り ) 外国人恐怖症 ( に到る ) 、となります。これを日本に当て嵌めるならば、等式の左辺〔上〕 には一致を、右辺〔下〕には謎を確認することになります。 等式の左辺は完璧に再現されます。日本の宗教的空白は、ヨーロッパのそれと同じくらいに 徹底した空白です。神道は、ローカルな共同体と農耕社会の儀礼に根ざしていましたが、大々 的な都市化により組織が深い部分で解体されました。仏教は、戦後の一時期には新たな形の宗 教性の発展によって活力を取り戻したものの、ここ二〇年、三〇年の推移を見ると、カトリシ ズム同様に末期的危機のプロセスに人ったように見えます。葬儀におけるその役割までもがか なり本格的に疑問視されるようになっているのですから。 日本における格差の拡大は著しい現象です。日本はもはや、国際比較の統計表の中でスカン ジナビア諸国と並ぶ平等の極の一つではありません。まだアングロサクソンの国々の格差のレ ベルには達していませんが、そのレベルに近づいてきています。宗教的空白および格差の拡大 ノの国です。 ( 等式の左辺 ) を見れば、日本はまさに西洋の国です。あるいはむしろ、ヨーロツ。、 米国には宗教性ーーこれはより適切に定義される必要がありそうですーーが存続していますか 一つまでもなく日本は、ヨーロッヾ しかし、右辺については何といえはよいのでしようかい のあらゆる国がそうであるようにはイスラム恐怖症であり得ません。イスラム教徒は日本国内 にはほとんどおらず、地理的に近くもなく、海の向こうの存在です。実のところ日本は、人口
『シャルリとは誰か ? 』の日本語版が刊行されることを格別にうれしく思います。というのも 私の意識するところでは、日本はこの本の生成に関わりがあるのです。本書本文の冒頭で説明 したように、テロ事件に反発したデモ行進から数週間、フランスでは、シャルリ現象の意味に 関してわずかな疑いも表明することは不可能でした。そこで私は、フランス国内での新聞雑誌 や視聴覚メディアのインタビューをすべて断りました。ムハンマドの諷刺をフランス社会の真 の優先事項と見なすことを拒否するがゆえに、私はいっとき孤独で、自分の属する社会から切 り離されたように感じていました。ある土曜日の朝、非常に早い時刻に 今も鮮明に憶えて いますーーー『読売新聞』の鶴原徹也記者が東京から電話をかけて来ました。私は彼と話すこと を承諾し、そのインタビューの中で、フランス社会の大勢に与することへの自分の消極姿勢を 語りました。そうすることで私は、正真正銘の安堵感、解放感、孤独からの脱出感を味わいま した。数日後、 リの自宅に別の日本人記者を迎え人れました。今度は、『日本経済新聞』の 日本の読者へ くみ
る 科学的研究道目のうちでも 弖なもの対ハ ほとんどのケースにおいて、その内部でカや形が互、い・に - 対応・し・て・い・る・均・衡択・、、 ) ' 、態を、つまり、 〈 < 〉の方向の錯誤が不可避的にその対称物を反対方向〈マイナス < 〉の錯誤の内に見出すよ うなひとつの包括的な構造を成す諸要素を統合しいゑしたがって、今や不平等主義的な人 類学的構濡を土台とするようになったフランス共和国という不 平等主義的な人類学的 素地に根ざしていながら国人恐怖症を看板にしている勢力という、ハ的な不条理が対応して いないとしたら、そのほうが意外なのだ。フランス国内でその勢力を特定するのはまったく容 易い。それは国民戦線 ( z ) なのだから。 z は、移民とその子供たちの劣等性を主張し ながら、その実、自らの地理的基盤をかってフランス革命をやってのけた諸地域に見出してい ることが年々明らかになってきている。 フランス中央部への国民戦線のゆっくりとした歩み フロン・ナショナル われわれはこのところずっと、国民戦線 z) が存在している環境で生きている。一九 八八年以来、政治ジャーナリストたちはこれでもか、これでもかとばかりに、フランスの政治 システムがだんだんと極右からの浸水に沈みつつあるとコメントしてきた。しかし、その極右 の伸張は実際にはさほどのスピードではなかった。 一九八八年の大統領選挙で、ジャンⅡマリ ・ルペンはすでに一四・四 % の票を獲得していたのである。二〇一二年の大統領選挙でのマ 188
