第 1 章イネと稲作の生産生態的特徴 3. 水田稲作は最も優れた作物生産システム 3 ー 1 高い生産性と安定性 田に水を張ってイネを栽培する灌漑水田稲作は、人類がこれまでに創出した作物 生産システムの中で最も持続性と安定性が高く、かっ生産性の高いシステムであ る。そのことは図 1 ー 7 に示した、世界の異なる国・地域における最近の 20 年間の 主要作物の収量の推移からも読み取れる。すなわち日本、中国および西アフリカの それぞれにおいて、イネは収量が最も高く、また収量の年次トレンドに対する変動 係数が小さい作物となっている。 イネよりも高い効率で光合成を行なう装置 ( C4 光合成回路 ) を備え、高い生長 速度をもっトウモロコシを灌漑栽培するアメリカでは、イネは収量ではトウモロコ シに若干劣るものの、収量の変動係数はトウモロコシの 2 分の 1 以下であって、安 定性において優れている。これは、水田に水をたたえてイネを栽培する灌漑水田稲 作では、旱ばつによる収量低下がないことに加え、水によって雑草や土壌病原菌の 発生を抑制することができるからである。トウモロコシやダイズを除草しないで栽 培した場合、収穫皆無に近い雑草害をうけるが、水田稲作では、無除草でも収量減 は多くの場合 30 ~ 40 % にとどまる (Mercado 1979 ) 。その理由は、畑では C4 光 合成回路をもつメヒシバ、オヒシバ、チガヤ、アカザなど生育が極めて旺盛な雑草 が繁茂するが、 C4 光合成回路をもっこれら強害草は、ヒ工などごく一部を除き、 水を張った水田では生きられないためである。水田稲作の収量とその安定性が高い のは、水田のもっこの優れた特性によるものである。 3 ー 2 高い生産持続性 水田稲作は短期的な収量変動が小さいばかりではなく、長期にわたる生産の持続 性に優れた生産システムでもある。すなわち、コムギやトウモロコシなどの畑作で は、毎年同じ作物を連作すると年とともに収量は次第に低下し、ついには収穫皆無 に近い減収を招き、いわゆる連作障害が発生する。連作障害はその作物に特異的な 線虫や病原菌など有害微生物の増加、特定の土壌養分の減少、あるいは作物から分 27
はしがき・・ 武 堀 第 I 部アジア・アフリカの中のイネと稲作 第 1 章イネと稲作の生産生態的特徴 1. 稲作圏の広がり 2. 作物としてのイネの特徴・ 2 ー 1 イネは幅広い環境に適応できる作物・ イネの生育に必要な気候条件 17 / 水陸両生作物としてのイネ 18 陸稲 と水稲 19 / 開花の日長反応と水環境適応性 2 。 2 ー 2 優れた穀物としてのコメ・ 優れた必須アミノ酸バランスち / コメ品質の多様性 24 / 優れた調理・ 加工適性 26 2 ー 3 イネは途上国への高い適応性をもっ作物・ 3. 水田稲作は最も優れた作物生産システム・ 3 ー 1 高い生産性と安定性・・ 3 ー 2 高い生産持続性・・ 4. 稲作の収量を決定する要因・ 4 ー 1 収量を支配する品種と環境・・ 4 ー 2 多収品種はなぜ多収か・ 4 ー 3 収量は資源の獲得量に支配される・ 4 ー 4 稲作収量の決定要因・ 第 2 章 アジア・アフリカ稲作の多様な生産生態と課題・ ・・堀江武 41 1. アジア・アフリカの地域別コメ生産と消費の動向・ 1 ー 1 逼迫するコメ需給と食料危機・・ 1 ー 2 イネ収量の伸びの停滞・ ・・堀江 14 4 ・フ′フ / イいフ′ 7 ・ - フ′ * 4 4 ・ 4 5
