鷓瀬橋 ~ 鹿島橋 境川の左岸側は、鶴瀬橋の手前で 東京都町田市から神奈川県横浜 市 ( 瀬谷区、泉区 ) となる。 右岸側は、大和市の下鶴間 ( 西田 橋 ~ 大和橋 ) 、深見 ( 上瀬谷橋 ~ 境橋 ) 、上和田 ( 新道大橋 ~ 下分 橋 ) 、下和田 ( 緑橋 ~ 新緑橋 ) の 4 地区が順に接している。大和市 は相模原台地の南部に位置し、南小 北に細長い市域を形作っている。 従って全体としては南に向かっ て緩やかに傾斜しているものの ほぼ平坦な地形である。 境川はこれらの土地を一路南に 流れ下っていく。沿岸付近には神 社仏閣の他遺跡・城跡もあり、歴 史の深さを感じさせてくれる。 鶴瀬橋 境川左岸側で、東京都 ( 町田市 ) と神奈川県 ( 横浜市 ) との都県 境があるすぐ下流に鶴瀬橋が 架かっている。 この橋の西側 ( 大和市 ) のすぐ 傍に、観音寺や大山阿夫利神社 御分霊地 ( 大黒天開運神社 ) な どがある。 西側から見た鶴瀬橋 ( H11. 7.29 撮影 ) 85
学引 第六天神社 この第六天神社は鶴間 1 号橋と鶴瀬橋の ほぼ中間の位置にある小さな社である。 地図には「大六天神社」とあるが、鳥居 には「第六天神社」となっている。 鶴間山観音寺 鶴瀬橋の西にある真言宗の寺院である。 境内の中程にある「鶴間山観音寺縁起」 と題する石碑に次の如く刻まれている。 鶴間山観音寺縁起 当山は高野山真言宗で中興開山頼満和尚 は慶長 13 年 ( 1608 ) に入寂、その昔は金 亀坊といわれたが開山開基は不詳である。 市指定重要文化財の厨子は天文 13 年 ( 1544 ) 造で、室町時代の様式を伝える貴 重なものであるが、創建を知る手掛りにな るのであろうか。本尊の十一面観世音菩薩 は寺伝によると宝暦年間 ( 1751 ~ 63 ) 住職 者宥仁和尚と同様瀬谷村中屋敷高橋是右 衛門にも、この家に伝わる十一面観世音菩 薩が霊夢に立たれ当山に奉安せよとのお 告げがあった。深見村の小林九兵衛はこの 勧請を扶け、又、下鶴間村領主で旗本の江 原公の協力も得て観音堂を新築し安置さ れた。後大火により地域一帯が焼失したが 観音堂だけが難を免れた。村人はその奇瑞 に驚き以降この十一面観世音菩薩を本尊 と仰ぎ、寺号を今の観音寺に改めたといわ れる。しかし宝暦より前に観音寺の記述が 古文書に見られる。古老の話では以前は地 蔵菩薩が本尊で真言院といわれたという。 建武 5 年と延文 2 年の板碑があるが、新編 相模風土記稿に履歴を伝えずと記されて いる。弁天堂には江原公奉納の弁財天や十 五童子などがまつられ、当時の堂宇も江原 公や村内巳待講中が施主であった。宝暦 9 年 ( 1759 ) 武蔵相模に武相観音札所が創設 され、その第 1 番となり、以来卯歳には御 開扉供養が一斉に厳修される。 第六天神社の正面 ( H11. 7.29 撮影 ) 観音寺の本堂正面境内 ( H11. 7.29 撮影 ) 文化財「観音寺厨子」 指定 昭和 47 年 2 月 25 日 高さ 61.5 c m 43. 8 c m 奥行 33.4 c m 文化財 「木造地蔵菩薩半迦像」 指定 昭和 56 年 8 月 1 日 像高 101. 5cm 総高 139. 9c m 86
