218 源司さんに言って、藤谷さんが自分の頭に左手の指あてて、考えて黙った。 「 : : : そうだそうしよう。ごめんね朱音ちゃん、僕ひとつ、あくどいこと考えた」 「え、また ? こ 「ええ卩また ? 」 我にかえった顔して、あたしのほうに首曲げて、藤谷さんがちょっと傷ついて言った。 「俺、やつばり悪いことばっかりやってるのかな ? こ 「やってるけどいいですー ものすご 「そう ? ユキノチームの主犯の僕が言うのもイヤな勝負だけど、ユキノチームにだって物凄 たちう い周回差つけて勝っこと考えちゃったよ。だれもテン・ブランク相手にうかつに太刀打ちでき ないよって、この世界中にむかって大声で言えるくらい、勝てるよ。どう ? こ 外さない視線で、言われた。 藤谷さんに、このモードでこんなふうに言われたらそれ絶対逃げられないことで。 モーター高速回転で、もう現実になって動きだしてて。 先生のなかで。 ( 大声で言ってください ) 悪い人でもなんでも。 ( がいちばんだって )
「そうか、坂本君なら : ・・ : ああそうか、そう弾くよねえ : ・ ひざけんばん 指。中指、自分の膝に鍵盤あるように動かして、藤谷さんがひとりで言う。 ( 澄んでいる冷たい夜の酸素 ) ざひょう うな いか 9 ま もう一度、今度は座標が北にそれた空で、雷が唸った。フラッシ = の、軽い白い稲妻に必死 に追いついて重低音。 「あっ。わかった」 藤谷さんが簡単な計算ができたみたいに言った。 「じゃあ坂本君、その方策を貰うけど、プラスもうひとっ俺の必殺の音を聴いてよ、絶対びつ くりするからー 「やれば ? 「どうしよう俺、どうしてこんなにテン・プランクを愛しているかなあ。こんなに際限なく凄 い音を考えてたら破滅すると思う、人間としては ! 」 いまさら 「今更そんな明白なこと言ってどうなんの」 ぞうきん しば たちう 「だって本当にひどいよ、全力で雑巾みたいに俺の才能を絞って太刀打ちしてるよ俺、かわい そうだよ」 「あんたのほうが天才だって自分で言うから悪いんじゃないの ? 」 「うん。もはや責任だよね。ああ、だけど俺よかったなあ天才で。今夜も良い音を作ってから もら さいげん
すきま 「だけど、お互い忙しいまんまだと僕ら会えなくなっちゃうから、なるべく隙間みつけて、仕 事ぬきでもダラッと会ったほうがいいんだよ。そうじゃない ? 」 めがね 先生がテーブルにヘッドホン置いて、ポケットから眼鏡とりだしてた。透明な眼鏡。 ( あ。『仕事』始まってる ) もう変わりかけてる。 「フーン。まあな ? 」 両眼、半分にして、何か言いたいことありそうに源司さんが藤谷さん見た。けど、続きは言 わなかった。そのかわり藤谷さんが急に、まじめに訊いてた。 「源司さん結婚しないの ? 」 「フツ。うるせえいきなりセクハラ発言すんな男のくせに」 しろ′、しちゅう ぐこう 「四六時中、俺の愚行につきあいが良いなあと思って。悪くない ? 」 「アホか、仮に俺にカミサン六人いたって、あんたの面倒はガッチリ見るそ。俺の仕事だし。 しょたい つうか、所帯持つんなら俺よか高岡が先だろー の「誰と ? 僕知ってるのかな ? 」 熱 「知ってんじゃないの ? 」 「でも僕の情報古いよ ? 更新してないよ。源司さんのは ? たかおか
