それから両目いっぺん閉じて、ためいき一回っいた。 「あのね。そこにいてよ。そこにいてくれる ? まだ大丈夫 ? 」 「はい」 あたしが返事したら、藤谷さんが机の上の電話機に手のばして、どこかにダイヤルした。源 司さん呼ぶのかと思ったけど違った。 「もしもし、僕。今から、僕の『お願い聞いて権』使っていい ? そう今。今すぐ。今。いっ ものスタジオにいるから二分で来てくれる ? 二分無理 ? 十五分だったらどう ? 」 受話器のむこうで、だれか、低い声で文句言ってるのがきこえた。 うわ : ・ 相手わかった。 「来ないの ? なんで ? 朱音ちゃんここにいるのに ? 早く来ないと冷めるよ、おいでよ」 「ええ卩あの : ・・ : 」 あたしがロあけたときには、先生もう電話切ってた。あのさ先生 : ・ 「先生、あたし餌じゃないよ」 の「うん。でもちょうどいいから」 熱 「ちょうどいいって」 「絶対来るよ」 えさ
242 「え、歌うってどこで」 「だからここで今ー 「先生どこにいんの ? こ 「だから武道館の前」 「それ、待ち合わせの場所ちがうよ」 「そうなんだっけ ? でも歌えるかわかんないんだよ。怖い歌なんだよ。僕のなかで勇気が必 要なんだよ、しかも黒い勇気で、ガソリン的なやっ」 待ち合わせの場所ちがう、ってあたしが言ったら、源司さんが、ああやつばりなって顔で、 今あたしたちの来た道、ふりかえった。そのまま坂道をあがって武道館のほうに戻っていこう とした。 ( そうじゃなくて ) かばん 源司さんの鞄、左手でつかまえて、あたしがそれ止めてた。 ( 今、源司さんに行ってほしいんじゃなくて ) 歌。 歌うって。 「ききたいから歌ってください」 「嘘だよ。ダメだと思ってるよ」
( 思考なんて結局は人体の都合に従属する ) 気合いよりも、脳の問題。 おやじ 高岡尚の親父が倒れたので至急病院にかけつけなさいという話。マネージャー上山源司 が説明した。そっちもどうやら『脳の問題』らしくて、 ( いちおう俺も医者の家の子供なんだ けどそんなこと普段は凄く忘れてるし、俺が医学を勉強したわけじゃない ) 俺の知ってる範囲 で脳梗塞とか脳出血とかのケースを想定すると、それは現場の処置の早さによってかなり明暗 が違うんで、ここで考えててもわからない。 上山源司が ( いつだって手回しがいいけど今も ) 決定事項みたいに言う。 「病院の場所も聞いたんで、なんなら俺も同行するから。都内だから、クルマで、高速とばせ ばそんなにはかからん」 じゃま 「いや、あのさ源司さん、俺のプライバシーに入りすぎだろう。俺の仕事を邪魔しないでくだ さい。お願いだから」 ていねい いつもより丁寧に高岡さんが話す。 一 ) 「あんた何の権利があって、俺の身内の話を職場にばらまくの」 「スミマセン。けど、ここは帰ってくれや」 さしず ス 「俺は指図されたくないよ」 「スマンけども、高岡がプロ意識でがんばってギター弾いても、今から三年後五年後に今をふ のうこ、っそく
136 ( あたしは、が避難所じゃなくていいです ) 先生に怖い気持ちさせない。 あたしのこと、わがままで曲げたり、させないよ。 どんな未来になっても全部、あたしの、自分で決めたもので。 藤谷さんに変えられたなんて言わない。 そんなふうに、先生苦しいことから守るのが、できるよ。 ( この人の持ち物になっちゃだめなんだ ) ( ずっと、あたしのこと、思いどおりにならないで困っててほしいんだ ) きらわれるかもしれないのに、危ない考え、あって。 やめられなくて。 なま だって今が大事って。今。ここで、この瞬間、絶対怠けたらだめって。 心臓でわかってて。 ( 負けなかったら、西条もしかしたら ) 危ない。 どうしよう。 ( ーーもしかしたら、この人、あたしの手に入る ) そんなの考えるあたしがおかしいって本気で思った。頭と両耳、がんと痛くなった。自分信
ないしょ く声、小さくして、内緒の話で。言った。 「オーヴァークローム解散ー 「ええ " 【なんで卩」 あたしがすごいびつくりして叫んだから、源司さんに頭おさえつけられた。 嫌だったから。 「なんでかなんそ知らん。今のところウワサ。来年東京ドームで解散って説が有力」 「じゃ、そのあと、どうなっちゃうんですか」 「わからん。それよかセンセイ、身内でも、あんまり変なこと頼まれないでくださいよ。一応 俺の立場的にクギさしときますが」 「うん。俺もまだ何を頼まれるか、わからないんだけど。とりあえず今夜仕事のあとでお見舞 いに行っていい ? 「ハ ? どうした ? こ 「今ね、桐哉、ファンの子にナイフで刺されて病院にいるって言ってたよ」 「うげつ、やべえな。なんだそれ。あんま大声で言わねえほうがいいそー 「刺されたって、どこ」