◇目 はじめに ・・・ 9 ~ 11 瑞光寺、両国橋 小山橋、宝泉寺 次◇ 小山橋、長泉寺、上中村橋 中杓橋、高橋、馬場橋、境橋、薬師堂 御嶽神社 47 48 49 7 ~ 177 境川を訪ねて 木道橋、小仏層 電柱橋、出合橋、大地沢橋 大地沢青少年センター ーの橋 ( 源流地橋 ) ーの橋 ~ 風戸橋 境川源流地 ( 大地沢 ) 境川の流域全体図 上段木入橋、段木入橋、若宮八幡 江柄神社、子ノ神社、風戸橋 八木重吉記念館 大戸観音、川堺橋 川上橋、地蔵尊、石標 城山湖 ・・・ 12 ・・・ 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 40 41 42 43 49 44 45 46 ・・・ 14 ~ 23 共和橋 ~ ひのき橋 共和橋 宮前橋、日枝神社 箭幹八幡宮 両国橋 島橋 ~ 境橋 母智丘神社、熊野神社 芹ヶ谷公園 宗保院、勝楽寺 鹿島神社、青柳寺 鹿島橋、千寿橋、境橋 日枝神社、下森橋、谷口橋 幸延寺橋、幸延寺 榎堂橋、神明橋、妙延寺 住吉神社、森野橋、住吉橋 島橋 鹿嶋神社、八坂神社、ひのき橋 境川橋、大日堂 覚円坊、木曽一里塚 境橋、伝重寺、金毘羅社 八坂神社、龍像寺 秋葉神社、縁切り榎と別れ橋 忠生公園 新中里橋、中里橋 おきぬさま信仰、淡嶋神社 皇武神社 根岸橋、八王子千人同心旧家、 高ヶ坂石器時代遺跡、杉山神社 長嶋神社、金山橋、西田橋 金山神社、鶴間橋、金森天満宮 上鶴間橋 上鶴間橋 ~ 鶴間 1 号橋 町田天満宮 ・・・ 50 ~ 63 ・・・ 64 ~ 75 風間小橋 ~ 常盤橋 風間小橋 明観寺、下馬の橋、下馬梅 円林寺 原宿用水取入口跡、増堺橋、川島橋 行昌寺、おさる様 ・・・ 24 ~ 33 新田橋、白田橋 ( 真米川 ) 、 華蔵院、八幡橋、正泉寺 相原八幡宮 陽田橋、長寿橋、常盤橋 長福寺 新境橋 ~ 蓬莱橋 新境橋、相原橋 諏訪神社 香福寺、寿橋、日枝神社 二州橋、稲荷橋、稲荷社 吉田橋、青木家屋敷 清水寺 二国橋 ・・・ 34 ~ 43 高木橋、鶴間橋、定方寺公園、定方寺 八坂神社、熊野神社 浅間神社、下鶴間甲一号遺跡 境川高架橋、二津屋橋、水道管橋 高砂橋、蓬莱橋、二十三夜様 大正橋、昭和橋、平成橋 天縛皇神社、福生寺 坂本橋、小山白山公園 坂本橋 ~ 境橋 ・・・ 44 ~ 鶴間 1 号橋、鶴間公園 鶴瀬橋 ~ 鹿島橋 鶴瀬橋 第六天神社、鶴間山観音寺 大山阿夫利神社御分霊社 ・・・ 85 ~ 104 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 81 82 83 84 85 86 87 ・・・ 76 ~ 84 4
鶴林寺 大黒天開運神社の更に西方に鶴林寺という寺院がある。 ( 寺院の写真は都合により掲 載できない。 ) この境内に「鶴間学校跡」と刻した石柱 があり、次のような説明が掲示されている。 鶴鳴学舎跡 ( 下鶴間学校跡 ) 明治 6 年に下鶴間の伊沢籐八の貸家を借りて設立された 公立小学校です。明治 8 年には下鶴間学校と改名され、 明治 15 年観音寺本堂の仮教場に移り、やがて鶴林寺境内 に校舎を建築しました。設立当時下鶴間村には公所の定 方寺の寺子屋と荒川諭の私塾とがありましたが、鶴鳴学 舎の新築にあたり、この荒川諭が教員に任命されていま す。その後鶴鳴学舎が下鶴間学校と改名された頃からは、 定方寺の寺子屋師匠土方徳仙が荒川諭に代わって教員に なっています。平成 10 年 3 月大和市教育委員会 鶴鳴学舎跡標柱 ( H11. 7.29 撮影 ) 鶴林寺の前の東西に走る道路は矢倉沢往還と呼ばれる古道で、東京青山を発し神奈 川県を西南方向に突っ切り南足柄市関本・矢倉沢・足柄峠へと至る街道である。 また大山街道とも呼ばれ、江戸時代中期以降は大山信仰や富士信仰の行者が利用す る道として栄え、種々の商家や旅籠がある宿場 ( 「鶴間宿」 ) であった。 鶴間橋 ( S58 年架設 ) 鶴瀬橋のすぐ下流にこの鶴間橋がある。県道 56 号 ( 八王子街道 ) が通る橋で、横 浜市側に渡ると国道 246 号と交差する。 1 西側から見た鶴間橋と国道 246 号の高架道路 ( H11. 7.29 撮影 ) 88
