トリコ : するだろ ! 127 をとったぶん、魅惑の歌で美少年度を上げたいんだけど」 ろうか アンティーク・ランプの明かりに照らされた廊下では、各ペアが芝居の稽古に真剣に取り組 んでいて、 「ああっ、ロミオ。ど、つしてキミはロミオなんだい ? 「おお、ジュリエットー 僕たち一一人とも、運命に引き裂かれた悲劇の美少年なのさつ。あれ つ、ちょっと待って : : : ねえ、竹中くん。キミ、確か『森のクマさん』を上演するって張り切 ってなかったかい ? そこにちょうどトボトボと竹千代が帰ってくる。 部屋に戻ろうとしていた竹千代は、声をかけられて立ち止まり、 たかむら 「うん。でも、ほら、僕がペアを組む相手は篁くんだから。いちおう彼に合わせて、これから 衣装を作り直しておくつもりだけど」 すざく ぶあいそう ク青桃院生にあるましき無愛想の、篁朱雀くん % 彼といっしょの発表では、万に一つも勝ち 目はないし、と : : いまから竹千代はしょんばり顔である。 こ「でも、 いいんだ。僕、はじめから容姿には自信がないし。篁くんが衣装を着てくれさえすれ ば、満足だよ」 同級生の同情のまなざしに背を向けて、自分の部屋へと入っていく。 きさ、り、 「せめて如月といっしょの発表だったら、ちょっとは得点が期待できたんだけど」 たけちょ たけなか
トリコにするだろ ! 109 「うひやっ ? なんだなんだ、鹿ヶ谷 ? 」 「いいかい、如月つ。仏像発掘が終わりしだい、明日のコンテスト一一次審査の特訓だからつ。 脚本も衣装も演出も主演も、すべては僕だからっ」 きびす ーしこ プチ・ミュージカルの稽古だから、と気合い十分で言い放っ鹿ヶ谷が、クルリと踵を返して 先に駆け出していく。 竹千代が恐る恐る朱雀に向かって、 「あのう、篁くん」 「なんだよ」 「ちなみに、僕とキミ、明日の二次審査でいっしょに組むことになったから」 「そーかよ」 「演目は『森のクマさん』に決めてあるから、そのう、よろしくね」 御霊寺、鹿ヶ谷につづいて、剣、朱雀、ついでに竹千代までが、古井戸目指して走りだす。 夜のなか、ばんやりとライトアップされているメルヘンチックな第一一校舎の裏手へ向かって一 同そろって猛ダッシュだ。 いつの間にか、学園の森の木々を揺らす風が強くなっている。 ピュウビュウと吹くその風音のなかに、ときおり不気味な声が混しるようだ。
つるぎ その〃タンポポくん〃剣である。 三条寮での夕食のあと、ルームメイトの竹中竹千代のところでピスケット缶二つをたいらげ てから、大急ぎで九重寮へと向かっていた。 すぎく つ、朱雀朱雀朱雀っ ! 」 「す ( くざ 駆け込んでいく寮の玄関。 ふんいき 暗い森のなかに建つなんともゴシックな雰囲気の九重寮の入口に、すでに朱雀が待ってい ろ ベストは部屋に脱いできたとみえて、シャツにネクタイ、チェック柄ズボンという格好だ る す駆けてきた剣のほうは、ベスト付き。竹千代に頼んではずしてもらったので、ようやく〃ゴ コ ールデン探知首輪みからは解放されて、元気よく胸のボタンを三つまで開けつばなしである。 、間に合った間に合った , ごりよーし先輩と約束したのって九時だっけ ? それ 「えへへー なか とも十時 ? うひやー、走ったらお腹すいちゃったぞ」 こばす。 「美しい花という花を愛で尽くしたあとに、まさか道端のタンポポに気を引かれることになる とは、思わなかった」 、」 0 たけなかたけちょ
かおる のは、鹿ヶ谷薫である。 抱え込んでいるのは『青桃院学園史料学園内不思議事典』。 ページをめくって捜しつづけているのは、金の埋蔵仏に関する過去の記述。 「うふふ。穴掘りくらいしかできない如月とは違って、僕は躑躅先輩のために素晴らしく殳に 立っ子鹿なんだ。学内報委員の経験と、美少年の勘と、冴え渡る頭脳プレイで、いち早く仏像 を発見。そしたら、先輩 : : : 僕のコト〃カワイイだけしゃなくて頭もいいんだね〃って、やさ しく褒めてくださいますかっ ? 目にもとまらない早さでページをめくる横には、剣のルームメイトの竹中竹千代がいる。 「ああ、ドキドキしちゃう。組み合わせが悪かったら、どうしよう ! それにしても如月、ど こ行っちゃったのかなあ ? 埋蔵仏の発掘も大事かもしれないけど、『美少年コンテスト』は 僕たちにとっての登竜門なのに」 「ふんっー なってないね。誰と組んだって、如月なんかにグランプリがとれるわけないよー 「いよいよ発表だ。きやっ」 「どいてつー 恐れ多くも〃学年一の美少年み鹿ヶ谷薫と組むのは、いったい誰っ ? 」 ドンツ、と竹千代を突き飛ばすようにして、それまで本をめくっていた鹿ヶ谷が掲示板のま えへと一番乗り。 押しのけられた竹千代はつつ伏す格好で『不思議名鑑』をのぞき込む羽目になる。 かん
