206 うだが、無言のまま翠を促して整備場を出ていった。 後には、風間と如月の二人きりが残される。 「座らないか ? ー 風間が言った。 むぞうさ 壁際に作業用のカウンターがある。埃をかぶったシートを、彼は無造作に手前へ引ぎだす。 如月は彼に近づき、右手のライフルを持ちあげた。 それを見て、風聞が片手を差しのべる。何も言わずに如月はライフルを彼に手渡した。風間 はそれをカウンターの片隅に置き、それきりライフルの存在には意識を向けなかった。 彼と並ぶシートに、如月は腰をおろした。酒の一杯もないのは惜しいような気分だ。 「どうやって、ジュリアの陣営に入りこんだ ? 」 汝 . 月カ問いかける。 「俺は拾われただけだ。ジュリアの新しいプロジェクトには、ガイドラインとしての人間性が 必要だった。より人間を超越する疑似生命体を育てるためには・ : : こ 「あの、育ちに問題がありそうなお嬢さんたちか」 「そう言わないでくれ、彼女たちはまだ成長過程にあるだけさー 風間は苦笑し、そして真顔になる。 「ジュリアの理想は、まだまだ : : : あんなものではない」 ほ ' 」り
186 シの人生も終わりなの : : : 」 「 : : : 肝には銘じておく」 愛すべき友人であることは確かである。 イズミのほうは相変わらずだ。岩と化したように眠りつづけている。 「絶対に起こすなと念を押されているんだ。だから・ : : ・黙って置いていく。できるだけ良くし てやってくれ。頼む」 「わかったわ」 如月はライフルを手に取った。ずしりとかかる重量を、掌で確かめる。 使うことになるだろうか : 確信は、あまりない。 また逃げるのか ? 尋ねる声がある。 自分の思いどおりにならなければ。 それは嘘だ。 思いどおりになることなど、この世の中に何ひとっとしてない。いどおりにするしかな うそ てのひら
53 イズミ幻戦記 3 く竜淵煉獄編〉 「誰に目をつけられようと、狙われようと、僕には関係ない。邪魔をする奴がいれば実力行使 で突破するだけだ。響子に会うためなら、僕は誰にも負けない。それだけだ」 「・ : : ・一人でか ? 」 「然れ。僕の前から消え失せろ。もう沢山だ」 彼は如月に背中を向け、窓辺に歩み寄った。如月はしばらくその姿を眺めていたが、やがて ライフルを取り、席を立った。 「すまないが、煙のように消えるわけにはいかないな。少しの間、美潮の世話になるつもり だ。それをおまえがどう思うかは知らんが」 キョウコ う ねら たくさん
212 如月は、少し間をおいた。 自由 ? 自由などどこにもない。 「多分な」 風間はライフルをゆっくりと下におろした。 時間だけが、二人の前をそっと通過した。どちらも口をひらかなかった。 「・ : ・ : わかった」 呟いたのは風間のほうだった。 「別の話をしよう」 すでに感情の影は、彼の態度のどこにも残されていなかった。よくできた機械人形のよう 「どういうつもりで君がこの天竜を選んだのか、俺は知らないし興味もないが」 「特に意図はない」 「それならそれでいい。実は、サクラが谷底に小さな集落を見つけた。今頃『演習』を行って のろし いるはずだ。当然ながら〈イズミ〉を招くための狼煙という意味もある」 「 : : : 俺の身柄ひとつでは足りないと思ったのか ? 」 如月が尋ねた。硬い口調で。
210 を。 静かに切りこむように、如月が言った。 「それはおまえが「人間』ではないからだ : : : 」 風が沈黙した。決定的な効果が、如月の一言にはあった。 「なるほど : ・ 噛みしめるように、風闃か呟く。 「 : : : おまえの出した結論が、そういうことなのか」 ではおまえは人間として生きるだけなのだな。 風間は、そうロに出して告げはしなかった。 欺いて生きていくだけか。自分も、すべても。この偽りの身体を抱いて。 人間でなどあり得ないーー無機の身体。 「おまえには、もう俺は必要ないはずだ」 如月の声が、耳に届く。 「 : : : 俺たちは、二度とひとつの存在にはなれない。無理なんだ、風間」 かたわ 風間の手が傍らのライフルをみ、その銃ロは如月に向けられた。一瞬のことだった。 如月は動じなかった。予測できたことのように、狙いのついた銃口を見つめる。そして風間 つぶや ボディ ねら
