のでございますね。あれはもう、この子にはまったく他人も同様なのでございましてね。と ても互いになっきあいそうもありませんのですよ。あれはかわった男でございますから」 コニーは何と言っていいかわからなかった。 てのひら 「おばあちゃん、ほらーと子供が笑って言った。老婆は子供の掌の六ペンス玉を見おろした。 「まあ、それに六ペンスもいただくなんて ! ほんとに奥さま、もったいないことでござい ます。チャットレイ奥さまがご慈悲をかけてくださったのだよ。おまえはまあ、しあわせな 子だねえ ! 」 人 恋老婆は土地の者がみなするようにチャットレイと発音した。「チャットレイ奥さまはおま 人えをかわいがってくださったのだよ ! 」コニ 1 の眼はついつい老婆の鼻の汚れのほうに行っ すす イ てしまった。老婆はまたなにげなく手の甲で顔をなでまわしたが、煤の汚れは残ったままだ レ タ っ一」 0 ャ チ コニーは立ち去ろうとした。 「ほんとにチャットレイ奥さまありがとうございました。チャットレイ奥さまに、お礼を申 しあげるんですよ ! 」と今度は子供に向かって言った。 「ありがとう」と子供が言った。 「まあいい子ねえ ! 」とコニーは笑った。そしてさようなら、と言って、そこを離れること かんだか ′」うまん に心からほっとした。 あの痩せた傲慢な男が、こういう小柄な疳高い母親をもっている のは奇妙だーーそう彼女は考えた。 109
ひぎ 彼女はまだ彼の膝の上でからだをまるくしていた。だが彼の心は灰色で無で、彼の存在を 感じることはできなかった。そして彼女の一言一言は彼の心をいっそう遠ざけていった。 「では、あなたは何を信じているの ! 」と彼女は追及した。 「わからない」 「なにも・ーー私が知っていた男の人たちはみんなそうね」と彼女が言った。 二人とも黙りこんだ。それから彼が身じろぎして言った。 「いや、おれは何かを信じるね。おれは暖かい心というものを信じる。特に恋愛の暖かい心、 人 恋暖かい心でする交わりを信じる。男が暖かい心でやるようになり、女がそれを暖かい心で受 人け入れるならば、あらゆることがよくなると信じるね。冷たい心で女とやるのはまさに死と イ 愚行にすぎない レ タ 「でもあなたは冷たい心で私とやってはいないわ」と彼女は反論した。 ャ チ 「おれはあんたを抱きたいとはぜんぜん思っていない。今のおれの心は冷たい馬鈴薯みたい に冷たいんだ」 「あらーーー」と彼女はからかうように彼に接吻して、言った。「それではそれを炒めましょ う」 彼は笑って、真っ直ぐ坐りなおした。 「事実なんだよ ! と彼が言った。「一片の暖かい心というものがすべてを解決するんだ。 しかし女たちはそれを好まない。あんただってほんとうはそんなことは好きじゃない。あん 381 せつぶん ばれいしょ
「自分がどういうものだかおれにはわからない。 これから先にも、ひどい時がくるだろう」 「そんなことないわ ! 」と彼女は彼の言葉を打ち消した。「なぜ ? なぜ ? 」 「不幸な日はおれたちすべてのうえにやってくる」と彼は暗く予言者的に繰り返した。 「そんなことないわ ! そんなことを言ってはいけない ! 」 彼は沈黙した。だが彼の心の中の絶望の真っ黒なうつろが彼女にわかった。そこではあら どうくっ ゆる欲望、あらゆる恋が死滅してしまう。それは男の内部にある暗い洞窟で、男の精神はす べてそこで失われてしまうのだ。 人 恋「でもあなたは性のことをずいぶん冷やかに言ったのね」と彼女は言った。「あなたは自分 人の虎びと満足だけを求めるような話し方をしたのね」 イ 彼女は彼の言ったことにいらいらして抗議した。 レ タ ャ 「いや」と彼は言った。「おれは女から悦びと満足を得たいと思っていたのに、一度だって チ 得たことがなかった。というのは、女もおれから同時に悦びを得てくれなければ、おれは自 分の悦びと満足を得られないからだ。一度もいっしょにいくということは起こらなかった。 両方の悦びが要るのだ」 「あなたはどの女の人も一度も信じていなかったのよ。私さえ信じていないのよ」と彼女は 一 = ロった。 「女を信じるということがどういう意味なのかおれにはわからない 「まさにそこなのよー 380
