ここのえりようたかむら 「ここだけの話、九重寮の篁くんがけっこうな人気らしいんだ。はら、彼、大人びた感しだ えり っ ろう ? 美少年としてはイマイチの評価だけど、中等部生から見ると『早くも灰色詰め襟の似 合いそうな〃お兄さまオーラみが漂ってる』って、評判だって」 、つい , フル 「僕たち高等部一年生は、夏休みから秋までが難しいのさ。少年期の初々しい魅力から一歩出 いろか て、美少年と美青年のハサマに揺れる色香を、どう醸し出すかっ ! そんな微妙な進歩が求め られるんだもの。一一学期が始まったときに、先輩たちの目にその進歩が映らないと、いったん きずな 結ばれた〃特別な絆みもなかったことになりかねないー あるものは鏡とにらめつこをし、あるものは「香水をもうちょっと大人っぱいものに変えて みようかな」と真剣に悩む様子。 高等部一年生にとっての夏休みは、楽しいばかりのバカンス・シーズンにあらず。待ち受け る二学期に備えて、美少年度にまた新たな輝きを加えるべき、飛躍の時期。これまで〃愛らし い下級生みとなるべく、ひたすら努力を重ねてきた彼らに訪れる、苦悩と試練のプレセカン だド・シースンた。 な「ああっ、やつばり香水は変えよう ! 」 ガ「僕は、このあと行く予定だった〃エーゲ海クルーズ〃を、もうちょっと大人っぱい深みのあ オるクゴピ砂漠縦断ツアーみに変更するよっ」 いかにしてカワイイだけの美少年から脱皮するか : : : そんな悩みに彼らが頭を抱えるなか、 かも
「待ってくれつ、麗くん ! 」 さんじようりよう 可憐な足音を残して彼が走り去っていく先は、三条寮だ。 青桃院学園高等部一年生たちがゴージャスかっ優雅に暮らす、三条寮。 おもむき 古めかしい洋館建築の趣を漂わせるその建物の一一階、 211 号室。 ルームメイトのおせつかいで、キュートなクマ柄の壁紙で飾り立てられた部屋のなか。べッ つるぎおい ドの上で、剣が美味しい夢のなかを泳いでいた。 : : : うまそーなシチュ 「えへへ、むにや これってビーフ ? それともチキン ? もしかし たらスッポンかもしれないぞ、むにやにや ・ : : ・うへえー、よく見たら、シチューのなかにトカ なか : むに ゲ先輩が浮いてる ? でも、お腹ペこペこだからトカゲ先輩ごと食っちゃおーかなー きさ、りぞ、 学園高等部一年生の如月剣 ろ タンポポ模様のパジャマで、タオルケットの上に大の字である。驚くべき寝相の悪さと、夢 る ( な のなかでまで発揮される底なしの食欲さえなかったら、うつかり〃眠れる美少女みに間違えら けれそうな、〃カワイイ系美少年みだ。 オ 顎がはそくて、目が大きい 無類のケンカ好きだが、体型は美少年にふさわしく華奢である。 かれん きやしゃ
160 それでも竹麻呂は、しきりとモミ手ゴマすりで、 うわさ 「おはかねがねうかがっております、センセイさま。なんでもリゾート開発方面には、たい ぞうけい そうな見識をお持ちとか。それに、そのう、美少年方面にもたいへんご造詣が深いというお話 ひこ をうかがいました。この竹取村にはご存しの通り『かぐや彦伝説』の言い伝えがございまし て、国内有数の美少年の産地 ! 」 ささや ご期待ください、と議員の耳もとに囁きかける。 うれ ニンマリ笑った議員が嬉しそうに、 いア」 「それは実に楽しみだ。拝見した建設案によれば、『月光稚児村』は〃美青年のための憩いの 里みだとか。わしにも当然、年間フリー ハスを発行してもらえるだろうね」 「ええ、もちろんでございますとも ! センセイさまにはぜひとも特上竹会員になっていただ きましようつ。『美少年の湯』にも『美青年の湯』にも入りたいほうだいで、腰ミノ・ポーイ 指名もしほうだい。 ところで、わたくしには自慢の息子がおりまして : 「なに、息子 ? 」 みまが 「はい。 コレがまた、現代に生まれた〃かぐや彦みかと見紛うばかりの、竹を割ったよ 5 な美 少年 ! 」 敷かれた赤ジュウタンを踏み締めつつ、竹麻呂がセンター パーツの分け目から湯気を立てて 息子を売り込む。
