第Ⅲ部労働集約段階の稲作 には、首都のアンタナナリボを中心に、最も人口の多い多数民族であるメリナ族が 居住し、移植栽培、改良品種、 SRI などの技術導入、および牛犂や田打車 ( 手押し 式回転除草機 ) など近年の農機具の普及において、同国の稲作発展に先駆的役割を 果たしてきた地域である。また、中央高地南部に居住するべツイレオ族は、マダガ スカルで最も優れた稲作民族と称され、水田造成技術に長け、同地域には見事な棚 田風景が広がる ( 写真 7 ー 1) 。この地域を調査していると、新しく開いた水田を自 慢げに見せてくれる農民に出会うことがあり、べツィレオ族の稲作民族としての誇 りを感じとることができる。後述の東部森林地域で進む水田拡大も、べツィレオ族 の移住によるところが少なくないという。 移植水稲作の作業暦 中央高地の稲作は、雨期の移植水稲作が中心である。主要な移植時期は 11 月であるが、乾期の終わりの 9 ~ 10 月頃から苗代の準備、そして本田準備にとり かかる。耕起は、牛犂やアンガディと呼ばれる竪鋤を用いて、前作の水稲収穫後 ( 日本の秋耕にあたる ) 、もしくは雨期始めの田面が柔らかい時期に行なわれる。代 掻きと整地についてもこのアンガディを用いることが多い。その他、この竪鋤は排 水溝の整備や畦の修復など様々な用途に使われ、 この地域の稲作を特徴づける汎用 具である。 また、アジア地域では実践 されなくなった牛による踏耕 も、マダガスカルでは頻繁に みられる。雨期の始めになる と、男たちが甲高い奇声をあ げながら、縦横無尽に牛を追 い回す姿は、さながらお祭り のようである ( 写真 7 ー 2 ) 。 こうした手作業や牛踏で作業 が行なわれるため、田面の均 平度は十分とはいえす、移植 後の生育むらとして斑模様の 水田が多くみられるのもマダ ~ 12 。朝第い一 写真 7 ー 2 牛を用いた砕土および代掻きの様子 竪鋤もしくは牛犂による耕起の後、水田に水を引き入れ て牛を水田内で追い回す。 176
利用の変化 180 2 ー 5 コメ増産と森林保全の両立に向けて・ 3. マダガスカルの水稲生産性の制限要因と改善への期待・ 3 ー 1 イネの収量および生産量の推移・・ 3 ー 2 貧栄養土壌のもとでの低投入栽培・・ 3 ー 3 水田の水利条件と作付品種・ 3 ー 4 イネ収量の改善に向けた期待・・ 4 ー 1 4 ー 2 4 ー 3 4 ー 4 4. マダガスカルの SRI 稲作 SRI の多収機構 - 日本の篤農稲作技術との類似性一 マダガスカルにおける SRI 実践農家の収量性・・ マダガスカルにおける SRI 実践農家の栽培技術・・ 第 8 章 SRI は途上国の稲作発展の鍵となり得るか 中国四川省の集約的な土地利用と稲作 目 稲村達也 1. 社会主義下での自由経済体制と農業生産 1 ー 1 人民公社の解体と農家請負制・・ 1 ー 2 分権化による小規模農家の誕生・・ 1 ー 3 中国特有の地域農業経営ー双層経営体制ー 1 ー 4 分権化と市場化による食糧生産性の向上 3 ー 4 水稲収量に対する土壌窒素無機化量と前作作物残渣の影響・・ 3 ー 3 土地利用と土壌の理化学性・・ 3 ー 2 水稲と野菜作における施肥管理と収穫量・・ 3 ー 1 農業経営の概要・・ 3. 攀枝花市における地域農業システム・ 2. 農村調査の概要・ 4. 食糧生産の持続性と安定性・ 第 9 章 第Ⅳ部資源多投段階の多収稲作 中国雲南省の超多収稲作 桂 圭佑 次 182 18 ろ 18 ろ 184 185 186 188 9 2 12 208 206 205 205 202 202 201 2 〇 0 2 〇 0 199 199 198 197 194 192 190 188