境川索 引 [ 河川・湖・海岸 ] 境川の源流地 城山湖 真米川 目黒川 相沢川 和泉川 宇田川 白旗川 柏尾川 片瀬海岸 境川の河口 [ 橋 ] 13 カ金山橋 19 上瀬谷橋 29 上段木人橋 89 上鶴間橋 1 1 1 上中村橋 127 上俣野橋 131 上山本橋 136 上和田 1 号橋 156 , 158 上和田 2 号橋 177 川上橋 177 川堺橋 川島橋 川名橋 ア相沢橋 1 1 1 キ菊名橋 相原橋 34 喜久名橋 東橋 155 共和橋 新屋敷橋 161 ケ下馬の橋 14 源流地橋 イーの橋 127 コ幸延寺橋 一丁田下橋 稲荷橋 37 高鎌橋 今飯橋 125 御所ヶ谷橋 99 御殿橋 人村橋 ウ宇田川橋 131 寿橋 ェ榎堂橋 66 サ境川大橋 162 境川上高倉堰 江ノ電鉄橋 堰跡橋 153 境川高架橋 オ大清水橋 135 境川橋 16 境川橋 大地沢橋 大道橋 156 境川橋 159 境橋 奥田橋 42 境橋 47 境橋 小山橋 23 境橋 カ風戸橋 24 境橋 風間小橋 ( 武川橋 ) 69 坂本橋 鹿島橋 99 シ島橋 鹿島橋 176 下森橋 片瀬橋 金沢橋 131 下分橋 境川索引一 1 78 シ昭和橋 92 白鷺橋 18 白田橋 ( 白鳥橋 ) 76 新川名橋 47 新境橋 127 新田橋 160 新中里橋 110 新道大橋 110 新緑橋 神明橋 20 21 ス水道管橋 27 水門 ( 橋 ) 156 住吉橋 142 セ千寿橋 142 タ大鋸橋 50 大正橋 25 大正橋 14 高飯橋 67 高木橋 119 高砂橋 155 鷹匠橋 136 高橋 41 立石橋 136 谷口橋 117 段木入橋 83 チ長寿橋 62 ツ鶴金橋 118 鶴瀬橋 161 鶴間 1 号橋 48 鶴間橋 60 鶴間橋 69 テ出合橋 105 電柱橋 162 ト東海道新幹線 44 64 東西橋 68 常盤橋 1 1 1 ナ中里橋 -4 9 、 8 一 4 「 / 「ー「 / LC ワん tC っ 0 → 1 9 、一 8 っ 0 一 8 一 8 一つん「ー 4 8 一、 6 ( 0 一 4 4 、つんっ乙「 0 っ 0 つん LC -0 一 1 上 8 一りん、 6 、 6 4 -4 LC りん「ー 4 ・つけ 4 っ 0 、 6 11 っ「ー一 8 一 8 一「ー 8 一 1 工 11 - 一 1 1 ー 1 ー 1 11 11 高架橋 11 っ乙 tC
中島橋 ()7 年架設 ) 上瀬谷橋から直線距離にして 800 m 程の下流にある橋で、右岸の川 沿いに自転車・歩行者専用道路が あり、その標識には次の深瀬橋ま で 870m とある。橋の 4 隅の標柱 にはタイル製の花の飾りが取り付 けられている。橋には平成 7 年 2 月竣工と表示されている。 瀬谷銀行跡 中島橋の東、横浜市瀬谷区中屋敷 ト 20 ー 14 に瀬谷銀行跡がある。 木製の門扉の内側は樹木が茂りそ の中に石碑が立てられている。 掲示板には下記のように書かれて いる。 西から見た中島橋 ( H11. 7.29 撮影 ) 1 瀬谷銀行跡の入口 瀬谷銀行跡 明治 40 年 ( 1907 ) 代後半の頃は、養 蚕業が隆盛をきわめ各所に製糸工 場が設立され養蚕業の最盛期でし た。このような経済の好況を反映 して、瀬谷銀行は明治 40 年に創業 され、 30 年にわたり地域金融事業 の中心となり、実業界政界に大き な影響を与えると共に地域の発展 に寄与しました。頭取小島家は 代々政五郎を名乗り、江戸中期か ら中瀬谷村村役を務め、更に明 治・大正・昭和の初期まで村行政 に功績を残しました。 平成 10 年 3 月瀬谷区役所 ( H11. 7.29 撮影 ) 瀬谷銀行跡の敷地内の石碑 ( H11. 7.29 撮影 ) 96