悪口言ってやりましたの。そんなところにばかりいるのがいけなかったのですわ。男という ものは一度心配しはじめると、今度は限りもなく心配するものだと思いますわ 「そんなに心配していたの ? ーとコニ 1 が驚いて訊いた。 「ええ、あの人にはお産の苦しみがあたりまえのことだとは思えなかったらしいのでした。 そのためにあの人は結婚生活に喜びを感じられなくなってしまったらしいのですの。私は言 ってやりました、『私がかまわないと言うのに、あなたが心配することはないでしよう ? それは私の役目ですもの ! 』と。 でもあの人はただ『それは違う ! 』と言うだけでした」 人 恋「敏感すぎたのね」とコニーが言った。 人「そうなんでございますわ ! 男というものがわかってみますと、ほんとにそういうもので イ した。つまらぬところに敏感すぎるのですわ。そしてあの人は自分では気づかずにいたもの レ タ の、炭坑がいやだった、ほんとにいやだった、と私は信じています。死んだときには、なん ャ チ だか自由の身にでもなったように、とても安らかな顔をしておりましたわ。それにきれいな 人でしたから。なんだか死にたくって死んだような、あのもの静かな清らかな様子を見たら、 もう胸がはり裂けるばかりでした。ええ、ほんとに私の胸は裂けてしまいました。それもみ な炭坑のせいだったのですわ」 ポルトン夫人は、つらそうにちょっと泣いていたが、 , 彼女よりもコニーの方がよけいに泣 いた。暖かい春の日で、地面の匂いや黄色い花の香りがあたりに漂い、さまざまな草木の芽 四が伸び、庭は日光の生気に満ちて静まりかえっていた。 にお
229 ) え。でも私帰らなければなりませんわ」と彼女は優しく言った。 ためいき 彼は溜息をつき、もっとしつかり彼女を抱き、そのあとでまた腕をゆるめて、ぐったりと なった。 彼は彼女の涙を流したわけがわからなかった。自分と同じ気分でそうなっているのだと彼 は思った。 「私、帰らなければなりません」と彼女が言った。 彼は身を起こし、ちょっとのあいだ彼女のそばにひざまずき、腿の内側に接吻し、それか 人 恋らスカ 1 トをなおし、それからランプから出る弱い弱い光の中で、彼女のほうを見ようとも 人せずに、無意識に服のボタンをはめた。 イ 「いっか、おれの家へ来てくれよ」と彼は暖かい、確信ありげな、安らかな顔で彼女を見下 レ タ ろして言った。 ャ チ しかし彼女はぐったり寝たまま、彼の顔をまじまじと見上げながら考えていた。知らない 男 ! 知らない男だ ! 彼女は彼に対して少し腹立たしくさえなっていた。 彼は外套を着、落ちた帽子を捜した。それから銃を肩にかけた。 「さあ、それでは」と彼は暖かい安らかな眼で彼女を見下ろして言った。 彼女はゆっくりと起き上った。彼女は行きたくなかった。それでいて、居残っているのも いやだった。彼は彼女に薄いレインコートを着せてやり、きちんとしているかどうかを見て やった。