トリコーするだろ ! 215 「ここはマズイ、押忍 ! 」 「そ、つだっ。。、 ノワーで押し入ったりしたら、初々しい一年生たちに嫌われてしま、つ。押忍っ 乱入は許されないぞと、悔しい顔でその場に足止めだ。 控え室にうまく逃げ込んだ剣たちはといえば、 「抜群の黄金色だねつ。でも、キミは誰 ? 」 「ええと、上演するのはやつばり、ありがたい系のミュージカル ? 」 寄り集まる出場者たちが口々に話しかけるのは、金ピカ埋蔵仏に向かって。 なかで竹千代と鹿ヶ谷が、剣と朱雀のところへ駆け寄って、 「なってないよっ、如月 ! こんなに遅刻するくらいなら、いっそのこと出場辞退すればよか おびや ったのにつ。でも出場したところで、僕のグランプリを脅かすなんてこと、あり得なし 力し これから僕の一一一一口うとおりのステップを踏んで ! ワン・ワン・ツーツー・ワンツーツー」 「ああっ、篁くん。良かった、間に合った ! 僕、一人でステージに出ていくなんてことにな ったら、どうしようかと思って途方に暮れてたんだ。さあっ、コレを着て ! もう出番がつぎ こだから ! 」 「うえー。腹減っちゃって、ステップなんて踏めないぞ ? 」 ・ : まわりじゅう金色ばっかしで、どれが仏像だかわかんねー」 これなら安心だぜ、と一 = ロうあいだに、竹千代が巨大サイズの衣装を抱えてやってくる。
216 当人がすでに着ているものとおそろいの、金ピカ着ぐるみ。 それを朱雀の頭の上から一気に被せ、 「助かった ! びったりだよっ」 「うひやっ、クマ ? しかも金色 ? 竹中の顔もおそろいで金 ? 」 「ふふつ、かわいいだろう ? 会心の出来上がりのゴールデン・テディベア ! 徹夜で縫い上 げたから縫い目は多少ふぞろいだけど : : : あっ、もう出番だっ。頑張ろう、篁くんつ」 いつにない腕力を発揮して、竹千代が朱雀をステージ上へと引っ張り上げる。 あとに残される剣は、鹿ヶ谷の特訓でヨロヨロとステップの稽古。 ステージにあらわれた一一匹の金色グマにもパチ。ハチと健闘を讃える拍手が寄せられて、それ を見守る御霊寺が役員席で金髪を逆立てていた。 おかん 「むむうつ ! あれは、篁つ。それにしても、この悪寒はどうしたコトだろう。いまだかって けいしよう きざ ない危機の兆しに、このわたしの霊感が激しく警鐘を鳴らして : : : 」 警鐘を鳴らしているようなのだ、と。 言おうとするとちゅうて : 、ツ、と切れ長の目を見開き、ガタン、と御霊寺は椅子から立ち 上がる。 舞台上では竹千代と朱雀とが『森のクマさん』あらため『金のクマさん』に扮して、歌とダ ンスを披露中。 かぶ ーしこ たた ふん
110 『掘ってえ ! ・・・ : 早く、掘っておくれええー 加えて、ほどなく地鳴りまで。 「むうつ ! 感じる、感じるのだっ。地中に渦巻く凄ましい霊気 ! 恨みの籠った地縛の霊 が、我が青桃院に災厄を招こうとしているに違いないつ」 校舎の裏側へと走り込んで、目指す古井戸がもう目のまえ。 眉間に縦皺を刻んだ御霊寺が、握ったお祓い棒を一振りする。 「あっ、あったぞ ! お菊の墓だ ! 」 「墓じゃなくって井戸だろ」 「なってないよ、如月つ。躑躅先輩のシモべ失格さつ」 「ね : : : ねえ。おかしな声が聞こえないかい ? ほらっ 「きええ いつ、間違いない ! 霊力を持たないものの耳に おんねん まで届く、美男侍および美少年仏師の恐ろしい怨念の声 ! 」 剣、朱雀、御霊寺、鹿ヶ谷、竹千代が、そろって古井戸を囲んで立つ。 剣が懐中電灯で真っ先に井戸を照らし、朱雀も面倒くさそうに右へ倣えだ。 , 御霊寺がお祓い 棒を右へ左へと振って、それから井戸のなかを用心深くのぞき込み、 「むむう。聞こえるか、キミたちつ」 「えへへ、聞こえる聞こえる」 なら うら こも じばく