第 1 章イネと稲作の生産生態的特徴 2 アフリカ稲 ( べナンで撮影 ) アジア稲 ( コシヒカリ ) 写真 1 ー 1 アフリカイネ ( 左 ) とアジアイネ ( 右 ) アフリカイネは分げつが多く、生育旺盛であるが、穂は 2 次枝梗の発達が劣るため小さい。 図 1 ー 1 に示した。稲作への依存度の高い国々は東アジアから東南アジア、インド にかけてのアジアモンスーンの支配地域、中央および西アフリカ地域、および中米 から南米北部にかけての地域にあることがわかる。これ以外にも、アメリカのカリ フォルニア州やミシシッピー川下流のデルタ諸州、オーストラリア・ニューサウス ウェールズ州のリべリナ地域などに生産量 100 万トン前後の大きな稲作地帯がある が、それらは国全体の穀物生産量からみると極めて小さい。 一方、コメの消費量の多い国・地域も図 1 - 1 に示した生産割合の高い地域と重 なっており、コメは生産されたもののほとんどが自国で消費される、地産地消型の 穀物であることがわかる。実際、世界のコメ生産量のうち海外貿易に回される割合 はわすかに 7 % 程度であり、それが 30 % を越すダイズや 20 % にも及ぶコムギとは大 きく異なる。地球上でコメを最も多く食べる国民はバングラデシュ、 ベトナム、マダガスカルの人々で、年間 1 人平均で約 150kg も消費し、全摂取ェ ネルギーの実に 70 % 以上をコメから得ている。インドネシアやラオスなど他の東 南アジア諸国もエネルギーの大半をコメに依存し、次いで中国、インド、韓国、北 朝鮮、ギニアおよび南米のスリナムなどがコメへの依存度の高い国である。日本は 昭和 30 年代には 1 人平均で約 120kg ものコメを消費していたが、現在はその半分 の約 60kg まで低下し、コメへのエネルギー依存度は 28 % となっている。この値は 中近東、西アフリカおよび南米のコメ消費国よりわずかに高い程度である。 爲 ~ 4 : りを新第 , のす . レー ミャンマー
第 1 章イネと稲作の生産生態的特徴 表皮 組層皮鞘 膜皮内内 皮厚 外表皮ー ま・電■ 破生通気腔 細い維管束 太い維管束 内表皮 -- 冠根の内部構造模式説明図 葉鞘横断面の一部 図 1 ー 2 イネの葉鞘 ( 左 ) と冠根 ( 右 ) の断面構造 ( 星川清親 1975 を改写 ) イネでは、葉で吸収した酸素が葉鞘の破生通気腔、稈および根の皮層 ( 破生通気組織 ) を通 して根面まで運ばれる。 る。 このように、イネが水の中でも 畑地でもよく生育するという特性 は他の作物にないものであり、作 物としてみたイネの最大の特徴は この水陸両生性にある。イネのこ の特性が、アジア・アフリカの広 い範囲で稲作を可能にしている。 陸稲と水稲 図 1 ー 3 浮きイネの外観 イネには水田で栽培される水稲 と、畑地で栽培される陸稲の 2 つ の生態型がある。一般に、陸稲は水稲よりも地中深くまで根を張ることができるの で土壌の乾燥に耐える能力が高く、発芽後速やかに葉群を茂らせ、また草丈も高い ので雑草との競合力に優れる。加えて陸稲は、畑条件で発生が多いいもち病への抵 抗性も高い。これらの違いを反映して、湿潤土壌では水稲は陸稲よりも高い収量を 示し、そして土壌が乾燥するにつれて両者とも収量は低下するが、水稲のほうがそ の低下の度合いが大きい。近年、水田と畑の両条件下で高い収量を示す畑水稲品種 ( ェアロビックライス、 Bouman ら 2001 ) が国際イネ研究所 (IRRI) などで開発さ 水面 分げつ 水中根 水 ・・ . ・地面 19
第 1 章イネと稲作の生産生態的特徴 4. 稲作の収量を決定する要因 本書全体を貫く中心的な課題は、アジア・アフリカのいくっかの特徴的な地域稲 作を対象に、その単位土地面積当たりのイネの生産性すなわち収量がどのような要 因に支配されているかを明らかにし、その改善の道筋を探ることにある。それにつ いて分析を進めるうえでの基盤となる、稲作の収量がどのような要因に支配され決 定されるかについての大筋をここに述べたい。 4 ー 1 収量を支配する品種と環境 イネの収量を決めるのは品種なのか環境なのか、という質問を受けることがあ る。この問いに答える意味で、筆者らがアジアの幅広い環境のもとで行なった、品 種・地域比較栽培試験の結果を基に、イネ収量の支配要因について説明しよう。 このイネ生育・収量の品種・地域比較試験は、 2001 、 2002 年の両年に、図 1 ー 9 に示すように、北は岩手県北上市 ( 北緯 39 。 ) から南はタイ国のウボンラチャタニ 市 ( 北緯 15 。 ) にいたる、気候が大きく異なる 8 地点に , 水稲 9 品種を十分な肥培 ・岩手 長 京都 島 南京 ン チ 0 0 ・ウポンラチャタニ アジアを対象にしたイネの品種・地域比較栽培試験の試験地 図 1 ー 9
