134 「わかんない」 「俺からこういうこと言われたら、最低ですって罵らなきやだめだよ ! 」 「だって先生、優しいこと言ってる気がする」 「うわっ、何卩ちがうよ " 】だめだよ、どうしようこの子、こんな人間に騙されちゃだめだ よ、気をつけてよ。危ないなあっ、俺凄い心配になった、朱音ちゃんのことが」 あわ 冗談じゃなくて、慌ててる。 ( 先生あたしのこと幸せにするって ) 約束したんだよ。 忘れないから。 ( でもこれ幸せかも ) 立ちあがった。朝日つよくなってきてた。空気の匂いが違ってきてた。太陽のカ、増えてき てる匂い 「先生、あたしがテン・プランク休んだら困りますか」 「困る」 地面から見あげて先生が言った。 「あっ。でもそれは西条朱音の人生の話 ? 」 「先生は関係なくなってていいです。あたしが自分で欲しいもの言います。あの、バンドでや ののし にお だま
168 だめだよ。先生、怖くて結局。 そんなに人をいじめたらだめだよって思った。 痛いめにあうの、ユキノだけじゃなくて。 いろんなとこ刺さるし。 「仕事の話は仕事の場所でしようよ。またね」 「仕事って言うけど ! 」 ユキノがとたんに我慢できない、噛みつく声で、にらみつけて言った。まばたきしない眼、 りんかく 輪郭のいつばいに涙、透明に光ってた。 「わたし、人生です」 「僕もそうだよ」 ちがう、ってユキノが唇、動かした。あたしは立ちあがっていいのかわかんないけど、勝手 に立ちあがって、どんどん歩いていった。ユキノがあたし見て、朱音ちゃん、て呼んだ。あた しはユキノの片手に、自分の手つないで、もう行こうって言った。 「いいよ。 , もう ( 行こう 「朱音ちゃん」 まっげ もう一回、名前一言って、ユキノがまばたきして睫毛から涙こ・ほして、あたしの手をぎゅっと
「サーファー気味に ? 」 「気味に。工セに。でもショウタ君アメリカ西海岸まず似合わないね。ハワイもないね」 かんぶう 「寒風吹きすさぶ芸風だから」 つがるかいきよっ 「きみなんか津軽海峡だよ」 「そこまで言うかしら」 ミドリに語らせてみてよ。悩殺して降参させてよ」 「正体、 「どうかねえ、うちのギターはどの子も正直者で : 先生に頼まれて、。ヒック一度口にくわえてから、ネック握り直して、尚が即興でソロ弾いて くれた。 するつ、て。 ラクに。 弦が、勝手に歌うみたいに、考えるんじゃなくてナマで、いちばん原始的なとこで鳴りだし て、こういう弾き方は怖くないけど尚らしいと思った。好きだから弾く音。自由で。 純金の音してた。 のあたしこの人のギターやつばり好きだ。 熱 一生、聴きたい。 たかおか 「高岡君ギターうまいなあ ! ャだなあ、どうしていつも常にギターうまいの ? こ そっきしっ
133 熱の城 I 「ポジティヴだけど、苦しいな」 「なんで ? 」 「うん。僕のなかに僕っていう人格が複数あって : : : 。彼の友達として胸はどきどきしてるん だよ、俺も。心配だし、祈ってるんだけど、それはたしかにあるんだけど、俺の音楽のために は高岡君の都合なんかまったく関係ないって思う僕がひとりここにいるから」 自分の頭、指さして、藤谷さんが言った。 「もうひとっ正直なこと告白すると、朱音ちゃんの都合もどうでもよくなってる瞬間がある。 ものすご さいじしっ 物凄く、僕の音楽のためだけに、好き勝手したくなることがある。西条朱音の人生がどうなっ ても、音楽モードの俺さえよければ、関係なくなっちゃう。そういう俺自身がコントロールで きないのは、怖いし、苦しいよ」 でもー それって。 ( あたし考え方おかしいのかな卩 ) 自分で頭ぐるぐる考えたけどわかんなかった。 うれ 「先生、あたし今、それ、嬉しかったですー 「ええっ卩なんで卩」
ー 132 きとく ・『高岡君のお父さん危篤だったらしいけど大丈夫 ? 』って」 「あっ。やられた : ・ 先生が大声出しかけて、でも出さないで、黙った。 しばらく黙ってた。 箜気寒い ) あたしの風よけになる場所、ちょうど先生がいて。この人も風邪ひいたらいやだな。 だけど先生が黙って、アスファルト見てたから、空気動かせなかった。 ( あたしこのひと大事だな ) えんりよ 意地悪みたいに、こんな、先生が困るような話も遠慮しないで言ってるのに。今そういうこ と、じわっと思った。 ( 藤谷さんの傷つくことは絶対いやだ ) ウラもオモテもどっちもほんとうなんだ。 両方、自分だった。 「朱音ちゃん知らなかったよね ? イヤな思いした ? 何か考えた ? 「大丈夫かどうか、音楽きいてわからないんですかって思った」 「ああそうか。ポジティヴだねー 「先生は ? こ