206 「じゃもうしつこいから好きなほうでいい」 「ツか、クソムカック」 なぐ 本気と冗談のまざった言い方した。本気の声、予告なしで人殴りつけるみたいに怖くなる。 でもあたしの耳、少しは慣れてた。慣れないと会話できない。 「新曲は好きです 「フーン あたりまえすぎる話、ききたくない顔で、どうでもよさそうに言われた。 「クソ兄貴、何がうまく歌えないって ? 「スランプなんだよ」 「何言った ? 「素敵な歌ばっかり書けてさ」 「へえ、オモシロイデスネー ゆいごん 「自慢とか遺言じゃないよ」 「フーン」 ごせんし よこせって身振りで、藤谷さんから五線紙うけとって、コントロール・ルームのなかを歩き ふめん ながら、桐哉がざっと上から下まで譜面、読んだ。 ながいす スタジオの壁際に作りつけの長椅子に、どさっと座って、雑に両脚組みあわせて右手の指で
防音ドアのむこうのロビーに出ていった。食べる気ないんだろう。 「サカモトサンてー うかが そろそろと横から窺って、アシスタントの三石大志が言った。 「藤谷さんと対等で音楽の話、してて、スゲッすね。俺、目の前で見て、鼓動ドキドキするん っすよ。俺の真ん前で今、テン・ブランクのメロディができていくゥーって」 はしぶくろ 「箸袋に書いてるけど 「なんか不思議ッす。ほんとにこうやって、こんなチマい紙に書いてんのが、音にして鳴った ら宇宙じゃん ! 」 後半くだけた調子になって。俺より格段に健康そうで、年上で人間として経験値高そうな相 手だったから、俺のやってる程度のことで「スゲッ」と言われるのは俺のなかでは奇妙な事態 だった。どうするか俺は考えて、藤谷さんがやるみたいに安全な返事をさがして、どうもあり がとうと言った。俺のほうが人生レベルで後輩だから、適当に呼んでいいですよと言った。 「や、おそれおおいッて。こんな輝いてる人に、俺なんて、足元だから」 「タイシはまだまだ早い」 瀬垣さんが = ャッとして言う。煙草をとりだしてた。すぐ近くで吸われるのは俺は困るけど やめてくれというのも俺の勝手だから、避難してロビーに出た。 ( ときどき痛い注射針みたいな光ってる鉄は混ぜても いい、と同時に基本はあんたのやりたい
いんがおうほう 酌したからってそのぶん音楽が良くなるとか、そういうヌルい因果応報ってこの世界にないん だからさ。僕は本当にいやだなあ、本当にこんなこと考えなきゃならない現実があることが非 常に腹立たしいんだけど、でも現実がこうだよね卩だからいいよ、考えるよ、どうにかする から行きなよ」 しゅびいっかん 「あのなセンセイ、あんたの発言、最初から首尾一貫してないって点においてだけ首尾一貫し てんそー 「そうだよ。最初から僕がいまどんな気持ちだか正直に言ってるだけだよ。嘘をついてないだ けだよ全部。もうひとっ言うと、これ以上本当のことを話すと俺は泣くよー 「スイマセン あやま 今までで特に腰の低い謝り方で上山さんが言う。 だれも、わざと無神経なわけじゃないし。 音楽の敵はいない。 ( そういう場合のほうが敵がいるときより処理に困る ) ッ「どうもありがとう源司さん、俺に大事なこと教えてくれて。高岡君、あとで俺に電話くださ イ 、待ってるから」 ああそれから煙草一本貸してよ、と藤谷さんが言って、高岡尚の持ちあげた手からセーラム ス ライトを一本拾う。上山源司の渡そうとしたライターには気がっかないで、 「坂本君、これ一本ぶんの時間だけ、俺に考えさせて」
140 「ああああああ、くやしいリ俺生まれてからこんなくやしいの初めてじゃないかな」 うれ 「あたしこんな嬉しいの初めてかな」 先生の近く、しやがんで、言った。 ( コート汚れるよ先生 ) ていうかそれ着て走ったら空気抵抗あるんじゃ、って思ったけど。 「ああもう・ : ほんとにくやしいよ、どうしよう ! 」 先生、両手で自分の顔おさえて、それから。 てのひら 頭のほうに掌あげて、首うわむけて、寝転がってるまんま、あたしのこと見た。 「でもねえ ! 朱音ちゃんきいてよ。大変だよ ! また名曲できちゃったよ今。僕のなかで。 どう由 5 一つ ? ・ 「えっ : : : すごい聴きたいですー 「朱音ちゃんっておかしいよ ! 」 「それ先生が言うかなあ卩 「うん」 嬉しそうに藤谷さんが言って、笑ってた。