第 2 章 アジア・アフリカ稲作の 多様な生産生態と課題 堀江武 私たち日本人が見慣れている稲作は、畦で囲って整然と区割りされた水田に水を 引き込み、規則正しく一定間隔で移植した苗を育てる灌漑移植栽培稲作である。し かし、アジア・アフリカ地域を見渡したとき、このような稲作はむしろ例外に属 し、山の斜面の叢林を焼き払って行なわれる焼畑稲作、丘陵地の窪地を畦で囲い 降った雨をためて行なわれる天水田稲作、あるいは大河川河口のデルタで、雨期に は lm を超す氾濫水が滞留する上地で行なわれる深水稲作など、様々な形の稲作が 営まれている。そのいずれもが、引き続く人口増と貨幣経済の浸透に伴って増産が 域環境の破壊など様々な問題を生じさせている。 フラ整備と技術普及などにより、生産は低迷している。このことが農村の貧困や地 求められる一方で、水や土地などの資源制約の強まり、あるいは進まない生産イン 41 1 韓国などの東アジアでは大部分が収量の増加によるものであるのに対し、ベトナ 1960 年から今日までの間に約 3 倍に増加した。この生産量の増加は、日本、中国、 ー 1 に示した。図に示したアジアの 3 地域とも、コメの生産量と消費量はともに アジア、アフリカの地域別にみた、 1960 年以降のコメの生産と消費の動向を図 2 ー 1 逼迫するコメ需給と食料危機 1. アジア・アフリカの地域別コメ生産と消費の動向 述べたい。 ら多様な生産生態を稲作の発展段階という視点で捉え、持続的発展に向けた課題を 主要な稲作類型についてその生産生態と直面する問題について述べる。さらにそれ 本章ではアジア・アフリカの地域別にみたコメ生産と消費の動向を俯瞰し、次に
第 1 章イネと稲作の生産生態的特徴 各地域の実収量と潜在収量の間には大きな違い ( ギャップ ) が認められる。現在 の日本の稲作でも実収量は潜在収量の約 2 分の 1 であり、多くの途上国ではそれは 3 分の 1 ないしはそれ以下であって、生産技術の改善によって生産性を高めうる余 地は極めて大きい。しかし、アジア・アフリカの地域稲作の環境は極めて多様であ り、しかもその環境も降水量にみられるように大きな年次変動を伴っている。そこ での潜在収量と実収量のギャップは、単に多収品種の導入や施肥量を増やすといっ た画一的技術で埋めることは困難である。このギャップを埋めるには、それぞれの 地域稲作の生産生態を調査・分析し、生産阻害要因を明らかにしていくことから始 めなければならない。 引用文献 Ashikari M. ら ( 2005 ) Cytokinin oxidase regulates rice grain production. Science 309 : 741- 745. Carpenter A. J. ( 1978 ) The history 0f rice ⅲ Africa. ln: Burdenhagen and Persley (eds. ), Rice in Africa. Academic Press, London, pp. 3-10. 久馬一剛 ( 1987 ) 土と稲作 - 水田選択の条件ー . 渡部忠世責任編集 , 稲のアジア史 1. ア ジア稲作文化の生態基盤 . 小学館 , pp. 111-136. 川崎一郎 ( 1953 ) 日本主要耕地における三要素天然供給カ . 日本農業研究所 , pp. 6. 佐々木高明 ( 1987 ) 稲作文化の伝来と展開ー照葉樹林文化と日本の稲作ー . 渡部忠世責任 編集 , 稲のアジア史 3 ーアジアの中の日本稲作文化 . 小学館 , pp. 41-96. 佐藤洋一郎 ( 1992 ) 稲のきた道 . 裳華房 . 住田弘一ら ( 2005 ) 田畑輪換の繰り返しや長期畑転換に伴う転作大豆の生産力低下と土壌 肥沃度の変化 . 