第 6 章西アフリカ稲作の多様と発展 なく、耕作をするにあたり、手みやげを持って地主にあいさつに行く程度のもので あるという。水田の耕作権は、母親が年老いた場合、長女に譲られる。 耕起は、雨期の始まりの土壌が湿り始めたときに行なわれる。この作業は柄の短 いアフリカ鍬 ( ダバ ) を用いて、女性たちによって行なわれるが、相当の重労働で ある。次の雨を待ってイネ種子を播種する。施肥はほとんど行なわれない。本格的 な雨期の到来とともに、集水域から水田に水が流れ込み、滞水するようになる。小 渓谷は谷奥から出口に向けて緩やかな傾斜があり、また谷の両側面から中央部にか けても傾斜している。そのため、稲作の行なわれる低地の水環境は、地面が露出す るところもあれば、イネが水没するところもあるといった具合に、極めて不均一で ある。さらに谷奥部は傾斜が大きく幅が狭いので、水の流れが速く、出口部はその 逆で、水の流れは遅いことになる。その結果、谷奥部で土壌が侵食され、出口部で それが蓄積されることとなり、土壌肥沃度は上流部で低く、下流部で高い ( 若槻 1990 ) ことになる。 イネの生育期間中の主要な作業は除草であり、手取り除草が 2 ~ 3 回行なわれる。 収穫は穂刈りで、残った茎葉は牛の飼料として利用される。収穫した穂は、陸稲の 場合と同様に脱穀・調製されるが、この過程で品質低下を招くことが多い。イネは 栄養分の乏しい土壌条件下で旱ばつや病害虫にさらされて育つので、この村の水田 稲作の収量は低く、 1 ~ 2t/ha 程度と推定される。収穫したコメは自家消費もされ るが、町で売ることにより女性達の重要な収入源となる。 天水低地水稲栽培では、地下水に溶けて浸出してくる 2 価鉄の過剰害 ( プロンジ ング ) を防ぐため、水田に畝を立てて土を酸化状態にし、イネを移植栽培すること もギニアやギニア・ビサウなどで行なわれている。この鉄過剰害の危険度は、西ア フリカの低地稲作の 60 % にも及ぶ (WARDA 2002 ) とされる重要な収量制限要因 である。鉄過剰害は土壌栄養素、特にカリウムの欠乏により助長され、その施肥に よって被害が軽減されるとする報告 (Yamauchi 1992 ) もある。なお、水利条件に 恵まれない内陸小渓谷では、稲単作であるが、水利に恵まれる地域では稲作の残り 水を利用して、オクラなど野菜の裏作も行なわれる。 このように西アフリカ内陸小渓谷の天水低地水稲栽培は、栄養分に乏しい土壌と 不安定な水環境の下で営まれており、収量は著しく低くかっ不安定である。加え て、水はかけ流しに近い状態であるため、水田のもっ養分蓄積機能が発揮されない
第Ⅲ部労働集約段階の稲作 第 7 章 マダガスカルの稲作生態と SRI 稲作 辻本泰弘 インド洋西端に浮かぶマダガスカル島は、モザンビーク海峡を挟んで、アフリカ 大陸から約 400km 東に位置する、世界で 4 番目に大きな島である。この島ではそ の地理的な隔たりにもかかわらず、古くからアジアイネ ( 0 記のが栽培さ れ、南西部半乾燥地域を除き、島内のほば全土に広がる水田風景は、この島の最も 代表的な景観である。また、国民の生活に根ざした稲作の文化的な重要性や、コメ 生産が政治、経済に与える影響力は他のアジア諸国に比して劣らず、この国もまた アジアの稲作圏を構成するひとっといえる。 近年、このアジア稲作圏の西端において、 SRI (System of Rice lntensification) と呼ばれる集約的な水稲栽培法が開発され、マダガスカル国内だけでなく世界的な 注目を集めている。 SRI は、① 1 株 1 本植の疎植 ( 標準で m2 当たり 16 株以下 ) 、②乳苗 ( 育苗日数 8 ~ 12 日 ) の浅植え、③入念な除草、④幼穂分化期までの間断灌漑とその後の浅 水管理、⑤堆肥投入、の「 SRI の基本 5 技術」とされる技術要素からなり、この栽 培法を用いることで、在来農法に比べて大幅な増収と、種子などの投入コスト削減 が可能であるとして、その普及が国内外で進められている。一方で、 SRI により、 15t / ha 以上のこれまでの常識をくつがえすような収量が報告されていること、お よび、そうした収量を裏づける実験データが乏しいことから、 SRI の技術効果に対 して懐疑的な意見を述べる稲作研究者も多い (Sheehy ら 2004 など ) 。しかし、第 2 章で紹介したとおり、この SRI の技術要素は、かっての米作日本一農家など、日 本の篤農稲作技術と多くの点で類似性が認められる (Horie ら 2005 ) 。このような 精緻な稲作を行なうマダガスカルの農民はどのような人たちであろうか。この SRI 技術の中に、現在停滞しているアジア・アフリカ途上国の稲作改善の糸口が見つか こうした疑問に答えるべく、 2004 年から 2009 年にか るのではないか。筆者らは、 けて長期滞在を繰り返し、マダガスカルでの調査研究を行なった。 172
