そもそも、松島と師の関わりは、身寄りのない松島少年を例によって如月がつい拾 6 てしま たん ったことに端を発する。 自分で拾っておきながら、後のことは全て師に押しつけてフラッと姿を消すのが如月という たびかさ 男である。それが度重なり、いつの間にか人数が増えて、仕方ないから組織を発足させたんだ ころ とは師の弁だ。だが松島か来た頃には、すでに師は立派に『戦って』いたので、タマゴが 先かニワトリが先か、真相は藪の中である。 確かなことは、当時も今も、師隊長には動かしがたい二つの支柱があるという事実だ。決し て彼自身がそれを口にすることはないが 「隊長の前であの人の悪口を言うほど俺は無謀じゃないですよ。じゃ、失礼します」 きびす 音集深に笑って、松島は軽く頭をさげ、くるりと踵を返した。 「充分いい根性してるんじゃないのか」 ぶぜん 背後で憮然とした師の呟きが聞こえたが、続いて降下してぎた鳥の羽音のほうが、松島の歩 みを止めさせた。 「え ? 」 勘違いでなければ、伝書鳩の到着である。 「だけどまだ如月さんにはーー」 思わずふりむいて、松島は隊長と目を合わせていた。瞬間、はっきりと悟った。これは出 しん つぶや ゃぶ むばう
184 「 : : : それはそれで師隊長の英断だったかもしれないわねー だったら初めから策を弄さなければいいのに、と悠香は考えるのだが。 だが師英介がプランを練りあげた以上、完全に絶望的な展開が用意されていることはないは はば ずだ。要するに彼は自分の目的か阻まれるとは、初めから思っていない。 問題はもう少し、別のところにあるのだ。 「つまり、今度はかりは黙って見ているしかないのね」 「その表現は正しくないね。俺はいつも黙って見ているしかないんだ。一度、ゲームが始まっ てしまえばね」 師英介は両手を広げてみせた。 「ギャンブルと同じさー ただの観客であれば楽しめる しかし完璧な傍観者になりきれるほど、師は神でも仏でもない。 「こういう時にイズミ様くらいしか頼れないというのがね : : : なんとも性に合わない。まあ、 そんなのは俺のわがままってやつだが」 「本当にそのとおりね」 「 : : : 今の肯定はどこにかかるのかな ? 」 ぐち 「わがままと愚痴程度だったら、たまには聞き役になってあげられるって意味かもしれない
ーー告げたのは彼女だ。 ( 情報屋の : : : ) いや違った、情報屋その他よろず業、だったと思う。 横浜以来、彼女には一度も会っていない。事後処理はすべて師に任せた ( というより師に全 部かっさらわれた ) ので、イズミに関する情報の扱いがどのようにとり決められたのか如月は 何も知らなかった。 ェイスケ おちど どうせ師英介のやることに越度の一一文字は考えられないのだ。都合のいい協定が、彼女と師 の間で精はれたに違いない。あまり深く交わりたくない世界である。 キャラバン 「で : : : まさかイズミを商隊の用心棒なんかで終わらせるつもりはないんだろう ? 如月は強引に本題へ話を戻した。 探るような目をして、美潮が彼を見返した。 「だったらどうする ? 軽蔑でもするかい」 「軽蔑はしないが、か困る」 うわさ 「あんたが ? 理由を知りたいね。だいたいあんたが噂の〈イズミ〉に関わってること自体が 謎なんだが」 関わっているどころか「お供』らしいそ、と言いかけて、如月は思いとどまった。まずいこ とにしかならない。 けいべっ