弓ー土也丿日 179 ~ 244 宗賢院、高名橋 高山橋、普門寺 引地川を訪ねて 引地川流域全体図 引地川水源地 ( 泉の滝 ) 水源地のしくみ 泉の森 泉の滝、森のはらつば 緑のかけ橋、笹山高架橋、 ・・・ 181 ・・・ 184 ・・・ 185 ・・・ 186 187 188 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 189 ・・・ 190 190 206 207 208 209 210 211 ・・・ 187 ~ 189 ・・・ 194 ~ 198 ・・・ 191 ~ 193 永明寺、熊野橋、熊野社 六会橋、下土棚大橋 中村橋、善然寺、白山神社 上河内橋、湘南台橋 柳橋 ~ 山田橋 柳橋 円行大橋、円行新橋、馬渡橋 亀井神社、桐原公園、諏訪神社 東山田橋、山田橋 石川橋 ~ 引地橋 石川橋 ・・・ 216 ~ 219 ・・・ 220 ~ 233 しらかし広場、しらかしの家 上草柳 2 号橋、上草柳 4 号橋 ふれあいの森 東ヶ里ふれあい橋、熊野神社、 草柳 2 号橋 ~ 下山王橋 草柳 3 号橋 六軒支線 1 号橋、山神社 下草柳橋 下草柳橋 ~ 草柳 3 号橋 ふれあい広場 佐波神社、自性院、天神社、山王社 横浜水道引地川水道橋、大庭鷹匠橋 天神橋、大庭神社 大庭城址公園 舟地蔵、舟地蔵公園 城下橋、関下橋、大庭神社旧跡 臺谷戸稲荷のタブノキ、大庭大橋 柏山橋、柏山公園、柏山稲荷神社 本願寺、引地川橋、引地橋 草柳 2 号橋、草柳 6 号橋、草柳 -- ー一号橋 草柳橋、木下さくら橋 やまと冒険の森、境橋 引地台公園、福田一号橋 山王橋、下山王橋 御嶽橋 ~ 八幡橋 御嶽橋 御嶽山公園と御嶽山神社 山下橋、新道下大橋 本八幡橋、八幡橋 田中八幡宮、鬼子母神 福田 5 号喬 ~ 福田 13 号喬 福田 5 号橋 福田 6 号橋、福田 14 号橋、 福田 8 号橋、神明橋、若宮橋 常泉寺 神明神社、若宮八幡宮、 福田 10 号橋、福田 11 号橋 蓮慶寺 山王社、福田橋、福田 13 号橋 長後橋 ~ 湘南台橋 長後橋 天満宮 ・・・ 199 ~ 203 ・・・ 204 ~ 209 ・・・ 210 ~ 215 養命寺 上村橋 ~ 作橋 上村橋 清水橋、富士見橋 万福寺、烏森皇大神宮 引地川の河口 ( 鵠沼海岸 ) 鵠沼橋、聶耳記念碑 鵠沼伏見稲荷神社、龍宮橋 稲荷橋 日の出橋 日の出橋 ~ 鵠沼橋 大平橋、作橋 長久保公園、長久保緑橋 ・・・ 234 ~ 239 ・・・ 240 ~ 243 212 213 214 215 216 217 218 219 221 222 223 224 225 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 ・・・ 244 おわりに 索引 ・・・境川索引 ・・・引地川索引 ・・・ 245 ー 1 ~ 5 -1 ~ 2 6
引地川索引 イ石川橋 稲荷橋 ェ円行大橋 円行新橋 オ大下さくら橋 大庭大橋 大庭鷹匠橋 御嶽橋 カ柏山橋 上河内橋 上草柳 2 号橋 上草柳 4 号橋 上村橋 ク鵠沼橋 熊野橋 サ境橋 作橋 笹山高架橋 山王橋 シ清水橋 下山王橋 下草柳橋 下上棚大橋 湘南台橋 城下橋 新道下大橋 神明橋 セ関下橋 ソ草柳 1 号橋 草柳 2 号橋 草柳 3 号橋 草柳 6 号橋 草柳橋 タ大平橋 高名橋 高山橋 チ長後橋 テ天神橋 ナ長久保緑橋 中村橋 [ 橋 ] 221 241 217 217 195 229 223 199 231 2 15 189 189 234 243 212 196 239 188 