220 ピョン、ピョンと飛び乗るのが、金ピカ・ステージの上。 一一人そろってターンを決めたあとに、ますは伊集院が麗しの足運び。 「モナムール、見ていておくれつ。僕とキミとの愛を激しく描く、黄金色のスペシャル・ステ ついで菖蒲がアヤしげな身動きで、 「ふつふつふ。ロほどにもないのさ、〃ニセモノ % さあ、御霊寺くん ! 注目してくれたま え。マトモで有能な僕の、これまでの不幸を余すところなく表現するビンポーダンス ! 」 いっそう激しく足踏みする伊集院が、 「ハアハア、密つ。恥すかしがりやのキミの情熱を揺り動かす、必殺のスキップ ! 」 さらに派手な身ぶり手ぶりをましえて菖蒲も、 「ふうふう、御霊寺くん。ともにニュー青桃院学園のプリンス & プリンセスになるのはどうだ 「ああああっ、マイ・ディア・スウィートハ 「想像しておくれ、御霊寺くん ! めくるめく自給自足に、輝ける日陰暮らしッ ! 」 黄金色のダブル伊集院が、互いに負けしと情熱のアピール。 『金のクマさん』上演を中断した竹千代はステージ隅に棒立ちで、朱雀はスタスタと控え室に 向かって引き返す。 ート ! キミの気持ちは十五年先までお見通しつ
108 その横から、竹千代が遠慮がちにつけ加える。 「つ、つまり、第一一校舎の裏の古井戸を降りたところにある横穴から、金の埋蔵仏までたどり 着けるんじゃないかってコトなんだよ、如月」 第二校舎の真下に隠された稚児ケ森家秘蔵の金ピカ仏像へは、古井戸の底経由で到達可能。 うめ その話に、むむつ、と呻いた御霊寺が、シャベルとお祓い棒を手にすぐさま進路を変更す 「よくぞ調べてくれた、キミたち ! 学園の秩序ある未来のために力を尽くしてくれたこと たかむら に、礼を言う。そうと知れたからには、如月くんに、篁。すぐさま〃お菊〃の井戸へと急行 し、金色に輝くバケモノとやらが埋蔵仏であるかを確かめなけれはつ」 いざ行こう、と。 なび 長い髪とハチマキとを靡かせ、第一一校舎の裏へ向かって走りだす。 「え ? え ? オヤツは井戸のなか ? 」 あわ 慌てて御霊寺のあとを追おうとする剣のまえに、鹿ヶ谷が胸を張って立ちふさがり、 「うふ : : : うふふふふふつ。躑躅先輩、あなたの子鹿は決して負けませんつ。たとえ、運悪く ひんせいかいむそこうふりよう プチ・ミュージカルの組み合わせの相手が、成績最低品性皆無素行不良でなおかっ身だしなみ 最悪の如月剣でも、見事グランプリの王冠を手に、あなたの胸へとまっすぐ駆け込んでみせま すっ ! 」 る。
トリコーするだろ ! 学園内の不思議伝説を確かめるための、肝だめし。 かって催された、青桃院生有志参加のそのイベントの最中に、さらなるフシギが目撃され 生徒が見たのは、皿屋敷伝説が残る古井戸の奧底に潜む〃金色に輝くバケモノ % こくめい 『不思議事典』にはそのときの様子が、克明に記されている。 ろ、フそく 「あのね、肝だめしのために井戸の底に降りた生徒が、鑞燭の明かりを照らして、ますは目立 たない横穴を発見したんだって。その横穴をのぞいた向こうに、オソロシイ金色のバケモノが 輝いて見えたって ! そのとき、いっしょに降りた生徒のうちの一人が、声を聞いたんだ。 『出してえー、出しておくれえー』っていう、不気味な声だったって ! あまりの恐ろしさに、 彼らは思わず穴に石を詰めて埋め直したんだ。きゃああっ、如月つ。僕つ、怖い ! 」 「うひやあああっ ! オレも怖いぞっ」 一三明しながら竹千代が剣に飛びつき、剣も思わすとなりの朱雀にすがりつく。 みは 聞いた御霊寺が、む、と切れ長の目を瞠り、腰に手をやる鹿ヶ谷がフンツと不満げに鼻を鳴 こらした。 おび こ去えていた 「意気地がないね、如月 ! 躑躅先輩にお仕えするからには、そのくらいの伝説。 1 らっとまらないよっ」 とが 話にならないよ、とかわいらしい口を尖らせて、懐から取り出すのは縄バシゴだ。