そうなんだ。と思ったら。 「えつ、どういう意味卩誰が ? 桐哉が ? 先生が、電話にむかって、普通と違う声できいた。源司さんが一瞬で怖い顔して、先生のほ う見た。 「・ : ・ : うわ信じられない。 : ・俺、協力したくないけど、するしかないって話 ? すごくいや じしつほ だな。かんべんしてよ。じゃあ、交換条件で、俺の相談に乗ってくれる ? そしたら、譲歩し ないこともないよ。そう。じゃあね」 電話、切って。二つ折りの、元に戻して。藤谷さんが何秒間か、考えてた。 あたしと先生のあいだに、電話置いて。困ったなあ、ってひとりごと言って。 「朱音ちゃん何かオーヴァークロームの噂、聞いてる ? 」 「なんにもないですー 「そう ? そうだよね」 : って。それだけで黙られても。話、ハンパなとこまで聞こえてるし。 「先生そこで話止まったら気持ち悪い」 の「うん、僕も気持ち悪い。源司さん、ほんとは情報あるんだよね ? 熱 「俺スか」 源司さん、ヤだなあって顔したけど、あたしと先生に中指で、近く寄れって合図した。すご うわさ
140 「ああああああ、くやしいリ俺生まれてからこんなくやしいの初めてじゃないかな」 うれ 「あたしこんな嬉しいの初めてかな」 先生の近く、しやがんで、言った。 ( コート汚れるよ先生 ) ていうかそれ着て走ったら空気抵抗あるんじゃ、って思ったけど。 「ああもう・ : ほんとにくやしいよ、どうしよう ! 」 先生、両手で自分の顔おさえて、それから。 てのひら 頭のほうに掌あげて、首うわむけて、寝転がってるまんま、あたしのこと見た。 「でもねえ ! 朱音ちゃんきいてよ。大変だよ ! また名曲できちゃったよ今。僕のなかで。 どう由 5 一つ ? ・ 「えっ : : : すごい聴きたいですー 「朱音ちゃんっておかしいよ ! 」 「それ先生が言うかなあ卩 「うん」 嬉しそうに藤谷さんが言って、笑ってた。
会わないつもりで待ってるなんて。 変だよ。 げんじ ( この人源司さんから事情聞いてる気する ) ニブくない。 必要な情報がまわるの、速い でもそれじゃだめですって思った。 ものすご 「先生、その予測、物凄くムダです 「あいたっ 「ムダだし。先生の予想そんなのなんだったらあたし平気で何回でも裏切って勝てるよ」 「ごめんなさい。俺、かなり頭悪いかな」 「頭悪いかわかんない。けど先生、あたしのこと信じてない」 「えっ ! やま をい、この話そういうゴールになっちゃうんだ ? 最悪。僕が高岡君に怒られる のもそのせいだよね。それは、僕が愚かなんだよ。信頼度の話じゃなくて。もうぜんぜん手前 の初歩のこと の左手の中指の先で、こめかみのところおさえて、地面見て、先生が言った。 「まるで、この世に本当はサンタクロースなんか存在しないのさと知ってるつもりのヤな感じ の子供みたいじゃない ? でも現実には、サンタはいるんだよね」 おろ たかおか
193 熱の城Ⅱ 「もー、なんでこんなこと始めちゃったかな ! 「ハッカねえー、ちがうよ、そんなもん始まっちゃうんだよ」 モモコに言われた。このひと、さすがこんな娘大きくなるまで育てた母親だと思った。 ( それより西条、テン・。フランク足りなくて ) 足りなくて寂しいと死んじゃうのは、先生で。あたしは死ぬんじゃなくて、なんで坂本くん と一緒に住むとか言いだすのかなって、自分で、理屈が途中ぬかしてすっとんでるかんじで、 頭痛くなった。 ひとりで、混雑してる電車に乗って、学校の帰り、そんなことぼんやり考えた。近くで、ヘ カップリング さくらい ッドホンかけてるひとが聴いてる歌、櫻井ユキノのシングルの二曲目だった。余って外にも れてくる高音とリズムでわかった。 ( それ三曲目になったら坂本くんがリミックスしてる音だ ) 知らない他人の相手に、言いたい気持ちになったりした。 凄く、不思議になった。 ユキノの痛い、こわれそうな歌が、チャートの一番になって、みんなに聴かれてる。 ( みんなにばれてる ) 人生って、ユキノが言った『音楽』のなかみ、公開してまるごと聴かせてる。 さいじよう・
見てると、電圧計の目盛りがあがってくみたいに、何かあの人の中で動いてるなと思う。 「あれつ。まだ夢かなあ・ : あたしの後ろのほうで急に低い声でひとりごと言った人がいて、あわてたから西条そっちに やかん投げそうになった。あぶなっ。 「にゃああああびつくりしたリ 「実物だった。おはよ」 夕方なんだけどおはようって、・ほんやり片手あげて藤谷さんが言った。絶対あきらかに自分 の部屋じゃないとこから出てきてるし。 「えっ先生、そっちの洗面所で寝てた ? いっから卩」 「いま何時 ? 」 って質問のセリフと同時に自分の腕時計見て、それからこっち見て先生が、「ああ、じゃあ 午後なんだ」ってつぶやいた。先生も昨日見たのと同じコート着てる。 外にでかける用意したんじゃなくて、ゆうべ ( か今朝 ) 帰ってきた時点で脱がないでそのま んまなんだと思う。 あかね 「あつでも大丈夫朱音ちゃん俺生きてるからそこは疑わないで」 「あのう : : : あのね先生、死んでないのは、見ればわかりますけど」 だから。そうじゃなくて。生きてればいいんじゃなくて。