198 237 198 191 213 2 15 228 201 205 228 194 194 193 194 195 239 230 236 210 224 238 214 ハ八幡橋 ヒ東ヶ里ふれあい橋 東山田橋 引地川橋 引地橋 日の出橋 フ福田 1 号橋 福田 5 号橋 福田 6 号橋 福田 8 号橋 福田 10 号橋 福田 1 1 号橋 福田 13 号橋 福田 14 号橋 福田橋 富士見橋 ホ本八幡橋 マ馬渡橋 、緑のかけ橋 / 、去 0 十喬 ヤ柳橋 山下橋 山田橋 ョ横浜水道 引地川水道橋 リ龍宮橋 ロ六軒支線 1 号橋 ワ若宮橋 [ 水源・支流等 ] 水源涵養林 水源地のしくみ ム 202 190 219 232 232 240 197 204 205 205 207 207 209 205 209 237 202 217 188 213 2 16 201 219 223 242 192 205 186 186 187 187 213 228 244 [ 神社 ] オ大庭神社 大庭神社旧跡 大庭天神社 御嶽山神社 カ柏山稲荷神社 将監稲荷 将監淵 亀井神社 烏森皇大神宮 キ鬼子母神 ク鵠沼伏見稲荷神社 熊野社 熊野神社 サ佐波神社 鯖神社 山王社 山王社 シ白山神社 神明神社 ス諏訪神社 タ田中八幡宮 テ天神社 天満宮 石灯籠 石造狛大 ヤ山神社 ワ若宮八幡宮 [ 伝説 ] 姥山伝説 舟地蔵伝説 224 228 224 200 231 231 231 218 235 203 242 212 190 222 222 209 222 214 207 218 203 222 211 211 2 1 1 192 207 208 227 泉の滝 水源 ( 地 ) 蓼川 小糸川 引地川の河口 引地川索引ー 1
深見歴史の森、八雲神社 妙光寺 善昌寺、瀬谷養護学校 中島橋、瀬谷銀行跡 深瀬橋、瀬谷神明社 日枝社 八坂神社、入村橋、鹿島橋 徳善寺 仏導寺 深見神社 大和天満宮、宝蔵寺 境橋 ~ 新緑橋 境橋 西福寺 左馬神社、新道大橋 宗川寺、中原街道瀬谷問屋場跡 左馬神社、宮久保橋 上和田 1 号橋、上和田 2 号橋、 宮久保公園 相沢川と相沢橋、下分橋、 上和田野鳥の森 薬王院 信法寺 ふれ逢い橋、東海道新幹線、 本興寺 左馬神社、下和田のケヤキ 大津屋長屋門、新緑橋、 境川上高倉堰 境川橋 ~ 東西橋 境川橋 諏訪神社、高鎌橋 無量寺、三柱神社 高飯橋、ガンガンドウ、 お滝ばあさん 七ツ木神社、渡戸橋 東勝寺、稲荷大明神、 下飯田左馬神社 白鷺橋、鯖神社 今飯橋、東泉寺、琴平神社 鶴林寺、鶴間橋 目黒橋 ( 目黒川合流 ) 、山王社 諏訪神社 大和橋、長掘南遺跡 上瀬谷橋 ・・ 133 ~ 156 ・・ 157 ~ 176 新林公園、上山本橋 新屋敷橋、境川橋 賀来神社、泉蔵寺 緑橋 ・・・ 118 ~ 132 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 104 105 106 107 108 109 110 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 124 125 126 127 111 122 123 5 ・・・ 105 ~ 117 観音堂 小栗塚の跡、土震塚、瞽女淵之碑 花応院 福泉寺、金沢橋、 ( 宇田川合流 ) 、 東西橋 御嶽神社、小御嶽神社、神明社 立石橋 立石橋 ~ 大道橋 弥勒寺、大道橋、川名橋 ( 柏尾川 ) 御所ヶ谷橋、東橋、法善寺 天嶽院 大正橋、船玉神社、堰跡橋 隆昌院、柄沢神社 慈眼寺 感応院、三島神社、山王神社 ( 長生院 ) ( 真徳寺 ) ぐ ( 真浄院 ) 遊行寺、 