166 言いかけて、如月はロをつぐんだ。 そうだ、師は気づいたはずなのだ。しかし対策は講じなかった。師にとってイズミは生身の はたじるし 人間でなく、保護すべき対象ではない。むしろ戦いの旗印として演出すべき英雄・ : 師ならぎっとそう考える : ・ 「どうしたのワこ 如月の前の床に正座をして、静が尋ねた。 「士郎ちゃん、アタシには遠慮をしないでね。アタシの大切な士郎ちゃんのためだもの、なん とか力になるわ。ね」 「・ : ・ : そうだな・ : ・ : 」 現在、頭の中がパズル状態と化しているのだ。とにかくこのままでは動きがとれない。 静は信頼できる相手だった。つきあってきた年数なら師との関係より長い。年数の問題だけ でもないが。 すでに迷惑なら、ここへ転がりこんできた時点で十一一分にかけている。如月はもう一度かす かな溜め息をついた。 じこけんおかたまり 「静だから言えることだと思って聞いてくれ。でなければ自己嫌悪の塊になりそうだ」 「わかったわ」 きちんと膝に手を揃え、静がかしこまって答える。如月は言った。 ひざ そろ
170 おとり さかて 「来見川は囮だ。監視された通信を逆手にとって、風間の目を来見川に向けさせた。来見川に 俺を追わせれば、自動的にイズミの所までたどりつく。 ・ : そうすれば、あれだけ早いタイミ ングで美潮のマーケットが襲われたことも説明できる」 「確かに : : ッカサちゃんって、そういう時にマーケットの安全とかイズミの無事とかは考え ない人だけれど」 うんぬん 師英介の正義感が身内にしか向いていないことは、如月も承知している。それを今さら云々 しようとも思わない。 問題は、そのてのすべてが如月には伏せられ、水面下で進行したということなのだ。 ( ならばか今やっていることは何なんだ ? ) しようちゅう そう問わずにいられない。どう動いても師の掌中なのか、それとも動けば動くほど師のプラ ンに逆らうことになるのか。 あいだがら 如月は師の部下ではない。命令を受ける間柄ではない。 ただの友人だ。 だからこそ。 「結果的に、イズミは深く傷ついている・ : : 卞手をすれば死んでいたかもしれないんだ」 「イズミが死ぬなんて : : : 」 「誰もがそう言うんだ、誰もが先走った「あのイズミ』の像しか見ていない」 ミシオ へた
249 得ない。ならばまず真っ先に当事者である自分を通すべきだと思うのだ。 ェイスケ すると師英介は、一瞬だけ沈黙した。 そして静かに反問する。 『訊かなきや話さないような馬鹿なのか、おまえは』 そういうことか、と如月は絶句した。見えない落とし穴にはまった気分である。 「ほら、士郎ちゃん、薄情者なんだもの」 「根本的に冷たいわよねえ、この男は」 師も決して素直ではないのだ。しかし状況的に不利であることは如月も悟っていた。とにか 獄く同席している面子がよろしくない。 淵「それに士郎、か知りたいのは風間のことなんかじゃないんでね。おまえに訊いてわかる程 度のことなら、俺独自の情報網で簡単に手に入る。それこそ静ちゃんという素晴らしい情報源 があるじゃないか』 幻 それもそうなのだ。 イ「では、その隠された真意を聞かせていただきたいな」 ほとんど立場のないまま、如月が尋ねる。と、平然と師が答えた。 えとく 『か会得したいのは、風間の足をすくって地べたにたたきのめす方法さ。どうだ、おまえな めんっ
「おやおや、出世したなあ。昔は『幼稚園』だって言ってたんだぜ、あの人」 「そういうレベルで喜ばないでくださいよ・ : : こ たいがいこうしよう 「そういうレベルでカッカしてるうちは対外交渉も任せられないってことですよ、松島君」 ェイスケ ついさっきまで読んでいたファイルを閉じ、師英介はいたずらつ。ほくウインクしてみせた。 「 : : : すみません」 「言いたい奴には言わしときゃいいのさ、どうせ年寄りどもはみんな無能なんだし、俺ときた ら泣けてくるほど有能だし」 「あのですね : : : 」 クライシス 編大人たちーー崩壊以前の世代、ということだろうが 淵が師隊長の持論である。それは昔から一貫して変わらない。 「差別ってやつじゃないんですか、それは」 記「事実は事実だ。ろくな人材はとっくに〈ジュリア〉が排除しちまったんでね」 あっさり言って、師はハンモックから地面に降り立った。 ズ 「で ? 俺にそれを訴えるために松島君はここまで来てくれたのかな」 「冗談やめてください。わかってて言うから性格悪いっていうんですよ、隊長は ! 俺、本気 で心配してんですからね、これ以上隊長が敵を増やしていったら面倒な仕事がますます俺の所 カ うった にろくな人材はいない、というの
