「先生、言葉が抜けてます。『わたしの地上の平和な暮らしが乱れる』、では ? 」 「やかましい ハザール」 びしやりとヴァイネは言った。そして、頭を抱えた。 「あ 、今年に限って、何だってこんなことに てんちゅうさっ 「天誅殺だと思いますよ」 「そんなもんが、魔族にあってたまるかっ ! 」 ヴァイネが吠えた。ふたたびがつくりうなだれる。 タイミングを見計らったように、栄子が動いた。気づいて振り向いたツアーを、手招きして 呼び寄せる。 「協力してあげましようか」 ほほえ きしかん 栄子が、猫みたいな微笑みを浮かべた。既視感に、見ていたエルの方が、ぞくっとする。 「あなたの希望が通るよう、魔王に進言してあげるわ。新しい時代の風を魔界に入れるため 「見返りは ? 」 たず ツアーは淡々と訊ね返す。栄子のセリフの後半が、心からのものでないことはお見通しなの だろう。 「さすが、エルとは違うわね。ーー見返りは取材よ」

6. 王子様にキスを

「だってあれも事故だもん ~ 」 ( 委員長、ヘルプミ 「なにをやってるんです、こんなところで」 エルの祈りがどこぞに通じたのか、塔の入り口からツアーが入ってきた。ハンマーを振り上 げたヴァイネと、栄子に揺さぶられているエルに、眉をひそめる。 「うわあああん、委員長ーーⅡ」 栄子の腕をふりほどいたエルは、ツアーにしがみついた。タックルによろめいた彼は、それ でも何とか抱きとめ、エルに訊いた。 「九十九回目か ? 」 「わあああっ、委員長がいじめる ーアクションに、ツアーはため息をついた。大当たりなわけだ。 エルのオーバ 「自分の運の悪さを呪いたくなった」 をばやいた彼は、エルを引き剥がそうとした。コアラのようにしがみついた彼女にさらにため 急をつき、事情を訊こうと顔を上げる。 王 すぐに栄子に気づいたツアーは、尋ねた。さすが委員長だ。研修生全員の顔と名前が一致し ないヴァイネとは違う。 まゆ

7. 王子様にキスを

栄子は昼間着ていたセーラー服姿だった。つまりそれが、栄子自身の思う「自分」なのだろ う。学生という意識が、中、いにあるのだ。 エルの指摘で初めて気づいたのか、栄子が自分を見下ろした。はげしく顔をしかめる。制服 を無意識に選んだ自分の独創性のなさに、腹を立てているらしい 「今から服、替えられるの ? 」 「したいと思えば。夢の中だし」 「そう」 しんく うなずくが早いか、栄子が着替えた。エリザベスカラーの深紅のドレスに、結い上げた髪。 ひたい 額ではエメラルドの飾環が光を放っている。 これが本性なのだろうと思いながらも、エルはこめかみに鈍い痛みを覚えた。早く薬を飲ま ないと、本格的な頭痛になりそうだ。 、 ? それを選んだ理由は ? 」 を「訊いてもいし キ 「いっぺん、着てみたかったのよねー、こういうの」 子「それで歩くと、かなり人目を引くんだけど : : : 」 王 「べつにかまいやしないけど、どっか行くの ? 」 「どうせだから、指導員のところに行こうかと思って」 サークレット にぶ

8. 王子様にキスを

114 危なかった、危なかった、危なかった。 ほんの遊びのつもりが、もう少しで、エルの方が食べられてしまうところだった。 ( 手が早いって、あんなに早いとは思わなかったよう ) むま ふち エルは肩越しに、びくりともしない哲剣を盗み見る。夢魔でよかった。眠りの淵に突き落と す技が使えなければ、今頃は : たたみ 何もなくてよかった ( 本当か ) と、あらためて息をつく。気が抜けて、畳に横座りしてがっ くりと手をついた。 。また、秘密が増えちゃったよう ) こんなこと、ヴァイネにも委員長にも一一一一口えない。人間に貞操を奪われそうになったなんて、 情けなさ過ぎる。 こわ 「人間って、怖 : : : 」 そうつぶやいたエルは、ふいに背後の気配に気づいた。息をのんだ彼女に、ひくうい声がか つつ ) 0 「いつまで待たせんの : : : 」 「いえっ ! 栄子Ⅱ」 ね 魔術でお寝んねさせたはずの、栄子が立っていた。 ( きゃー、きゃー、術が切れた ) ていそう

9. 王子様にキスを

( きゃー、くらくらー ) 大サービスに、エルは倒れそうになる。もちろんサービスのつもりはない哲剣は、さっさと しまってしまった。じっと見つめているエルに気づき、につこりする。エルはふたたびくらっ とした。ああ神様、カノジョ持ちでもいいですあたしー 「いきなり大変お見苦しく」 「とんでもない、結構なものを」 じぎ 二人はペこんべこんお辞儀をしあった。歯ぎしりをした栄子が声を押し出す。 「バカが、二人になりやがった」 哲剣が妹をたしなめる。 「失礼だよ栄子、こんなかわいい子に 名前は ? 」 「エルです、エル」 まね かわいいの二連発に、エルは上機嫌で、指での字を作った。哲剣が真似をする。 を「エルちゃん。名前もかわいい」 キ「わー 、この人好きー 様しかもハンサムー、とエルは立ち上がって両手を広げた。ハグしようとする彼女に、哲剣が 王 応える。 「俺もだよ、ハニー」

10. 王子様にキスを

「お願いが、あるの」 「だから味見はやめて ! 」 「誰が味見をするって言った取材よ取材よ、取材ーーーい」 栄子が叫んだ。どすどす振り下ろしたシャープペンシルで、ノートにいくつも穴が出来 る。 「きや 「わたしは作家志望なの ! だからあなたを取材したいの ! わかるたったそれだけ一一 = ロう のに、手間取らせないでよ ごめんなさいい ~ 」 「うわーん、ごめんなさい、ごめんなさい、 けんない 耳をふさいだエルは、涙目で体を退いた。攻撃圏内にいると、自分まで串刺しにされてしま しそうだ。 と、そこで二人は店内中の注目を集めてしまったことに気づいた。彼女たちはそろってとび きりの笑顔を振りまき、ふたたびお互いに向き直る。 むだ 「は。無駄な体力を使ってしまったわ。気をつけなきや」 ほお 頬に張り付いた髪を払いながら、栄子がつぶやいた。すっかりもとのクールな表情に戻って 他人の注目を集めたことを、恥ずかしいとは思っていないようだ。まだちらちらこちらを見 くし ) クレーター