答え - みる会図書館


検索対象: 異邦人
19件見つかりました。

1. 異邦人

異邦人 を待って、三日間は大を預かっておくが、、そのあとでは適当に処置するのだと、私はいった。老 人は黙って私の方を見つめていたが、やがて、おやすみ、といった。老人は自分のドアを閉めた が、行ったり来たりする足音が聞こえた。そのべッドがきしきし鳴った。仕切りの壁越しに、か すかに、変な物音がしたので、彼が泣いていることがわかった。なぜだか知らないが、私はママ ンのことを考えた。しかし、翌朝は早く起きなければならない。腹もすいていなかったから、食 事をせずに寝床についた。 レエモンが私の事務所の方へ電話を掛けて来て、その友人の一人 ( そのひとには私のことを既 に話してあった ) が、アルジェ近くのちょいとした別荘で、日曜日一日を過ごすようにと、私を 招待したという。私は、もちろん大へん結構だが、実はその日女友だちと約束がある、と答え た。レエモンは直ちにそのひとも一緒に行けばいいといった。その友人の奥さんは、男ばかりの 仲間のなかに女一人でなくなるから、大層よろこぶだろう。 主人は町からわれわれのところへ電話のかかって来るのを好まない。それを心得ているから、 私はすぐに受話器を掛けようとした。が、レエモンは、ちょっと待ってくれと頼み、この招待の

2. 異邦人

向かずに、私は「ここに来てから大分になりますか」とい 0 た。即座に彼は「五年でさ」と答え た。まるで、ずっとこの問いを待ち受けていたかのように。 それから彼は大いにしゃべ 0 た。この男に、マランゴの養老院で、門衛として終わる、とでも 前にいいでもしたら、定めし妙な顔をしただろう。彼は六十四歳で、。ハリ 0 子だ 0 た。この時、 「ああ、あなたはこの土地のひとではないんですね」と私は彼の言葉をさえぎった。それから、 いそい 部院長のところ ( 連れてゆく前に、彼がママンのことを口にしていたのを思い出した。 で埋葬せねばならない。野原は暑い、この地方では特に暑いから、と彼はいっていたのだ。ま 、。、リ生活を忘れかねている、と私に た、この男は、自分が、かってパリで生活したことがありノ う 0 たえたのも、そのおりだった。。ハリでは三日、時には四日も、死者と一緒にいることがある きゅうしゃ が、ここではその暇はない。柩車を追うて走らねばならぬということしか考えられない。あのと き、女房が門衛にい「た。「お黙んなさい。この方に申し上げるべきことじゃないよ」老人は赤 くな 0 て、申しわけをい 0 た。私はなかに入 0 て、「いや、構わないよ。構わないよ」とい 0 た。 彼の話は正当だし面白い、と思った。 死体置場の小部屋で、彼は困窮者として養老院に入 0 て来たのだと私に告げた。まだ役に立っ Ⅱと思 0 たので、この門衛の仕事を申し込んだのだ。要するに彼は一人の在院者にほかならぬ、と 第

3. 異邦人

いい大だった」私が、あれは血統のいい大だった、といってやると、サラマノは大層満足の様子 で、「それに、あんたは病気前のあれを御存じないな。あいつのいちばん良かったのは、毛並み なんだ」と付け加えた。大が皮膚病になって以来、毎朝毎晩、サラマノは軟膏を塗り込んでやっ た。が、老人の言によれば、その本当の病気は老衰だというし、老衰では直りようがないのだ。 このとき、私があくびをしたので、老人はもう帰るといった。私がまだいてもいい、その大の 事件には厭きてしまっただけだというと、老人はお礼を述べた。ママンがあの大を大層かわいが 人 っていたと彼がいった。ママンの話をするとき、「あなたのお母さん」と呼んだ。老人は、お母 さんが死んで以来、あんたは非常に寂しくなられたに違いない、と述べたが、私は何も答えなか 邦 った。すると、いいにくそうに大へん早ロで、この界隈では、母を養老院へ入れたために、あん 異たの評判がよくないことを知っているが、しかし、私はあんたをよく知っており、大〈んママン を愛していたことを知っている、といった。いまだになぜだかわからないが、私はそれに答え て、そんなことでとやかくいわれているとは、今日まで知らなかったが、養老院の件は、ママン を十分看護させるだけの金が私になかった以上、ごく当たり前なやりかただと、自分には思われ たのだといった。「それに、もう大分前から、ママンは私に話すこともなくなっていて、たった ひとりで退屈していたんだよ」と私がいい足すと、彼は「そうだよ。養老院にいれば、少なくと わび もお仲間はできるからね」といった。それから、老人は詫をいった。ねむくなったのだ。今や彼 なんこう