システムに、具体的に差異を体現する一人の人間をぶつければ、普遍的人間は自ら知らずして 最も純粋にエスニックな状態に戻されてしまい、矛盾をもたらす者の人間性を否定するような 反応も起こしかねない 共和主義的な反ユダヤ主義 第三共和制下にも、明らかに普遍主義的外国人恐怖症の発作であったものを見つけることが できる。ただし、それが現れたのはパリ から遠く離れた地においてだった。ごく短期的な ことではあったが、植民地だったアルジェリアに、自由主義と平等主義を帯びた共和主義的な 、、、反可ヤ主義が犠缶したのだ。これを私は『移民の運命』で詳しく分析しておいたので、そち ちらも参照いただきたいが、要するにドレフュス事件の最中の一八九八年五月、当時フランス共 人和国の一部分だったアルジェリアが国会に「反ユダヤ」の議員を四人送り込んだのだ。しかし ンながら、北アフリカのヨーロッパ人たちにおける反ユダヤ主義は、そのヨーロッパ人たちがフ ラ フランス系であれ、イタリア系であれ、スペイン系であれ、フランス国内のカトリック的な反ュ 右ダヤ主義とは性質を異にしていた。アルジェリアにおけるヨーロッパ系の人類学的素地は、い ささかの疑いの余地もなく自由主義的で、平等主義的で、そして完全に世俗主義的だった。 共 章 和主義的な植民者たちの間で、カトリック教会は重きを成していなかった。アルジェリアのユ 第 ダヤ人たちは、フランス本土のユダヤ人たちの場合のように、あまりにもよく同化することを 199
リチャード・・アーミテージ日本に絶望している人の ジョセフ・・ナイ丘 三浦瑠麗 日米同盟中国・北朝鮮 ための政治入門 亠脊一県・剛 新◆政治の世界 テレビは総理を殺したか菊池正史「反米ー日本の正体冷泉彰彦 春 文 日本国憲法を考える西修決断できない日本ケビン・メア幻世紀の日本最強論文藝春秋編 御厨貴 憲法改正の論点 西修自滅するアメリカ帝国伊藤貫政治の眼カ 東谷暁 拒否できない日本関岡英之郵政崩壊と (---:a«a-« 名越健郎 憲法の常識常識の憲法百地章独裁者プーチン 鈴木宗男 世襲議員のからくり上杉隆政治の修羅場 民主党が日本経済を破壊する与謝野馨特捜検察は誰を逮捕したいか大島真生 司馬遼太郎 半藤一利・磯田道史体制維新ーーー大阪都橋下徹 リーダーの条件 堺屋太一 日本人へリーダー篇塩野七生「維新。する覚悟 日本人へ国家と歴史篇塩野七生地方維新土着権力八幡和郎 安倍晋三 日本人へ危機からの脱出篇塩野七生新しい国へ 小沢一郎の謎を解く後藤謙次アベノミクス大論争文藝春秋編 小堀眞裕 財務官僚の出世と人事岸宣仁国会改造論 ここがおかしい、外国人参政権井上薫小泉進次郎の闘う言葉常井健一 飯島勲 公共事業が日本を救う藤井聡政治の急所 藤井聡 船橋洋一 日本破滅論 原発敗戦 中野剛志 大阪都構想が日本を破壊する藤井聡日本人が知らない集団的自衛権
等主義的な周縁部を掌握できなくなっている。いや、中央部が周縁部にコントロールされるよ うになってきているとさえいえる。ゾンビ・カトリシズムの諸地域がヨーロッパのメカニズム を支えにして、フランス全域を牛耳るという構図が見える。事を単純に述べるべく、今やヨー ロッパの中心的パワーとなったドイツを出発点にしよう。ゾンビ・カトリシズムの諸地方は、 フランス領内でドイツ・システムの仲介役を果たしているのだ。 ヨーロッパ全域を包括的に検討すると、ヨーロッパ大陸規模でのゾンビ・カトリシズムが家 族的価値の作用と連関していることが明らかになる。フランドル地方、ヴェネチア、アイルラ ンド、オーストリア、ポーランドのダイナミズムは、カトリック教会の最も確かな拠点のうち に数えられていた地域における宗教的実践の崩壊に関連している。ドイツ国内でも、カトリッ ク教徒が多数派を占めている南部のバイエルン州とバーデンⅡヴュルテンベルク州が、経済成 平長率においてプロテスタントの多い北部に優っている。ただ、ルール地方〔ドイツ中西部のル 畩ール川下流域全体。かっての重工業地帯〕の産業転換のせいで、カトリック的なラインラント 置〔ライン川中流・下流域の総称〕の上昇にはプレーキがかかった。スロヴェニアとクロアチアは、 境経済的適応に成功すれば、ゾンビ・カトリシズムのグループに人れるだろう。これらの地域で は、基底に潜む家族構造がさまざまであるにもかかわらす、平等原則の不在という橋渡しの要 章 素は共有されている。 第 したがって、ヨーロッパ域内にも、フランス国内にも、ゾンビ・カトリシズムの地域が星座 16 ー
