と、いっ帰ってくるか知れないキャラバンを待っ身になってごらんよ。ちゃんと物資を運んで こられるのか、そもそも生きて帰ってこられるのかも、何も県証できないわたしたちに、ムラ の命運を全部賭けなきゃならないんだよ、あの子たちは」 「精鋭十一一名か」 つぶや 如月が呟く。 「ムラというよりは大家族で通るな」 「まったくそのとおりさ。男は十五になったらキャラバンに入ることになってる。誰もがだ。 それでも総勢十二人。谷底には老人と女と子供、みんなあわせて二十一人しか残らない。 なんでこんな世の中になっちまったんだか」 編美潮は苦い顔をしながらビールを一口ふくんだ。如月はかすかに両眼を細めた。 「弱音は似合わないな」 「わたしもそう思う ししんだ、わたしはあんたみたいに「崩壊の謎をつきとめてやりたい』 記なんて野望を抱いたりはしないからな」 「俺のは単なる希望だ、野望なんて立派なものじゃない」 ズ : ・そう、希望がまったくなかったわけでもないのだ。 イ 必死ではないが投げてもいない、と名言を残した人物がいたはずだ。如月はふと、そんなこ まじめ とを思い出していた。命なんか懸けてはいないが真面目に〈ジュリア〉打倒を考えていると クライシスなぞ
ーー告げたのは彼女だ。 ( 情報屋の : : : ) いや違った、情報屋その他よろず業、だったと思う。 横浜以来、彼女には一度も会っていない。事後処理はすべて師に任せた ( というより師に全 部かっさらわれた ) ので、イズミに関する情報の扱いがどのようにとり決められたのか如月は 何も知らなかった。 ェイスケ おちど どうせ師英介のやることに越度の一一文字は考えられないのだ。都合のいい協定が、彼女と師 の間で精はれたに違いない。あまり深く交わりたくない世界である。 キャラバン 「で : : : まさかイズミを商隊の用心棒なんかで終わらせるつもりはないんだろう ? 如月は強引に本題へ話を戻した。 探るような目をして、美潮が彼を見返した。 「だったらどうする ? 軽蔑でもするかい」 「軽蔑はしないが、か困る」 うわさ 「あんたが ? 理由を知りたいね。だいたいあんたが噂の〈イズミ〉に関わってること自体が 謎なんだが」 関わっているどころか「お供』らしいそ、と言いかけて、如月は思いとどまった。まずいこ とにしかならない。 けいべっ
241 ( 罪悪感なんて、お互い様すぎて : : : ) 被害者意識など持ちょうがない。忘れたほうがいい。 「だけどっ : : : でもっ ! 俺には怒る権利かあるつリ」 えさ 「おまえは単に、餌をもらって腹一、杯にされて、部屋に閉じこめられて、そこで肥え太らされ ただけなんだろう ? こ 「誰がだっ卩」 こんな奴のために怒ってやるのが空しくなってきたっ、と拓己が拗ねた。かまわずに省吾は 先に進んでゆく。 「あの・ : : ・」 獄そっと後ろから声をかけられたのは、その時のことだった。 すそ 淵まず拓己がふりむき、拓己の手にジャケットの裾をつかまれて省吾も見返った。追ってきた フジイトシミッ のは、キャラバンの藤井利光だった。 「あの : : : なんて言ったらいいのか : もう一度、藤井利光はロごもる。 えりくび イ拓己が何か言いかけるのを、襟首を押さえこんで省吾は黙らせた。 「秘密を、守っていただけますか」 冷静に、そう告げる。