4. 異邦人

異邦人 の姿勢を学びとった。彼らは同族みたいな様子だが、互いに憎み合っている。一日に二回、十一 時と六時に、老人は大を散歩に連れてゆく。八年来、その道筋は変わらない。ひとはリョン街に 沿うてこの二人の姿を見ることができる。大が人間を引っぱっている。時にはサラマノ老人がっ まずいてしまう。すると、老人は大を打ち、ののしる。大はおじけて、はいつくばい、ずるずる と引きずられる。今度は老人が引っぱる番だ。大の方で忘れてしまうと、また主人を引きずり出 す。するとまた打たれ、ののしられる。そういうとき、二人は歩道に立ちどまって、互いに顔を ながめ合う、大の方は恐怖をもって、人間の方は憎悪をもって。毎日毎日がこの通りだ。大が小 便がしたくても、老人はその暇を与えない。彼が引っぱるから、スパニエル犬は、自分のうしろ したた に、点々と続く滴りをまくことになる。たまたま大が部屋のなかでやろうものなら、また打たれ る。八年間これが続いているのだ。セレストは「みじめなことだ」といつもいう。が、ほんとう のところは誰にも知られない。階段で出会ったとき、サラマノはその大をののしっている最中だ そこなめ った。彼は「畜生、くたばり損い奴」といい、大はうなっていた。私は「今晩は」といったが、 老人はののしり続けていた。そこで、その大が何をしたのか、と彼に尋ねた。彼は私には答え ず、「畜生、くたばり損い奴」とだけいった。彼が大の上に身をかがめて、何か首輪を直している ところらしかった。私は声を高めた。すると、ー振り向きもせずに、怒りを押さえた調子で、「こ いつはいつもがんばってやがる」と答えた。それから、彼は動物を引っぱって外へ出た。大は四

5. 異邦人

私は別荘のところまで一緒に行った。レエモンが木の階段をよじのぼってゆくあいだ、上り口 のところへたたずんでいた。陽のひかりにやられて、頭ががんがんしていたし、木の階段をのぼ おっくう り、また女たちのそばへ帰 0 てゆく、そんな努力がいかにも億劫にな 0 たのだ。ところが、空か ら降って来るきらめくような光の雨にうたれて、ここにじっとしていても、やつばり堪えられぬ ほどの暑さだった。ここに残っていても、出掛けて行っても、結局同じことだたが、しばらく して、私は浜へと向き直り、歩き出した。 人 さっきと同じように、すべてが赤くきらめいていた。砂のうえに、海は無数のさざなみに息づ まり、せわしい呼吸づかいで、あえいでいた。私はしずかに岩の方へ歩いて行ったが、太陽のた 邦 めに額がふくれあがるように感じた。この激しい暑さが私の方〈のしかかり、私の歩みをはばん - 」ぶし 異だ。顔のうえに大きな熱気を感ずるたびごとに、歯がみしたり、ズボンのポケットのなかで拳を にぎりしめたり、全力をつくして、太陽と、太陽があびせかける不透明な酔い心地とに、うち勝 かいがら とうと試みた。砂や白い貝殻やガラスの破片から、光の刃が閃くごとに、あごがひきつった。私 は長いこと歩いた。 ぎらめ ひかりと波のしぶきのために、眩くようなまろい暈に囲まれた岩の、小暗い影が、遠くから見 えた。私は岩かげの涼しい泉を思った。その水のつぶやきをききたいと思い、太陽や骨折りや女 たちの涙から逃がれたいと思い、それから、影と憩いとをそこに見出したいと願った。ところが、 かさ ひらめ