マッシママコト 師ファミリ ーの副長を務める松島周は、先日ようやく二十一歳になったばかりである。 二十六歳の師隊長を筆頭に、この組織はとかく平均年齢が低い。概して武装ゲリラ集団に属 する人間には若い連中が多いが、それにしても、メイハーの大半がティーンエイジャー、最年 長者が一一十八歳、というこの構成はめずらしい プライマリー 「ついに「小学校の遠足』呼ばわりですよ、我々」 憤とした気分を抑えきれず、松島はそう切り出した。 あげく おしの もっとも、〈忍野〉のムラじゅうを散々さがしまわった挙句にようやく見つかった尊敬すべ き師隊長が、森の中でのんびり昼寝なんかしていた日には、松島か少しくらいやつあたりした くなったとしても別に不思議はないはずである。 「どこの誰だい、そんな素晴らしいセンスの持ち主は」 木々の間に器用に吊るしたハンモックから、平和そのものの声が返った。 ファミリー 「〈箱根〉の長老様ですよっ。西側の組織のリストを作らせろって言ってたのは隊長でしよう ッカサ はこね
なものとはならない。 「案の定、情に流されてるな」 つぶや ざっと目を通し、師はやれやれと言いたげに呟いた。 ろ、つほう・ てんりゅう イズミが天竜にひっかかりそうだというのは、朗報だ。舞台としては、ここから近すぎず遠 すぎず、面倒なしがらみもなく、都合のいい土地である。これでうまいこと風間が乗り出して くれるとありがたい : 「また悪だくみしてたりしませんか、隊長」 「芸術的思考と呼んでくれたまえ、松島君。最近かなりアクロバティックな頭脳労働を強いら れているんでね、悪だくみなんて古典的な作業は忘れ果てちゃってるんだ」 編電文をもう一度熟読しつつ、師は気楽な口調で答える。その言い種をどのように呼べばいし 淵のか、長い経験で松島は非常によく知っていた。屁理屈というのだ。 「悪党にならない隊長なんて、情に流されない如月さんと同じくらい不気味ですけど、俺に 記は」 「なんだって俺の周りの人間はみんなして士郎を弁護するのかね。やだやだ」 ズ 師は本気で嫌そうな顔をする。松島は胸を張った。 イ 「俺は受けた恩を忘れないタイプですから」 コ一 = ロっとくけどかなり無責任な恩だそ」 あんじよう ぐさ
248 「ひどい怪我ってどの程度なんです』 「ひどいったらひどいの、もう死にそうなの : : : 」 「おい、やめてくれ、妙な誤解を招いたらどうするんだ」 慌ててマイクを奪いかえして、如月はなんとか本題に戻ろうとする。 「死にかけていたのは昔の話だそ、師。現在はちゃんと両足で立って話してる。そちらからは 見えないと思うが」 「・・・・ : そうか、死にかけたのか。そうか・ : ・ : 』 「つていうか一回死んだわよねえ、あれって」 あぶ 「そうね、思いきり機能が停止したわね。サ・フ回路が無事じゃなかったら危なかったのよね ・ : 思い出しちゃった、くすん」 「少しは落ちついて話させてくれ・ : 力がぬけるとはこういう状況をいうのだろう。如月が一一 = ロ葉を失っていると、師が言った。 「士郎、俺は別におまえをないがしろにしたわけじゃない。ただ、適性の面を考えて、この件 の情報収集は翠さんに依頼した。それだけだ』 「だがおまえは俺に、ル間のことなんて訊きもしなか 0 ただろうが」 ショウ つまり、師の狙いは風間祥に関する情報だったということになる。如月も美潮たちもイズミ ぶぜ読 までも巻きこんで、無理やり風間を誘い出したわけだ。如月としては、やはり憮然とせざるを あわ ねら