第 I 部 灌漑 アジア・アフリカの中のイネと稲作 天水田 深水 天水畑 水畑 ( 5 , 720 万 ha) 南アジア 水 灌漑深水 天水畑、天水田 灌漑 東アジア ( 3 , 700 万 ha) 天水畑 怺水 灌漑 天水 東南アジア ( 3 , 680 万 ha) 世界計 ( 14 , 747 万 ha) 田 深 水 ( 550 万 ha) 中南米 水畑 水灌漑 灌漑 水田 ( 600 万 ha) アフリカ 深水 天水畑 図 2 ー 3 地域別にみた世界の稲作類型の面積割合 (1RR1 1996 をもとに作成 ) 低く、ほとんどが天水畑稲作である。東南アジア、南アジアは稲作の多様性が最も 天水畑稲作 ( 42 % ) や天水田・深水稲作である。中南米地域も灌漑稲作は 32 % と るのに対し、アフリカでは灌漑稲作は 20 % に過ぎず、大部分が焼畑を中心とする によって大きく異なる。日本、中国など東アジアの稲作のほとんどが灌漑稲作であ 作 54 % 、天水田稲作 25 % 、深水稲作 8 % 、そして天水畑稲作 13 % であるが、地域 型の面積割合を地域別に示した。これらの稲作類型の全世界の面積割合は、灌漑稲 図 2 ー 3 に世界の灌漑稲作、天水田稲作、深水稲作および天水畑稲作の 4 つの類 つに区分して話を進める。 水に見舞われることがほとんどない浅い水深の稲作を天水田稲作として、以下、 2 を基準に、それを超す深水にほば毎年遭遇する稲作を深水稲作とし、そのような深 境は極めて多様である。こでは天水低地稲作を IRRI ( 2002 ) に従い、水深 50cm とでも呼ぶべきもの、あるいは毎年 lm を超す深水が滞水する水田まで、その水環 どなく、畑地に近いようなものから、不完全ながらも灌漑水路を備えた半灌漑水田 る。天水低地稲作が行なわれている圃場は、畦で囲まれているものの滞水がほとん
第 7 章マダガスカルの稲作生態と SRI 稲作 中央高地における陸稲栽培の拡大 最近の中央高地の稲作動向として追記しておくべきは、常畑陸稲栽培の急速な普 及であろう。これは、人口増加にともなうコメ需要の恒常的な拡大に対して、水田 に適した低地の農業利用が飽和してきたことが背景にある (sester ら 2013 ) 。 2014 年 2 月に、筆者が 5 年ぶりにマダガスカルを訪問した際に、これまで中央 高地にはあまりみられなかった陸稲が、単作もしくはトウモロコシやダイズと混作 される形で広く栽培されている風景に驚いた。一方で、陸稲面積の拡大にともな い、いもち病や冷害の問題が顕在化している。ネパールから導入された Ch 。 mrong Dhan という品種は、高い耐冷性ならびにいもち病に対する圃場抵抗性をもっこと から普及が進み、中央高地の陸稲栽培面積の約 8 割を占めるという。しかし、単一 品種への依存は、地域の陸稲生産の脆弱性を増す懸念があることから、冷害やいも ち病に対する新たな有用品種および耕種的防除法の開発が早急に望まれている。ま た、陸稲の場合、水田と異なり連作が難しく、持続的な生産性を維持するための肥 培管理や作付体系に関する技術開発も必要になるであろう。 2 ー 4 マダガスカル東部森林地域における水田と焼畑の複合稲作 伝統的な焼畑陸稲栽培 中央高地に次いでコメ生産量が大きいのは、島の北部 ~ 東部にかけての地域であ る。この地域は年降水量が 1500mm を超え、年間を通じて温暖多雨な気候に恵ま れる。べツイミサラカ族、タナラ族、ツイミへティ族と呼ばれる民族が主に居住 し、地域の急峻な地形を利用した、焼畑による陸稲栽培が盛んである。マダガスカ ルでは、イネ作付面積のうち 2 割弱を陸稲栽培が占めるが、うち 65 % がこの多雨 地域に集中している。 その中で、筆者らはタナラ族が主に居住する南東部森林地域において、調査研究 を行なってきた。 こでは、焼畑陸稲の他、谷筋の低地に沿って築かれた水田での 水稲栽培、および、緩やかな斜面でのコーヒー、サトウキビ、熱帯果樹など、換金 用の永年作物栽培を組み合わせた複合的な営農体系が特徴的である。タナラという 単語は「森の人」という意味をもち、この地域の文化背景は、焼畑など森に近い生 産活動との結びつきが強い。 例えば、タナラ地域では、水稲に比べて熱帯ジャポニカとみられる大粒種を栽培 179