うな ごうおん 快な唸りを起こし、やがて轟音とともにエンジンが発火した。爆発が連続した。 彼女は笑う。苦しくなるほど。 「ねえ間、くだらないよこいつら ! どいつもこいつもバラしちゃえば中身はおんなじなん つくり たましい だもん、バッカみたいー こんな原始的な構造でどうやって動いてんの ? 「魂」なんてどこ にあるんだろう卩肉のカタマリなのにさ ! 笑っちゃうよねリ」 興奮のしすぎは避けろ、との警告が左耳のレシー / ーに届く。たいして重要な指示ではな 。彼女はそれを黙殺した。 変事を察知して、キャンプ地の中が騒がしくなってくる。いくつかのサーチライトが彼女の 影を求めて動きはじめた。 まずは目的を果たそう。待ちに待 0 た『演習』だ。好きなだけ殺していいということだ。こ キャラバン 淵の好機を無駄にする気はない。彼女は商隊の本部へと足を向けた。 製造号ー 0128 。 〈サクラ〉ー・ーそれが彼女の呼び名である。 ズ イ もくさっ
104 おもわく だからといって相手の思惑に乗ってやるくらいなら死んだほうがましだ。 「自白剤ですか ? こ 「怖いのかいワこ 織田美潮は微笑した。 「イズミの秘密さえ教えてもらえれば、それてしし ちょっと信じにくいんでね、いぎなり 『イズミが消えてあんたたち二人が出てきた』と言われてもねー てんりゅう あげく 「そして「イズミ』を手に入れたら、天竜の基地を破壊させた挙句に、ムラとキャラバンの守 すえなが きようどあい 護神として末永く祭り上げるーーわかりやすいヴィジョンですね。あなたの郷土愛には歯止め というものがないらしい」 省吾の口調が、そこでわずかに変化した。 れいこく ごうぜん 大胆なだけでなくーー冷酷に。傲然として。 まなざ さげす 鋭い蔑みの眼差しが、美潮をまっすぐに射抜いた。 さしず 「指図しようというんだからな。この私に」 美潮が目を瞠った。人を威圧する何かが、それも強烈な悪意とともに見えた。 ( この子は普通じゃない ) ひとみ こんな瞳には見覚えがある。そう閃く。 みは ひらめ 、、 0
「・ : ・ : どう使う ? 「中継基地をひとつ、破壊してもらう」 ずばりと答えた彼女を、如月は無言で見つめた。 「場所と目的を教えてくれー 数秒おいて、短く尋ねる。 美潮は軽く肩をすくめた。目は笑っていない。 「つまらない答え方をしたら殺されそうな顔だな。だけど理由はちゃんと話してある。察して はもらえないのか ? ふつ、と如月は片目を細めた。 「竜獄谷の西側に、小さな基地があったな」 「小さくても谷底の人間にとっては脅威さ。うちのキャラバンだって正面から〈ジ = リア〉と しわざ それがイズミの仕業なら、ドールの連中だって谷底に人が住んで やりあうには力不足だ。 るなんて思いもしないで撤退してくれるだろう。谷の者はようやく自由に地上へ出てくること ができるし、そこにムラがあるって秘密も守られる。万事好都合じゃないか」 美潮の言葉には、自然と熱がこもった。如月にもそれはわかっていた。 確かに、谷のすぐ傍らに〈ジリア〉の基地は存在する。俗にーー如月や師が集めたデータ かたわ てったい
雑然と並んだ車両と、所かまわず建てられたテントや簡易・ハンガロー。各地から集まった商 シロウト 人たちのものだ。美潮たちのキャラバンが主催する闇市には、一般人はほとんど出入りしな おろしいち い。いうなればここは「卸市」である。それだけに、扱われる物資は〈ジ = リア〉の監視をか リスク いくぐって入手してきたとは思われぬほど豊富であり、そしてその分さまざまな危険をはらん でいる。 マッモト 「松本」 美潮の指が、一人の部下を近くへと招いた。 「何でしよう ? 「今、東側から入ってきた坊やがいるだろう。しばらく目を離さないどきな」 「坊や、ですかい ? 」 煉 言われた部下のほうは、何度かまばたきをした。美潮の一・五倍は体積がありそうな大男 淵 記「見なかったのか ? 」 「へえ、すんません」 ズ「目立つはずだ、すぐにわかる」 まゆ 美潮は眉をしかめ、その少年を形容する言葉を探した。 「細っこい子だよ。背丈はまあまあ。わたしと同じくらいだね。年のころ十六、七。それから せたけ