「それは、ぶらっきまわってーー・ミカドのようなきれいな喫茶店でお茶を一杯飲んだり、 それから宮殿や映画館やエンパイアあたりへ女の子と出かけるというようなことです。 女の子だって男の子とちっとも変わったところがなく、好きなことを仕放題ですもの」 「そんなことをする金のないときはどうしてるのだろう ? 「なんとかして手に入れるようですわ。でなければ卑しい話をしあったりしていますの。こ んなふうに男はみな遊ぶ金をほしがっているだけだし、女も着る物にだけ夢中になって、何 もほかのことは考えもせずにいるのですから、とてもポルシエヴィズムなんて始まりようが 人 恋ありませんわ。あの連中には社会主義者になるほどの頭はありません。どんなことでも、ま 人じめに受けとるだけの真剣さなんか今もありませんし、とてもそうなる見込みもございませ イ んー レ タ コニーは下層階級も、ほかの階級と寸分の違いもなくなっているという気がした。テヴァ ャ チ ーシャルであろうとメイフェアであろうとケンジントンであろうと、ただ同じことをしてい るにちがいなかった。現代ではたった一つの階級、すなわち《金銭人》があるばかりなのだ。 《金銭男》と《金銭女》、そしてただ違し冫 ) よ、いかほど欲し、いかほど得たか、ということに あるのだ。 ポルトン夫人の影響を受けて、クリフォードは炭坑に新しい興味をいだきはじめた。その 責任が自分にあることを彼は感じてきた。新しい一種の自信が彼の中に出てきた。けつきょ く彼がほんとうのテヴァーシャルの主人公であり、炭坑は彼自身であった。 , 。 彼よ新しい力を
510 沈黙があった。大きな深淵が二人のあいだにあった。 「でもあなたは、クリフォードのところへ私を帰したくないんでしよう ? ーと彼女は訊ねた。 「あなた自身はどうなんです ? 「私はあなたと暮したいの」と彼女は簡潔に言った。 ほのお コニーの言葉を聞くと、われにもなく小さな焔が彼の腹の中をかけめぐり、彼は頭を垂れ た。それから、憑かれたような眼で、彼女を再び見あげた。 「あなたにはいっしょに暮す意味があるとしても」と彼は言った。「僕は無一物の男ですよ」 人 恋「あなたはたいていの人より大きな天分を持っているのよ。ね、それはわかっているんでし 人よ , っ ? ・ イ 「考えようによってはそうかもしれないがーと彼は考えながらしばらく黙っていた。それか レ タ らまた言葉をついだ。「僕は女つばい男だとよく言われたんですよ。だが、そんなことはな ャ 鳥を撃ったりしたくないからといって、女だというわけではない。金もうけや出世に関 心ないからといっても、だから女だというのは間違いだ。僕は軍隊でうまくやってゆけた だが軍隊は好きではなかった。兵隊のあっかいかたもうまかった。彼らは僕を好いてく れもした。僕が怒ると、彼らはなんとなく僕に怖れを感じたものだ。だが、軍隊を殺してし あほう まったのは阿呆な無能な上官たちなんです。どうしようもない阿呆どもなんです。僕は兵隊 たちは好きだし、兵隊も僕を好いてくれる。しかし、この世界を動かしているロの達者な、 あっかましし ) 、いばりくさった連中にはとても我慢できない。だから僕はやめたんです。僕 しんえん
506 あれば生活はできるからな。だが収入だけではあまり得るものはないだろう。ラグビーに小 これは楽しいことだ」 さな准男爵を作っ・てやりなさい。 そしてマルカム卿は坐り直してほほえんだ。コニーは返事をしなかった。 「ついに本物の男に出会ったんだろうな」彼はしばらくして、敏感ななまなましさを見せて 言った。 「そうなの。で、それが問題なの。そんな人はたくさんいるわけじゃないでしよう」 。おまえの顔を見ると、そいつは幸福者 「そうだ、いない」と彼は考えこんだ。「まあいし 人 恋らしいな。きっとおまえに面倒はかけないだろう」 「ええ、ええ、あの人は私を一人の独立した女と考えています」 イ 「そうだ、そうだ、ほんとうの男ならそうする」 レ タ マルカム卿は喜んでいた。