「どういうこと ? 」 「やがてわかります」 カロウは、ヴュティーラとシヴェックを見比べた。 「あなたがたがもし、この言葉の意味を知る時が来て。それでもまだわたくしたちを憶えてい てくれたならば。 すべてのすんだ時代、あなたがたがそのままでいてくれるのなら。その時に、すこしだけ幸 せを。 われわれは、まだきっと生きていますー あきら なんと淡々とした人たちなのだろうか。命はただ尽きてゆくものと、はじめから諦めている よ , っこ。 彼らは、〈夢見る青〉だけを守り暮らしている。それ以外の物にも事にも、何の興味もなく。 生の終わりを待つように。 カロウの静かな横顔を見ているうちに、ヴュティーラは腹が立ってくる。 ( 未来 ? それがどうしたって言うのよ ) 「そんなんでいいの ? 」 ヴュティーラは怒りをぶちまけた。 「そんなんで、本当にい、 しの ? 〈夢見る青〉だけを守って。ほかの人を見殺しにして。じゃ おば
見上げた。その視線を受けた彼はまた笑いかけ・ : ふいにかげろうのように姿が揺れた。 あわ 倒れる ? と慌てたヴュティーラは腕を伸ばしかけ、彼の変化に気づいて引っ込めた。 背の高い、ほっそりとした青年だったはずのカロウが子供に変わっていた。そう、ちょう ど、彼女とカジャの前に現れた時のように。 だがそれは一瞬のことで、カロウはふたたび姿を変えた。今度は、数百年も生きたような、 はだ 干からびた肌の老人になる。 えたい ヴュティーラは、祖国を出てから不思議なことや見えないもの、得体の知れない生き物には だいぶ慣れたつもりだった。だから、叫びこそはしないが、ロを「イ」の形にひらいたまま止 まってしま , つ。 「ーーどうかしました ? 」 視線に気付いたカロウに訊ねられ、ヴュティーラは無理矢理笑みをはりつかせた。さりげな ふうよそお い風を装いながら、言う。 「か、変わった体質をお持ちなんですね」 : ああ、このことですか」 彼は自分の体を見下ろし、こともなげにそう答えた。 まわ まるで、彼の体のことなど気にする人は周りにいなかった、と一言うような態度だ。もしかす ひ
「もういいよ。あとは俺が自分で。そうだよダナクルー。俺は王立軍の兵士だった。あのまん まいきや、本隊にあがって、あんたと顔合わせてたかもな。 や 辞めたのは、テューナスのせいだ。俺置いて、いっちまいやがった」 「御前試合からあまりたたん頃だ。カゼイヤの黒狼が、榻古中誤って刺され息絶えたときいた のは」 「息絶えた」 〈連獣〉と人は共にある。どちらか片方の死ぬ時、もう一方の命も潰えるはず。 「俺だって死にたかった。でも、生き残っちまいやがった」 理由は誰にもわからず、かといってフイゼルワルドでは〈連獣〉なしに生きてゆくのも難し 彼は国を出たというのだ。 ならく ろぎん 「それからはお決まりの奈落人生だよ。はつ。あんたの路銀を奪うようなね」 ヴュティーラは奥歯を噛み締め、渾身の力をこめてカジャのを叩いた。 「だましてたのね ! 」 クインティーザを失ったヴュティーラの、苦しみがわかるたったひとりの人のはずだったの 怒鳴りつけられたのを思い出す。たかが〈連獣〉とまで言った。 フイゼルワルド人が。 こんしん まお
ると、本当にそうなのかもしれない。 「これはですね、わたしが生きていない証です」 死人 ! とヴュティーラは息を止める。今度は死人と係わっちゃったの 「生きているんですけれども」 まったく反対の言葉に、ヴュティーラは躓きそうになった。 「どっちなんですか」 「ああ、ごめんなさい 。言い方が間違ってました。つまり、わたしは〈生きて〉いるんですけ れど、時の流れとしては〈生きていない〉んです」 ますますわからない。余計に混乱したと思いながら、彼女はカロウを見上げた。 カロウの腕に抱かれたネルが鳴いた。血のかたまりを飲んだような、真っ赤な口の中がのぞ ヴュティーラは後ずさりしたい気持ちになる。 章「鷹の姫、この世界の〈時〉を治めている者がいることを、あなたは知っていますか ? 」 「バーフィ・ラーのこと ? 」 工ズモーゼ 砕 〈時の証人〉と呼ばれる、空色の髪の四百歳の魔女だ。どんな種族の者なのか、見た目は五歳 の幼女にしか見えない おさ あかし つまず
122 確かめてから、エストウーサはうなずく。もう来るはずだ。 あた 「エス、ガウラたちがやられたのは、あの森の辺りだ」 ほかの者に聞こえぬよう、サキルが声をひそめて耳打ちした。野営の天幕の張られた丘の、 かげ 斜面を降りきったところにある森だ。丘の陰になる位置なのか、そこにはまだ日が射さない。 「やつらの得意そうな場所だったのではないか」 現場を見て、エストウーサはあきれた。気配を殺し、息をひそめるのにもってこいの暗い 森。 むくろ 複数で、ナイザに襲いかかったのだろうに。誰一人生きて帰れず、骸となってしめった下草 の上に転がり果てるとは。 「おろかな」 しくら あのテ・クラッド人などに後れを取るのは、〈影兵〉の方に油断があったのだろう。 彼が〈機械〉仕掛けの武器を持っていようと、一度に数人の相手が出来るはずがないのだか ら。 しかばね 「どうせなら、やつの屍が見たかったのに」 つぶやくと、聞きとがめたサキルが小声で返す。 「エス、聞こえたらどうする」 聞こえるものか。 ちきようだい えんりよ そんな大声を出しているわけではない。彼を守る兵たちも、乳兄弟で警護長のサキルに遠慮 おそ えいへい