6. 異邦人

第 ったから、黙っていると、マリイは微笑みながら私の腕をとり、あなたと結婚したい、とはっき りいった。君がそうしてほしくなったらいつでもそうしよう、と私は答えた。そこで、例の主人 の申し入れの件を話してやると、マリイは。ハリの街を知りたいといった。私はしばらくの間。ハリ で生活したことがあるのだと教えてやると、どうだったと、尋ねたから、「きたない街だ。鳩と 暗い中庭とが目につく。みんな白い皮膚をしている」と私はいった。 われわれは大通りを選んで、街をぶらぶら歩いた。女たちが美しかった。マリイにそれに気が ついたかと尋ねると、ええといい、あなたの気持ちがわかる、といった。しばらくすると、二人 は、もうしゃべることがなくなったが、それでも、彼女に自分のそばにいてほしかったので、セ レストのところで一緒に食事をしようといった。彼女の方もそうしたいのはやまやまだったが、 用事があったのだ。私の家の近くまで来てから、彼女にさよならといった。彼女は私を見つめな がら、「あたしの用事がどんな用なのか、知りたくはないの ? 」私はもちろんそれを知りたくな った。それまではそこに思い及ばなかったというだけのことなのに、そのことで何か私をとがめ ている風だった。そこで、すっかり弱り切った様子を見せると、彼女はまた笑い出し、いきなり 私に向かって全身でとびついて来て私に口を差しのべた。 私はセレストのところで晩飯をたべた。既に食べはじめていると、小柄の変わった女が入って 来て、私のテープルにすわってもいいかときいた。もちろん、差支えない。その仕ぐさはひどく ほほえ

7. 異邦人

を変えるべき理由が私には見つからなかった。よく考えて見ると、私は不幸ではなかった。学生 だった頃は、そうした野心も大いに抱いたものだが、学業を放棄せねばならなくなったとき、そ うしたものは、いっさい、実際無意味だということを、じきに悟ったのだ。 夕方、私に会いにマリイが来ると、自分と結婚したいかと尋ねた。私は、それはどっちでもい いことだが、マリイの方でそう望むのなら、結婚してもいいといった。すると、あなたは私を愛 しているか、ときいて来た。前に一ペんいったとおり、それには何の意味もないが、恐らくは君 人 を愛してはいないだろう、と答えた。「じゃあ、なぜあたしと結婚するの ? 」というから、そん なことは何の重要性もないのだが、君の方が望むのなら、一緒になっても構わないのだ、と説明 邦 した。それに、結婚を要求してきたのは彼女の方だから、私の方はよろこんでこれを承知したわ 異けだ。すると、結婚というのは重大な問題だ、と彼女は詰め寄 0 てきたから、私は、違う、と答 えた。マリイはちょっと黙り私をじっと見つめたすえ、ようやく話し出した。同じような結びつ き方をした、別の女が、同じような申し込みをして来たら、あなたは承諾するか、とだけきいて きた。「もちろんさ」と私は答えた。マリイは、自分が私を愛しているかどうかわからないとい ったが、この点については、私には何もわからない。またしばらくの沈黙が過ぎると、あなたは 変わっている、きっと自分はそのためにあなたを愛しているのだろうが、いっかはまた、その同 じ理由からあなたがきらいになるかも知れない、と彼女はいった。何も別に付け足すこともなか

8. 異邦人

部 第 は、これもまたたまらないことだった。断頭台へ登ってゆくこと、大空のなかを上ってゆくこ 想像力はそうした考えにすがりつくかも知れない。ところが、やはり、メカニックなも しゅうち のが一切を粉砕するのだ。・ひとは、わずかばかりな羞恥と、非常な正確さをもって、つつましく 殺されるのだ。 なお二つのことが、絶え間なく私の頭を占めていた。夜明けと上訴とが、それだ。しかし、私 は自分にいって聞かせて、もう考えまいとした。横になって、空をながめ、そこに注意を集めよ うと、つとめた。空は緑いろになっていた。夕暮れだった。自分の思考の向きを変えようとし て、更に努力した。自分の心臓の音に耳をすました。あれほど久しい前から私についてまわって いるこの音が、いっか絶えることがあろうとは、想像できなかった。私にはほんとうの想像力と いうものがない。それでも、この心臓の鼓動が、もうつづかなくなる、あの瞬間を、頭に思い描 こうと試みた。が、だめだった。夜明けと上訴のことが、待ち構えていた。私はとうとう、我慢 しないのがいちばん賢明だと考えるに至った。 彼らがやって来るのは夜明けだ。私はそれを知っていた。結局、私の夜々はあの夜明けを待っ ことだけに過ごされた。私は驚かされることがきらいだった。何かが起こるときには、身構えし ておきたい。そういうわけで、私は昼間少ししか眠らず、夜は、夜もすがら暁のひかりが空のガ しんばう ラスのうえに生まれ出るのを、辛抱づよく待った。いちばん苦しいのは通常彼らのやって来るこ がまん・

