そのころ、竹千代は御殿の一室でひっそりと待機中。 たたみ とっ まるで戦国武将に無理矢理嫁がされる姫君のように、白い着物姿で畳の上に正座だ。 「せめて、テディベア柄が良かったな : : : 」 ばつり、とこばしてジワッと涙ぐむ。 見上げてみれは、窓の外には白い月。 夜風に乗って聞こえてくる『竹林サンバ』に耳を傾けながら、竹千代は長いこと抱いてきた 夢を思い浮かべる。 いっか、理想のお兄さまがあらわれて、 陽の光の降り注ぐ明るいサンルームで、優雅なティータイム。 お兄さま好みのマフィンを焼いて。 お兄さま好みの紅茶をいれて。 壁紙はテディベア柄。 ろ だ カップ & ソーサーもテディベア模様。 る か 6 ティーコジーもティーマットも、もちろんべア柄で統一。 ほほえ ナ 部屋じゅうに飾ったアンティーク・べアのなかで、お兄さまが微笑んでいる。 オ 『やっと会えたね、キミ』 『ま : : : 待ってたんですっ、お兄さまっ』 ゅうが
180 「僕つ、パパにハッキリ宣言したんだ ! 『自分の〃お兄さま〃は、自分で見つけますつ。 つかきっと、夜空の月から僕にふさわしいテディベア連れの〃お兄さまみがやって来る』っ けいだい むかしむかし、竹取神社の境内で。 しか 『梅之助ちゃん、またパ。ハに叱られちゃった。もうダメなんだ、僕 : : : 』 『泣くなよ、千代坊。元気出せ』 『きっと月のお兄さまも、こんな僕じゃあ、迎えに来てくれない』 『そんなことないさ。きっと来る ! 』 『 : : : そ、そうかな』 さび 『うん、絶対に迎えに来る。でも、千代坊 : : : 千代坊が月に帰ったら、オレは寂しいな』 『え』 『もしも、月からのお迎えが来なかったら、そのときは : : : 』 『梅之助ちゃん ? 』 『そのときは、オレがおまえの〃お兄さまみになってやるから』
を決意したらしいんだ。僕と同じで、あんまり華やかな容姿しゃなかったから、上級生にも下 級生にも決まった人ができなくて : それを聞いたパパが、僕にも『帰ってきたらどうだ』 って。学費も馬鹿にならないし、学園で気長にクお兄さまみを捜すよりも、もっと手つ取り早 い方法があるんじゃあないか、って」 例えば、良家の娘との婚約。 例えば、年配の資産家の話し相手に立候補。 父からそんな手紙が来たのは、夏休みの始まる少しまえだった。 『お、〃お兄さまみなら見つかりましたっ』 うそ ついついそんな嘘を言ってしまったのは、出来心。 『でかした ! 連れて帰って紹介するのだ ! 』 と、父。 『は、はいつ。そうします』 と、自分。 応えたあとに、途方に暮れてしまった。 「本物の上級生には、とてもしゃないけどクイミテーションお兄さまみになってくださいと だいたん は、頼めなくって。それでなくても、僕はふだんからみんなみたいに大胆になれない性格だ きさ、り、 し。だから最初は、せめて青桃院最後の思い出に、如月たちといっしょに里帰りできたら楽し たと
39 オトナになるだろ ! 「さてはあなたがつ、我が息子が契りを交わしたというクお兄さま〃っ ! 」 ク契りを交わした、お兄さまみ 剣たちは、突然のコトにびつくりである。 竹千代だけがひとり、泣きそうな顔で立ち尽くしている。 オトナ・コスチュームの五人が、夜の田んばのなか、七色大名パレードに囲まれて、 「うひやっ ? チギリ ? 」 「なってないよ、篁くん ! キミの不純同級生交遊の相手は如月だとばかり思っていたのに つ」 「竹中くんって、意外とやるんだね」 : つつーか、交わしてねー」
