残りも全部飲んでグラス床に置いて、先生が立ちあがってリビングに出ていった。何か、混 ぜる回数とか、失敗したのかな。わかんないな : : : 。 「坂本君どう ? こ 「二曲できたけど聴く ? うそ 「嘘、どうかしてるよ。おかしいよ。やだな」 ほとんど迷惑なことみたいに返事して、〈ッドホンくれる ? って藤谷さんが言った。べっ に迷惑かけてないじゃないかって顔で、坂本くんがヘッドホン渡した。 坂本くんが入力した音、机の下にしやがんで先生が聴いてる間に、台所に来て坂本くんが眼 鏡はずした。あたしの隣でためいきついた。コーヒーあるよ、って言ったら、「アルファベッ さのう トのやっ ? ーって言われた。ううーんと : : : 。左脳で意味考えちゃだめだな。 「西条がいれたコーヒーなんで日本語だと思います」 「じゃあ飲めると思う」 「新曲できたんだ ? こ 「書けただけだから良い曲かどうか知らない。できればいいってものじゃないし、俺の場合は 城最初に聴かせる相手があれだし」 熱専用のマグカップからコーヒーすすって坂本くんが黙って、それから小さな声で「あ」って 町言った。ええ ? がね
164 す。だからココロの休憩で、オンガク聴きに来ました」 大きく目、ひらいて、にこにこした。あたしの隣に、体育座りした。 「えらいねー 「あんまりえらくないです。あと、ヒビキ負けたくないんですー 日野ヒビキ、唇とがらせて、小声になった。 けんせい 「ちょっと牽制です。ウザイ話きいたんで」 「え ? 「ヒビキ的にむかっくんです。見張ります ふうん、ってあたしは返事したけど、ヒビキの言いたい意味よくわからなかった。ヘッドホ さかもと ン、両耳にかけたまんまで、坂本くんがリハスタの防音ドアあけて、のっそり入ってきた。歩 きながら何か考え事してた。 あかね 「あっ朱音ちゃんその人止めて ! い っそくぎづけにしてー ポーカルマイクで藤谷さんが急に言った。はあ ? しようがないなあ・ : : ・。あたしは坂本く んに手をあげて注意ひいて、柔道の審判が『教育的指導』するときみたいに両手ジ = スチャー で、坂本くんの後ろ、指さしてみた。 ヘッドホン耳からずらした坂本くんがおかしなモノ見たっていう複雑なカオで、うしろふり きゅうけい
たた ヘッドホン両手で首から外して、藤谷さんが痛そうに顔しかめた。熟睡してたのを急に叩き 起こされた人みたいに、調子が戻らない顔してた。ちらかってる床にあぐらかいて、ヘッドホ ン持ってる自分の手を見て。 「坂本君、この曲、二番目のやっさ、今度のシングルにしようよ」 「え ? 」 「いい曲だから売ろうよ」 「シングルは違う、絶対無理 ! 坂本くんが、さっきよりもっと馬鹿なこと叱るみたいに言った。 「いつまでもネジ外れたセリフ言うのやめてよ。自分の分担するとこ捨てないでよ」 「えつ、なんで ? 売りたくないから ? 「じゃなくてタイプ的にそういう商業性高いアプローチは藤谷さんがやってくれないと困る」 「何それ、音楽性の違い ? ちょっとかっこわるいこと言ってるよ坂本君のほうが。僕の曲の 魅力に勝てないって白状したほうがまだいいよ、きみそんなセリフ悔しくないの ? 」 うわ : 城冗談じゃなしに、真顔で坂本くん見上けて先生が言ってて。 熱なんでこの人。わざわざそういう言葉使うんだろう。 狙って打ってる。 しか じゅくすい
つうかく 痛覚の場所。 「曲の善し悪しじゃないでしょ ? 」 ゅうれつ 、ものは堂々と売りたい 「そうだよ、数字イコール音楽の優劣だなんて僕も思ってないよ。いし だけだよ。でも坂本君はそれすら降りるんだ ? 」 「 : : : じゃあ、あんたみたいに商業的なこと言うけど、のキャリア考えるとまだ早い。シ しさつねんば ングルの四枚目って、甘えがきかなくて正念場だと思う。この段階でくだらない失敗したくな いし、してほしくないし」 坂本くんが先生を叱る言い方やめて、ゆっくり答えた。 「俺の曲でバンドの実績落とすのは嫌だ」 「坂本君わかってると思うけど、その条件完全に僕も同じだよ」 「あんたが実際にいままで勝ち星あげてきたんだからそれ言うのは卑怯じゃないの ? 」 「うん、きみのほうが不利だけど、だからそれで平気なの ? 絶対そんなはずないよ ! じゃ なかったらこんな曲書かないよ、書けないよー こんな曲、って言葉と一緒にヘッドホン強く床にぶつけて藤谷さんが言った。 痛そうだなと思った。 ( ヘッドホンと手が ) あたしまだそれを聴いてないから先生の手の痛さがわからない。 しか ひきよう