「敵の姿は誰も見てないんです ! 神出鬼没なんですよ ! もう仕方ない、逃げるしかない 一也が車を用意して待ってますからリ」 「あたしは見たんだよ、あいつを ! 嗄れた声を美潮は無理やり吐き出す。 なんでだよっ卩あの女、みんな 「あたしだけが無事なんだ、あたしだけが死んでないっリ 殺しやがったっ か 利光は唇を噛みしめた。すでにキャラバンの人数は半分以下になっている。 「姉さん、俺たちは超能力者じゃないんです。せめて生きのびるくらいしかできないでしょ かたきう う卩死んだら兄貴たちの仇も討てやしないっリ谷のみんなだって姉御を待ってるんだリ」 獄「ーーー畜生っ : 淵美潮はエネルギーの尽きたライフルを地面にたたきつけた。 そもそも、逃げると言ってもどこへ逃げればいいのか。あの女が大人しく自分たちをここか ら逃がすというのか。 絶望的な状況であることは承知のうえで、しかし彼女は歩き出さなければならなかった。 イ責任者である以上、狂気に流されることも自分には許されない : ぎやくさっ 何故だ ? 何を目的とした虐殺だ ? これも〈ジュリア〉の暴走としか説明できぬような不 条理なのか ? しんしゆっきばっ おとな
自分の持ち場で不祥事だけは起こすまいと頑張っていたのに : : : やはり自分が一番の落ちこ ぼれだってことを見抜いて仕掛けてきたんだろうか ? ( そりや、俺、どうしたってノロマだけど・ : : ・ ) はたち しかしもう一一十歳だ。立派な大人だ。まだ十六にもならない一也ならともかく、大の男が、 それも美潮のキャラバンの一か、ヤクザを相手になすすべもなくズタポロにやられてしまう なんて、どう考えても恥さらしである。 美潮の顔に泥を塗ってしまう・ : 「いけねえよ、いけねえよ利ちゃん」 おやじ おろおろと弾薬商人の親父がヤクザたちと利光とを見比べた。 「ほーら、当人がこう一言ってんだろう」 こわね やけに優しげな声音で、額に傷のある男が言った。 何も問題のないエネルギーパックに難クセをつけ、それをカずくで認めさせようというの だ。ここで折れたら最後だ。 ちゃちなエネルギーパックの一つが不良品であろうとなかろうと、本当はどうでもいい。 いつらが美潮のメンツをつぶすために送りこまれたことは明白だった。雇ったのはおそらくレ こんたん ベルの低い同業者だ。そんな魂胆に、乗ってやるわけには : : : 。 だが現実には、利光に反撃する余力は残っておらず、人垣は遠まきにこの光景を眺めてお
やますそ 冷たく乾いた風が、山裾を吹きぬけていった。 ばうじん 防塵用のケー。フを土煙でにごった風に流しながら、その少年は山あいにひらかれた闇市へ 姿を見せた。まだ頭上高く太か輝く、白昼のことである。 オダミシオ 織田美潮は七年前に〈崩壊〉が起こった、ほとんど直後から、闇市の『仕切り屋』として てんりゅう この第十一地区全域を渡り歩いてきた女性である。今や『天竜の美潮』と言えば、闇ルート C ハンクから得られた物資を、高値で流通させる商人たちの総称 ) で知らぬものはない。 その彼女の目に、彼はひどく印象的な存在としてとらえられた。明確にどんな印象であるの ふきっ かは表現しがたいが : : : あえて言うなら、不吉、だ。 「きなくさいな・ : : ・」 幾台も連なったトレーラーの間をすりぬけて、美潮は足早に本部の小屋へと向かった。短く 刈りこまれた髪ときびきびした身のこなしのために、一見したところ性別不明だ。総勢十一一名 キャラバンひき の商隊を率いる立場上「女』の要素は邪魔であると美潮は判断していた。 クライシス マーケット