大事 - みる会図書館


検索対象: 熱の城
56件見つかりました。

1. 熱の城

( でももう本気で決めなきゃなんない ) 十一月で、高校三年生の二学期で。いまごろになって進学するかどうかやめるかなんて話、 してる場合じゃないって自分では思って。仕事あるし。音楽やりたいし。一番大事なのは何か ってのは、もう決まってるから。 二番目から下のことはどうしようって。 よけいなもの、何も必要ないって気持ちもあるし。 たた 「たとえば明日藤谷が何かの間違いで死んで、テン・ブランクが無くなっても、一生ドラム叩 いて生きるの ? 」 尚が言った。 ( 死んで。無くなっても ) 左耳、湯気の音ばっかり聴いた。 ガスの火の。 風が鳴ってる音と。 城 ( ーーあっ ) 熱あたし合計何秒間黙ったんだろう、って胸がガンと鳴って気がついて、まばたきしたら尚が ガスコンロの火止めたところだった。

2. 熱の城

216 じゃない。もっといい曲持ってきな」 「ええ ? どういう 第な話 ? 「いや、人情」 「だれもが思うこと ? ああそう : ・・ : 」 「櫻井ユキノと同じレベルの仕事してるんじゃ、ユキノに負ける。テン・。フランクであれ以上 の音ができなけりや、おまえみたいな人間はユキノ側に行くんだよ」 「まあ、正直言って、すべて音楽次第だよね。僕よ、 、音楽が好きだから。音楽家として有 意義なほうを本能でえらぶよ、そうなったらしかたないよ。テン・プランクだって、俺のなか で他のアーティストよりも魅力がなくなったら捨てるよ」 藤谷さんが、すごく裏切り者みたいなセリフ、厳しい顔で言ったけど、あたしは先生がそう いうこと一言えるのもわかってた。 だから驚くのは、なかった。 「音楽に、勝ち負けなんかないことも事実なんだけどさ。ぶっちやけると、大事なのは順位表 じゃなくて、異化効果だけど。だけどなんだか僕むかついてきちゃっててさ、なんでもかんで そうかい も、よけいな面倒なもの蹴りとばせたら爽快だなと思ってきて : ・ 「へえ。それ歌えば ? 桐哉が面白い話、きいたみたいに、言った。

3. 熱の城

て呼ばれてるんだ ! あなたはどうせ偉いセンセイ様になるんでしよとか、きみの音楽はただ の趣味なわけでしよう日本のコドモのほうが大事なんでしよとか、ものすごく差別的に憎らし く言われたんだ、腹立ったよ ! その怒りは当時限定で、今はいいんだけど」 「え、でも最初ダメだったけど、ダメじゃなくなったんだ」 「うん。そういうことはあるよ。そうだよね」 人間変われるよね、って先生が、考えながら言った。 「 : : : そうだなあ、この業界の恩恵で生きてる僕が言うのもおかしいけど、僕の仕事人生ふり かえると、悲しい記憶と疲れる話は、いつも、あってあたりまえのものでした。空気とか地面 なんだよ。高岡君はキャリアあるのに、いまだに汚い話に馴れないで、ガッンと言いかえした えんえん り、延々ずっと怒れたり、するでしよ。俺はああいう目線では生きられないな。この社会で、 げ . い・」う 迎合しないままで人と協調するのって、ハンパじゃなくエネルギー使うから。僕が持ってない なぐ もの平気で持ちつづけてるから、僕は彼のギターで目がさめる。たまに、うるさすぎて殴りた くなるけど。朱音ちゃんならない ? 「あっ、なる ! うるさくて泣きそうになるですー の「そういうときどうしたらいいのかな。どうするの ? 熱 「ドラム殴ってる」 ってあたしが答えたら、藤谷さんガクッてなってた。

4. 熱の城

251 あとがき れリ」てな心意気で、相手になった次第。でも実際に戦ってみたら、以前のままの坂本君しゃ なかった。ああなんだそうか、きみはも、フ進んでたのか、と田 5 いました。 私のなかでムーン・シャインってとても大事な作品なのですが、それとは別に、これもまた 大事な作品になりました。 どっちも彼の人生が進んでくなかで、一瞬のボラロイド写真みたいなものなんだろうけど、 そんなふうに過ぎる一瞬を書きのこしていけるのは、小説の嬉しいところだなあ。 明日何があっても、文字は残る。明日も書くけど。 さて、「熱の城」、なにげに大変な終わり方してますが、この先もまた書かなければです。 挿画の羽海野チカ様、今回も本当に本当に、ありがとうございます : 担当 Z 氏と、お世話になった大勢の皆様にも深く御礼を。 そして、この本を手にとってくださった方に、愛とピースを。ここまで読んでくださって、 本当にありがと、つございましたリ またお会いできますように。 ( 『ストロボライツ』は 0 0 1 •-J 礙年月号に掲載されたものです。 ) 若木未生