東北農業研究 103 ; 39-52. 高谷好一 ( 1978 ) 水田の景観学的分類 . 農耕の技術 1 : 5-42. 中川原捷洋 ( 1985 ) 稲と稲作のふるさと . 古今書院 . 星川清親 ( 1985 ) 作物 . 養賢堂 . 星川清親 ( 1975 ) イネの生長 . 農文協 . 堀江武・桜谷哲夫 ( 1985 ) イネの生長の気象的評価・予測法に関する研究 . 個体群の吸収 日射と乾物生産の関係 . 農業気象 40 : 331-342. Horie T. ( 1987 ) A model for evaluating climatic productivity and water balance 0f irrigated rice and its application tO Southeast Asia. Southeast Asian Studies, KYOtO University, 25 : 62-74. 堀江武 ( 2001 ) 食料・環境の近未来と作物生産技術の基本的な発展方向 . 農耕の技術と文 59
中国雲南省の超多収稲作 い。前述の比較試験で用いた 「両優培九」は、 1996 年に江蘇 省農業科学院で開発されたスー パーハイプリッド品種であり、 同育種計画で最も成功した品種 の一つある。「両優培九」と日 本の多収品種である「タカナ リ」、および標準品種の「日本 晴」の生産力および生理生態の 違いについて、京都での品種比 較試験をもとに述べる。 試験は、この 3 品種を、京都 の圃場に栽植密度 222 株 / m2 、 1 株 2 本植えで移植し、窒素、 リン酸、カリ、各 140kg/ha を 分施して栽培した。まず、両優 培九は、上述の 1 穂の大きさに 加えて、稈長は中程度で、葉が 日本の品種よりも幅広で長いに もかかわらず、直立していると いう形態的特徴が見られた。ま た、両優培九は、この大きな葉 葉面積 (m2/m2) を群落上層部に多く分布させて いた ( 図 9 ー 5 ) 。 15 レ ha 以上も の多収になると、登熟期には穂 地 表 面 力、 ら の 青 さ 地 面 力、 ら の 青 さ 地 表 面 力、 ら の 高 さ (m) 1.1-1.2 1.0-1.1 0.9-1.0 0.8-0.9 0.7-0.8 0.6-0.7 0.5-0.6 0.4-0.5 0.3-0.4 0.2-0.3 0.1-02 0-0.1 第 9 章 ー茎・葉鞘 ロ穂 (a) 両優培九 300 200 100 1.1-1.2 1.0-1.1 0.9-1.0 0.8-0.9 0.7-0.8 0.6-0.7 0.5-0.6 0.4 ー 0.5 0.3 ー 0.4 0.2-0.3 0.1-0.2 0 ー 0.1 (m) 乾物重 (g/m2) (b) タカナリ ー茎・葉鞘 ロ穂 300 200 100 0 0 0 ロ葉面積 0.2 0.4 0.6 0.8 1 葉面積 (m2/m2) ロ葉面積 0.2 0.4 0.6 0.8 1 葉面積 (m2/m2) 1.1-12 1.0-1.1 0.9-1.0 0. & 0.9 0.7-0.8 0.6-0.7 0.5-0.6 0.4-0.5 0.3-0.4 02-0.3 0.1-0.2 0-0.1 (m) ー茎・葉鞘 ロ穂 乾物重 (g/m2) (c) 日本晴 200 100 300 乾物重 (g/m2) 0.2 0.4 図 9 ー 5 両優培九 (a) 、タカナリ 晴 (c) の群落構造 ロ葉面積 0.6 0.8 1 (b) 、日本 によって日射がほとんど遮られるため、群落の下層にはほとんど光が到達しない。 穂の上に多くの葉を展開させている両優培九のこの特徴は、登熟後期まで物質生産 を旺盛に行なう上で必須のものである。また、両優培九の形態的特徴として、稈が 太いことがあげられる。主茎基部の長径は両優培九で 7. lmm であったのに対し、 タカナリは 5.9mm 、日本晴は 4.4mm であった。超多収を目指すイネにとっては、 2 2 1