遊行寺橋、藤沢橋 諏訪神社 永勝寺、金砂山稲荷 白旗神社 境川大橋、 ( 白旗川合流 ) 、御殿橋 大清水橋、鷹匠橋 横浜水道境川水路橋、立石神社 境橋 新川名橋 ~ 片瀬橋 諏訪神社、上諏訪神社 御霊神社、奥田橋、奥田公園 新川名橋、 ( 柏尾川合流 ) 、神光寺 境川の河口 ( 片瀬海岸 ) 片瀬橋 弁天橋 霊鷲寺、法源寺 龍ロ寺 江の島弁財天道標 常立寺、寛文庚申供養塔 山本橋、本蓮寺 密蔵寺、西浜橋 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 140 141 142 143 144 147 149 150 152 153 154 155 156 ・・・ 177 176 175 174 169 168 167 166 165 164 163 162 161 160 159 158 横浜ドリームランド、春日神社 上俣野橋、 ( 和泉川合流 ) 、俣野橋
らずしも川の流れと一致していない部分があるが、恐らく現在の境界線が元の境川 の流れであったのであろうと思われる。 ー最初の「一の橋」から最後の「片瀬橋」まで橋名が分っているもの だけでその数は支流のものを除いて 118 ある。本書に掲載する橋の総数は、 2 つの 水道橋と支流の 7 橋を含めて 127 橋である。 これらの中には同じ名称が付けられている橋がいくっかある。最も多いのが「境橋」 で「新境橋」「増堺橋 ( 以前はいずれも境橋といわれていたようである ) 」も含める と 7 橋あり、「境川橋」は 3 橋 ( 「境川大橋」「境川高架橋」も含めると 5 橋 ) 、「両国 橋」、「鶴間橋」、「大正橋」、「小山橋」、「鹿島橋」がそれぞれ 2 橋ある。また、相模 原市の宮下本町には「大正橋」、「昭和橋」、「平成橋」と年号名を連続して付けられ ている橋がある。橋の名前も時代によっていくっかの変遷があるようで、例えば遊 行寺の前の「遊行寺橋」は、古くは「菊名橋」とか「喜久名橋」、明治時代には「大 鋸橋」とよばれたこともあったとのことである。 一方これらの橋の形状、大きさ、使用材料等は架設場所の川幅や流れの状態、交通 の条件、架設年代、その地域の住民や行政の考え方などが反映されているように思 われる。「一の橋」のように木板を渡しただけの橋、ガードレールを取り付けただけ の橋、欄干も含めコンクリートで造られた橋、シンプルなスマートな橋、その地方 の特徴を示すものをモチーフにした飾を取り付けた橋、どっしりと重厚な橋、華麗 な橋等様々である。相対的には下流になるほど、交通量 ( 人通り ) の多い橋ほど、 その造りは立派になる。中でも河口に近い「弁天橋」はその形状、色彩のほか橋の 中央に彫像を配するなど工夫され通行するのが楽しくなる人道橋で、「神奈川県の 名橋百選」の一つに指定されている。 ー今こそ境川は河川改修や護岸工事が進み安全な川とな。ているが、 昔の境川は暴れ川ともいわれ氾濫などによる被害が絶えなかったようである。従っ てそれにまつわる伝説や信仰も生まれている。「二十三夜様」「瞽女淵の碑と土手番 様」などはその例である。また、村の鎮守としての神社や極楽浄土を願う寺院が数 多く建立されている。本書で取り上げたものだけでも、神社は 67 社、寺院は 61 寺 に及ぶ。これらの神社仏閣にはそれぞれ独自の歴史があり、その由緒や縁起には歴 史上の有名な人物や言い伝えが数多く登場しており誠に興味深いものがある。 花応院や遊行寺の「小栗判官と照手姫」伝説、龍ロ寺の「日蓮上人の龍のロ刑場」 伝説などはその代表的なものといえよう。また中には有形・無形の重要文化財に指 定されているもの、境内に 300 年以上も大切に保存され天然記念物あるいは名木古 10