111 オトナになるだろ ! 「そうだね。一部の生徒のヤル気のなさは、学年全体の美少年度の低下にもつながるもの」 さらに鹿ヶ谷が、 「ご実家の事業が傾きかけなら、華麗に立て直すのが美少年の務めさ ! 」 下北沢が、 「傾きかけの美少年、っていうのも、上級生がたから見れば魅力の一つかも」 目下、〃御面〃騒動に見舞われている、竹中家。 とー 0 『稚児村』建設が頓挫したなら、竹千代の青桃院生活は一一学期を待たすに終わりを告げる可能 性大である。 「仕方がないねつ。新しく見出しを考えるよ。〃美少年残酷物語 ! ナゾの御面に襲われた彼 の、地獄の悲鳴を聞け ! み」 「いざとなったら〃落ちぶれ美少年〃の魅力を武器に、社交界デビューっていう手もあるかも しれない」 そこに、 カ早いだろ」 「 : : : 捕まえたほーゞ ポソッとつぶやく朱雀の声だ。 「ふんっ ! 〃捕まえろ、ナゾの御面物語〃じゃあ、美少年の品っていうモノが薄れるよっ」 たかむら 「そうだね。篁くんの一一一口うとおり、社交界で年上の素敵なパトロンを捕まえればいいんしゃな
うれ 開きつばなしの部屋のドアの陰から、憂いに沈んだ声が聴こえてきた。 振り返ってみればそこに、頬を涙に濡らした美少年が一人、悲しげにたたすんでいる。 「下北沢くん ? 「ほんとだ。オレと同しであんまし成績良くない、下北沢だ」 かも ふんいき ねら 醸し出す雰囲気は地味なクセに、つねに大物上級生狙いの、したたかな彼っ ! 恐 れ多くもク鹿ヶ谷くんと学年一、一一の座を争う、隠れ美少年〃なんて言われてるつ , 剣たちの視線を浴びた〃隠れ美少年み下北沢麗が、揺れる瞳に涙を溜め、うちひしがれた様 子でドアにすがりながら言う。 「あのね : : : その〃子鹿塾み、僕も受講させてもらえないかな ? 僕、実は : : : あまりに先輩 おぼ たちにモテすぎて、このまんましゃあ一一学期のことが心配で。ことわざで〃美少年、美に溺れ る〃って一一 = ロうよね。あんまり美少年の魅力にあふれてると、うまく美青年に脱皮できないんじ かな ゃないかって : 。それに、これ以上学園にとどまると、僕を奪い合う先輩たちの哀しい争い ろ だを目の当たりにしなくっちゃいけないから : : : 。僕のガラスのような神経が、もうこれ以上耐 なえられそうにないんだ」 けせつなげにくちびるを噛む下北沢の姿に、竹千代が「それはツライね」と親身になって同情 オ する。ク魅惑の揺れる瞳みが伊集院先輩に向けられたらコトだよ、と鹿ヶ谷はひそかに気を揉 む顔色だ。
あ、竹中。ピスケットってもう終わり ? 」 へだ 美少年と美青年のあいだを隔てる壁は、思いのほか厚くて高い。そこを越えるにはよはどの 努力が必要だ。 けれどそのまえに栄養補給が必要だぞと、フラフラ剣が朱雀の腕につかまるところで、 「見つけたよっ、如月 ! 」 ハターン ! と、またしても凄ましい音とともに部屋のドアが開け放たれる。 挑戦的な叫び声とともに飛び込んできたのは、一人の一年生だ。 ししがたにかおる 自称ク学年一の美少年〃鹿ヶ谷薫。 ここで会ったが百年目 ! 今日こそ決着をつけるよ、如月剣 , 「うふつ、うふふふふつー キミと僕のどちらが、躑躅先輩にふさわしい美少年なのかつ。初めから勝負は決まっているけ ど、あとからクレームを一一一一口われると僕の美少年歴にキズがつくもの。だから、いまのうちにコ うふつ テンパンにしておかなくっちゃー 伊集院躑躅を心から愛し、尊敬し、その彼に自分をさしおいて風紀委員に任命された剣をラ イバル視して激しく闘争心を燃やす、自他共に認める〃伊集院フリークみである。 学園のアイドル伊集院躑躅も、剣にとっては〃トカゲ先輩み。ゆえに伊集院フリークの鹿ケ 谷は、剣にとって、 「あっ、プチトカゲ ! 」