9. 異邦人

「もちろん、知っていますとも」と私は答えた。すると彼は、大そう早口に、激した調子で、自 分は神を信じているといい、神様がお許しにならないほど罪深い人間は一人もいないが、そのた かいしゅん めには、人間は悔悛・によって、子供のようになり、魂をむなしくして、一切を迎えうるように準 備しなければならないという、彼の信念を述べたてた。彼は体全体を机の上に乗り出して、その 十字架を、ほとんど私の真上で振りまわしていた。実をいうと、私は彼の理屈に全然ついて行け はえ なかった。第一、私はひどく暑かったし、彼の部屋には大きな蠅がいて、私の顔にとまったりし・ こつけい 人 たし、また、彼が少し恐ろしくもなったからだ。それと同時に、少々滑稽にも認められた。とい うのは、せんずるところ、罪びとはこの私なのだから。彼の方はそれでもなお語りつづけた。彼、 邦 あいまい によれば、私の告白には曖昧な点は一つしかない、ピストルの第二発目を撃つのに、少し間をお ということが、どうやら私にはわかりかけた。その他の部分につ 異いたという事実がそれだ、 いては、はっきりしたものだ。しかし、そのことだけが、彼にはわからなかった。 あなたが自分の意見を固執するのは間違いだ、と私はいってやろうとした。この最後の問題 は、それほど重大なものではないのだ。ところが、判事は私をさえぎり、重ねて私に訓戒を施 し、すっかり立ち上がって、私が神を信するか、と尋ねた。私は信じないと答えた。彼は憤然と して腰をおろした。彼は、そんなことはありえない、といい、ひとは誰でも神を信じている、神 に顔をそむけている人間ですらも、やはり信じているのだ、といった。それが彼の信念だった

10. 異邦人

そばまで行ったとき、私は、例のレエモンの相手がまた来ているのを見た。 彼はひとりきりだった。くびのしたに手を組み、顔だけを岩かげに入れ、からだは陽をあびな やす がら、あおむけに寝て、憩んでいた。菜っ葉服は暑さのために煙をたてているようだった。私は 少々おどろいた。私としては、もう事は済んだと思っていたから、そのことは考えずに、ここに 来たのだった。 男は私を見つけると、少しからだを起こし、ポケットに手を突っこんだ。もちろん私は、上着 部のなかで、レエモンのピストルを握りしめた。そこでまた、彼はポケットに手を人れたまま、あ まぶた 彼の半ばとじた瞼 とずさりして行った。私はかなり離れて、十メートルばかりのところにいた。 , の間から、時どき、ちらりと視線のもれるのが、わかった。でも、ひっきりなしに、彼の姿が私 の眼の前に踊り、燃えあがる大気のなかに踊った。波音は正午よりもっともの憂げで、もっとお だやかだった。ここにひろがる同じ砂のうえに、同じ太陽、同じひかりがそそいでいた。もう二 時間も前から、日は進みをやめ、沸き立っ金属みたいな海のなかに、錨を投げていたのだ。水平 線に、小さな蒸気船が通った。それを視線のはじに黒いしみができたように感じたのは、私がず っとアラビア人から眼をはなさずにいたからだった。 自分が回れ右をしさえすれば、それで事は終わる、と私は考えたが太陽の光に打ち震えてい る砂浜が、私のうしろに、せまっていた。泉の方へ五、六歩歩いたが、アラビア人は動かなかっ