うなるような鳴き声に、カロウの顔色がかわった。彼はネルを胸に抱え、立ち上がる。 「どこいくの ? 」 「外の風が流れ込んでいるのです。今の地震で、どこかにひずみが起きたのかもしれない」 「見に行くの ? 」 「あなたがたは、ここにいて下さい」 けわ 大したことはないでしようと、カロウは安心させるように言ったが、まなざしは険しいまま よ ) っこ 0 「わたしもいこうか ? 」 「てめえに何が出来るってんだ、ダナクルー」 よまごと あ ね 世迷い言は聞き飽きた、と言わんばかりにカジャが睨めつける。 「気持ちの問題でしょ」 「はつ、それで足手まといになってたら世話ねえや ! 」 「カジャ ! 」 いらだ 紋苛立ってヴュティーラは怒鳴った。彼女だって、彼にはもううんざりだ。 「ここにいて下さいヴュティーラ。ひずみを直すのは魔術ですし、あなたにしてもらうことは 砕 ないと思いますから」 「へつ。ほら見ろ」
112 みちび それとも〈星〉に導かれ、べつの道を辿っただろうか。そして、もっとひどい目にあったか もしれない。 今よりもひどいなんてごめんだ。たとえばクインティーザは消えたが、死を見たのではな 。まだ希望が持てていた。 けれど、そうではなくて。死を目の当たりにし、自分だけが生きつづけるようなことがあれ 「〈融合〉は、その昔ひんばんだったと言います。戦の時は、男たちからテューナスが消えた とも。それがふたたび戻るのは、危険がすべて去ってからだといわれています」 カロウの声に、ヴュティーラは引き戻された。彼女たちはまだひとつだ。それが言われた通 りだとするならば、、 しまもヴュティーラは安全ではないのだろう。 でも。 「希望だけは持ちつづけろってことよね」 「そうですね。あなたには強い意志がおありだから。きっと、いっか戻ります」 「そうよね。 : ありがとう」 クインティーザの方を、教えてくれて。 ここを出た後、ヴュティーラは今までよりも強く生きていけそうな気がする。もう相棒を探 さなくていい。彼女は胸にいるのだから。 いくさ
「そう、彼女です。彼女は : : : そうですね、空の上から一本の川の流れを見張っている人だと 思ってください」 : 、はい」 何の説明をはじめるつもりなのかわからないまま、ヴュティーラはうなずく。 「その一本の川が、あなたがたの生きている〈時〉の流れです。川は山の奥で生まれて、やが て海へと行きます。あなたがたはちょうどその川の真ん中あたりの時代に生きているとして、 山の奥が時のはじめ、海のほうが未来です」 ハイ」 いぶか なぜ「わたくしたち」ではなく「あなたがた」なのだろうと訝しみながら、ヴュティーラは しんみよう 神妙にしていた。 「パーフィ・ラーは空にいますから、長い川のはじめから終わりまでよく見えます。けれど、 まったく見落としなく、とはいきません。わかるでしよう ? 」 「うー」 あらためて訊かれると自信がなくて、彼女はあいまいにした。なんとなく、ならばわかる 気もするのだが。 「空から見ているんですから、たとえば森があれば川は隠れるでしよう ? それに、彼女は一 人なのですから一度に〈すべて〉は見られません。どこかを見ている時は、どこかはおろそか になるでしよう ? 」
彼女の左手と額に、リヴィバの紋章が浮かんでいる。空から聖都を見下ろした時に見える星 型だ。 「なぜ、その紋章が浮かんでいる ? 」 「あの地に縫いとめられた〈魔女神〉でございますから。わたしの術でこうして外に出ており ますが、属するところは変わらないのでございます」 けもの あかし つまり、見えない鎖でつながれた獣のようなものなのだろう。その証というわけだ。 「心をなくしているのか、ドウミリアンは」 「そうではありませんが、自分で動くことがかなわないのです」 へだ エストウーサはアキエの顔をのぞきこんだ。深い色の瞳は、・ カラス一枚を隔てて彼を見てい るかのようだった。 あきら すべてを諦めきっているのだろうか。感情のかけらさえ見られない。 「ナハルーン、ドウミリアンと話が出来るか ? 」 とうとっ エストウーサは唐突に言った。自分が〈聖覇者〉の贄になると知っていてなぜ、ここまで静 かでいられるのか、訊いてみたい気になったのだ。 「話などしてどうなさいます ? わ 砕 ふと湧いた興味だった。 「出来ぬなら、よい」 くさめ・ にえ
「僕にきくなよっ」 ひと′と 「きいていない。独り言だ」 「じゃあ、おとなしくやってよ。ああ、思い出しても胸がつぶれる : : : 」 シヴェックは左胸を押さえてため息をついた。心なしか、顔が青ざめている。 「だいじようぶか ? 」 「だいじようぶじゃないって、言ってるだろ自分と一緒にしないでほしいよまったく」 失礼なことを言うやつだ。彼だって驚いているというのに。 しゆら画う 顔に出ないのは精神修養のたまものと、年齢だ。だてに二十八年も生きているわけではな レオンは立ち上がり、ナイザの消えた場所へ歩いた。何か落ちている。 「・・・・ : ほう。〈機械〉だ」 「ちょっとかして」 シヴェックがやってきた。落ちていたそれを拾ってやると、あちこちひっくり返して調べは じめた。 「銃だね」 「それくらい、俺にだってわかる」 砕 一目見て、そうとわからない形をしているわけではない。 「あのさ」