5. 熱の城

じらんなくなった。ぎりぎりで、いちばん大事なもの何って自分にきいた。いちばん大事でい ちばん壞しちゃいけないものは知ってた。あたしの音。 ずるく鳴らないで。 覚悟、ある音で。 「朱音ちゃん、百メートル競走しようか」 座ってる地面から、両脚、動かして。ゆっくり立ちあがって、藤谷さんが言った。え ? じつほ 「俺が負けたら、バンドのスケジュール、できるかぎり譲歩して考える。朱音ちゃんが負けた ら、バンド優先して、合間に受験でもなんでも俺の知らないところで自力でがんばってよ」 ん。でも」 「俺の足悪いから無理だと思ってる ? けど俺は男だから、たいがいの勝負でだったら朱音ち からだ ゃんに勝てちゃうよ。身体のつくりが違うから、ハンデつけても甘くないよ 全部、さらっと言われた。 いろいろ、冷たいっていうか、怖いセリフ混ざってた。 ( 男だから ) の何。 たた 熱 頭の、上のほうから、叩くみたいに来る言葉で。そういう種類の言葉、使える人だってこと も、知ってたけど。むきだしな感じ、がした。しようがないと思った。優しくなくても、驚か

6. 熱の城

燗『此処を溿ほしても』 ユキノの声、ひびのある透明な石みたいだ。 ( この声やばい ) 声質。 ( 凄い変 ) C はらばらになる ) きれつ 亀裂が、入ってていっぺんに壊れてどっかいきそうな。 そういう石で。 ( やばい。きれい ) 先生の音楽、こんな声で歌う楽器あったら。 ( 藤谷さん絶対大事にする。やめなくなる ) 宝物になる。 此処を溿ほしても わたしのてのひらの中心に根をはった一輪きりの血色の蓮は咲き むごたらしく骨をちらして あと 消えない痕と後遺症と はす

7. 熱の城

心臓の手前で、ナイフの刃、左手で受けとめる手のカタチして。それからまた言った。 ぬ 「縫った。十二針」 「じゅうにつて」 ひ 「ギター弾けなくなってんだ」 「弾けなくって」 簡単に言いすぎ。 「いいんだよ」 「なんで」 「歌えてりや問題ない」 「そんなことないよー バカじゃないのかな。 「何だって大事じゃん、人間なんだから。歌もあるけど、歌うの人間だから」 「歌があるから人間なんだよ俺は」 「え、ちがうよ」 のど の「俺の、喉が」 熱 自分の喉にむかって、煙草はさんだ右手の指の、関節、当ててみせて桐哉が言った。 「声帯が、ブッ壊れて一生歌えなくなったら、そうなったら何の説教でもゆっくり聞いてやる

8. 熱の城

246 「先生、あたしのこと好きですか」 「うん。好きだよ」 藤谷さんが言った。 あたしもう本当は、あたりまえにわかってた。 知ってた。 もっと前から、予感で。 わかってたから。 ( がんばれ ) 両手の指を、うんとうんとカ一杯に、握って。泣くの、やめようと思って。ちがう、泣いて なんかないと思って。 涙は拭かないで言った。 「西条は坂本くんが大事ですー 「知ってるよ。それでいいよ。でも好きだよ」 それでよくなんか全然。 って、思ったけど、それ以上は言えなかった。出口、まちがえたら、だめで。先生もそんな ことわかってた。一から百まで言わないでも知ってた。 ( テン・ブランクってバンドじゃなかったら )

9. 熱の城

136 ( あたしは、が避難所じゃなくていいです ) 先生に怖い気持ちさせない。 あたしのこと、わがままで曲げたり、させないよ。 どんな未来になっても全部、あたしの、自分で決めたもので。 藤谷さんに変えられたなんて言わない。 そんなふうに、先生苦しいことから守るのが、できるよ。 ( この人の持ち物になっちゃだめなんだ ) ( ずっと、あたしのこと、思いどおりにならないで困っててほしいんだ ) きらわれるかもしれないのに、危ない考え、あって。 やめられなくて。 なま だって今が大事って。今。ここで、この瞬間、絶対怠けたらだめって。 心臓でわかってて。 ( 負けなかったら、西条もしかしたら ) 危ない。 どうしよう。 ( ーーもしかしたら、この人、あたしの手に入る ) そんなの考えるあたしがおかしいって本気で思った。頭と両耳、がんと痛くなった。自分信

10. 熱の城

自分の話なのかってくらい、異常にもりあがって、ヒビキが大喜びしてた。そういうの、物 件って言うかな : ・ 「よかったあ。テン・ブランクいし ( 、ノドですネ。やつばり朱音ちゃん天国ですよ」 あたしの目をのそきこんで、ヒビキが言った。 つなわた ( 怖い、ぎりぎりのところ歩いてる綱渡りの、感じ ) ヒビキの、光ってる部分の多い、おおきい黒目、見たとき思った。 たぶん鏡だった。 ( 一瞬先、どうなんだか未来見えない ) 音程、半音高めに、なってる。 熱だけ高くて。 ( でも光、反射してる ) ( 光ってる ) それがあたしたちのいる場所だと思った。 のこらず全員。 「うん。天国、かも」 ヒビキにそう答えた。 大事に言った。 けん ぶつ