境内 - みる会図書館


検索対象: 湘南散歩 境川・引地川
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1. 湘南散歩 境川・引地川

町田天満宮の入口 ( H11. 7.22 撮影 ) 町田天満宮は県道 51 号の東側、 J R 横浜線の南側にあり、線路の北側から 参宮橋を渡って直接参詣できるよう になっている。町田市内で最も人気の ある神社の一つであろう。 参宮橋から鳥居をくぐると正面に本 殿がある。この社殿は昭和 42 年 9 月 竣工した尾州檜、屋根銅版葺、本殿流 造、拝殿権現造である。 その左横に旧社殿 ( 境内社 ) がある。 これは明治 27 年 4 月再建され新社殿 造営時に移設されたものである。 この境内社には、大物主神 ( 金比羅 宮 ) 、素盞鳴命 ( 八雲社 ) 、蛭子大神 ( 恵 比寿社 ) 、火産霊神 ( 秋葉社 ) 、聖徳太 子、以上 5 神を祀っている。 なお、この境内では毎月 1 日に「がら くた骨董市」が開かれる。 境内 ( 参道の右 ) には「臥牛」の像が 2 体奉納されている。これは「丑年生 まれの菅原道真は牛車の牛を大いに可 愛がったので、亡くなられた時御棺を 牛車で墓所へ移そうとしたところ途中 ねうし 円画当 町田天満宮 臥牛像の一つ ( H11. 7.22 撮影 ) で牛が臥て動かず、仕方なくそこにお祀りした。その場所が太宰天満宮である」 ということに因んで、境内に臥牛が奉納されているのである。 75

2. 湘南散歩 境川・引地川

⑥遊行寺本堂 境内の正面中央に 堂々たる本堂の姿が 現われる。 ⑧大イチョウ ⑦一遍上人像 時宗の開祖一遍上人の像と本堂 境内で一際目につくのがイチョウの 巨木で、藤沢市の天然記念物に指定さ れている。 藤沢市指定重要文化財 ( 天然記念物 ) 遊行寺の大イチョウ 神奈川県の県木がイチョウであるように昔から県内にはイチョウの木が多く、 とに古い寺社の境内や街路樹にはなじみのある樹木である。落葉の高木で葉形が 扇状であり秋の黄葉はひときわ美しい。イチョウは雌雄株が別株で銀杏がなるの は雌株だけである。この大イチョウは雄株で清浄光寺の象徴として境内にそびえ ており、かっては樹高 31m に及ぶ雄大な姿を誇っていたが、昭和 57 年 8 月の台 風で上部が折損してしまった。樹齢は諸説あり 300 ~ 700 年と幅があるが市内随 ーの巨木の姿は変わらず、この辺りでは鎌倉鶴岡八幡宮の大イチョウ ( 県指定天 然記念物 ) と共に屈指のものといえる。 藤沢市教育委員会 樹高 16m 、幹回り 6. 83m 昭和 46 年 7 月 5 日指定 145

3. 湘南散歩 境川・引地川

③真徳寺 いろは坂の途中左に遊行寺の境内寺の一つ「真徳寺」があり、その山門は朱色に 塗られていることから「赤門」と呼ばれている。 、、を当 真徳寺本堂 ④真浄院 いろは坂を登り終わる直前の左手に「時宗登龍山真浄院」がある。 真浄院入口 ちゅうじゃくもん ⑤中雀門 いろは坂を登りきると広い境内が広が り左手に寺務所がある。その入口の門 に並んで中雀門がある。これは安政 6 年 ( 1859 ) 建立されたもので、境内建 物の中で最も古い建築物である。 むかいからもん 「向唐門」造りといわれ、菊の御紋と 三葉葵が刻まれている。 最古の建物中雀門 144