: ・音がまだ凄い、今も止まんなくて、今の俺のなかみも全部そのまま曲になるし死にそう なんだけど、それでもどんな音色がいいか真剣に考えてるし。病気つ。ほい。 頭のまわり、両手の、てのひらで触って坂本くんが言った。眼既がもう邪魔みたいに乱暴に 外して床に置いて、服の袖の端、指でつかんで手首の上にひつばって、それで両目の涙拭いて た。あたしは、モモコに借りた保湿ティッシュあるの思いだして、ポケットから出して、全部 渡した。おかあさんありがとう。って思うの二度目。 「おかしいかも」 「うん」 「でも坂本くんは音楽をする人なんだからそれでいいんだよ」 「俺は西条みたいになりたいんだけどー 「どういうの ? こ 「音楽があるのに強い人間だから」 べつに。弱いよ。 「あたし天才じゃないから。普通だから。そういうことだと思う の「違う。部分的に天才ー 熱 「部分なんだ」 「うん」 そで
「あたし何か作り方マズイですか」 「じゃなくて西条的なコーヒーの味するからびつくりした」 「はあー うれ 「そういうの嬉しい」 ふうん、って五秒間くらい普通に聞いちゃってて、あとからなんかじーんと頭の右側あたり で、あつあたし今この人に懐かれてるっぽいこと聞いた気がする、って思って。うわ、って隣 見たら、横でその瞬間に坂本くんがコーヒー飲めないで咳きこんでた。あれ : ・ せき にら 咳しながら、あんまり直接こっち見ないで左目で少し睨まれた。 「何か今そっちで電波出した ? こ 「つても、どういう電波かわかんないんですけど」 「絶対、そこから発してる磁気ある」 「静電気 ? ー 「メモリー消えるから困る」 めがね 眼鏡かけて、自分のマグカップ持って、さっさと距離ひらいてむこうに戻っていった。もお おーっ、何かなあーっ。逃けるかな : : : 。そんなズバリ困るって態度ありかなあっ。 ( いいですどうせ。妨害電波で ) でもムッとする。
ないのに。どんどん、悪くしちゃうのに : 「でも、わかるから なんとなく、そのとき喉の手前に浮かんだことそのまま答えた。 「気持ちはわかるから」 「・ : ・ : ありがと」 あたしの顔を、じっとみつめて、コキノが言った。 をしいって思 「あのね。朱音ちゃん。わたし : : : だけどテン・。フランクなんか早く壊れちゃえま、 ってるの」 え ? 「テン・ブランクは好き。朱音ちゃんのことも好き。だけど嫌いになったの。ううん嫌いじゃ なくて、今でも好きだけど、の音楽聴いたら泣くけど、今はおなじに憎んでるから 変わらない、じっと視線はずさない表情で、涙のこってる顔で、ユキノが。 本気の一言葉で、言った。 「優しくしちゃだめだよ。ユキノに優しくしたら、きっとあとで朱音ちゃんは困るから。わた しどんな手をつかっても、朱音ちゃん、わたし、もしも朱音ちゃんに殺されても、それでもい いから、どんな悪い手段ででもあの人を手に入れるの。そういう覚悟してるの」 手に入れる覚悟って。 のど
152 「あいつがオモテ出さないのに、俺が言えるわけねえべ」 「あのひと内緒なんだもん全部 : : : 」 「あんたが訊いても言わねえの ? 「絶対言わないよー 「そんなら、まだ新展開はないな」 「だけど高岡君が結婚しちゃったらどうしよう ! 胃が痛くなってきた」 「イヤ、なんにも変わんねえんじゃないの ? あんたがなんで。フルーになんの」 「わかんないけど考えると目の前真っ暗になるよ。考えすぎ ? こ ハードなこと考えても意味ねーそ」 「だなア。先回りして 源司さんが、弟にむかって言うみたいに、先生の頭なでながら言った。そういうのもなんだ か、かわいかった。 「朱音ちゃんぜんぜん平気なの ? 高岡君好きでしょ ? 「せんぜん平気ですよ」 おとめ ートの人みたい」 「うわ、俺・はつかり乙女なハ 先生がちょっと傷ついた顔した。うーん、でもあたしは平気だな・ : 「それ、今の話じゃないし」 すいししっ 「今を生きること推奨 ? わかった、そうする。それでさ、僕、今年のクリスマスイヴはどう ないしょ
「そうか、そんな感じだよね、僕と彼女がお互い言えることのバリエーションなんて」 「でも元気そうでした」 「甲斐ねえ、今《テレヴィジョン・トラック》のマネージャーなんだよね。最初のうち俺は、 いなか 田舎に帰って結婚するとか聞いたけど、結局この世界やめられてないねー 「知ってるんだ」 「知ってるよ」 まさっ 即答で言われたら、あたしの胸のなか少し摩擦で、痛い感覚した。 あたしから出した話だから、それは我慢しなきやだめで。 ( 昔好きだったんじゃないかな ) ( いっしょに音楽は、できなかっただけで ) ざんこく 音楽の才能ないって、残酷なこと言ってたけど。 昔にあったもの捨てて、消して、なかったことにしてくより、ちゃんと今でも知ってる先生 のほうがいいんだ。たぶん。 生きてる、大人のひとだし。 の「親切に教えてくれる人、いるよ。だって話題としておもしろいじゃない ? 僕が昔から彼女 熱 預かってたのはみんな知ってるし、うちのバンドと甲斐との間で何があったのかも、いろんな おくそく 想像してる。大半憶測と嘘でも。数うてば少しは的に当たるからー まと