第 I 部 アジア・アフリカの中のイネと稲作 第 1 章 イネと稲作の生産生態的特徴 堀江 1. 稲作圏の広がり 武 稲作は中国雲南省からインドのアッサム州にかけての地域 ( 渡部 1977 ; 中川原 1985 ) 、あるいは長江 ( 揚子江 ) 流域 ( 佐藤 1992 ) で始まったとされ、その時期は 今から 1 万年ほど前と推定されている。その後、稲作は人々の移動とともに長い年 月をかけて世界に広まっていった。日本には縄文期に伝わり、イネは長い間、ア ワ、ヒ工などと並ぶ雑穀の一つとして焼畑などで栽培されていたと考えられる ( 渡 部 1983 ) 。縄文晩期になって、佐賀県唐津市菜畑や福岡市板付の水田遺跡にみられ るような、灌漑技術を伴った水田稲作が大陸から伝来し ( 佐々木 1987 ) 、やがて九 州や本州各地に拡がり、弥生時代中期には岩手県江刺市の反町水田遺跡にみられる ように東北地域にまで及んだ。一方、東南アジアに伝わった稲作は、マレー系の 人々の移動にともない、紀元前後にはアフリカ大陸の東に位置するマダガスカル島 にまで達した (Carpenter1978)0 ヨーロッパに稲作が伝わったのは 6 ~ 7 世紀、 そしてアメリカ大陸へは 16 世紀に入ってからである ( 星川 1985 ) 。 一方、西アフリカでは、このアジアに起源するアジアイネ ( 0 記廂協 L. ) と は別種のアフリカイネ ( 0 記 g / 〃厖 " / 襯〃 Steud. 、写真 1-1) が、 3000 年以上も 昔からニジェール川流域で栽培されていた (Carpenter 1978 ) 。しかし、アフリカ でもヨーロッパの植民地時代以降、生産性の高いアジアイネがアフリカイネに次第 に取って代わり、現在、アフリカイネは、河川の氾濫源など一部の地域で栽培され ているに過ぎない。このようにして今や稲作は、北は北緯 50 度のアムール川河畔 に位置する中国黒竜江省黒河市から、南はアルゼンチン、サンタフェの南緯 35 度 付近までの広い範囲に広がり、世界人口の約 3 分の 1 を扶養するまでになった。 現在の主要な稲作国を、その国の全穀物生産量に占めるコメの生産割合として、 14
第 7 章 第 6 章西アフリカ稲作の多様と発展・ 1. 西アフリカの社会と稲作・ 2. 西アフリカの環境、農業と稲作・ 3. 西アフリカ稲作の生産生態 3 ー 1 ー 2 3 ー 3 3 ー 4 4 ー 1 4 ー 2 4 ー 3 4 ー 4 2 ー 1 2 ー 2 2 ー 3 2 ー 4 ・・堀江 武・齋藤和樹 3 稲作の生態的多様性・ 天水陸稲栽培・ 天水低地水稲栽培・ 灌漑水稲栽培・ 内陸小渓谷の灌漑稲作 152 / サヘル地域の灌漑稲作ぅ 6 4. 西アフリカ稲作の内発的発展と課題・ 西アフリカで生まれた新しいイネ・ネリカの可能性・ アフリカイネとアジアイネの種間雑種ネリカ 158 / 陸稲ネリカの特性 社会的・制度的な課題・・ 天水稲作から半灌漑稲作そして灌漑稲作へ・・ ” / 水稲ネリカとこれからの品種開発 162 農業の実践教育と人材育成ー西アフリカ稲作発展の最重要課題ー 第Ⅲ部労働集約段階の稲作 マダガスカルの稲作生態と SRI 稲作 辻本泰弘 1. マダガスカルの地理的概要と自然環境・ 2. マダガスカルの稲作生態 中央高地の移植水稲作・・ 稲作の伝播とアジアとのつながり・ 主食としてのコメ、生活基盤としての稲作・・ 140 140 142 144 い 8 1 う 7 巧 2 149 146 144 17 5 174 174 174 173 172 167 16 ぅ 16 ろ メリナ族とべツィレオ族 175 / 移植水稲作の作業暦 176 / 乾期の水田利 用 178 / 中央高地における陸稲栽培の拡大 179 マダガスカル東部森林地域における水田と焼畑の複合稲作・・ 179 伝統的な焼畑陸稲栽培 179 / 森林保護政策の強化と人口圧にともなう土地 8