4. 湘南散歩 境川・引地川

鹿島神社 境橋の西方に鹿島神社と青柳寺が並 んである。鹿島神社の人口の掲示板 に長文の由緒が記されている。 それによると、 たけみかっちのみこと 祭神は武甕槌命、創建は不詳だが、 おそらく建久年間源頼朝が鶴舞の里 ( 鶴間 ) に鶴舞神社 ( 今の浅間神社 ) を創建したと伝えられる頃、これに 鹿島神社入口 ( H11. 7. 16 撮影 ) 因んで村人が関東・東北地方を開拓し茨城県の鹿嶋神宮の御分霊を各村に勧請した のであろう。当地にも下森、森野、鵜野森の 3 村に鹿島神社が祀られ、住民は「三 鹿島」と呼んでいたとのこと。当社はその一つである。 青柳寺 青柳寺の境内と本堂 ( H11. 7.16 撮影 ) 武相困民党発祥之地石碑 境内の掲示板には当寺について次のように書かれている。 青柳寺 この寺は山号を「方運山」といい、日蓮宗身延山久遠寺の末寺です。これの由来について は足利義昭に仕える渋谷越後守義重という人が夢のお告げによってこの地に寺院を建て ることを志し、僧律正院日題と共に天正年間 ( 1573 ~ 1592 ) に開山したと伝えられていま す。義重はその後出家し、方運院義重日後と称しています。境内にあった旧庫裡は県の重 要文化財に指定されています。また、明治時代に農民のために運動した「武相困民党」は この寺の境内で決起され、後年その記念碑が建てられています。相模原市観光協会 70

5. 湘南散歩 境川・引地川

左馬神社 西福寺の南隣に左馬神社があり、か っては西福寺の別当であった。 掲示板には「左馬社と梵鐘」と題し て次のような説明が書かれている。 を馬社と梵鐘 その昔、境川流域の村では疫病が流 行すると、境川の東西に点在する神 社を回り、厄除けをする民族信仰が 盛んでした。 ( 七サバ参り ) 当左馬社は「七サバ神社」と呼ばれ るうちの一つであり、祭神は左馬頭 源義朝です。 隣接の真言宗西福寺がこの左馬社の 別当職であったので、当時の神仏混 淆の姿が今日に残り、神社の境内に ある吊鐘は区内唯一のもので、厄除 け・虫除けに鐘をついて祈願したと のことです。梵鐘は江戸時代の文久 元年 ( 186D に鋳造されたが、太平 洋戦争の際供出したため昭和 32 年 氏子の協力によって新たに現在の鐘 がつくられました。 瀬谷区役所 平成 10 年 3 月 新道大橋 左馬神社本殿 ( H11. 8. 18 撮影 ) 左馬神社の鐘楼 ( H11. 8. 18 撮影 ) 設 架 年 県道 45 号 ( 通称中原街道 ) が通る橋である。 脈まいャ第它 下流から見た新道大橋 ( H11. 8. 18 撮影 ) 新道大橋の上流側欄干 ( H11. 8. 18 撮影 ) 107

6. 湘南散歩 境川・引地川

相原八幡宮 八幡橋の南に八幡宮がある。鳥居の前 にある灯篭 ( 御神燈 ) には天保 3 壬辰 年 1 1 月吉祥日と刻まれている。 左の灯篭の傍には「相原起番地の碑」 これには次のように刻まれて があり、 いる。 ( 正面 ) 相原起番地之碑 ( 左面 ) 住居表示実施を記念して ( 昭和 63 年 7 月 1 日実施 ) ( 右面 ) 相原一番地の由来 平安末期横山党の首領横山時重が 粟飯原一氏を名乗り、これが相原 の名の起りになったと言われます。 その後相原の人々はこの地に八幡 宮を勧請しその境内を相原一番地 と定めました。 ( 裏面 ) 平成 1 年 3 月建立 この八幡宮の境内には御神 木としての欅の大木があ り、相模原市の保存樹木に 指定 ( 昭和 54 年 ) され、ま た「神奈川の名木 100 選」 にも指定 ( 昭和 59 年 ) され ている。 本殿の前にある最も大きい 欅がそれである。 推定樹齢 約 600 年 樹高 42. 17m 胸高周囲 6. 8m 相原八幡宮の境内手前と奥にある保存樹木 ( H11. 5. 10 撮影 ) 指定のケヤキの木 31