184 エン・ジェントルメン ! 待たせたね、愛しのモナムール。たったいま遠い異国の空から帰っ たのさつ」 麗しの百合柄タイツを輝かせながら、〃月のお兄さま〃がナゾの御車上で華麗なるターン。 のみいち 「ほら、見てごらん。血湧き肉躍る蚤の市で、とうとう運命の出会いを遂げたのさ ! 来るべ きキミと僕とのナイトライフにふさわしい、ツキノワグマと月見草をかたどったアールヌーポ ー調のラブ・ソフア。これに座れは愛の深まりは売約済みで、二人の将来は玉虫色っ ! お なにがし や、ソコに見えるのは、竹林某 ? もしくはムシュー・竹林 ? 」 ひとみ 月の使者の宝石のような瞳が、ピタリと竹麻呂をとらえた。 きようがくあえ 見つめられた竹麻呂は、驚愕に喘ぎつつ、 「ど、ど、ど、どなたさまでいらっしゃいますかっ ? もしやとは思いますが、あなたは〃月 のお兄さま〃っ ? 」 聞かれて全身タイツが、驚きのポーズ。 「おや。おやおやおやっ、僕を知らないとはモグリだね。ナニを隠そう学園では〃キワメッ キ、スコプルッキのお兄さま〃と呼ばれて久しいのさ。ああ、ちなみに愛しのモナム、ルから は〃アクマッキ〃と」 「ああ、ではやはりー こっ、今夜はこの月光村にどのようなご用向きで ? 」 「ふつふつふ。問われるまでもないコトさ、ムシュー・竹林。長い独り寝に堪えきれす、矢も きた
夜のなかをフワリフワリと禦い落ちてくるソレが、しだいしだいにこちらに向かってくるよ よくよく目を凝らして見れば、ソレはど、つやら人であるらしい きら けもの 月光を弾いて煌めくパラシュートに、獣をかたどったとおばしきナゾの乗り物。そこに腰掛 けるのは、一人の美青年。 うるわ 麗しい百合柄地模様の全身タイツに、フワフワ巻き毛。 くら まぶ こう′」う びぼう 見つめれは眩しさに目の眩む、神々しいばかりの超絶美貌。 竹麻呂は思わすアッと息を呑み、 「つ : : : 月の使者っ ? 」 おっか ぼうぜん もしかして月から降りてきた美貌の御使いではないかと、目を丸くして呆然だ。 村に伝わる『かぐや彦伝説』。 みくるま 竹林のなかで拾われた〃かぐや彦みを、ある日、輝く御車に乗った〃月のお兄さまみが迎え ろ に来るという。美しく育った " かぐや彦。と、おしいさん、おばあさんとの涙の別れ : に「ま、まさかっ・ いや、そんなっ : : : 竹千代は間違いなく、わしの息子 ! し、しかし、ア ナ レに見えるのは〃月のお兄さま〃卩乗っているのは オ 混乱する竹麻呂の耳に、やがて〃月のお兄さまみの声が聞こえてくる。 「ふふ : : : ふ っふつふつふ ! ポンソワ はじ こ ひこ : : : くつ、クマっ ? ル、ポーイズ・
156 『べアよりキミのほうがかわいいよ』 『そんなコトありませんつ。せめて〃べアと同じくらい〃って言ってくださいっ』 『マフィンよりも先に、キミを食べたいな』 『ダ、ダ、ダ、ダメです、お兄さまっ。ちゃんとイングリッシュ・アフタヌーンティーを楽し んでからに : ・ : きやっ』 ほお そんな理想の出会いを思い描いて頬を赤らめ、それからフウとあきらめの溜め息だ。 「ああ。〃県会議員のお兄さまみが、できればクマ好きでありますように」 そうこうするうちに、どうやら御殿の入り口にエレクトリカル行列が着いたようである。歓 迎のドンチャン騒ぎが地響きとなって、ここまで伝わってくる。 あお 月を仰いだ竹千代は、胸のまえにギュッと手を組んで、 ていそう 「さようならっ ! ほ、ば、ば、僕のつ、て、て、て、貞操っ ! 」 つるぎ 同じころ。剣たち一同は竹林のなか 夜の田んばを過ぎていく歓迎パレードを、闇のなかからしっと見守っていた。 すざくししがたにしもき 4 0 わ うめのすけ 剣、朱雀、鹿ヶ谷、下北沢、それに青年団長の梅之助。 剣は朝からいままでに、会議所でもらったおにぎりを六個食べただけ。 竹林に身を潜めつつ、朱雀がポソッと一 = ロう。 やみ た