標準時間二十時二十分。 すきま 煉 こっそりと、拓己は部屋のドアを開いた。通路の様子を細い隙間からうかがい、それからも 淵 くう少しドアを押しあける。 記ふりむいてべッドのほうを見やったが、相棒は薄汚れた毛布のなかに頭まで埋まって身動き 幻もしなかった。寝るときはミノムシになるのが省吾の趣味らしい。拓己はそろそろと部屋をぬ ズけだした。 絶対に出歩くなよ、と省吾には念を押されているのだが : : : 省吾が起きるまでずっとべッド の番をしているしかないというのももどかしい。 省吾は毛布を引きあげ、壁際へ顔を向けて目を閉じた。 「他人、か ? こ ライフルを持ち直し、如月が尋ねた。 「他人ですよ」 「そうか : : : そうだな」 おだ ありがとう、と穏やかに告げて、彼はその足でマーケットを出て行った。標準時間十九時三 分のことである。
138 だがそれは無理な注文というものなのだ。 かくらん 大気中に充満している電磁波に攪乱されると、サクラのマイクロウェー・フも集中するのがむ ずかしくなる。確実な戦果をあげるためには、接近戦にもちこむしかない 風間もそれは先刻承知しているはずである。不思議そうな顔をするアオイに、アイフォンを 外し、風間は整った微笑を向けた。 「望みすぎても意味はない。君たちはどちらも、劣ることなく優秀だ。そういうことさ、アオ イ 陬叫のマーケット内を走りまわって、藤井利光はようやく半狂乱の美潮を発見した。 「姉御っ ! 」 ほとんど全身を紅に染めた状態で、織田美潮はライフルを握りしめたまま敵の姿を求めてさ まよっていた。利光は必死になってその腕をつかまえた。 「姉さんっ ! 逃げてくださいっリ 「あいつはどこに行った卩」 ひとみ 熱にうかされたような瞳が利光を見た。燃えさかる炎が彼女に照りかえす。 「どこ行ったんだよっ、あいつはつ
132 「何の襲撃なんだ卩」 かたわ 一。田長の矢吹が、素早く傍らに駆け寄ってくる。 ライフルを握り、美潮はテントの外に出た。。 オヤジつぶ ハラバラなんだよう、破裂しちゃってよう : ・ 「オ、親父が潰されちまった : ・ カズャ うった すすり泣きながら訴える声がする。腰がぬけたらしく地面にへたりこんでいるのを、一也が 抱えあげて移動車へと連れてゆく。マーケットの東側にキャンプしていた商人の子供だ。 「東からか ? 」 とこにも。姿を見た奴はみんなして死んじまう 「らしいです。でも見当たらないんだ、、 「照明をもっと増やせ。近くにいるゲリラにも急電を打って知らせるんだ。マーケットにいる 人間を西側に誘導する。に退路を確保させろ」 「承知しました。姉御は ? 「全員が避難するまでわたしがここを動くわけにはいかないさ ! 当然だろう卩」 マッモト しかし、と呟き、矢吹は何か反論しかけた。そこに転がりこむようにして、松本の巨体が吹 つぶや あねご ミシオ ャプキ やっ
106 荷物からは小銃もライフルもエネルギーパックも何もかも、武器になる物は抜きとられてい たた 窓は強化。フラスチックが壁にそのまま溶接された造りて 。、卩、こくらいではとても割れてく れない。拓己はガタガタと机ゃべッドを動かし、脱出できそうな箇所を探しまわった。 ( 普通の育ちじゃない ) 人を見下すことに慣れて。 吐き気のしそうな抵抗感を、省吾は無理やりねじ伏せた。 おば 思い出せ。まだ憶えている。一生残る。灼きついた優越の意識。権利ではない。義務でもな 。事実だ。 哀れな大衆を導く者はーーー支配すべき・ : : ・はれた、優、秀、な、 ( 特別な、人間なのだから ) ゅうが 優雅な動きで、彼は面を上げた。美潮を見つめゑよく響く声が告げた ふぜい 「サイボーグ風情か」 「貴様っ " 反射的に美潮は相手の頬を殴りつけていた。改造を受けて強化された、その腕で。 なぐ
じゅんすいりよくど わけはなく、純粋緑土の理想がどうのこうのと続いた説教は銃声のなかに呑みこまれた。 あとはひたすら乱戦である。あまりにもお定まりのパターンに、如月は深い溜め息をつい こ 0 「なななな何何何が一体」 床にへばりついて店主はパ = ックにづている。 「なに、ちょっとした環境保護の宗教団体さ」 カウンターの内側で片膝立ちになり、如月はそう答えてやった。 いつもならこれもっきあいと割りきって応戦しているところだが、ここで余計な手間と時間 を消費させられるのは非常に嬉しくない。天誅どころではないのだ、今は。 編ガシャリ、と如月はライフルの出力源を切り換えた。 淵「まったく、仕方のない連中だ」 その言葉に、慨嘆以上の響きをーーー殺気めいた何かをーー聞きとって、おそるおそる店主が 記顔を上げた時には、すでに彼の姿はそこから消えていた。 ズ イ がいたん