7. 湘南散歩 境川・引地川

遊行寺 ( H11. 6.6 ~ 8 撮影 ) とうたくさんむりようこういんしようじようこうじ 「遊行寺」の正式名は「藤沢山無量光院清浄光寺」。別名「藤沢道場」とも呼 ばれる。遊行寺橋を渡り東へ直進すると遊行寺の大きな総門 ( 黒門 ) があり、そ こからいろは坂を登り詰めたところが遊行寺の本堂がある広い境内である。 その境内の掲示板に記されている遊行寺の説明文を以下に示す。 時宗総本山遊行寺 清浄光寺が公式の寺名ですが遊行上人の寺ということから広く一般に遊行寺と 呼ばれています。宗祖は一遍上人 ( 1239 ~ 1289 ) で南無阿弥陀仏のお札を配って 各地を回り修業された ( 遊行といいます ) 念仏の宗門です。この遊行寺は正中 2 年 ( 1225 ) 遊行 4 代呑海上人によって藤沢の地に開かれ、時宗の総本山となって います。宝物として国宝「一遍聖絵」、国重要文化財「時衆過去帳」など多数があ ります。境内には日本三大黒門の一つである総門、銀杏の巨木、中雀門、市指定 文化財の梵鐘、国指定の藤沢敵御方供養塔、小栗判官と照手姫の墓、板割浅太郎 の墓、有名歌人の句碑などもあります。また、桜、ふじ、花しようぶの名所で観 光百選の一つにもなっています。 以下遊行寺の主な見どころを黒門から順にたどって見ることにする。 ①黒門 ②いろは坂 遊行寺の総門の冠木門で日本三大黒門の一つ 参道の石段は 48 段あることから 「いろは坂」と呼ばれている。 といわれている。 ゆぎようじ 下から見たいろは坂 143

8. 湘南散歩 境川・引地川

長嶋神社 鶴金橋の南西、上鶴間にある神社で、南には上鶴間高校がある。掲示板によると、 祭神は伊邪那岐命・伊邪那美命、境内地面積は 3092 、 境内の併祀神社は八坂神社 その他の石宮は天満宮、神明社、秋葉社、山神社、大六天社、伊勢山社、 北向庚申塔 八販神社拝殿 長嶋神社本殿 ( H11. 7.23 撮影 ) 併祀神社の八坂神社 ( H11. 7.23 撮影 ) 金山穆 ( S 46 年架設 ) 金山橋は相模原市上鶴間の南端の東、 町田市鶴間にある人道橋で、左岸には 「西田スポーツ広場」がある。 西側から見た金山橋 ( H11. 7.23 撮影 ) かねやまはし 西田穆 回 ( S45 年架設 ) この人道橋から右岸は大和市の下鶴間 地区である。森林地帯が続く。左岸は 分譲住宅地である。 南側から見た西田橋 ( H11. 7.23 撮影 ) 78

9. 湘南散歩 境川・引地川

根岸穆 回 ( s 54 年架設 ) 上流から見た根岸橋 ( H11. 7.2 撮影 ) 都県道 57 号 ( 芝溝街道 ) が通る橋で橋幅が広い。 橋の袂に白い角柱に、「これより上流神奈川県相模原土木事務所管理 これより下流東京都南多摩東部建設事務所管理」と標記されている。 八王子千人同心旧家 根岸橋から相模原市側の道を南へ下った所 の道路脇に「八王子千人同心旧家」の古い 立札があり、その奥に小川家がある。立札 には次のように記されている。 八王子千人同心旧家 小川家の先祖は八王子千人同心として八王子 千人町の居館に出仕した。千人同心は上級農 民で結成された武士団で主として甲州ロや日 大野北公民館 光東照宮の警備に当った。 皇武神社 上記小川家から更に南へ行くと、入口の石 柱に「指定村社皇武神社」と刻した神社が ある。鳥居から長い参道を進むと本殿があ り、その境内の右側に「おきぬさま信仰」 にまつわる蚕守神が祀られている。 なお、境内には保存樹林指定のイチョウと シロザクラの木がある。 皇武神社本殿 ( H11. 7.2 撮影 ) 54

10. 湘南散歩 境川・引地川

六軒支線 1 号橋 ( H10. 11.4 撮影 ) ( s 52 年架設 ) この橋は県道 40 号横浜厚木線 からの脇道にある。 写真は西側から見たところで題 ' 左側が上流である。 下草柳は北から中村、六軒村、 大下村と三つに分かれている。 この橋はその六軒の名が用いら れている。 元は六軒稲荷神社があり近隣住民の信仰の神であったが、明治維新後山神社に合祀 された。しかし大正 4 年に六軒氏子の手により再び元の境内に社殿を遷座した。境 内が昭和 31 年に日本飛行機株の所有地となった後は同社の守護神として祀られて いる。この近辺には下の山神社の他極楽寺、妙深寺などがある。 山神社 ( H10. 11. 11 撮影 ) 今から約 300 年前地頭の変遷があり下草柳の地頭が駒井、石川、宅間の 3 氏の采地 となってからは鎮守として深見の山王塚より山王社移転を勧請し中村、六軒、大下 の 3 集落に 1 社づっ建立し、大山祗命を奉斎した。その後明治になり神仏混淆廃止、 神社令により 3 社を六軒村山に合祀し下草柳村の総鎮守として山神社と改められ たものである。 山神社の境内 山神社の入口 192