ね」 かんべん 「あんたまだ隠居してなかったのかい」 オダミシオ にやりと笑って、織田美潮はそう言った。 「現在、真剣にそれを検討してるところさ」 如月が肩をすくめながら答える。 「よしてくれ、いっからそんなに繊細な神経の持ち主になったんだ ? ー 「三分前かな」 ごと やっ 「わたしを差しおいて、矢の如くあの坊やの所にかっとんでいった奴の言うこととは思えない 「勘弁してくれないか」 降参とばかりに如月は片手を上げてみせた。美潮はくすくすと笑いつつ、目の前の椅子を指 し示して座れと合図した。 ここは本部テントの片隅である。 キサラギ いんきょ せんさい
208 風間が言う。彼はまだ望みを捨てていない。 絶望を : : : 見ていない。 「ジュリアの目的は、新世界の構築だ」 如月はロをつぐんだまま、彼を見やった。 だらく 「人間は本来不完全な存在であるうえに、堕落と退化を重ねた。ジ = リアは完全な新しい人類 を彼女なりの方法論で生み出そうとしている。我々は、その誕生に立ちあう機会を前にしてい る」 「ーーおまえは、それを本気で信じているわけか ? 」 如月の問いには、批判的な響きが含まれた。 しかし彼はその一方で、風間の言葉にある記憶を呼びさまされている。聞いたことがあるは ずだ。同じような一一 = ロ葉を、どこかで。 ・イスミナ あの超能力者が初めて自分の前に姿を現したときに。 ( イズミは無敵だ。誰にも負けない。僕は現界ただひとりの『完成体』だからね・ : : ・ ) そんな一言葉ではなかったか ? あの少年は、実際にはその発言を裏づけるような人格者で は、まったくなかったが。
158 かしら ? ・」 翠の口から風間の名が出た瞬間、音もたてず如月は助手席から身を浮かせていた。 かちゅう こんこん 昏々と、イズミは深い眠りに陥ちたままである。渦中にある超能力者を間にはさんだ状態 で、シートの背に手をつき、如月は翠に尋ねる。 「 : : : 普通のルートからだったら、流れない情報のはずだな ? 」 「だから何 ? 」 平静を装いつつも、翠の応答にはたじろぎが含まれた。 「それがどうしたの ? 何か困るようなことがあるわけ ? 怒るなんて芸当を見せていただけるってことかしら」 「 : : : 誰も彼も、まったく・ : ・ : 」 低くひとりごちると、如月は翠から不意に身を遠ざけた。翠の目の前でジープから彼の秀か 消える。車外へ。 「ここで別れよう。世話になった件については礼を言う」 「こんなーー何もない所で ? こ 「充分だ。歩けば夜明け前には知りあいのキャンプに着く」 砂地に降り立った如月は片手で暗視ゴーグルを装着し、そして苦もなくイズミを腕に抱えあ ・ : たまにはあなたでも、本気で
150 している。なのにそこへ踏みこんでくる奴がいるなんて。 「電磁波か ? ー 如月が独白する。無反動砲の砲身から火花がはじけた。 間をおかず如月は発射レバーを引いた。サクラの目の前で爆発かおこり、黒煙が広がる。ほ とんど同時に無反動砲もいやな音をたてて分解した。コンマ数秒の差で如月は砲身を投げ捨 て、とびちる破片に撃ちぬかれることを防いだ。 発射したのは普通の砲弾ではない。煙幕がわりのガス弾だ。一気にたちこめる煙にまぎれ、 如月はイズミを抱えあげてその場を脱出した。 「お二人さん、乗ってかない ? 」 いきなり如月の前へ滑りこんできたのは、翠の運転する小型ジープだった。 ろくに速度も落とさないジープに、如月はイズミごと飛び乗る。 「西だ」 「そのつもりよっ 急に変化した重量に ( ンドルをとられながら、翠はさらにアクセルを踏みこむ。かなり荒っ ぽい運転だが文句は言えない。 「谷をして〈鳳来〉まで行けるか ? 」 「なんとかなるんじゃない ? こ ほう、わ
辛辣に言ってのけた後で、美潮は表情を軽くやわらげた。 「影が濃くなってきたじゃないか。少なくとも、いっ死んでもおかしくないって風には見えな いよ。いい傾向だ」 「喜んでいいのかどうかわからん」 如月は瞹昧な声を返す。どうも最近、自分の性格をあれこれと論評されてばかりである。 「馬鹿だね、カッコ良くなったって言ってるんだから素直に喜べばいいのにさ。まあ、三年前 のあんたときたらのつべらぼうと大差なかったからねえ」 「 : : : やつばり素直に喜べないぞ」 しかし、のつべら・ほうは名言かもしれない、などと如月は納得してみたりする。 何が目的で生きているのかわからない、ということだ。自分の顔がないということだ。失う ものも守るものもない代わりに、自棄になって暴発する気にもならないということだ。 「確かに、三年前だったら、図星をさされたくらいで落ちこみはしなかったな」 溜め息をつきながら、如月はそうつけ加えた。 美潮のほうが、その一一 = ロ葉に本気で驚いたようだった。 「 : : : 本当に、どうかしちゃったって感じだな、如月」 ッカサ 「そう、どうかしちゃってるのさ。あまり苛めないでくれ、もう師にさんざん責められてるん しんらっ