「なんか、ヒビキロ悪いですか ? ヤですか ? こ 「ヤじゃないけど。テレビ出てるときと、雰囲気ちがうー 、ミ」から、 「だってテレビは、お仕事ですから。ヒビキは、と朱音ちゃんを、リスペクト あんまり自分っくりたくないんです。なんでも言いたいんです。良い子になっててもしようが ないっていうか。って本音の音楽じゃないですか。だから、ヒビキも本音しゃべらないと 恥ずかしいんです。あっ、また朱音ちゃんって呼んじゃった」 「え、呼び方どうでもいいよ」 「ワーイ」 うれ につこりして。どれですか、セーラムですか ? ってきかれたから、ライト、 嬉しそうに、 って教えたら、ほんとに財布から千円札出して煙草買ってた。えっ ! 買うんだ。 ( 西条ちょっと。ハカ正直かもしんない ) べつにあたしは、何かの折に恋心っぽいもの目指してたりしないですけど。でも、ゆだんも さすがだなあ・ : : ・。どっちかっていうと感心した。 すきもないなあっ : がくや 「ほんとゆうと、の楽屋にごあいさっしにきたんです。でも、こわいんですよ ! 藤谷さ 城んに会いたくないんですよー 熱「布い ? なんで ? 」 「怖いじゃないですか。藤谷さん怖い人ですから。ていうかヒビキと仲悪いじゃないですか」 ふんいき
たかれた。テレビ局のなかの、広い廊下で。初めて来る場所じゃないけどいちおう緊張して た、から、びつくりした。 両目の大きい、女の子。真っ白い、ふわふわしたセーター着て。そこにいた。光反射する素 材のテープがぐるぐるついた、オモチャみたいな目立っ靴、はいてた。 ( ついさっきこの顔の巨大な看板、駅前で見た ) 目の前にナマの本物。 ひの 日野ヒビキ。 藤谷さんがプロデュースしてる人。十四歳で。 ( 年下に見えない。しつかりしてる ) 「こんにちは。今日、も収録があったんですね。ヒビキもなんです、うれしいな。ョロシ クオネガイシマス ! 煙草、西条さん吸いませんよね ? まさか」 にこにこして言われた。 いつどの場所で会っても絶対かわいい顔してる。 「 : : : あ、うん。バンドの人の。買っとこうかなって」 「タカオカさんのことですか ? つきあってるんですか ? ー 城「え ? ううん全然そういうのとちがう。でもファンだからー 熱「ファンなんだ ? おんなじバンドなのに、おもしろい」 「あたしには、最初からテン・プランクってそういう人達だから」 ろうか くっ ーフェクトだった。
162 いしっすそば 「朝の五時から石臼で蕎麦をひいているとこうなるの」 本当だか冗談かわかんない返事。マジすか ! 俺もやろうかな ! ちゃ真にうけてた。源司さんがその頭たたいて笑った。 「ていうかそれ見てえ ! 高岡が石日まわしてんの、現場見てみてえ」 かれん 「可憐よ ? 」 「自分で可憐一言うな」 「お蕎麦屋さんってタフなお仕事なんだねえ」 藤谷さんが感心してる。いやギタリストもタフですよ、って尚が答えた。 「じゃあ実家のお店のほうにもその黄金のウデ貸してるの ? きみ何ヶ所に存在するの ? 」 「どこでも。人の足りないところを埋めるだけー からだ 「身体こわさないでよ」 「そうね。介護する側が倒れる連鎖はありますね。母がそんな様子でよくないのよ」 「あつアカネがちゃっかり目玉に星入れとる ! キラキラしてやがる ! 」 いきなり源司さんにつつこまれた。そこでこっち見なくてもいいのになもう。 「だってギターがリカッコいいんだもんー 、じゃん 「あーわかったわかったわかった知ってる」 高岡尚以外の、スタジオいた全員の人からそう言われました。むかー れんさ って伊澤さんがめちゃく みんなでそれ言う