第 2 章アジア・アフリカ稲作の多様な生産生態と課題 高く、両地域をこみにして灌漑稲作 42 % 、天水田稲作 34 % 、深水稲作と天水畑稲 作それぞれ 12 % となっている。 図 2 ー 3 に示した稲作類型のうち、収量が最も高く、したがって生産量の多いの は灌漑稲作であり、世界のコメの全生産量の約 75 % を占める。しかし、天水田稲 作、深水稲作、天水畑稲作はおびただしい数の農民がそれに依存して自給的農業を 営み生計を立てており、アジア・アフリカの農村社会の重要な基盤をなしている。 これらの稲作は「緑の革命」の稲作技術革新の恩恵を受けることなく、極めて低収 かっ不安定な状況に置かれ続けてきている。これらの稲作類型のうち、灌漑水田稲 作、天水田稲作、深水稲作および焼畑移動稲作を対象に、それらの生産生態的特徴 と直面する課題を以下に概説する。 2 ー 2 灌漑水田稲作の「緑の革命」とその後の収量の停滞 「緑の革命」のキーテクノロジー アジアでは国によって時期の早晩はあるものの、 1960 年代から 1990 年代にかけ て「緑の革命」とよばれるイネ収量が大きく上昇した時期を経て、現在は収量の停 滞期に入っていることは前述した ( 図 2 ー 2 ) 。この「緑の革命」は、あたかも高収 量品種の育成の単独の成果のように論じられることが多いが、その鍵となった技術 について振り返っておこう。 「緑の革命」は短稈・多分げつ型の多収品種、灌漑、化学肥料および農薬の 4 つ の技術の投入をセットにしたイネの多収生産技術である。この多収品種は草丈の伸 長を押さえる働きをもっ半矮性遺伝子をもっており、肥料を多く与えてもそれまで の品種のように草丈が伸び過ぎて倒れる心配はなく、すでに述べたように窒素肥料 多投のもとで高い群落光合成能力を発揮し、また多数の籾をつけることで高い生産 力を発揮する品種である。この近代的多収品種がその能力を発揮するうえで、灌漑 は不可欠である。なぜなら、水供給が不安定で旱ばつや冠水害が発生する地域で は、肥料多投に見合う増収効果は期待できないので、このような品種は適さない。 実際、タイでは、 1970 年代から本格化したチャオプラヤ川流域の治水事業ととも に灌漑水田の造成が進み、その下流域にあるスパンプリ県のイネ収量は水田の灌漑 率に比例的に増加していることがわかる ( 図 2 ー 4 ) 。同じタイでも安定した水源の ない東北部では水田の灌漑化はほとんど進ます、稲作はもつばら天水田で行なわれ 47
はしがき 化の促進、あるいはバイオマス・太陽光発電などのエネルギー利用などである。し かし、これらが直ちにアジア・アフリカの稲作社会の抱える問題解決につながると はとても考え難く、これらはそれぞれの地域稲作の環境と発展段階に応じて適切に 導入されていくことが重要である。農業は土地 ( 資源、環境 ) 、生物 ( 作物や家畜 ) および人間 ( 社会、経済 ) の 3 つを不可欠な構成要素として成り立っ産業もしくは 生業である。それらの総体としての地域稲作を見つめ、生産の阻害要因を抽出し、 現地に適応可能な技術・方法によってそれらを一つ一つ解決して、現状の改善を 図っていくことが重要と考える。 このような考え方のもとに、京都大学の若い研究者・大学院生達がアジア・アフ リカおよびオーストラリアの様々な稲作地域に長期滞在して、その生産基盤である 環境と生産技術の総体としての生産生態を調査し、生産性改善のための現地試験を 行なった。この調査・研究はまた、土地一生物一人間系の統合科学としての農学の 意味を自ら問い続けることでもあった。本書は、これらの調査・研究をもとに、ア ジア・アフリカの多様な地域稲作の生産生態と持続的発展のありようを、稲作の発 展段階に沿って整理して述べたものである。著者らの調査が及んだ地域は、広大な アジア・アフリカの多種・多様な稲作のほんの一部に過ぎないが、本書がアジア・ アフリカの多様な稲作の実態の理解を深め、ひいてはその持続的発展にいささかな りとも貢献できれば幸いである。 2015 年 3 月 執筆者を代表して 堀江 武