142 とにかくこの場は竹千代にまかせて〃月光御面み事件をもみ消すのが先。 剣たち四人と梅之助は、竹取神社の竹林を抜けて裏の田んばへと逃げだすコトに。 神社のおもてから出た竹千代は、迫り来る腰ミノ隊に向かって「ええい ! 」と両手を広げて みせた。 「みんな、止まって ! し : : : 実は、〃お兄さま〃の話はウソなんだ ! 篁くんは同級生で、 僕にはまだ決まった上級生はいなくって。しかも、はんとは僕つ、パパの計画に : 反対なんだ、と。 一大告白をしようと大きく息を吸うところで、いきなり腰ミノたちがワッと飛びかかってく 「おおいっ ! 竹千代坊ちゃまを見つけたぞっ ! 」 だんな 「旦那さまのお言いつけだっ。県会議員のセンセイのお越しに合わせて、隅から隅まで美少年 に磨き立てるんだっ」 「え ? 」 「坊ちゃまの美少年度に竹中家の命運がかかっているぞ ! 腕によりをかけて磨こう ! 〃御 面〃捕獲はあとだ、あとっ ! 」 よってたかって担ぎ上げられて、竹千代は御殿へと連れ戻される。 「きゃああああああああああああっ ! 助けてつ、テディベアっ ! 助けてつ、月の〃お兄さ る。
カラッポ特大鍋をピョンと飛び越え、一一人に向かって「朱雀ってどこ ? ーと質問すれば、 「さあ。ムームーのかたがたに訊いてみないと」 「ふんつ。いまさら行っても遅いに決まってる ! 」 篁くんと竹中くんはいまごろとっくにお風呂のなかさ、と鹿ヶ谷が腰に手で言い切った。 「あっ、どこへ行くつもりだいっ ? 僕のライバル如月剣っー 「待って。一人にされると、僕、年上の誰かに見初められかねないから」 剣はたちまち猛ダッシュ。 剣を先頭に、鹿ヶ谷、下北沢と、バタバタ部屋から駆け出す三人だ。 竹中御殿の竹の廊下を短距離走なみのスピードで走り抜けていく あわ 気づいたムームーたちが向こうから慌ててやってきて、 「お待ちください、〃お兄さま〃のお連れさまがた ! 」 「これより先は、竹千代坊ちゃまと〃お兄さま〃のための濃密ルームでございますっ」 止めようとする彼らを、剣はピヨーンとジャンプで飛び越える。 鹿ヶ谷は「美少年の進路をふさぐなんて、なってない ! 」と気合で押しのけ、下北沢は自慢 のうさっ の瞳で彼らを悩殺。 「朱雀う、オレたちもー遊べないのか ? 」 おうじようぎわ 「往生際が悪いねつ、如月 ! 一一人の生き別れは決定なのにつ」 ろうか
ふんいき 演出された雰囲気的には、新婚初夜ソノモノだ。 「ど、どうしよう、僕。ごめんね、篁くん」 あき 「 : : : 呆れてても仕方がねーから、とりあえず食うぜ。〃竹林鍋み」 なにはどうあれ〃お兄さま〃だと信してもらえて良かったぜ、と。ぶつきらばうに言って、 朱雀は鍋のまえに座り込む。 はし あとから竹千代もおすおすと向かいに座って、箸を持ち上げた。 「僕、こんなんじゃ如月に嫌われちゃいそうだ : 箸の先でスッポンを探しながら、竹千代が言う。 「如月の大事なキミを、こんなふうに借りちゃって。あとで、すごーく恨まれてもしようがな あこが いもの。でも : ・・ : 正直に一言うと、ちょっとだけ産れてたんだよ。ううん、あの、その、キミに し二人にね。ほら、僕は如月を別にすると、特別に親しい友達 っていうよりは、いつも仲のい、 っていったらテディベアくらいだろう。みんなみたいに大胆に先輩に告白したりできないし。 だだから、こうしてるとホントにク産れのお兄さま〃と一一人っきりになったみたいな気分が少し なだけするんだ」 ナ いけないことだよね、とスッポンのかわりにニンニクを口に入れながら、竹千代。 ぶっちょうづら オ 朱雀は仏項面のままで、得体の知れない物体をレンゲに取りながら、 「いーんしゃねーか ? 」 うら