191 かたくな 「どこから出てくるんだ、その頑な確信の根拠は」 きれい 「だってイズミちゃん、とっても綺麗でかっこいいんだもの : : : 」 「 : : : わかった、その理由が前提であるかぎりにおいて許す」 おおまじめ 大真面目に答えた静も静だが、それで納得するイズミの基準も謎である。 「よし、状況を説明してもらおうじゃないか。その前にここがどこなのか教えろ。その前にま ず自己紹介だな。のんびりは待ってられないぞ、僕は今とても夢見が悪くて気分が悪い」 シロウ 「あの : : : アタシ、静といいます。士郎ちゃんの知り合いで : ・ 「士郎ちゃん それって誰なんだ、と言いかけて、イズミはしばし絶句した。 獄「 : : : そうか、士郎ちゃんの知り合いか。ふうーん」 淵「あ、如月って言ったほうがわかりやすかったかしら : : : 」 「今さら遅いんだよっ、耳に入っちゃったものはつ 「ご、ごめんなさい、ごめんなさい」 おび 「怯えなくたっていいだろうつ、でかい図体してつ ! まったく、行く先々で知り合いの連発 イかつ。戦争屋なんかやめて人買いにでもなっちまえばいいんだ、あの男つ」 「イズミちゃん、怒ってるの : : : ? 士郎ちゃんが一人で行っちゃったからワこ すうたい なぞ
53 イズミ幻戦記 3 く竜淵煉獄編〉 「誰に目をつけられようと、狙われようと、僕には関係ない。邪魔をする奴がいれば実力行使 で突破するだけだ。響子に会うためなら、僕は誰にも負けない。それだけだ」 「・ : : ・一人でか ? 」 「然れ。僕の前から消え失せろ。もう沢山だ」 彼は如月に背中を向け、窓辺に歩み寄った。如月はしばらくその姿を眺めていたが、やがて ライフルを取り、席を立った。 「すまないが、煙のように消えるわけにはいかないな。少しの間、美潮の世話になるつもり だ。それをおまえがどう思うかは知らんが」 キョウコ う ねら たくさん
212 如月は、少し間をおいた。 自由 ? 自由などどこにもない。 「多分な」 風間はライフルをゆっくりと下におろした。 時間だけが、二人の前をそっと通過した。どちらも口をひらかなかった。 「・ : ・ : わかった」 呟いたのは風間のほうだった。 「別の話をしよう」 すでに感情の影は、彼の態度のどこにも残されていなかった。よくできた機械人形のよう 「どういうつもりで君がこの天竜を選んだのか、俺は知らないし興味もないが」 「特に意図はない」 「それならそれでいい。実は、サクラが谷底に小さな集落を見つけた。今頃『演習』を行って のろし いるはずだ。当然ながら〈イズミ〉を招くための狼煙という意味もある」 「 : : : 俺の身柄ひとつでは足りないと思ったのか ? 」 如月が尋ねた。硬い口調で。
圜場囚物介 ・天上天下前代末聞 ( ! ? ) のスーノヾ ーヒーロー。とにかく強くて、と にかく美形で、とにかく性格が悪し 拓己と省吾のく有虫合〉によって誕 生するが、原因そ似羊細は不明。 渡辺拓己 7 年前、マサーコンピュータの 暴走による崩壊で両親を失った 1 7 歳の少年。時としてはた迷惑なほ ど無邪気な性格。省吾と共に行 方不明の響子を探している。 畔省吾 拓己の 7 年来棒。きっちり同 しだが、王ロ的でロが悪く、い つも拓己はいじめられている。 く叶〉という名字には、何か秘 密があるらしい。 ど
「あのね : : : たっくん、目開けたまま寝ないでくれない ? 」 「起ぎてる」 タクミ ぶあいそう 無愛想に答えて、拓己は手元から目を上げた。 「翠の目的って、何 ? 俺と省吾をバラバラにすること ? 「やめてよ、ちょっと ! そういう根性の悪いこと考えてほしくないわね、あたしにだって仁 義ってものくらいあるのよー 「んじゃ黙ってて」 こいつは : : : と、翠はえらく態度のでかいガキをまじまじと見やった。以前はもう少し可愛 げがあったというのに。 周囲からよろしくない影響を多大に受けているのではないか。 淵「だけどそういえばたっくんって、前から二重人格だったわ : : : 」 「ーーあっ : 翠が嘆息するのと同時に、拓己の口から小さな叫びが漏れた。 ・八ミリの軽量カードチップである。今、その表面にルの 拓己が握りしめているのは厚さ〇 ズ 先ほどの光点が浮かびあがっていた。 「何なのよ、それ ? 「省吾」 117 じん