第 11 章滋賀県にみる日本の稲作 ている傾向があり ( 住田ら 2005 ) 、他にも畑期間の割合がある程度以上長くなると イネ収量が低下してきたとするものや、土壌の可給態窒素の減耗がみられるという 指摘がなされている。また最近、奈良県では、一毛作田では維持されている土壌の 炭素含量の低下が輪換田にみとめられ、その影響が乾土効果 ( 酸化的条件による窒 素無機化の促進 ) を打ち消すために、水田期間の窒素発現量が有意に低くなってい たという例が報告されている ( 池永ら 2005 ) 。元来、田畑輪換は乾土効果による窒 素発現の促進が期待され、利用されていない地カの活用につながる点が強調されて きたが、畑期間の割合が長くなった場合の土壌の潜在地カの消耗が、次第に現れて いるかもしれない。 日本の稲作は、収量の可能最大値と比べ得るような高水準に達し、その後、品質 および環境を重視しながら、生産目的と技術において多様な展開をみせている。今 後の増収には、収量性の遺伝的改良が必要になってきているとともに、多収性と高 品質を合わせ持つ品種の開発が待たれる。一方、このような状況に至ったのは歴史 的にみるとごく最近に過ぎず、高い生産性が長く持続できる保証はまだない。将来 の食料生産力に関わる問題として、高い生産性を持続させるための耕地管理は、引 き続き稲作の重要課題である。 引用文献 長谷川利拡・堀江武 ( 1995 ) 水稲地域単収の増加に対する品種および栽培技術の貢献度の 評価ー 1960 年代から 1980 年代の近畿地方の事例として . 農業および園芸 70 : 233-238. 橋川潮 ( 1996 ) 低投入稲作は可能 . 富民協会 , 大阪 . Horie T. ら ( 2005 ) Can yields of lowland rice resume the increases that they showed in the 1980S ? Plant Prod. Sci. 8 : 259 : 274. Horie, T. ら ( 1992 ) YieId forecasting. AgricuItural Sytems 40 : 211-236. 池永幸子ら ( 2005 ) 田畑輪換田における土壌の窒素発現と水稲 ( 〇廂 aL. ) による窒 素吸収の圃場間と年次間の変異ー奈良盆地における 4 年間の比較ー . 日作紀 74 : 291- 297. 河津俊作ら ( 2007 ) 近年の日本における稲作気象の変化とその水稲収量・外観品質への影 響 . 日作紀 76 : 423-432. 小林正幸 ( 2014 ) 異なる水田における無施肥無農薬栽培水稲の推定玄米収量の経年変化に ついて . NPO 無施肥無農薬栽培調査研究会 . 2013 年研究報告会要旨 : 1-6. 村田吉男 ( 1964 ) わが国の水稲収量の地域性に及ばす日射と温度の影響について . 日作紀 271
第 2 章 アジア ・アフリカ稲作の多様な生産生態と課題 2 旧 〔一つ 0 の 2 旧 真市の 写那帯 伊地 県岳 野山 長部 上ス 左オ 稲右 灌作 ロ、 が行なわれている。それらを類型化してとらえようとする試みが、高谷 ( 1987 ) を はじめ、多くの先人によりなされている。こでは水環境に着目した国際イネ研究 所 (IRRI 2002 ) の区分に従い、アジア・アフリカの稲作を、灌漑稲作、天水低地 稲作よび天水畑稲作の 3 つの類型 ( 写真 2 ー 1) に大別して話を進める。 灌漑稲作は、均平化した土地を畦で囲い、そこに河川やダムなど安定した水源か ら水路を通して水を引き入れ、また過剰な水は排水することによって、水位を好適 に保っことのできる水田での稲作を指す。これとは別に、畑地をスプリンクラーな どで灌漑して陸稲を栽培する灌漑畑稲作も日本の一部などで行なわれているが、そ れは世界的に見れば無視できる面積である。 天水畑稲作は水田のような貯水機能のない畑地で、もつばら降雨に依存して行な われる稲作であり、これには固定した畑で行なわれる常畑稲作と、場所を変えなが ら叢林を焼き払って行なう焼畑移動稲作の 2 つがある。 天水低地稲作は、降雨や季節的な氾濫水に依存して行なわれる低湿地の稲作であ 45