188 「なんだよ」 「おまえとプロレスできなくなると思ったら、すんごくつまんなかったぞ」 「 : : : そーかよ」 すもう 「帰ったら相撲とかケンカとかいつばいしたいぞ。でもって、オヤツもいつばい , オヤッと、どっちかって一言われたら : : : えへへ , ・ : どっちだよ」 剣と朱雀の座る座席のうしろでは、竹千代を挟んで鹿ヶ谷と下北沢の一一人が一一学期へ向けて の集中講義中。 みなら 「竹中くん ! 美少年たるもの、躑躅先輩を見倣わなくてどうするんだいっ ! ああっ、アポ ロンのようなお腰つき ! ビーナスも逃げ出す美肌 ! ゼウスもトリコのあのまなざしつー した せんばああああ ( く ( ~ ~ く。 ~ , ~ ~ いつ、お慕いしてますうう 5 くゝ〉 ~ くっ うわめづか 「いまだけ特別に、瞳の揺らし方を教えてあげるね。上目遣いの角度はこうで、目の焦点は目 標物よりも三メートル先。気を丹田に集中して、呼吸法は古代インドに伝わるマハ ゆだ とな まゆね ダ法。壮大な宇宙に身を委ねる気分で〃美少年、美少年、美少年〃って七回唱えてから、眉根 を一ミリ寄せて、くちびるは二ミリ開く」 ガタゴトガタと揺れる、バスのなか。 彼らの夏休みも、いつの間にか終わりが近い。 たんでん おまえと
151 オトナになるだろ ! 「 : : : タイへンでもヘンタイでも同しだぜ」 「チュッチュチュー」 「えへへ。青年団長にも知らせろ、って言ってる ? 」 「見出しは決まったよっ。ク感動 ! 美少年による美少年のための美少年救出大作戦。キュー こじか トな子鹿が繰り広げる、愛と涙のヒューマニック三時間ドラマ ! み」 ガタゴトバスから飛び降りて、剣たちは青年団会議所へと逆戻りだ。 ふろしき 会議所に駆け込むと、ちょうど梅之助が御面を包んだ風呂敷を手に出かけようとするところ である。 「なあなあ、待って ! ヘンタイが竹中のエジキだって ! 」 「 : : : 逆だろ」 コトの次第を説明すると、梅之助が「なんだって」と驚きの声。 「そのネズミ、信用できるのかっ ? 」 そこへちょうど青年団員が三人ばかり、やはり急いで駆け込んできた。 「梅之助 ! タイへンだぞっ」 「御殿の様子がおかしいんで探ってみたんだ。そしたら例の議員の件、今夜らしい ! 」 ネズミの手紙にあるとおり、県会議員を招いての接待が、今夜。 間違いないぞ、とみなして見合うなか、梅之助はすぐにも会議所を飛び出していきたそうな
「なんの。美少年は月明かりの下で愛でるのが、風流というもの」 おび ! 」と助けを求めるが、竹麻呂は厳しく睨みをき 怯える竹千代は思わす腰を浮かせて「パ かせて「何事もお家のためだ」と首を振る。 けつきよく竹千代は、『稚児村』建設反封を言い出せないまま現在に至る。ついにはこうし て建設許可を得るための、いわはイケニエになろうとするところ。 「それでは、あとはお一一人でごゆっくり」 : 。、、ヾ、ヾ、。、、。、。、つ ! 貞操と引き替えに、せめて超アンティークのべアを買っ てもいいって約束してつ」 無情にも襖が閉まって、竹千代は議員と一一人きり。 太っ腹がこちらに向かってグイグイと迫り来る。 「さあ。こっちを向きなさい、竹千代くん」 このくらいの薄暗さで、このくらいの角度だとちょうどいし ろ るて、必修科目の『美少年学』で教わりましたっー か 6 「恥すかしがらすに、さあ」 ナ 「は、は、は、恥しらいは美少年の必須条件だって、鹿ヶ谷くんか下北沢くんが言ってた気が オ するんですっ」 「かわいいよ、〃かぐや彦みくん」 にら
150 「ネズミっ ? 」 渡されてみると、それは一匹の灰色ネズミ。 ひたい 額に逆さ星印のあるネズミが、背中に巻紙の手紙を背負っていた。 「 : : : どっかで見たよーなネズミだぜ」 「チューチュッチュチュ ! 」 「あっ、あっ、生きてるぞっ。手紙に〃モロキミへみって書いてある」 しよくん 「〃諸君へ〃だよ、如月くん。この字、年上のかたが書いたものだと思うな」 ちつじよ 「貸して ! ええと : ・ : ・『諸君へ。清らかで秩序正しい青桃院生であるからには、このまま村 を立ち去ってはならないのだ。さもなければ、キミたちの友人である竹中竹千代くんは、今 あくりようえじき 晩、忌まわしい悪霊の餌食となるだろう。悪霊に取り憑かれた美少年好きの議員に、断して彼 せいとういんせいけが を差し出してはならない。 いまこそ青桃院生の汚れなき精神を発揮し、見事に一学期の成果を 示すときなのだ』だって ! 」 鹿ヶ谷の読み上げるナゾの手紙に、一同は顔を見合わせる。 「大変だ。竹中くんが、美少年好きの議員の餌食に ? 」 「え ? え ? やつばしタイへン ? 」 「きっと美少年好きの変態だね ! 」 「え ? え ? ヘンタイ ? 」