何がどう違うってうまく説明できないけど。 ( こういうとき、すごく、同じ、、ハンドの人だ ) テン・プランク の人は、勝手に、わかるようになってる。あたしの目。 いちもん ミニディスクのプレーヤ】止めて、ヘッドホン首のうしろにおろして、もう一問だけノート に答え書いた。 十二月になって。 時間は大事につかわなきゃいけない。 もら 筅生が欲しい時間、貰ったから ) 緊急ライブとか、ゲリラつ。ほい企画好きな人なのに、けっこう我慢してるし。 あかね 「あれつ。朱音ちゃんもそのヘッドホン持ってるの ? 」 コーヒー片手に、一一階席あがってきた藤谷さんがあたしの隣の椅子ひつばりながら言った。 いちおう、ここ四人用のテー。フルで、前あいてるのに。 「えーっ。わざわざ隣かな ? こ げんじ 「だって源司兄さん、俺のこと迎えにくるっていうから。場所あけてあげようと思って」 の「なんかこの横並び恥ずかしいんですけど ! 」 熱 「慣れようよ、せつかくだからー 「うわ、何に慣れるのかわかんない ! 慣れなくて困ることないし。でもいいですどうしても
櫻井ユキノのための音楽。 夜遅くに。自分の部屋のべッドにまるくなってヘッドホンして聴いてみた。先生の。 ふとん 何かから隠れるみたいに。布団の陰に入って。 ( 平気じゃ聴けない ) ふじたに ひとつめの音から藤谷さんの攻撃だから。 勝てるかわかんないから胸が。 ( でも負けてやられたままじゃ明日だめで会えない ) 蹴りかえす、足の。 準備する。 ( 水 ) パズル ( ナマじゃない。部品組み立てた細工 ) ( 古いアナログレコードの傷の雑音ざらざらしてる ) 真っ黒い水だった。 なぎ 真夜中の、新月の、凪の。いきものが生きてる気配が、しない。 さくらい
って言った。 「流血 ? 致命傷 ? こ 尚が坂本くんに訊いて、坂本くんが右手あげて、なんでもないって合図した。 かんしよっざい 「ヘッドホン緩衝材になってた」 「ああそう・ : お湯まだある ? って尚がやかん指さして言った。 「はい」 あっ、そうじゃなくて尚のお茶もいれなきや西条。って思ったときには自分で尚がやかん持 ちあげてた。 「西条と俺の二人分はないかも」 「す、すみません」 動揺しない人達だな。 西条はまだ今でも、うわあとかギャーとか思ってしまいます。先生が損傷するの困る。 けど、先生そういう人だし。 危険で。 熱「女工局生、受験どうするか決めた ? 」 やかんに水を足しながら、尚があたしに訊いた。あー
( 雫の音色 ) 明け方の青い霧。 舌に、ひやっとくる。 かけら。 あいかぎ ふじたに ろうか リビング 合鍵で扉あけて藤谷さんの家に入って、廊下まっすぐ歩いてると居間からこぼれてきた。 さかもと ( 坂本くんの ) 音を選んでる。 「あーはいはいはい、あたしそれ好きです、その音」 手えあげて挨拶代わりに言った。 「そう ? けんばん 鍵盤の。 ぶあいそう すごく端のほうに薬指斜めに置いて坂本くんが、無愛想な短い言い方した。 マッキントッシュ ヘッドホン右側の耳だけかけて、目線はパソコンの画面と手元の鍵盤と楽譜に行ってて。 さいじトでつ 脳の八割くらいはそっちがわに使われてて、横で西条が何を言ってもあんまり聴いてない。 あいさっ きり
220 何分後だか計ってないけど、しばらくたったら、首の後ろにヘッドホンおろしながら、坂本 がくふ めがね くんがスタジオ入ってきた。楽譜書いてる先生のこと見て、眼鏡の内側でイヤそうに両目細め ぶあいそう てた。「どういうミーティング ? 」って無愛想に、あたしにきいた。 「ええと : : : 先生じゃないとわかんない」 「西条、何したの」 何したのって、いきなり言うかな。 「西条は普通にしてました」 ふんいき 「トービング系の雰囲気あるよ、あの人ー 「それあたしわかんないけど」 「なんで今日スタジオ来てんの」 そのセリフは言われると思った。 「来たらだめですか」 「何それ ? ー 「あの、栄養不足で死にそうんなったからー 「そういうこと最初に俺に言わないんだ ? なんで ? 」 小声で「目そらして言われた。怒られてゑ坂本くんに怒られんの、嫌だった。 ( : : : でも凄いかわいくないですか ) すご
逆になってる。 ていうか砂塘のストッカーのなかにコーヒー足してくれてんの誰かなリわざわざ入れたく るす なる理由わかんないなリもおおーっ、ほんとに台所の支配者 ( 尚のことです ) が少し留守す るとすぐダメつぼくなるんだなあ : しよくせんき 「ねえ、ここ、食洗機買うって言ってなかった ? 」 「何を ? こ 「食器洗う機械、導入しませんでしたか」 「一時期あった。壊れた」 「何入れて壊したんですか先輩ー しっさい 「西条それ知ったらショックだと思うから詳細は一一 = ロえない」 「できた」 ひじ ヘッドホンはずして肘の横に置いて、坂本くんが手元の紙に何かポールペンで書きつけて、 あとはパソコンにむかって。そっちがわに脳の百パーセント使う人になってた。 城 ( 背中まるめてる ) 熱白いトレーナーの首のところ見ると。 眼の表面の、痛い感じ。