コニーは彼のお気に入りの娘であった。彼はいつも彼女の女ら ャ チ しさを好んでいた。彼女はヒルダほど母親に似ていなかった。そして彼は、いつもクリフォ ードをきらっていた。それで、マルカム卿はこの話を喜び、まだ生まれてこぬ子供を自分の 子供ででもあるように娘にやさしくなった。 彼はコニ 1 をハートランド・ホテルへ送ってゆき、コニーがおちつくのを見て自分のクラ プへ出かけて行った。コニーは父親の夜のお供をするのはことわった。 メラーズから手紙がきていた。「私はあなたのホテルには行きません。しかし七時に、ア ダム街のゴールデン・コック亭の前で待っています
・メラーズのようだった。そうだ、それに犬が影のように彼を待ってあたりを嗅ぎまわっ ているー 彼は何をしようとしているのだろう ? 家の者を呼び起こそうと思っているのだろうか ? わずら なんのためにじっと立っているのだろう。まるで牝犬のいる家のまわりをうろっく恋病いの おすいぬ 牡犬のようだ。 あっ ! ポルトン夫人は撃たれたようにそれを理解した。彼がチャタレイ令夫人の恋人だ ったのだ。彼が ! 彼がー 人 恋 なんということだろう ! でもあの男になら、彼女アイヴィ・ポルトン自身もちょっと思 の 欸いを抱いたことがある ! 彼が十六歳の少年で、彼女が二十六歳のときのことであった。彼 イ 女が勉強していたときのことだ。解剖学やそのほか覚えなければならないいろいろなことで、 レ タ 彼ま彼女を助けてくれた。頭のいい少年で、シェフィールドの中学校の給費生だった。そし ていてつこう チ てフランス語や何かを勉強していた。だが彼はとうとう蹄鉄工の職長になった。その理由と して彼の言ったところによれば、彼はただ馬が好きだったというのであった。しかしほんと うは世間へ出て行くのが怖かったのだ。ただ彼はそれを認めようとしなかったのである。 しかし彼はりつばな若者だった。彼女をなにくれとなく助けて、さまざまな学問を理解さ せることの上手なよい若者であった。彼はクリフォ 1 ド卿と同じぐらい頭がよかった。そし ていつも女性にたいしては親切であった。男よりも女にたいしてのほうが親切だと言われて 265 めすいぬ
リフォードが一一 = ロった。 男はすぐに鉄砲を肩にして、同じようなすばやい音もたてぬ歩きかたで近寄ってきた。ま るで、目に見えぬ人間のようだった。中背の、痩せた、言葉の少ない人間であった。彼はコ ニーの方にはまったく眼もくれず、椅子にだけ目を向けていた。 この人は新しい森番のメラーズだ。おまえはまだ奥さまに紹介されたことがなか ったね、メラーズ ? 「ございませんーと反射的な無表情な言葉が返ってきた。 人 恋男は立ったまま帽子をとった。するとほとんど金髪の、厚い髪が見えた。帽子をとった彼 人は美男子といってよかった。彼は少しも布れ気のない、 まったく個人的な関心をもたない眼 イ で、ただ彼女がどういう人間かを見定めるようにじっと見つめた。すると彼女は少し恥ずか レ タ しくなった。 , 彼女は恥かし気に彼のほうに頭を下げた。すると彼は帽子を左手に持ちかえ、 ャ チ 彼ま帽子を手にした 紳士流に彼女に向かって少し腰をかがめた。だが一言も言わなかった。 , 。 まま、しばらくじっとしていた。 「でもここへ来てからだいぶになるのでしよう」とコニーが彼に言った。 「八カ月になります、マダム : : : 奥さま ! ーと彼は少しもあわてずに言葉を言い直した。 「気にいりましたか ? 」うまん 彼女は彼の眼を見た。彼は少し眼を細めた。それは皮肉のためか傲慢のためだった。 「はあ、おかげさまで、奥さま ! 私はこの近くで育ったものですから : : : 」 おそ