ヨーロッパの普遍主義は、フランス普遍主義の内部破裂とドイツの擡頭が原因で凋落の真っ 最中だ。イスラム教圏の普遍主義は、目下隆盛である。なせならば識字率の上昇の結果、家族 由来の価値観において平等主義的なアラブ世界全体が、イデオロギー的に活性化されているか らだ。もちろんパレスチナ人が被っている不公正が、フランス国内に残っている革命以来の普 遍的価値観に訴えかけ、それが連帯心を発動させているけれども、一方で生活様式においてフ ランス人が近いのは、やはりイスラエル人のほうなのだ。この基本的な矛盾ゆえに、ヨーロッ パとアラブ世界の間の相互作用はいつも解決と平和よりも混乱と暴力を生んでしまう。「イス ラム国」という蜃気楼がパレスチナという蜃気楼に続いてしまった。それが一部の若者たちを 常軌を逸した冒険へと引っ張っている。それはまたフランス社会内部のダイナミズムを分析す る者の眼をも見えなくさせている。フランスの普遍主義とアラブの普遍主義というこの二つの 普遍主義の間の人類学的紛争は、今後なお数年にわたって中東では解決不可能だが、フランス 国内では自然に消滅してしまうはすだ。 都市郊外で暮らすマグレブ系移民一一世たちはフランス人であり、すでに生活風俗から見て、 男女のステイタスは平等だという概念の方へ道のりの一〇分の九、または一〇分の一〇をすで に歩いたといえる。私はすでにそう述べる機会を得た折、混合結婚を通して、アルジェリア系 の若者たちの半分は、社会統合の不成功について得々と語る理論家たちよりも同化の度合いで 先に進んでいると指摘した。この要素を立論の中にいったん取り込むと、われわれはもっと先 262
有馬哲夫 徳川家が見た幕末維新德川宗英原発と原爆 山本博文 帝国陸軍の栄光と転落別宮暖朗信長の血統 日本型リーダーは 帝国海軍の勝利と滅亡別宮暖朗 半藤一利 東京、判 なぜ敗するのか 指揮官の決断 早坂隆 大岡優一郎 フランス人判事の無罪論 松井石根と南京事件の真実早坂隆児玉誉士夫巨魁の昭和史有馬哲夫 永田鉄山昭和陸車「連命の男」早坂隆伊勢神宮と天皇の謎武澤秀一 硫黄島栗林中将の最期梯久美子藤原道長の権力と欲望倉本一宏 武光誠 皇族と帝国陸海軍浅見雅男国境の日本史 学習院 浅見雅男西郷隆盛の首を発見した男大野敏明 「昭和天皇実録」の半藤一利・保阪正康 天皇はなぜ万世一系なのか本郷和人 御厨貴・磯田道史 謎を解く 謎とき平清盛 本郷和人孫子が指揮する太平洋戦争前原清隆 大人のための半藤一利・船橋洋一・出口治明 小澤富夫 戦国武将の遺言状 水野和夫・佐藤優・保阪正康他 昭和史入門 岡崎久彦・北岡伸一 評伝若泉敬 森田告彦日本人の歴史観 坂本多加雄 藤原正彦 日本人の誇り 「坂の上の雲」燗人の名言東谷暁 徹底検証 半藤一利・秦郁彦・原剛 日清・日露戦争松本健一・戸高一成 矢澤高太郎 天皇陵の謎 よみがえる昭和天皇辺見じゅん ( 2015. 10 ) A 品切の節はご容赦下さい
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論 結 リを世界の首都と宣言した。な に襲われている。我らが大統領は、二〇一五年一月一一日、 るほど、襲撃事件の翌日、弔意と哀悼のメッセージが巨大な波のようにわが国に届いたのは事 実だ。しかし、それはほんの数日間のことだった。テロに見舞われた後の最初の発行だった 月一四日付のあの『シャルリ・エブド』紙が、また改めてムハンマドを叩いていて、歴史上か って一度もなかったほどの精神的孤立へフランスを導いた。わが国はたしかに、諷刺画におけ る師匠にあたるデンマークを、例の割礼問題の理論家であるドイツを、イスラム恐怖症の人物 の暗殺において悲しいかな先頭に立っているオランダを頼りにできる。だが、他にはどこの国 を頼りにできるのだろう ? 英米の活字メディアは、二〇一五年一月一四日付の『シャルリ・エブド』を転載するのを拒 否した。ロシア人、日本人、中国人、インド人はこぞって、われわれのことを無益に侮辱的で、 要するに行儀が悪いと判断した。どちらを向いても批判的な視線にしか出会えないので思わす 忘れそうになったが、イスラム教世界全体がどう反応したかは言うまでもない。真実はといえ ば、国内でしか通用しないラディカルな〔ライシテならぬ〕ライシズム〔世俗至上主義〕なん ぞに閉じ籠もったがために、われわれは独りばっちになり、悲劇的なまでに「田舎の名士」風 の自己満足を示し、いわばちょうど、大方の無関心か咎めるような視線の中でどこかのエスニ ック・グループが訳の分からぬ偶像を拝んでいるような具合になってしまったのである。グロ ) リゼーションの今日、他者たちの文化的シンボルを戯れに侮辱する勿れ。